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高齢者に対する周術期の薬物治療① [anesthesiology]

Perioperative Drug Therapy in Elderly Patients

Anesthesiology 2009年5月号より

医学や公衆衛生が進歩を遂げるにつれ寿命が延び、昔と比べると今では多くの高齢者(ここでは65歳以上と定義する)が様々な手術を受けるために手術室へやってくるようになってきた。高齢患者は、たとえ基礎疾患がなくても、周術期の生理学的変化や薬物投与に対し、若年患者とは異なる反応を示すものである。この臨床解説論文のテーマは、周術期に投与される薬物に対する反応の加齢に伴う変化である。多くの場合、高齢者では薬剤に対する感受性が若年者より強い。本論文の目的にあわせ、ここでは「感受性(sensitivity)」という語を広く臨床で通用している意味で使用することにする。つまり、薬力学または薬物動態から割り出された投与量に対する反応が予測される以上に大きいことを表現するのに、感受性という言葉を使う。

加齢に伴う生理的機能の一般的変化
年齢を重ねれば、臓器機能は総じて低下するものである。しかし、この変化は個人差が大きく、同一個人であっても臓器によってその程度がかなりばらついている。しかしそのなかでも、心血管系および呼吸器系の機能が低下していると、手術および麻酔の影響が大きくあらわれる可能性があるため、十分留意すべきである。健康な高齢者では、負荷がかからなければ臓器機能低下が明るみに出ないことがある。したがって、日常生活における活動には十分な機能があるとしても、予備能が低下していて、大手術や麻酔のような中等度から高度の侵襲には耐えられないことがある。高齢患者に慢性疾患や、慢性疾患の急性増悪があれば、周術期侵襲が大きな打撃となる可能性がある(fig.1)。

加齢現象については、細胞老化(細胞がDNAを複製できなくなり、正常な細胞分裂が行われなくなる)や酸化ストレス(フリーラジカルなどの有害な代謝産物に対する防御能が失われる)など、数々の理論が提唱されている。高齢者の生理学的変化には、加齢に伴うタンパク構造の変化も関与している。たとえば、高齢者の血管には、伸展性の極度の低下、内膜肥厚、内皮機能不全といった変化が生ずるため、収縮期血圧が上昇し、左室負荷が増大する。そして、心筋肥大と間質のコラーゲン増加によって左室は硬くなり、前負荷を適切に保たないと心拍出量を維持できなくなる。そのため、高齢者は輸液過多になりやすいのである。さらに、圧反射が鈍化しているため、血圧が低下しても正常な反応が起こりにくくなり、起立性低血圧が発生しやすい。以上のような様々な心血管系の変化のせいで、高齢者では、間質への水分移動や出血が起こりやすい。

呼吸器系の機能も、加齢によって大きく変化する。高齢者では、努力呼気量の低下、生理的シャントの増大、クロージングボリュームの増加が認められる。そのため周術期に呼吸器合併症が発生するリスクが高い。たとえば、無気肺になったり、咳が十分できなかったりして肺炎が起こりやすい。また、若年者より低酸素血症に陥りやすい。

高齢者は若年者と比べ脂肪組織が多く、筋肉量および体水分量は少ない(fig. 2およびtable 1)。腎機能は年を追うごとに低下し、糸球体濾過量が減少しや尿細管分泌が障害される。糸球体濾過量の指標であるクレアチニンクリアランスはCockroft-Gaultの式から予測することができる。

Ccr=(140-年齢)・Wt(kg)/72・血清クレアチニン(mg/mL)  *女性では0.85を乗ずる

糸球体濾過量の低下の程度は個人差が大きく、ほとんど変化が認められない場合がある一方で、著しく低下していることもある。高齢者は筋肉量が減少しているので、糸球体濾過量が低下していても血清クレアチニンは正常範囲内であることが多い。以上の変化はいずれも、高齢者の薬物動態に影響を及ぼす可能性がある。さらに、薬物のタンパク結合度も加齢によって変わるので、遊離薬物の量が変化する。タンパク結合度が高い薬物では、この変化は重大である。

高齢者では術後に譫妄や認知機能の低下が発生しやすく、それが死亡率上昇につながる。高齢者における術後認知機能障害の発生頻度についての研究によれば、退院時が41%、退院3ヶ月後では13%である。記憶力減退は痴呆の前兆であるかもしれないため、術前によく評価を行うべきである。術後の譫妄や認知機能低下の病因は明かではないが、高齢、教育レベルが低い、脳血管障害の既往などが危険因子である可能性が指摘されている。麻酔科医は、薬剤の過剰投与を避けこのような合併症が起こらないように努めなければならない。

加齢に伴う生理変化(若年者との比較)
体水分量     15%減 → Vdwater減少
除脂肪体重   35%減
体脂肪      男性:100%増 女性:50%増 → Vdlipid増加
血清アルブミン  20%減
腎重量      20%減
肝血流量     40%減

教訓 年を取ると、からだの水分が減って脂肪が増えます。そのため薬物動態が変化します。



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