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吸入麻酔薬はOLVによる炎症を抑制する~考察 [anesthesiology]

Anesthetic-induced Improvement of the Inflammatory Response to One-lung Ventilation

Anesthesiology 2009年6月号より

吸入麻酔薬には心筋保護作用があることが知られている。傷害発生前に吸入麻酔薬を使用し、その保護作用を明らかにした研究がある一方で、心筋虚血発生後の使用であってもなお吸入麻酔薬の保護作用が得られるという報告もある。心臓手術中に終始セボフルランを用いたところ、心筋保護作用が認められたとする臨床試験が、2編発表されている。以上のような知見を踏まえ、OLVを行う胸部手術において、プロポフォール麻酔よりもセボフルラン麻酔の方が保護作用という利点があるのではないかと考え、本研究を実施した。

炎症反応に関連する、細胞または組織に対する傷害は、肺胞上皮細胞などの標的細胞、活性化された好中球やマクロファージが産生放出するメディエイタが複雑に絡み合って生ずる。サイトカインやケモカインは、標的組織にエフェクタ細胞を集積させるのに関与している。代表格であるTNF-αやインターロイキンは、強力な好中球走化因子である。

肺胞上皮細胞傷害モデルを用いた実験で、吸入麻酔薬の傷害抑制作用がすでに確認されている。ラット肺胞上皮細胞を吸入麻酔薬に曝露すると、IL-1β刺激に対する炎症性メディエイタ分泌量が減ることが分かっている。ハロセン、イソフルランおよびエンフルランは、量依存性かつ時間依存性に、IL-6、MIP-2(マクロファージ炎症タンパク)、MCP-1の産生量を減らすことが明らかにされている。エンドトキシンで肺が傷害されると、肺胞上皮細胞が炎症性メディエイタの主力発生源となる。そこで我々は、in vitroの肺胞上皮細胞刺激モデルを用い、セボフルランの効果を検証した。まず、肺胞上皮細胞をセボフルランに曝露し、続いてエンドトキシン刺激を加えた。この研究の結果、セボフルランによってケモカインの発現が減少すると共に、走化性も抑制されることが分かった。はじめに肺胞上皮細胞にエンドトキシン刺激を加え、傷害が発生した後にセボフルランに曝露しても、炎症反応は抑制されることが明らかになった。

今回の臨床試験でも同様に、TNF-α、IL-1β、IL-6、IL-8およびMCP-1といった炎症性メディエイタについて、OLVによる変化を定量的に評価した。プロポフォール群と比べ、セボフルラン群の方が、炎症性メディエイタの増加幅が小さいという結果が得られた。したがって、プロポフォール群の方が炎症反応が有意に強かったものと考えられる。本研究の結果から、セボフルランは、胸部手術におけるOLVに対する肺胞上皮細胞の炎症性応答を軽減する可能性があると言えよう。このことの生物学的な意義は、化学遊走についての解析によって浮き彫りにされた。

メディエイタ発現の前述のような変化による、細胞レベルにおける生物学的影響を評価してみるとおもしろいだろうと考え、BALF中の好中球を定量し、細胞の集積とメディエイタ量のあいだに相関があるかどうかを調べた。MCP-1はマクロファージ走化因子として知られているが、一定の条件下では好中球を集積させる作用を発揮する。本研究では、プロポフォール群ではIL-1β、IL-6およびIL-8が多いほど、多形核白血球がたくさん集積するという有意な相関が認められた。しかし、TNF-αおよびMCP-1についてはこのような相関は見られなかった。一方、セボフルラン群では、炎症反応(サイトカイン発現量)が有意に抑制され、BALF中の多形核白血球の集積増加量とサイトカイン発現量とのあいだに相関は認められなかった。以上の結果は、セボフルラン麻酔が、分子レベルでも細胞レベルでも炎症反応を抑制することの証左である。

本研究では、セボフルラン群の方がプロポフォール群よりも有害事象が約50%少ないという、重要な知見が得られた。プロポフォール群では、OLVの持続時間にしたがい、ほぼ指数関数的に炎症性メディエイタが増加することが分かった。この観測結果には、生物学的な変化も伴っているに違いないと考え、CRPおよび白血球数についても評価を行った。興味深いことに、プロポフォール群ではOLV時間とCRPとのあいだに有意な相関が認められたが、セボフルラン群ではこの相関が明らかに抑制されていた。さらに、プロポフォール群では、POD 1のCRPがIL-6およびMCP-1と有意に相関していたが、セボフルラン群ではその相関は弱く、有意でもなかった。以上から、肺内の炎症性メディエイタ量が転帰を左右する可能性があると言える。

胸部手術後に肺傷害が発生することはあまりないが、もし起こったとすれば死亡率の高い重篤な合併症となる。最近の研究では、ALI/ARDSの発生率は3.9%で、ARDSに進展した場合の死亡率は72%にものぼることが明らかにされている。胸部手術におけるOLVによる急性肺傷害の発生過程には、複数の要因が関与しているものと考えなければならない:(1) OLV中は、手術側の肺は完全に虚脱し無気肺になっている。すると、低酸素性血管収縮(HPV)が発生するので血流が低下する。手術側肺の換気が再開し肺が再拡張すると、組織血流も再開する。その結果、虚血-再潅流傷害が発生する。これが、OLVによる炎症の発生機序であると考えられる。(2) 肺切除後に残った肺組織には、手術による機械的操作の影響が残り、これが炎症反応に関与している。 (3)OLV中には換気側肺の換気を、高濃度酸素で行うので、換気側肺、非換気側肺ともに酸素による傷害を受ける可能性がある。 (4)人工呼吸そのものが、換気側肺にダメージ(VILI)を与える可能性がある。その機序は依然明確にはされていないし、OLV後のALIにVILIが関与しているという意見は疑問視されている。(5) 虚脱していた肺を再拡張すると、微小血管の透過性が亢進し肺傷害が発生する。その結果、再拡張性肺水腫に陥る。

OLV中には、非換気側肺は、虚脱し肺胞低酸素になっている。低酸素による肺傷害に肺胞上皮細胞が関与していることが、最近発表されたin vitro研究で明らかにされている。低酸素によって、肺胞上皮細胞上の接着分子の発現が増加し、接着する好中球が増えることが分かっている。したがって、低酸素による肺傷害の炎症メカニズムには、下部気道の上皮細胞が深く関与しているものと考えられる。本研究では、換気再開直後にBALを行ったので、換気再開/再潅流傷害を捉えた可能性は低い。したがって、OLVによる炎症反応の考え得る機序として、 前段に(1)から(5)の項目を挙げたが、低酸素をその一つとして加えてもよいだろう。

周知の通り、OLVを行うと、肺では低酸素性血管収縮が起こり、換気/血流不均衡が緩和される。低酸素性血管収縮が肺実質に与える影響はよく分かっていないが、理論的には、組織低酸素が続くことになる。OLVによる肺傷害をテーマとした最近の研究では、ブタを60分間OLVとし、肺の血管を調べたところ、非換気側肺の血管に鬱血が認められた。以上の知見と本研究で得られたデータは、炎症反応の局所集中という考え方の裏付けとなる可能性がある。Mulliganらは、IgG免疫複合体の肺内沈着モデルを用い、炎症性メディエイタの局所集中のはたらきを明らかにした。さらに、セボフルランによるHPVの抑制作用自体が、肺傷害を緩和している可能性も考えられる。

Tekinbasらがすでに明らかにしている通り、OLV時間は炎症反応の強度を決定する重要な要素である。Tekinbasらは、ラットを無作為に異なるOLV時間の群に割り当て、肺組織ミエロペルオキシダーゼ活性を、好中球活性のパラメータとして測定した。OLV時間が長いほどMPO活性も上昇するという結果が得られた。肺胞の浮腫や炎症性細胞浸潤などの病理所見も、OLV時間が長くなるほど顕著であった。同様に、Misthosらの研究でも、酸化ストレスの程度とOLV時間が相関することが明らかにされている。本研究の結果は、以上のような知見を裏付けるものと考えられる。

SchillingらはOLVの際にデスフルランを用いると、非換気虚脱肺の保護に有用であることを示した。彼らの研究によって、非換気虚脱肺に吸入麻酔薬が有用である可能性が、初めて明確にされたのである。

まとめ
前向き無作為化研究を行い、OLVを要する胸部手術を受ける患者において、吸入麻酔薬(セボフルラン)が免疫修飾作用を発揮し、抗炎症作用を示す可能性があることを明らかにした。本研究では、セボフルラン群において、OLVを行われた患者の臓器(肺)レベルでの炎症反応が緩和されることが明らかになっただけでなく、全有害事象件数の有意な低下という術後経過の改善という重要な知見が得られた。

教訓 OLVによる急性肺傷害の発生要因:(1) 低酸素性血管収縮(HPV)による虚血と、換気再開後の血流再開=虚血-再潅流傷害 (2) 手術による機械的操作の影響 (3)OLV中に高濃度酸素で換気を行うことによる酸素毒性 (4)VILI(OLV後のALIにVILIが関与しているという意見は疑問視されている。) (5) 再拡張性肺水腫 (6)低酸素による傷害
吸入麻酔薬はOLVによる肺の炎症反応を抑制し、転帰を改善する可能性があります。
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