SSブログ

溺死最新情報2009~病態生理:肺① [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

溺水の病態生理についての研究は、これまで熱心に行われてきた。諸研究で明らかにされている溺水による主な変化は、肺傷害によるガス交換の異常である。この肺傷害により重度の低酸素血症、果ては脳の低酸素が引き起こされる。低酸素症に陥ると、体温調節中枢の設定温度が低下するとともに血管が拡張するというおもしろい現象が、少なくとも恒温動物では観察される。その結果、震え(シバリング)を伴うことなく低体温が進行し、1℃低下につき酸素消費量が11%ほど減少する。水没時に急激に低体温に陥ると、生還可能な水没時間が延長し、救出・蘇生後に低酸素脳症をきたすことなく生存できることがある。著者の一人(Dr. Modell)は、フロリダ北部で一年を通じて最も寒い日に20分間水没していた小児についての症例報告を発表したことがある。この症例では、救出後にCPRが行われたのちに集中治療室に収容され、救命に成功した。溺水事故後間もなく中枢神経機能は正常に復し、6年後の現時点においても、まったく異常は認められない。同様の報告は他にもある。たとえば、ノルウェイからは、22分間水没していた小児の症例が報告されている。

誤嚥を伴わない溺死
溺死者の約10%は、液体の誤嚥を伴わず死に至っていると推測されている。つまり、喉頭痙攣または息こらえによる低酸素から心停止が起こり、死亡するということである。これは、1900年代初頭に行われたCotの研究に基づき、フランス語で著された見解であるが、最近では疑義が呈されている。 Modellらは1999年に、Cotの研究に関する別の解釈を示し、誤嚥を伴わない溺死が本当に存在するのか疑わしいとしている。続いてLunettaらは、死因が溺水と推定される578例の剖検結果を再検討したところ、98.6%の被害者の肺に水が存在する所見が認められた。そのため、「溺死」と分類するのであれば、被害者が水を誤嚥していなければおかしい、と結論づけている。患者の気道が水没する以前に心臓が止まった場合、つまり、死後に水没した場合は、水が自然に肺へ流入することはない。したがって、水を誤嚥しているということは、水没後にも活発な呼吸運動があったことを意味する。だから、水中で死んでいるのを発見された場合、剖検で水を誤嚥した所見が得られなければ、溺水以外の理由で死亡に至ったものと考えるべきである。溺水以外の原因による死亡とは、ご案内のとおり、被害者が殺されたあとに水の中に放り込まれるような場合である。

息こらえ
Craigは、健康被験者に疑似潜水をさせ、息こらえ極限(息こらえ開始後、不随意的に呼吸が再開するまでの時間)を調べた。安静時の息こらえ極限は87秒であった。そのときの肺胞気二酸化炭素分圧および酸素分圧(PACO2およびPAO2)は、それぞれ51mmHg、73mmHgであった。過換気後の息こらえ極限は146秒まで延び、PACO2は46mmHgにとどまり、PAO2は58mmHgであった。過換気後に運動させると、息こらえ極限は85秒に短縮した。このときPACO2は49mmHg、PAO2は43mmHgまで低下した。水泳をはじめとする運動によって代謝性に二酸化炭素産生量が増えても、動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)がそれほど上昇しなかったのは、過換気中に安静時の体内二酸化炭素量が減ったからであり、このため、不随意な呼吸再開が遅れたと考えられた。過換気に引き続き運動した後に息こらえすると、意識を消失するほどのPaCO2上昇に至る以前に、動脈血酸素分圧(PaO2)は意識を保てなくなるレベルまで低下することが分かった。このことからCraigは、潜水中の意識消失は、高二酸化炭素症ではなく脳の低酸素によって引き起こされると推測している。この研究を端緒として、潜水中の息こらえによる溺水(またはダイビングの世界で「ブラックアウト[shallow water blackout]」と言われる現象)の病態生理の理解が進んだ。Kristoffersenらが行ったイヌの窒息モデルの実験では、低酸素症を伴わない高二酸化炭素症は致死的ではないが、PaO2が10~15mmHg程度まで低下すると全例死亡するという結果が得られた。

以上のデータから、水没による死亡例で認められる最大にして唯一の異常は、低酸素症であることが分かる。アシドーシスと高二酸化炭素症が死亡の間接要因となることはあろうが、とにかく、溺死の主因は低酸素血症なのである。循環停止および非可逆的中神経障害が発生するのに先立ち、有効な換気と酸素化が再開されれば、瞠目に値するような完全回復が可能である。しかし、水没中に自発呼吸が再開し誤嚥が発生すると、その病態生理と溺水事故の態様は、上記のようには単純ではなくなり経過は長引き、蘇生後もいろいろな治療が必要になる。

溺水による血液ガスの変化
溺水という現象の研究のために、いろいろなモデルが作られているが、液体を誤嚥すると即座に低酸素症が発生することは、衆目の一致するところである。わずか1~2.2mL/kgの水が肺に入るだけで、動脈血酸素分圧は劇的に変化する。水没後1.5~2分以内に救出され、誤嚥がまだ発生していなければ、換気と循環の再開によって低酸素血症はただちに改善する。しかし、誤嚥が起こっていると、低酸素血症はなかなか改善しない。Modellらは、麻酔イヌの気管内に22mL/kgの淡水または生理的食塩水を注入する実験を行った。自発呼吸をしていてむしろ過換気になっていても、注水60分後に至っても、極度の動脈血低酸素血症を呈していた。気管内注水量を2.2mL/kgに減らしても低酸素血症が発生し、自発呼吸と循環の再開ぐらいしか治療の手立てはなかった。別の研究では、11mL/kgの淡水または海水を気管内に注入した後、自発呼吸を再開させたところ、注水から少なくとも72時間後までPaO2は低下したままであった。

溺水患者を対象に、連続91症例を集めた研究では、海水、淡水または汽水中の浸水事故後の様々な時点において動脈血採血を行いPaO2、PaCO2およびpHaが調べられた。多くの症例で、高度の動脈血低酸素血症が認められた。PaO2/FIO2比は、30から585であった。P/Fが150を超えていた患者のうち、死亡したのは1名だけであった。この死亡例は、神経学的見地から回復が見込めないと判断され、治療が中断された症例であった。救出後、救急外来に収容された時点で、空気呼吸下におけるPaO2が80mmHgを上回っていた患者が2名いた。この両名ともが、溺水したものの誤嚥をほとんどしていないか、誤嚥が発生する以前に救出された例であると考えられた。48時間以内にPaO2が正常化した症例もあったが、溺水から数日後、中には数週間後まで低酸素症が続いた症例もあった。

教訓 過換気に引き続き運動した後に息こらえすると、苦しくてたまらなくなるほどのPaCO2上昇に至る以前に、PaO2が意識消失をきたすレベルまで低下します。素潜り前の過換気は禁忌です。

コメント(2) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。