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溺死最新情報2009~病態生理:血液量・電解質・Hgb [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

血液量と血清電解質の変化

低張または高張液を誤嚥すると、肺実質以外にも変化が及ぶ。歴史的には、むしろ肺以外に対する影響の方が重要視されていた。大量の液体を誤嚥しなければ、血液量の有意な変化は起こらない。11mL/kg以上の低張液を誤嚥すると、誤嚥した量と同じだけ血液量が増える。蘇生に成功した場合は、吸収された水分は急速に再分布するので、一時間以内に循環血液量不足に陥ることがある。高張である海水を大量に誤嚥すると、急速に循環血液量が低下する。低張液または高張液の大量誤嚥が疑われる場合は、中心静脈圧、脈波形または一回拍出量の呼吸性変動、肺動脈閉塞圧、右室拡張終期容量などの測定もしくは経食道心エコーを実施し、循環血液量の評価を行い、治療方針を決定すべきである。とはいえ、溺水被害者が、生命の危機を来すほどの大幅な血液量変化を起こすに足る大量の液体を誤嚥していることは、滅多にない。

同様に、血清電解質濃度も、溺水後に変化することがある。変化の程度は、誤嚥した液体の種類と量によって異なる。イヌの実験では、淡水であれ海水であれ、22mL/kg以下の誤嚥では、血清電解質濃度の有意な変化が暫時続くことはないという結果が得られている。22mL/kg以上の誤嚥では、淡水であれば循環血液量増加、海水であれば循環血液量低下による電解質濃度の変化が起こる。だが、溺水後生存例でこれほど大量の水を誤嚥していることはないと考えて良い。22mL/kg以上の誤嚥が認められる例は、水中で発見された溺死者のうちわずか15%を占めるに過ぎない。以上が、淡水または海水による溺水被害者において、危機的な血清電解質異常がまず見られないことの理由である。したがって、溺水被害者の初期輸液には、0.9%塩化ナトリウム溶液を用いるべきであり、血清電解質濃度に異常がある場合にのみ電解質補正を行う。低張液の投与は避けるべきである。ものすごい量の誤嚥がある場合や、死海(Na、K、Cl、Ca、Mgの各イオン濃度が、地中海の海水の3~36倍)のように電解質濃度が非常に高い液体による溺水でない限り、電解質異常を急いで補正する必要性が生ずることはまずない。

ヘモグロビンとヘマトクリットの変化

低酸素血症の状態で多量の淡水を誤嚥すると、溶血が起こり、血漿遊離ヘモグロビンと血清カリウム値が上昇する。溶血の原因は、血液が低張になることだけではない。同時に高度の低酸素血症が発生していなければ、溶血は起こらない。動物に蒸留水(44mL/kg、細胞外電解質に重大な変化をもたらす量)を静脈内投与しても、その最中に低酸素症を発生させたときにしか(この場合は、気管チューブを閉塞して低酸素症に陥らせた)血漿遊離ヘモグロビン値の上昇は認められなかった。同量の水を気管内に注入すると、高度の低酸素症に陥り、溶血が起こった。

イヌの気管内に22mL/kgの、塩素を添加した蒸留水、ただの蒸留水または生理的食塩水を注入して溺水モデルを作成した。蒸留水が注入されたイヌ10頭中9頭に、甚だしい溶血が見られたが、生理的食塩水が注入されたイヌでは溶血は一切認められなかった。溺水したヒトでは、ヘモグロビンおよびヘマトクリット値の有意な変化が見られることは滅多にない。このことからも、ヒトが溺水の過程で水を誤嚥したとしても、生還例では、誤嚥量が多量に及ぶことはないのが一般的であるという理論が裏付けられる。大量の水を誤嚥し溶血が起こると、DICのような深刻な出血性障害が発生することがある。Modellらが発表した連続91症例の溺水患者の報告では、そのうち一名の血漿遊離ヘモグロビン値が少なくとも500mg/dL(正常値<5mg/dL)に達していた。結局この患者は、肺にひどい浸潤影が出現し死亡した。

教訓 低酸素血症の状態で多量の淡水を誤嚥すると、ただちにその水は吸収され、溶血が起こります。溺水では、血液量や電解質が大幅に変化することはほとんどありません。

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溺死最新情報2009~病態生理:肺② [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

溺水による肺の変化のメカニズム
肺胞および気道に水があると、蘇生を行ってもその水による機械的閉塞によって換気ができなくなることを、すでに1933年にKarpovichが指摘している。この後、別の研究者たちが、海水を誤嚥すると肺内水分量が増えることを明らかにした。Halmagyiは、ラットの肺に海水を注入し、肺重量が三倍に増え、その増加量は注入した海水の重量を上回ることを明らかにした。他の複数の研究でも、イヌの気管内に海水を注入した後に、重力ドレナージまたは吸引によって海水を除去するよう図っても、注入海水量よりもたくさんの水分が肺にたまることが示されている。イヌを使った40~91mL/kgの大量海水誤嚥モデルを用いて研究を行ったReddingらは、血管内容量を維持しながら14~33mL/kg以上の水分を肺からドレナージすることができた場合にのみ生存させることができたと報告されている。肺内水分量が増えるのは、海水が高張であり、循環血液中の水分が肺胞へと吸い取られるためである。したがって、同時に血管内容量が減少する。

反対に、淡水の誤嚥では、ラットの肺重量は増えないことが分かっている。麻酔イヌの気管内に死なない程度の量の淡水を注入すると、ただちに吸収され、わずか3分後には重力によるドレナージが不可能になる。

海水は高張である。したがって、海水による溺水事故被害者に肺水腫が起こるのは、比較的納得しやすい。淡水に完全に沈めた後に死亡させた動物の肺から抽出したサーファクタントには、表面張力を低下させる性質が失われている。そのため、肺胞は安定性を失い虚脱してしまう。サーファクタントのない肺胞は、不安定で、水分が簡単に透過できるようになる。これが、淡水誤嚥後に発生する肺水腫の一因である。その他の原因として考えられるのは、淡水誤嚥による一過性の血管内容量過多である。翻って、等張食塩水や海水中の完全水没では、サーファクタントは一部流失するが、ほとんどは正常な状態で残る。したがって、剖検で得られたサーファクタントの表面張力低下作用は、正常に維持されている。海水誤嚥後の肺水腫の主原因は、サーファクタント機能の低下ではなく、肺胞毛細血管内外の浸透圧勾配であると考えられている。この浸透圧勾配により、肺胞内に水分が充満し、血流はあってもガス交換ができなくなるのである。

溺水が淡水によるものであれ海水によるものであれ、最終的な現象は肺水腫である。肺水腫が発生すると、肺コンプライアンスが低下し、換気/血流不均衡の程度が著しくなる。淡水、海水問わずどちらの水を誤嚥した場合であっても、空気呼吸下であれ、100%酸素吸入下であれ、肺胞気-動脈血酸素分圧較差は直ちに拡大する。したがって、溺水被害者に認められる低酸素症は、換気/血流不均衡によるものであることが分かる。その程度は、完全な肺内シャントから、換気/血流比のわずかな低下までの広い範囲にわたる。さらに詳しく、発表当時としては周到な研究が、ColebatchとHalmagyiによって行われた(1961年)。この研究では、水分誤嚥が肺のメカニクスに与える影響が、ヒツジモデルを用いて明らかにされた。ヒツジは3頭から7頭の群に分けられ、淡水(1または3mL/kg)または海水(1または2.5mL/kg)が気管内に注入された。肺コンプライアンスは気管内注入から5分以内に最大66%も低下した。弾性呼吸仕事量は3~5倍、気道抵抗は2~8倍に増えた。アトロピン静注およびイソプロテレノール静注または吸入により、コンプライアンス低下の程度は軽減することが示された。

淡水であっても海水であっても溺水後の回復期には、100%酸素呼吸のときには肺胞気-動脈血酸素分圧較差が正常に戻っていても、空気呼吸下では著しい低酸素症を呈することがある。この所見から、肺内シャントが臨床的には改善しても、換気/血流ミスマッチや拡散障害のある部分が不均一に残っているせいで低酸素症が起こっていると考えられる。液体誤嚥後に発生する様々な変化も、完全な回復が遅れる原因として関わっているのであろう。例えば、タンパクを多く含んだ滲出液の貯溜、肺胞-毛細血管膜の傷害、続発的に発生した肺の感染などが、そのような原因として考えられる。

液体誤嚥後には様々な顕微鏡的変化が生ずることが知られている。ラットの肺に少量(体重100gあたり0.1mL)の淡水を注入し、電子顕微鏡で観察しても、何ら変化は認められない。だが、同じ量の海水を注入した場合は、肺重量の増加と肺胞出血が認められた。ラットの肺に気管から淡水を潅流すると、肺胞中隔の肥厚、毛細血管虚脱、赤血球数減少、ミトコンドリア腫脹、細胞骨格の消失などの変化が認められる。肺胞内から大量の淡水が急速に吸収されることによって、このような変化が発生するものと考えられる。ラットの肺内に海水を潅流した場合は、あまり大きな変化は認められない。

ヒトおよび動物の溺死後剖検でよく認められる所見は、まるで急性肺気腫のような、肺の過度な拡張である。Miloslavichによると、これは肺胞の破裂によって発生する変化である。声門が閉じていたり、水没によって気道が水で閉塞していたりする状況で、強い呼吸努力が発生し気道内圧が大きく変化することによって肺胞が破裂すると考えられているが、正確なメカニズムは今のところ不明である。溺水後12時間以上生存し、その後結局死亡するような例では、肺炎、膿瘍、機械的傷害、肺胞内のヒアリン沈着などの変化が、溺水後3日目までにあらわれる。このような所見が認められるのは別に意外なことではない。溺水後剖検例の70%では水以外の物質を誤嚥していることをFullerが報告している。水以外の物質とは、吐物、泥、砂や藻である。だが、Buttらは、溺水後生存者に共通して見られる肺機能または動脈血酸素化の異常を突き止めることはできなかった。したがって、急性期にどのような変化が生ずるにせよ、溺水後に回復してしまえば、臨床的な肺の異常は完全に消失すると考えられる。

溺水後の肺内シャントおよびPaO2低下は、適切なPEEP付加によって改善できる。一酸化窒素のような新しい治療法は、溺水以外の理由による重症肺水腫の治療には有効である可能性がある。しかし、溺水患者の治療に関する無作為化前向き臨床研究はまだ行われていない。

教訓 海水の誤嚥:高張なので、吸収されない。浸透圧差のため肺胞内に水が引き込まれ、肺水腫になる。淡水の誤嚥:低張なので、すぐに吸収される。サーファクタントが流失して、肺胞が虚脱し、血管透過性亢進から肺水腫に至る。



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溺死最新情報2009~病態生理:肺① [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

溺水の病態生理についての研究は、これまで熱心に行われてきた。諸研究で明らかにされている溺水による主な変化は、肺傷害によるガス交換の異常である。この肺傷害により重度の低酸素血症、果ては脳の低酸素が引き起こされる。低酸素症に陥ると、体温調節中枢の設定温度が低下するとともに血管が拡張するというおもしろい現象が、少なくとも恒温動物では観察される。その結果、震え(シバリング)を伴うことなく低体温が進行し、1℃低下につき酸素消費量が11%ほど減少する。水没時に急激に低体温に陥ると、生還可能な水没時間が延長し、救出・蘇生後に低酸素脳症をきたすことなく生存できることがある。著者の一人(Dr. Modell)は、フロリダ北部で一年を通じて最も寒い日に20分間水没していた小児についての症例報告を発表したことがある。この症例では、救出後にCPRが行われたのちに集中治療室に収容され、救命に成功した。溺水事故後間もなく中枢神経機能は正常に復し、6年後の現時点においても、まったく異常は認められない。同様の報告は他にもある。たとえば、ノルウェイからは、22分間水没していた小児の症例が報告されている。

誤嚥を伴わない溺死
溺死者の約10%は、液体の誤嚥を伴わず死に至っていると推測されている。つまり、喉頭痙攣または息こらえによる低酸素から心停止が起こり、死亡するということである。これは、1900年代初頭に行われたCotの研究に基づき、フランス語で著された見解であるが、最近では疑義が呈されている。 Modellらは1999年に、Cotの研究に関する別の解釈を示し、誤嚥を伴わない溺死が本当に存在するのか疑わしいとしている。続いてLunettaらは、死因が溺水と推定される578例の剖検結果を再検討したところ、98.6%の被害者の肺に水が存在する所見が認められた。そのため、「溺死」と分類するのであれば、被害者が水を誤嚥していなければおかしい、と結論づけている。患者の気道が水没する以前に心臓が止まった場合、つまり、死後に水没した場合は、水が自然に肺へ流入することはない。したがって、水を誤嚥しているということは、水没後にも活発な呼吸運動があったことを意味する。だから、水中で死んでいるのを発見された場合、剖検で水を誤嚥した所見が得られなければ、溺水以外の理由で死亡に至ったものと考えるべきである。溺水以外の原因による死亡とは、ご案内のとおり、被害者が殺されたあとに水の中に放り込まれるような場合である。

息こらえ
Craigは、健康被験者に疑似潜水をさせ、息こらえ極限(息こらえ開始後、不随意的に呼吸が再開するまでの時間)を調べた。安静時の息こらえ極限は87秒であった。そのときの肺胞気二酸化炭素分圧および酸素分圧(PACO2およびPAO2)は、それぞれ51mmHg、73mmHgであった。過換気後の息こらえ極限は146秒まで延び、PACO2は46mmHgにとどまり、PAO2は58mmHgであった。過換気後に運動させると、息こらえ極限は85秒に短縮した。このときPACO2は49mmHg、PAO2は43mmHgまで低下した。水泳をはじめとする運動によって代謝性に二酸化炭素産生量が増えても、動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)がそれほど上昇しなかったのは、過換気中に安静時の体内二酸化炭素量が減ったからであり、このため、不随意な呼吸再開が遅れたと考えられた。過換気に引き続き運動した後に息こらえすると、意識を消失するほどのPaCO2上昇に至る以前に、動脈血酸素分圧(PaO2)は意識を保てなくなるレベルまで低下することが分かった。このことからCraigは、潜水中の意識消失は、高二酸化炭素症ではなく脳の低酸素によって引き起こされると推測している。この研究を端緒として、潜水中の息こらえによる溺水(またはダイビングの世界で「ブラックアウト[shallow water blackout]」と言われる現象)の病態生理の理解が進んだ。Kristoffersenらが行ったイヌの窒息モデルの実験では、低酸素症を伴わない高二酸化炭素症は致死的ではないが、PaO2が10~15mmHg程度まで低下すると全例死亡するという結果が得られた。

以上のデータから、水没による死亡例で認められる最大にして唯一の異常は、低酸素症であることが分かる。アシドーシスと高二酸化炭素症が死亡の間接要因となることはあろうが、とにかく、溺死の主因は低酸素血症なのである。循環停止および非可逆的中神経障害が発生するのに先立ち、有効な換気と酸素化が再開されれば、瞠目に値するような完全回復が可能である。しかし、水没中に自発呼吸が再開し誤嚥が発生すると、その病態生理と溺水事故の態様は、上記のようには単純ではなくなり経過は長引き、蘇生後もいろいろな治療が必要になる。

溺水による血液ガスの変化
溺水という現象の研究のために、いろいろなモデルが作られているが、液体を誤嚥すると即座に低酸素症が発生することは、衆目の一致するところである。わずか1~2.2mL/kgの水が肺に入るだけで、動脈血酸素分圧は劇的に変化する。水没後1.5~2分以内に救出され、誤嚥がまだ発生していなければ、換気と循環の再開によって低酸素血症はただちに改善する。しかし、誤嚥が起こっていると、低酸素血症はなかなか改善しない。Modellらは、麻酔イヌの気管内に22mL/kgの淡水または生理的食塩水を注入する実験を行った。自発呼吸をしていてむしろ過換気になっていても、注水60分後に至っても、極度の動脈血低酸素血症を呈していた。気管内注水量を2.2mL/kgに減らしても低酸素血症が発生し、自発呼吸と循環の再開ぐらいしか治療の手立てはなかった。別の研究では、11mL/kgの淡水または海水を気管内に注入した後、自発呼吸を再開させたところ、注水から少なくとも72時間後までPaO2は低下したままであった。

溺水患者を対象に、連続91症例を集めた研究では、海水、淡水または汽水中の浸水事故後の様々な時点において動脈血採血を行いPaO2、PaCO2およびpHaが調べられた。多くの症例で、高度の動脈血低酸素血症が認められた。PaO2/FIO2比は、30から585であった。P/Fが150を超えていた患者のうち、死亡したのは1名だけであった。この死亡例は、神経学的見地から回復が見込めないと判断され、治療が中断された症例であった。救出後、救急外来に収容された時点で、空気呼吸下におけるPaO2が80mmHgを上回っていた患者が2名いた。この両名ともが、溺水したものの誤嚥をほとんどしていないか、誤嚥が発生する以前に救出された例であると考えられた。48時間以内にPaO2が正常化した症例もあったが、溺水から数日後、中には数週間後まで低酸素症が続いた症例もあった。

教訓 過換気に引き続き運動した後に息こらえすると、苦しくてたまらなくなるほどのPaCO2上昇に至る以前に、PaO2が意識消失をきたすレベルまで低下します。素潜り前の過換気は禁忌です。

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溺死最新情報2009~定義 [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

定義

溺れた人をあらわす用語については、大きな混乱がある。Dorland’s Medical Dictionaryによれば、溺水とは「水またはその他の物質や液体が肺に充満しガス交換が不能になり、窒息または死亡すること」と定義されている。しかし、溺水被害者が誤嚥している水の量は比較的少ないことが多く、肺が「水で充満」することは滅多にない。さらに、溺水(drowning)は溺れて死ぬことを意味するが、実際は、多くの溺水被害者には蘇生が行われ助かる。そこで、溺死と溺水とをもっと正確に反映した定義が1971年に提唱された。誤嚥のない溺死とは、水没中に気道閉塞や窒息に陥り死亡することである。誤嚥を伴う溺死は、水没して水を誤嚥することにより窒息し死亡することである。誤嚥のない溺水は、水没により窒息したものの、少なくとも当初は生存することを指す。誤嚥を伴う溺水は、水中またはその他の液体中に沈み、水またはその他の液体を誤嚥したものの、少なくとも当初は生存することを意味する。

2002年にオランダ、アムステルダムで開催された溺水世界会議では、多くの専門家が、上記の用語は混乱を招きかねないという意見を示した。心静止の状態で水中から救助され、CPRにより蘇生に成功した場合を想定すると、前述のような定義はとりわけ適用が困難である。上述の定義によれば、このような被害例では、救助された時点では「溺死」に当てはまるが、CPR後には「溺水」と分類し直さなければならなくなる。その後、この被害者が死亡したとすれば、「溺死」のため死んだのか、「溺水」のため死んだのか、判然としない。このような状況を受け、2003年のCirculation誌上において、「溺水」と「溺水の経過」について以下のような新しい定義が示された。

溺水(Drowning)
液体中に沈む/浸かることを主因とする呼吸障害が発生する経過全体を溺水と言う。この定義が暗に意味しているのは、被害者の気道入り口部に液体/空気境界面が存在し、息ができなくなっているということである。被害者はこの段階を経た後に、生きることもあれば死ぬこともある。転帰はどうあれ、この状況があったのであれば、被害者は溺水事故に遭ったことになる。

溺水の過程
溺水の過程は連続的で、まず被害者の気道が液体(通常は水)表面より下に位置することから始まる。この時点では、被害者は自発的に息をこらえる。息こらえに引き続き、液体が口咽頭または喉頭に入ってくることにより喉頭痙攣が発生する。これは不随意的な現象である。息こらえおよび喉頭痙攣の間、被害者は呼吸することができない。その結果、体内の酸素が減り、二酸化炭素は除去されない。すると、高二酸化炭素血症、低酸素血症、そしてアシドーシスに陥る。この間溺水者は、多くの場合、多量の水を飲んでしまう。そして、呼吸努力が非常に活発になることもあるが、喉頭レベルにおける閉塞のため、息をすることはできない。動脈血酸素分圧がさらに低下すると、喉頭痙攣がおさまる。すると溺水者は、自ら液体を吸入してしまう。誤嚥する液体の量は、被害者によって大きな差がある。肺、体内水分、血液ガス分圧、酸塩基平衡および電解質濃度に変化が生ずる。誤嚥した液体の蘇生および量と液体中に沈んでいた時間が、この変化の程度を左右する。以上の定義をCirculation誌上で発表したのと同じ著者らが、2006年に「溺水ハンドブック(Handbook on Drowning)」を発行した。この本には、ここまで述べた「溺水」と「溺水の過程」の定義が、やや簡略化されて掲載されている。

サーファクタントの流失、肺高血圧およびシャントも低酸素血症の発生に関与している。被害者が冷水に水没した場合では、さらに、低温ショック応答などの生理学的異常が起こることがある。10℃以下の水による溺水では、血圧上昇および頻脈性不整脈といった循環器系の異常が発生しやすい。低温ショック応答によって、反射性喘ぎ呼吸の発生が促され、過換気になる。この反応は水中でも起こりうる。

被害者は、溺水の過程のいずれかの段階で救出され、何ら処置を必要としないこともあれば、適切な蘇生処置が施されることもある。適切な処置が講じられれば、溺水の過程はそこで中断される。速やかに換気を開始しなければ、いずれ循環停止に至る。それでも有効な蘇生処置が開始されなければ、多臓器不全から死に行き着く。その主因は組織低酸素である。病院に収容された溺水被害者の死因の最も多くを占めるのは、低酸素脳症である。

溺水事例には一つとして同じものはない。誤嚥した水の組成、温度および量はそれぞれ異なるし、被害者の溺水以前の健康状態も重要な要素である。非常に冷たい水による溺水では、急速に低体温になるので、被害者の酸素需要量は減る。そのため、長時間水没していても完全な生還を遂げることがある。一方、極度の低体温に陥ると、心臓の刺激伝導が著しく遅延したり、不整脈や心停止を起こしたりすることもある。さらに、冷水(0℃から15℃)に浸かると、分時換気量が増えて息こらえ可能時間が短縮する。すると、「潜水反射」の効果が打ち消され、溺死する可能性が上昇する。

教訓 液体中に沈む/浸かることを主因とする呼吸障害が発生する経過全体を溺水と言います。生死の別は問いません。溺水の過程: ①気道が水面下に位置する ②息こらえ ③喉頭痙攣 ④高二酸化炭素血症、低酸素血症、アシドーシス ⑤低酸素血症になり、喉頭痙攣がおさまる ⑥誤嚥 
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溺死最新情報2009~概況 [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

米国で発生する事故死の原因の第三位は溺水である。1970年に米国内で発生した溺死の件数は7860件であった。1984年から1987年のデータによれば、毎年およそ8万人が溺水するが生還し、6万人ほどが溺死する。全世界では一年あたり約15万人が溺死するものと推測されている。米国では溺水生存者13名につき溺死1名という発生状況であるので、これを当てはめると、世界では年間約200万人が溺水し助かっていることになる。

全溺水者のうちおよそ半数が20歳未満であり、水泳に熟達した者が35%を占める。溺水の発生要因は、水辺にいる子供に対して監視を行っていない、アルコールまたは薬物乱用(青少年および成人の溺死例の50%までに関与)、水泳能力が低いまたは疲労により泳げなくなる、外傷、水中危険行為、無謀行為、故意の長時間潜水、基礎疾患(例;てんかん、心疾患、失神など)の増悪および自殺企図である。多く(50%)の溺水事故はスイミングプールで発生するが、湖、河川、暴風雨時の排水(20%)および浴槽(15%)でも生ずる。浴槽やスイミングプールでの溺水例の中には、排水管の陰圧で水中に引き込まれて発生するものがある。幼児は、バケツやトイレにもたれかかって中の水で遊んでいるうちに、はまりこんで溺れることがある。

過去45年あまりのあいだに、溺水の病態生理に関する研究への注目が高まってきている。溺水についての知見が充実し、溺水症例の集中治療が進歩し、高度な救急医療の必要性が叫ばれるようになり、プール安全基準および監視員の訓練が改善し、そして、一般市民に対する心肺蘇生(CPR)訓練が行われるようになった結果、米国では溺水による死亡率が1970年以降2000年にかけて次第に低下してきた。1970年における溺死発生率は人口10万人あたり3.87名であったが、1980年には2.67名、1990年には1.6名、そして2000年に至っては10万人あたり1.24名にまで低下した(table 1)。溺死に関する最新のデータは2005年のものであり、3582名が死亡したことが分かっている。人口統計は10年おきにしか刷新されないため、2005年の人口10万人あたりの溺死発生率を算出することは適わない。だが、1990年から2000年までの人口増加率と同じように、2000年から2005年にかけて人口が増えたとすれば、2005年には10万人あたり1.19人が溺死した計算になる。

本論文の筆者のうち一人は、溺死関連の訴訟事例500件の詳細を知る機会を得た。この多くで、基本的な安全配慮義務の怠りによって溺死が発生していた。プールフェンスが設置されていないもしくは設置が不適切、水辺にいる子供に対する監視を怠っていた、プール設計の欠陥により被害者が水面下に引き込まれた、プール整備不良により水に泥が混じったり混濁したりして水中に沈んだ被害者の視認が困難であった、監視員が監視業務中であるにも関わらず、誰かとおしゃべりに興じていたり入場口業務の応援や掃除などの雑用を行っていたりして監視を怠っていた、監視員が十分な訓練を受けておらず水中で人が溺れかけていても気づかなかった、監視員が救助や蘇生の方法について適切な訓練を受けていなかった、といったものが溺死に関する安全配慮義務違反の例である。いずれも明らかに是正可能な問題である。ほんの少し余分に注意を払えば、回避可能な溺死の発生を防ぐことができるだろう。プールおよび水辺の安全基準がもっと厳格に遵守され、監視員の訓練を徹底し監視・救助・蘇生の重要基本原則がきちんと守られれば、今後も溺死事故は減少するものと期待される。

溺水については、いろいろな定義が入り乱れているため、関連論文の解析や解釈が困難なことがある。そのため、2002年世界溺水会議の専門部会で、「溺水(drowning)」と「溺水の過程(drowning process)」についての新しい定義が提案された。

教訓 全世界における一年あたりの溺死者数は約15万人で、溺水し助かっているのは約200万人と推定されています。
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吸入麻酔薬はOLVによる炎症を抑制する~考察 [anesthesiology]

Anesthetic-induced Improvement of the Inflammatory Response to One-lung Ventilation

Anesthesiology 2009年6月号より

吸入麻酔薬には心筋保護作用があることが知られている。傷害発生前に吸入麻酔薬を使用し、その保護作用を明らかにした研究がある一方で、心筋虚血発生後の使用であってもなお吸入麻酔薬の保護作用が得られるという報告もある。心臓手術中に終始セボフルランを用いたところ、心筋保護作用が認められたとする臨床試験が、2編発表されている。以上のような知見を踏まえ、OLVを行う胸部手術において、プロポフォール麻酔よりもセボフルラン麻酔の方が保護作用という利点があるのではないかと考え、本研究を実施した。

炎症反応に関連する、細胞または組織に対する傷害は、肺胞上皮細胞などの標的細胞、活性化された好中球やマクロファージが産生放出するメディエイタが複雑に絡み合って生ずる。サイトカインやケモカインは、標的組織にエフェクタ細胞を集積させるのに関与している。代表格であるTNF-αやインターロイキンは、強力な好中球走化因子である。

肺胞上皮細胞傷害モデルを用いた実験で、吸入麻酔薬の傷害抑制作用がすでに確認されている。ラット肺胞上皮細胞を吸入麻酔薬に曝露すると、IL-1β刺激に対する炎症性メディエイタ分泌量が減ることが分かっている。ハロセン、イソフルランおよびエンフルランは、量依存性かつ時間依存性に、IL-6、MIP-2(マクロファージ炎症タンパク)、MCP-1の産生量を減らすことが明らかにされている。エンドトキシンで肺が傷害されると、肺胞上皮細胞が炎症性メディエイタの主力発生源となる。そこで我々は、in vitroの肺胞上皮細胞刺激モデルを用い、セボフルランの効果を検証した。まず、肺胞上皮細胞をセボフルランに曝露し、続いてエンドトキシン刺激を加えた。この研究の結果、セボフルランによってケモカインの発現が減少すると共に、走化性も抑制されることが分かった。はじめに肺胞上皮細胞にエンドトキシン刺激を加え、傷害が発生した後にセボフルランに曝露しても、炎症反応は抑制されることが明らかになった。

今回の臨床試験でも同様に、TNF-α、IL-1β、IL-6、IL-8およびMCP-1といった炎症性メディエイタについて、OLVによる変化を定量的に評価した。プロポフォール群と比べ、セボフルラン群の方が、炎症性メディエイタの増加幅が小さいという結果が得られた。したがって、プロポフォール群の方が炎症反応が有意に強かったものと考えられる。本研究の結果から、セボフルランは、胸部手術におけるOLVに対する肺胞上皮細胞の炎症性応答を軽減する可能性があると言えよう。このことの生物学的な意義は、化学遊走についての解析によって浮き彫りにされた。

メディエイタ発現の前述のような変化による、細胞レベルにおける生物学的影響を評価してみるとおもしろいだろうと考え、BALF中の好中球を定量し、細胞の集積とメディエイタ量のあいだに相関があるかどうかを調べた。MCP-1はマクロファージ走化因子として知られているが、一定の条件下では好中球を集積させる作用を発揮する。本研究では、プロポフォール群ではIL-1β、IL-6およびIL-8が多いほど、多形核白血球がたくさん集積するという有意な相関が認められた。しかし、TNF-αおよびMCP-1についてはこのような相関は見られなかった。一方、セボフルラン群では、炎症反応(サイトカイン発現量)が有意に抑制され、BALF中の多形核白血球の集積増加量とサイトカイン発現量とのあいだに相関は認められなかった。以上の結果は、セボフルラン麻酔が、分子レベルでも細胞レベルでも炎症反応を抑制することの証左である。

本研究では、セボフルラン群の方がプロポフォール群よりも有害事象が約50%少ないという、重要な知見が得られた。プロポフォール群では、OLVの持続時間にしたがい、ほぼ指数関数的に炎症性メディエイタが増加することが分かった。この観測結果には、生物学的な変化も伴っているに違いないと考え、CRPおよび白血球数についても評価を行った。興味深いことに、プロポフォール群ではOLV時間とCRPとのあいだに有意な相関が認められたが、セボフルラン群ではこの相関が明らかに抑制されていた。さらに、プロポフォール群では、POD 1のCRPがIL-6およびMCP-1と有意に相関していたが、セボフルラン群ではその相関は弱く、有意でもなかった。以上から、肺内の炎症性メディエイタ量が転帰を左右する可能性があると言える。

胸部手術後に肺傷害が発生することはあまりないが、もし起こったとすれば死亡率の高い重篤な合併症となる。最近の研究では、ALI/ARDSの発生率は3.9%で、ARDSに進展した場合の死亡率は72%にものぼることが明らかにされている。胸部手術におけるOLVによる急性肺傷害の発生過程には、複数の要因が関与しているものと考えなければならない:(1) OLV中は、手術側の肺は完全に虚脱し無気肺になっている。すると、低酸素性血管収縮(HPV)が発生するので血流が低下する。手術側肺の換気が再開し肺が再拡張すると、組織血流も再開する。その結果、虚血-再潅流傷害が発生する。これが、OLVによる炎症の発生機序であると考えられる。(2) 肺切除後に残った肺組織には、手術による機械的操作の影響が残り、これが炎症反応に関与している。 (3)OLV中には換気側肺の換気を、高濃度酸素で行うので、換気側肺、非換気側肺ともに酸素による傷害を受ける可能性がある。 (4)人工呼吸そのものが、換気側肺にダメージ(VILI)を与える可能性がある。その機序は依然明確にはされていないし、OLV後のALIにVILIが関与しているという意見は疑問視されている。(5) 虚脱していた肺を再拡張すると、微小血管の透過性が亢進し肺傷害が発生する。その結果、再拡張性肺水腫に陥る。

OLV中には、非換気側肺は、虚脱し肺胞低酸素になっている。低酸素による肺傷害に肺胞上皮細胞が関与していることが、最近発表されたin vitro研究で明らかにされている。低酸素によって、肺胞上皮細胞上の接着分子の発現が増加し、接着する好中球が増えることが分かっている。したがって、低酸素による肺傷害の炎症メカニズムには、下部気道の上皮細胞が深く関与しているものと考えられる。本研究では、換気再開直後にBALを行ったので、換気再開/再潅流傷害を捉えた可能性は低い。したがって、OLVによる炎症反応の考え得る機序として、 前段に(1)から(5)の項目を挙げたが、低酸素をその一つとして加えてもよいだろう。

周知の通り、OLVを行うと、肺では低酸素性血管収縮が起こり、換気/血流不均衡が緩和される。低酸素性血管収縮が肺実質に与える影響はよく分かっていないが、理論的には、組織低酸素が続くことになる。OLVによる肺傷害をテーマとした最近の研究では、ブタを60分間OLVとし、肺の血管を調べたところ、非換気側肺の血管に鬱血が認められた。以上の知見と本研究で得られたデータは、炎症反応の局所集中という考え方の裏付けとなる可能性がある。Mulliganらは、IgG免疫複合体の肺内沈着モデルを用い、炎症性メディエイタの局所集中のはたらきを明らかにした。さらに、セボフルランによるHPVの抑制作用自体が、肺傷害を緩和している可能性も考えられる。

Tekinbasらがすでに明らかにしている通り、OLV時間は炎症反応の強度を決定する重要な要素である。Tekinbasらは、ラットを無作為に異なるOLV時間の群に割り当て、肺組織ミエロペルオキシダーゼ活性を、好中球活性のパラメータとして測定した。OLV時間が長いほどMPO活性も上昇するという結果が得られた。肺胞の浮腫や炎症性細胞浸潤などの病理所見も、OLV時間が長くなるほど顕著であった。同様に、Misthosらの研究でも、酸化ストレスの程度とOLV時間が相関することが明らかにされている。本研究の結果は、以上のような知見を裏付けるものと考えられる。

SchillingらはOLVの際にデスフルランを用いると、非換気虚脱肺の保護に有用であることを示した。彼らの研究によって、非換気虚脱肺に吸入麻酔薬が有用である可能性が、初めて明確にされたのである。

まとめ
前向き無作為化研究を行い、OLVを要する胸部手術を受ける患者において、吸入麻酔薬(セボフルラン)が免疫修飾作用を発揮し、抗炎症作用を示す可能性があることを明らかにした。本研究では、セボフルラン群において、OLVを行われた患者の臓器(肺)レベルでの炎症反応が緩和されることが明らかになっただけでなく、全有害事象件数の有意な低下という術後経過の改善という重要な知見が得られた。

教訓 OLVによる急性肺傷害の発生要因:(1) 低酸素性血管収縮(HPV)による虚血と、換気再開後の血流再開=虚血-再潅流傷害 (2) 手術による機械的操作の影響 (3)OLV中に高濃度酸素で換気を行うことによる酸素毒性 (4)VILI(OLV後のALIにVILIが関与しているという意見は疑問視されている。) (5) 再拡張性肺水腫 (6)低酸素による傷害
吸入麻酔薬はOLVによる肺の炎症反応を抑制し、転帰を改善する可能性があります。
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吸入麻酔薬はOLVによる炎症を抑制する~結果 [anesthesiology]

Anesthetic-induced Improvement of the Inflammatory Response to One-lung Ventilation

Anesthesiology 2009年6月号より

患者特性と手術適応
楔状切除、部分切除または肺葉切除が行われた患者54名が本研究の対象となった。術前に何らかの感染徴候が認められた患者は皆無であった。患者特性およびOLV時間以外の手術因子については両群間に差は認められなかった。プロポフォール群のOLV時間は140±76分、セボフルラン群では98±57分であった(P<0.05; table 1)。患者一名当たりに投与されたフェンタニルの量は、プロポフォール群0.2-4mg、セボフルラン群0.2-3.8mgで差はなかった。レミフェンタニル投与量についても差は認められなかった(0-5.1mg vs 0-4.7mg)。プロポフォール群では、晶質液400-3700mL、ハイドロキシエチルスターチ製剤0-1700mLが投与された。セボフルラン群ではそれぞれ、600-3400mL、0-1500mLであった。各輸液製剤の投与量の差はなかった。

OLV後に発現した炎症性メディエイタ量
両群とも、OLV後には炎症性メディエイタが増加した(OLV前後のBALF中の炎症性メディエイタ濃度の差から算出)。しかし、IL-1β以外の炎症性メディエイタ増加幅はプロポフォール群の方がセボフルラン群より有意に大きかった(P<0.05; table 2およびfigs. 2A-E)。

サイトカイン発現量はOLVが長引くほど増加した (figs. 3A-E)。TNF-α、IL-6、IL-8、MCP-1はOLV持続時間に比例して増加した。IL-1βも同様の変化を示したが、増加幅は小さかった。IL-1β以外の全サイトカインのOLV持続時間に応じた増加幅は、セボフルラン群の方が小さかった。プロポフォール群では、OLV約120分後まではサイトカインは直線的に増加し、120分間以上OLVが続くとその後は、増加の度合いがそれまでより大きくなり指数関数的に近い増え方をするという、おもしろい結果が得られた(figs. 3CおよびD)。セボフルラン群でも同じような結果が得られたが、プロポフォール群と比べると増加の程度はかなり小幅であった。

OLVに対する細胞応答
OLVを行うと、プロポフォール群、セボフルラン群ともに、BALF中の多形核白血球がおよそ10%増加することが分かった。炎症性メディエイタのうちIL-1β、IL-8、IL-6およびMCP-1の増加量と多形核白血球の集積度合いとのあいだには、プロポフォール群では有意な相関が認められるが、セボフルラン群では相関は認められない、という興味深い結果が得られた(OLV前後のBALF中好中球の割合の差から算出)。TNF-αについては両群とも、その発現量と好中球集積の度合いのあいだに相関は認められなかった(fig. 4A)。プロポフォール群では、IL-1β(r=0.281, P<0.05; fig. 4B)、IL-6(r=0.512, P<0.05; fig. 4C)およびIL-8(r=0.466, P<0.01; fig. 4D)の発現量と好中球集積の度合いに有意な相関が見られた。しかし、セボフルラン群ではいずれのメディエイタについても相関はなかった(IL-1β: r=0.024; IL-6: r=0.091; IL-8: r=0.116、いずれも有意差なし)。好中球走化性因子として知られているMCP-1発現量と好中球集積についても、いずれの群においても相関は認められなかった(プロポフォール群r=0.157、セボフルラン群r=0.009、いずれも有意差なし;fig. 4E)。プロポフォール群で相関が見られて、セボフルラン群では見られない項目があるのは、セボフルラン群の方がプロポフォール群よりも炎症反応が抑制されていることを示すものと考えられたが、両群とも相関が認められた項目については、相関度に統計学的に有意な差は認められなかった。

検出された炎症性メディエイタの生物学的意義を明らかにするため、OLV時間が同等の患者一名ずつをプロポフォール群とセボフルラン群から抽出しペアを6組作り、BALF検体を用いて走化活性の評価を行った。Figure 5に示した通り、好中球はプロポフォール群の患者から得たBALFの方向へ遊走することが分かった(fig. 5A)。Figures 5Bおよび5Cは、対照(DMEM/1%ウシ胎仔血漿)と走化性因子であるfMLP (N-formyl-methyl-leucyl-phenylalanine)を用いた好中球走化実験の結果である。

臨床評価
術前、POD1、POD3およびPOD5にCRPと白血球数を測定し、セボフルラン群とプロポフォール群とで炎症の程度を比較した。いずれの時点においても両群間において、CRPおよび白血球数の有意差は認められなかった(table 3)。Table 4に示した通り、POD 1におけるプロポフォール群のCRP値はOLV時間と有意な相関を示す一方で(r=0.419, P<0.05)、セボフルラン群では有意な相関は見られなかった(r=0.226)。

OLVによって全身性炎症反応が発生した可能性を検討するため、OLV開始前と終了直後の血漿炎症性メディエイタを測定士、その差を算出した。血漿TNF-α、IL-1βおよびIL-8は両時点とも検出されなかったが、IL-6およびMCP-1の血中濃度はOLV前と比べ、OLV終了後の方が増加していた。したがって、OLV後に増えていたIL-6およびMCP-1の、POD 1におけるCRP値との相関を調べた(table 5)。プロポフォール群では、血漿IL-6増加幅とPOD 1におけるCRP値とのあいだに有意な相関が認められた(r=0.459, P<0.05)。しかし、セボフルラン群では相関は見られなかった(r=0.324, NS)。同様に、MCP-1についても、プロポフォール群では有意な相関(r=0.535, P<0.05)があったものの、セボフルラン群ではなかった(r=0.166, NS)。

発生した有害事象をtable 6にまとめた。有害事象の全件数はプロポフォール群の方がセボフルラン群より有意に多かった(40件 vs 18件; P<0.05)。また、プロポフォール群の患者の方がICU滞在期間がセボフルラン群より有意に長かった(1.52±2.33日 vs 0.84±0.43日; P<0.05)(P値はOLV時間によって調整した)。

教訓 両群とも、OLV後には炎症性メディエイタが増加しました。増加幅はプロポフォール群の方がセボフルラン群より有意に大きいことが分かりました。OLVが長引くほどサイトカイン発現量は増えました。プロポフォール群では、OLV約120分後まではサイトカインは直線的に増加し、120分間以上OLVが続くとその後は、指数関数的に近い増え方をしました。セボフルラン群の方がプロポフォール群よりも、術後有害事象の発生件数が少なく、ICU滞在期間も短いという結果が得られました。
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吸入麻酔薬はOLVによる炎症を抑制する~方法 [anesthesiology]

Anesthetic-induced Improvement of the Inflammatory Response to One-lung Ventilation

Anesthesiology 2009年6月号より

本研究はClinicalTrials.govにおいて国際登録された(NCT00515905)。OLVを要する開胸または胸腔鏡下の肺切除術が予定されたASA I-Ⅲの成人患者54名を対象とした(fig. 1)。患者は、プロポフォールによるTIVA(プロポフォール群, n=27)か、セボフルランによる吸入麻酔(セボフルラン群, n=27)に無作為に割り当てられた。

除外基準は、ステロイドの全身または局所投与中、肺または肺以外の感染(CRP>10ng/mL、白血球数>10,000/μL)、重症COPD(GOLDのステージ2-4)、再発性気胸の既往、肺切除術の既往とした。

麻酔
全例で、麻酔導入1時間前にミダゾラム7.5mgを経口投与した。開胸手術については、区域麻酔の一般的禁忌事由に該当しなければ、胸部硬膜外カテーテルをTh4/5からTh7/8のいずれかの椎間から留置し、0.33%ロピバカインを5-8mL/hrで持続投与し、術中および術後の疼痛管理を行った。

プロポフォールで麻酔を導入した。プロポフォール群は目標濃度3-5mcg/mLに設定したTCIで投与し、セボフルラン群はボーラス投与(1.5-2.5mg/kg)した。両群とも、フェンタニル(3mcg/kg)とアトラキュリウム(0.5mg/kg)の投与後に気管挿管した。プロポフォール1MAC-awake(年齢で調整)またはセボフルラン1MAC(年齢で調整) で全身麻酔を維持した。必要に応じフェンタニル1-2mcg/kgをボーラス投与し術中疼痛管理を行った。胸部硬膜外カテーテルを留置された場合は、0.33%ロピバカインの持続投与(5-8mL/hr)で除痛した。加えて、レミフェンタニル0.1-0.3mcg/kg/minも投与した。筋弛緩が必要な場合は、アトラキュリウム(10mgボーラス投与)を使用した。

両群とも、左用または右用ダブルルーメン気管支内チューブ(37-41Fr)を使用し、気管支鏡で正しい位置に留置されていることを確認した。両肺換気もOLVも、PEEP5cmH2O、最高気道内圧30cmH2O未満のPCVで人工呼吸を行った。吸入気酸素濃度(FIO2)は、両肺換気の間は0.8、OLVおよびBAL中は1.0とした。両肺換気中は、動脈血二酸化炭素分圧を35-45mmHgに維持するよう一回換気量~8mL/kg、呼吸回数10-15/minの範囲内で人工呼吸器設定を調節した。OLV中は、FIO2 1.0で酸素飽和度が85%を上回るよう、一回換気量6-7mL/kg、呼吸回数10-20/minの範囲内で人工呼吸器設定を調節した。非換気側肺への酸素吸送、リクルートメント手技、間欠的PEEP付加が行われた患者は解析対象から除外した。

手術終了後に、非換気側の換気を再開した(用手的に30cmH2Oの圧を 10秒間かけることを4回繰り返した)。麻酔覚醒後、抜管した。患者は回復室または集中治療室へ収容され術後管理が行われた。

両群とも麻酔中は、観血的動脈圧、心電図、心拍数、酸素飽和度、呼気終末二酸化炭素分圧、中心静脈圧、体温および尿量を監視し記録した。必要に応じ、動脈血ガス分析を行った。

輸液には晶質液を用いた。必要に応じ、ハイドロキシエチルスターチ製剤(130/0.4)を投与したり、晶質液投与量を増やしたりした。輸血を要した患者はいなかった。全例で抗菌薬の予防投与を行った。

主要エンドポイント

BALFと血漿
BALF中の炎症性メディエイタを主要エンドポイントとした。一回目のBALはOLV開始前に非換気側とする予定の肺について行った(T1)。二回目は手術終了後、両肺換気再開直後に同側肺から行った(T2)。T1およびT2の両時点ともに、同時に末梢血検体を動脈圧カテーテルから採取した。採血を行ったのは、研究後半の27人についてのみである(プロポフォール群14名、セボフルラン群13名)(fig. 1)。BALF中の細胞を定量的および定性的に分析した。

BALは気管支鏡を用い、無菌的に実施した。一回あたり平均150mLの0.9%塩化ナトリウム溶液を使用した。気管支鏡先端を亜区域気管支に楔入させた。対象亜区域に無菌生理的食塩水(0.9%, pH7.4)を50mL注入した。その後、注入した生理的食塩水を愛護的に吸引した。回収率はおよそ50%であった。

BALFと血液検体はともに遠心分離し、上清は-20℃で保存した。患者27名から得たBALFを遠心分離してできた細胞ペレットを用い、細胞分画を計測した。好中球の占める割合の、T2とT1の差を算出し、BALF中の炎症性メディエイタ濃度の差との相関を調べた。炎症性メディエイタの検出には、ELISA法を用いた。

走化性の解析
健康ドナーからヒト好中球を得て、蛍光色素で標識した。プロポフォール群およびセボフルラン群からOLV時間が同等の患者を一名ずつ抽出し(全部で6組のペア)、健康ドナーから得た好中球のBALF中における挙動を観察した。好中球は走化性因子の濃度差にしたがって動く様子をビデオ顕微鏡で撮影した。

二次エンドポイント
術後の臨床的転帰を二次エンドポイントとして評価した。有害事象をその対象とした。次の項目を記録した:術前(基準時点)、POD1、POD3およびPOD5のCRPと白血球数。

術後に発生した有害事象のうち以下のものを記録した:抗菌薬治療を要する呼吸器感染症、画像上確認された肺炎、無気肺、胸水および瘻孔、再挿管、SIRS、敗血症、ARDS、再手術、死亡。

教訓 プロポフォールまたはセボでOLVの麻酔を行い、BALFを調べて炎症反応を比較しました。

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吸入麻酔薬はOLVによる炎症を抑制する~はじめに [anesthesiology]

Anesthetic-induced Improvement of the Inflammatory Response to One-lung Ventilation

Anesthesiology 2009年6月号より

一側肺換気(OLV)は胸部手術で広く行われている方法である。片側の肺を虚脱させて手術手技をしやすくする換気の様式である。OLVの人工呼吸中に一回換気量が大きくなったり、気道内圧が高くなったりすると、換気が行われている方の肺に炎症性反応が発生することが、実験でも臨床的にも明らかにされている。胸部手術中に虚脱され換気が行われていない方の肺における炎症性変化についてはデータがあまりない。

気道の上皮細胞からは免疫に関わる様々な分子が分泌されることが示されている。たとえば、接着因子(ICAM-1)、サイトカイン(TNF-α、IL-1β、IL-6、IL-8)およびケモカイン(CINC-1、MCP-1)などである。TNF-α、IL-1β、IL-6、IL-8そしておそらくMCP-1は遊走活性を持つ重要な因子であり、好中球および肺胞マクロファージなどのエフェクター細胞を集積させる作用がある。気道上皮細胞は、このような炎症性メディエイタの発現と産生を通じて、気道における炎症反応の発生や増悪に関わる重大な役割を演じていると考えられている。

無気肺は肺胞低酸素の主な原因である。Funakoshiらのウサギモデル使った実験では、短時間の無気肺状態の後に換気を再開したところ、肺全体のサイトカイン産生が増加することが分かった。しかし、無気肺にした直後における測定が行われていないし、換気再開の影響についての評価もされなかった。別の研究では、肺胞低酸素のときの肺胞マクロファージによる炎症反応が調べられている。この研究では60分間のOLVが行われた。OLV開始直後に採取された肺胞マクロファージを培養して、分析が行われた。虚脱した非換気側肺から採取された細胞の方が、虚脱していない換気側肺の細胞よりもIL-1およびTNF濃度が高かった。以上が、無気肺によって起こる変化を示した嚆矢となる研究である。ただし、いずれも、換気再開による影響についての評価は行われていない。

セボフルランやイソフルレンなどの吸入麻酔薬には、虚血再潅流による心筋障害を軽減する作用があることが知られている。Leeらは、培養したヒト腎細胞を用いた実験で、セボフルランが細胞に直接的に抗炎症作用および抗壊死作用を及ぼすという結果を得た。エンドトキシンに傷害された肺胞上皮細胞のモデルを用いたin vitro実験では、セボフルランによって炎症性メディエイタの発現が低下するとともに、好中球の集積も抑制されることが分かった。そして、Reuterhausらは、エンドトキシンによる肺傷害モデルを用いたin vivo実験で、イソフルランに抗炎症作用があることを示した。さらに、最近行われた研究では、OLV中に高一回換気量で人工呼吸が行われた患者の換気側肺で、デスフルランによる免疫修飾作用が観察されている。

この前向き無作為化臨床試験の目的は、OLVによって非換気側肺に発生する炎症反応を明らかにし、さらに、OLVによる炎症反応に対するセボフルランの免疫修飾作用の実態を明らかにすることである。気管支肺法洗浄液(BALF)中の炎症性メディエイタの増加を主要エンドポイントとし、二次エンドポイントを術後合併症とした。セボフルランが低酸素(OLV)による肺の炎症を抑制するという仮説を、虚脱した非換気側の炎症性メディエイタの減少から証明することが本研究の骨子である。

教訓 心筋で吸入麻酔薬による虚血再潅流傷害が抑制されることが知られています。同じように、OLVによる非換気側肺の炎症を吸入麻酔薬で緩和できるかどうかを調べてみました。
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重症患者の栄養ガイドライン③ [critical care]

Guidelines for the provision and assessment of nutrition support therapy in the adult critically ill patient: Society of Critical Care Medicine and American Society for Parenteral and Enteral Nutrition: Executive Summary.

Critical Care Medicine 2009年5月号より

呼吸不全
1. 二酸化炭素産生量を減らし、呼吸商を小さくすることを企図した高脂質低糖質の特殊製剤を、急性呼吸不全を呈するICU患者全員にルーチーン使用することは推奨されない(Grade E)(適切な栄養剤の選択第2項の記述と混同しないこと)。
2. 急性呼吸不全の患者には、水分投与量を減らすために単位容量あたりの熱量が多い製剤の使用を考慮する(Grade E)。
3. 血清リンを厳重に監視する。低下していれば補充する(Grade E)。

腎不全
1. 急性腎不全または急性腎傷害を呈するICU患者には標準的な経腸栄養製剤を用いる。タンパクおよび熱量投与量もICUにおける標準的方法と同じでよい。重篤な電解質異常がある場合または発生した場合は、腎不全専用の特殊製剤(電解質組成が腎不全患者に適している)の使用を考慮する(Grade E)。
2. 血液透析または持続的腎代替療法中の患者には、タンパク投与量を最大2.5g/kg/dayまで増やす。腎機能低下がある患者に対し、透析を避けるまたは透析開始を遅らせることを目的としてタンパク投与量を減らしてはならない(Grade C)。

肝不全
1. 肝硬変および肝不全の患者に一般的な栄養評価法を適用する際は慎重を期する。肝硬変および肝不全患者では、腹水、血管内容量減少、浮腫、門脈圧亢進、低アルブミン血症などの合併症のため、一般的な方法は不正確で信頼性に欠ける(Grade E)。
2. 急性and/or慢性肝疾患のあるICU患者では、経腸栄養の実施が望ましい。肝不全患者ではタンパク投与量を制限してはならない(Grade E)。
3. 急性および慢性肝疾患のあるICU患者には、標準的な経腸栄養製剤を投与する。分岐鎖アミノ酸製剤は、難吸収性抗菌薬およびラクチュロースの経口投与による標準的治療を行っても改善しない肝性脳症患者にのみ投与する。

急性膵炎
1. 急性膵炎の症例では入院時に重症度を評価する(Grade E)。重症急性膵炎患者には鼻から経腸栄養チューブを留置し、輸液療法を行い血管内容量が回復したら可及的速やかに経腸栄養を開始する(Grade C)。
2. 軽症から中等度の急性膵炎の患者には栄養補助療法を実施する必要はない(予期せぬ合併症が発生した場合および経口摂取を7日以内に開始できない場合を除く)(Grade C)。
3. 重症急性膵炎では、胃もしくは空腸から栄養剤を投与してよい(Grade C)。
4. 重症急性膵炎患者の経腸栄養を順調に行うには、以下のような策を講ずる:
 入院後早期に経腸栄養を開始し、イレウスの期間をできるだけ短くする(Grade D)。
 経腸栄養投与部位をできるだけ遠位にする(Grade C)。
 経腸栄養製剤を、タンパク質でなく低分子ペプチドを含むものに、長鎖脂肪酸でなく中鎖トリグリセライドを含むものもしくは脂肪を含まないものに変更する(Grade E)。ボーラス投与でなく持続投与にする(Grade C)。
5. 重症急性膵炎で経腸栄養を実施できない場合は、経静脈栄養を考慮する(Grade C)。入院後5日目以内に経静脈栄養を開始してはならない(Grade E)。


終末期における栄養療法
1. 見込みのない患者に対するケアまたは終末期において、特別な栄養療法を実施する必要はない。栄養療法を実施するか否かを決定するには、患者/家族との十分なコミュニケーション、現実的な目標設定、および患者の自己決定権の尊重が必須である(Grade E)。

教訓 肝不全患者には標準的な経腸栄養製剤を投与します。分岐鎖アミノ酸製剤は、難吸収性抗菌薬およびラクチュロースの経口投与による標準的治療を行っても改善しない肝性脳症患者に限って投与します。重症急性膵炎では、胃もしくは空腸から栄養剤を投与してもかまいません。


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重症患者の栄養ガイドライン② [critical care]

Guidelines for the provision and assessment of nutrition support therapy in the adult critically ill patient: Society of Critical Care Medicine and American Society for Parenteral and Enteral Nutrition: Executive Summary.

Critical Care Medicine 2009年5月号より

経腸栄養の投与量
1. 経腸栄養の目標投与量(必要熱量によって決まる)は、栄養補助療法開始時に明確に決定しておかなければならない(Grade C)。必要熱量は予測式または間接熱量測定によって算出することができる。個別患者の必要熱量を同定するには、予測式は、間接熱量測定より不正確なので注意する。特に肥満患者では、間接熱量測定抜きで予測式のみを用いて必要熱量を同定するのは困難である(Grade E)。
2. 入院後1週間のうちに目標投与熱量の50~65%以上に到達することができれば、経腸栄養による臨床的効果を得ることができる(Grade C)。
3. 7-10日以内に経腸栄養のみで必要熱量(目標投与量の100%)をまかなうことができない場合は、経静脈栄養の併用を考慮する(Grade E)。経腸栄養開始後7-10日以内に経静脈栄養を併用しても転帰は改善しない。むしろ悪化する可能性さえある(Grade C)。
4. タンパク投与が十分であるかどうかを逐次評価する。標準的な経腸栄養製剤は非タンパク熱量:窒素比が高いため、タンパク製剤の補助的投与が広く行われている。BMI30未満の患者では、タンパク必要量は1.2-2.0g/kg(実測体重)/dayである。熱傷または多発外傷患者ではこれを大きく上回ると考えられる(Grade E)。
5. 肥満のある重症患者では、低栄養または低熱量の経腸栄養を実施する。BMIが30を上回る全ての患者において、必要熱量の60-70%または11-14kcal/kg(実測体重)/day(または22-25kcal/kg理想体重/day)以下を、経腸栄養の目標投与熱量とする。タンパク投与量は、肥満クラスⅠおよびⅡ(BMI 30-40)では2.0g/kg理想体重/day以上、肥満クラスⅢ(BMI 40以上)では2.5g/kg理想体重/day以上とする。必要熱量の決定方法は、前述のとおり(Grade D)。

経腸栄養の進捗状況の監視
1. ICUでは、腸動があること(臨床的イレウスの改善)の確認は、経腸栄養開始の要件ではない(Grade E)。
2. 経腸栄養が順調に実施できているかどうかを監視する(疼痛and/or膨満感の訴え、理学的所見、排ガスおよび排便の有無、腹部X線写真)(Grade E)。胃内残量が500mL未満のときは、他に経腸栄養を見合わせるべき徴候がなければ、経腸栄養を中止してはならない(Grade B)。検査や手技・手術のためNPOにするのは最小限にとどめ、栄養剤投与量が不足したり、イレウスが長時間続いたりするのを防ぐ。NPOはイレウスの悪化要因となり得る(Grade C)。
3. 経腸栄養プロトコルを用いると、目標熱量への到達度が上昇する。プロトコルを導入すべきである(Grade C)。
4. 経腸栄養実施中は、誤嚥のリスクを評価しなければならない(Grade E)。誤嚥対策を実施すべきである(Grade E)。

誤嚥のリスクを軽減する方法を以下に示す:
気管挿管されているICU患者に経腸栄養を実施する場合は、30°-45°の頭高位にする(Grade C)。
誤嚥の危険性が高い患者または経胃栄養投与を順調に行うことができない患者では、持続投与による経腸栄養を行う(Grade D)。
消化管運動亢進薬(メトクロプラミドやエリスロマイシン)またはオピオイド受容体拮抗薬(ナロキソンやアルビモパン)などの胃腸の動きを促す薬剤は、状態が許す限り投与すべきである(Grade C)。
クロルヘキシジンによる口腔内洗浄を一日二回行い、VAP発生の危険性を軽減する(Grade C)。
5. 重症患者では、栄養剤の青染やブドウ糖検出試験紙によって誤嚥の有無を判断してはならない(Grade E)。
6. 経腸栄養中に下痢が発生した場合は、その原因を詳しく評価する(Grade E)。

適切な栄養剤の選択
1. 免疫強化経腸栄養剤(アルギニン、グルタミン、核酸、ω-3系脂肪酸、抗酸化物質などが添加されている)は、適応のある患者にのみ用いる(予定大手術、外傷、熱傷、頭頚部癌、人工呼吸中の重症患者)。重症敗血症患者には使用しない(外科系ICU患者ではGrade A、内科系ICU患者ではGrade B)。免疫強化栄養剤の適応からはずれるICU患者には、標準的な経腸栄養剤を投与する(Grade B)。
2. ALI/ARDS患者には、抗炎症脂質(魚油やルリジサ油)および抗酸化物質が添加されている経腸栄養剤を用いる(Grade A)。
3. 免疫強化栄養剤の効果を最大限得るには、必要熱量の50-65%以上を免疫強化栄養剤で投与する(Grade C)。
4. 下痢がある場合は、可溶性食物繊維または低分子ペプチドを含む製剤を用いてもよい(Grade E)。

補助製剤の使用
1. 移植、腹部大手術および重症外傷患者にプロバイオティック製剤を投与すると転帰が改善することが分かっている(主に感染を減らす効果)(Grade C)。一般ICU患者におけるプロバイオティクスの使用については、転帰に対する効果がはっきりしていないため、今のところ定見は存在しない。菌種によって効果が異なり、転帰に与える影響が一定しないことが、明白な一般的推奨事項を導くのが困難な理由であると考えられる。同様に、重症急性壊死性膵炎に対するプロバイオティクス投与は現時点では推奨されていない。文献で示されているエビデンスは一貫せず、また、用いられている菌種にもばらつきがある。
2. 特殊栄養剤を投与されている重症患者では全員に、抗酸化ビタミンと微量元素(特にセレン)の混合製剤を使用する(Grade B)。
3. グルタミンが添加されていない経腸栄養製剤を熱傷、外傷および内科系外科系混合ICUの患者に投与している場合は、経腸グルタミン製剤を併用する(Grade B)。
4. 蘇生を要する状態を脱し血行動態が安定した患者が経腸栄養中に下痢を発症した場合は、可溶性食物繊維が有効である可能性がある。重症患者ではいかなる症例であっても、不溶性食物繊維の投与は避ける。可溶性食物繊維も不溶性食物繊維も、腸管虚血または重症の消化管蠕動不全の危険性が高い患者では使用を避ける(Grade C)。

経静脈栄養の適応があれば、その効能を最大限引き出す
1. 経腸栄養を実施できない場合は、経静脈栄養の必要性を評価する(どんな場合に経静脈栄養を行うか第1, 2および3項、経腸栄養の投与量第3項参照)(Grade C)。経静脈栄養を実施する必要があると判断されれば、その効能を最大限引き出すための手段を講ずる(投与量、栄養の内容、モニタリング、補充製剤の種類)(Grade C)。
2. 経静脈栄養が実施されているICU患者では、少なくとも開始当初は、中等度の低栄養を許容する。熱量必要量を決定したら、その80%を目標値とするか、もしくは経静脈栄養による投与熱量の上限とする(Grade C)。患者の状態が安定したら、経静脈栄養による投与熱量を熱量必要量まで増加させてもより(Grade E)。肥満患者(BMI 30以上)では、経静脈栄養によるタンパクおよび熱量投与量は、経腸栄養の投与量第5項で推奨されているのと同じように決定する(Grade D)。
3. ICU入室第7日までに、経腸栄養を実施することができず、経静脈栄養を行わなければならない場合は、経静脈栄養製剤を用いる。大豆油を主成分とした脂質製剤は用いない(Grade D)。
4. 栄養補助療法を実施する際は、ほどほどに厳格な血糖管理プロトコルに従う(Grade B)。最適な血糖目標値は110-150mg/dLである(Grade E)。
5. 重症患者に経静脈栄養を実施する場合は、経静脈グルタミン製剤を併用する(Grade C)。
6. 経静脈栄養が順調に実施されている患者では、経腸栄養開始の努力を怠らない。順調に経腸栄養を実施することができ、経腸栄養による投与熱量を増やすことができれば、経静脈栄養による投与熱量を減らす。目標投与熱量の60%以上を経腸栄養でまかなうことができるようになれば、経静脈栄養を中止してもよい(Grade E)。

教訓 胃内残量が500mL未満のときは、他に経腸栄養を見合わせるべき徴候がなければ、経腸栄養を継続します。

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重症患者の栄養ガイドライン① [critical care]

Guidelines for the provision and assessment of nutrition support therapy in the adult critically ill patient: Society of Critical Care Medicine and American Society for Parenteral and Enteral Nutrition: Executive Summary.

Critical Care Medicine 2009年5月号より

はじめに
医療施設において、栄養は言い尽くすことができないほど重要である。特にICUでは極めて重大な意味を持つ。重症患者は多くの場合、異化亢進状態にあり、全身性炎症反応が起こっている。全身性炎症反応は、感染性合併症の増加、多臓器不全、入院期間の長期化、死亡率上昇につながる。過去30年のあいだに、栄養素の分子レベルおよび生体レベルでの作用が重症患者のホメオスタシス維持に果たす役割についての理解が、飛躍的に進歩した。昔は、重症患者に対する栄養「補助」は、ストレス反応を受けている患者に外から燃料を補給するという程度の、脇役的治療としか見なされていなかった。その目的は、除脂肪体中の維持、免疫機能の維持および代謝関連合併症の回避であった。最近では、栄養「療法」という見方がされるようになり、ストレスに対する代謝反応の緩和、酸化による細胞傷害の予防および免疫機能の改善がその目的となっている。重症疾患に対するストレス反応を栄養によって軽減する方法は、経腸栄養(EN)の早期開始、主要栄養素および微量栄養素の適量投与そして厳密な血糖管理である。早期から経腸栄養を主体とした積極的栄養療法を行うと、重症度が低下し、合併症が減り、ICU滞在期間が短縮し、転帰が改善する可能性があると考えられている。

経腸栄養の開始
1. 一般的な栄養評価法(アルブミン、プレアルブミン、身体測定)の重症患者における有用性は検証されていない。経腸栄養開始に先立ち、体重減少の程度、入院前の栄養摂取状況、疾患の重症度、基礎疾患および消化管機能を評価する(Grade E)。
2. 摂食意欲が不十分な重症患者には経腸栄養による栄養補助療法を実施する。(Grade C)
3. 栄養補助療法を要する重症患者では、経静脈栄養(PN)よりも経腸栄養が優先的に選択されている(Grade B)。
4. ICU入室後24-48時間以内に経腸栄養を開始する(Grade C)。その後48-72時間かけて投与量を増やし、目標投与量に到達させる (Grade E)。
5. 血行動態が不安定な場合は(多量のカテコラミンを要する状態、もしくはそれに加えて大量輸液または大量輸血を要する状態)、蘇生を要する状態を脱するかand/or状態が安定するまでは経腸栄養は見合わせ(Grade E)。
6. ICU患者においては、腸蠕動音の有無や排ガスや排便の有無によって、経腸栄養開始の可否を決める必要はない(Grade B)。
7. ICUでは、胃または小腸のどちらから栄養投与を行ってもよい。誤嚥の危険性が高いか、もしくは経胃栄養投与がうまくいかない重症患者では、小腸内に経腸栄養チューブを留置して栄養を投与する(Grade C)。胃内の栄養剤残存量が多いことのみを理由に経腸栄養を見合わせる場合は、小腸からの栄養投与に切り替えるのが妥当であると考えられる(どれほどの胃内残量をもって多いとするかは、各病院のプロトコルによって異なる)(Grade E)。(「経腸栄養の進捗状況の監視」の第4項参照)

どんな場合に経静脈栄養を行うか
1. ICU入室後7日目までは、経腸栄養を行うことができなくても栄養療法(標準的治療=経静脈栄養)を行うべきではない(Grade C)。重症疾患の発症以前に、タンパク熱量栄養不良(protein-calorie malnutrition;タンパクも熱量も不足している状態)であったことが明らかである場合を除き、経静脈栄養は行わない。経腸栄養を実施できないのであれば、経静脈栄養は入院7日目以降に開始する(Grade E)。
2. 入院時にタンパク熱量栄養不良が明かであり、かつ、経腸栄養を行うことができない場合は、入院後、蘇生処置を適切に行ってから速やかに経静脈栄養を開始するべきである(Grade C)。
3. 上部消化管の大手術が予定され、経腸栄養を始めることができない場合は、以下のような条件に合致するときにのみ、経静脈栄養を実施する。:

  患者が低栄養のときは、手術の5-7日前から経静脈栄養を開始し、術後も継続する(Grade B)。
  術直後は経静脈栄養は行わない。術後5-7日後から開始する(経腸栄養を実施できない場合)(Grade B)。
  経静脈栄養実施期間が5-7日以下であると見込まれる場合は、経静脈栄養を実施しても転帰を改善する効果は期待できず、むしろリスクが上昇する可能性がある。したがって、7日以上の実施が予想される場合にのみ、経静脈栄養を行う(Grade B)。

教訓 ICU患者においては、グル音がきこえなくても、排ガスや排便がなくても、経腸栄養開始可能です。
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PTSDになりやすい人 [anesthesiology]

Operating Room Desensitization as a Novel Treatment for Post-Traumatic Stress Disorder after Intraoperative Awareness

Anesthesiology 2008年11月号より

腰椎前方固定術の全身麻酔中に術中覚醒し、術後にPTSDを発症した患者(49歳女性)に、手術室内でin vivoの曝露療法を行い脱感作したという症例報告。全身麻酔は、AO-propofol-remifentanilで維持した。術中に末梢静脈路が閉塞し、確保し直した。この間、麻酔薬は投与されていなかった。

術中覚醒の発生頻度
高リスク手術(心臓、外傷、緊急帝切など)では1000例につき1例

術中覚醒を原因とするPTSDの発生頻度
前向き研究0-44%、後ろ向き研究2-56%

PTSDの治療法
認知行動療法(不適切な認知的習慣や非合理的な信念を、適切・合理的なものに変容させる)、曝露療法(フラッディング[flooding;洪水みたいな]曝露と段階的曝露;外傷体験を実際に追体験または想像上で想起させ、恐怖や不安に慣れさせる)、眼球運動による脱感作/再処理療法(EMDR;セラピストが指を左右に動かすのを目で追いながら、外傷体験を想起する)、抗うつ薬

術中覚醒によるPTSDの危険因子
Psychological consequences of awareness and their treatment. Best Pract Res Clin Anaesthesiol 2007; 21:357-67
女性、中年、独身、教育水準が低い、重症外傷、精神疾患の既往、ボーダーライン人格障害

PTSDの原因となり得るような、苦痛、嫌悪、恐怖、不安をもたらす体験をしても、それを適切に言語化し、合理的に受け止めることができる記憶に書き換えることができる人はPTSDにはなりにくいようです。嫌な記憶を書き換えることが苦手な人(例;女性、中年、独身、教育水準が低い、精神疾患、BPD)はPTSDになりやすい。書き換えることが困難な記憶を残すような圧倒的経験(例;重症外傷)をするとPTSDになりやすい。

自然災害(大地震など)の場合、アメリカ人の方が日本人よりもPTSDになりやすい、と聞いたことがあります。術中覚醒関連の訴訟件数の日米差は、こんなところに起因しているのかもしれません。
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ALI/ARDSにステロイドは効くか?~考察② [critical care]

Use of corticosteroids in acute lung injury and acute respiratory distress syndrome: A systematic review and meta-analysis .

Critical Care Medicine 2009年5月号より

研究レベルの特性を評価したところ、一考に値する知見が得られた。無作為化試験では、交差比較を行うと、副腎皮質ステロイドの効果を強調するようなバイアスが混入すると指摘されてきた。しかし、本研究では、交差比較を行った試験と行わなかった試験とで、副腎皮質ステロイドによるリスク軽減効果は同等であることが分かった。研究が行われた年も、結果を左右する重要な要素となると考えられた。ARDS Networkによる低一回換気量についての論文が発表されたのは2000年のことである。したがって、2000年を境に、低一回換気量による人工呼吸が広く実施されるようになったとすれば、ALI患者における肺の炎症がそれ以前よりも抑制されているはずである。すると、副腎皮質ステロイドをはじめとするあらゆる抗炎症作用物質の効果が、前景に出がたくなると推察される。だが、今回のメタ分析では、2000年以降に行われた研究で示された副腎皮質ステロイドの治療効果を2000年以前のものと比べても、有意な差は認められなかった。

患者レベルおよび研究レベルでの特性の違いについての以上の知見を検討する際は、慎重を期さなければならない。サブグループ解析およびメタ回帰分析を行ったおかげで、患者レベルおよび研究レベルでのばらつきが、総体としての治療効果に与えた影響が少ないことを明らかにすることができた。しかし、サブグループ解析もメタ回帰分析も、対象研究数が少なかったため、ばらつきが与える影響を見出すに足る検出力を備えていなかった可能性がある。例を挙げると、本研究で得られた漸減投与についての結果をそのまま鵜呑みにするべきではなく、炎症の再燃を避けるため、副腎皮質ステロイドは漸減投与してから中止すべきであるのかもしれない。

今回のレビューの問題点の一つは、無作為化試験の結果と非無作為化試験の結果をあわせて解析したことである。特に、死亡率については、ランダム要因モデルにおける重み付けが、RCTsよりコホート研究の方が大きかった(40.5% vs 59.5%)。つまり、合併推定値は、コホート研究の結果の方向にわずかながら偏っているのである。morbidityについては、コホート研究では副腎皮質ステロイドの効果があまり認められていない (Table 5)。したがって、morbidityに対する副腎皮質ステロイドの治療効果は、総体では実際より低く見積もられていると言える。もう一つの問題点は、必ずしもすべての対象研究で、有害事象(可能性のある事象も含む)がしっかりと観測されていたわけではないことである。もっと重大な問題点は、コルチコトロピン刺激試験に反応する例と反応しない例について、副腎皮質ステロイドの効果を比較検討することができなかったことである。コルチコトロピン刺激試験を行うと副腎機能不全の有無が分かり、副腎皮質ステロイド投与によって効果が得られる可能性の高い患者を見分けることができるが、大半の研究ではこの件についての情報は示されていなかった。副腎皮質ステロイドには幅広い全身作用がある。たとえば、血漿IL-6値、好中球数、CRPを低下させたり、ショックを改善したりする作用である。このような作用についてデータを提示していた研究はほとんどなかったので、合併推定値を得ることはできなかった。ALIの転帰には、今回取り沙汰したもの以外にも重要なものがある。肺機能障害の残存や、神経筋障害、認知機能障害および精神障害などである。これらについても今回は評価を行うことができなかった。大半の研究では、追跡調査期間が短く、このような長期転帰は評価対象ではなかったからである。その他の変量(例;換気モード、離脱プロトコル、集中治療の質と量)も、死亡率/morbidiityに影響を与えたかもしれないし、こういう要素を含む管理全体がしっかり行われていないと、ステロイドを投与しても効果は得られないのかもしれない。しかし、今回のメタ分析では、他の変量の影響を評価できるだけのデータは得られなかった。

今後行われる臨床試験の設計に、本研究の知見が大きく関わるだろう。副腎皮質ステロイドの使用法には大きなばらつきがあることを踏まえると、将来行われるべき無作為化試験では、標準的な投与法の確立を目指すべきである。標準的な投与法を決めるにあたり必要な要素は、(1)投与のタイミング (2)投与量 (3)投与期間 (4)漸減投与の期間 の4点である。さらに、患者登録に際しては、コルチコトロピン刺激試験反応群と非反応群に分けて副腎皮質ステロイドの効果を見定められるよう、患者を層別化すべきである。

まとめ
少量副腎皮質ステロイド投与は、死亡率およびmorbidityの改善につながることが明らかになった。副作用は許容範囲内である。本研究の対象となった無作為化試験およびコホート研究では、副腎皮質ステロイドの治療効果が一貫して認められていた。したがって、副腎皮質ステロイドはALI/ARDSに有効であると考えられる。しかし、十分な検出力を備えた無作為化試験をあらためて行い、本研究の知見を確認する必要がある。

教訓 ステロイドはALI/ARDSに効くみたいです。でも、適切な投与方法(タイミング、量、期間など)はまだ確立されていません。コルチコトロピン刺激試験に反応しない患者でも本当に効果があるのかどうかを明らかにするのが、今後の課題の一つです。

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ALI/ARDSにステロイドは効くか?~考察① [critical care]

Use of corticosteroids in acute lung injury and acute respiratory distress syndrome: A systematic review and meta-analysis .

Critical Care Medicine 2009年5月号より

ALI患者に副腎皮質ステロイドを投与すると、死亡リスクが低減し、morbidityの改善が得られる。死亡率低下効果は、無作為化試験においても、コホート研究においても、一貫して認められた。治療効果が得られても、それとともに感染や神経筋障害などの大きな有害事象が増えるわけではないことが分かったのが、大きな収穫である。

重症患者に見られる臓器障害のうち最もよくあるのが、急性呼吸不全である。その原因の四分の一をALIが占めている。今後、ALIの有病率が世界規模で上昇すると見込まれている。ALIは致死率の高い重症疾患であるのだが、決め手となるような薬物療法は、現時点ではまだ確立されていない。副腎皮質ステロイドはALIの治療薬候補として、もっぱらの研究対象となってきた。しかし、今までに行われた無作為化試験は、いずれも標本サイズが小さく、副腎皮質ステロイドの有効性は、十分に裏付けられているとは言えない。したがって、本研究では、無作為化試験と非無作為化試験のデータを併せて検討した。標本サイズを大きくした結果、副腎皮質ステロイド投与による、死亡率の有意な低下を認めるに至った。そして、副腎皮質ステロイドを使用しなかった場合と比較し、死亡数を一例減らすのに必要な入院患者数は4名(95%CI 2.4-10)であることが明らかになった。ステロイドがALIにきわめて有効であることの証左である。

メタ分析において、無作為化試験とコホート研究を合体させる方法には、利点も欠点もある。利点は、対象研究数が増え、標本サイズが大きくなるので、第二種の過誤を減らせることである。特に、主要転帰項目(つまり、死亡率)については、この利点が強く作用する。欠点は、コホート研究では、調整されていない変量が結果に影響を与える可能性があることである。実際、副次転帰項目に関するコホート研究の結果は、無作為化研究とは、統計学的に有意に異なっていた(Table 5)。しかし、副次転帰項目については、無作為化研究の重み付けを大きくしたことに着目してもらいたい(ランダム要因モデルにおける無作為化試験の重み付け;人工呼吸器使用期間71.2%、ICU滞在期間67.5%、MODSスコア72.1%、肺傷害スコア63.6%、PaO2/FIO2比68.8%)。したがって、morbidityの総合評価は主にRCTsの結果に依拠したと言える。

このメタ分析の対象論文間のばらつきは、大きかった。ばらつきは主に、治療効果の大きさの違いや、場合によっては治療効果の有無によって生じていた。そもそもはじめから、ばらつきがあるであろうことは予測していたので、すべての解析にランダム要因モデルを適用した。ランダム要因モデルでは、患者レベルおよび研究レベルでの特性が異なることに起因し、治療効果にばらつきが生ずると仮定する。そのばらつきを数学的に表現すると、研究の一つ一つに内在する差と、研究間の差ということになる。したがって、ランダム要因モデルを用いると、研究間のばらつきを勘定に入れた評価ができるのである。

ステロイドの治療効果に影響を及ぼす患者特性が、いくつか想定されてきたが、今回のメタ分析では確認されなかった。少量副腎皮質ステロイド投与によって敗血症患者の死亡率が低下することが、2編のメタ分析で明らかにされている。したがって、ALIに対する副腎皮質ステロイドの治療効果には、敗血症に対する効果が一部寄与していたのかもしれない。しかし、本研究では、敗血症患者が占める割合と、副腎皮質ステロイドの治療効果の度合いの間には関連性は認められていない。事実、つい最近終了したHydrocortisone Therapy for Patients with Septic Shock研究では、副腎皮質ステロイドを投与しても敗血症性ショック患者(ほとんどが術後)の死亡率は低下しないことが明らかにされている。また、副腎皮質ステロイドをALI症例に使用する場合、その適切な投与時期は前々からよく分かっていない。晩期になり線維化が起こってしまったら、副腎皮質ステロイドの効果は得られないのではないか、という意見がある。その上、ALI発症2週間後以降に副腎皮質ステロイドの投与を開始すると、かえって死亡リスクが増大する可能性も示唆されている。ただし、この研究では、投与開始前の諸要素を調整したところ、死亡率の有意差はなくなるという結果が得られている。翻って、我々の実施したメタ分析では、副腎皮質ステロイドによる死亡率低下効果は、投与のタイミングによって左右されるわけではないことが明らかになった。また、副腎皮質ステロイドの投与を、漸減投与を経ずにいきなり中止すると、炎症が再燃し、せっかくのステロイドの効果が打ち消されてしまう可能性が懸念されている。本研究では、治療終了後に漸減投与をしてもしなくても、副腎皮質ステロイドの効果は変わらないという結果が得られた。しかし、動物実験および臨床研究が示す豊富なデータによれば、副腎皮質ステロイドを急に中止すると炎症が再燃し、生理学的にも状態が悪化することが明らかにされている。

教訓 ALI/ARDSに対するステロイドの効果は、敗血症に対する効果を経由して発揮されるのでは?という可能性が考えられますが、この研究では、敗血症患者が占める割合と、副腎皮質ステロイドの治療効果の度合いの間には関連性は認められませんでした。Hydrocortisone Therapy for Patients with Septic Shockでは、副腎皮質ステロイドを投与しても敗血症性ショック患者の死亡率は低下しないことが明らかにされています。また、ARDS晩期になり線維化が起こってしまったら、副腎皮質ステロイドの効果は得られないのではないか、という意見がありますが、このメタ分析では、副腎皮質ステロイドによる死亡率低下効果は、投与のタイミングによって左右されるわけではないという結果が得られました。

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ALI/ARDSにステロイドは効くか?~結果 [critical care]

Use of corticosteroids in acute lung injury and acute respiratory distress syndrome: A systematic review and meta-analysis .

Critical Care Medicine 2009年5月号より

結果
はじめに掬い上げられた2072編のうち、最終的に解析の対象として残ったのは9編であった(Fig. 1)。無作為化比較対照試験(RCT)が4編、コホート研究が5編であった(Table 1)。対象患者数は総計648名であり、307名がコホート研究の対象、341名がRCTの対象であった。対象患者の年齢は比較的若く(平均51歳)、APACHEⅡスコアの平均は18点、基準時点における平均PaO2/FIO2比は126であった。ほぼすべて(8編)の研究で敗血症患者が対象に含まれており、その占める割合は22%から100%であった。男性の方が女性より有意に多く、男性/女性比の中央値は2.3であった。

各研究によって副腎皮質ステロイドの使用法には、少なからぬ差異が認められた(Table 1)。副腎皮質ステロイドの投与量は、メチルプレドニゾロンまたはメチルプレドニゾロン換算で40-250mg/day (平均140mg/day)であった。投与期間も研究によって異なり、7日から32日に分布していた(平均8日)。大半の研究(7編)では、副腎皮質ステロイド投与終了後に、漸減投与を実施していた。しかし、1編では抜管後48時間後にすっぱり中止していた。発症後早期(1週間以内)に副腎皮質ステロイドを投与していたのが4編、それ以降に投与していたのは5編であった。ほとんどの研究では、副腎皮質ステロイド投与群の方が死亡率が低いという結果が得られていた(Table 1)。

大部分の研究で、有害事象の発生率が報告されていた(Table 2)。報告された合併症のうち最も多かったのは感染で、次いで神経筋障害、消化管出血であった。高血糖について言及されていたのは2編のみであった。その他、以上より頻度の低い合併症には、不整脈、気胸、腎不全、肝不全、心不全および精神障害があった(Table 2)。

研究方法は概ね正当であった。無作為化試験では、質評価項目の75%についてデータが提示されていた。コホート研究では質評価項目の82%についてデータが提示されていた。

死亡率
コホート研究、RCTsのいずれにおいても、副腎皮質ステロイド投与によって死亡率が低下する傾向が認められた(Fig. 2)。RCTsから得られた相対危険度は0.51 (95%CI 0.24-1.09)、コホート研究から得られた相対危険度は0.66 (95%CI 0.43-1.02)であった。副腎皮質ステロイド投与による死亡率低下傾向は、いずれの研究でも認められた。しかし、無作為化試験(p=0.08)およびコホート研究(p=0.06)のいずれもが標本数が少なく、統計学的に有意な死亡率の低下は示されていなかった。無作為化試験とコホート研究をあわせると、死亡率低下は有意なレベルに達し(p=0.01; Fig. 2)、総合相対危険度は0.62 (95%CI 0.43-0.91)となった。

Morbidity
副腎皮質ステロイド投与群では、morbidityに関する全ての転帰項目の改善が得られた (Fig. 3)。人工呼吸器使用期間およびICU滞在期間は、4日以上短縮した。人工呼吸器使用期間ではなく、人工呼吸器非使用期間で解析しても結果はほぼ同じであった(4.8日 vs 4.4日)。副腎皮質ステロイドを投与すると、重症度スコアが低下した。具体的には、MODSスコアが32%減、肺傷害スコアが18%減であった。酸素化(PaO2/FIO2比)についてもSD幅の半分以上の改善を認めた。いずれの項目においても、副腎皮質ステロイドによる治療効果が認められ、半数程度において統計学的に有意な効果があるという結果が得られた(Fig. 3)。

有害事象
副腎皮質ステロイド使用群には、その使用を躊躇させるほどの副作用の発現は認められなかった(Fig. 4)。副腎皮質ステロイド使用群と対照群のあいだに、感染または神経筋障害の発生率の差は認められなかった。その他の主な有害事象(消化管出血、主要臓器不全)についても調べたが、副腎皮質ステロイド使用群と対照群のあいだに差は認められなかった(Fig. 4)。

研究間の異質性の検討
死亡率およびmortalityに関するCochraneのQ統計量およびI2を求めたところ、中等度から高度の異質性(ばらつき)が研究間に認められた(Figs. 2と3)。死亡率については異質性は中等度であった(I2=51%)であった。Mortalityに関しては、異質性は高度であった(I2>75%)。そのため、サブグループ解析およびメタ回帰分析を行い、研究間の異質性が総合的な治療効果に与える影響を検討した。サブグループ解析では、副腎皮質ステロイド使用法の差異が認められるものの、いずれのサブグループにおいても一貫してステロイドの治療効果があることが示された(Table 3)。投与時期の違い(早期vs 晩期)、製剤の違い(ハイドロコルチゾン vs メチルプレドニゾロン)または漸減投与の有無といったサブグループ別に解析したが、サブグループ間の相対危険度の差は有意ではないことが分かった。ARDS Networkの低一回換気量研究発表の前と後とに分けてみても、副腎皮質ステロイドの治療効果は同等であった。無作為化試験については、交差比較(クロスオーバー)の有無は治療効果に有意に影響を及ぼしはしなかった。メタ回帰分析では、重症度が増すほど(APACHEⅡスコアが上昇するほど)、治療効果が小さくなることが分かった(Table 4)。その他の変数(年齢、性別、ステロイド投与量、投与時期、投与期間、敗血症患者の占める割合およびステロイド投与前のPaO2/FIO2比)で、治療効果に影響を及ぼすものはなかった。

教訓 コホート研究、RCTsのいずれにおいても、副腎皮質ステロイド投与によって死亡率が低下する傾向が認められました。しかし、無作為化試験(p=0.08)およびコホート研究(p=0.06)のいずれもが統計学的に有意な死亡率の低下を示すには至っていませんでした。無作為化試験とコホート研究をあわせると、死亡率低下は有意なレベルに達し(p=0.01)、合併相対危険度は0.62 (95%CI 0.43-0.91)になりました。副腎皮質ステロイド投与群では、人工呼吸器使用期間およびICU滞在期間は、4日以上短縮し、重症度スコアが低下しました。酸素化(P/F比)も改善しました。
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ALI/ARDSにステロイドは効くか?~方法 [critical care]

Use of corticosteroids in acute lung injury and acute respiratory distress syndrome: A systematic review and meta-analysis .

Critical Care Medicine 2009年5月号より

急性肺傷害(ALI)は人々の健康に大きな影を投げかけている。ALIの院内死亡率は非常に高く38%から50%に達し、またmorbidityも高い。米国だけでも、ALIによる死亡数は年間74500例にものぼり、乳がんやHIVによる死亡数をはるかに上回っている。死亡を免れたにしても、自宅退院できるほどの元気を取り戻せるのは、生存者のうちわずか34%に過ぎない。今後25年間で高齢化が進み、ALIの年間発生率は2倍に上昇するものと見込まれている。したがって、集中治療やリハビリの提供および医療資源分配の方針を練る上で、有効な治療法の開発の成否が大きく関わってくる。

ALIの特徴は、肺炎、敗血症や外傷が引き金となって宿主体内で発生した、激しい炎症反応による肺実質の傷害である。副腎皮質ステロイドには抗炎症作用があるので、ALIに対する有効性が期待され、数々の研究が進められてきた。当初は、副腎皮質ステロイドの大量短期間投与が行われその効果が検証されたが、生存率の改善は得られないことが明らかにされた。最近では、少量から中等量の副腎皮質ステロイドを、先行する諸研究よりも長い期間にわたり投与する方法の研究が行われ、死亡率および合併症発生率の低下が示された。しかし、副腎皮質ステロイド投与によって、ARDSの死亡率低下効果が得られたとする当初の研究結果は、それ以降に行われた多施設試験では確認されていない。そのため、副腎皮質ステロイドのALI/ARDSに対する有効性については、賛否両論の状態が続いている。また、近年発表された3編のメタ分析も、それぞれが相反する結論を示しており、この混迷をさらに深める原因となっている。

いくつかの問題が、現時点では未解決である。第一に、少量~中等量の副腎皮質ステロイドによって死亡率およびmorbidityが改善するかどうかは不明である。最近のメタ分析にはいずれも問題がある。具体的には、大量ステロイド投与の研究を対象として含んでいないことや、俎上に挙げるべき重要な転帰を漏らすことなく評価することができていない、といった点である。第二に、臨床医の間では、副腎皮質ステロイドの副作用に関する懸念が示されている。特に、感染および神経筋合併症が、憂慮されている。この点についても、メタ分析では、しっかりした検証は行われていない。第三に、副腎皮質ステロイドの最適な投与法は、まったく分かっていない。投与量や投与期間などの重要な要素が、副腎皮質ステロイドの有効性をどのように左右するのかは、明かでない。

我々は以上の問題を解決すべく体系的レビューと定量的データ合成を実施した。先行するメタ分析では取りこぼされていた研究も対象とし、死亡率および合併症発生率に関係する全ての転帰項目について評価を行ったことが、本レビューの特筆すべき点である。さらに、少量~中等量副腎皮質ステロイドの副作用についても総合的な評価を行った。加えて、サブグループ解析およびメタ回帰分析を行い、投与量、投与期間および投与開始時期といった臨床的に重要な変数によって、副腎皮質ステロイドの効果が左右されるかどうかを検証した。以上を踏まえると、ALIに対する副腎皮質ステロイドの治療効果についてのレビューとして、本研究は現時点では最も網羅的なレビューである。

方法

検索方法と選択基準
電子データベース(MEDLINE、EMBASE、Current Content、Database of Abstracts of Reviews of Effects、Cochrane Central Register of Controlled Trials、およびCochrane Database of Systematic Reviews)を用い、1967年1月から2007年9月に出版されたALIおよびARDSに関する論文を、書かれた言語を限定せずに検索した。無作為化試験の数は限られていて、その上、統計学的検出力が低いものが大半を占めていたので、無作為化試験でない研究も対象にした。また、ALIの重症型であるARDS症例のみについての研究も対象とした。

題名または本文に以下の単語がある論文を検索した:1)ALI; 2)ARDS; 3)急性呼吸不全(acute respiratory failure)。これによって得られた論文の参照論文についても検索した。

以下の条件に当てはまるコホート研究および無作為化試験を対象にした。1)副腎皮質ステロイドの少量投与(メチルプレドニゾロンまたはその他の製剤[メチルプレドニゾロン換算で] 0.5-2.5mg/kg/day投与)。 2)ALIまたはARDS患者が対象。 3) 18歳以上が対象。本レビューの主要転帰項目は院内死亡率とした。副次転帰項目は、人工呼吸器使用期間、ICU滞在期間、MODSスコア、肺傷害スコア、PaO2/FIO2比とした。有害事象に関わる転帰データとしては、感染、神経筋合併症、消化管出血および高血糖を対象にした。その他の合併症(不整脈、精神障害、臓器不全など)についてのデータも、記載があれば収集した。

重複論文、対照群が設定されていないもの、副腎皮質ステロイドを大量投与しているもの(例;メチルプレドニゾロンまたはその他の製剤[メチルプレドニゾロン換算] 30mg/kg/day投与)、カリニ肺炎や特発性肺線維症などの別の全身性炎症性疾患がある患者を対象にしているものは除外した。

データ抽出
二人の研究者が別々にデータを抽出した。結果が一致しない場合は、話し合いの上、合意を形成した。抽出した情報は、発行年、研究が行われた国、研究の臨床的背景、研究期間、対象患者の人口統計学的データ、標本数、敗血症患者が占める割合、副腎皮質ステロイドの種類と投与量、ALIの診断から副腎皮質ステロイドの投与開始までの期間、ARDSの病期(早期か晩期か)、投与期間終了後の副腎皮質ステロイド漸減投与の有無、重症度指標(P/F比やAPACHEⅡスコア)である。

質の評価
各研究で採用されている手法の質を、4項目からなるチェックリストを用いて評価した。無作為化試験は、Cochrane Collaborationガイドラインの基準に則って評価した。コホート研究は、Health Technology Assessment Programガイドラインに基づいて評価した。

教訓 少量~中等量の副腎皮質ステロイドによってALI/ARDSの死亡率およびmorbidityが改善するかどうかは不明です。副腎皮質ステロイドが有効であったとしても、副作用(特に、感染や神経筋合併症)とトレードオフしてしまうのではないかと懸念されています。ALI/ARDSに対する副腎皮質ステロイドの最適な投与法(投与のタイミング、投与量、投与期間)は、分かっていません。
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高齢者に対する周術期の薬物治療③ [anesthesiology]

Perioperative Drug Therapy in Elderly Patients

Anesthesiology 2009年5月号より

麻酔薬
吸入麻酔薬の必要量は、通常、最小肺胞濃度(MAC)で表される。MACとは、吸入麻酔薬を投与下で、疼痛刺激を加えても50%の患者で体動が認められないときの、肺胞内の吸入麻酔薬濃度のことである。全身麻酔には無痛の他にもエンドポイントがある。たとえば意識の喪失である。意識喪失に必要な麻酔薬の量をMACawakeと言う。患者が従命しなくなったときの肺胞内の吸入麻酔薬濃度がMACawakeであり、通常はおよそ0.33MACに相当する。ただし、ハロセンのMACawakeは、他の新しい吸入麻酔薬より高い。40歳のときのMACを1MACとすると、以後一年ごとにMACは0.6%ずつ低下する(fig. 3)。加齢によりMACが低下する理由ははっきりしていないが、神経系全般の機能が加齢変化することが関与していると考えられている。神経系の変化とは、シナプス機能(シナプス前)またはニューロン機能(シナプス後)の変化のことである。たとえば、ドパミン作動性神経伝達系およびコリン作動性神経伝達系はいずれも加齢により変化するし、フリーラジカル産生量は加齢に伴い増加する。脳萎縮や血管のプラーク形成も加齢により進行する。このような変化が正常な加齢変化に当たるのか、それとも何らかの病理が背景にあることを表象しているのかは、よく分かっていない。麻酔薬による無動は、脊髄を介した作用であると考えられている。上述のような変化は、多かれ少なかれ脊髄でも発生している可能性がある。いずれにせよ、麻酔薬に対する感受性が加齢によって強くなる理由はまだよく分かっていない。

高齢者では、チオペンタール、プロポフォール、ミダゾラムなどの静脈麻酔薬や鎮静薬に対する感受性は増強している(table 2)。薬物動態の変化、薬力学の変化、もしくはその両者が感受性増強に関与している。たとえば、高齢者ではエトミデートの作用が強くあらわれる。これは、高齢者に見られる分布容量の低下のため、若年者と同じ量を投与すると血中濃度が高くなってしまうからである。同じ血中エトミデート濃度であれば、若年者も高齢者も同じ脳波変化を示す。つまり、脳のエトミデートに対する感受性は加齢によっては変化しないのである。チオペンタールでも同様である。一方、高齢者におけるプロポフォール感受性増強には、薬物動態と薬力学の両者の加齢変化が影響している。高齢者では、プロポフォールのクリアランスが低下するとともに、脳の感受性は増強している。エトミデートもプロポフォールもGABA-A受容体に作用する。高齢患者において、プロポフォールに対しては脳の感受性が増強し、エトミデートに対してはそうではないのは、奇妙な現象である。以上から、麻酔導入薬(プロポフォール、チオペンタール、エトミデートなど)をボーラス投与する際には、低血圧のような有害作用を避けるため、30秒以上かけて投与すべきである。

心血管系作動薬
虚血性心疾患や慢性心不全のある高齢患者に、β遮断薬が使用される例は、珍しくなくなってきている。また、非心臓手術を受ける中等度から高リスクの患者に対して、周術期にβ遮断薬の使用が推奨されることも多い。プロプラノロール、アテノロールやメトプロロールなどのβ遮断薬の薬物動態および薬力学は、高齢者では変化する。一般的に、半減期が延長し、クリアランスは低下するのだが、メトプロロールは例外的にどちらも加齢変化を示さない。既に述べたとおり、アドレナリン受容体のダウンレギュレーションのため、高齢者のβ遮断薬感受性は低下している。エスモロールのように半減期の短いβ遮断薬の場合は、クリアランスが加齢によって変化しても、臨床的な影響はない。また、β遮断薬は効果(心拍数など)を見ながら投与量を調節する薬剤なので、過量投与は起こりにくい。

クラスⅠの抗不整脈薬(リドカインなど)の多くは、加齢によりクリアランスが低下し半減期が延長するため、静注量を減らす必要がある。ただし、局所麻酔薬として使用する場合はリドカインの投与量を減らす必要はない。同様に、肝排泄性のカルシウムチャネル遮断薬(ジルチアゼム、ニフェジピン、ベラパミルなど)は、加齢に伴い効果が遷延するため、投与量を減らすべきである。

ジゴキシンは主に腎から排泄されるため、高齢者では半減期が延長する。加えて、高齢者では分布容量が減少しているため、ジゴキシンの投与量は減らさなければならない。そのほかの強心薬および血管作動薬(ドパミン、ドブタミンなど)は様々な臓器や部位(肝臓、腎臓、血漿、その他の組織)で排泄される。高齢者では各臓器の機能が低下していることが多いため、投与量を減らすべきである。β遮断薬と同様に、強心薬や血管作動薬も効果を判断しながら投与量を調節するので、過量投与の危険性は小さい。

オピオイド
フェンタニルは周術期の頻用薬である。作用発現が速いのは、高い脂溶性が一因である。フェンタニルは肝除去率が高いので、クリアランスは肝血流量によって規定されるはずである。しかし、フェンタニル血中濃度が加齢によって変化するという、決定的な薬物動態上の証拠は、まだ示されていない。薬物動態の問題はさておき、フェンタニル必要量は加齢に伴い減少する。ScottとStanskiは、フェンタニル必要量は、20歳のときと比べ89歳になると半減することを明らかにした。フェンタニルの薬物動態パラメータは、年代を問わず概ね一定であったことを踏まえると、フェンタニル必要量の減少には、薬力学の変化が関与しているものと考えられる。スフェンタニルおよびアルフェンタニルは、加齢に伴い似たような薬理学的作用の変化を示し、高齢者では、感受性が50%ほど増強する。したがって、強力なオピオイドであるフェンタニル、スフェンタニルおよびアルフェンタニルを高齢者に使用する際には、投与量を最大で50%程度減らさなければならない。高齢者におけるフェンタニルおよびベンゾジアゼピンに対する感受性増強に、この二つの薬剤の相乗作用が加わると、患者が自発呼吸中であれば、深刻な低換気に陥る可能性がある。

レミフェンタニルは組織中および血中のエステラーゼによって速やかに分解されるため、作用時間が短い(数分)。エステラーゼは加齢に伴い減少する。20歳時と比べ、80歳時にはレミフェンタニルのクリアランスは約30%低下する。しかし、レミフェンタニルは瞬く間に代謝されるのでクリアランスが低下しても臨床的な影響はないと言ってよい。レミフェンタニルのクリアランスには、腎臓と肝臓はほとんど関与していない。高齢者ではレミフェンタニルの分布容量はおよそ20%減少するので、最高血中濃度が若年者より高くなる。特に、多量のレミフェンタニルをボーラス投与すると、高度の低血圧および徐脈が発生することがあるので、高齢者に使用する場合は注意が必要である。また、高齢者ではレミフェンタニルの鎮静作用が出現しやすい。脳波の抑制が認められるレミフェンタニル血中濃度は、高齢者では若年者の半分である。

高齢者におけるモルヒネの分布容量は、若年者の分布容量の50%に減少している。血漿クリアランスは低下する。さらに、糸球体濾過量の減少のため、モルヒネの活性代謝産物であるモルヒネ-3-グルクロニドおよびモルヒネ-6-グルクロニドの除去効率も低下する。モルヒネに対する感受性増強には、薬物動態の変化が少なくとも部分的には関与していると考えられている。高齢者のモルヒネに対する感受性増強に、薬力学的な側面が関わっているか否かは明かではない。いずれにせよ、高齢者に対するモルヒネの初回投与量は減量すべきである。モルヒネを用いたPCAを高齢者に行う際には、薬物動態および薬力学的な変化が生じている可能性に配慮し、持続投与量、ボーラス投与量ともに減量しなければならない。

筋弛緩薬
他の薬剤と同様に、筋弛緩薬でも、作用発現の早さ、投与量と作用の関係および作用時間が薬理学的事項として述べられるのが常である。一般的に、高齢者では筋弛緩薬の作用発現は若年者より遅くなる。加齢による筋血流量と心拍出量の低下が、その原因である。高齢者では体水分量が減少していて、多くの筋弛緩薬は水溶性が高い(イオン化率が高いため)。したがって、高齢者では、投与量あたりの反応が若年者と比べ大きくなる。肝または腎排泄型の筋弛緩薬(ベクロニウムやロクロニウムなど)の作用時間は、高齢者では延長する。その他の経路で除去される筋弛緩薬(シスアトラクリウムなど)の場合は、作用時間はほとんど延長しないと考えられる。高齢者では、筋弛緩作用持続時間(75%ブロックから25%ブロックに低下するまでの時間)が最大200%延長する。たとえば、ベクロニウムの筋弛緩作用持続時間は、若年者では15分であるが、高齢者ではおよそ50分である。ロクロニウムでは若年者13分、高齢者22分であり、パンクロニウムではそれぞれ40分、60分である。高齢者において、筋弛緩薬の臨床作用が若年者と異なるのは、薬物動態が変化するためであり、薬力学的な変化は関与していない。

パンクロニウムはステロイド骨格を持つ筋弛緩薬の先駆けであり、主に腎から排泄される(~70%)。したがって、腎血流量や糸球体濾過量が低下していることが多い高齢者では、作用時間が延長する。ベクロニウムはパンクロニウムと構造が似ている。ほとんど代謝されず主に胆汁中へ、一部は尿中へ排泄される。肝血流量、肝機能および腎機能の加齢変化により、高齢者ではベクロニウムのクリアランスが30-50%低下する。ロクロニウムもベクロニウムと同様に、胆汁および尿中へ排泄され、高齢者では作用時間が延長する。しかし、ベクロニウムと異なりロクロニウムでは、活性代謝産物は産生されない。高齢者では、ステロイド骨格を持つ筋弛緩薬の作用時間は、若年者と比べ延長する。加えて、分布容量が減少していることを考慮すると、高齢者では維持量の投与間隔は延長させなければならない。そして、おそらく一回投与量も少なくするべきである。

ベンジルイソキノリウム系筋弛緩薬には、アトラクリウム、ミバクリウム、シスアトラクリウムおよびドキサクリウムがある。この中には、いろいろな異性体から成るものもある(アトラクリウム、ミバクリウム)。シスアトラクリウムはアトラクリウムの異性体の一つである。ミバクリウムは血漿偽性コリンエステラーゼによって分解される。

アトラクリウムとシスアトラクリウムはホフマン反応とエステル加水分解によって代謝される。シスアトラクリウムの大半(約80%)は、以上の経路で除去されるが、アトラクリウムのクリアランスには肝排泄も関与している。アトラクリウムとミバクリウムの作用時間は加齢に伴い延長するが、シスアトラクリウムでは加齢による作用時間の変化はほとんど認められない。

脱分極性筋弛緩薬であるサクリニルコリンは、偽性コリンエステラーゼによって速やかに代謝される。偽性コリンエステラーゼの活性は、加齢によって変化する可能性があるが、臨床的には影響はほとんど無視できるものと考えられる。ただし、高齢者ではサクシニルコリンの作用発現が遅れる。筋血流量と心拍出量の低下が、その原因であろう。

結論
現代では、総人口に占める高齢者の割合が増えている。高齢者は、均質な集団として一括りにできるわけではない。高齢者は、麻酔に使用する薬剤に対して、若年者とは異なる反応を示す。体脂肪量の増加と体総水分量および筋肉量の減少は、薬物動態のさまざまな変化に結びつく。肝機能および腎機能の変化は、薬剤のクリアランスの変化を招く。高齢者では多くの薬剤に対する感受性増強が認められる。したがって、高齢者の周術期管理においては、少量から投与を開始し、効果を見定めながら投与量を調節するべきである(start low and go slow)。

教訓 静脈麻酔薬、オピオイド、筋弛緩薬の高齢者での投与量がtable 2にまとめられています。無料でアクセスできるのでご覧になってください。

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高齢者に対する周術期の薬物治療② [anesthesiology]

Perioperative Drug Therapy in Elderly Patients

Anesthesiology 2009年5月号より

薬物動態
術前、術中、術後に使用される多くの薬の薬物動態および薬力学は、加齢の影響を受ける。薬物動態とは「人体が薬に与える影響」であると言い習わされている。薬が血中および各組織に分布し、代謝、分解または分泌を経て、時とともに薬物濃度が低下する、そのさまを表すのが薬物動態である。薬力学は「薬が人体に与える影響」のことである。これは、薬による薬理学的作用を総体として表す言葉であり、好ましい作用と好ましからざる作用のいずれをも指す。一般的に高齢者は、薬物動態の変化のため通常の一回投与量で若年者よりも高い濃度に達したり、薬力学の変化(若年者と比べ同じ濃度でも薬理作用が強く出現する)の影響があったりで、薬物に対する感受性が強い。

ある一定量の薬を投与した場合、その薬の血漿中濃度と分布容量は反比例する。体水分量は加齢に伴い減少する。利尿薬を服用していればなおさら減る。したがって、水溶性薬物の分布容量は高齢者では低下するので、若年者と同じ一回量を投与すると、血漿中濃度は通常想定されるよりも高くなる。すると、薬理学的効果も強くなる。たとえば、高齢者におけるモルヒネの分布容量は、若年者の半分しかない。しかし、薬の効果の大小に関して最終的にものを言うのは、効果部位(薬が作用を発揮する場所)における分布容量である。

一方、加齢のため体脂肪が増えるにしたがい、脂溶性薬物の分布容量は大きくなる。すると、脂溶性薬物の排泄は遅延する。たとえばジアゼパムの排泄半減期は、高齢者では若年者の数倍に延長する。単回投与では、ジアゼパムの半減期が延長してもさしたる問題にはならないかもしれないが、反復投与する場合には重大な影響が懸念される。

大多数の麻酔薬は、程度の差こそあれ、タンパク結合度が高い。高齢者ではアルブミンが最大20%程度減少する。栄養状態が悪ければ、もっと大幅に減少している可能性がある。プロポフォールはタンパク結合度が高いので、アルブミン濃度が多少低下しているだけでも遊離型プロポフォール濃度に大きな影響が及ぶ。

肝代謝
肝臓は加齢に伴い縮小し、肝血流も年とともに減少する。肝臓の重量(体重の約2.5%)は、成人期を通じて概ね一定である。だが、50歳を境に、肝臓の重量は減り始め、90歳時には体重の1.6%にまで低下する。肝血流もゆっくりと低下し(年当たり0.3-1.5%ずつ低下)、65歳時には25歳時と比べ肝血流は40%も少なくなる。

肝臓では、第1相および第2相の代謝過程を通じて薬が排泄される。第1相では主にシトクロムP450が触媒として作用し、薬の酸化、還元および加水分解反応が起こる。第1相の活性が加齢によって低下するかどうかは不明である。第1相の活性低下には、年齢以外の要素(喫煙、寝たきり、食事)の方が影響力が大きいのかもしれない。それはともかく、高齢者では第1相代謝反応が低下しているかもしれないので配慮が必要である。第2相は、アセチル化と抱合である。第2相の代謝は加齢によっては変化しないという報告が大勢を占める。

肝除去率の高い薬は、肝臓を通過するときに大部分が「消去」されてしまう。一方、肝除去率の低い薬は、肝臓を通過しても血中濃度はほとんど低下しない。肝除去率の高い薬の除去効率は血流によって規定されるため、そのクリアランスのさまは「血流依存性(flow limited)」であると表現される。肝除去率の低い薬の除去効率は、その患者の肝臓固有の特性(肝臓の大きさ、酵素活性)によって規定されるため、そのクリアランス(肝固有クリアランス)のさまは「肝機能依存性(capacity limited)」であると表現される。抱合された物質の肝固有クリアランスは加齢による変化を呈することはないと考えられている。肝除去率の高い薬剤(ケタミン、フルマゼニル、モルヒネ、フェンタニル、スフェンタニル、リドカインなど)のクリアランスには、肝血流の変化が直に影響する。このような薬剤のクリアランスは高齢者では30-40%低下している。つまり、肝血流も同じぐらい低下しているということである。肝除去率の低い薬の固有クリアランスは、高齢者では肝重量の減少に伴い低下する可能性があるが、実際は、肝除去率の低い薬剤のクリアランスは加齢による変化を示すことはない。アルブミンの減少によって遊離型薬剤が増え、肝代謝の低下による作用が打ち消されることが、その一因と考えられている。

腎排泄
加齢に伴い、糸球体硬化の進行などにより、腎機能は低下する。糸球体の数と機能が低下すると、糸球体濾過量が減少する。また、腎血流量も加齢に伴い低下する。以上により、糸球体濾過量は 90歳になると20歳のときと比べ25-50%低下する。したがって、主に腎臓から排泄される薬剤のクリアランスは、高齢者では低下する。クレアチニンクリアランスが測定されていない場合には、前述の式から予測値を導くことができる。

麻酔薬を含むあらゆる薬剤は、程度の差こそあれ、必ず糸球体で濾過される。脂溶性薬剤(多くの麻酔薬がこれに当たる)は、尿細管で再吸収され、水溶性の代謝産物は尿細管で分泌される。活性代謝産物(モルヒネ-6-グルクロニドなど)や水溶性薬剤(筋弛緩薬の一部)は、腎排泄性である。このような薬剤は腎機能低下の影響を受けやすい。

薬力学
薬の作用強度を規定する要素には、効果部位濃度の他に、標的部位に存在する受容体の数、シグナル伝達(受容体の刺激に対する反応性)および正常機能を維持するように働くホメオスタシス反応が挙げられる。高齢者における薬力学は、薬物動態ほどには研究が進んでいない。薬剤に対する感受性は加齢により、強くも弱くもなり得る。たとえば、高齢者にベンゾジアゼピンを投与すると、薬物動態の変化から想定されるよりも強い作用が現れる。加齢に伴うGABA-A受容体の変化(数もサブユニットの構成も変化する)が関与しているものと考えられている。一方、周術期に使用される薬剤に対する感受性が、高齢者では低下している場合も見られる。β作動薬(イソプロテレノールなど)およびβ遮断薬(プロプラノロルなど)がその一例である。高齢者では、β受容体の数and/or薬剤との親和性が低下したり、細胞反応が変化したりするためであろう。麻酔薬に対する心血管系の感受性上昇には、ホメオスタシス反応の鈍化が関わっている可能性がある。つまり、麻酔薬(プロポフォールなど)によって低血圧に陥った場合に、高齢者では圧反射が減弱しているため、普通なら起こるべき低血圧に対する生理的反応(心拍数上昇や心筋収縮力増強)が出現するのが遅れるのである。

教訓 高齢者では、ほとんどの薬に対する感受性が増強していますが、β作動薬やβ遮断薬については感受性が低下します。

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高齢者に対する周術期の薬物治療① [anesthesiology]

Perioperative Drug Therapy in Elderly Patients

Anesthesiology 2009年5月号より

医学や公衆衛生が進歩を遂げるにつれ寿命が延び、昔と比べると今では多くの高齢者(ここでは65歳以上と定義する)が様々な手術を受けるために手術室へやってくるようになってきた。高齢患者は、たとえ基礎疾患がなくても、周術期の生理学的変化や薬物投与に対し、若年患者とは異なる反応を示すものである。この臨床解説論文のテーマは、周術期に投与される薬物に対する反応の加齢に伴う変化である。多くの場合、高齢者では薬剤に対する感受性が若年者より強い。本論文の目的にあわせ、ここでは「感受性(sensitivity)」という語を広く臨床で通用している意味で使用することにする。つまり、薬力学または薬物動態から割り出された投与量に対する反応が予測される以上に大きいことを表現するのに、感受性という言葉を使う。

加齢に伴う生理的機能の一般的変化
年齢を重ねれば、臓器機能は総じて低下するものである。しかし、この変化は個人差が大きく、同一個人であっても臓器によってその程度がかなりばらついている。しかしそのなかでも、心血管系および呼吸器系の機能が低下していると、手術および麻酔の影響が大きくあらわれる可能性があるため、十分留意すべきである。健康な高齢者では、負荷がかからなければ臓器機能低下が明るみに出ないことがある。したがって、日常生活における活動には十分な機能があるとしても、予備能が低下していて、大手術や麻酔のような中等度から高度の侵襲には耐えられないことがある。高齢患者に慢性疾患や、慢性疾患の急性増悪があれば、周術期侵襲が大きな打撃となる可能性がある(fig.1)。

加齢現象については、細胞老化(細胞がDNAを複製できなくなり、正常な細胞分裂が行われなくなる)や酸化ストレス(フリーラジカルなどの有害な代謝産物に対する防御能が失われる)など、数々の理論が提唱されている。高齢者の生理学的変化には、加齢に伴うタンパク構造の変化も関与している。たとえば、高齢者の血管には、伸展性の極度の低下、内膜肥厚、内皮機能不全といった変化が生ずるため、収縮期血圧が上昇し、左室負荷が増大する。そして、心筋肥大と間質のコラーゲン増加によって左室は硬くなり、前負荷を適切に保たないと心拍出量を維持できなくなる。そのため、高齢者は輸液過多になりやすいのである。さらに、圧反射が鈍化しているため、血圧が低下しても正常な反応が起こりにくくなり、起立性低血圧が発生しやすい。以上のような様々な心血管系の変化のせいで、高齢者では、間質への水分移動や出血が起こりやすい。

呼吸器系の機能も、加齢によって大きく変化する。高齢者では、努力呼気量の低下、生理的シャントの増大、クロージングボリュームの増加が認められる。そのため周術期に呼吸器合併症が発生するリスクが高い。たとえば、無気肺になったり、咳が十分できなかったりして肺炎が起こりやすい。また、若年者より低酸素血症に陥りやすい。

高齢者は若年者と比べ脂肪組織が多く、筋肉量および体水分量は少ない(fig. 2およびtable 1)。腎機能は年を追うごとに低下し、糸球体濾過量が減少しや尿細管分泌が障害される。糸球体濾過量の指標であるクレアチニンクリアランスはCockroft-Gaultの式から予測することができる。

Ccr=(140-年齢)・Wt(kg)/72・血清クレアチニン(mg/mL)  *女性では0.85を乗ずる

糸球体濾過量の低下の程度は個人差が大きく、ほとんど変化が認められない場合がある一方で、著しく低下していることもある。高齢者は筋肉量が減少しているので、糸球体濾過量が低下していても血清クレアチニンは正常範囲内であることが多い。以上の変化はいずれも、高齢者の薬物動態に影響を及ぼす可能性がある。さらに、薬物のタンパク結合度も加齢によって変わるので、遊離薬物の量が変化する。タンパク結合度が高い薬物では、この変化は重大である。

高齢者では術後に譫妄や認知機能の低下が発生しやすく、それが死亡率上昇につながる。高齢者における術後認知機能障害の発生頻度についての研究によれば、退院時が41%、退院3ヶ月後では13%である。記憶力減退は痴呆の前兆であるかもしれないため、術前によく評価を行うべきである。術後の譫妄や認知機能低下の病因は明かではないが、高齢、教育レベルが低い、脳血管障害の既往などが危険因子である可能性が指摘されている。麻酔科医は、薬剤の過剰投与を避けこのような合併症が起こらないように努めなければならない。

加齢に伴う生理変化(若年者との比較)
体水分量     15%減 → Vdwater減少
除脂肪体重   35%減
体脂肪      男性:100%増 女性:50%増 → Vdlipid増加
血清アルブミン  20%減
腎重量      20%減
肝血流量     40%減

教訓 年を取ると、からだの水分が減って脂肪が増えます。そのため薬物動態が変化します。



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