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耐性グラム陰性菌がICU転帰に与える影響~結果 [critical care]

Review of studies of the impact on Gram-negative bacterial resistance on outcomes in the intensive care unit.

Critical Care Medicine 2009年4月号より

結果

原著論文は21編であった。メタ分析は1編で、ESBL産生エンテロバクターによる菌血症に関する広範囲な分析のものであり、ICU患者が占める割合については十分なデータは示されていなかった。だが、いずれのメタ分析対象論文においても少なくとも39%のICU患者が対象症例として含まれていた。原著論文21編およびメタ分析1編のすべてにおいて、耐性グラム陰性菌感染の成人患者40名以上が対象に含まれていた。研究デザイン、研究の質を決定する諸要素、転帰に関するデータは、起因菌別の表に示した(Table 1-4)。

グラム陰性菌感染
菌種を問わない耐性グラム陰性菌感染をテーマにした研究が2編あった(論文としては3編。同じ研究の再解析の論文を1編含む。)(Table 1)。いずれも良質なコホート研究であり、診断コードではなく各著者が設定した診断基準に基づいた感染の有無がカルテ閲覧により判断されていた。Raymondらは4年にわたりおよそ1000件のグラム陰性菌感染を前向きに評価した結果を発表し、その後、感染発生件数についてではなくコストについて再分析を行い別途論文化した。この二番目の論文は遡及的研究で、ICU患者のみが対象であった。最初の論文では、対象患者の三分の二がICU患者であった。

いずれの研究でも、耐性グラム陰性菌感染は、粗死亡率の上昇、入院期間の延長およびコストの増大と関連していることが単変量解析で明らかにされていた。さらに、多変量解析では、耐性グラム陰性菌感染は死亡率上昇(OR 2.23-4.63)、入院期間延長(OR 1.23)、コスト高騰(OR 1.25)の独立予測因子であることが示された。

しかし、起因菌、感染部位、年齢、PACHEⅡスコアで患者をマッチングして解析すると、耐性グラム陰性菌感染があっても死亡率上昇や入院期間には結びつかないという結果が得られている(Table 1の最下段)。この解析における耐性菌感染例と感受性菌感染例の起因菌は別種の細菌であった。耐性菌はシュードモナス属、エンテロバクター属、アシネトバクター属およびStrenotrophomonas maltophiliaのいずれかであったが、抗菌薬感受性菌は、ほとんどが肺炎クレブシエラ菌もしくは大腸菌であった。したがって、Raymondらは耐性そのものではなく、細菌の種類が転帰を左右すると結論づけている。

エンテロバクター属
耐性エンテロバクター属感染をテーマにした研究は9編であった(Table 2)。そのうち1編がメタ分析で、計1682件のエンテロバクター属による菌血症を対象とした16論文が解析された。591件はESBL産生菌による感染であった。メタ分析の対象となった研究のうち、多変量解析が行われていたのは1編のみであった。このメタ分析の対象論文のうち3編はこのレビューでも対象になっている。残りの13編を本レビューでは除外したのだが、その理由は、標本数が少ない、小児が対象になっている、ICU患者の割合が少ない、などであった。Table 2に掲載したもののうち規模が2番目に大きい研究は、SENTRY 抗菌薬監視プログラムに参加した48施設で行われた前向きコホート研究であった。その他の研究はすべて単独施設で行われたもので、ほとんどが遡及的研究であった。原著論文では、耐性菌感染の診断はそれぞれの著者が定めた基準に基づいて行われ、診断コードは用いられていなかった。

ESBL産生エンテロバクター属感染は、メタ分析では死亡率上昇(RR, 1.85)に関与しているという結果が示されたが、感染例のうちICU患者が占める割合は明記されていない。遡及的コホート研究でも、ESBL産生エンテロバクター属感染は死亡率上昇、入院期間延長およびコスト増大と関連していることが明らかにされている。しかし、前向きコホート研究ではこのような関連は認められていない。マッチングを行ったコホート研究2編における多変量解析では、単変量解析で有意であることが判明した変量についての調整を行ったところ、耐性グラム陰性菌に感染すると死亡率が上昇するという結果が得られた。この2編では、起因菌、感染部位および感染までの入院期間について患者のマッチングが行われた。Cosgroveらは、感受性エンテロバクターに感染した症例で第3世代セフェム耐性が発生すると、死亡率上昇、入院期間延長および病院からの請求金額増大につながることを明らかにした。粗データの解析では死亡率の上昇は2倍にとどまり、かつ有意差はないという結果であったが、多変量解析では死亡率が5倍にのぼることが分かった(p=0.01)。多変量解析に含まれた変量は、単変量解析で有意であることが判明したものであり、具体的には、McCabe慢性疾患重症度スコアとICU入室、基礎疾患の数(死亡率解析のみ)、他院からの搬送(入院期間とコスト)および肝疾患や大手術の既往(請求金額)であった。Lautenbachらは、肺炎クレブシエラ菌および大腸菌がESBL産生菌になると、入院費は増大するが死亡率や入院期間には影響は及ばないと報告している。

Leeらによるマッチングを行ったコホート研究ではESBL産生肺炎クレブシエラ菌および大腸菌感染があると、入院期間およびコストは増大するが死亡率は上昇しないという結果が示された。標本数が少ないため多変量解析は行われていないが、起因菌、はじめに使用した抗菌薬の種類と、以下のいずれか少なくとも一つについて患者をマッチングさせて解析した:年齢、感染部位、感染中のICU滞在期間、培養した日にち。感染以前の入院期間以外については、ESBL産生菌感染群とESBL産生菌以外の細菌に感染した群の患者特性は類似していた。

緑膿菌
耐性緑膿菌をテーマにした研究は8編であった(Table 3)。連続症例を対象とした3編では約1000名の患者について解析が行われていた。対象患者数が164名にとどまったものが1編で、残り4編の対象患者数はそれ以下であった。いずれの研究においても耐性緑膿菌感染の診断は培養に基づいて下されていたが、5編では感染と定着が区別されていなかった。前向き研究は2編のみで、医療経済に関するデータを収集していたのは3編であった。多剤耐性(3系統以上の抗菌薬に耐性)緑膿菌感染があると、粗死亡率が上昇することがコホート研究3編で示されていた。Bukholmらの報告では、感染のタイプ(例;VAP)が死亡率上昇に関与しているとされていた。多変量解析を行い、交絡因子や単変量解析で有意であった変量について調整したところ、やはり耐性緑膿菌感染があると死亡率が4倍から5倍に上昇することが明らかになった。耐性緑膿菌が感受性を取り戻さなかった場合は耐性緑膿菌に感染しなかった患者と比べ、死亡率が27倍にも及ぶことが分かった。2系統以上の抗菌薬に耐性のあるものを多剤耐性緑膿菌と定義した研究1編では、多剤耐性菌と粗死亡率のあいだに有意な相関は認められなかった。おそらく標本数が18例と少なかったためである。しかし、この研究でも、多剤耐性緑膿菌(2系統以上に耐性)感染例では人工呼吸期間が有意に延長するという結果が得られている。

1系統以上の抗菌薬に耐性のある緑膿菌に感染すると、粗死亡率上昇、入院期間延長、医療費増大につながることが、多施設研究および大学病院で行われた単独施設研究で明らかにされている。ピペラシリン耐性緑膿菌感染例はすべてがICU患者で、全例で適切な予測的抗菌薬治療が行われていたが、それでも粗死亡率の上昇が認められた。しかし、多変量解析を行ったところ、ピペラシリン耐性緑膿菌感染は独立した危険因子ではないことが分かった。同様に、フルオロキノロンやアズトレオナムに耐性の緑膿菌も独立した危険因子ではなかった。一方、イミペネム耐性緑膿菌は死亡率の有意な危険因子であることが明らかにされている。その他の危険因子は、ICU入室中の検体で培養陽性、血流感染および重症度であった。入院期間は有意な危険因子ではなかった。

アシネトバクター
カルバペネムまたは複数抗菌薬(カルバペネムを含む場合が多い)に耐性のアシネトバクター感染をテーマにした遡及的コホート研究が3編存在した(Table 4)。対象患者数は、1編が約200名、他の2編はおよそ100名であった。多施設研究は2編であった。医療経済に関するデータを扱っていたのは1編であった。

アシネトバクター耐性菌感染があると粗死亡率が有意に上昇することを示した研究は1編であった。他の2編では上昇する傾向は認めたが有意差はなかった。年齢、重症度スコア、急性腎不全、免疫抑制の有無、肺炎および不適切な抗菌薬治療を含むモデルによる多変量解析の結果、イミペネム耐性アシネトバクターが死亡の独立危険因子であることが明らかにされている(OR, 3.90; 95%CI, 0.90-16.98)。いずれの研究においても、耐性アシネトバクター感染患者に、適切な抗菌薬治療(予測的に用いた抗菌薬にin vitroで起因菌が感受性が示した場合)が行われることは少ないことが分かった。Kwonらは、不適切な抗菌薬治療の方が、イミペネム耐性よりもORが高いという結果を示している(6.05 vs 3.90)。Sunenchineらは重症度スコアで調整し解析したところ、予測的抗菌薬治療が不適切であると、死亡率には有意な上昇は認めないが、ICU滞在期間が有意に延長するという結果を得た(OR, 5.8; 95%CI, 1.2-27.1)。

耐性アシネトバクターは、入院期間の延長と医療費増大につながる。多変量解析では、重症度スコアで調整してもなお、耐性アシネトバクター感染によって有意に入院期間が延長するという結果が得られている。

教訓 グラム陰性菌全体としての耐性菌感染を調べてみると、耐性そのものではなく、細菌の種類が転帰を左右するようです。耐性エンテロバクター感染についての前向き研究では、転帰の悪化は認められていません。イミペネム耐性緑膿菌感染は死亡率を上昇させます。耐性アシネトバクター感染は入院期間を延長させます。





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耐性グラム陰性菌がICU転帰に与える影響~方法 [critical care]

Review of studies of the impact on Gram-negative bacterial resistance on outcomes in the intensive care unit.

Critical Care Medicine 2009年4月号より

グラム陰性菌の抗菌薬耐性は集中治療領域で大きな問題となってきている。各耐性菌の発生状況を1986年と2003年とで比較すると、第三世代セフェム耐性エンテロバクターは増加傾向にあり、肺炎クレブシエラ(肺炎桿菌)の耐性菌は10倍、耐性大腸菌は2倍に増えている。多剤耐性緑膿菌の割合は1993年と比べ2002年は3倍に増加した。カルバペネム耐性アシネトバクター属は1986年には皆無であったが急増し、2002年にはおよそ20%を占めるに至った。

基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生エンテロバクターの発生は世界的な問題となっている。ESBL産生菌に感染すると死亡率が上昇することがメタ分析で明らかにされている。また、入院期間の延長や医療費の増大の原因となることも分かっている。しかし、過去のレビュー研究は研究デザイン、条件、対象とする感染の種類などの点においてまちまちであるため、それがそれぞれの研究で示されている知見の違いにつながっている可能性がある。たとえば、粗死亡率、入院期間および医療費は、たいていの場合、ICU患者の方が病棟入院患者を上回っている。

ICUにおける耐性菌感染に注目が集まり、第三者支払機関が院内感染に対する支払額を減らそうとしている現状を踏まえ、耐性グラム陰性菌がICUにおける転帰に与える影響について本レビューで紹介することにする。具体的には、ICUにおける耐性グラム陰性菌感染が死亡率、入院期間および医療費に及ぼす影響について述べられている研究を対象に質的検討を行った。

方法

PubMedを用い、耐性グラム陰性菌がICUにおける感染に及ぼしている影響を評価するのに適した論文を渉猟した(2008年2月29日にアクセス)。 MeSH検索に用いた検索語は、”bacterial drug resistance” および ”Gram-negative bacterial infections”とし、かつ、副表題にグラム陰性菌感染が発生した場合の死亡率もしくは医療費についての言及があるもの、または、副表題に”mortality”または “length of stay”がMeSHの定義語として付与されているものを本研究の対象論文とした。英語で記された論文のみを対象とした。検索の結果249編の論文が得られた。成人患者40名以下を対象としているか、または、全ICU症例の39%未満の症例のみを対象としているものは除外した。

各研究のデザインと転帰に関するデータを起因菌別に表にまとめた。以下の分類に合致するかどうかによって各研究の質を評価した:前向き研究;多施設研究;診断基準(診断コードではなく培養結果に基づく診断);交絡因子の調整;医療費(請求金額ではなく、コスト)に関する分析。

教訓 耐性グラム陰性菌感染がICU患者の転帰を悪化させるかどうかは、まだはっきりしていません。
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HESはAKIの危険因子である~考察 [anesthesiology]

Pentastarch 10% (250 kDa/0.45) is an independent risk factor of acute kidney injury following cardiac surgery .

Critical Care Medicine 2009年4月号より

考察

今回我々が行った研究では、ペンタスターチが心臓手術後の腎機能に与える影響を遡及的に評価し、量依存性にAKI発症リスクが上昇することが明らかになった。ペンタスターチの影響は、そのほかの既知のAKI危険因子とは独立して発現し、製造会社が推奨する一日最大投与量よりも少ない量を投与してもAKI発症リスクを上昇させることが分かった。選択バイアスの影響を傾向スコア法を用いて調整しても同様の結果が得られた。また、本研究では単変量解析を行い、術後AKIに関する既知の他の危険因子が今回の対象患者でも同様に危険因子として作用していることを確認した。ただし、糖尿病の既往はAKIの危険因子としては挙がってこなかった。いろいろな危険因子が影響を及ぼしているという結果が得られたことを踏まえると、今回の研究で得られた結果に何らかの交絡因子が関与している可能性がある。本研究より大規模な研究によって構築された術後AKIリスク評価システムがいくつか提唱されている。しかし、このような評価システムでは、投与された膠質液の種類や、術後血行動態の有様については考慮されていない。膠質液の種類も、血行動態も重大なAKI危険因子であるにも関わらず、今までの術後AKI評価システムにおいては顧みられてこなかった。

心臓手術後に発症するAKIの主な原因は、血管内容量不足や低血圧による腎血流量低下、炎症性メディエイタによる腎傷害および大動脈遮断による粥状塞栓(atheroemboli)である。心臓手術後はAKIの発生頻度が高く、重大な合併症の発生や死亡率の上昇につながる。血行動態に着目した研究では、人工心肺回路の充填には晶質液より膠質液の方がよいという結果が得られている。しかし、使用する膠質液の種類については様々な意見が示されている。血管内容量を増加させる目的で投与される非タンパク製剤として、最も頻用されているのがHES溶液である。HES製剤にはいろいろな種類があり、生食中のHES含有濃度、HESの分子量、HES分子中のヒドロキシエチル基の割合、ブドウ糖炭素環のC2とC6におけるヒドロキシエチル基による置換度などが製剤によって異なる。以前は、大分子量の製剤、たとえば6% HES 670/0.75 (Hextend)が用いられていたが、現在は分子量の小さい製剤に取って代わっている。たとえば、10%ペンタスターチ250/0.45や6%HES 130/0.4 (Voluven)がその代表である。薬力学研究では、6%HES130/0.4と10%HES200/0.5には同等の血管内容量増加作用があり、その作用強度はHES670/0.75に劣らないことが示されている。しかし、薬物動態研究では、6%HESは他のHES製剤と比較し血漿中に残る量が少ないことが明らかにされている。

近年、HES製剤のような非タンパク膠質液は、抗炎症作用がある可能性が指摘され、アルブミン製剤と比較し安価であることも相俟って、良好な輸液管理を実現するために広く用いられている。しかし、徐々にHESが腎臓に与える悪影響が懸念されるようになってきた。過去に行われた研究では、HESが腎臓に与える影響については相反する結果が示されている。敗血症や腎移植の患者を対象とした研究では、本研究で用いた製剤と類似のペンタスターチ200/0.5を投与するとAKIリスクが上昇するという結果が得られている。VISEP試験(Efficacy of Volume Substitution and Insulin Therapy in Severe Sepsis)では、敗血症患者の初期蘇生輸液における10%ペンタスターチ200/0.5と乳酸リンゲル液の効果が比較された。10%ペンタスターチ200/0.5を投与された患者の方がAKI発症リスクが高く、腎代替療法を要する症例が多かった。10%ペンタスターチは少なくとも4日間にわたって投与され、投与量中央値は70mL/kgであった。CABG患者238名を対象とした遡及的研究では、6%HES670/0.75を500mL投与された患者では、投与されなかった患者と比較し術後第3日に腎機能が低下するという結果が報告されている。心臓手術を受けた小児患者を対象とした無作為化試験では、HES200/0.5を投与された群はアルブミン投与群よりも術中尿量が少なかった。ただし、術後腎機能は同等であった。

人工膠質液は、新しく開発されたものほど腎毒性が少ないと考えられる。心臓手術(初回)を受ける高齢患者40名に6%HES130/0.4を2.9L投与したところ、クレアチニンクリアランスの悪化は認めないものの、腎機能の低下を鋭敏に検出するマーカが一時的に悪化した、と報告されている。この研究と同じ研究者たちが行った前向き無作為化試験では、術後第一日までに2.3Lの6%HES130/0.4を投与された群と、2.3Lの5%アルブミン製剤を投与された群の術後腎機能は同等であるという結果が得られている。ただし、もっと大きい分子量のHESを用いた研究と異なり、HES130/0.4を用いた試験はいずれも、AKIのリスク評価を企図して設計されたわけではないことに留意する必要がある。

新しいHES製剤各種について臨床的転帰を直接比較した研究は数少ない。心臓手術患者59名を対象に、10%HES200/0.5(2466mL±516mL)と6%HES130/0.4(2550mL±561mL)を比較した無作為化比較対照試験では、腎臓に関する転帰に有意差は認められなかった。別の無作為化試験では、大動脈手術患者62名を対象に、HES130/0.4、HES200/0.62とゼラチンの比較が行われ、HES130/0.4とHES200/0.62のあいだに腎臓に関する転帰の有意差はなかった。しかし、腎移植患者115名を対象にした遡及的matched-pair研究では、10%HES200/0.6を投与された場合と比較し、6%HES130/0.4を投与された患者の方が移植一ヶ月後および一年後の血清クレアチニン値が低いという結果が得られている。

HESを投与すると尿が粘稠になり、その結果、尿細管内に鬱滞が起こり尿細管が閉塞することが、HESによるAKI発症の機序であると考えられている。HESによる腎毒性の特徴は尿細管障害に似た病変が認められることである。蔗糖溶液と免疫グロブリン製剤を併用した後に急性腎不全が発生した症例が、HESと同じ「浸透圧腎症」の史上初の発表例である。

本研究では糸球体濾過量の推定にCockroft-Gaultの式を用いた。患者の人種についてのデータが得られなかったのでModification of Diet in Renal Diseaseの式は用いなかった。主な評価項目を①術後4日以内の腎機能、②術後24時間以内の血行動態の二点としたのは、ICU滞在の長期化に関連する交絡因子(敗血症などの術後合併症)があるとAKIの発生原因となる可能性があるため、その影響を排除するためである。SOFAスコアの循環器の点数だけを用いたのは、術後AKIの主な原因が不安定な循環動態だからである。心臓手術後の転帰を予測する評価システムがいくつもあるが(例;Parsonnetスコア)、今回の研究では用いなかった。しかし、これらの評価システムで挙げられているほぼすべての変量を解析に組み入れた。本研究ではRIFLE分類を用いてAKI発症の判断を行った。RIFLE分類は臨床的に有用な評価法であることが大規模コホート研究で示されている。RIFLE分類のいずれに該当するかを決定するに当たり、尿量については考慮しなかった。その理由は、患者がICUを退室すると尿量が測定されない場合があること、AKIが発症していても利尿薬が投与されると尿量が増加してしまう可能性があることである。

今回我々が行った遡及的研究にはいくつかの問題点がある。そのうち最も強く懸念されるのは、血行動態が不安定であると、それ自体がAKIのリスクとなるとともに、左室拡張終期圧を上昇させるために膠質液を投与する必要性が生ずるという相呼応する関係があることである。本研究では、術後血行動態を反映する変量については調整を行ったものの、術中の血行動態についての変量の評価は行わなかった。しかし、対象となった手術の93%が緊急手術ではなかったので、何か問題があれば手術終了時には明るみに出るはずであり、術後の血行動態のみを評価すれば十分であると考えた。心臓手術後の患者は、回復室へは運ばれず、集中治療室へ直接入室する。したがって、手術24時間後までのSOFAスコア最高点と昇圧薬使用時間が、術中の血行動態を反映する代替指標であると我々は考えている。本研究では、ペンタスターチ投与速度を評価することはできなかった。また、術中に投与された晶質液の量を正確に測定し、膠質液投与量との比を得たり、膠質液の投与が本当に必要であったかどうかを評価したりすることはできなかった。選択バイアスの影響を勘案して傾向スコア法を用いて詳細な解析を行った。この手法では観測されていない危険因子を明らかにすることはできないが、十分バランスよくマッチングされたペア標本をもとに解析を行った(Table 4)。遡及的研究で同定された危険因子は、必ずしもその因子と事象との因果関係を示すものではないが、組織学的所見に関する過去の研究では、HESがAKI発症の原因であることを強く示唆する結果が示されている。また、敗血症や移植後患者を対象とした無作為化比較対照試験でも同様の結果が得られている。

まとめ

ペンタスターチは心臓手術後AKIの独立危険因子である。本研究で得られた知見は、臨床的に重要な意味を持つであろう。心臓手術や敗血症患者の治療に代表される集中治療領域でペンタスターチおよびその他のHES製剤を使用する際には、慎重を期すべきである。カナダ国内で用いられる膠質液として最も使用量が多いのはペンタスターチであるので、AKI発症リスク評価を目的とした無作為化比較対照試験を早急に行い、晶質液と比較しペンタスターチにどれほどのAKI発症リスクが随伴するのかを確認し、新しく開発されたHES製剤にペンタスターチを凌駕する臨床的メリットがあるのかどうかを評価する必要がある。

教訓 ペンタスターチの影響は、そのほかの既知のAKI危険因子とは独立して発現し、製造会社が推奨する一日最大投与量よりも少ない量を投与してもAKI発症リスクを上昇させることが分かりました。サリンヘスは6%HES70/0.5で、今回使用された製剤(250/0.45)よりも分子量が小さいのですが、それでもわずか500mLの投与でARFが発生した症例が報告されています(Hydroxyethylstarch-associated transient acute renal failure after epidural anaesthesia for labour analgesia and Caesarean section.)。
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HESはAKIの危険因子である~結果 [anesthesiology]

Pentastarch 10% (250 kDa/0.45) is an independent risk factor of acute kidney injury following cardiac surgery .

Critical Care Medicine 2009年4月号より

結果

対象コホート
2004年1月から2006年3月までに心臓手術を受けた536名のカルテを調査した。Table 1に基準時点の患者特性をまとめた。男性患者が大多数を占め、平均年齢は66歳であった。予測クレアチニンクリアランスは93mL/min/1.73平方メートルであった。ほとんどの患者において高血圧、脂質異常、心血管系疾患の既往が認められた。25%が糖尿病であった。心臓外科手術の既往があったのは少数であった(12%)。β遮断薬が術前に使用されていたのは69%、レニン-アンギオテンシン系の阻害薬は25%、利尿薬は15%の患者が内服していた。

周術期および術後の患者特性をTable 1にまとめた。半数が予定手術であった。残りの半数の患者は、入院時に急性症状を呈していた。緊急手術は全体の7%を占めた。冠動脈バイパス本数は中央値で3本であり、27%の患者に弁形成術が行われた。大部分の患者では輸血は行われなかった。95%の症例でアプロチニンが用いられた。研究対象症例において用いられた抗線溶薬はアプロチニンのみであった。91%の患者に平均11mL/kgのペンタスターチが投与された。ほとんどの患者において術後の血行動態は安定していたが、SOFAcスコアが最高点の4点であった患者が21%存在した。対象患者の9%では、24時間以上にわたり昇圧薬が投与されていた。RIFLE分類のriskに当たるAKIを発症したのは54名(10%)であった。患者の4%がRIFLE分類のinjuryに該当した。手術後1週間以内に腎代替療法を要したのは4名のみであった。

心臓手術後AKIの予測因子
単変量解析で同定されたAKIの危険因子をTable 2に挙げた。女性、高齢、術前クレアチニンクリアランス低値、高血圧、左室駆出率、手術当日朝の利尿薬使用がAKI発症に関与していることが分かった。術中および術後の危険因子は、弁手術、人工心肺時間、赤血球投与単位数、SOFAcスコアおよび昇圧薬使用期間であった。AKI発症症例では、ペンタスターチが16±9mL/kg使用されていたが、非発症例では10±7mL/kgであった(p<0.001)。糖尿病の有無によるAKI発症率の差は認められなかったが、糖尿病がある患者に投与されたペンタスターチ量は有意に少なかった。

前述の12因子のうち6項目について多変量ロジスティック回帰分析を実施した(Table 3)。ペンタスターチ投与量以外の項目を多変量解析に組み込むか否かについては、単変量解析の結果と他の変量との共線性を考慮して判断した。共線性のある以下の二項目の対に関してはどちらか一方のみを多変量解析モデルに組み込むことにした:利尿薬と左室駆出率、人工心肺時間と弁手術、ペンタスターチ投与量と輸血量、SOFAcスコアと昇圧薬使用期間、クレアチニンクリアランスと年齢。高血圧、クレアチニンクリアランス、左室駆出率、SOFAcスコアおよび人工心肺時間について調整してもなお、ペンタスターチはAKIの独立した危険因子であることが明らかになった(mL/kgあたりのOR 1.08, 95%CI 1.04-1.12, p=0.001)。このモデルのAKI識別精度は高く、ROC曲線下面積は0.77(95%CI, 0.69-0.84)であった。Hosmer-Lemeshow検定の結果は有意ではなかった(=モデルの適合度がよい)。性別を含む他の危険因子を用いた異なるモデルについても解析を行った。いずれのモデルにおいても、ペンタスターチは心臓手術後AKIの独立危険因子であるという結果が得られた。ペンタスターチ投与量と、術前クレアチニンクリアランス、糖尿病またはSOFAcとのあいだには有意な相関は認められなかった。

ペンタスターチ投与量によって患者を四分割した。Figure 1を見ると分かるとおり、単変量解析でも多変量解析でもペンタスターチ投与量が多いほどAKI発症リスクが高い。ペンタスターチは量依存性の独立したAKIリスクであることを示している。ROC曲線を用いると、AKIの発症危険性が高くなる最適カットオフ値は14mL/kgで、曲線下面積は0.68であった(95% CI, 0.61-0.75)。しかし、Figure 1に示した結果を踏まえると、術後第一日の終わりまでに14mL/kg未満のペンタスターチが投与された場合にリスクがないとは言えないと考えた。

傾向スコア法による調整
選択バイアスについて調整するために傾向スコア法を用いた。術後第一日終了時までにペンタスターチを14mL/kg以上(ROC曲線から決めた値)投与される可能性についての傾向スコアを同定した。ペンタスターチを14mL/kg以上投与された患者は全部で154名であった。傾向スコアの同定には16個の変量を用いた。単変量解析の結果から、臨床的または統計学的に重要な以下の変量を選択した:年齢、性別、BMI、術前クレアチニンクリアランス、術前に使用されていた降圧薬の数、高血圧、糖尿病、心血管系疾患の既往、左室駆出率、弁手術、心臓手術の既往、準緊急または緊急手術、人工心肺期間、赤血球輸血量、SOFAcスコアおよび昇圧薬使用期間。このモデルは14mL/kg以上のペンタスターチ使用を識別する精度が高く、ROC曲線下面積は0.76であった(95% CI, 0.72-0.81)。

ペンタスターチ投与量増加に関する傾向スコアを用いて調整を行った。ペンタスターチを14mL/kg以上投与された症例と、それ未満しか投与されなかった症例を、傾向スコアの差が±0.05以下になるようにマッチングさせた標本を作成した。127対の標本を得ることができた。この、マッチングさせた標本の特性をTable 4に示した。臨床的な危険因子については、14mL/kg以上の群と14mL/kg未満の群の間に有意差はなかった。しかしそれでもペンタスターチを14mL/kg以上投与された群の方がAKI発症リスクは高かった(RIFLE分類のriskに該当する患者の割合は、14mL/kg未満群が8%、14mL/kg以上群17%;p=0.03)。最後に、AKI予測多変量モデルに共変量として傾向スコアを追加し解析した。その結果、やはりペンタスターチがAKIの独立危険因子であることが判明した(OR 1.07 per mL/kg, 95%CI, 1.03-1.12; p=0.002)。

教訓 単変量解析で同定されたAKIの危険因子は、女性、高齢、術前クレアチニンクリアランス低値、高血圧、左室駆出率、手術当日朝の利尿薬使用、弁手術、人工心肺時間、赤血球投与単位数、SOFAcスコアおよび昇圧薬使用時間でした。AKI発症症例のペンタスターチ投与量は16±9mL/kg、非発症例では10±7mL/kgでした(p<0.001)。いろいろ調整しても、ペンタスターチはAKI発症の独立した危険因子であるという解析結果です。


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HESはAKIの危険因子である~方法 [anesthesiology]

Pentastarch 10% (250 kDa/0.45) is an independent risk factor of acute kidney injury following cardiac surgery .

Critical Care Medicine 2009年4月号より

心臓手術後には~30%の患者に急性腎傷害(AKI)が発生し、重篤な合併症や死亡を引き起こす原因となり得る。数多の危険因子が同定され、その影響力が評価されてきたが、心臓手術患者を対象として作成されたAKI発症危険度評価法では周術期の血行動態やその管理法は勘案されていない。とはいえ、血管内容量不足や低血圧による腎血流量低下は、やはりAKIの最大の原因である。数々の研究で、晶質液よりも膠質液の方が血行動態の安定には有利であることが示されている。ハイドロキシエチルスターチ(HES)溶液は血管内容量を増やすのに有効であり、広く使用されている。しかし、ハイドロキシエチルスターチはAKI発症の独立した危険因子となる可能性がある。投与したハイドロキシエチルスターチの分子量が大きいほど、心臓手術後のAKI発症リスクが上昇することが分かっている。中分子量のハイドロキシエチルスターチであるペンタスターチも同様にAKIのリスクであるのかどうかは今のところ不明である。

本研究では、心臓手術後にペンタスターチを投与するとAKIの発症例が増えるか否かを評価した。既知のAKI危険因子の存在とは関係なく、ペンタスターチが量依存性にAKI発症の原因となるという仮説を検証した。

方法

対象コホート
モントリオール大学病院で2004年1月から2006年3月までに行われた冠動脈バイパス術または弁手術を受けた563名の成人患者について遡及的に調査した。大動脈基部の緊急手術および術前に腎代替療法が行われていた患者は除外した。

データ収集
術前評価項目は、基準時点における人口統計学的データと、高血圧、糖尿病または脂質異常の有無とした。冠動脈疾患、脳血管障害および末梢血管疾患、術前の降圧薬使用、心臓手術の既往、左室駆出率(LVEF)についても記録した。術前の血清クレアチニン値を用いてCockroft-Gaultの式からクレアチニンクリアランス予測値を算出した。

術中データとして収集したのは以下の項目である:手術実施時期(予定、準緊急、緊急の別。緊急手術とは入院後24時間以内に実施したものを指す。)、手術のタイプ(バイパス本数、弁形成か弁置換か、心臓手術既往の有無)、抗線溶薬の種類と投与量、人工心肺時間。術中から術後(手術当日のみ)に投与された赤血球製剤、血小板製剤、新鮮凍結血漿および10%ペンタスターチ製剤(Pentaspan; 平均分子量250kDa, 200-300kDa; 平均置換度0.45, 0.40-0.50; Bristol-Myers Squibb, Montreal, Canada)の量を記録した。製造会社が定めている10%ペンタスターチの推奨最大一日投与量は28mL/kgである。

術後の循環動態は、昇圧薬使用期間および、昇圧薬投与量の代替指標として術後24時間におけるSOFA循環器(SOFAc)スコアの最高点を用いて評価した。SOFAcが0点だと平均動脈圧が70mmHg以上であることを示す。1点だと昇圧薬使用なしで平均動脈圧が70mmHg未満、2点だと5mcg/kgmin以下のドパミン使用、または任意の量のドブタミン使用、3点ではドパミン>5mcg/kgmin、エピネフリン≤0.1 mcg/kgmin、またはノルエピネフリン≤0.1 mcg/kgminの使用、最高の4点はドパミン>15mcg/kgmin、エピネフリン>0.1 mcg/kgmin、またはノルエピネフリン>0.1 mcg/kgminの使用を示す。

RIFLE(Risk, Injury, Failure, Loss, or ESRD)分類で定められているクレアチニン変化についての基準を用いて術後腎機能の評価を行った。尿量については検討しなかった。RIFLEにおけるriskとは、クレアチニン値の50%以上上昇、injuryは術後4日目までにクレアチニン値が術前値の2倍以上に上昇した場合を指す。術後1週間以内の腎代替療法実施の有無も記録した。

標本サイズ
心臓術後患者200名を対象としたパイロット研究では、AKI発症率10%、ペンタスターチ平均投与量11±7mL/kgであった。このパイロット研究を基に計算すると、AKI発症患者においてペンタスターチ投与量が4mL/kg多いことを統計学的にも臨床的にも有意に検出するには266名が必要であるという結果が得られた(αエラー0.05、βエラー0.8)。その他の危険因子の存在を考慮すると、この二倍の患者数が必要であると見積もった。

教訓 血管内容量不足や低血圧による腎血流量低下がAKIの最大の原因です。ハイドロキシエチルスターチ(HES)溶液は血管内容量を増やすのに使用されていますが、AKI発症の独立した危険因子となる可能性があることが分かってきました(Intensive Insulin Therapy and Pentastarch Resuscitation in Severe Sepsis)。ハイドロキシエチルスターチの分子量が大きいほど、AKI発症リスクが上昇することが分かっています。中分子量のハイドロキシエチルスターチであるペンタスターチも同様にAKIのリスクであるのかどうかは今のところ不明です。




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術前貧血は死亡率を上昇させる~考察 [anesthesiology]

Risk Associated with Preoperative Anemia in Noncardiac Surgery: A Single-center Cohort Study

Anesthesiology 2009年3月号より

考察
2003年3月から2006年6月までの約3年間に非心臓手術を行われた患者を連続的に対象とした単一施設コホート研究の結果、術前貧血が術後死亡の独立した強力な予測因子であることが明らかになった。予定手術を受けた患者のうち三分の一が、WHO基準で貧血と診断される程度のヘモグロビン濃度を呈していた。術前および術中の主な交絡因子について調整したところ、術前貧血のある患者の術後90日死亡のオッズは2倍を超えていた。術後14日までの解析でも死亡率に有意差を認め、術後90日目までの生存曲線ではその差が広がり続けた。

貧血が術後の予後に与える影響に関しては、心臓手術および非心臓手術を含め、さまざまな患者群について研究が行われてきた。貧血が短期予後および長期予後悪化の重大な危険因子であることが明らかにされている。手術を受ける患者全体を対象とした研究だけにとどまらず、冠動脈疾患や鬱血性心不全のある患者を対象とした研究でも同様の結果が得られている。今回の研究では、様々な術式を含む非心臓手術を受ける患者群において、一貫して貧血が悪影響を与えることが分かった。赤血球輸血にはリスクが伴うことはご承知の通りである。したがって、貧血群は非貧血群と比べ赤血球輸血を要した患者の割合が二倍であったため、術前貧血があると貧血自体の害に加え輸血に伴う危険をも被ると考えられる。つまり「二段階攻撃」説である。

非心臓手術において術前貧血が転帰を悪化させる可能性については、過去にも複数の研究で検証されている。そのうちもっとも規模が大きい最新の観測研究では、赤血球容積が小さくなるのに比例して院内死亡率が上昇するという結果が得られている。このような相関が生ずるヘマトクリット閾値は0.39であった。退役軍人を対象としたこの多施設研究では、術前の基礎疾患について調整したところ、貧血があると院内死亡オッズが約3倍になることが明らかになった(オッズ比3.2; 95% CI, 1.2-8.1)。しかし、女性においては貧血と死亡率のあいだに相関を見いだすことはできず、さらに、周術期輸血についての調整を行うことができなかったという点に留意が必要である。今回の我々の研究では、男性は女性より貧血耐容能が低く、男性同様女性でも貧血があると転帰が悪化することが明らかにされた。本研究を実施したことで、先行する諸研究に新たな知見を積み重ねることができた。さらに、輸血によるリスクと無関係に貧血それ自体が悪影響を及ぼすことを示すことができたことは、本研究の大きな成果である。我々は、ロジスティック回帰分析と傾向スコア法という異なる二つの方法を用いて、輸血の影響を調整した。非心臓手術における貧血自体の(輸血とは独立した)有害作用を検証した研究は他にもあるが、あまり明快な結果は得られていない。Carsonらの研究では、最低ヘモグロビン濃度が閾値(12.0g/dL)を下回ると、その度合いに応じて死亡率が上昇すると報告されている。しかしこの研究は、術前貧血を主眼としたものではない。輸血を行っても死亡率に有意な変化は認められないという結果が示されているが、死亡率がもっとも高かったのは最低ヘモグロビン濃度が8.0g/dL未満の患者群であった。また、対象患者のうち90%が輸血されていたので、この研究で得られた結果から、貧血と輸血それぞれの独立した影響について結論を導くのは困難である。NelsonらおよびHogueらの研究は、対象患者数が少ない単一施設研究であり、検出力が低く、代替アウトカムについての評価しかできない。

以上の先行する諸研究と比較し、今回我々が行った研究にはいくつもの優れた点がある。対象患者数が多く、男性だけでなく女性でも貧血と死亡率の相関を示すことができた。対象とした術式および患者は、ともに幅広かった。赤血球輸血を含む主な交絡因子の影響を調整するのに、ロジスティック回帰分析と傾向スコア法の二つの方法を用いて解析を行った。赤血球輸血についてこのように念入りな調整を行ったことによって、同じぐらいの量の血液製剤を投与された術前貧血のある患者とない患者を、バイアスが比較的ない状態で比較することができた。心臓手術を対象とした別の研究で我々が得た結果と同様に、同じぐらいの量の血液製剤を投与された場合、術前貧血がない患者では、術前貧血がある患者よりも出血量が多かったと考えられる。だが、出血量が多いために貧血群と等量の輸血が行われたにも関わらず、非貧血群の方が転帰が良好であったことから、本研究で得られた結果がより強固なものとして確認され、さらに、貧血が転帰悪化の重大な危険因子であることが裏付けられる。

本研究を解釈する際には、いくつかの問題点に留意しなければならない。第一に、遡及的観測研究であるため、今回の研究では因果関係を明らかにすることはできない。術前貧血が転帰悪化と相関するのは、貧血が単に原疾患の重症度を反映する指標であるからなのかもしれない。第二に、未知または評価対象にしていない交絡因子の影響があるかもしれない。しかし、多くの変量を設定したことや、上述のように強固な結果が得られたことを考えると、未知または対象外の交絡因子の影響は小さいであろう。第三に、術前貧血の原因および持続期間は予後に影響を与えるが、いずれについても今回の研究ではその詳細は不明であった。他にも、術前貧血が転帰を悪化させる機序を明らかにする試みを行わなかったという問題が挙げられる。したがって、術前貧血のある患者で転帰悪化のリスクが上昇するのは、貧血以外の何らかの基礎疾患によるとも考えられるし、酸素運搬量低下のため組織酸素化が不十分になり臓器障害が引き起こされることによる二次的な影響であるとも考え得る。後者の仮説の裏付けとして、貧血発生初期には重要臓器の酸素供給が低下するという実験結果が報告されている。最後に、本研究の死亡率のデータは院内死亡だけを対象にした点が問題となろう。退院後死亡も含めれば、異なる結果が得られたかもしれないが、プライバシーに対する配慮のため退院後の死亡についての情報を得ることはかなわなかった。

非心臓手術では術前貧血と死亡率のあいだに相関があることが今回の研究で観測されたが、これが因果関係のある相関なのだとすれば、貧血を補正すれば転帰が改善すると考えられ、臨床的に非常に大きな意味を持つ知見が得られたと言えよう。しかし我々は、術前貧血の補正は慎重に行うべきであることを強調したい。貧血の補正には少なくとも三つの方法がある。鉄剤やエリスロポエチンを投与する方法にもリスクが伴う。米国食品医薬品局(FDA)は先頃エリスロポエチンについての新たな勧告を発表し、悪性腫瘍患者には相対的禁忌であると警告している。鉄剤の投与は比較的安全ではあるが、貧血が補正されるまでには時間がかかるため、手術を延期しなければならないこともある。大血管手術に先行する冠動脈血行再建術(CABGまたはPCI)の効果を検証した試験(Coronary Artery Revascularization before Major Vascular Surgery Trials)では、冠動脈血行再建術が行われた患者群では対照群と比較し手術の実施が36日(中央値)遅延し、この間の死亡者数は10名であった。一方、冠動脈血行再建術を行わずに手術を行った群では死亡したのは一名のみであった。翻って、術前に輸血を行えば、ヘモグロビン濃度はすぐに上昇する。しかし、輸血にはリスクが伴う。以上の三つの方法は、限られた患者にのみ行うべき方法であり、その有効性については前向き無作為化比較対照試験で検証する必要がある。

教訓 術前貧血が術後死亡の独立した強力な予測因子であることが明らかになりました。男性は女性より貧血耐容能が低いことが改めて確認されました。しかし、男性同様女性でも貧血があると転帰が悪化することが示されました。

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術前貧血は死亡率を上昇させる~結果 [anesthesiology]

Risk Associated with Preoperative Anemia in Noncardiac Surgery: A Single-center Cohort Study

Anesthesiology 2009年3月号より

結果
対象となった7679名の患者のうち、WHO貧血基準により術前貧血があるとされたのは3047名(39.7%)であった。男性における貧血の有病率は39.8%(1622名)、女性では39.5%(1425名)であった(P=0.74)。術前の平均ヘモグロビン濃度は12.7±2.1g/dLであった(測定値の範囲3.4~21.3g/dL)。1430名(18.6%)に対して輸血が行われた。そのうち68%は術前貧血がある患者に行われた。貧血患者の輸血率は非貧血患者の3倍にのぼった(30.4% vs 10.6%)。Figure 1に、男性、女性それぞれの術前ヘモグロビン濃度と術後死亡率の相関を非調整三次スプライン曲線で示した。注目すべき点は、男性と女性の曲線の傾きが概ね近似し、死亡率が上昇するヘモグロビン濃度閾値がWHO貧血基準の95%信頼区間内に位置することである。

術前貧血および周術期因子と転帰をtable 1にまとめた。非貧血患者に対する貧血患者の周術期死亡の調整前オッズ比は4.74であった(95% CI, 3.3-6.7; P<0.0001)(table 2)。

多変量ロジスティック回帰分析による術後死亡の交絡因子の調整
既知の交絡因子をロジスティック回帰分析によって調整したところ、術前貧血があると死亡率が上昇することが明らかになった(オッズ比2.36; 95% CI, 1.57-3.41; P<0.0001)(table 2)。用いたロジスティック回帰モデルのHosmer-Lemeshow検定を行ったところ、適合性は良好で、判別性能も高かった(C統計量=0.826)。術前貧血以外の、周術期死亡率上昇のオッズ比を上昇させる因子は、うっ血性心不全の既往、赤血球輸血(量依存性)(table 3)、体格が小さい(身長155cm未満)、術前入院期間5日以上、70歳以上および術前クレアチニン値2.0mg/dL以上であった。術前のβ遮断薬、ACE阻害薬、カルシウム拮抗薬、NSAIDs使用も転帰に影響を及ぼすことが分かった。スタチンは回帰モデルには残らなかった。相互作用項を導入してもモデルは有意な変化を示さなかった。感度分析(table 4)では、高度の貧血(ヘモグロビン濃度9.5g/dL未満)がある患者を除外した場合および赤血球輸血を受けた患者を除外した場合のいずれにおいても回帰モデルに変化は認められなかった。性別ごとに解析した場合も回帰モデルの変更を要さなかった。

傾向スコアによるマッチングを用いた交絡因子の調整
27個の変量についてのロジスティック回帰モデルを基に傾向スコアを算出した。マッチング前には27個全ての変量(table 1)が、貧血群と非貧血群の間で有意差を示し、差の平均は5.7%であった。交絡因子についてマッチングさせた結果、どの変量についても有意差はなくなり、差の平均は0.6%に縮小した。傾向スコアによるマッチングの結果、貧血患者2090名(貧血患者の69%)を、非貧血患者と対応させることができた。両群間の唯一の違いは、術前および退院時のヘモグロビン濃度であった。ここで特筆すべきことは、マッチさせたペアの赤血球製剤使用量が貧血群と非貧血群で同等であったことである(table 1)。マッチングされたペアの比較では、貧血群の方が非貧血群よりも死亡率が高かった(オッズ比2.29; 95% CI, 1.45-3.63; P<0.0001)(table 1)。このオッズ比は、全変量についてのロジスティック回帰モデルから得られたものと同等であった。マッチングされなかった患者は術前リスクが高く、術後死亡率はマッチングされた患者の2倍にのぼった(ウェブ上補遺の表参照)。傾向スコアによるマッチングを行ったコホートを用い、死亡までの時間を解析し、貧血群と非貧血群の比較を行った(fig. 2)。その結果、貧血群の方が術後非常に早い時期から非貧血群より高い死亡率を示し、その差は経時的にどんどん開いていった。州の死亡証書を用いて死因の情報を得た(table 5)。死因は以下のように大別した:循環器(心筋梗塞、うっ血性心不全、心停止)、呼吸器(呼吸停止、低酸素症)、敗血症、多臓器不全、出血および癌。以上のいずれの死因についても貧血患者の方が多かった。非貧血群と貧血群の死亡率の差はどの死因についても同程度であった。(つづく)

教訓 非貧血患者に対する貧血患者の周術期死亡の調整前オッズ比は4.74でした。ロジスティック回帰分析による調整後のオッズ比は、2.36でした。赤血球製剤使用量が貧血群と非貧血群で同等になるように傾向スコアを用いてマッチングの結果マッチングしても、貧血群の方が非貧血群よりも死亡率が高く、オッズ比は2.29でした。


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術前貧血は死亡率を上昇させる~方法 [anesthesiology]

Risk Associated with Preoperative Anemia in Noncardiac Surgery: A Single-center Cohort Study

Anesthesiology 2009年3月号より

外科技術が向上し、いろいろなガイドラインが策定され、麻酔技術も進歩を遂げているが、術後死亡率はここ数十年低下していない。術前貧血は、公衆衛生上の重要かつ頻度の高い問題として認識されはじめている。そこで我々は術前貧血をテーマとして研究を行うことにした。重症患者における輸血必要量に関する試験(Transfusion Requirements in Critical Care trial)の結果が非心臓手術を受ける患者にも当てはまるのではないかという考えが広がり、相当の貧血があっても忍容可能であると捉えられるようになってきた。しかし、Transfusion Requirements in Critical Care trialには、治療群の割り当てがアンバランスなので、この試験で得られた結果を異なる状況に敷衍することはできない、という批判が向けられている。術前貧血は血液製剤使用の強力な予測因子である。輸血には色々なリスクが伴い、合併症が増加するおそれがある。また、輸血によるリスクとは別に、貧血それ自体が悪影響を及ぼすことが知られている。全年齢層を対象とした研究、高齢者を対象とした研究、冠動脈疾患患者を対象とした研究、うっ血性心不全患者を対象とした研究、心臓手術を対象とした研究および非心臓手術を対象とした研究では、貧血があると死亡率が上昇することが示されている。

貧血はありふれた術前合併症である。術前にはほぼ全例でヘモグロビン濃度が測定されているが、非心臓手術においてヘマトクリット低下がどのような結果を招くかということを調べた研究は数少ない。その数少ない報告も、対象患者数が少なかったり、限られた術式のみを対象にしていたり、既知の主要な交絡因子の影響を考慮していなかったりといった問題を孕んでいる。最新かつ最大規模の術前貧血に関する研究では、先行する研究の問題点は克服されたが、女性における貧血の影響を明らかにすることはできなかった。そのため、貧血による影響には性差がある可能性が指摘されている。この研究の問題点は、輸血についての調整が行われていないことである。したがって、輸血自体による独立した有害作用が影響した可能性がある。

術前貧血の原因には、医原性貧血、鉄欠乏性貧血および慢性疾患による貧血などがある。術前貧血が非心臓手術後の転帰悪化の看過し得ない原因であることが示されれば、積極的な治療の対象となるであろう。以上を念頭に、術前貧血と非心臓手術後の死亡率のあいだに独立した相関関係があるか否かを検証するべく、予備研究として単一施設遡及的コホート研究を実施した。

方法

研究環境、対象患者、データ収集
トロント総合病院はトロント大学関連病院の三次医療施設であり、カナダ・オンタリオ州のトロントに所在する。非心臓手術としては、頭頚部、呼吸器、肝胆膵、一般外科、および婦人科の血管および腫瘍外科手術が行われている。2003年3月から2006年6月に実施された成人(年齢>18歳)の非心臓手術連続7760症例について、遡及的にデータを収集した。全症例で自己調節鎮痛(PCA)、自己調節硬膜外鎮痛(PCEA)、硬膜外鎮痛もしくは鎮痛薬静注による鎮痛が行われていた。ほぼ全ての症例で大手術が行われていた。一人の患者に付き二つ以上の手術が対象期間内に行われた場合は、初回手術のみを解析対象とした。移植および心臓手術は除外した。

データ収集の詳細と妥当性についてはすでに別の論文で発表済みである。人口統計学的データ、手術の内容、術前の基礎疾患、検査結果、処方内容に関するデータを患者データベース、カルテおよび電子記録から収集した。入院7日目までに使用された血液製剤のデータは血液銀行データベースから得た。死亡および死因についてのデータは病院管理システムから収集した。

独立変量
対象手術実施後90日以内の死亡率を主要独立変量とした。

統計解析
WHO基準(女性12.0g/dL、男性13.0g/dL)に準拠し貧血の有無を分類し、術前貧血の頻度を評価した。多変量ロジスティック回帰分析を行い、術前ヘモグロビン濃度と死亡率の相関を評価した。それに先立ち二変量解析を行い、術前因子および術中因子のうち術前貧血もしくは主要転帰と相関(P<0.3)するものを同定した。変数減少法による変数選択を行い(P<0.1の変数を採用)、多変量モデルを作成した。ロジスティック回帰分析モデルの作成にあたり検討した変数は、身長、体重、年齢、性別、冠動脈疾患・うっ血性心不全・脳血管障害・糖尿病・腎疾患・COPDの既往、術前血小板数、術前入院期間、術式、術前輸血および内服薬(β遮断薬、抗高脂血症薬、ACE阻害薬、カルシウム拮抗薬)である。輸血については、輸血なし、1-2単位、3-4単位、5-9単位、10単位以上のいずれかに分類した。

傾向スコアによるマッチング
傾向スコアを用い貧血患者および非貧血患者のそれぞれにおいて共変量のマッチングを行い調整した上で、貧血が死亡率に与える影響を評価した。術前貧血に関する傾向スコアは、多重ロジスティック回帰分析を用いて算出した。この回帰分析では、術前貧血に関与する可能性のあるすべての予測変量を評価した。

術前貧血のある患者一人一人を、傾向スコアが同点の術前貧血のない患者と1:1でマッチングさせた。マッチングさせたそれぞれのペアにおいて共変量と術後有害事象を比較した。(つづく)

教訓 術前に貧血があると、輸血の実施と関わりなく独立して死亡率を上昇させるかどうかを調べてみました。
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集中治療2008年の話題~ガイドライン、安全、倫理 [critical care]

Update in Critical Care 2008

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2009年5月1日号より

知識の活用

ガイドライン
2008年に新しく発表されたガイドラインには、Surviving Sepsis Campaignの重症敗血症および敗血症性ショック治療ガイドライン改訂版、小児および新生児敗血症性ショックの血行動態管理における目標値についてのガイドライン、およびICUにおける終末期ケアについての勧告である。過去に発表された重症患者管理に関するガイドラインや専門家集団による合意見解(1990年~2007年5月)についての体系的総説では、対象となったガイドラインや見解の質は全体的に低いが、新しいものほど質が向上していることが明らかにされた。

プロトコルの導入
臨床医の行動に変化を求めるようなプロトコルの有効性を評価した研究が数編発表された。オーストラリアまたはニュージーランドに所在するICU27施設で行われた無作為化試験では、栄養管理ガイドラインの徹底を目的として、今までのやり方を変える多角的な取り組みを導入したところ、正しい栄養管理が実施される症例が増え、早期に経腸栄養が開始されるようになったが、臨床的転帰の改善にはつながらないという結果が得られた。プロトコルに準拠した鎮静法についての小規模無作為化比較対照試験がオーストラリアのICUで行われ、人工呼吸期間やICU滞在期間は短縮しないことが明らかになった。プロトコルの導入によって、ALI患者に対する肺保護的人工呼吸法(lung-protective ventilation strategies)の実施が徹底する可能性があることが分かった。ボルチモアの教育病院9施設で行われた研究によると、低一回換気量で人工呼吸を行うべき患者のうち、実際に低一回換気量(一回換気量6.5mL/kg以下)になっていたのはわずか46%であり、大多数(81%)の患者の一回換気量は8.5mL/kg以下に設定されていた。肺を傷害するような大きな一回換気量(>11.5mL/kg)で管理されていた患者はごく少数(1%)であった。ただし、プロトコル文書を導入すると6.5mL/kg以下の一回換気量が適用される症例の割合が6倍に増加した。外科系ICUにおける血液検査ガイドライン導入についての前後比較研究が行われ、ガイドライン導入により検査数が37%減少し、この効果は導入後一年を経過した時点でも認められることが明らかにされた(参照:外科系ICUにおける血液検査ガイドラインの導入)。

集中治療の質

全国健康保険データベースを用いて大規模観測研究が台湾で行われ、集中治療専門医の肺炎治療経験数が多いほど、そのICUに入室した肺炎患者の院内死亡率が低いことが分かった。ICU専属薬剤師がいる場合と比べ、薬剤師がいないICUでは院内感染、市中肺炎および敗血症によるメディケア患者(高齢者および障害者)の死亡率が23.6%も高いことが明らかになった。外傷ICUで行われた単独施設研究で、回診時チェックリストを使用することによって治療経過および転帰が改善することが示された。

患者の安全
フランスで行われた観測研究で、重症患者における有害事象発生リスクが相当高いことが指摘された。39%の患者において有害事象が少なくとも一件発生していた。23%の患者では二件以上の有害事象が認められた。4社から販売されている輸液ポンプ(蠕動ポンプ)の閉塞アラームについての研究の結果、特に流量が少ないときには閉塞アラームの作動が遅れることが分かった。

動脈圧ラインによる感染についての単独施設コホート研究で、動脈圧ラインの細菌定着およびカテーテル関連血流感染の発生率は、同時に留置され同じように管理された中心静脈カテーテルに由来するそれぞれの発生率と同等であることが明らかにされた。したがって、中心静脈カテーテルと同程度に動脈圧ラインも敗血症を起こす原因となり得ると考えられる。

倫理

認知バイアスが治療に関する意思決定に及ぼす影響についていくつかの論文が発表された。医師による予後の評価は、目の前にある状況によって左右される傾向があり、同じ患者について医師が示す予後は、敗血症性ショックのただ中に診察した場合と、状態が落ち着いているときに診察した場合とで異なる。高齢末期癌患者の方針決定に関する模擬症例を用いた研究の結果、同じ施設の医師でもICU入室の要否および治療方針の決定には大きな隔たりがあることが明らかになった。スウェーデンで行われた、一般成人と集中治療専門医および脳神経外科医を対象とした郵送調査で、治療法の選択傾向が医師と一般人では異なることが分かった。この調査では、架空の脳出血後患者について延命を目的とした脳神経外科手術を行うか否かという質問に対し、大半の医師は行わないと答えたが、一般成人で行わないと答えたのは少数にとどまった。

研究の方法と同意取得
意思表明不能患者を対象に含む研究の実施方法についての研究がいくつか行われた。重症患者の四分の三が、ICU滞在の全期間(抜管後を含む)にわたって、譫妄や鎮静薬の使用のため意思表明が不可能であることが多施設観測研究で明らかにされた。この研究では、RASSおよびCAM-ICUを用いて重症患者の意識状態を大まかに把握し、その後、従来から行われている意思表明の可否についての詳細な評価を行う二段階同意能力確認法が採用された。救急医療の研究プロトコルについての地域集会の参加者を対象とした調査の結果、82%が自らの居住地域における研究の実施に同意したものの、30%は進んでその研究に参加する意思はないと回答した。一人の患者の複数試験登録を含めた患者登録の方法、意思表明不能患者の扱い、無作為化要因デザインやクラスタ無作為化といった今までとは異なる研究デザインなどの研究にまつわる諸問題についての集中治療領域研究者の考えを、カナダ集中治療試験グループとオーストラリア・ニュージーランド集中治療学会臨床試験グループが調査した。

教訓 動脈圧ラインは中心静脈カテーテルと同程度に敗血症の原因となり得るようです。採血のときは十分気をつけることにします。

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集中治療2008年の話題~仮説、組織運営 [critical care]

Update in Critical Care 2008

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2009年5月1日号より

新しい仮説

毎年新しい論文が発表される。暫定的な内容であったり、明確な結論を導いているわけではなかったりしても、その中には、新しい発想や新しい発見につながり、さらに詳しい研究が待望されるような面白い知見もある。人工呼吸管理されている脳死患者(横隔膜活動が消失している)と全身麻酔下の患者(短期的に横隔膜活動が抑制されている)を比較したところ、脳死患者から得られた横隔膜検体には、筋繊維の著しい萎縮が認められた。この所見から、調節呼吸を行っていると、横隔膜が活動しないためタンパクが分解する可能性があると考えられた。ただし、この二つの患者群には大きな差異があるため単純には解釈することはできない。

侵襲性真菌感染症は稀ではあるが、免疫抑制患者においては死因となる重大な疾患である。アスペルギルスの細胞壁成分であるガラクトマンナンの気管支肺胞洗浄液中の有無が、アスペルギルス感染の確定診断または除外診断に有用であることが明らかになった。敗血症性ショックに陥った小児患者では、入院から24時間以内に得られた検体の血清IL-8濃度が220pg/mL以下であると生存の可能性が高いことが分かった。この知見は、治療方針の決定および臨床試験に有用であろう。

敗血症の二大特徴は炎症と凝固能異常であり、それに伴い血管の反応性や構造に変化が生ずる。敗血症の動物モデルの循環血液中には内皮由来および血小板由来のミクロ粒子が存在し、このミクロ粒子には、血管反応性の低下や低血圧に対抗する働きがあることが明らかにされた。

局所麻酔薬、クロミプラミン(三環系抗うつ薬;アナフラニールⓇ)、ベラパミルなどによる心毒性の治療に脂肪乳剤の静脈内投与が有効であることが動物実験で示された。血漿脂質分画が増大し、これらの脂溶性薬剤の取込みが増えることが原因であろう。この手の症例報告はいくつかある。そのうちの一例にブプロピオン(ノルアドレナリンおよびドパミン再取込み阻害作用のある抗うつ薬。日本では未承認。)とラモトリジン(ラミクタールⓇ;抗てんかん薬として最近承認された。双極性障害に有効とされている)の過量服用により循環虚脱に陥った17歳女児の報告がある。この症例では、蘇生を70分間行っても心拍は再開しなかったが、20%脂肪乳剤を100mL静注したところ1分後に心拍が再開し、以後心停止は起こらなかった。

臨床に役立つ情報

集中治療領域で行われる一般的な手技の教育ビデオがウェブ上に提供されている。鎖骨下静脈穿刺、大腿静脈穿刺、輪状甲状膜切開および末梢静脈路確保などのビデオが閲覧可能である(いずれもNEJM)。

標準的モニタを用いた脈圧変動のリアルタイム監視によって、輸液負荷に対する反応の程度を高い感度と特異度をもって判定することができることが明らかにされた。脊椎固定術後早期に気管切開が行われた患者71名を対象とした研究で、前方固定後(32名)であっても感染の危険性は低いことが示され、再手術を要した患者は皆無であった。

ICUの組織運営

ICU組織運営モデルと成果主義支払制度(P4P)
人口の高齢化と長期人工呼吸管理を要する患者の増加により、今後集中治療の需要が増えると見込まれている。ICU滞在一日あたりの調整医療費は、今のレベルにとどまり、将来的にも比較的安定して推移するものと考えられている。

医療の質は重要な研究テーマである。ICUでは有害事象が起こることが多い。有害事象は死亡の独立した原因になる。ICUに薬剤師が出向き関与していると、鎮静ガイドラインの遵守度が向上し、人工呼吸期間が短縮する可能性がある。集中治療専門医の院内常駐が北米で広がり始めている。この取り組みによって、治療経過の改善、スタッフの満足度の向上、ICUにおける合併症発生数の減少および入院期間の短縮といった効果が認められている。八つの州から過去に発表されたデータを解析したところ、人工呼吸管理をあまり行わない病院で人工呼吸を行われていた患者のうち4000名以上が、高次病院への転院により救命できた可能性があることが明らかになった。死亡率を低下させる決定的な治療法はほとんど存在しないのが現状であるが、重症患者の院内死亡率は低下傾向にあることが分かった。

レジデントと労働時間
レジデントの当直仕事量が増えると、睡眠時間短縮、勤務時間延長および教育を受ける機会の減少につながる。米国医学研究所は、レジデントの労働時間を短縮することを支持する報告書を発表した。労働時間は週80時間以内、当直の頻度は二日おきより少なくする、夜間勤務が三日続いたら48時間休業、一ヶ月に少なくとも5日の休日をとる、一回の勤務時間は30時間以内とし夜10時から朝8時までの間に5時間の睡眠をとる、というのがその具体的な内容である。

緩和ケアおよび終末期ケア
集中治療領域でも、患者一人一人に寄り添うような終末期ケアを行う必要性に大きな関心が向けられつつある。フランスで行われた研究では、患者の家族や親しい人々が臨終に立ち会うケースは少数であり、大部分は呼吸困難や強い苦痛を訴えながら死にゆくことが明らかになった。そして、患者が死をどれぐらい受容しているかを評価している看護師はわずか35%に過ぎないことが判明した。延命処置の中止に関する米国で行われた研究によると、半数近くの症例で中止の全過程に丸一日を要している。また、死亡までのICU滞在期間が長く、生きているうちに抜管された症例では家族の満足度が高いことが明らかにされた。教育病院二施設で行われた指導医、レジデントおよび看護師を対象とした匿名調査では、看護師が患者および家族にDNRについての初回の話し合いを持ちかけてもよいと考える医師が多く、レジデントよりも看護師の方がこのような話題を切り出すことに不安を感じていないことが分かった。医療従事者にはICUに入室した患者の家族が担うべき役割の重要性が十分認識されていないという研究結果が報告された。もっと家族がICUでのケアに参加したり、患者と接する時間を増やしたり、先進技術の粋を集めたICUの環境に家族が馴染めるようにする必要がある。ICU入室患者の家族は、当初は人工呼吸などの医療技術についてほとんど知識がない状態であるが、徐々に知識を身につけICUでの面会に戸惑いを感じなくなる。患者に代わって意思決定を担う親族は、医師が提示する予後についての見込みが間違っているのではないかという疑念を持つことが多い。しかし、予後について医師と話し合うことには意義を見出しており、医師が知らせた情報は覚悟を決めたり気持ちを整理したりするのに役立つと感じている、ということが明らかにされた。死に瀕しているICU患者に緩和ケアチームが関わると、家族の満足度が高くなる傾向が認められ(有意差なし)、死に方の質についての看護師評価は有意に向上する。米国の8病院で行われた研究によると、緩和ケアチームが末期患者に関与することにより病院コストが有意に低下する。ATSは、呼吸器疾患もしくは重症疾患患者に対する緩和ケアに関する公式見解を発表した。一人一人の患者と家族にあわせたケア(医学的、心理的、スピリチュアルなすべての側面に配慮したケア)を行うことが、その他の援助、症状の総合的な管理、緩和ケアを提供する医療従事者の十分な専門能力とならび重要であることが強調されている。医師は苦痛緩和のための薬を使用すると死期が早まると考えているが、そのような薬の処方を躊躇してはいない。医師による安楽死幇助を容認する法案がオレゴン州に次いでワシントン州でも成立し、2009年3月4日に発効した。

ICU退室と院外活動
患者急変時即応チーム (rapid response team、medical emergency teamまたはoutreach team)の導入や研究が進んでいる。熟練ICU看護師、呼吸療法士を含む3名からなるrapid response teamが、入院患者の急変時に関わった場合の効果を評価した米国の単独施設研究では、病院全体では急変放送が有意ではないが減り、ICU以外の病棟からの急変放送発動例が有意に減った。しかし、病院全体では死亡率は変化しなかった。ICUから病棟への転棟は患者にとっても家族にとっても負担になることがある。ICU再入室の可能性を予測する簡便な転棟スコアが考案された。過去の研究結果と異なり、ICUからの夜間退室は再入室と独立した相関を示すわけではないことが明らかにされた(参照:夜間ICU退室と死亡率)。

教訓 腕神経叢ブロックにマーカインを使って心停止になった症例の蘇生にイントラリピッドを使用したという報告が2006年7月号のAnesthesiologyに掲載されています(Successful Use of a 20% Lipid Emulsion to Resuscitate a Patient after a Presumed Bupivacaine-related Cardiac Arrest)。
NEJMの手技のビデオは研修医の教育にとても役立ちます。

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集中治療2008年の話題~血糖、血液、栄養、腎臓 [critical care]

Update in Critical Care 2008

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2009年5月1日号より

内分泌

前年に引き続き2008年も集中治療中の最適な血糖目標値についての話題に耳目が集まった。内科系ICU(523名)および外科系ICU(504名)各一施設で行われた無作為化比較対照試験では、インスリン強化療法(血糖値80-110mg/dL)を実施しても従来法(血糖値180-200mg/dL)と比較し生存率は改善せず、低血糖の発生率が増加するという結果が得られた。総勢8432名の重症患者を対象とした29編の無作為化試験についてのメタ分析でも、厳格な血糖管理は院内死亡率の有意な低下には結びつかず、かえって低血糖の危険性が増大することが明らかになった。

血糖値測定とインスリン投与についての別の側面に関する研究もいくつか発表された。一定条件において簡易血糖値測定器3機種を用いて得られたICU患者の血糖値は正確な値を示さないことが明らかにされた。多くの場合、簡易測定器では実際よりも高い値が得られるため、その値を鵜呑みにするとインスリンの過剰投与につながったり、低血糖を見逃したりする可能性がある。毎回の血糖値が各自の平均血糖値からの隔たりが大きいことが(血糖値のばらつきが大きいことが)、死亡率の独立した強力な予測因子であることが遡及的コホート研究で明らかになった。ICU患者におけるコンピュータ血糖管理プロトコルを導入したところ、医師の遵守度は高く、臨床ガイドラインや紙媒体のプロトコルよりも血糖管理が良好であった。

重症患者および重症外傷患者を対象とした2編のコホート研究で、生存者は非生存者と比較しエストラジオール血中濃度が高いことが分かった。重症外傷患者に対し、入院第7日目までの時点からオキサンドロロン(タンパク同化ステロイド)を7日間にわたって投与すると、生存率が上昇することが示された。総計15000名以上の肥満患者を対象とした14編の研究についてのメタ分析の結果、肥満とICU死亡率の間には相関は認められないものの、人工呼吸期間およびICU滞在期間は非肥満患者より延長することが明らかになった。

血液

高度の腎機能障害を伴う重症患者に血栓症を予防する目的でダルテパリン(一日一回5000IU)を投与しその効果を評価した単群試験の結果、ダルテパリンの体内蓄積(抗Ⅹa活性で評価)による過度の抗凝固作用は見られず、出血性合併症のおそれは少ないことが分かった。高度腎機能障害のあるICU患者では深部静脈血栓症と大出血の危険性が高いが、疾患の重症度またはダルテパリンの抗凝固作用とは無関係の他の要素がその危険性の多寡を決定していることが観測研究で明らかにされた。

適切な輸血療法のあり方については、依然として様々な対立する意見が入り乱れている。重症患者に対する赤血球輸血の効果についてのコホート研究45編を対照とした体系的総説で、いずれの研究においても輸血を行うと、感染、ARDS、多臓器不全および死亡の各リスクが増大することが示されていることが明らかになった。遡及的単一施設コホート研究の結果、新鮮凍結血漿を投与すると感染の危険性が上昇することが分かった。しかし、2000年頃に欧州で行われた大規模多施設コホート研究では、赤血球輸血とICU死亡率のあいだに相関は認められなかった。この研究の著者の推測によれば、白血球除去製剤が広く使用されるようになったことがその理由である。重症小児患者についても輸血の危険性の研究が進んでいる。重症小児患者では貧血が発生することが多く(74%)、輸血が行われる機会も多い(49%)。重症小児患者では、輸血は転帰悪化と関連していることが明らかにされている。

悪性腫瘍患者がICUに入室した場合の予後は絶望的であることが過去に示されていて、そのためこの患者群に対しては治療を行っても無駄だという雰囲気があった。しかし、最近の研究ではこの知見が覆されている。血液悪性腫瘍の患者のうちICUでの治療を要した患者とそうでない患者を重症度で調整して比較したところ、死亡率は同等であることが分かった。また、過去10年のあいだに、敗血症性ショックを発症した癌患者の生存率が劇的に改善したという観測結果も示されている。造血幹細胞移植後にICUに入室した小児患者についての研究23編を対象とした体系的総説によれば、研究が行われた年とICU死亡率のあいだには何ら関係性は認められなかった。全体の死亡率は60%で、人工呼吸が行われた患者の死亡率は71%であった。一般人口集団を対象とした大規模コホートで、骨髄移植後退院し、再入院した成人患者がICUに入室した場合、予後は不良である。しかし、ICUで侵襲的手技が行われたような症例を含めても、必ずしも全例が致死的であるわけではないことが明らかになった。

消化器と栄養

腸が重症患者における重要臓器であることが広く知られるようになってきた。腹腔内圧や、経腸栄養が行えるか否か、といった項目を含む消化管機能不全スコアがICU死亡率の独立した予測因子であることが明らかにされた。敗血症を発症した内科系患者を対象とした小規模無作為化試験で、免疫栄養剤と薬理栄養剤(pharmaconutrition; グルタミン二量体、ビタミンC、ビタミンE、βカロテン、セレン、亜鉛および酪酸のカクテル)を発症早期から投与したところ、対照群よりも迅速な臓器機能の回復が認められた。

腎臓の生理と機能障害

急性腎傷害(acute kidney injury; AKI)の定義はまだ定まっていない。単一施設遡及的コホート研究では、AKIネットワークが提唱した定義(血清クレアチニン値が0.3mg/dL以上または48時間以内に普段の値より50%以上上昇、もしくは輸液療法を6時間以上行っても尿量<0.5mL/kg/hr)を用いると、内科系患者の院内死亡率、腎代替療法の要否、長期入院の可能性を予測することができる。英国で行われた大規模遡及的コホート研究では、過去の研究で得られた結果と同じく、重症AKI(発症24時間後までの血清クレアチニン値3.4mg/dL以上 and/or BUN 112mg/dL)は頻度(発生率6.3%)も死亡率も高い(病院死亡率は非乏尿性AKIが55.8%、乏尿性77.3%)ことが明らかになった。オーストラリアで行われた大規模遡及的コホート研究で、敗血症からAKIを発症する例は多く、敗血症以外の原因によるAKIより重症度も死亡率も高いことが分かった。ICUで低ナトリウム血症や高ナトリウム血症が発生すると、たとえそれがAKIに起因するものでなくても、院内死亡率の上昇につながる。

AKI患者に対する腎代替療法の開始条件に関するエビデンスをまとめた体系的総説が2編発表された。その一つは、無作為化比較対照試験30編と前向きコホート研究8編を対象としたもので、間欠的血液浄化と持続的血液浄化は同等の転帰をもたらすという結論を示した上で、持続的血液浄化を行う場合は、濾液流量または透析液流量を増やして行うべきであるとしている。もう一つの体系的総説では、間欠的血液浄化と持続的血液浄化を比べると生存率や腎機能改善効果の差はないと結論づけられているものの、現在までに行われた臨床試験は科学的に厳密とは言いかねるという苦言が呈されている。腎代替療法の最適な実施強度はまだ明らかになっていない。Desaiらは血液透析を連日実施すると(一日おきに実施する場合と比較し)、大部分の症例において良好な費用対効果が得られるという結果を得た。最近発表された研究(強化腎代替療法は急性腎不全の転帰を改善しない) および間もなく発表される予定の研究(NCT00221013)では、血液透析に関する現在の推奨事項の大幅な書き換えを迫るような結果が得られている。

AKIに対する有効な薬物療法はまだ確立されていない。心臓手術を受けるAKI高リスク患者(慢性腎不全患者)にN-アセチルシステインとフェノルドパム(末梢で作用するD1受容体作動薬)を投与しその効果をみた小規模無作為化試験では、どちらの薬剤についても腎機能の生化学的改善がわずかに認められただけであった。同様の対象患者に対しN-アセチルシステインを投与した別の試験でも、AKIの発生を減少させる効果は認められたものの、腎代替療法実施率や死亡率については改善を得ることはできなかった。腹部大動脈瘤切除術の周術期にヒト心房性ナトリウム利尿ペプチドを投与すると、腎機能が改善し尿量が増加することが小規模無作為試験で示された。

教訓 血糖値は180-200mg/dLをターゲットにすればよいみたいです。持続的RRTには間欠的RRTを上回る利点は今のところなさそうです。また、間欠的RRTを長時間実施してもARFの転帰は改善しません。

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集中治療2008年の話題~外傷・中毒、神経、鎮痛・鎮静 [critical care]

Update in Critical Care 2008

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2009年5月1日号より

外傷、熱傷および中毒

外傷患者に対する病院到着前のACLSについての大規模前後比較研究が行われた。ACLSを実施しても、生存率の改善は認められず、GCS9点未満の患者では転帰の悪化に結びつくという結果得られ、病院前救護におけるACLSの意義に疑問が呈された。外傷患者における急性凝固能障害発生には複雑な機序が関わっていることが、前向きコホート研究で明らかにされた。末梢循環不全に陥ると可溶性トロンボモジュリン濃度が上昇し、フィブリノゲンがうまく利用されなくなり、プロテインCが減少し、トロンビン活性化線溶阻害因子が増えることが分かった。外傷による大量出血の治療における血液製剤の使用状況、コストおよび臨床的転帰はプロトコルの導入によって改善する可能性があることが示された。頸動脈損傷に対する血管内ステント留置についての体系的総説によると、症例報告はわずか113例しかないものの、開存率は高く神経学的後遺症の発生率は低いことが明らかになった。外傷患者の心機能評価には、ベッドサイドで行う心エコーが有用であることが報告された。

神経系集中治療

大規模無作為化試験の結果、虚血性脳血管障害に対するアルテプラーゼによる治療タイミングを従来の3時間以内から4.5時間以内へと延長しても同等の効果が得られることが分かった。一方、遺伝子組み換え活性化第Ⅶ因子が急性脳出血に有効であるという結果が、無作為化第Ⅱ相試験で得られたが、第Ⅲ相試験では第Ⅶ因子を投与しても血腫増大のスピードが緩徐になるだけで死亡率や機能的予後の改善には寄与しないことが明らかになった(脳出血に第Ⅶ因子は効果なし)。

外傷性脳損傷の分野では、いくつかの目覚ましい研究が報告された。視神経鞘の直径が侵襲的に測定した頭蓋内圧とよく相関し、頭蓋内圧亢進患者の判定に役立つことが明らかになった。遡及的コホート研究の結果、高齢の外傷性脳損傷患者には、積極的な治療が行われない場合が多く、院内で死亡する頻度が高い傾向があることが示された。また、専門家にコンサルトした場合は死亡率リスクが低いことが分かった。これは、主治医による(適切な)選択バイアスが作用したためであると考えられる。外傷性脳損傷患者の頭蓋内圧のコントロールが困難な場合、ペントバルビタールよりもチオペンタールの方が有効であることが小規模無作為化比較対照試験で明らかになった。新しい治療の地平を拓く可能性のある無作為化試験が行われた。重症外傷性脳損傷患者にプロゲステロンを投与すると生存率および6ヶ月後機能転帰が改善するという結果が得られた。反対に、重症外傷性脳損傷患者40名に減圧開頭術を実施した単独施設研究では、転帰が不良な症例が70%にのぼった。減圧開頭術の有効性についての無作為化試験は現在進行中であり、その結果が待たれている(NCT00155987, ISRCTN66202560)。

脳死患者にGIKを投与するとDOBと同等の心機能改善効果が得られ、かつDOBのように頻脈や血圧低下を来さないことが明らかにされた(脳死後の重症急性心不全にGIK)。

鎮痛・鎮静と麻酔

BISを用いて吸入麻酔薬による全身麻酔を行っても、呼気終末吸入麻酔薬濃度による麻酔管理と比較し、術中覚醒の頻度と吸入麻酔薬使用量のいずれもが減少しなかった。前頭部脳波のエントロピーからICU患者の鎮静レベルを判定するのは困難であることが分かった。その理由は顔面筋の活動によって干渉されるからであると考えられる。

鎮静プロトコルを実施するとともに毎日定期的に鎮静を中断すると、鎮静の質が向上するか否かを評価する大規模無作為化試験が行われている。パイロット研究では定期的な鎮静中断は安全に実施できることが明らかにされた。人工呼吸器離脱中の患者にメラトニンを投与すると睡眠の質が向上することが分かった。

気道確保はICUにおける必須技術の一つである。頸椎病変のない患者の全身麻酔導入後に、用手的に頸椎を固定し気管挿管したときの頸椎の動きを透視で観察する研究が行われた。喉頭鏡直視下で気管挿管するのと比べ、GlideScopeを使用すると声門をよりよく視認することができるようになるが、頸椎の動き(主に上位頸椎の伸展)には差は認められなかった。レジデントによる緊急気管挿管の合併症発生率は、指導医が監督すると有意に低下する(21.7% vs 6.1%)(指導医の監督で緊急挿管の合併症が減る)。

教訓 視神経鞘の直径から頭蓋内圧を知ることができます。重症外傷性脳損傷患者にプロゲステロンを投与すると生存率および6ヶ月後機能転帰が改善します。
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集中治療2008年の話題~循環器 [critical care]

Update in Critical Care 2008

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2009年5月1日号より

院外心停止症例の生存率は相変わらず非常に低い。北米の十地域で行われた前向きコホート研究では、院外心停止の発生率とその転帰には統計学的にも臨床的にも有意な地域差があることが明らかにされた。別の研究では、病院の属性によって心停止後の転帰が左右され、都会に所在する大規模教育病院では転帰がよいことが分かった。救急隊員が入院後の転帰が不良であることを予測するのに用いる臨床決定基準の評価が行われた。病院前救護プロトコルにこの基準を取り入れることによる影響の評価は今後の課題である。蘇生中に呼気終末二酸化炭素濃度が低いままであると、転帰が不良であることが予測される。院外心停止症例におけるエピネフリン単独使用とエピネフリンとバソプレシン併用を比較する大規模無作為化比較対照試験が行われ、臨床的転帰に有意差は認められなかった。

院内心停止症例に対する蘇生は、往々にして適切には行われていない。米国のデータによると、除細動を要した入院患者のおよそ三分の一が、2分以上経過した後にしか除細動を行われていない。2分以内に除細動が行われた患者と比べ、2分以降に行われた患者の生存率は低い。病院の人員配置が、患者の転帰に影響を及ぼしている可能性がある。夜間および週末に発生した院内心停止症例の生存率は、それ以外の時間帯に発生した場合よりも低いことが明らかにされた。交絡因子についての調整を行ってもなお、この差は認められた。また、夜間の心停止では他の時間帯と比べ、当初リズムが心静止であることが多かった。

以上のように心停止症例の転帰は惨憺たるものであり、治療法の進歩が望まれている。前後比較研究の結果、心臓マッサージの中断を最小限に抑えることを最優先にした蘇生プロトコルの実施によって生存率が改善することが明らかになった。AEDの波形分析に高度なアルゴリズムを導入すると、心臓マッサージを行いながらでも除細動適応調律であるかどうかを適切に判定し、心臓マッサージ中断を最小限に抑止することができる可能性があることが示された。病院前救護に取り入れる治療法の候補としては他に低体温療法があり、ACLSと並行して低体温療法を開始した33症例についての報告があった。

全科対応ICU(general ICU)に入室した患者の12%に持続性不整脈が認められ、心室性不整脈があると死亡の危険性が高まることが明らかになった。CCU以外のICUで発生した新規心房細動の治療についての体系的レビューで、洞調律化を企図した薬剤治療についての試験は4編しか行われていないことが判明し、ICUにおける新規心房細動の適切な治療法の確立の必要性が浮き彫りにされた。内科系ICU患者のトロポニン値を重症度で調整して解析したところ、値が高いほど死亡率が高いことが明らかになった。しかし、その病態生理は不明であり、この知見をどのように治療に役立てればよいのかは分かっていない。

心臓外科手術を受ける患者の管理についての論文がいくつか発表された。アプロチニンと他の抗線溶薬(トラネキサム酸とアミノカプロン酸)を比較した大規模多施設研究が行われ(アプロチニンvsトラネキサム酸&アミノカプロン酸)、アプロチニンを使用すると死亡率が上昇し、大量出血抑制効果は他の二剤と同等であることが明らかにされた。大規模観測研究でも、アプロチニンを投与すると、アミノカプロン酸を投与した場合よりも死亡のリスクが増大することが確認された。別のコホート研究では、保存期間が2週間以上におよぶ赤血球製剤を輸血すると術後合併症発生率および術後死亡率が上昇することが分かった。デスモプレシン予防投与についての無作為化試験38編を対象としたメタ分析の結果、デスモプレシンを投与すると輸血量がごくわずかに減少することが明らかになった(輸血される患者の割合には変化は認められなかった)。心臓手術よりも、非心臓手術を受ける患者において、この輸血量低減効果が大きかった。遺伝子組み換え活性化第Ⅶ因子についての論文が数編発表され、高リスク心臓手術を受ける患者における凝固能障害を制御するのに第Ⅶ因子製剤は有用であるが、血栓塞栓症による有害事象が伴うことが明らかになった。人工心肺が行われる患者に対する副腎皮質ステロイドの予防投与についての無作為化試験44編を対象としたメタ分析の結果、術後心房細動のリスクが低下することが判明し、出血リスクや死亡率の低下、ICU滞在期間の短縮といった効果も得られる可能性が示唆された。

人工呼吸を行われているか、または抜管後に非侵襲的人工呼吸を行われている心臓手術後に患者にリクルートメント手技を行うと、低酸素血症および無気肺を防ぐことができることが無作為化試験で明らかになった。ただし、そのほかの臨床的転帰項目については改善を得られなかった。心臓手術後の人工呼吸モードを適応補助換気(adaptive support ventilation)にすると、圧制御従量式換気(PRVC)のときより4時間早く抜管できることが分かった。心臓手術後の人工呼吸患者にキュイラス(胸腹部を覆うプラスティックの鎧[cuirass]のようなもの)を装着して陰圧をかけると心拍出量が増加するという結果が得られた。心臓手術後に重症全身性炎症反応症候群を発症した患者に免疫グロブリンGを常駐しても転帰は改善しないことが分かった。弁手術の周術期にスタチンを投与すると術後死亡率が低下するという結果が観測研究で得られた。また、術前にスタチンを大量投与すると術後心房細動発生率が低下することが分かった。心臓手術後のトロポニン上昇は、術後合併症発生率および死亡率上昇の予測因子である。

手術手技が進歩するにつれ、術後に集中治療が必要となる機会が減ってきた。腹部大動脈瘤の手術に関する大規模観測研究が行われ、無作為化比較対照試験で得られた結果と同じく、開腹手術と比較し血管内手術の方が短期死亡率および合併症発生率が低く、高齢患者においては長期生存率が高いことが分かった。胸部硬膜外麻酔と大腿神経ブロックで覚醒下OPCABを行った15例についての興味深い報告が発表された。

重症循環器疾患患者に対する先進的な治療法がいくつか存在するが、その有効性はまだ確立されていない。米国のメディケア受給者を対象とした研究では、補助循環装置(VAD)を装着された患者の早期死亡率、合併症発生率および費用は高く、特に心臓術後の症例ではその傾向が顕著であることが明らかにされた。カルシウム感受性増強薬であるレボシメンダンはPDE阻害薬のエノキシモンと比較し、急性心筋梗塞後の心原性ショックに対する有用性が高いという結果が小規模臨床試験で得られた。

心原性肺水腫には非侵襲的人工呼吸が有効であると従来考えられてきたが、大規模無作為化試験では否定的な結果が示された。Grayらは非侵襲的人工呼吸およびCPAPを通常の酸素療法を比較した。前二者は同等に酸素療法よりも早く呼吸苦と酸素化を改善させたが、短期死亡率については改善を認めなかった。この試験には、重症度が高い患者が除外されていること、割り当てられた治療法の遵守度が低いこと、類似の先行研究と比較し短期死亡率が全体的に高く、抜管率が低いという点に批判が向けられている。

教訓 デスモプレシンを投与すると輸血される患者の割合には変化はありませんが、輸血量は減るようです。高リスク心臓手術を受ける患者の凝固能障害を制御するのに第Ⅶ因子製剤は有用ですが、血栓塞栓症のリスクが上昇します。人工心肺が行われる患者に対する副腎皮質ステロイドを予防投与すると、術後心房細動のリスクが低下するようです。出血リスクや死亡率の低下、ICU滞在期間の短縮といった効果も得られる可能性が示唆されています。

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集中治療2008年の話題~感染 [critical care]

Update in Critical Care 2008

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2009年5月1日号より

感染予防と敗血症

細胞および分子メカニズム
Toll-like受容体(TLR)は、病原体関連分子パターンを認識する過程に関わっている受容体で、敗血症の発症に関与していると考えられている。盲腸結紮穿孔(cecal ligation and perforation; CLP)モデルを用いた実験で、TLR9ノックアウトマウスは腹膜炎から敗血症へと進展し難いことが示された。感染部位に集積する樹状細胞と顆粒球の数が増えるのが、この理由であると考えられる。TLR9阻害作用のあるペプチドをCLP後に投与すると生存率が向上する。グラム陰性菌による敗血症マウスモデルを用いた研究では、TLR2とTLR4を両方とも阻害するとともに抗菌薬を投与すると、抗菌薬投与のみの治療よりも生存率が改善することが明らかになった。TLR1の特異的な遺伝子多型があると、敗血症および敗血症に伴う肺傷害の転帰が不良である。その遺伝子多型があると、細胞表面のTLR1が増え、サイトカイン産生量が増加するためであると考えられている。

Wardらはマウスの敗血症モデルを使い、C5aの受容体の一つであるC5L2が重要な働きを示すことを明らかにし、これがおそらくHMGB1放出の調節を介したものであることを示した。肺炎球菌による敗血症から発症したDICに、肝細胞における主要なレクチン(糖鎖に結合活性を示すタンパク質の総称)であるAshwell受容体が関与しているという意外な結果が発表された。それによると、Ashwell受容体には、肺炎球菌が産生するノイラミニダーゼによって脱シアル化された血小板(脱シアル化された血小板は凝集能が低下する)を除去する働きがある。敗血症マウスモデルでインスリン様成長因子-1(IGF-1)を増やすと生存率が改善する。おそらく、肝臓におけるクッパー細胞による細菌除去能が上昇するためである。共刺激分子であるCD40とCD80/86を欠いたマウスにCLPを行い敗血症を引き起こすと、この分子を欠いていないマウスよりも生存率が高いことが明らかにされた。

敗血症の発症過程の解明に寄与する研究が他にも2編発表された。活性化プロテインCが臨床で使用されるようになり、敗血症において炎症と凝固が関わり合っていることが知らしめられたが、その関わり合いの機序はまだよく分かっていない。今のところ、樹状細胞がその鍵を握っているところまでは明らかにされている。樹状細胞表面のプロテアーゼ活性化受容体1 (PAR-1)を介した信号伝達とその下流のエフェクターであるスフィンゴシンによる調節の結果、炎症がリンパ節に限局化されあたり、DICが発症したりするのである。もう一編の研究では、内皮細胞が敗血症の病因に深く関わっていることを改めて示した。敗血症マウスの内皮細胞において炎症促進に関わる転写因子であるNF-κBが選択的に阻害されると、臓器不全およびDICの発生率と死亡率が有意に低下することが明らかになった。内皮細胞におけるNF-κB阻害が起因菌の除去には無効であることを踏まえると、このことは目覚ましい知見であると言える。

感染予防
重症疾患に罹患したり死亡したりする危険性の高い患者には、毎年インフルエンザワクチンの接種を受けることが推奨されている。複数の観測研究によると高齢患者にインフルエンザワクチンを接種すると死亡率が最大50%低下する。しかし、この結果には、「健康人バイアス」による交絡が影響を与えている可能性がある。実際、カナダで行われたコホート研究ではワクチン接種群の身体機能および社会経済的状況が対照群より優れていたことが、死亡率が低いことの原因であると考えられた。スタチンの感染リスク低減効果についての研究が引き続き進行している。デンマークの大規模研究では、スタチン使用に関する傾向スコアなどの要素についての調整を行ったところ、スタチン使用群では肺炎で入院した場合の死亡率が低下することが明らかになった。同様の結果が、高齢外傷患者においても確認されている。スタチンの感染予防効果を確認するために残された唯一の課題は、前向き臨床研究である。

人工呼吸器関連肺炎(VAP)
低酸素症のない患者の人工呼吸時にPEEPを高めに設定しておくとVAP発生率や、VAPが疑われる症例が減る。気管内採痰はVAP治療の方向性を決めるのには役に立たない可能性があるという報告があるが、単一ICUで行われた遡及的研究では、直近の気管内採痰の結果を考慮してVAP治療を開始すると、ATSガイドラインに沿った予測的治療を行う場合よりも、初段階における抗菌薬の選択が適切であることが多いことが明らかにされた。重症患者を対象とした2編の研究で、耐性菌定着の監視を行っていると、感染が起こった場合に起因菌推定に役立つとともに、予測的治療を行う際に適切な抗菌薬を選択できる可能性が高くなることが示された。一方で、VAP疑い症例における予測的抗菌薬投与および培養検体採取法についての大規模無作為化比較対照試験の事後解析では、VAPが疑われる以前の培養結果と、疑われた時点で採取された検体の培養結果はあまり一致しないことが明らかにされている。そのため、VAPの疑いが生ずる前の培養結果に基づいて、予測的に使用する抗菌薬のスペクトラムを狭めるべきではないであろう。また、この研究についての別の事後解析では、VAP可能性についての臨床的判断と治療経過や臨床的転帰とは相関しないことが明らかにされた。VAP疑い症例に対する予測的抗菌薬投与についての大規模臨床試験および良質なメタ分析の結果、単剤投与は二剤併用に劣ることはなく、予測的抗菌薬投与の決定版と言えるようなものはないということが分かった。

VAPの原因として多いものに緑膿菌感染がある。緑膿菌によるVAPは死亡率が高いが、その機序はよく分かっていない。Ⅲ型毒素分泌系(TTSS)を持つ緑膿菌を根絶できないことが仮説として考えられている。VAP患者で緑膿菌の根絶が滞るのは、TTSS(+)株が好中球のアポトーシスを促進するためであることを示唆する研究が報告され、この仮説の一つの裏付けとなった。この研究では、TTSSを持つ緑膿菌感染をしっかり治療するには、短期間の抗菌薬投与は適切ではないという見解が示されている。

カンジダ感染の危険因子はよく知られているが、重症患者の各種検体培養でカンジダが検出された際の対処法は確立されていない。気道分泌物培養についての大規模無作為化試験の事後解析で、カンジダが定着していると院内死亡率が高いことが明らかになったが、その因果関係はよく分かっていない。気道分泌物から検出される病原体である単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は、一般人口と比べ重症患者では分離される頻度が高く、HSV-1が検出される患者はそうでない患者と比べ死亡率が高い。

クラリスロマイシンには細菌に対する作用とは異なる作用がある。患者200名を対象として、クラリスロマイシンの抗菌薬としてではない効能を調べた研究が行われた。その結果、生存患者においてはVAPからの回復と人工呼吸器離脱がクラリスロマイシン投与群では速やかであったが、死亡率の改善には結びつかないことが分かった。

敗血症と炎症
敗血症は死亡率が高く、仮に治っても健康関連QOLを低下させるが、一般の人々にはあまり知られていない。Bernatoらによると、敗血症発生率の高い患者(=黒人)が多い病院において、敗血症に照準を合わせた介入を行い治療プロセスと転帰を改善すれば、重症敗血症による死亡率の人種差を縮めることができる可能性がある。

ICUでの診療における感染関連指標についての研究が数多く発表された。高熱(>39.5℃)があると、臨床的転帰が悪化することが明らかにされた。重症敗血症および敗血症性ショック患者にプロカルシトニン測定を連日行い、その結果を基に抗菌薬治療の内容を決定するプロトコルを実施したところ、抗菌薬投与期間が短縮し、総投与量が減少したという結果が得られた。これに伴う有害事象は認められなかった。Yendeらは、市中肺炎で入院し生存退院する患者は、退院時に臨床的には明らかではない程度の炎症(Il-6とIL-10を測定して判定)が続いている可能性があることを指摘した。退院時にもまだ炎症がある場合は、死亡リスクが高い。

KalilとSunは、敗血症に対する抗血栓薬(活性化プロテインC、AT-Ⅲ、組織因子経路阻害薬)治療の試験すべてについてベイズ解析を行い、活性化プロテインCは重症敗血症に対しては無効である可能性がかなり高いため、有効性を確認するには大規模な検証的治験を行う必要があると報告した。どこでも手に入る抗凝固薬である未分画ヘパリンの敗血症性ショックに対する有効性が、傾向スコアで照合したコホートを用いた遡及的研究で検証され、死亡率が低下するという結果が得られた。現在、臨床試験が行われており、その結果が待望されている(NCT00100308)。

初期段階から適切な抗菌薬を使用し、昇圧薬の使用法に制限を加えつつ十分な末梢循環を早期に確立する治療法についての単独施設における遡及的研究が行われた。この方法を実施すると、敗血症性ショックによる臓器不全の発生率が低下するという結果が得られた。敗血症性ショックにおける昇圧薬の制限使用法と非制限使用法を比較する臨床試験が待たれる。敗血症性ショックにおける顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の効果についての無作為化比較対照試験では、G-CSFを投与しても転帰は改善しないことが明らかになった。

敗血症ヒツジモデルを用いた人為的高二酸化炭素血症についての研究で興味深い結果が得られた。高二酸化炭素血症にはドブタミンに似た血行動態および乳酸アシドーシスに対する効果があることが分かった。血中BNP濃度から、敗血症性ショックによる心筋抑制の有無を知ることができる可能性がある。

重症患者に用いる輸液製剤として、晶質液よりも膠質液の方が優れていることを明示するデータはほとんどない。しかし、SAFE研究のサブグループ解析の結果を踏まえると、敗血症患者には膠質液の方が有用である可能性は否定できないのではなかろうかと考えている臨床医も多い。重症患者についての国際前向きコホート研究のデータによれば、膠質液または高張アルブミン製剤を用いると腎不全リスクが2~6倍に上昇し、アルブミンを使用すると死亡率が上昇する。

抗酸化物質による炎症の治療についても研究が行われている。酸化ストレスの影響を受けていると考えられる患者(心臓手術後、外傷、くも膜下出血の患者)に抗酸化物質(セレン、ビタミンC、ビタミンB1、亜鉛)を静脈内投与したところ、臓器障害や臨床的転帰の改善は認められなかった。この件については大規模研究が進行中である(NCT00133978)。

教訓 スタチンには感染リスク低減効果があります。緑膿菌感染を治療する際には、抗菌薬を短期間で終了するべきではありません。敗血症に未分画ヘパリンを投与すると死亡率が低下するようです。高二酸化炭素血症にはDOBのような作用があります。

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集中治療2008年の話題~呼吸 [critical care]

Update in Critical Care 2008

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2009年5月1日号より

急性肺損傷と人工呼吸

細胞および分子メカニズム
2008年には、肺傷害の病因について数多くのおもしろい発見が報告された。インフルエンザウイルスによる重症急性呼吸器症候群(SARS)に代表される、ウイルスによる肺傷害の発生機序は、toll様受容体4(TLR4)に結合するリン脂質の酸化による炎症反応の惹起であることが明らかにされた。同様に、高濃度酸素に暴露されたマウスに発生する急性肺傷害(ALI)では、TLR3が関与することが示された。

ミオシン軽鎖リン酸化酵素遺伝子の多型性が、外傷後の肺傷害発生に関連していることが分かった。別の研究では、敗血症による肺傷害のマウスモデルを用い、ミオシン軽鎖リン酸化酵素には好中球の肺への集積を調節する機能があることが明らかにされた。

様々なALIマウスモデルを使った実験で、インスリン様成長因子-1受容体、カベオリン-1、RAGE(receptor for advanced glycation end-products; 終末糖化産物受容体)などの分子についても研究が進んだ。ChangらはARDS患者の気管支肺法洗浄液を分析し、ARDSの肺に多く存在するタンパクを同定し、さらに、タンパク同士の相互作用が肺傷害の主な発生原因であるか、または予後を決定する重要な要素であることを突き止めた。

マウスの人工呼吸器関連肺傷害(VILI)モデルを用いた研究で、アデノシン受容体のA2BARは保護的に作用し、サイトカイン前B細胞コロニー刺激因子は有害な働きを及ぼすことが分かった。サーファクタントタンパクに免疫修飾作用があることが示された。Hoetzelらは低濃度一酸化炭素によるVILI予防効果の分子メカニズムをマウスを用いた実験で明らかにした。

診断、画像、生理
B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)濃度では、心原性肺水腫と非心原性肺水腫を判別することはできず、専門家による診断の方が精度が高いことをLevittらが明らかにした。しかし、BNP濃度は鎌状赤血球症による急性胸部症候群およびALIの患者の死亡率と相関することが分かっている。このことは別に意外なことではなく、急性胸部症候群やALIによる肺高血圧や心機能障害の重症度をBNPが反映しているからであろう。

一回換気量と同じく肺外水分量測定でも、実測体重ではなく予測体重に対する量としてあらわす方が、信頼性が高く正確な判断ができるようである。PETにおける18F-FDG(フッ素18で標識したフルオロデオキシグルコース)の瀰漫性取込みが、ALI発症の早期指標となり得る可能性が指摘されている。心原性肺水腫と非心原性肺水腫を判別するのに肺の超音波検査が有用であるという報告があった。

ALI患者のCT画像上の無含気肺から予測される解剖学的シャントの量と静脈血混合の度合いは相関しないことが分かった。ALI患者における死腔量測定が予後予測に有用であることが確認された。ただし、ALI/ARDS患者で測定された死腔量にはシャントの影響が混入している可能性があり、代謝性アシドーシス、心拍出量低下、貧血などがあるとその影響が増大することが指摘されている。ALIにおけるガス交換の精密コンピュータモデルを使った研究では、PaO2:FIO2比はFIO2だけでなく、ヘモグロビン、PaCO2および酸素消費量によっても変動することが示された。

輸血関連急性肺傷害(TRALI)
輸血関連急性肺傷害(TRALI)の研究は引き続き熱心に行われている。妊娠または輸血既往によって同種免疫化が起こった供血者の血漿には抗体が存在する。この抗体を含む供血者血漿が少量でも投与されると、患者の好中球と供血者の抗体が反応しTRALIが発生すると考えられている。したがって、TRALIを予防するには妊娠歴や輸血歴のある者を供血者から除外することが重要である。ALIは幅広い疾患概念であり、複数の病理学的特徴を呈する症候群であることを再確認させられる症例報告が発表された。「急速進行性致死的TRALI」についてのその報告では、瀰漫性の肺胞障害、間質の炎症もしくは肺胞内の顆粒球浸潤が認められなかったとされている。外傷患者対象の無作為化試験で、白血球除去血液製剤を用いてもTRALI発症リスクは低下しないことが分かった。一方、血漿製剤の供血者から女性を除外したところ、TRALI発症リスクが概ね50%低下することが、腹部大動脈瘤破裂症例を対象とした前後比較分析で明らかにされた。他のタイプのALIでもその原因が正しく判断されないのと同様に、TRALIも輸血が原因であると認識されず、他の要因に帰せられることが多い。だが、自動警告システムを導入するとTRALIを正しく輸血によるものと判断できるようになる可能性がある。

呼吸不全の治療
非侵襲的人工呼吸は、エビデンスの上ではその適応がある症例に必ずしも行われているわけではないが、緩和ケアを受けている患者の治療の選択肢として考慮されることは多いという実情が明るみに出た。しかし、緩和ケアの一環として行われる場合は、その治療目標は往々にして明確ではないようである。

集中治療に携わる医師は、肺をなるべく傷害しない人工呼吸の方法に関する臨床試験の結果を受け、人工呼吸のやり方を変えつつある。しかし、大学病院のような施設でさえも6mL/kg(予測体重)の一回換気量を常に適用するには至っていないようである。名だたる大学病院で行われた研究では、肺保護的換気が行われてしかるべき症例でも実施されていないことが少なくないのは、担当医が自信を持ってALIと診断できていないことが原因であり、また、たとえ担当医が肺保護的換気の実施を指示しても、適切に実行されないことがある、という興味深い結果が報告された。肺保護的換気を行われているALI患者では、深い鎮静下にあってもbreath stacking(air trappingとかauto-PEEPと同義)が出現することが珍しくはなく、一回換気量が小さいほどbreath stackingが増えることが、小規模ながらよくデザインされた症例集積研究で明らかにされた。時々10mL/kgのbreath stackingが出現するような低一回換気量による人工呼吸と比較し、8mL/kgの一回換気量がずっと維持されbreath stackingが起こらない人工呼吸や15mL/kgの自発呼吸の方が肺に対する傷害が少ないのかどうかは不明である。一回換気量もプラトー圧も、個別具体的な患者における肺の応力と歪み(ひずみ)の適切な指標とはならないことが明らかにされつつある。そのような新しい知見を踏まえると、前述のどの設定がもっとも肺に対する傷害が少ないのかという問題には一層興趣をそそられる。

ALIや低酸素血症を呈する呼吸不全症例に対して腹臥位を実施した場合の転帰についてのメタ分析が3編発表された。いずれもまったく同じ以下の結論に達した:腹臥位には死亡率を低下させる効果はなく、人工呼吸期間を短縮する効果もないが、重症度の高い症例では長時間の腹臥位が有効である可能性はある。この最後の仮説に関しては、ARDS患者を一日20時間以上腹臥位とし、その転帰を評価する試験が近頃終了した(NCT00159939)。ALIの発生原因の中には、稀ではあるが適切な治療を行えば治癒可能なものがあるので、そのような病因に対しても注意を怠らないようにしなければならない。たとえば、抗アミノアシルtRNA合成酵素抗体と関連する抗合成酵素症候群(antisynthetase syndrome)の呼吸器症状が副腎皮質ステロイド大量投与によって改善しない場合はタクロリムスが有効であるという症例報告がある。骨髄移植後の特発性肺炎症候群に副腎皮質ステロイドとTNF-α受容体アンタゴニストのエタネルセプト(エンブレルⓇ)を使用し効果が得られたとする症例集積の報告がある。ALIの最高の治療は、ALIを予防することであろう。最近行われたコホート研究では、蘇生および抗菌薬投与の遅延、高一回換気量そして輸血が回避可能なALI発生要因として明らかにされた。予測死亡率の低いALI患者に活性化プロテインCを投与すると死腔は減るが、人工呼吸器非使用日数の短縮や死亡率の低下といった効果は得られないことが分かった。低酸素症ではない131名を対象として「予防的」PEEP (5-8cmH2O)とZEEPを比較したところ、死亡率やARDS発生率には有意差を認めなかったが、VAP発生率は予防的PEEP群の方が有意に低いことが分かった。

人工呼吸器離脱と気管切開
ドイツおよびUKで行われた調査の結果、ICUで実施される気管切開術の大半が、術者二名によるベッドサイド気管支鏡ガイド下経皮的気管切開であることが分かった。気管切開後のケアと気管切開実施のタイミングには大きなばらつきがあることが明らかにされた。早期気管切開に関する小規模な臨床試験では、有意な生存率上昇もしくは人工呼吸期間短縮は認められなかった。自発呼吸試験(SBT)の結果が思わしくない患者では、抜管し非侵襲的人工呼吸に移行するのが離脱の一手法となり得ることを示した研究が発表された。しかし、この研究では対照群がIMVの回数を減らしながらの離脱であったという問題がある。一般的にはIMVの回数を減らしながら離脱する方法は好ましくないことが明らかにされているからである。副腎皮質ステロイド投与による成人の喉頭浮腫および再挿管予防に関するメタ分析では、その効果と安全性が確認された。コンピュータ制御による人工呼吸器離脱と、プロトコルまたは医師の判断による人工呼吸器離脱の優劣は依然決していない。最新の比較試験ではコンピュータ制御による離脱は有効でないことが明らかにされたが、さらに洗練されたコンピュータ制御離脱法が登場しつつある。鎮静プロトコルの使用や定期的な鎮静中断が推奨されているが、かならずしもすべての症例に当てはまるわけではないと考えざるを得ないような結果を示した研究が二編発表された。オーストラリアの教育病院で行われた単一施設試験では、鎮静プロトコルを使用しても人工呼吸期間の短縮や鎮静薬使用量の減少にはつながらないという結果が得られた。定期的な鎮静中断と、鎮静プロトコルに従った看護師による管理を比較した研究が行われたが、鎮静の定期中断を行った群の方が死亡率が高いという中間結果が得られたため中止された。

ICU退室後の生活
ICUで低血糖に陥ったALI患者は後に抑鬱症状に悩まされることが多いこと分かっているが、それが臨床的にどのような影響を及ぼすのかは未だ判然としていない。ICUで筋力低下が発生すると転帰不良である。ARDSネットワークのデータの二次解析では、ICUで発生する筋力低下には副腎皮質ステロイドは関与していないことが分かった。人工呼吸器長期依存患者の早期離床と理学療法について、安全性や効果、外科・外傷・脳神経外科術後患者への適応可能性についてのデータが蓄積されるのを待たずして、期待が先行して膨らんでいる。この件についての先発研究の結果は非常に有望ではある。ARDSが軽快し生存した患者の精神科領域の合併症に関する体系的総説によると、「臨床的に有意な」うつ症状の点有病率は17~43%であり(4論文)、PTSDの点有病率は21~35%(4論文)である。鎮静薬の投与量、客観的に判定された鎮静レベルおよびICU退室後の精神疾患罹患率についてのコホート研究が報告された。PTSDの症状が少なかったのは、ICUにおける鎮静レベルが最も浅かった群と最も深かった群の患者であった。同様に、成人のICU退室患者を退室直後に調査した研究では、ICU入室の原因となった重症疾患の初期の段階における健忘の有無が、退室後のPTSD症状発生に関与していることが明らかになった。PTSDの発生に関わっているのは、鎮静法ではなく発症初期の重症度であると考えられた。重症外傷の生存者には、性機能障害が多く認められる。ICU生存退室者の退室から長期間経過した後の不眠には、ICU入室ではなく入室原因疾患の重症度が関与していることが分かった。心停止後に重篤な神経学的後遺症なく生存退院した患者のQOLは、同性同年齢層対照群のQOLと同等であった。小児ICU退室後早期の状態についての研究で、およそ三分の一の患児に妄想的記憶が認められ、オピオイドおよびベンゾジアゼピンの使用期間がその形成に関与していることが分かった。妄想的記憶の存在はPTSD発症のリスクとなることも明らかにされた。(つづく)

教訓 血漿製剤の供血者から女性を除外すると、TRALI発症リスクが低下します。参照:女性供血者のFFPはTRALIの原因
ウイルスによる肺傷害は、toll-lile受容体4(TLR4)に結合するリン脂質の酸化による炎症反応によって引き起こされます。
一回換気量もプラトー圧も、個別具体的な患者における肺の応力と歪み(ひずみ)の適切な指標とはならないようです。参照:ALI/ARDS肺の応力と歪み
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集中治療2008年の話題~注目すべき研究 [critical care]

Update in Critical Care 2008

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2009年5月1日号より

2008年には、今まで信憑されてきた考え方を覆すような研究が数多く発表された。過去の報告と異なる以下のような研究結果が示された:内頸静脈は他の中心静脈カテーテル留置部位と比べ感染リスクが低いわけではない、敗血症患者にインスリン強化療法を実施しても死亡率は低下しない、膠質液(10%ペンタスターチ)を敗血症患者に投与すると転帰が悪化する、少量バソプレシン投与により敗血症性ショック患者のノルエピネフリン投与量を減らすことができるが転帰は改善しない、発熱が続く重症患者にフルコナゾールを予防投与しても転帰は改善しない、敗血症性ショック患者にハイドロコルチゾンを投与すると血行動態は改善するが死亡率は低下しない、外傷患者の初期輸液に高張食塩水を投与しても無ARDS(ARDS-free)生存率は向上しない、小児脳損傷症例に低体温療法を行っても神経学的転帰の改善は認められない、強化腎代替療法を実施しても急性腎障害(AKI)を呈する重症患者の転帰は改善しない、ICUで栄養管理ガイドラインを導入すると経腸栄養の実施がおよそ一日早まるが転帰は改善しない。肺保護人工呼吸を実施されている患者を対象に高いPEEPをかけた場合の転帰を検証した研究が二編発表された。この二つの研究では死亡率の低下を見いだすことはできなかったが、高いPEEPの安全性が確認され、高PEEP支持者を鼓舞するような効果も示された。

新しい発想をテーマにした研究がいくつか行われ、有望な結果が得られている。銀被覆気管チューブを用いると人工呼吸関連肺炎(VAP)発生率がおよそ三分の一に減ることが1500名の患者を対象とした試験で明らかにされたが、人工呼吸期間、ICU滞在期間および死亡率の改善は認められなかった。米軍によるイラク侵攻後、膨大な数のイラク市民が死傷した。この戦闘における数多くの重症外傷患者に対し、血漿製剤と赤血球製剤を1:1の比率で投与する大量輸血による蘇生が盛んに行われた。この大量輸血法は一般にも広がりはじめている。しかし1:1輸血の効果に関する観測研究の結果は一定せず、血漿製剤および血小板製剤による輸血関連急性肺傷害(TRALI)も懸念されるため、適切なデザインの臨床試験を実施しその効果を検証する必要がある。大量輸血を要する一般の外傷患者466名に対し、赤血球輸血量に対する血漿製剤および血小板製剤輸血量の比率を高くした輸血療法を行ったところ、転帰が改善したという結果が得られている。重症患者でサイトメガロウイルス感染が再燃すると、転帰が不良であることが分かった。食道内圧を指標にしてPEEPを設定すると酸素化が改善することが示された。以上の観測研究で対象となった治療法の有効性はまだ確立されているわけではないが、いずれは検証されるであろう。大規模コホート研究で、集中治療専門医が関わると死亡率が上昇するという結果が示されたが、この研究で集中治療専門医が治療にあたった患者の大部分は、集中治療専門医によって管理されているのではないICUに収容されていた。観測結果が得られた機序については不明である。

古くからあるアイデアを組み合わせた研究で、目覚ましい成果が得られている。鎮静薬の一日一回中断と、自発呼吸試験(SBT)を組み合わせたプロトコルを実施したところ、人工呼吸期間が短縮するだけでなく、長期死亡率が低下するという結果が得られた。ただし、死亡率が低下する機序は今のところ不明である。重症敗血症患者にSurviving Sepsis Campaignで提唱されている管理を実施し、その効果を評価する多施設研究がスペインで行われた。その結果、23名に本法を行うと、行わない場合よりも救命できる患者が1名増えることが分かった。(つづく)

教訓 大量出血にはRCC:FFPを1:1で投与するといいようです。

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集中治療2008年の話題~世界の集中治療事情 [critical care]

Update in Critical Care 2008

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2009年5月1日号より

現下の世界的な金融危機の影響は、確実に重症患者にも及ぶであろう。米国の医療費は世界一の規模である。GDPに占める割合は16%と第一位、総額は実に2兆米ドルを超えている。集中治療にかかる費用は莫大で、北米GDPの1%以上を占めている。アメリカ大統領選挙では、膨大な医療費とともに、人々が受ける医療に格差があることが取り沙汰された。西欧諸国では、医療分配の不均衡には社会経済的不平等が強い関わりを持っていることが明らかにされている。北米でも同じ状況であることには、疑いを差し挟む余地がない。オバマ・バイデン両氏による医療改革計画では、全ての米国民が妥当な保険料負担で医療保険を得られるようにすることが目標に掲げられている。具体策の一つとしては、現在無保険の人々が医療保険でカバーされるようにする仕組みである、National Health Insurance Exchangeの設立が提案されている。しかし、現在の米国および世界の金融危機が、このような政策の実現に与える影響は計り知れない。今後数年間にわたり米連邦政府および州政府による財政援助が減少し、寄付や寄贈は縮小し、病院や各部門の予算も削減されると見込まれる。しかし、米国のGDPは世界全体の総生産量の約三分の一を占めているため、世界でもっとも潤沢な富を保有していると言えるわけであり、それをもってすればこの危難を凌ぐことができよう。

発展途上国は米国とは比べものにならないような脅威にさらされている。世界中の富める国々は、国内経済の立て直しに力を入れているため、海外援助の縮小や債務取り消しの撤回などの事態が懸念される。財政状況が現在より良好であったときでも、医療支援を目的とした米国からの援助資金の最善の分配対象として、集中治療領域は適当ではないのではないかという議論がある。先進国では「集中治療(critical care)」が明確に標準化されておらず、集中治療の適切な提供に関する基準も示されていない。例えば、ICU病床の数は、人口10万に対し3床(UK)から24床(ドイツ)と広い範囲に分布している。発展途上国では、集中治療の存在価値について激しい議論が繰り広げられている。そこでは、重症患者や手術を必要とする患者に対する医療を整備するよりも、貧困の解決や基本的な保健サービスの充実などを優先させるべきであるという意見が主張されている。65歳未満の米国民のうち三分の一が、任意の年のいずれかの期間において無保険の状態におかれている。この問題は永久に解決されない国家的問題であろう。しかし、大半の後発発展途上国では、任意の年のいずれの期間においても、国民の誰一人として健康保険を提供されている者はいない。現在の金融危機は、先進国の集中治療に何らかの影響を及ぼすであろうが、発展途上国では、より甚大な波及効果が迫るものと考えられ、重症疾患の蔓延(特にHIV、結核、マラリア、下痢症、麻疹および低栄養による感染性疾患および敗血症の重症例)および重症患者に対する集中治療の提供不能といった問題が起こる可能性がある。

以上のように克服しがたい問題が山積している状況ではあるが、発展途上地域でも急性期医療は提供されている。ここでの問題は、実情に即した医学知識の応用である。ザンビア(人口1170万人)の病院を対象とした調査では、68病院中、ICUが設置されているのは5病院で、ICU病床総数はわずか29床であることが分かった。タンザニアで外傷患者管理の訓練プログラムを実施し、その効果を検証した研究では、プログラム実施による知識の向上が認められた。(つづく)

教訓 米国のGDPは世界全体の総生産量の約三分の一を占めている→世界でもっとも潤沢な富を保有している→だから現在進行中の経済危機を凌ぐことができる のだそうです。少し理路に無理がある気がします。エマニュエル・トッドによると、米国の欠点は「無知」だそうです。
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清志さん [misc]

忌野清志郎が亡くなりました。RCサクセション、HIS、TIMERS、ソロ、どれをとっても大好きで、特に学生時代はよく聴いていました。英語の曲を日本語でカバーして、こんなにかっこよく歌える人はいません。歌唱力もさることながら、清志さんの訳詞が素晴らしいので、日本人の私にはオリジナルよりずっといい曲に聞こえます。私もこんなふうに翻訳をしたいと思っています。

ジョン・レノンのImagineを清志さんが歌っている動画を見つけました。最後に「愛と平和!」と叫んでいます。しびれます。




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重症患者における抗菌薬の薬物動態④ [critical care]

Pharmacokinetic issues for antibiotics in the critically ill patient

Critical Care Medicine 2009年3月号より

リネゾリド
リネゾリドはオキサゾリジノン系という新しい系統に属する抗菌薬である。リネゾリドは水溶性が高いのだが、組織移行性は良好であり、腎排泄されるのに先立ち肝臓で大部分が代謝される。今のところ、リネゾリドは肝機能もしくは腎機能障害があっても投与量を調節する必要はないとされている。薬力学的には、T>MICを40%から80%に維持すると十分な効果が得られる。MICが2-4mg/L未満の細菌をターゲットにする場合、一回600mgを12時間ごとに投与すると、T>MICを40%から80%に維持することができる。重症患者ではリネゾリドの排泄半減期が短縮し、分布容積は増加することが示されているが、いずれの変化も有意なものではない。

集中治療にとって、リネゾリドの副作用とMAO阻害作用のある他の薬剤とリネゾリドとの相互作用は興味を引かれるところである。一回600mgを一日二回28日間投与しても、リネゾリドの安全性と耐容性には問題がないと報告されているが、14日間以上にわたる投与では可逆性の骨髄抑制が発生するというデータも発表されている。したがって、リネゾリドを使用するときは、血算を実施し血液副作用の発生を監視しなければならない。

チゲサイクリン
チゲサイクリンはグリシルサイクリン系抗菌薬である。グリシルサイクリン系抗菌薬は新しい系統の抗菌薬であり、グラム陽性菌に対してもグラム陰性菌に対しても有効である。チゲサイクリンは脂溶性で、迅速に組織に移行する。主に胆汁排泄され、15%のみがそのままの形で尿から排泄される。重症患者において薬物動態が変化することを示すデータはほとんどない。薬力学的には、チゲサイクリンは細菌によっては時間依存性の殺菌能を発揮するが、通常はAUC : MICが効果を決定する。チゲサイクリンは排泄半減期が長いため、PAE (postantibiotic effect)が長時間得られる。

リンコサマイド系抗菌薬
クリンダマイシンおよびリンコマイシンがリンコサマイド系抗菌薬にあたる。脂溶性薬剤で組織移行性が良好で、大部分の体内コンパートメントにおいて濃度が治療域に達する。薬力学的にはT>MICによって効果が決定される。殺菌能を得るには、投与間隔の少なくとも40%~50%の時間において、遊離リンコサマイド濃度が起因菌MICを超えている必要がある。敗血症患者においてはクリンダマイシンの肝クリアランスが低下するという報告がある。リンコサマイド系抗菌薬の重篤な副作用として、抗菌薬関連下痢症がある。

コリスチン
ポリミキシン系抗菌薬(例;コリスチン)が初めて使用されたのは1960年代のことである。以後、腎毒性および神経毒性のため使われなくなった。細菌の多剤耐性化が進む現在、新たな選択肢としてポリミキシン系抗菌薬が使用される機会が増えている。コリスチンは通常は、メタンスルホン酸コリスチンとして投与される。この分子は加水分解されスルホメチル基とコリスチンになる。コリスチンは水溶性であるが、その薬物動態についてはほとんど情報がない。薬力学的には、濃度依存性に殺菌能を発揮する。コリスチンの製剤にはColomycin Injection(1バイアルあたりメタンスルホン酸コリスチン40, 80および160mg, Forest Laboratories, Bexley, UK)とColyMycin Parenteral(1バイアルあたりメタンスルホン酸コリスチン400mg,ERFA, Montreal, Canada)の二種類が市販されている。投与量は体重と腎機能を考慮して決める。重症患者とそれ以外の患者における本剤の比較に関するデータはなく、適切な投与法についての見解も一致していないためコリスチンの投与量を決定するのは容易ではない。

投与量に関する一般的注意点
ICUでは効果的な抗菌薬療法を実施することが肝要であり、重症患者に適した投与法を選択しなければならない。各抗菌薬の投与法についての一般的な推奨事項をTable 4にまとめた。しかし、ICUに入室する原因は様々であり、臓器機能の状態や病態生理学的変化も多様であるため、個別の患者についての適切な投与法を示すことはできない。抗菌薬を処方する際および患者観察・診察の際には、重症患者以外でも一般的に行われている通り、予測されうる副作用や他の薬剤との相互作用などに注意しなければならない。

適切な投与量を守ることによって耐性菌の発生を抑制することができる
世界中で耐性菌の発生が増えている。ICUは耐性菌の温床である。抗菌薬の投与量が少ないと耐性菌が発生しやすくなることが数多くの研究で明らかにされている。薬力学的原則に則り抗菌薬の効果をできる限り引き出すような投与法を選択することが、細菌の耐性獲得を防ぐのに不可欠である。推奨されている投与量の最大量を投与すれば、その目的が最大限かなえられるであろう。

まとめ
投与量調節が必要かどうかを判断する際に参考になるのは、その薬剤が水溶性か脂溶性かということである。水溶性で濃度依存性に殺菌能を発揮する抗菌薬は、重症患者では分布容積が通常より大きくなりCmaxが低下する可能性がある。水溶性で時間依存性に殺菌能を発揮する抗菌薬は、Cminが低下し抗菌薬の効果が弱くなるおそれがある。重症患者では分布容積の増大は珍しくないが、同時にクリアランスが増加したり減少したりすることもあるため、注意が必要である。適切な投与量調節が行われず抗菌薬の投与量が不足すると、耐性菌発生、効果不十分などの問題が起こる可能性がある。腎排泄性の抗菌薬を重症患者に投与する場合は、クレアチニンクリアランスを測定し投与量を調節するのが望ましい。可能であれば薬物治療モニタリング(TDM)を行い、目標血中濃度が得られているかどうかを確認しなければならない。

大部分の抗菌薬の投与量は、重症患者ではない患者を対象とした試験で決定されているため、重症患者に対してはその病態生理学的変化の可能性を考慮し投与量を決めなければならない。抗菌薬の薬力学的特性とともに、重症患者における薬物動態の変化を念頭に置き、投与量を最適化すべきである。そうすれば、各患者によりふさわしい方法で抗菌薬を投与することができる。

教訓
適切な投与量調節が行われず抗菌薬の投与量が不足すると、耐性菌発生、効果不十分などの問題が起こる可能性があります。腎排泄性の抗菌薬を使用する際は、クレアチニンクリアランスを測定し投与量を調節するのが望ましく、TDMを行い目標血中濃度が得られているかどうかを確認しなければなりません。



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