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周術期の禁煙~禁煙指導 [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

周術期の禁煙指導

タバコ煙に慢性的に曝露されていると、色々な臓器に多大な生理学的変化が生ずる。その結果、周術期の侵襲に対する反応も変容し、周術期合併症が増加する。手術を受ける喫煙者は皆、身体が喫煙の影響から脱するいずれかの段階に該当するが、この初期段階の態様はまだ十分には解明されていない。喫煙の影響から脱する過程を理解すれば、禁煙中の喫煙者の治療に役立つであろう。喫煙者にとって手術は、術後もずっと禁煙を続けるための絶好の機会である。手術を禁煙教育のまたとない機会として活用する試みは、まだ始まったばかりである。禁煙指導が禁煙に役立つことを示すエビデンスはたくさんある(大部分が外来で得られたデータ)。禁煙指導を周術期管理に適用、評価、普及するにはさらに研究を重ねなければならないが、本レビューで紹介したエビデンスから、周術期禁煙指導についての原則を少なくとも二つ挙げることができる。

第一に、手術によって強制的に禁煙した場合、術後2-3日におけるニコチン離脱症状は予想に反しほとんどない。それでも、禁煙指導が行われなければ、大半の者が間もなく喫煙を再開する。ニコチン補充療法は、安全かつ有効なタバコ依存症治療法である。喫煙関連疾患をすでに発症している患者においても、ニコチン補充用法は安全で有効である。さらに研究を進める必要があるとは言うものの、現在までに蓄積されたエビデンスからは、ニコチン補充療法は周術期にも安全かつ有効であり、有益な選択肢として考慮すべきであると言える。周術期においては、喫煙を続けるよりも、ニコチン補充療法を行う方が余程ましであることは言を俟たない。

第二に、術前禁煙のタイミングに関しては、禁煙期間が長いほど良い結果が得られると考えられる。特に、肺合併症に関しては、長いほど良い。短期間の術前禁煙が有害であるというエビデンスはない。むしろ、短期間でも禁煙すれば、某かの転帰の改善が得られる。術前に禁煙が成功せず、術後しか禁煙できなかったとしても、何らかの効用はある。したがって、禁煙指導はできる限り早い段階(手術日決定時)で開始すべきであるが、たとえ術前の禁煙が守れなかったとしても、周術期のどの段階でも構わないので禁煙指導を行うべきである。禁煙を継続すれば、長期的な健康の向上に大きく貢献する。この点だけでも、患者が禁煙するのを手助けする努力を払うことの十分な根拠となる。

教訓 手術のため禁煙してもニコチン離脱症状はほとんどありません。禁煙期間が長いほど、転帰は改善しますが、短期間の禁煙でも効果はあります。


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周術期の禁煙~神経② [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

周術期に見られる影響

喫煙者の神経系が麻酔や手術に対して示す反応には、いくつかの要素が影響を及ぼしていると考えられる:(1)長期間の喫煙習慣によって生じた中枢神経系の慢性的変化 (2)術前の喫煙によるコチンまたはその他のタバコ煙成分が引き起こす急性反応の残存 (3)禁煙によるニコチンの離脱症状の影響。以上の要素の周術期における意義の解明は、まだ端緒についたところである。臨床的に重要な問題は次の二点である。:(1)喫煙が麻酔薬や鎮痛薬の必要量にどのような変化をもたらすのか、(2)禁煙中の喫煙者ではニコチン離脱症状が術後の回復にどんな影響を及ぼすのか。

神経系に存在するニコチン性アセチルコリン受容体は、臨床量のイソフルランおよびプロポフォールで阻害される。したがって、ニコチンを摂取すると麻酔必要量が変化する可能性がある。マウスにニコチンを急性投与すると、MACがわずかに低下する。ヒトでも喫煙の有無によってMACが変化するかどうかは分かっていない。

痛みの感じ方に対する喫煙の影響は複雑で、実験で得られている知見にはばらつきがある。大多数の研究では、喫煙によって疼痛刺激に対する耐性および閾値が上昇するという結果が得られている。この手の研究の中で最も質の高いものの一つであるPauliらの研究では、12時間の禁煙を実施した男性では、疼痛閾値の変化は認められなかった。しかし、禁煙中に喫煙すると疼痛閾値が低下するという結果が得られている。Jamnerらは、喫煙者、非喫煙者を問わず、ニコチンパッチを用いると男性では疼痛閾値が上昇するが、女性では変化がないことを報告している。

喫煙は、腰痛や筋骨格系の痛みなど、様々な疼痛の危険因子である。CABG、口腔外科手術、骨盤手術後のオピオイド必要量が、喫煙者では非喫煙者より多いことが分かっている。一般外科手術を受ける喫煙者では、術前および術後の疼痛スコアが高いという結果が得られている。だが、術前と術後の疼痛強度の差は、非喫煙者と遜色なかった。ただし、これは疼痛を二次エンドポイントとした研究の結果である。手術終了時にニコチンを点鼻投与すると、非喫煙者の術後疼痛スコアと鎮痛薬必要量を有意に減らすことができる。したがって、喫煙習慣の有無およびニコチンは、明らかに術後疼痛に影響をおよぼしているものと考えられる。しかし、臨床的な関連性を明確にするには、さらにデータを収集する必要がある。

喫煙者の多くは、煙草をストレス解消策と見なしている。大変の研究では、喫煙によるストレス指標の改善が認められているが、単に、吸わないとニコチン離脱症状が出てくるため、それを防ぐために喫煙していることを示しているに過ぎないとも言える。とは言うものの、禁煙は、手術そのものによるストレスを増大させる可能性もある。Warnerらが行った、一般外科手術を受ける患者を対象とした前向き観測研究では、喫煙者の方が普段のストレスが大きかったが、周術期におけるストレス強度の変化は、非喫煙者と類似していた。ニコチン離脱スコアからは、術前のニコチン依存が強い患者を含め喫煙者は必ずしも、術直後にニコチン離脱症状を呈するわけではないということが分かった。この結果と呼応するように、続いて行われた予定手術を受ける喫煙者を対象とした無作為化試験でも、ニコチンパッチを用いてもストレスやニコチン離脱症状には偽薬パッチを上回る効果はないことが示されている。ただし、ニコチンパッチを使用すると、術後の喫煙行動にはある程度の効果をもたらす。以上の研究結果は、先行する諸研究とも平仄が合う。軍事訓練や収監のように、強制的に禁煙せざるを得ない状況で強いストレスに曝されると、ニコチン離脱症状が少ないという結果が得られている。術後には、禁煙していてもニコチン離脱症状がわずかにしか見られないということは、喫煙者にとって手術は、煙草と生涯縁を切るための素晴らしい機会であることを示唆している。

教訓 喫煙によって疼痛刺激に対する耐性および閾値が上昇します。ニコチンパッチを用いると男性では疼痛閾値が上昇し、女性では変化がありません。刑務所に入ったり、軍隊に入ったりして強制的に禁煙せざるを得ない状況で強いストレスに曝されると、ニコチン離脱症状が少ないという結果が得られています。

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周術期の禁煙~神経① [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

作用と回復の機序

煙草を吸うと、ニコチンが中枢神経系に急速に分布する。ニコチンはニコチン性アセチルコリン受容体を活性化する。この受容体は、中枢神経系にも末梢神経系にも遍在しているが、神経系全体における作用については完全には解明されていない。中枢神経系における主な作用は、神経伝達物質放出の調節であるようだ。ニコチン性アセチルコリン受容体は、様々な神経伝達物質系に作用するので、ニコチンが中枢神経機能に与える総合的な働きは複雑である。ニコチン(およびその他の依存性薬物)が精神活動に及ぼす影響は、部分的には腹側被蓋野のドパミン作動性ニューロンの活性化を介して発現される。もちろん、他の経路も関与していることは言うまでもない。

ニコチンに曝露されると、脳内報酬系が刺激され快感情が生まれるが、ニコチン曝露経験のない人の場合はニコチン摂取によって不快な感じになることがある。耐性の形成は、ニコチンの特徴的作用の一つである。持続的にニコチンに曝露されていると、急速な脱感作が生ずることがあり、それによって耐性が形成される。この現象は、複数のニコチン受容体サブタイプの持つ特性である。ニコチンに長期間曝露されていると、中枢神経系機能の可逆性変化が生ずることがある。以上のような変化の結果、動物モデルにおいてもヒトにおいても、ニコチン摂取の減量または中止により、不快な離脱症状が発生する。離脱症状には、身体症状(消化管症状や食欲増強など)と精神症状(喫煙の渇望、抑鬱、不安、不機嫌、易怒性など)がある。このような症状が現れるのを避けようとすることが、喫煙習慣を続けてしまう重要な動機の一つであろう。離脱症状は、ニコチン摂取中止後数時間以内に現れ、数週間続く。ニコチン依存と離脱の神経生物学は複雑であるが、おそらく複数の神経伝達物質(ドパミン、オピオイドペプチド、グルタミン酸、およびセロトニン)が関与し、様々な離脱症状を引き起こしているものと考えられる。

ニコチン性アセチルコリン受容体は疼痛を修飾するため、喫煙や禁煙が周術期に何らかの影響を及ぼす可能性がある。動物では、ニコチンを全身投与すると中等度の抗侵害刺激作用が得られる。他のニコチン性アセチルコリン受容体作動薬にも強い鎮痛作用があるが、毒性が強すぎるので実用には供さない。末梢神経のニコチン性アセチルコリン受容体が活性化されると疼痛が生ずる。一方、中枢神経系のいろいろな場所にニコチン性アセチルコリン受容体作動薬を投与すると、投与の場所によって、侵害刺激を増強する作用が発現することもあれば、抗侵害刺激作用が発現することもある。

教訓 ニコチン離脱症状には、身体症状(消化管症状や食欲増強など)と精神症状(喫煙の渇望、抑鬱、不安、不機嫌、易怒性など)があります。離脱症状は、ニコチン摂取中止後数時間以内に現れ、数週間続きます。複数の神経伝達物質(ドパミン、オピオイドペプチド、グルタミン酸、およびセロトニン)が関与しているようです。
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周術期の禁煙~創傷・骨の治癒② [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

禁煙が創傷治癒・骨治癒リスクに及ぼす影響

周術期の禁煙によって創傷関連合併症が減ることが、最近のエビデンスで明らかにされている。Mollerらは、THRまたはTKRを予定された喫煙者を、対照群と介入群に無作為に割り当て評価した。介入群の患者には、カウンセリングを行い、手術の6-8週間前からニコチン補充療法を実施した。介入群の64%が禁煙に成功し(対照群で禁煙したのは8%にとどまった)、23%が喫煙本数を減らした。介入群の創傷関連合併症相対リスクは、大幅に低下し(83%減)。Sorensenらは、鋏切生検を受ける健康被験者を対象に、生検2週間後まで創感染の発生について観測した。対象者は、生涯一度も喫煙したことがない、現在も喫煙中、および禁煙中のいずれかに該当した。喫煙者では創感染率は12%であったが、非喫煙者では2%であった。4週間以内の禁煙(この研究における禁煙期間では最短)でも、創感染率は生涯一度も禁煙したことがない場合と同等であった。同グループが行った別の研究では、結腸直腸手術を予定された患者が、対照群と介入群に無作為に割り当てられた。介入群では、手術の約2週間前から禁煙指導を行った。対照群には何もしなかった。この二群の比較では、術後の創傷関連合併症発生率に差は認められなかった。この結果は、一筋縄では解釈することができない。その理由は以下の3点である:(1)対象患者数が少ない(各群30人ほど) (2)術前に禁煙を実施したと自己申告した患者の割合にはっきりした差がなかった (3)対照群の患者の多くが術後に減煙していた。Kuriらが頭頚部手術を受けた患者について行った観測研究では、長期間の禁煙によって創傷関連合併症発生率が低下することが分かった。対象患者数が少ないので、短期間の禁煙でも同様に有効であるのかどうかは、この研究で明らかにすることはできなかった。結局のところ、創傷関連合併症発生率を低下させるのに必要な術前禁煙期間は、はっきりしないのが現状である。ニコチンや一酸化炭素などのタバコ煙成分による急性薬理作用がリスク増大に関わっている比重が大きいほど、禁煙による効果が現れるまでの期間が短いはずである。しかし、免疫機能とか内皮機能の関与によって創傷関連合併症発生率が上昇しているのであれば、十分な効果を得るには長期間の禁煙を要する。言うまでもなく、術後も喫煙習慣を続けていれば創傷関連合併症のリスクを増やすことになる。

禁煙が骨治癒におよぼす影響については、情報が極めて少ない。脊椎固定術動物モデルを用いた実験では、手術の一週間前からニコチン投与を中止したところ、中止しない場合よりも骨癒合不全発生率が低下した。脊椎固定術を受けた患者を対象とした遡及的観測研究を行ったGlassmanらは、生涯一度も喫煙したことがない患者と比べ、術後までずっと喫煙し続けた患者では骨癒合不全率が二倍であると報告している。術後に禁煙した患者の骨癒合不全率は、生涯一度も喫煙したことがない患者の骨癒合不全率に近かった。術前禁煙を単変量として扱うと(つまり、術後の喫煙の有無を問わないと)、骨癒合不全率と術前禁煙には相関は認められなかったが、術前に禁煙した患者は、術後も禁煙を続ける傾向が強かった。脊椎固定術後の骨癒合には何週間もかかるので、術前禁煙よりも術後禁煙の方が転帰を大きく左右するのであろう。

ニコチン補充療法による創傷治癒リスク

周術期にニコチン補充療法を実施するとそれ自体が、創傷関連合併症のリスクを増大させるのではないかという懸念が示されている。前節で述べたとおり、ニコチンが創傷関連合併症の病因であるのかどうかは不明である。前節で紹介した動物実験で用いられている量のニコチンを投与したときの血漿ニコチン濃度は、ニコチン補充療法で得られる血漿ニコチン濃度よりはるかに高い。したがって、動物実験の結果は、ニコチン補充療法の臨床的な影響をうかがい知るのに役立つ情報とは言えない。ヒトを対象とした実験についての報告が二編あり、そちらは参考になる。Fulcherらは、標準化寒冷負荷試験を行い微小血管の反応を調べた。対象は慢性喫煙者で、禁煙前、ニコチンパッチ併用による禁煙2日後および7日後に測定を行った。ニコチン補充療法併用の禁煙後の測定では、微小血管の反応は禁煙前より改善していて、それどころか、対照群(非喫煙者)と同等の結果が得られた。この結果から、ニコチン以外のタバコ煙成分が喫煙による微小血管機能の変化の原因であるか、もしくは、ニコチン補充療法で体内に取り込まれるニコチン量では微小血管機能が変化しないと考えられる。Sorensenらの研究(既述)では、禁煙によって健康被験者の創感染が減ることを明らかにされている。と同時に、ニコチンパッチを用いたニコチン補充療法によって禁煙を行った群と、ニコチン補充療法を行わずに禁煙を行った群とを比較し、創感染率に差がないことも報告している。したがって、現在手に入るだけの限られた情報によれば、ニコチン補充療法を行っても創傷関連合併症は増加しないと言える。ただし、さらにエビデンスを積み重ねる必要がある。喫煙者にとっては、ニコチン補充療法なしには術後も禁煙を続けることは非常に困難である。したがって、ニコチン補充療法は、禁煙を容易にするという点で、高濃度ニコチンやその他のタバコ煙成分に曝露される機会を減らすのに確かに役立つ。

教訓 長期間の禁煙によって創傷関連合併症発生率が低下します。しかし、創傷関連合併症発生率を低下させるのに必要な術前禁煙期間は、はっきりしません。ニコチン補充療法を行っても創傷関連合併症は増加しません。
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周術期の禁煙~創傷・骨の治癒① [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

周術期創傷治癒リスクと傷害の機序

喫煙者では創離解や創感染などの創関連周術期合併症が発生しやすい、と臨床医は感じている。大半の研究でも、そのことを裏付ける結果が得られている。創関連周術期合併症のリスクが最も大きいのは、美容形成手術(しわ取り)のように、皮切が大きい手術である。動物モデルを用いた実験では、喫煙によって創関連合併症は増えることが明らかにされている。ただし、興味深いことに、血管吻合を要する遊離皮弁の生着率には、喫煙の影響は認められないという結果が得られている。

創傷治癒の障害には複数の機序が関与していると考えられているが、その中でも創傷治癒の重要な決定要素である組織酸素化を妨げる因子に特に注目が集まっている。ニコチンや一酸化炭素などのタバコ煙含有物質は、末梢血管を収縮させたり、ヘモグロビンの酸素運搬能を低下させたりして、組織の酸素化を妨げる。慢性ニコチン曝露動物モデルを用いた研究では、皮弁の生着が障害されることが分かった。ただ、この研究における血漿ニコチン濃度は喫煙者の濃度より高く、また、ニコチン補充療法注の患者の血漿ニコチン濃度より遙かに高かった。創傷治癒遅延は、少なくとも2週間ニコチンに曝露された場合にはじめて現出する。つまり、ニコチンによる急性血管収縮によって創傷治癒が障害されるわけではないことが伺われる。喫煙関連創合併症には、他にもいくつかの原因が関わっていると考えられる。タバコ煙含有物質は、線維芽細胞や免疫細胞などの、創傷治癒において重要な働きを発揮する細胞の機能に直接的に影響を及ぼすようである。これらの細胞の多くには、ニコチン性アセチルコリン受容体が発現しているので、ニコチンが直接的に作用し、細胞反応が阻害され傷害が引き起こされうる。だが、ニコチンの直接傷害作用についての研究では、生体内ではあり得ないような高濃度のニコチンで研究が行われている。最近の研究では、ニコチンを創部局所に塗布すると、血管新生が刺激され創傷治癒が促進される可能性があることが明らかにされている。喫煙による微小血管疾患では、一酸化窒素などの物質が減ることによって血管新生が障害されることが分かっている、一酸化窒素は創傷治癒における重要物質の一つである。ニコチンは、組織傷害に対する炎症反応のうち、神経系が関与する部分に変化を及ぼす。この変化は、末梢および中枢神経メカニズムの両者に対する直接作用と、交感神経系のトーンに対する間接的作用を介して現れる。ニコチンの投与法(例;投与経路、単回大量vs少量持続)や投与量によって、神経原性炎症の指標が増えることもあれば減ることもあるので、ニコチンが炎症反応に及ぼす作用の臨床的な影響ははっきりしていない。

喫煙者では、骨の治癒も創傷治癒と同じく妨げられている。喫煙の有無は、脊椎固定術における癒合不全の危険因子である。術後も喫煙を続けている場合は、特に危険が大きい。喫煙は、骨代謝に大きな影響を与えるとともに、骨粗鬆症の主な危険因子の一つでもある。骨粗鬆症事態も、骨治癒遅延の一因である。創傷治癒の場合と同様に、骨治癒の障害に関わっているタバコ煙含有物質が何なのかは未解明である。だが、ニコチン濃度が比較的高いと、骨代謝の複数の指標に有意な変化が現れることが分かっている。一方、ニコチン単独では骨の成分にはほとんど変化が認められないことを示す動物実験もある。また、脊椎固定術動物モデルを用い比較的高濃度のニコチンの影響を評価した実験では、骨癒合に関する主観的指標は悪化したが、客観的指標については変化は見られなかった。

教訓 タバコ煙含有物質は、線維芽細胞や免疫細胞などの、創傷治癒において重要な働きを発揮する細胞の機能に直接的に影響を及ぼすようです。
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周術期の禁煙~呼吸器② [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

禁煙が周術期肺合併症リスクに及ぼす影響

長期間の禁煙によって周術期肺合併症のリスクが低下することが、観測研究で明らかにされている。リスク低下効果を得るのに必要な禁煙期間をはっきりさせることを目的として行われた研究は数少ない。CABGを受けた患者を対象とした二編の観測研究で、周術期肺合併症(この研究での定義は、標準的治療の域をこえた呼吸療法を必要とする状態)の発生頻度が評価された。その一つである遡及的研究では、手術直前まで喫煙を続けていた群と、手術までに8週間以内の禁煙を実行した群とを比較したところ、周術期肺合併症発生率はそれぞれ48%、56%で有意差は認められなかった。一方、術前8週間以上の禁煙を実行した場合の周術期肺合併症発生率は17%で、非喫煙者(11%)と遜色なかった。続いて行われた前向き試験(n=192)でも同様の結果が得られた。ただし、術前まで喫煙をしていた患者の数と8週間以内の禁煙を実行した患者の数が少なかったので、この二群について統計学的に意味のある比較はできなかった。多変量解析では、禁煙日数が少ないことが、周術期肺合併症の独立した予測因子であることが明らかにされている。この多変量解析に基づいたロジスティックモデルから、禁煙による効果を十二分に得るには、少なくとも12週間前から喫煙を止めなければならないという結果が得られた。また、この研究では、禁煙後最初の一ヶ月間の周術期肺合併症予測発生率が、わずかに上昇するとされているが、この知見は比較的少数の患者を対象として得られたものであり、統計学的に評価ができる代物ではない。胸部手術における周術期肺合併症についての最近の研究では、禁煙期間と周術期肺合併症発生率の相関を明らかにしようと試みたものの、統計学的検出力が小さく、単変量解析によって異なる禁煙期間の患者群を比較することはできなかった。非心臓手術を受ける患者(大多数が男性)を対象とした別の研究では、術前までの喫煙継続が周術期肺合併症の独立した有意な危険因子であることが明らかにされている(オッズ比4.2; 95%CI 1.2-14.8)。一方、禁煙(2週間以上の禁煙)を実行していれば周術期肺合併症発生率の上昇は認められないという結果が得られている(オッズ比1.9; 95%CI 0.5-6.5)。これに反して、単変量解析では、手術前の一ヶ月間に喫煙を続け、かつ、減煙した(平均34%減)場合は、かえって周術期肺合併症のリスクが増大することが分かった。

以上の研究はいずれも観測研究であり、選択バイアスが混入している可能性が高い。喫煙者は一般的に、疾患が重篤であったり、侵襲の大きい検査や手術を受けたりする場合には、自らすすんで禁煙したり、減煙したりする傾向がある。手術予定決定から手術日までには通常数週間から数ヶ月ほどの期間があるので、手術の数週間前から禁煙している患者と、喫煙を継続する患者とのあいだには、その特性に重大な差異がある可能性がある。だが、喫煙の影響から肺が回復するには数週間から数ヶ月かかるのは確実であり、だからこそ、周術期肺合併症のリスク低減効果を十二分に得るのにそれと同等の期間が必要であるという観測結果が得られているのは当然のことである。これを裏付けるように、Kotaniらは、麻酔および手術に対する肺サイトカインや肺胞マクロファージの反応が非喫煙者と同等の状態に回復するには、6ヶ月間の禁煙が必要であることを明らかにした。周術期肺合併症の種類によって、禁煙期間によるリスク低減の様態は異なると考えられる。例えば、喫煙者の麻酔中に見られる刺激性化学物質に対する上気道過敏性の亢進は、わずか二、三日の禁煙で消失する。

さらに研究を重ねる必要があるとは言うものの、現在までに蓄積されたエビデンスによれば、少なくとも最初の二、三ヶ月は禁煙期間が長いほど周術期肺合併症を減らす効果が上がる。禁煙後最初の数週間以内は、周術期肺合併症のリスクが上昇する可能性も示唆されているが、これを裏付ける十分なエビデンスはなく、喫煙者が術前に禁煙を励行しなくてもよいと推奨することはできない。手術まで短時日しかない場合でも、禁煙は必要である。

教訓 術前までの喫煙継続は、周術期肺合併症の独立した有意な危険因子です。禁煙による効果を十二分に得るには、少なくとも12週間前から喫煙を止めなければなりませんが、2週間程度の禁煙でもそこそこの効果は得られるようです。禁煙後最初の数週間以内は、周術期肺合併症のリスクが上昇する可能性も示唆されているものの、これを裏付ける十分なエビデンスはありません。したがって、喫煙者が術前に禁煙を励行しなくてもよいと言うことはできません。手術まで短時日しかない場合でも、禁煙は必要です。



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周術期の禁煙~呼吸器① [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

呼吸器系に対する傷害と回復の機序

喫煙は呼吸器疾患の重大な原因である。喫煙者の約15%にCOPDの症状が認められる。また、喫煙者の50%に気道閉塞を伴わない慢性気管支炎が見られる。明かな症状がなくても、喫煙者の肺には形態や免疫機能の変化が生ずる。喫煙による傷害の機序は複雑である。喫煙者の肺は炎症状態にある。マクロファージや好中球などの炎症細胞の数が増え、機能が変化する。非喫煙者と比べると、喫煙者の肺胞マクロファージの機能は低下している。マクロファージの代謝は低下し、炎症性メディエイタ放出量が減るので、感染が起こっても十分な反応が発現しなくなる。気道上皮の構造と機能も変化するが、喫煙そのものによる影響と、慢性気管支炎などの喫煙が引き起こす疾患による影響とを見分けることは困難である。粘液産生および輸送に対する影響の全貌は分かりにくい。その理由の一つは、粘液産生および輸送をパラメータ化して評価することが困難なことである。一般的に、喫煙によって、杯細胞の過形成やの他の上皮構造の異常が認められるようになり、粘液の量や成分が変化し、粘液線毛クリアランスが低下する。そして、平滑筋の増加や線維化などの気道壁の構造変化が生じる。その結果、喫煙者では非喫煙者と比べ、1秒量の加齢に伴う低下が顕著になる。特に目立ったCOPDが認められない喫煙者であっても、気管支収縮作用のある物質を吸入したときの気道反応性は非喫煙者よりも増している。この変化は、ムスカリン受容体作働薬のメタコリンでは見られるが、ヒスタミンでは見られない。しかし、特段の呼吸器疾患のない健康な喫煙者では、カプサイシンやクエン酸のエアロゾルのような刺激物質を吸っても、非喫煙者と比べ、咳がおこりにくい。したがって、喫煙者は、咳を起こす感覚神経から放出される神経ペプチドの減少や、それ以外の機構によって、刺激物(タバコ煙を含む)の吸入に馴化しているものと考えられる。ヒトと違い動物は、タバコ煙に暴露されると、例外なく咳が起こりやすくなり、気道反応性が増加するという結果が得られている。

慢性的な喫煙習慣のある人が禁煙したときに、肺が喫煙の影響から脱する過程は単純ではない。喫煙関連疾患の重症度(COPDの有無など)によってその過程は異なるが、誰にでも共通して見られる事象もいくつかある。禁煙すると、数週間以内に咳や喘鳴は軽減する。一秒量の低下速度は緩徐になる。無症状の喫煙者が禁煙すると、杯細胞過形成および粘液産生量が減少し、粘液線毛クリアランスが改善する。慢性気管支炎やCOPDをすでに発症している喫煙者であっても、禁煙すれば、少なくとも中枢気道では以上のような改善が得られる。肺胞マクロファージ数に代表される炎症マーカは、禁煙に伴い低下する。しかし、線維化、肺胞の破壊、平滑筋過形成などの炎症性変化は、いつまでも残る。ムスカリン受容体作動薬に対する気道過敏性は、禁煙によって普通は解消する。禁煙による以上のような変化は、喫煙者と長期禁煙者を比較した横断的研究で明らかにされたものなので、少なくとも数ヶ月以上禁煙しなければ得られない効果である。禁煙についての縦断的研究は数少なく、特に禁煙後最初の2、3日とか数週間以内の変化についての情報はほとんど存在しない。禁煙後数週間以内の粘液産生量を定量評価した研究はないが、巷間伝えるところによれば、この時期には粘液産生が増えるとされている。禁煙後数ヶ月後までは風邪症状や咳がおさまらない可能性があると指摘されている。粘液線毛クリアランスの改善には、少なくとも一週間の禁煙が必要である。肺の炎症は禁煙によって改善するとしても、数ヶ月はかかる。

周術期肺合併症リスク

数々の研究で行われた単変量解析では、喫煙習慣の有無は、周術期肺合併症の危険因子であるという一貫した結果が得られている。つまり、他の危険因子が関与していないのであれば、喫煙者の方が非喫煙者よりも周術期肺合併症を発症しやすい。周術期肺合併症とは、呼吸不全、予定外のICU入室、肺炎、麻酔導入中の気道関連有害事象(咳、喉頭痙攣など)、術後呼吸療法や吸入療法が必要となる病態、そして、以上それぞれの複合発生(気管支攣縮+気道分泌物の増加)である。周術期有害転帰の定義が標準化されていないため、各研究で定義が異なり、その解釈には困難が伴う。特に、非常に主観的な転帰が設定されている場合は、他の研究と一緒に総合的に評価するのが難しい。例えば、臨床医が喫煙は周術期合併症のリスクであろうという予断を持っているとすれば、呼吸療法や吸入療法を指示する傾向が強くなる。研究の中には、呼吸療法や吸入療法の実施自体を周術期肺合併症として定義しているものがある。

肺疾患や呼吸機能などの因子も組み入れた多変量解析では、例外もあるが大多数の観測研究で、喫煙習慣は周術期肺合併症の独立した危険因子であるという結果が示されている。喫煙習慣の有無は肺疾患の重症度に影響を与えるので、喫煙そのものによるリスクと、喫煙関連肺疾患によるリスクとを切り離すことは難しい。だが、タバコの副流煙に曝露されている小児では、周術期肺合併症のリスクが高いことが分かっている。このことはつまり、タバコ曝露が比較的軽度であっても、臨床的な影響を及ぼすことを示唆している。

タバコによる周術期肺合併症リスクの増大には、いくつかの機序が関わっている。粘液産生量が増えることだけでも、肺合併症の危険因子になると考えられる。喫煙者の気道は「被刺激性が高い」という臨床的な印象があるが、これを裏付ける研究がある一方で、否定する研究も存在する。刺激性化学物質に対する上気道の反射感度は、喫煙者では亢進している。デスフルランには気道刺激性があり、気道抵抗が上昇し、咳が起きやすくなるが、喫煙者ではこの反応が強く現れる。しかし、気管挿管後に気道抵抗を測定すると、喫煙者と非喫煙者のあいだに差は認められない。ただ、喫煙者に気管支拡張薬を投与しても、十分な反応が見られない。イソフルラン麻酔からの覚醒時における気管挿管患者の咳の強さや頻度は、喫煙の有無には左右されない。麻酔中は、非喫煙者と比べ喫煙者では、感染に対する肺の防御能がより低下する。全身麻酔中の気管支粘液輸送は、喫煙者の方が非喫煙者より緩慢になる。麻酔が長時間に及ぶと、喫煙の有無を問わず、肺に集積するマクロファージが増加し、殺菌能は低下するのだが、この変化は喫煙者においてより顕著に認められる。

教訓 単変量解析の全ておよび多変量解析の大半で、喫煙習慣の有無が周術期肺合併症の危険因子であるという結果が得られています。タバコの副流煙に曝露されている小児では、周術期肺合併症のリスクが高いことが分かっています。
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周術期の禁煙~心血管系 [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

傷害と回復の機序

喫煙が、冠動脈疾患や末梢血管疾患などの心血管系疾患の主な危険因子であることは周知の事実である。喫煙すると、心拍数、血圧および心筋収縮力が上昇するため心筋仕事量が増える。その一因は、交感神経の緊張と循環血液中のカテコラミン増加である。実のところ、冠動脈に異常のない健常者では、喫煙によって冠動脈血流が増えるのだが、喫煙は冠動脈の収縮を引き起こすこともある。このような血行動態の変化は、主にニコチンの作用によって生ずる。一酸化炭素ヘモグロビンは酸素運搬を妨げる。喫煙者の一酸化炭素ヘモグロビンは10%を超えることがある。呼気中の一酸化炭素は、比較的安価な携帯式の機器で簡単に測定することができる。この機器は喫煙習慣の有無を評価するのに役立つ。一酸化炭素はヘモグロビンと結合し酸素運搬を妨げるだけでなく、酸素化ヘモグロビンの酸素解離曲線を左方偏移させるので、ヘモグロビンから酸素が遊離しにくくなってしまう。冠動脈疾患を有する喫煙者の運動誘発性狭心発作や心室性不整脈発生頻度の上昇には、このような喫煙の作用が関与している。一酸化炭素は、ヘムを含む他のタンパク(シトクロムC酸化酵素など)も阻害するので、ミトコンドリア呼吸を障害する可能性がある。シアン化合物などの、タバコ煙に含まれるその他の物質もミトコンドリア呼吸を障害する。喫煙は、心筋酸素受給を調節するこれらの因子に影響を及ぼすだけでなく、動脈硬化を促進する。喫煙は、内皮傷害、オキシダント傷害、血栓症の増悪、血中脂質に対する悪影響などをもたらす。ニコチンに動脈硬化促進作用があるかどうかははっきりしていない。タバコにはニコチンの他にもたくさんの物質が含まれており、それらも一役買っていると考えられるので、ニコチンの動脈硬化への関与はよく分からないのである。例えば、タバコ糖タンパクには炎症促進作用があるので、動脈硬化を増悪させると考えられる。

禁煙すると心血管系リスクが低下する。冠動脈疾患のある喫煙者が喫煙を止めると、全死因死亡率がおよそ三分の二に低下する。この効果が十分発現するのに要する禁煙期間は不明である。リスク低下効果を評価するにはある程度の期間をおかなければならないことを考慮に入れるとしても、少なくとも数ヶ月は必要である。禁煙初期の数日から数週間に、リスクがどのように低下していくのかは不明である。ニコチンや一酸化炭素をはじめとするタバコ煙含有物質の急性作用により虚血のリスクが上昇することや、ニコチンや一酸化炭素ヘモグロビンの半減期は比較的短い(それぞれ約1時間、約4時間。ただし個人差が大きい)ことを踏まえると、禁煙すれば速やかにリスク低下効果が得られるはずである。心血管系機能の総合的指標である最大運動能力や内皮由来血管収縮は、喫煙によってただちに低下する。したがって、短期間(数時間)の禁煙でも、有益であろう。しかし、動脈硬化などの喫煙関連疾患は、禁煙によって改善するとしても長期間を要すると考えられる。

周術期リスク

心疾患があると、周術期の心臓関連主要合併症および死亡リスクが上昇する。喫煙は心疾患のリスクを上昇させるので、周術期心臓リスクも上昇することになる。しかし、喫煙による心疾患発生リスクとは独立して、喫煙自体が周術期心臓関連イベントのリスクを上昇させるのかどうかは分かっていない。ニコチンや一酸化炭素などのタバコ煙含有物質の急性薬理作用によって虚血が招来されるので、比較的短い期間の禁煙であっても有効であると考えられる。このことは、麻酔中の心電図の虚血性変化が、最近の喫煙状況を反映する指標である呼気中の一酸化炭素濃度と相関していることを明らかにした研究によって裏付けられている。しかし、いくつかの例外はあるものの大半の研究では、術前の喫煙状況が、心臓手術もしくは非心臓手術の術中および術後の重大な心臓イベント(心筋梗塞など)の独立した危険因子であることを示すには至っていない。ただし、これらのうち、喫煙習慣について綿密な評価を行った研究はほとんどない。術前の喫煙状況は、心臓リスクの主要指標には含まれていない。術後の喫煙は、心臓関連の転帰に影響を及ぼす可能性がある。術後も禁煙を続けていると、CABG後の長期死亡率が低下することが明らかにされている。

ニコチン補充療法(NRT)の心血管系リスク

ニコチンパッチ製剤やガムを用いるニコチン補充療法は、タバコ依存症の治療に有効である。喫煙が心血管系に及ぼす悪影響の一因はニコチンであるかもしれないので、当初は、心疾患のある患者におけるニコチン補充療法の安全性が疑問視されていた。しかし、現在では数多のエビデンスによって、心疾患患者におけるニコチン補充療法の安全性が証明されている。ニコチン補充療法を行っても、心血管系リスクにつながる多くの因子に対する悪影響がないどころか、むしろ改善する作用があることが実験で明らかにされている。冠動脈バイパスモデルを用いた実験では、ニコチン補充療法を行ってもグラフト開存率には影響しないことが分かっている。喫煙者がニコチン補充療法を実施して禁煙すると、凝固機能の改善が認められ、ニコチン自体はヒトの血小板機能にはほとんど影響を与えないことが分かっている。健康被験者、喫煙者いずれにおいても、ニコチン補充療法は、たとえ喫煙を続けながら実施したとしても、心臓に有害な作用を及ぼさない。複数の臨床試験で、心血管系疾患のある患者においてもニコチン補充療法は安全に施行できることが確認されている。冠動脈疾患のある喫煙者が、ニコチンパッチ製剤によるニコチン補充療法を行った場合、たとえ喫煙を続行していても、心臓関連イベントの発生頻度は上昇しない。むしろ、ニコチン補充療法を行い、禁煙できれば心血管系リスクが低下すると考えられる。ニコチン補充療法中の冠動脈疾患患者(喫煙を継続している者を含む)に運動負荷タリウム心筋シンチを行ったところ、運動負荷による心筋虚血の程度が有意に軽減することが明らかになった。

以上の結果から、冠動脈疾患患者がニコチン補充療法を実施して禁煙することの有益性は、喫煙を続けることの危険性や、ニコチン補充療法自体のリスクを、遙かに上回ると考えられる。理由を以下に挙げる。(1)ニコチン以外のタバコ煙含有物質に心血管系に対する有害作用がある。(2)ニコチン補充療法中の血中ニコチン濃度は、喫煙による最高血中濃度を下回る。 ニコチン補充療法中の患者が喫煙を継続している場合、補充療法の前よりは喫煙本数が減るので、ニコチン総摂取量は補充療法の前と概ね同等である。以上から、タバコ依存症の術前管理にニコチン補充療法が有用である可能性がある。ニコチン補充療法を行うと循環動態に変化が生ずるので、心血管系リスクのある患者にはその点につき事前に説明しなければならない。例えば、術前にニコチンパッチを使用していた喫煙者では、気管挿管の際に心拍数が上昇しやすくなるという報告がある。

教訓 ニコチンや一酸化炭素をはじめとするタバコ煙含有物質の急性作用によって、心筋虚血のリスクが上昇します。ニコチンや一酸化炭素ヘモグロビンの半減期は比較的短い(それぞれ約1時間、約4時間。ただし個人差が大きい)ので、禁煙すれば速やかにリスク低下効果が得られると考えられています。心疾患患者に対しても、ニコチン補充療法は安全です。ニコチン補充療法を行うと、心血管系リスクにつながる多くの因子を改善することが明らかにされています。
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周術期の禁煙~はじめに [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

常習的に喫煙していると、大きな生理学的変化が生じるため、手術や周術期の手技による侵襲に対する反応が非喫煙者とは異なることがあり、周術期合併症の発生リスクが上昇する。医療施設における禁煙政策が導入されたため、喫煙者は全員、少なくとも術前のわずかな期間は禁煙せざるを得ない。つまり、手術を受ける喫煙者は皆、身体が喫煙の影響から脱するいずれかの段階に該当するということである。喫煙の影響から脱する過程を理解すれば、禁煙中の喫煙者の治療に役立つであろう。本レビューでは、短期(数時間から数週間)および長期禁煙が、周術期の転帰に関わる生理や病態生理にどのような影響を与え、そしてこの影響が周術期リスクにいかなる変化をもたらすのか、という件についての最新の知見を検討する。また、ニコチン補充療法が周術期の生理に与える影響についても考察する。

米国では、成人の約23%が喫煙し、毎年数百万人の喫煙者が手術を受けている。喫煙は、さまざまな周術期転帰に影響を与える可能性がある。驚くには当たらない。喫煙は、COPD、動脈硬化症などいろいろな疾患の病態生理に関わるほか、一酸化炭素やニコチンといった成分による薬理作用を介し、大きな生理学的変化を生じせしめる(fig. 1)。慢性的なニコチン曝露は、神経系全体(および他の多くの組織)に存在するニコチン性アセチルコリン受容体の機能を著しく変化させる。医療施設における禁煙政策が実施され、喫煙者は全員、少なくとも術前のわずかな期間は禁煙せざるを得なくなった。長期禁煙による生理学的変化についてはよく知られているが、禁煙開始間もない時期の変化についてはあまりよく分かっていない。麻酔科医は日々、喫煙の影響から脱するいずれかの段階に該当する患者と接している。したがって、禁煙開始後の早期変化について知るのは大切なことである。禁煙によって生ずる生理学的変化は、麻酔管理や周術期転帰に影響を与える可能性がある。術前禁煙の至適期間や、麻酔科医はわずかな期間であっても術前禁煙を勧めるべきかそうではないか、という臨床上重要な問題についての答えは、禁煙による生理学的変化についての知見に基づいて導き出すべきである。

教訓 長期禁煙による生理学的変化についてはよく知られていますが、禁煙開始間もない時期の変化についてはあまりよく分かっていません。
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横紋筋融解症と急性腎傷害~治療と予防② [critical care]

Rhabdomyolysis and Acute Kidney Injury

NEJM 2009年7月2日号より

利尿薬の使用の是非についてはいろいろな意見があるが、その使用を血管内容量が満たされた患者に限るべきであるのは間違いない。マンニトールにはいくつかの利点がある。マンニトールは浸透圧利尿薬で、尿量を増やし、尿細管から腎毒性物質を洗い流す作用がある。マンニトールは浸透圧を上昇させるので、投与すると圧勾配が生じ、損傷した筋肉に貯留した水分を血管内に引き込み、血管内容量の低下を改善する。そして、フリーラジカルスカベンジャーとしての作用も持ち合わせている。マンニトールの作用についてのデータの大部分は、動物実験で得られたものである。今まで得られたデータを総合すると、マンニトールの保護作用は、浸透圧利尿作用によって発揮されるのであり、利尿以外の働きによるものではないようである。マンニトールの効果は、無作為化比較対照試験によって確認されているわけではなく、効果がないことを示す結果が得られている臨床試験もある。また、マンニトールの投与量が多いと(>200g/dayまたは積算投与量>800g)、腎血管収縮および尿細管毒性による急性腎傷害(浸透圧腎症)が発生することも分かっている。しかし、多くの専門家は、横紋筋融解症による急性腎傷害の予防と治療、および損傷筋のコンパートメント圧低下の目的でマンニトールの使用を推奨している。マンニトール投与中は、血漿浸透圧を測定し、浸透圧ギャップ(測定した浸透圧と、計算から予測される浸透圧との差)を十分監視しなければならない。期待されるほどの利尿が得られなかったり、浸透圧ギャップが55mOsm/kgを超えたりしたら、マンニトールの投与を中止する。ループ利尿薬も尿量を増やすので、ミオグロビンが尿細管に詰まるのを防ぐかもしれないが、横紋筋融解症の患者における有効性をはっきりと示した研究はない。したがって、横紋筋融解症による急性腎傷害の症例でループ利尿薬を使用する際は、他の原因による急性腎傷害において推奨されている投与法に従わなければならない。

横紋筋融解症による急性腎傷害に随伴する電解質異常は、迅速に補正しなければならない。高カリウム血症は発症初期から発生するので、時機を逸することなく是正しなければならない(Table 5)。細胞外から細胞内へカリウムを移動させる薬剤(例;高濃度ブドウ糖液や炭酸水素塩)は、一時的にしか効果を発揮しない。体内からカリウムを除去する方法は、利尿薬、カリウム吸着剤の使用または透析だけである。一方、低カルシウム血症も発症早期に認められるが、症状が現れたり、高度の高カリウム値症が併発していたりしない限り、治療の必要はない。高リン血症の治療にカルシウム含有キレート剤を用いる場合は、慎重を期すべきである。カルシウム投与量が多いと、損傷筋肉へのリン酸カルシウム沈着が促進されるからである。

治療抵抗性の高カリウム血症、アシドーシスもしくは血管内容量過多を来すほどに急性腎症が重篤であれば、腎代替療法、主として間欠的血液透析の適応である。血液透析を行うと、電解質異常を急速かつ効率よく是正することができる。ミオグロビンは小分子タンパクなので、通常の血液透析では除去効率はよくない。したがって血液透析の適応は、主に腎機能によって決定される。とはいえ、横紋筋融解症による急性腎傷害の病因はミオグロビンであるため、予防的に体外循環行いミオグロビンを除去する方法が研究対象になっている。血漿交換は、転帰に関しても腎機能に関しても、改善効果がないことが示されている。一方、CVVHまたはCHDFは、超高効率フィルタを用いて限外濾過流量を増やすと、ミオグロビンを除去するある程度の効果が得られるとされているが、症例報告の域にとどまるエビデンスでしかなく、転帰を改善する効果は不明である。さらに、血清ミオグロビンの半減期は、CVVH実施の有無によって大きく異なるという報告もある。無作為化研究が行われていない現状では、予防的血液濾過の実施を推奨することはできない。

小規模症例集積研究、症例報告およびいろいろな実験で、抗酸化物質およびフリーラジカルスカベンジャー(例;ペントキシフィリン、ビタミンE、ビタミンC)がミオグロビン尿による急性腎傷害の予防と治療に有効である可能性が示されているので、実際の症例でも使用することは問題ないであろう。しかし、比較対照研究で効果が評価されているわけではない。(おわり)

教訓 マンニトールの使用は推奨されていますが、利尿が得られなかったり、浸透圧ギャップが大きくなったら投与を中止しなければなりません。予防的な血液濾過の実施は推奨されていません。
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横紋筋融解症と急性腎傷害~治療と予防① [critical care]

Rhabdomyolysis and Acute Kidney Injury

NEJM 2009年7月2日号より

急性腎傷害を合併する横紋筋融解症の患者では、損傷筋肉に水が貯留するため、血管内容量低下の徴候が見られる。したがって、管理の要諦(Table 3)は、早期に積極的な輸液管理を行うことである。横紋筋融解の程度にもよるが、多くの場合、10L/day以上の輸液を要する。地震などの災害で圧迫などにより長時間にわたり損傷を受けたときに発生する挫滅症候群における、適切な輸液量についての無作為化試験は行われていない。しかし、すべてとは言わないまでも大多数の報告では、急性腎傷害を発症した患者では、発症しなかった患者と比べ、治療開始時期が遅いことが明らかにされている(Table 4)。つまり、挫滅症候群の患者では、早期に積極的な輸液管理を行うことが不可欠なのである。

血管内容量の充足が必要なことは明らかであるが、用いるべき輸液製剤の種類については意見が分かれている。尿をアルカリ化することができるという利点を買い、炭酸水素ナトリウム製剤の投与を推奨しているのが、BywatersおよびBeallをはじめとする一派である。一方、これに異を唱え、生食または0.45%食塩水の方がよいとする一派もいる。アルカリ化には、横紋筋融解の動物モデルを用いた実験結果に基づき、三つの利点があると考えられている。第一に、尿が酸性だと、Tamm-Horsfallタンパク-ミオグロビン複合体の塊ができやすい。第二に、アルカリ化によってミオグロビンの酸化還元反応や脂質過酸化が阻害されるので、尿細管傷害を防ぐことができる。第三に、単離灌流腎を用いた実験では酸性の灌流液を用いたときにのみ、メトヘモグロビンによって血管収縮が起こることが明らかにされている。アルカリ化による主な、そしておそらく唯一の欠点は、イオン化カルシウムが低下することである。イオン化カルシウムが減少すると、横紋筋融解発症初期の低カルシウム血症が、一層ひどくなる可能性がある。

単なる血管内容量の補充だけでなく、輸液によってアルカリ化をも図ることのメリットは十分に確立されているわけではない。たいていの比較研究は、標本数が少ない上に、いくつかの治療法を組み合わせて(例;アルカリ化+マンニトール)いるので、単独かつ特定の治療法の有効性を評価することは適わない(Table 4)。ある研究では、炭酸水素塩+マンニトールで治療した患者と、生食のみを投与された患者を比較したところ、腎臓に関連する転帰は同等であるという結果が得られている。しかし、この研究の対象患者の血清CKピーク値は5000U/L未満で、筋損傷の程度は軽度であったと考えられるので、治療効果を見いだすのが難しい研究設定であった。外傷患者を対象とした、もっとも規模の大きい研究では(2083名)、対象患者のうち85%に横紋筋融解症が認められた。対象患者すべてについての解析では、炭酸水素塩+マンニトールを投与しても、腎不全、透析、死亡のいずれをも減らすことはできないという結果が得られた。ただし、CKピーク値が30,000U/Lを超える患者では、炭酸水素塩+マンニトールが有効である可能性が示された。ドキシラミン(抗ヒスタミン薬。日本では販売されていない。)中毒による横紋筋融解症患者28名を対象とし、乳酸リンゲル液群か生食群に無作為に割り当て比較する前向き無作為化試験が行われた。積極的な血管内容量補充を12時間行っても尿のpHが6.5未満のときは、両群とも炭酸水素ナトリウムが投与された。CKピーク値は10,000U/L未満であり、急性腎傷害に陥った患者は皆無であった。生食を大量投与すればそれだけで代謝性アシドーシスを招いてしまう。塩素イオン濃度が比較的高い輸液製剤を投与すると、血清炭酸水素塩が希釈され、高クロール性代謝性アシドーシスが起こり、血清pHが0.3も低下することが分かっている。したがって、横紋筋融解症患者、特に代謝性アシドーシスを随伴している患者では、生食と炭酸水素塩を併用して血管内容量を補充するのは理に適っている(Table 3)。炭酸水素ナトリウムを用いる場合は、尿pH、血清炭酸水素イオン、カルシウム、カリウムを測定しなければならない。治療開始から4~6時間経っても尿のpHが上昇しなかったり、低カルシウム血症の症状が出現したりする場合は、アルカリ化を中止し、生食による輸液を継続する。

Table 3:横紋筋融解症による急性腎傷害の治療と予防

・細胞外液量、中心静脈圧、尿量の評価
・血清CKの測定。その他の筋酵素(ミオグロビン、アルドラーゼ、LDH、ALT、AST)の測定を行っても、診断や治療の役に立つ情報はあまり得られない。
・血漿および尿中のクレアチニン、カリウムおよびナトリウムを測定する。BUN、総カルシウム、イオン化カルシウム、マグネシウム、リン、尿酸およびアルブミンも測定する。酸塩基平衡、CBC、凝固系の評価を行う。
・尿試験紙検査および尿沈渣検査を行う。
・生理的食塩水をおよそ400mL/hr程度(全身状態および重症度に応じて200~1000mL/hr)で投与し、血管内容量の低下を是正する。輸液は速やかに開始し、臨床経過または中心静脈圧を厳重に監視する。
・尿量の目標は約3mL/kg/hr (200mL/hr)である。
・血清カリウム濃度を頻回測定する。
・低カルシウム血症は、症状(例;テタニー、痙攣)が現れるか、重篤な高カリウム血症が生じた場合にのみ補正する。
・横紋筋融解症の原因を検索する。
・尿pHを測定する。尿pHが6.5未満のときは、生理的食塩水を1L投与したら、次は5%ブドウ糖液または0.45%食塩水に重炭酸塩10mmolを加えたものを1L投与する。これを交互に繰り返す。カリウムや乳酸塩を含む輸液製剤の使用は避ける。
・マンニトールの投与を考慮する(一日200gまで。積算量は800gまで)。血漿浸透圧を測定し、浸透圧ギャップを計算する。利尿(>20mL/hr)が得られなければマンニトールの投与は中止する。
・ミオグロビン尿が消失する(尿が赤茶色でなくなるか、尿試験紙検査で潜血が陰性になる)までは、十分な輸液を行う。
・治療抵抗性の高カリウム血症(>6.5mmol/L)で心電図異常が見られたり、血清カリウム濃度が急速に上昇したり、乏尿(<0.5mL/kg/hrが12時間以上続く)、無尿、血管内容量過多、治療抵抗性の代謝性アシドーシス(pH<7.1)が認められる場合は、腎代替療法の実施を考慮する。
☆挫滅症候群(地震、建物の倒壊)では、被害者の救助に先立ち、ただちに積極的な輸液を開始する。

教訓 横紋筋融解症による急性腎傷害の治療では、輸液と尿のアルカリ化がポイントです。

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横紋筋融解症と急性腎傷害~腎の病態 [critical care]

Rhabdomyolysis and Acute Kidney Injury

NEJM 2009年7月2日号より

横紋筋融解症の腎における病像

急性横紋筋融解症の患者に一般的に認められる所見は、色素顆粒円柱、赤茶色の尿上清および血清CKの著増である。血清CKの値がどれほど上昇したら、急性腎傷害発生リスクが高いと判定できるのか、明確な基準はない。CK最高値または血清クレアチニン最高値と急性腎傷害発生頻度とのあいだにはごく弱い相関しかない。入院時CKが15,000~20,000U/L未満であれば、横紋筋融解症による急性腎傷害のリスクは概ね低いと考えてよい。CKが5000U/L程度の低い値であっても急性腎傷害が発生することはあるが、通常は、敗血症、脱水、アシドーシスなどが合併している場合に限られる。例えば、筋ジストロフィー、炎症性ミオパチー(筋炎)などの慢性ミオパチー患者では、他の病態が合併しない限り、横紋筋融解が起こっても急性腎傷害が発生することはまずない。慢性ミオパチー患者では、血漿ミオグロビン濃度が中等度上昇を示すことがあるが、明らかなミオグロビン尿を呈することはない。尿試験紙による検査は潜血陽性で、尿沈渣では赤血球が認められない場合は、ミオグロビン尿が疑われる。尿試験紙で潜血が擬陽性になるのは、試験紙ではミオグロビンとヘモグロビンを区別して検出することができないからである。横紋筋融解症における尿試験紙(潜血)の感度は80%である。診断に当たっては、着色尿をきたす他の原因についても考慮しなければならない(Table 2)。横紋筋融解症による急性腎傷害の原因物質は、まさしくミオグロビンである。しかし、尿または血漿中のミオグロビンの直接測定はほとんど行われない。血清ミオグロビン濃度のピークは、血清CK濃度がピークに達するよりかなり前である。また、血清ミオグロビンの代謝は急速で、しかも予測が困難である。ミオグロビンは、一部は腎で代謝されるが、大部分は腎以外の臓器(おそらく肝臓と脾臓)で代謝される。したがって、血清ミオグロビンは、横紋筋融解症の診断においては感度が低いのである。

横紋筋融解症による急性腎傷害では、他のタイプの急性腎傷害と比べて血漿クレアチニンが急激に上昇することが多い。しかし、この傾向は、横紋筋融解症の患者には、若くて筋肉質の男性が多いことを反映しているに過ぎないと考えられる。同様の理由で、横紋筋融解症の患者では、BUN/クレアチニン比が低いことが多い。横紋筋融解症による急性腎傷害では乏尿が認められる頻度が高く、時として無尿になることもある。

横紋筋融解症による急性腎傷害と、他の原因による急性尿細管壊死とを分かつ特徴的所見は、横紋筋融解症では全例ではないにせよ大多数の症例で、尿中ナトリウム排泄率が低い(<1%)ことである。尿細管壊死ではなく、糸球体に入る前の血管収縮と尿細管閉塞が主病態であるからだと考えられる。尿中ナトリウム排泄率とは、腎で濾過されたナトリウムのうち尿中に排泄されたナトリウムの割合を示す。急性腎傷害患者の尿中ナトリウム排泄率が低い場合は、尿細管機能が比較的よく保たれていることを意味する。虚血または毒性物質による急性尿細管壊死では、尿中ナトリウムが増加し、尿中ナトリウム排泄率も上昇する。

横紋筋融解症による急性腎傷害では、細胞内容物が漏出するため電解質異常が発生することが多い。そして、電解質異常がひどいほど、急性腎傷害は重症である。電解質異常は、急性腎傷害に先立って現れることがあるので、横紋筋融解症の診断がついたら直ちに電解質をしらべるべきである。横紋筋融解に伴う電解質異常は、高カリウム血症(急速に進行することがある)、高リン血症、高尿酸血症、高アニオンギャップ性代謝性アシドーシスおよび高マグネシウム血症(腎不全に陥ったとき)である。リン酸が増えるとカルシウムと結合し、この化合物が軟部組織に沈着することがある。さらに、高リン血症があると、1α-ヒドロキシラーゼが阻害され、カルシトリオール(1, 25-ジヒドロキシビタミンD3;活性型ビタミンD)が生成されなくなる。高カリウム血症は、横紋筋融解症の初期から認められる。外傷性、非外傷性のどちらであれ、致死的な高カリウム血症に至ることもある。横紋筋融解症では一般的に、損傷筋肉から核酸が放出され、高尿酸血症が見られる。尿酸は不溶性なので、増えすぎると尿細管が閉塞することがある。特に尿が酸性だとこの傾向が強くなる。

横紋筋融解症では、多くの場合、低カルシウム血症が認められる。この原因は、虚血に陥ったり損傷されたりした筋細胞へのカルシウム流入や、壊死筋肉が石灰化する過程でリン酸カルシウムとなってカルシウムが消費されることである。腎機能の回復に伴う高カルシウム血症は、横紋筋融解症による急性腎傷害に特有の特徴である。筋肉にたまっていたカルシウムが血中に戻ってきたり、高リン血症が改善したり、カルシトリオールが増えたりして、高カルシウム血症になるのである。

教訓 急性横紋筋融解症の患者に一般的に認められる所見は、色素顆粒円柱、赤茶色の尿上清および血清CKの著増です。尿試験紙による検査は潜血陽性で、尿沈渣では赤血球が認められない場合は、ミオグロビン尿が疑われます。横紋筋融解症では、大多数の症例で、尿中ナトリウム排泄率が低いのが特徴です。

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横紋筋融解症と急性腎傷害~病因 [critical care]

Rhabdomyolysis and Acute Kidney Injury

NEJM 2009年7月2日号より

ミオグロビンによる急性腎傷害の病因

ミオグロビン尿は横紋筋融解が起こったときにしか発生しない。ミオグロビンは暗赤色をした17.8kDaのタンパクで、糸球体で100%濾過され尿細管上皮細胞に取り込まれ(endocytosis)、代謝される。血中ミオグロビンが0.5~1.5mg/dL以上に達すると、腎による処理能力の閾値を超えるので尿中にミオグロビンが出現する。血清ミオグロビン濃度が100mg/dL以上になると、尿が赤茶色(「紅茶色」)であるのが肉眼的にも確認できるようになる。つまり、横紋筋融解が起こったからといって、必ずしもミオグロビン尿が観察されるわけではない。

横紋筋融解によって糸球体濾過率が低下する機序の詳細は、まだはっきりとは分かっていない。実験では、腎内血管の血管収縮、直接的および虚血性尿細管傷害および尿細管閉塞のすべてが関与していることが分かっている(Fig. 2)。ミオグロビン濃度は尿細管の遠位になるほど高くなり、血管内容量が低下したり腎血管が収縮したりすると、ミオグロビンの濃縮が一段と進む。尿が酸性であると、ミオグロビンがTamm-Horsfallタンパクと反応し、尿細管傷害が増悪する。尿細管閉塞はたいていの場合、遠位尿細管で発生するが、ミオグロビンによる直接的な尿細管細胞毒性が発現する舞台は近位尿細管である。

尿が酸性に傾いていなければ、ミオグロビンにはそれほどひどい腎毒性作用はないと考えられている。ミオグロビンはヘムタンパクであり、2価鉄イオンを含有する。ヘムタンパクが酸素分子と結合するには、2価鉄イオンは必須である。しかし、酸素分子は酸化を促進するので、2価鉄イオンは3価鉄イオンになりやすい。すると、水酸化ラジカルが生成される。この一連の作用は、細胞内の抗酸化物質が適切に働くと抑制される。だが、ミオグロビンが細胞から放出されると各種活性酸素が無秩序にあふれ出し、フリーラジカルによって細胞が傷害される。ヘムと、遊離鉄の作用で生成される水酸化ラジカルは、尿細管障害における重要なメディエイタである。デフェロキサミン(鉄キレート剤の一つ)とグルタチオンには、ヘムと水酸化ラジカルの作用から尿細管を保護する働きがある。最近になって、ミオグロビン自体にペルオキシダーゼに似た酵素活性があることが分かった。ペルオキシダーゼがあると、生体分子の酸化、脂質の過酸化およびイソプラスタン(脂肪酸の酸化によって生じるプロスタグランジン様化合物で酸化ストレスマーカとなる)の生成がとめどなく進む。

腎血管収縮は、横紋筋融解による急性腎障害の特徴であり、複数の機序の多彩な組み合わせの結果発生する。第一に、損傷した筋肉内に水分が貯留することによって血管内容量が減少すると、ホメオスタシスが働き、レニン-アンギオテンシン系、バソプレシンおよび交感神経系の活性化が促進される。第二に、腎血流量の減少には、エンドセリン-1、TXA2、TNF-α、F2イソプラスタンなどの血管作動性メディエイタが関与していることが実験で明らかにされている。腎微小循環中にミオグロビンが存在するとNOが減少し、血管拡張作用が低下するのだが、このこともまた、腎血流量低下の一因であることが分かっている。酸化傷害と、内皮機能障害による白血球を介した炎症によって、以上のメディエイタの局所での生成が刺激されるようである。内皮機能障害は、横紋筋融解以外の原因による急性腎傷害でもよく認められる所見である。

教訓 横紋筋融解によって糸球体濾過率が低下する機序の詳細はよく分かっていませんが、腎血管の血管収縮、直接的および虚血性尿細管傷害および尿細管閉塞が関与しているようです。尿が酸性だと、ミオグロビンによる尿細管傷害がひどくなります。尿細管閉塞はたいていの場合、遠位尿細管で発生します。ミオグロビンの毒性が発現する舞台は近位尿細管です。
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横紋筋融解症と急性腎傷害~疫学 [critical care]

Rhabdomyolysis and Acute Kidney Injury

NEJM 2009年7月2日号より

横紋筋融解が起こると、電解質、ミオグロビンおよびその他の骨格筋細胞質タンパク(CK、アルドラーゼ、LDH、AST、ALTなど)といった筋細胞内の物質が循環血液中に漏出する。たくさんの筋肉が壊死に陥ると、四肢の脱力、筋肉痛、腫脹などの症状が現れ、多くの場合、肉眼的着色尿(血尿ではない)が見られる。これらの症候は、外傷性、非外傷性の横紋筋融解症のどちらにも共通して見られる。横紋筋融解症の原因が外傷であれ、それ以外のものであれ、重症であれば急性腎傷害を合併することがある。その結果、腎不全に至れば予後は極めて不良である。一方、それほど重症でない横紋筋融解症や、慢性のまたは間欠的な横紋筋融解(この状態は時に、高CK血症と呼ばれる。)の患者にはあまり目立った症状は見られず、通常は腎不全に進展することはない。本レビューでは、横紋筋融解症による急性腎傷害の病態生理と治療法をまとめた。

横紋筋融解症は通常8種類に分けられる(Table 1)。アルコール、違法薬物、高脂血症治療薬などの筋毒性のある外因性物質が、非外傷性横紋筋融解の主要原因である。反復する横紋筋融解は、筋代謝の異常を示唆する場合がある。

筋肉構造の異常を伴うミオパチーの患者では、激しい運動、麻酔、筋毒性物質の摂取またはウイルス感染を契機に急性横紋筋融解が発生することがある。急性横紋筋融解が疑われる症例では、筋生検を行い組織化学検査、免疫組織化学検査もしくはミトコンドリア機能の検査を行うと、確定診断に至ることができることがある。ただし、筋生検は、横紋筋融解発生後、数週間から数ヶ月経過してから実施しなければならない。というのも、横紋筋融解発生後早い段階で筋生検を行うと、正常所見であったり壊死以外には特段の所見が見られなかったりすることが多く、あまり有用な情報は得られないことが多いからである(Fig. 1)。

横紋筋融解の病因に関与する機序は、骨格筋の直接的傷害(例;外傷)または筋細胞内のATP欠乏による細胞内カルシウムの無秩序な増加である。骨格筋細胞内のカルシウムは、一連のポンプ、チャネルおよびNa-Ca交換機構によって厳密に調節されている。この仕組みが正常に働いていると、安静時には筋細胞内のカルシウム濃度は低く維持されている。筋細胞内カルシウム濃度が上昇するとアクチン-ミオシン結合が起こり、筋肉が収縮する。ATPが減少すると、各種ポンプの機能が障害され、筋細胞内のカルシウム濃度が上がりっぱなしになり、そのため筋肉は収縮したままの状態になってしまう。すると、筋肉はエネルギー欠乏に陥り、カルシウム依存性プロテアーゼおよびフォスフォリパーゼが活性化される。その結果、最終的には筋原繊維、筋骨格および膜タンパクが崩壊し、細胞内容物はリソソームによって消化されてしまう。ここまで来ると、筋原線維の形成するネットワークはばらばらになり、筋細胞は壊れる。外傷による横紋筋融解では、受傷後に虚血再潅流傷害が発生したり、損傷した筋肉に好中球や浸潤して炎症が起こったりすると、事態が悪化する。

ミオグロビン尿による急性腎傷害の疫学
外傷性、非外傷性を問わず、横紋筋融解症による最も深刻な合併症は、ミオグロビン尿に起因する急性腎傷害であり、生命に危機を及ぼすこともある。横紋筋融解症の合併症として急性腎傷害が発生することは珍しくはなく、米国における急性腎傷害の約7~10%を占めるとされている。横紋筋融解症による急性腎傷害は、定義が定まっていないことや、臨床経過にばらつきがあることから、正確な発生頻度を知ることは困難である。報告によれば、横紋筋融解症のうち13%から約50%に急性腎傷害が発生する。横紋筋融解症による入院患者475名を対象としたMelliらの研究では、急性腎傷害の発生頻度は46%であったことが示されている。横紋筋融解症が発生すれば、その原因が何であれ急性腎傷害が発生する可能性があるが、この研究では、筋疾患患者と比べ、違法薬物使用者、アルコール乱用者、外傷患者の方が急性腎傷害を合併する頻度が高いことが明らかにされた。そして、横紋筋融解症の発生要因が二つ以上ある患者では、急性腎傷害合併率が特に高かった。

腎不全を合併しなければ、横紋筋融解症の転帰は一般的に良好である。だが、死亡率に関するデータにはばらつきが大きい。対象患者や研究実施施設の特性、基礎疾患の数や重症度などによって、死亡率はかなり左右される。血管病変があり、四肢の虚血により横紋筋融解症に至った症例の割合が多い研究では、全体の死亡率は32%であった。一方、違法薬物またはアルコール乱用を原因とする横紋筋融解症の症例が最多であったMelliらの研究では、急性腎傷害を合併した患者であっても死亡率は3.4%にとどまった。横紋筋融解症でICUに入室した症例では、急性腎傷害合併例では死亡率は59%、非合併例では22%であるという結果が報告されている。急性腎傷害を合併した横紋筋融解症患者の長期生存率は80%弱であり、大多数の患者では腎機能は回復することが分かっている。

教訓 横紋筋融解症のうち13%から約50%に急性腎傷害が発生します。横紋筋融解症でICUに入室した症例では、急性腎傷害合併例では死亡率は59%、非合併例では22%です。

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重症外傷後の敗血症をプロカルシトニンで予測~考察 [critical care]

Procalcitonin as a prognostic and diagnostic tool for septic complications after major trauma

Critical Care Medicine 2009年6月号より

考察

重症患者管理において、感染によるSIRSと感染以外の原因によるSIRSを見極めることは基本中の基本である。感染の発生を早期に察知し直ちに適切な治療を行うことが、重症患者の死亡率低下に寄与することは、周知の事実である。今回行った前向き研究では、外傷でICUに入室した患者の早期および晩期発症敗血症の診断にPCTが有用であることが明らかになった。

重症患者では敗血症の診断が困難である。敗血症の徴候があらわれても、外傷自体による強い炎症反応によって隠蔽されて判別しづらいのである。それなのに、外傷患者では敗血症が合併症として発生する頻度が高い。敗血症が起こったとき、白血球数、発熱、循環不全の徴候などの臨床徴候による昔ながらの評価では、SIRSとの鑑別は往々にして容易なことではない。外傷患者の管理においては、多くの場合、生理学的変化を監視するのが常套手段ではあるが、変化が起こるのを待っているうちに、培養結果がなかなか出ないことと相俟って、早期に強力な抗菌薬投与を行う時期を逸してしまう。

PCTは、感染性合併症の診断と予測に用いられてきた。しかし、これまでの報告は、単回測定によるある一時点における感染の有無の診断や、一定期間をおいた複数回測定についてのものが多かった。

過去の報告と同様に、本研究でも、外傷によるPCTピーク値が受傷後24-48時間後に観察された。我々は、PCTを連日測定したので、前日のPCT値と比較することができた。最初のピークに達した後、PCT値は下降し、ついには初日の値を下回った。その後、敗血症が発生するとPCT値は敗血症発症前日の値と比べ有意に上昇した(3.32 vs. 0.85ng/mL)。前日と比較したPCT値上昇は、その上昇がPCTを上昇させる治療上の要因(手術、体外循環、IABPなど)によるものなのか、敗血症によるものなのかを詳しく評価する有益な情報となる。前日よりPCTが上昇を示すと、我々はそれをきっかけに感染源の精査に取りかかった。

過去の研究では、外傷でICUに入室した重症患者の敗血症診断におけるPCTの有用性は示されていない。だが、PCT値による敗血症診断についての報告や、ICU入室時のPCTが高いほど敗血症が発生する可能性が高いことを示した報告はある。後者については本研究でも確認された。経過中に敗血症を発症した患者の入室時PCTは、敗血症を発症しなかった患者と比べ、3~4倍高く、ROC曲線のAUCは0.79であった。

先行研究の多くでは、PCT測定のための検体採取が単回であったり、かなり間隔をおいて行われたり、一定ではないばらばらの間隔をおいて採取されたりしていた。このような方法でも有益な情報は得られるかもしれないが、感染性合併症を早い段階で見つけ、早期に診断し強力な治療を行うことで効果を上げるには、心許ない。今回の対象患者の中には、臨床症状が出現するに先立ちPCTが上昇に転じた症例もあった。

本研究の問題点は、培養が陽性でなかった患者を(本当は敗血症であったかもしれないのに)SIRSに誤分類してしまったかもしれないことである。本研究では、感染源と思われる部位から採取した検体の培養が陽性であった患者だけを敗血症に分類した。敗血症を疑わせる臨床徴候または症状が見られなかったため、培養を行わなかった患者の中にも、敗血症症例が混じっていた可能性がある。だが、対象症例のなかに感染による死亡例は皆無であり、本研究ではPCT値に基づいて治療法を決めたわけではないので、敗血症症例の取りこぼしの可能性が大勢に影響を及ぼしたとは考えがたい。

適切な抗菌薬投与の早期に開始による転帰改善を示すエビデンスは多い。外傷患者では強い炎症反応が起こるため、それと似た徴候および症状を呈する敗血症との鑑別が難しく、治療開始までの、いわゆるgolden hourは、あっけなく過ぎ去ってしまう。本研究では、PCTを毎日測定し前日の値と比較したので、PCTが前日より増加したら直ちに感染の精査を行い、必要であれば先手を打って強力な抗菌治療を開始することができた。

本研究の患者と重症度が同等(ISS 23点から27点)の患者を対象とした他の研究では、敗血症発生頻度は13%から65%であったが、今回の我々の研究ではそれよりやや低かった(17%)。その理由の一つは、脳神経外科手術を要した患者を除外したからであると考えられる。この患者群では感染が発生する頻度が高いのだが、脳外手術を要する患者は他院へ搬送されたため、本研究の対象には含まれなかった。また、培養で敗血症が確認された症例だけを対象としたことも一因であろう。

昨今、治療方針決定の一助としてのPCT連日測定に、注目が集まっている。数種類のPCT自動測定機器が市販されていて、結果は一時間以内に得られる。イタリアでは、PCT測定の費用は約10~15ユーロ(1400円から2000円ぐらい)である。小児ICU患者を対象とした最近の研究では、PCT値を連日測定し、2.5ng/mL以上であると細菌感染の可能性が92%に達することが中間解析で分かった(2.5ng/mL未満では39%)。これとは別の現在進行中の研究に、Procalcitonin and Survival Studyという、多施設無作為化比較対照試験がある。PCT連日測定によるPCT値の日毎変化から早期診断、早期治療を行うと重症患者の死亡率が低下するかどうかの評価が、この研究の目的である。

本研究では、外傷患者に敗血症が起こるか、SIRSにとどまるかの予測を入室時PCT値から行う場合のカットオフ値が1-1.5ng/mLであることが確認された。入室時PCT値はSOFAスコアと相関していたが、入室時CRP値はSOFAスコアとの相関を示していなかった。特に、入室後に敗血症を発症した患者においてはその相関が強かった(カイ二乗値0.596, p<0.001)。つまり、他の研究でも明らかにされている通り、臓器障害のリスクがある患者を予め判別するのにPCTは有用である。

我々が行った先行研究と同様に、本研究でも臨床で簡単に使える回帰式を得た(PCT=-4.5+1.8×SOFA)。例えば、PCT値が13.5ng/mLであればSOFAスコアはおよそ10点ということになる。受傷後数時間以内に得られたPCT値を基に、合併症を防ぐ最も有効な治療方針を立てることができるのである。外傷受傷後のPCT値が高いほど、敗血症、臓器障害および死亡のリスクが高い。したがって、PCTが高い患者には、重点的な監視が必要である。

まとめ

重症外傷患者には激しいSIRSが発生するので、敗血症の生理的徴候が隠蔽されてしまう。本研究では、ICU入室時のPCT値が高いほど、敗血症発生リスクが高いことが明らかになった。PCTを毎日測定することによって、敗血症が発生した場合に遅滞なく診断を下すことができる。CRPと異なり、PCTは受傷後1~2日後から低下する。全身性の細菌感染が続発するか、その他のPCT上昇要因(手術など)がある場合にのみ、再上昇する。本研究は、PCT連日測定の臨床的有用性を明らかにする目的で設計されたわけではないが、重症外傷患者の入院時PCT値は、敗血症リスクの高い患者を見極めるのに有用であり、また、CRPを毎日測定するよりも、PCTを毎日測定する方が、敗血症の診断に役立つと考えられる。

教訓 PCTを毎日測定すると敗血症診断に役立ちます。PCTが上昇する治療要因(手術など)がなく、前日より上昇していれば、敗血症の精査と診断を開始します。また、入室時のPCTが高い患者は、敗血症ハイリスク群です。
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重症外傷後の敗血症をプロカルシトニンで予測~結果 [critical care]

Procalcitonin as a prognostic and diagnostic tool for septic complications after major trauma

Critical Care Medicine 2009年6月号より

結果

期間中に182名の外傷患者が収容された。そのうち24時間以内に死亡した24名と脳神経外科手術を要した64名は除外した。本研究の解析対象となったのは94名(多発外傷76名、頭部外傷のみ18名)であった。年齢は16歳から89歳であった(中央値59.2歳)。男性が62名(66%)であった。死亡は5名で、死因は以下の通りであった。:腹膜炎1名、外傷そのものが重症で24時間後以降30時間後までに死亡したのが3名、腐食性の液体を飲んだことによる合併症1名。感染による死亡例は皆無であった。ISS中央値は25点で、敗血症を発症した患者(17%)では36点であった。SAPSⅡの中央値は33.5点であった(四分位範囲17.6-36、平均36.23±16.2)。観測総日数は1045日であった(一人当たり平均11.1日、最短1日、最長30日)。感染性合併症は16名に認められた。内訳は、VAP(4名)、血流感染(4名)、下部気道感染(3名)、腹膜炎(2名)、軟部組織感染(2名)、尿路感染(1名)であった。起因菌(グラム陽性か陰性か)の別によるPCT値の差や、感染部位によるCRPおよびPCT値の差は認められなかった。

敗血症発症とPCT/CRPの再上昇
受傷によるPCT上昇がピークに達し下降に転じた後の敗血症発症を確実に見極めるのに、PCTの連日測定は有用であった。CRPは、敗血症発症日にはその前日と比べ有意な上昇が見られなかったが、PCTは発症早々から前日より有意な上昇を示した:PCTは前日0.85(0.48-3.2)ng/mLから発症当日3.32(1-5.85)ng/mLに上昇(p<0.01)。CRPは前日135(62-203)mg/Lから発症当日175 (79-210)mg/Lに上昇(有意差なし)(Figs. 1&2)。

入室時PCT/CRP値による敗血症発症の予測
ICU入室後に敗血症を発症した外傷患者の入室時PCT値は、敗血症を発症しなかった患者の入室時PCT値より高かった:5.4 (2.9-25)ng/mL vs. 1.6 (0.4-4.80)ng/mL (p<0.001) (Fig. 3)。入室時CRP値は敗血症を発症した患者では38 (11-56) mg/L、敗血症を発症しなかった患者では36 (7-95) mg/Lであった(有意差なし)。敗血症診断における入室時測定値ROC曲線のAUCは、PCTが0.787 (p<0.001; カットオフ値1.09ng/mL)、CRPは0.489であった(Fig. 4)。

入室時PCT/CRP値による臓器不全の予測
対象患者全員についての入室時PCTとSOFAスコアの相関係数は0.566、敗血症を発症した患者に限ると0.722であった(カイ二乗値0.596, p<0.001)。CRPとSOFAスコアの相関係数はそれぞれ、-0.038、-0.456であった。乳酸値とSOFAスコアの相関係数は、それぞれ0.045、0.567であった(p=0.027)。

SOFAスコアとの相関
SOFAスコア別(点数順に4群に分けた)のPCT、CRPおよび乳酸値をTable 1に示す(注:この表は年齢別になっていますが、きっと間違いだと思います)。いずれの項目についても、SOFAスコアが高くなるほど上昇が認められ、その相関係数はPCT 0.438、乳酸0.395、CRP 0.209であった(p<0.001)。PCTとSOFAの回帰式は、-4.509+1.812×SOFAであった(CRP=90.67+0.577×SOFA、乳酸=0.766+1.91×SOFA)。PCTについての回帰式のy切片は原点に近かったが、CRPでは大きかった。つまり、PCTと比べるとCRPは、あまり重症でなくても高く出てしまうということを示している。

受傷後のPCT/CRPの変動
対象患者の66%では、血漿PCT濃度は受傷当日に最高値を示した。25%の患者では、受傷翌日に最高値に達した。CRPの上昇スピードはPCTより緩徐であり、受傷当日が最高値であったのが17%、翌日が最高値であったのが20%であった。

外傷の重症度との相関
受傷後PCT最高値と外傷の重症度(ISS)とは弱い相関を示した(r=0.483, p<0.001)。後に敗血症を発症した患者に限っても、受傷後PCT最高値と外傷の重症度(ISS)の相関は弱かった(r=0.66, p=0.005)。

教訓 受傷によるPCT上昇がピークに達し下降に転じた後の敗血症発症を確実に見極めるのに、PCTの連日測定は有用でした。CRPは、敗血症発症日にはその前日と比べ有意な上昇が見られませんでしたが、PCTは発症早々から前日より有意な上昇を示しました。ICU入室後に敗血症を発症した外傷患者の入室時PCT値は、敗血症を発症しなかった患者の入室時PCT値より有意に高いという結果が得られました。CRPではこのようなパターンは認められません。

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重症外傷後の敗血症をプロカルシトニンで予測~方法 [critical care]

Procalcitonin as a prognostic and diagnostic tool for septic complications after major trauma

Critical Care Medicine 2009年6月号より

重症外傷は、全身性炎症反応症候群(SIRS)の強力な発症要因である。外科系ICU患者の90%以上にSIRSが認められる。だが、体温、心拍数、白血球数および呼吸数といった、旧来の炎症診断基準は、当てにならないことも多く、感染や重症度を予測するのに役立つとは言えない。感染が起こった場合、早期に診断し治療を開始すれば死亡率が低下する。しかし、培養結果が判明するまでに時間がかかったり、定着なのか感染なのかを見極めるのが難しかったりするため、重症外傷患者では往々にして感染の診断が遅れる。

プロカルシトニン(PCT)はカルシトニン遺伝子関連ペプチドファミリーに属すタンパクで、カルシトニンの前駆物質の一つである。カルシトニン遺伝子関連ペプチドファミリーにはPCTの他に、カルシトニン遺伝子関連ペプチドⅠおよびⅡ、アミリン(膵から分泌される)、アドレノメデュリン(副腎から分泌される)、カルシトニンおよびその前駆物質が属している。正常では、甲状腺のC細胞内でPCTがタンパク分解酵素によって開裂してカルシトニンが産生され分泌される。全身性の細菌感染または、エンドトキシンやIL-1やTNF-αなどの炎症促進サイトカインによる刺激によって、2-3時間以内にPCTは正常の1000倍まで激増する。この場合のPCT産生は内分泌系によるものではなく、甲状腺以外の細胞で行われる。PCTは感染があると直ちに急激に増加するため、細菌感染の診断に有用であると考えられている。PCTの半減期は約22時間であり、細菌感染のモニタリングには都合がよい。他の炎症マーカの多くは感染急性期に上昇した後、感染が消退してもなかなか低下しないが、PCTは半減期が他のマーカよりも短いため、抗菌薬治療などにより感染が勢いを失えば時をおかずに低下するからである。

C反応性タンパク(CRP)とPCTは、重症患者や外傷患者における感染および敗血症の発生を評価するのに用いられてきた。しかし、臨床的には、CRPやPCTだけで感染の診断ができるわけではない。CRPやPCTの産生は感染以外のいろいろな要因によって誘導されるのである。最近行われたメタ分析では、手術または外傷後の重症患者における敗血症の診断にはCRPよりもPCTが優れているという結果が得られている。

外傷や術後経過中に敗血症が発生した場合の、PCTおよびCRPの有用性については、限られた少しのデータしかないのが現状である。本研究の目的は、重症外傷後の敗血症合併によるPCTおよびCRP再上昇の診断的意義を明らかにし、重症度、臓器不全および敗血症のマーカとしての予測性能を評価することである。

方法
2003年1月から2005年12月のあいだにCarlo Poma病院(イタリア)のICUに入室し、24時間以上生存した16歳以上の外傷患者連続94名を対象とした。脳神経外科の症例は除外した。年齢、性別、SAPSⅡ、外傷の重症度(ISS)をICU入室時から連日記録した。PCT、CRP、体温、白血球数、動脈血ガス分析、乳酸値を毎日測定し、記録した。培養検体は、臨床症状から必要と判断された場合に採取した。敗血症、重症敗血症、敗血症性ショックおよびSIRSの定義には、American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine Consensus Conferenceが策定したものを採用した。連続3日以上この定義で決められた基準が満たされた場合を、SIRSまたは敗血症の発症と判断した。外傷の重症度はISSに従って評価した。SOFAスコアを用いて臓器障害の発生状況と重症度を記録した。SIRSの臨床症状があり、かつ、培養結果により感染源が特定できるand/or血培陽性であれば敗血症発症と判断した。感染が疑われた時点で抗菌薬または抗真菌薬を予測的に投与し、必要であれば培養結果や検査データに応じて薬剤を変更した。副腎皮質ステロイドは投与しなかった。

観測を開始した日を第1日(T1)とした。敗血症の発症時点は、敗血症を疑い確定診断のため検体を採取した時とした。培養が陽性であった患者のみを敗血症発症例に分類した。培養結果が判明するのは、検体採取日の数日であるが、敗血症発症日は検体を採取したその日とした。

教訓 PCTは感染があると直ちに急激に増加します。PCTの半減期は約22時間なので、細菌感染のモニタリングに適しています。


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溺死最新情報2009~治療:病院到着後 [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

病院での治療

病院に到着したら、まず、患者の状態に応じて呼吸管理を行うことを優先する。直ちに動脈血ガス分析を行い、換気、酸塩基平衡および酸素化の評価を行う。この間も酸素投与を続け、経皮的酸素飽和度の監視を行い低酸素血症の有無を評価する。意識清明で協力的な患者には気管挿管は不要である。ただし、高濃度酸素を投与したり、CPAPマスクを使用したりしても酸素化が十分でない場合は、気管挿管を要することもある。昏睡患者には気管挿管は必須である。昏睡に至らないまでも意識レベルが低下している場合は、気道確保の要否を個別に判断する。なるべく低いFIO2で酸素飽和度を95%以上に維持できるよう、PEEPまたはCPAPレベルを調節する。我々は、FIO2<0.5で、PaO2/FIO2比が300を超えるように管理している。0.5未満のFIO2であれば、酸素毒性が発現する可能性はないと考えてよい。

多くの症例では、侵襲的血行動態モニタリングは不要である。しかし、血管内容量が適切な範囲内に保たれているかどうか懸念される場合は、侵襲的モニタリングが必要になることがある。陽圧換気により心拍出量が低下するときは、通常は輸液で対処可能である。長期にわたり心血管作動薬の投与が必要とされることは、ほとんどない。

溺水による肺病変の治療には、ステロイドは無効であることが明らかにされている。むしろ、正常な治癒過程を妨げることになり、転帰が悪化することが分かっている。感染の兆候が認められる場合や、汚水による溺水の場合には抗菌薬を投与する。ひどく汚染された水による溺水であれば、培養検体採取前に広域スペクトラムの抗菌薬を投与してもよい。そうでなければ、気管内採痰の培養結果を参考にして、投与する抗菌薬を決める。溺水患者では気管支攣縮が発生することがあるが、その際にはアルブテロール吸入を行う。

溺水後には肺水腫が認められることが多い。CPAPまたはPEEPを付加すると虚脱した肺胞を拡張させることができるし、換気と血流のマッチングが改善し酸素化が良くなる。気管内吸引や吸入を行うときに人工呼吸回路を外すと、CPAPやPEEPでせっかく肺の状態が改善しても、あっという間に肺水腫や低酸素血症が再来する。したがって、回路を外す回数は最小限にとどめるか、可能であれば一切外さないようにしなければならない。

頭蓋内圧コントロールについては、相反するいろいろなデータが示されている。とはいえ、昏睡に陥っている溺水被害者に対しては、集中治療室入室後、速やかに頭蓋内圧モニタリングを開始するのは理に適っている。頭蓋内圧モニタが設置されていない脳浮腫患者では、頭蓋内圧を下げるために予防的に軽度過換気(PaCO2を約30mmHgに保つ)が行われるのが通例である。しかし、昏睡状態にある溺水患者に過換気を行わなければならないのなら、頭蓋内圧モニタ機器を使用するのが望ましいであろう。頭蓋内圧が亢進したら(20mmHg以上)、PaCO2が25から30mmHgになるように過換気にして、脳血流量を減らし、頭蓋内圧を下げ、同時に脳灌流圧(平均動脈圧-頭蓋内圧)を60~70mmHgに保つ。しかし、過換気自体が、昏睡溺水患者の頭蓋内圧を低下させるというエビデンスはないことに留意しなければならない。過換気だけでは十分な頭蓋内圧低下効果が得られないときには、マンニトールをボーラス投与(0.25g/kg)することがある。しかし、溺水による脳障害は、溺水時の高度低酸素症によるものであると考えられ、その後に発生する頭蓋内圧亢進が脳障害の主因ではない。したがって、溺水患者における頭蓋内圧亢進は、すでに発生した脳障害の程度を反映するものでしかないのかもしれない。

現在では、溺水事故では病院前救護が重要であるという認識が広まり、昔と比べれば病院到着までのケアの質は向上している。有効なBLSが早期に開始されれば、後遺症なく生存できる可能性が上昇する。大多数の症例では、溺水による肺および循環器合併症は、ほぼ確実に治療可能である。しかし、長年にわたり研究が重ねられてきたにも関わらず、溺水被害者の神経学的転帰の改善は、未だ達成に至らない懸案事項である。溺水時に低体温に陥っていない症例に、できうる限りの強力な脳蘇生を行っても、神経機能が正常に復する効果を期待することはできないと考えられている。だが、溺水後12-24時間にわたり軽度低体温(32-34℃)を維持するのは有効であるという意見もある。劇的な効果が得られる魔法のような治療法が姿を現す兆しはまったくないとはいえ、抗酸化物質、カルシウムチャネル阻害薬、プロスタサイクリン/トロンボキサン合成に作用する薬、興奮性神経ペプチドの阻害薬、フェニトインなどについての研究が行われている。

予防

溺水による死亡および植物状態の遷延の発生を防ぐには、安全なプール設計を義務づける規則の導入、プール周囲のフェンス設置(高さは少なくとも1.5mで自閉式の錠を備えていること)、監視および蘇生の最新の方法を救助員(監視員)に指導する、舟遊びをするときや、プール・港・マリーナ・ビーチで遊ぶときにはアルコール飲料を飲み過ぎないよう社会全体に周知する、酔って船舶を操縦した者に重い罰則を科す、危険区域の表示、泳げるようになることを奨励する、一人で泳ぐのが危険であることを周知する、BLSの普及に努める、といったことが重要である。

教訓 溺水による脳障害は、溺水時の高度低酸素症によって発生します。したがって、溺水患者における頭蓋内圧亢進は、すでに発生した脳障害の程度を反映するものでしかないと考えられます。Caminoなどで頭蓋内圧モニタリングを行い、積極的にコントロールしても無駄かもしれません。
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溺死最新情報2009~治療:病院到着まで [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

治療

病院到着までの治療

溺水の大多数は、病院から離れた場所で発生する。だから、病院到着までの初期治療が、患者の転帰を大きく左右する。救助者が、溺水事故遭遇時に真っ先にチェックしなければならない点は、以下の通りである:呼吸をしているか?脈拍はあるか?頸椎損傷はないか?

病院前救護の主目的は、自発呼吸と循環の再開、ガス交換、酸塩基平衡および循環の可及的速やかな正常化である。したがって、救助者は、溺水被害者を見たら直ちにCPRを開始しなければならない。自発呼吸が認められなければ、口対口人工呼吸をすぐに開始する。理想的には、人工呼吸は水中で開始できればよいが、救助者を危険にさらさないことを第一とする。口対口人工呼吸実施時には、頸椎の過伸展を避け、下顎をできる限り前方に引き出す。特に飛び込みによる溺水事故では、頸椎を損傷している場合があるので注意が必要である。適切な気道確保は、今更言うまでもなく、非常に重要である。溺水被害者は、まだ意識があるうちに大量の水を飲んでいることがある。したがって、口対口人工呼吸が正しく行われなかったり、気道が閉塞している状態で人工呼吸を行ったりすると、胃が拡張し誤嚥が発生し、誤嚥性肺炎を起こすことがある。救助者は、脈拍の有無を注意深く評価しなければならない。低体温、血管収縮、低酸素症などによる高度の徐脈があると、動脈拍動の触知が困難なことがある。脈拍があるかないかよく分からないときは、心臓マッサージを開始し、人工呼吸を開始する。

蘇生の専門家および機器が到着したら、ただちにさらなる治療の実施を考慮する。可及的速やかにBVMを用いた100%酸素による換気を開始する。CPAPによって換気と血流のマッチングが改善するので、機器の利用が可能になり次第CPAPを付加する。ただし、CPAPは平均胸腔内圧を上昇させるので、循環動態を十分に監視する必要がある。意識がないか、高度の低酸素症に陥っている患者や、その他の理由で気道確保が必要な患者に対しては、気管挿管の上、人工呼吸を開始し酸素化を維持する。気管挿管が不可能であれば、LMAまたはその他の緊急気道確保の手段(LT、Combiチューブ、輪状甲状膜切開)を用いる。そして、太い静脈路を確保し、生理的食塩水の投与を開始する。必要であれば薬剤を投与する(例;エピネフリン、アトロピン、メイロンなど)。

溺水被害者には、CPRより先にまずハイムリッヒ法を行うべきであるという意見がある。溺水者の口腔内に水がある場合、それは肺からではなく胃からこみ上げてきた水であることが明らかにされている。米国医学研究所(IOM)は文献や証言の検討の結果、気道が異物で閉塞している場合を除き、溺水被害者に対しハイムリッヒ法を行うのは適切とは言えないという結論に達した。ハイムリッヒ法を最初に行うと、有効なCPRの開始が遅れたり、胃内容物の逆流や誤嚥が起こったりして、誤嚥性肺炎や呼吸不全、死亡などに至る可能性がある。現在では、溺水被害者にAEDが利用される場合もあるだろう。しかし、心電図波形が認められても、必ずしも心拍出量が十分にあるわけではないので注意が必要である。

患者の状態が良さそうに見えても、必ず病院へ搬送し医学的評価を受けさせなければならない。当初の様相だけで判断するのは危険である。搬送時には、脈拍、血圧、呼吸数と呼吸パターン、心電図、経皮的酸素飽和度などの最低限のモニタリングを行わなければならない。搬送中は100%酸素を投与する。酸素飽和度が95%以上を十分維持できるのであれば、酸素投与量を減らしてもよい。

教訓 溺れた人を救助するときは、まずCPRを開始してください。頸損の可能性があるので頸部後屈は避けるのが無難です。気道閉塞がないことを確認して人工呼吸をはじめてください。ハイムリッヒ法は、気道が異物で閉塞しているとき以外は実施しません。


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溺死最新情報2009~病態生理:神経② [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

完全または不完全脳虚血モデルを用いた動物実験2編では、ブドウ糖含有輸液製剤を投与すると、ブドウ糖を含まない晶質液を投与した場合と比較し、神経学転帰が悪化するという結果が示されている。Ashwalらは、血糖値上昇and/or脳血流量低下(キセノンを用いて測定)があると、転帰が悪化することを明らかにした。詳しい機序は分かっていない。脳血管障害患者のうち約33%が、入院時に高血糖を呈していることが報告されている。また、脳血管障害発生から24時間後までの高血糖(>200mg/dL)遷延は、梗塞域の拡大と神経学的転帰不良の独立した予測因子であることも明らかにされている。ラットの全脳虚血性傷害モデルを用いた実験で、高血糖下ではMAPキナーゼ(糖尿病および虚血に関連する細胞障害を引き起こす主要メディエイタ)および活性酸素が増えることが分かっている。以上は、メカニズムを解明するには不完全なデータではあるが、臨床的には十分説得力があり、積極的な血糖管理(血糖値100~140mg/dL)を行う根拠になっている。ただし、低血糖とそれによる合併症の発生を防ぐよう注意しなければならない。

NichterとEverettは、溺水患者93名を対象とした遡及的研究を行ったところ、有効な心拍出を得るのに強心薬を要した生存者全員に、神経学的後遺症が残ったことが分かった。一方、救急部到着時に対光反射が認められた患者では、神経学的後遺症が認められた例は皆無であった。BiggartとBohnが行った溺水患者55名を対象とした遡及的研究では、正常体温溺水患者に対する病院到着後の蘇生処置が長時間にわたり強力に行われると、他の諸条件が同等である場合、植物状態での生存例が増えることが明らかになった。溺水時に偶発的に低体温に陥った患者では、正常体温例よりも一般的に転帰が良好である。小児では、蘇生が成功し数時間以内に神経学的な改善が認められれば、通常は全快する。蘇生に成功しても神経学的な改善がすみやかに得られなければ、転帰は不良である。

以上のデータは暗澹たる状況を指し示すものである。しかし、小児溺水症例121例を対象としたNussbaumの研究では、疼痛刺激に反応せず、瞳孔は散大固定、自発呼吸なし、低血圧、循環不全といった昏睡状態であった51名に、前述のような強力な蘇生を行ったところ、19名(37%)は完全回復、14名(27%)に高度の脳障害が残り、18名(35%)が死亡した。転帰と関連があったのは、水没時間、平均頭蓋内圧および平均脳灌流圧であった。心強い報告ではあるが、脳障害の決定因子が、頭蓋内圧そのものではなく、虚血性傷害が及んだ時間の長さであるために、強力な治療が往々にして失敗に終わるという事実が浮き彫りにされている。脳の虚血性傷害の機序については、近頃レビューが発表された。

2002年の世界溺水会議における公開討論会で、溺水被害者に対する脳蘇生法が討議された。溺水被害者に対する具体的な治療法を支持する決定的な比較対照研究が行われていないのが現状ではあるが、以下のような総意が示された。「最優先すべきは自己心拍の再開である。また、核温and/or脳(鼓膜)温の持続監視を救急部および集中治療部で行わなければならない。体温の監視は、もし可能であれば病院到着前から行うべきである。溺水被害者の自己心拍が再開しても、依然として昏睡状態にある場合は、体温を32℃-34℃以上に積極的に復温してはならない。核温が34℃を超えるときは、速やかに体温を低下させ(32℃-34℃)、12~24時間はそれを維持する。急性期には高体温はいかなる場合においても避ける。薬物を用いた脳蘇生療法の有用性を裏付けるエビデンスは、現時点では不十分である。痙攣は適切に治療しなければならない。蘇生後および蘇生中のPaO2または酸素飽和度の具体的な目標値に関するエビデンスは十分には蓄積されていない。しかし、低酸素血症は避けなければならない。溺水被害者に対する脳蘇生療法の有効性を評価するには、さらに研究を重ねる必要がある。」 この勧告には、様々な原因による心停止症例に対する低体温療法に再び注目が集まっている状況が反映されている。

教訓 溺水患者では、高血糖と高体温を避けなければなりません。
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