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高齢者に対する周術期の薬物治療③ [anesthesiology]

Perioperative Drug Therapy in Elderly Patients

Anesthesiology 2009年5月号より

麻酔薬
吸入麻酔薬の必要量は、通常、最小肺胞濃度(MAC)で表される。MACとは、吸入麻酔薬を投与下で、疼痛刺激を加えても50%の患者で体動が認められないときの、肺胞内の吸入麻酔薬濃度のことである。全身麻酔には無痛の他にもエンドポイントがある。たとえば意識の喪失である。意識喪失に必要な麻酔薬の量をMACawakeと言う。患者が従命しなくなったときの肺胞内の吸入麻酔薬濃度がMACawakeであり、通常はおよそ0.33MACに相当する。ただし、ハロセンのMACawakeは、他の新しい吸入麻酔薬より高い。40歳のときのMACを1MACとすると、以後一年ごとにMACは0.6%ずつ低下する(fig. 3)。加齢によりMACが低下する理由ははっきりしていないが、神経系全般の機能が加齢変化することが関与していると考えられている。神経系の変化とは、シナプス機能(シナプス前)またはニューロン機能(シナプス後)の変化のことである。たとえば、ドパミン作動性神経伝達系およびコリン作動性神経伝達系はいずれも加齢により変化するし、フリーラジカル産生量は加齢に伴い増加する。脳萎縮や血管のプラーク形成も加齢により進行する。このような変化が正常な加齢変化に当たるのか、それとも何らかの病理が背景にあることを表象しているのかは、よく分かっていない。麻酔薬による無動は、脊髄を介した作用であると考えられている。上述のような変化は、多かれ少なかれ脊髄でも発生している可能性がある。いずれにせよ、麻酔薬に対する感受性が加齢によって強くなる理由はまだよく分かっていない。

高齢者では、チオペンタール、プロポフォール、ミダゾラムなどの静脈麻酔薬や鎮静薬に対する感受性は増強している(table 2)。薬物動態の変化、薬力学の変化、もしくはその両者が感受性増強に関与している。たとえば、高齢者ではエトミデートの作用が強くあらわれる。これは、高齢者に見られる分布容量の低下のため、若年者と同じ量を投与すると血中濃度が高くなってしまうからである。同じ血中エトミデート濃度であれば、若年者も高齢者も同じ脳波変化を示す。つまり、脳のエトミデートに対する感受性は加齢によっては変化しないのである。チオペンタールでも同様である。一方、高齢者におけるプロポフォール感受性増強には、薬物動態と薬力学の両者の加齢変化が影響している。高齢者では、プロポフォールのクリアランスが低下するとともに、脳の感受性は増強している。エトミデートもプロポフォールもGABA-A受容体に作用する。高齢患者において、プロポフォールに対しては脳の感受性が増強し、エトミデートに対してはそうではないのは、奇妙な現象である。以上から、麻酔導入薬(プロポフォール、チオペンタール、エトミデートなど)をボーラス投与する際には、低血圧のような有害作用を避けるため、30秒以上かけて投与すべきである。

心血管系作動薬
虚血性心疾患や慢性心不全のある高齢患者に、β遮断薬が使用される例は、珍しくなくなってきている。また、非心臓手術を受ける中等度から高リスクの患者に対して、周術期にβ遮断薬の使用が推奨されることも多い。プロプラノロール、アテノロールやメトプロロールなどのβ遮断薬の薬物動態および薬力学は、高齢者では変化する。一般的に、半減期が延長し、クリアランスは低下するのだが、メトプロロールは例外的にどちらも加齢変化を示さない。既に述べたとおり、アドレナリン受容体のダウンレギュレーションのため、高齢者のβ遮断薬感受性は低下している。エスモロールのように半減期の短いβ遮断薬の場合は、クリアランスが加齢によって変化しても、臨床的な影響はない。また、β遮断薬は効果(心拍数など)を見ながら投与量を調節する薬剤なので、過量投与は起こりにくい。

クラスⅠの抗不整脈薬(リドカインなど)の多くは、加齢によりクリアランスが低下し半減期が延長するため、静注量を減らす必要がある。ただし、局所麻酔薬として使用する場合はリドカインの投与量を減らす必要はない。同様に、肝排泄性のカルシウムチャネル遮断薬(ジルチアゼム、ニフェジピン、ベラパミルなど)は、加齢に伴い効果が遷延するため、投与量を減らすべきである。

ジゴキシンは主に腎から排泄されるため、高齢者では半減期が延長する。加えて、高齢者では分布容量が減少しているため、ジゴキシンの投与量は減らさなければならない。そのほかの強心薬および血管作動薬(ドパミン、ドブタミンなど)は様々な臓器や部位(肝臓、腎臓、血漿、その他の組織)で排泄される。高齢者では各臓器の機能が低下していることが多いため、投与量を減らすべきである。β遮断薬と同様に、強心薬や血管作動薬も効果を判断しながら投与量を調節するので、過量投与の危険性は小さい。

オピオイド
フェンタニルは周術期の頻用薬である。作用発現が速いのは、高い脂溶性が一因である。フェンタニルは肝除去率が高いので、クリアランスは肝血流量によって規定されるはずである。しかし、フェンタニル血中濃度が加齢によって変化するという、決定的な薬物動態上の証拠は、まだ示されていない。薬物動態の問題はさておき、フェンタニル必要量は加齢に伴い減少する。ScottとStanskiは、フェンタニル必要量は、20歳のときと比べ89歳になると半減することを明らかにした。フェンタニルの薬物動態パラメータは、年代を問わず概ね一定であったことを踏まえると、フェンタニル必要量の減少には、薬力学の変化が関与しているものと考えられる。スフェンタニルおよびアルフェンタニルは、加齢に伴い似たような薬理学的作用の変化を示し、高齢者では、感受性が50%ほど増強する。したがって、強力なオピオイドであるフェンタニル、スフェンタニルおよびアルフェンタニルを高齢者に使用する際には、投与量を最大で50%程度減らさなければならない。高齢者におけるフェンタニルおよびベンゾジアゼピンに対する感受性増強に、この二つの薬剤の相乗作用が加わると、患者が自発呼吸中であれば、深刻な低換気に陥る可能性がある。

レミフェンタニルは組織中および血中のエステラーゼによって速やかに分解されるため、作用時間が短い(数分)。エステラーゼは加齢に伴い減少する。20歳時と比べ、80歳時にはレミフェンタニルのクリアランスは約30%低下する。しかし、レミフェンタニルは瞬く間に代謝されるのでクリアランスが低下しても臨床的な影響はないと言ってよい。レミフェンタニルのクリアランスには、腎臓と肝臓はほとんど関与していない。高齢者ではレミフェンタニルの分布容量はおよそ20%減少するので、最高血中濃度が若年者より高くなる。特に、多量のレミフェンタニルをボーラス投与すると、高度の低血圧および徐脈が発生することがあるので、高齢者に使用する場合は注意が必要である。また、高齢者ではレミフェンタニルの鎮静作用が出現しやすい。脳波の抑制が認められるレミフェンタニル血中濃度は、高齢者では若年者の半分である。

高齢者におけるモルヒネの分布容量は、若年者の分布容量の50%に減少している。血漿クリアランスは低下する。さらに、糸球体濾過量の減少のため、モルヒネの活性代謝産物であるモルヒネ-3-グルクロニドおよびモルヒネ-6-グルクロニドの除去効率も低下する。モルヒネに対する感受性増強には、薬物動態の変化が少なくとも部分的には関与していると考えられている。高齢者のモルヒネに対する感受性増強に、薬力学的な側面が関わっているか否かは明かではない。いずれにせよ、高齢者に対するモルヒネの初回投与量は減量すべきである。モルヒネを用いたPCAを高齢者に行う際には、薬物動態および薬力学的な変化が生じている可能性に配慮し、持続投与量、ボーラス投与量ともに減量しなければならない。

筋弛緩薬
他の薬剤と同様に、筋弛緩薬でも、作用発現の早さ、投与量と作用の関係および作用時間が薬理学的事項として述べられるのが常である。一般的に、高齢者では筋弛緩薬の作用発現は若年者より遅くなる。加齢による筋血流量と心拍出量の低下が、その原因である。高齢者では体水分量が減少していて、多くの筋弛緩薬は水溶性が高い(イオン化率が高いため)。したがって、高齢者では、投与量あたりの反応が若年者と比べ大きくなる。肝または腎排泄型の筋弛緩薬(ベクロニウムやロクロニウムなど)の作用時間は、高齢者では延長する。その他の経路で除去される筋弛緩薬(シスアトラクリウムなど)の場合は、作用時間はほとんど延長しないと考えられる。高齢者では、筋弛緩作用持続時間(75%ブロックから25%ブロックに低下するまでの時間)が最大200%延長する。たとえば、ベクロニウムの筋弛緩作用持続時間は、若年者では15分であるが、高齢者ではおよそ50分である。ロクロニウムでは若年者13分、高齢者22分であり、パンクロニウムではそれぞれ40分、60分である。高齢者において、筋弛緩薬の臨床作用が若年者と異なるのは、薬物動態が変化するためであり、薬力学的な変化は関与していない。

パンクロニウムはステロイド骨格を持つ筋弛緩薬の先駆けであり、主に腎から排泄される(~70%)。したがって、腎血流量や糸球体濾過量が低下していることが多い高齢者では、作用時間が延長する。ベクロニウムはパンクロニウムと構造が似ている。ほとんど代謝されず主に胆汁中へ、一部は尿中へ排泄される。肝血流量、肝機能および腎機能の加齢変化により、高齢者ではベクロニウムのクリアランスが30-50%低下する。ロクロニウムもベクロニウムと同様に、胆汁および尿中へ排泄され、高齢者では作用時間が延長する。しかし、ベクロニウムと異なりロクロニウムでは、活性代謝産物は産生されない。高齢者では、ステロイド骨格を持つ筋弛緩薬の作用時間は、若年者と比べ延長する。加えて、分布容量が減少していることを考慮すると、高齢者では維持量の投与間隔は延長させなければならない。そして、おそらく一回投与量も少なくするべきである。

ベンジルイソキノリウム系筋弛緩薬には、アトラクリウム、ミバクリウム、シスアトラクリウムおよびドキサクリウムがある。この中には、いろいろな異性体から成るものもある(アトラクリウム、ミバクリウム)。シスアトラクリウムはアトラクリウムの異性体の一つである。ミバクリウムは血漿偽性コリンエステラーゼによって分解される。

アトラクリウムとシスアトラクリウムはホフマン反応とエステル加水分解によって代謝される。シスアトラクリウムの大半(約80%)は、以上の経路で除去されるが、アトラクリウムのクリアランスには肝排泄も関与している。アトラクリウムとミバクリウムの作用時間は加齢に伴い延長するが、シスアトラクリウムでは加齢による作用時間の変化はほとんど認められない。

脱分極性筋弛緩薬であるサクリニルコリンは、偽性コリンエステラーゼによって速やかに代謝される。偽性コリンエステラーゼの活性は、加齢によって変化する可能性があるが、臨床的には影響はほとんど無視できるものと考えられる。ただし、高齢者ではサクシニルコリンの作用発現が遅れる。筋血流量と心拍出量の低下が、その原因であろう。

結論
現代では、総人口に占める高齢者の割合が増えている。高齢者は、均質な集団として一括りにできるわけではない。高齢者は、麻酔に使用する薬剤に対して、若年者とは異なる反応を示す。体脂肪量の増加と体総水分量および筋肉量の減少は、薬物動態のさまざまな変化に結びつく。肝機能および腎機能の変化は、薬剤のクリアランスの変化を招く。高齢者では多くの薬剤に対する感受性増強が認められる。したがって、高齢者の周術期管理においては、少量から投与を開始し、効果を見定めながら投与量を調節するべきである(start low and go slow)。

教訓 静脈麻酔薬、オピオイド、筋弛緩薬の高齢者での投与量がtable 2にまとめられています。無料でアクセスできるのでご覧になってください。

コメント(6) 

コメント 6

SH

現代の麻酔ではMACは麻酔の基準にはなりません.20世紀に捨てて来て下さい.1990年代のRampilやAntogniniらの研究がこのことを明らかにしています.
もっともMACawakeは「意識」という大脳の作用への麻酔薬の効果をみていますから,こちらは21世紀でも意味を持ちますが...

by SH (2009-06-09 21:42) 

vril

SH先生はじめまして。コメントをいただき、ありがとうございます。Rampil先生は、スプラッタでホラーな実験でご高名な方ですよね。

MACという考え方はもう古い、と言われて久しいと思いますが、まだあまり浸透していないのでしょうか?2009年5月号のAnesthesiologyの表紙は、年齢によるMACの変化を図にしたものが鎮座ましましています。

麻酔深度を表現するのに、MACは厳密には正しくはないかもしれないけれど、簡単で便利だから使われているのかなぁ、と思います。正しいことも大事ですが、簡便性もおろそかにはできない。というわけで、いずれは、MACがGuedelの分類と同じように歴史と化すのでしょうが、MAC並みに簡便な指標や概念が確立されるまでは、MACはまだまだAnesthesiologyの表紙に麗々しく掲げられるような位置づけでありつづけるのではないかと感じています。

SH先生は、脳波にお詳しい方だと推察しております。先生のような方が、MACを歴史的遺物として葬り去る旗手としての役割を果たされるのでしょうね。
by vril (2009-06-10 08:47) 

ぶりぶり

今ではMACはWINに負けてますよね。
でも、以前はMACが勝ってましたよ、だから将来
はわかりませんよ。
さすがにMAC!という魅力もありますし、
とりあえずWINだけでは味気ないし、
しかたなくMACもつかっていきます。
by ぶりぶり (2009-06-10 09:09) 

SH

USAではProf. Eger IIが健在である限り,MACの呪縛から開放されることはないと思っています.仕方が無いことかもしれませんが...
時代は確実に進んでいます.ゲーデルの麻酔深度表が過去のものになったようにMACも過去のものになっていくでしょう...
by SH (2009-06-10 09:54) 

vril

ぶりぶり先生お久しぶりです。自宅にパソコンもファックスもなく、携帯電話も電話としてしか使っていない私にとっては、マッキントッシュの方が値段が高くおしゃれなイメージ、ウィンドウズは大衆向け廉価版、という程度にしか違いを把握していません。私はデルの特価品を使っています。おしゃれじゃなくて大衆的ってことです。
by vril (2009-06-10 12:10) 

vril

SH先生再びコメントありがとうございます。Prof. Eger IIは、強い影響力を持つ方なんですね。そして、正しいことや真理に忠実であるよりも、長いものに巻かれる傾向が瀰漫するのは、洋の東西を問わないようです。

しかし、人間は、間違いをおかしながらも進化と向上を続けていると私は信じています。悪貨は良貨を最終的には駆逐できない、なんて言うと、MACを信奉している人を貶しているようですが、ともかく、SH先生のおっしゃるとおり時代はよい方向へと進むに違いありません。
by vril (2009-06-10 12:22) 

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