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高齢者に対する周術期の薬物治療② [anesthesiology]

Perioperative Drug Therapy in Elderly Patients

Anesthesiology 2009年5月号より

薬物動態
術前、術中、術後に使用される多くの薬の薬物動態および薬力学は、加齢の影響を受ける。薬物動態とは「人体が薬に与える影響」であると言い習わされている。薬が血中および各組織に分布し、代謝、分解または分泌を経て、時とともに薬物濃度が低下する、そのさまを表すのが薬物動態である。薬力学は「薬が人体に与える影響」のことである。これは、薬による薬理学的作用を総体として表す言葉であり、好ましい作用と好ましからざる作用のいずれをも指す。一般的に高齢者は、薬物動態の変化のため通常の一回投与量で若年者よりも高い濃度に達したり、薬力学の変化(若年者と比べ同じ濃度でも薬理作用が強く出現する)の影響があったりで、薬物に対する感受性が強い。

ある一定量の薬を投与した場合、その薬の血漿中濃度と分布容量は反比例する。体水分量は加齢に伴い減少する。利尿薬を服用していればなおさら減る。したがって、水溶性薬物の分布容量は高齢者では低下するので、若年者と同じ一回量を投与すると、血漿中濃度は通常想定されるよりも高くなる。すると、薬理学的効果も強くなる。たとえば、高齢者におけるモルヒネの分布容量は、若年者の半分しかない。しかし、薬の効果の大小に関して最終的にものを言うのは、効果部位(薬が作用を発揮する場所)における分布容量である。

一方、加齢のため体脂肪が増えるにしたがい、脂溶性薬物の分布容量は大きくなる。すると、脂溶性薬物の排泄は遅延する。たとえばジアゼパムの排泄半減期は、高齢者では若年者の数倍に延長する。単回投与では、ジアゼパムの半減期が延長してもさしたる問題にはならないかもしれないが、反復投与する場合には重大な影響が懸念される。

大多数の麻酔薬は、程度の差こそあれ、タンパク結合度が高い。高齢者ではアルブミンが最大20%程度減少する。栄養状態が悪ければ、もっと大幅に減少している可能性がある。プロポフォールはタンパク結合度が高いので、アルブミン濃度が多少低下しているだけでも遊離型プロポフォール濃度に大きな影響が及ぶ。

肝代謝
肝臓は加齢に伴い縮小し、肝血流も年とともに減少する。肝臓の重量(体重の約2.5%)は、成人期を通じて概ね一定である。だが、50歳を境に、肝臓の重量は減り始め、90歳時には体重の1.6%にまで低下する。肝血流もゆっくりと低下し(年当たり0.3-1.5%ずつ低下)、65歳時には25歳時と比べ肝血流は40%も少なくなる。

肝臓では、第1相および第2相の代謝過程を通じて薬が排泄される。第1相では主にシトクロムP450が触媒として作用し、薬の酸化、還元および加水分解反応が起こる。第1相の活性が加齢によって低下するかどうかは不明である。第1相の活性低下には、年齢以外の要素(喫煙、寝たきり、食事)の方が影響力が大きいのかもしれない。それはともかく、高齢者では第1相代謝反応が低下しているかもしれないので配慮が必要である。第2相は、アセチル化と抱合である。第2相の代謝は加齢によっては変化しないという報告が大勢を占める。

肝除去率の高い薬は、肝臓を通過するときに大部分が「消去」されてしまう。一方、肝除去率の低い薬は、肝臓を通過しても血中濃度はほとんど低下しない。肝除去率の高い薬の除去効率は血流によって規定されるため、そのクリアランスのさまは「血流依存性(flow limited)」であると表現される。肝除去率の低い薬の除去効率は、その患者の肝臓固有の特性(肝臓の大きさ、酵素活性)によって規定されるため、そのクリアランス(肝固有クリアランス)のさまは「肝機能依存性(capacity limited)」であると表現される。抱合された物質の肝固有クリアランスは加齢による変化を呈することはないと考えられている。肝除去率の高い薬剤(ケタミン、フルマゼニル、モルヒネ、フェンタニル、スフェンタニル、リドカインなど)のクリアランスには、肝血流の変化が直に影響する。このような薬剤のクリアランスは高齢者では30-40%低下している。つまり、肝血流も同じぐらい低下しているということである。肝除去率の低い薬の固有クリアランスは、高齢者では肝重量の減少に伴い低下する可能性があるが、実際は、肝除去率の低い薬剤のクリアランスは加齢による変化を示すことはない。アルブミンの減少によって遊離型薬剤が増え、肝代謝の低下による作用が打ち消されることが、その一因と考えられている。

腎排泄
加齢に伴い、糸球体硬化の進行などにより、腎機能は低下する。糸球体の数と機能が低下すると、糸球体濾過量が減少する。また、腎血流量も加齢に伴い低下する。以上により、糸球体濾過量は 90歳になると20歳のときと比べ25-50%低下する。したがって、主に腎臓から排泄される薬剤のクリアランスは、高齢者では低下する。クレアチニンクリアランスが測定されていない場合には、前述の式から予測値を導くことができる。

麻酔薬を含むあらゆる薬剤は、程度の差こそあれ、必ず糸球体で濾過される。脂溶性薬剤(多くの麻酔薬がこれに当たる)は、尿細管で再吸収され、水溶性の代謝産物は尿細管で分泌される。活性代謝産物(モルヒネ-6-グルクロニドなど)や水溶性薬剤(筋弛緩薬の一部)は、腎排泄性である。このような薬剤は腎機能低下の影響を受けやすい。

薬力学
薬の作用強度を規定する要素には、効果部位濃度の他に、標的部位に存在する受容体の数、シグナル伝達(受容体の刺激に対する反応性)および正常機能を維持するように働くホメオスタシス反応が挙げられる。高齢者における薬力学は、薬物動態ほどには研究が進んでいない。薬剤に対する感受性は加齢により、強くも弱くもなり得る。たとえば、高齢者にベンゾジアゼピンを投与すると、薬物動態の変化から想定されるよりも強い作用が現れる。加齢に伴うGABA-A受容体の変化(数もサブユニットの構成も変化する)が関与しているものと考えられている。一方、周術期に使用される薬剤に対する感受性が、高齢者では低下している場合も見られる。β作動薬(イソプロテレノールなど)およびβ遮断薬(プロプラノロルなど)がその一例である。高齢者では、β受容体の数and/or薬剤との親和性が低下したり、細胞反応が変化したりするためであろう。麻酔薬に対する心血管系の感受性上昇には、ホメオスタシス反応の鈍化が関わっている可能性がある。つまり、麻酔薬(プロポフォールなど)によって低血圧に陥った場合に、高齢者では圧反射が減弱しているため、普通なら起こるべき低血圧に対する生理的反応(心拍数上昇や心筋収縮力増強)が出現するのが遅れるのである。

教訓 高齢者では、ほとんどの薬に対する感受性が増強していますが、β作動薬やβ遮断薬については感受性が低下します。

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