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溺死最新情報2009~病態生理:肺② [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

溺水による肺の変化のメカニズム
肺胞および気道に水があると、蘇生を行ってもその水による機械的閉塞によって換気ができなくなることを、すでに1933年にKarpovichが指摘している。この後、別の研究者たちが、海水を誤嚥すると肺内水分量が増えることを明らかにした。Halmagyiは、ラットの肺に海水を注入し、肺重量が三倍に増え、その増加量は注入した海水の重量を上回ることを明らかにした。他の複数の研究でも、イヌの気管内に海水を注入した後に、重力ドレナージまたは吸引によって海水を除去するよう図っても、注入海水量よりもたくさんの水分が肺にたまることが示されている。イヌを使った40~91mL/kgの大量海水誤嚥モデルを用いて研究を行ったReddingらは、血管内容量を維持しながら14~33mL/kg以上の水分を肺からドレナージすることができた場合にのみ生存させることができたと報告されている。肺内水分量が増えるのは、海水が高張であり、循環血液中の水分が肺胞へと吸い取られるためである。したがって、同時に血管内容量が減少する。

反対に、淡水の誤嚥では、ラットの肺重量は増えないことが分かっている。麻酔イヌの気管内に死なない程度の量の淡水を注入すると、ただちに吸収され、わずか3分後には重力によるドレナージが不可能になる。

海水は高張である。したがって、海水による溺水事故被害者に肺水腫が起こるのは、比較的納得しやすい。淡水に完全に沈めた後に死亡させた動物の肺から抽出したサーファクタントには、表面張力を低下させる性質が失われている。そのため、肺胞は安定性を失い虚脱してしまう。サーファクタントのない肺胞は、不安定で、水分が簡単に透過できるようになる。これが、淡水誤嚥後に発生する肺水腫の一因である。その他の原因として考えられるのは、淡水誤嚥による一過性の血管内容量過多である。翻って、等張食塩水や海水中の完全水没では、サーファクタントは一部流失するが、ほとんどは正常な状態で残る。したがって、剖検で得られたサーファクタントの表面張力低下作用は、正常に維持されている。海水誤嚥後の肺水腫の主原因は、サーファクタント機能の低下ではなく、肺胞毛細血管内外の浸透圧勾配であると考えられている。この浸透圧勾配により、肺胞内に水分が充満し、血流はあってもガス交換ができなくなるのである。

溺水が淡水によるものであれ海水によるものであれ、最終的な現象は肺水腫である。肺水腫が発生すると、肺コンプライアンスが低下し、換気/血流不均衡の程度が著しくなる。淡水、海水問わずどちらの水を誤嚥した場合であっても、空気呼吸下であれ、100%酸素吸入下であれ、肺胞気-動脈血酸素分圧較差は直ちに拡大する。したがって、溺水被害者に認められる低酸素症は、換気/血流不均衡によるものであることが分かる。その程度は、完全な肺内シャントから、換気/血流比のわずかな低下までの広い範囲にわたる。さらに詳しく、発表当時としては周到な研究が、ColebatchとHalmagyiによって行われた(1961年)。この研究では、水分誤嚥が肺のメカニクスに与える影響が、ヒツジモデルを用いて明らかにされた。ヒツジは3頭から7頭の群に分けられ、淡水(1または3mL/kg)または海水(1または2.5mL/kg)が気管内に注入された。肺コンプライアンスは気管内注入から5分以内に最大66%も低下した。弾性呼吸仕事量は3~5倍、気道抵抗は2~8倍に増えた。アトロピン静注およびイソプロテレノール静注または吸入により、コンプライアンス低下の程度は軽減することが示された。

淡水であっても海水であっても溺水後の回復期には、100%酸素呼吸のときには肺胞気-動脈血酸素分圧較差が正常に戻っていても、空気呼吸下では著しい低酸素症を呈することがある。この所見から、肺内シャントが臨床的には改善しても、換気/血流ミスマッチや拡散障害のある部分が不均一に残っているせいで低酸素症が起こっていると考えられる。液体誤嚥後に発生する様々な変化も、完全な回復が遅れる原因として関わっているのであろう。例えば、タンパクを多く含んだ滲出液の貯溜、肺胞-毛細血管膜の傷害、続発的に発生した肺の感染などが、そのような原因として考えられる。

液体誤嚥後には様々な顕微鏡的変化が生ずることが知られている。ラットの肺に少量(体重100gあたり0.1mL)の淡水を注入し、電子顕微鏡で観察しても、何ら変化は認められない。だが、同じ量の海水を注入した場合は、肺重量の増加と肺胞出血が認められた。ラットの肺に気管から淡水を潅流すると、肺胞中隔の肥厚、毛細血管虚脱、赤血球数減少、ミトコンドリア腫脹、細胞骨格の消失などの変化が認められる。肺胞内から大量の淡水が急速に吸収されることによって、このような変化が発生するものと考えられる。ラットの肺内に海水を潅流した場合は、あまり大きな変化は認められない。

ヒトおよび動物の溺死後剖検でよく認められる所見は、まるで急性肺気腫のような、肺の過度な拡張である。Miloslavichによると、これは肺胞の破裂によって発生する変化である。声門が閉じていたり、水没によって気道が水で閉塞していたりする状況で、強い呼吸努力が発生し気道内圧が大きく変化することによって肺胞が破裂すると考えられているが、正確なメカニズムは今のところ不明である。溺水後12時間以上生存し、その後結局死亡するような例では、肺炎、膿瘍、機械的傷害、肺胞内のヒアリン沈着などの変化が、溺水後3日目までにあらわれる。このような所見が認められるのは別に意外なことではない。溺水後剖検例の70%では水以外の物質を誤嚥していることをFullerが報告している。水以外の物質とは、吐物、泥、砂や藻である。だが、Buttらは、溺水後生存者に共通して見られる肺機能または動脈血酸素化の異常を突き止めることはできなかった。したがって、急性期にどのような変化が生ずるにせよ、溺水後に回復してしまえば、臨床的な肺の異常は完全に消失すると考えられる。

溺水後の肺内シャントおよびPaO2低下は、適切なPEEP付加によって改善できる。一酸化窒素のような新しい治療法は、溺水以外の理由による重症肺水腫の治療には有効である可能性がある。しかし、溺水患者の治療に関する無作為化前向き臨床研究はまだ行われていない。

教訓 海水の誤嚥:高張なので、吸収されない。浸透圧差のため肺胞内に水が引き込まれ、肺水腫になる。淡水の誤嚥:低張なので、すぐに吸収される。サーファクタントが流失して、肺胞が虚脱し、血管透過性亢進から肺水腫に至る。



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