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VAPの新しい課題と論点~早期気管切開 [critical care]

New Issues and Controversies in the Prevention of Ventilator-associated Pneumonia

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年10月1日号より

ガイドラインで言及はされているが推奨されていない方法

早期気管切開

気管挿管が長期化すると、喉頭傷害や気管狭窄が起こることがある。気管挿管が長期間におよぶと見込まれる場合にこのような合併症を回避するための策として、早期気管切開が提唱されている。

早期気管切開によってVAP発生頻度が低下するという結果を示す研究もあれば、低下しないという報告もある。Griffithsらは、計382名を対象とした5編の無作為化もしくは準無作為化比較対照試験についてメタ分析を行い、早期気管切開と、晩期気管切開もしくは長期気管挿管とを比較した。早期気管切開(気管挿管下の人工呼吸開始から7日以内の気管切開)を行ってもVAPリスク(相対危険度0.90; 95%CI, 0.66-1.21)および死亡率(相対危険度0.79; 95%CI, 0.45-1.39)は有意には低下しないという結果が得られた。しかし、早期気管切開が行われると、人工呼吸期間(差の平均, -8.5日; 95%CI, -15.3日~-1.7日)およびICU滞在日数(差の平均, -15.3日; 95%CI, -24.6日~-6.1日)については有意な短縮が認められた。

このメタ分析に続き、Blotらは人工呼吸期間が7日以上におよぶと予測される患者125名を対象とした研究を行った。この研究では、対象患者が長期気管挿管群もしくは早期(4日以内)気管切開群のいずれかに無作為に割り当てられた。死亡率、VAP発生頻度、人工呼吸期間、ICU滞在期間、鎮静薬使用量、喉頭もしくは気管合併症発生率について、両群間に有意差は認められなかった。気管切開によって得られる利点は、快適性が優れている点のみであった。

Durbinらは先頃、計641名を対象とした7編の無作為化もしくは準無作為化比較対照試験についてメタ分析を行い、早期気管切開と、晩期気管切開もしくは長期気管挿管とを比較した。肺炎および死亡率のリスクについては有意差は認められなかった。しかし、早期気管切開(人工呼吸開始から5日以内)と晩期気管切開を比較した3編の無作為化比較対照試験のみに限って分析したところ、晩期気管切開群と比べ早期気管切開群では死亡率が低下し(オッズ比0.40; 95% CI, 0.25-0.97)、ICU滞在期間が短縮する(-10.96日; 95%CI, -17.42日~-4.38日)ことが明らかになった。

Veenithらは、英国に所在する228か所のICUにおける気管切開の実態を調査した。外科的気管切開術よりも経皮気管切開術に対する選好度の方が高く、調査対象ICUの92%において経皮的気管切開が行われている。気管切開の実施時期にはばらつきが認められた。対象施設の82%では、人工呼吸開始から10日以内に気管切開が行われていることが分かった。

早期気管切開によって、人工呼吸期間およびICU滞在期間が短縮し、死亡率が低下し、患者の快適性が増すことが以上に紹介した各メタ分析で示されている。したがって、人工呼吸期間が7日以上におよぶと予測される患者に対する早期気管切開の実施について、我々は「一考に値する」と決定した。しかし、早期気管切開によってVAP発生率が低下することを示した研究はまだ存在しない。また、長期の気管挿管を要する患者を正しく予測しなければならないという重大な問題も孕んでいる。Durbinらのレビューでは、重症患者の気管切開実施時期を決定するのに用いるアルゴリズムが紹介されている。このアルゴリズムでは以下のような状況が想定されている:上気道狭窄、GCS 6点以下の神経疾患、C4以上の脊髄損傷、自律神経異常または呼吸器系基礎疾患を伴う急性神経筋疾患、第7病日においてARDSスコア2.5点以上、皮下組織まで達した広範囲の熱傷もしくは重度の感染を伴う熱傷。

教訓 人工呼吸期間が7日以上におよぶと予測される患者に対しては、早期気管切開の実施は一考に値します。しかし、早期気管切開によってVAP発生率が低下することは確認されていません。気管挿管が長期化しそうな患者を正しく予測する必要があります。
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VAPの新しい課題と論点~バイオフィルム除去、生食注入 [critical care]

New Issues and Controversies in the Prevention of Ventilator-associated Pneumonia

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年10月1日号より

ガイドラインで検討されていない方法③

バイオフィルム除去装置

気管チューブの内壁表面に形成されるバイオフィルムを除去するというのも、VAPのリスクを低減する方策として提唱されている。細くて柔らかい吸引カテーテルを気管チューブの中に挿入して内壁に付着した粘液を除去する方法が慣例的に採られている。しかし、この方法では気管チューブ内の分泌物を根こそぎ除去するというわけにはいかないこともある。そこで、気管チューブ内壁のバイオフィルムを除去するのに使用する、バルーンの付いた装置(Mucus Shaver; National Institutes of Health, Bethesda, MD)が開発された。この装置の先端が、気管チューブ先端ぎりぎりのところに位置するように挿入し、二つの輪が気管チューブ内壁に密着しバイオフィルムを削ぎ落とすことができるようバルーンを十分膨らませる。そして、3-5秒かけて静かにこの装置を引き出し、気管チューブ内に溜まった粘液を除去するのである。

Kolobowらは8頭のヒツジを使って人工呼吸を72時間実施した(2頭には従来の気管内吸引を6時間おきに行い、6頭には従来の気管吸引を行った後にMucus Shaverを用いた)。実験中の平均PIPは、Mucus Shaver群の方が対照群より低かった(18.7±1.39 vs 21.4±1.91cmH2O)。抜管後、バイオフィルム形成の程度を評価するため、走査電子顕微鏡を用いて気管チューブ内壁を観察した。Mucus Shaver群に使用した気管チューブにはバイオフィルムは全く認められなかったが、対照群の気管チューブではバイオフィルム形成が顕著であった。Berraらは、12頭のヒツジにスルファジアジン銀被覆気管チューブを挿入し人工呼吸を72時間行う研究を行った(5頭には従来の気管内吸引を6時間おきおよび必要時に実施、7頭には従来の気管吸引を行った後にMucus Shaverを用いた)。抜管後、対照群(Mucus Shaver非使用群)の気管チューブ内壁には大量の細菌定着とバイオフィルム形成が認められた(汚染塊の厚みの中央値380μm; 範囲、270-550μm)。しかし、Mucus Shaver使用群では、抜管後の気管チューブ7本のうち3本のみで細菌定着が認められるに止まった。以上のようにMucus Shaverは有効であるように思われるが、VAP予防効果についてのデータは今のところ報告されていない。したがって、この気管チューブの使用可否について確定的な推奨事項を導くことはできない。

生食注入後気管内吸引

気管内吸引に先立ち毎回生食を注入する手法については、賛否両論がある。生食を注入せずに吸引カテーテルを挿入する方法と比べ、吸引カテーテル挿入前に生食を注入すると細菌塊が気管チューブ内壁から剥がれ落ちやすくなり、剥がれ落ちてしまえば下気道が汚染されることになるため、VAPの発生頻度を上昇させる可能性がある。その上、気管内吸引前の生食注入は、低酸素血症の原因となり得る。

一方で、生食を注入してから気管内吸引を行うとVAPの発生頻度を低下させることができるという考えもある。というのも、吸引前に生食を注入すれば、粘稠な分泌物を除去しやすくなり、咳をするのを促されるため分泌物が気管まで喀出されて吸引しやすくなり、また、気管内チューブ内のバイオフィルム形成を軽減することができる可能性もある。Carusoらが行った研究では、262名の患者が、生食注入後に気管内吸引を行う群か生食を注入せずに気管内吸引を行う群かのいずれかに無作為に割り当てられた。生食注入群の方が、細菌培養で確定診断されたVAPの発生頻度が低かった(23.5% vs 10.8%; P=0.008)。人工呼吸1000日あたりの細菌培養確診VAP症例発生頻度も生食注入群の方が低かった(21.2件 vs 9.6件; P<0.001)。気管チューブの閉塞や無気肺の発生率、死亡率、人工呼吸期間およびICU滞在日数については有意差は認められなかった。生食注入に伴って発生するおそれのある諸問題を考慮すると、この一編の研究のみを頼りに気管内吸引前の生食注入をルーチーンで行うことを推奨することはできない。場合によっては(例, 粘稠で吸引が困難な分泌物がたまっている場合)、一時的に生食注入を行うとよいこともあるかもしれない。

教訓 気管チューブ内のバイオフィルムを除去する装置(Mucus Shaver)を用いると細菌定着とバイオフィルム形成は抑制されますが、それがVAP予防につながるかどうかは分かりません。気管内吸入前の生食注入はルーチーンに行うべきではありません。
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VAPの新しい課題と論点~カフ圧自動制御、Lotrach [critical care]

New Issues and Controversies in the Prevention of Ventilator-associated Pneumonia

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年10月1日号より

ガイドラインで検討されていない方法②

気管チューブカフ圧の持続監視装置

声門下分泌物が下気道へたれ込むのを防ぐには、カフ圧を最適な状態に維持するという方法もある。気管をしっかり密閉し、口腔咽頭内にたまった分泌物が下気道へたれ込ませない圧をカフ圧が下回らないようにしなければならない。Relloらが行った研究では、カフ圧が持続的に20cmH2O未満であった症例ではVAP発生率が高い傾向が認められている(相対危険度2.57; 95%CI, 0.78-8.03)。気管挿管されていて抗菌薬を投与されていない患者において、カフ圧が持続的に20cmH2O未満であるとVAPの独立危険因子となる(相対危険度4.23; 95%CI, 1.12-15.92)。また、気管損傷を防ぐため、カフ圧は30cmH2Oを超えてはならないことも明らかにされている。

Valenciaらは142名の人工呼吸患者を、カフ圧自動制御装置(その時のカフ圧が画面上に常に表示される)を用いる群か手動カフ圧計でカフ圧を調整する群かのいずれかに無作為に割り当てた。手動カフ圧計使用群では、8時間おきまたはリーク音が聴取されたときにカフ圧の確認を行った。手動カフ圧計使用群と比べカフ圧自動制御装置使用群の方が、カフ圧が20cmH2Oを下回る頻度が少なかった(測定回数のうち45.3% vs 0.7%; P<0.001)。しかし、臨床診断基準によるVAP症例発生率、細菌検査によるVAP確定診断症例発生率、ICU死亡率、院内死亡率、ICU滞在期間および入院期間については有意差は認められなかった。以上から、カフ圧は20~30cmH2Oに維持するべきである。自動制御装置を用いるとカフ圧を正確に管理することができるが、エビデンスが十分には蓄積されていないためその使用の可否について確定的な推奨事項を導くことはできない。

SSD機能およびカフ圧維持機能搭載低容量/低圧カフ付き気管チューブ

他にもVAPの発生頻度低下を目指して設計された気管チューブがある(Lotrach; Venner Capital, Singapore)。このチューブは下気道への声門下分泌物のたれ込みを防ぐため以下のような機能が搭載されている;SSD; 低容量/低圧カフ; カフ圧を一定に維持する装置。既に本レビューで触れたとおり、従来のHVLPカフを気管内で膨らませると、余ったカフ素材が皺を作りそこに通路ができてしまう。すると、カフ上部に溜まった声門下分泌物は皺が寄ってできた通路から下気道へとたれ込み、VAPが発生する。低容量/低圧カフ(よくのびるシリコンでできている)には、従来のHVLPカフよりも皺を作りにくいという利点がある。Youngらは、実験モデルおよび麻酔のかかった重症患者にこの気管チューブ(Lotrach)を用い、従来の気管チューブと比べて誤嚥が少ないことを明らかにした。しかし、この研究ではVAPについてのデータは報告されていない。したがって、VAP予防を目的としたこのような気管チューブの使用可否について、確定的な推奨事項を導くことはできない。

教訓 気管挿管されていて抗菌薬を投与されていない患者において、カフ圧<20cmH2Oが続くとVAPの独立危険因子になります。気管損傷を防ぐため、カフ圧は30cmH2Oを超えないようにしなければなりません。Lotrachを用いると誤嚥は減るようですがVAPを予防できるかどうかは不明です。
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VAPの新しい課題と論点~極薄カフ/SSD [critical care]

New Issues and Controversies in the Prevention of Ventilator-associated Pneumonia

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年10月1日号より

ガイドラインで検討されていない方法①

極薄カフ気管チューブ

声門下の分泌物は、気管チューブのカフ上部に貯留しカフ表面にできた皺に沿って下気道へたれ込むことがあり、その結果VAPが発生する。声門下分泌物の微量誤嚥(不顕性誤嚥)を回避する手立てとして色々な予防策が考案されている。声門下分泌物ドレナージ(SSD)機能付き気管チューブによる分泌物の除去がその一例である。計896名を対象とした5編の研究についてDezfulianらが行ったメタ分析では、SSD機能付き気管チューブを用いるとVAPリスクが低下することが明らかにされた(相対危険度0.51; 95%CI, 0.37-0.71)。早期発症の肺炎が減ることがVAPリスク低下に主に寄与していた(相対危険度0.38, 95%CI, 0.16-0.88)。このメタ分析における重要な点の一つは、5編の分析対象文献のうち4編において、人工呼吸管理を72時間以上要する見込みの患者を対象としていたことである。このメタ分析が発表された数年後の2008年にはBouzaらが、心臓手術を受ける患者714名をSSD機能付き気管チューブまたは従来の気管チューブのいずれかに無作為に割り当て比較する研究を発表した。VAP発生頻度はSSD機能の有無によらず同等であった(3.6% vs 5.3%; P=0.2)。しかし、人工呼吸管理を48時間以上要した患者では、SSD機能付き気管チューブ使用群の方がVAP発生率が低く(26.7% vs 47.5%; P=0.04)、ICU滞在期間が短く(中央値, 7日 vs 16.5日; P=0.01)、入院中の抗菌薬使用量が少なかった(1206ユーロ vs 1877ユーロ;P<0.001)。

声門下分泌物の下気道へのたれ込みを避けるための予防策としては他に、気管チューブのカフにできた皺がたれ込み路を形成するのを防ぐという方法がある。従来用いられている大容量低圧(HVLP)カフを完全に膨らませると、その直径は成人の平均気管径の1.5~2倍にもなる。HVLPカフを気管内で膨らませて臨床的な密閉状態を作ると、余ったカフの素材が折り重なった状態になり通路が形成される。気管チューブのカフ上部に蓄積した声門下分泌物は、カフが皺になってできたこの通路をつたって下気道へとたれ込み、VAPを引き起こすと考えられる。カフに皺ができて気体が漏れたり液体がたれ込んだりしないよう設計された極薄のHVLPカフが最近登場した(厚さ7μm、従来のポリ塩化ビニル製カフは厚さ>50μm)。Dullenkopfらは、各社のポリビニル製HVLPカフと、極薄ポリウレタンHVLPカフの性能を比較するin vitro実験を行い、チューブカフ周囲の液体のたれ込みの程度の違いを検討した。内径20mmのポリ塩化ビニル製気管モデルを垂直に設置し、気管チューブを挿入しカフを膨らませた。カフ圧は10~60cmH2Oとした。着色水(5mL)をカフ上部に注入した。60cmH2Oまでのいずれのカフ圧であっても、従来型のカフでは着色水注入後5分以内にカフ周囲からのたれ込みが認められた。極薄ポリウレタンカフでは、カフ圧が20cmH2Oだとたれ込みは起こらなかった。さらに、カフを造影剤に浸漬した後にポリ塩化ビニル製気管モデルに気管チューブを挿入し、カフ圧を20cmH2Oに設定してCTを撮影した。従来型HVLPカフ付き気管チューブの画像では、皺ができているせいでカフの部分に所々他の部分より濃く増強されている部分が認められた。Dullenkopfらが行った別の研究では、各社の従来型ポリ塩化ビニル製カフ付き気管チューブまたは極薄ポリウレタン製カフ付き気管チューブのいずれかが50名の患者に無作為に割り当てられ挿入された。標準的な人工呼吸器設定(PIP 20cmH2O; PEEP 5cmH2O; RR 15/min)でリークが生じないように、口元で気体が漏れる音が聞こえないか確認してカフ圧を設定した。リークを防ぐのに要するカフ圧は、極薄ポリウレタン製HVLPカフの方が他のポリ塩化ビニル製HVLPカフよりも低かった(9.5[8-12]cmH2O vs 19.1[8-42]cmH2O)。Poelaertらは心臓手術を受ける患者134名を、極薄ポリウレタンカフ付き気管チューブ群または従来型のポリ塩化ビニルカフ付き気管チューブ群に無作為に割り当て、極薄カフ群の方が術後早期の肺炎の発生頻度が低かったことを報告している。多変量回帰分析を行ったところ、極薄ポリウレタン製カフ付き気管チューブを使用すると、早期発症のVAPに対する予防効果が得られることが分かった(オッズ比0.31; 95%CI, 0.13-0.77; P=0.01)。しかし、Poelaertらの研究は対象を心臓手術患者に限った小規模なものであるため、VAP発症リスクのある他の患者群にはこの結果は当てはまらない可能性がある。また、この研究で用いられたポリウレタン製カフの形状は紡錘形であったため、同じ材質でも他の形状であれば同様の結果は得られないかもしれない。紡錘形カフの利点は、気管内の少なくとも一点においては膨らんだカフが気管にぴったりと密着することである。この部分には皺ができず、リークもたれ込みも起こりにくい。そんなわけで、VAP予防効果がもたらされる要因が、カフの材質がポリウレタンであることにあるのか、紡錘形の形状にあるのか、それともその両者であるのかは、現時点ではまだ分かっていない。

声門下分泌物の下気道へのたれ込みを回避するもう一つの予防策として、二つの効果を一挙に狙ったSSD機能搭載の極薄カフ付き気管チューブの使用がある。280名を対象とした無作為化試験で、SSD機能搭載極薄カフ付き気管チューブと従来型のポリ塩化ビニルカフ付き気管チューブについて、VAP発生頻度の比較検討が行われた。SSD機能搭載極薄カフ付き気管チューブ使用群の方が早期および晩期あわせたVAPの発生頻度が低かった(11/140[7.9%] vs 31/140[22.1%]; ハザード比3.3; 95%CI, 1.66-6.67; P=0.001)。VAP発症時期別の解析でも、早期発症、晩期発症ともにSSD機能搭載極薄カフ付き気管チューブ使用群の方が発生頻度が低かった(早期発症VAP 5/140[3.6%] vs 15/140[10.7%]; ハザード比3.3; 95%CI, 1.19-9.09; P=0.02、晩期発症VAP 6/63[9.5%] vs 16/60[26.7%]; ハザード比3.5; 95%CI, 1.34-9.01; P=0.01)。前述のDezfulianらのメタ分析では、SSDの効果は早期発症VAPに対してのみ発揮され、晩期発症VAPを防ぐことはできないとされが。しかし、この研究では、SSD機能搭載極薄カフ付き気管チューブを使用すると早期発症VAPだけでなく晩期発症VAPも予防することができるという貴重な知見が示された。ただし、本研究は極薄カフと声門下吸引を併用した気管チューブとポリ塩化ビニルカフ付きでSSD機能のない従来型気管チューブの比較を行った研究なので、極薄カフそのものだけによってもたらされる直接的な効果を評価することはできない。

以上に紹介した器具を用いることによって人工呼吸期間、医療費および抗菌薬使用日数が低減できるかどうかは現時点では不明である。したがって、ここに挙げた器具の有用性については疑問点が残る。特に、大規模無作為化比較対照試験が行われていないということが弱点である。故に、SSD機能搭載気管チューブの使用は「推奨」、SSD機能に加えて極薄もしくは紡錘形カフが付いた気管チューブの使用は「一考に値する」と決めた。

教訓 HVLPカフは皺ができるのでたれ込みが起こりやすいと考えられます。極薄ポリウレタン製カフは皺ができにくいのでVAP予防効果があるかもしれません。声門下分泌物ドレナージ(SSD)はVAP予防に有効です。
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VAPの新しい課題と論点~はじめに [critical care]

New Issues and Controversies in the Prevention of Ventilator-associated Pneumonia

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年10月1日号より

VAPは現在に至っても重症患者の病状悪化や死亡率上昇につながり、医療費を押し上げる大きな原因である。2001年から2005年のあいだに複数の学会がVAP予防ガイドラインを公表した。2006年には「10万人救命キャンペーン」がはじまり、米国の医療界において指導的立場にある政府関係機関および学会が旗振り役を務めた。このキャンペーンの中には、VAPおよび人工呼吸管理中のその他の有害事象の発生頻度を低下させることを目的としたVAP予防プログラムが盛り込まれた。2007年には欧州各国独自のVAPガイドラインが見直され、欧州全域共通のVAPガイドラインを制定しようという機運が生まれた。そして先頃、欧州VAP管理プログラムが公表された。2008年と2009年には、各学会が相次いで新しいガイドラインを発表した。

我々は2007年に2001年から2005年にかけて公表されたガイドラインを検討し、VAP予防策に関する問題点がいくつか顧みられていないことを明らかにした。この1-2年のあいだに、VAP予防策としての有望性を秘めた新しい手法が登場しているが、そのいずれもが現行のガイドラインでは言及されていない。VAP予防策となり得る新しい方法の例として、極薄カフ気管チューブの使用、低容量低圧カフ気管チューブの使用、カフ圧持続モニタリング装置の使用、バイオフィルムを除去する装置の使用および気管内吸引前の生食注入などが挙げられる。気管切開の実施時期について検討したガイドラインは数少ないため、気管切開実施時期の重要性について、何らかの確かな見解を導くのは困難である。さらに、熱湿度交換器(HME; 人工鼻)または加温加湿器(HHs)の使用や、抗菌仕様気管チューブの使用については各ガイドラインで見解が分かれている。以上で参考にしたのとは別のVAP予防法に関する最近の研究では、人工鼻、加温加湿器および抗菌仕様気管チューブは予防策として取り入れられていない。そこで、本レビューではVAP予防策に関する問題のうち、現在流通しているガイドラインで明確な推奨見解が示されていなかったり、賛否が分かれたりしている手法を中心に論ずることにする。本レビューで我々が示した推奨事項を決定する際に用いた判断基準は以下の通りである:無作為化比較対照試験(RCT)またはメタ分析で有用性が明らかにされており、有効性、危険性または費用の点において何らかの留保がない場合を「推奨」とする;RCTまたはメタ分析以外の研究で有用性が示されているか、有効性、危険性または費用の点においてわずかに懸念がある場合を「一考に値する」とする;有効性、危険性または費用の点において重大な懸念がある場合を「さらに研究を重ねる必要がある」とする。

教訓 極薄カフ気管チューブ、低容量低圧カフ気管チューブ、カフ圧持続モニタリング装置、バイオフィルム除去装置、気管内吸引前の生食注入、気管切開の実施時期、人工鼻、抗菌仕様気管チューブなど、現行のガイドラインでは触れられていないか、見解が分かれているVAP対策についてのレビューです。

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意識と麻酔⑧ [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

まとめ

麻酔薬の作用機序および作動部位は種類によって異なるのだが、大半の麻酔薬は下頭頂小葉周囲に位置する視床後外側核を直接的または間接的な標的として作用する。おそらく、内側皮質核も多くの麻酔薬の作用標的である。内側と外側のどちらの核が作用標的として重要なのかを解明するのは今後の課題である。前頭葉の各皮質領域が遂行機能(行動管理機能)や内省検討機能の発揮に不可欠なのか否かも、未解明である。第二に、麻酔薬による意識消失は、この視床皮質系後側の抑制だけによるものではなく、視床皮質系を構成する区域同士の機能的結合の破綻も一役買っている。第三に、通常は音声指示に対する反応の有無によって意識の有無を評価すれば事足りるが、場合によってはこの方法では判断を誤ることがある。最後に、現在までに蓄積された実験データの背景機序を説明するのに好都合な理論的体系によれば、意識があるという状態を支えているのは、異なる状態のレパートリーを豊富に持つ統合されまとまった系である。この理論体系を踏まえると、麻酔薬によって意識が消失するのは、統合を妨げるか(=特定の領域同士の相互作用を阻害する)、情報量を減らすか(=皮質間ネットワークが取り得る活動パターンの種類を減らす)のいずれかの機序によると考えられる。意識についての他の理論体系では、global workplaceとの接続や、ニューロンが大規模な連携を形成することが重視されている。このような他の理論体系によっても、本論文で紹介した多くの知見を説明することができる。特に、皮質の統合性が果たす役割については、他の理論体系でも十分説明がつく。以上の理論のいずれもが、より特異的な作用を持つ薬剤の開発につながったり、麻酔薬が意識に及ぼす影響をより正確にモニターしたり、意識の神経基盤を明らかにする手段として麻酔を行ったりする際に役立つであろう。

教訓 麻酔薬による意識消失には、視床皮質系の抑制と、視床皮質系を構成する区域同士の機能的結合の破綻が関与しているようです。

参考

information integration theory of consciousness
この論文の著者(Tononi)が提唱している理論。意識は、その瞬間の特定の状態だけでなく、他にも様々な状態をとり得る。つまり、可能な無数のレパートリーの中から選択された特定の意識状態が、そのときの意識である。したがって、意識は膨大な情報量を持っていると言える。「情報」とは、システムがとりうる状態の時間的、空間的パターンのことである。パターンの数が意識状態のレパートリーである。意識はひとつのまとまった統合体として体験される。意識を個別の要素に分解することはできない。つまり、意識には「情報の統合information integration」という性質がある。意識を生み出す脳のシステムは、膨大な情報を生み出しながら、それらを統合しているのである。脳内の部分要素間の相互情報量で計られる情報的つながりが最も強い一群のグループを、メイン・コンプレックス(main complex)と呼び、このメイン・コンプレックスの範囲が人間の持つ意識体験の範囲と対応すると推測されている(メイン・コンプレックスとして具体的には視床皮質系が想定されている)。そしてメイン・コンプレックス内での各要素の情報論的な結合関係と活動状態とが、体験される意識経験の内容を決めているのではないかと考えられている。

神経ダーウィニズム(神経細胞群選択説;Theory of Neuronal Group Selection)
Edelmanが脳の活動と意識との因果関係を説明するために提唱した理論。脳の複雑なネットワークは、神経回路の自然選択によって形成される。たとえ不測の事態が生じても、これまで培った価値を判断基準にして、様々な組み合わせの神経回路群のうちから適応度に応じて淘汰選択されるのである。生物の進化と同様に、個々の脳においても価値や報酬に適したシナプス集団が生き残るのである。そして、それらが次の行動を生み出す基盤となる。という考え方で、脳の情報伝達のメカニズムが意識を生み出すことを大局的に説明している。

ダイナミック・コア仮説
EdelmanとTononiが提唱した理論。意識の持つ様々な特性を実現させるシステムとして、機能的集合体という概念を導入。機能的集合体は、脳内に広く分散した多様なニューロン群が再入力性回路を介してダイナミックに相互作用するシステム(主に視床皮質系に存在する)である。局所および複数の脳領域間における並列的かつ双方向的な再入力性回路によって神経活動の時空間的な協調性が実現される。この再入力性回路で結ばれた機能的集合体は、高度な複雑性と統合性を備えたシステムであり、ダイナミック・コアと名付けられている。コアは信号を主にコア自身の中でやりとりし、その再入力性の信号のやりとりが意識状態を生み出すと考えられている。

global workplace theory
我々は意識を有することによって脳内に並列分散的に進行し続ける機能処理工程 (知覚、ワーキングメモリ、内言語、想像など)に接続することができる。意識を持ちこのようなworkplaceに接続することによって認識という機能の調整と制御が可能となる。つまり、意識は脳内のネットワーク同士を接続するシステムと言える。

意識の神経基盤(neural correlates of consciousness)
意識を成立させている脳のメカニズムを指す。特定の意識体験を起こすのに必要な最小のニューロンのメカニズムとプロセスのこと。

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意識と麻酔⑦ [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

意識と情報統合

麻酔中および睡眠中の実験で得られた所見(Fig. 2および3)は例外なく、意識が消失すると皮質間結合が破綻し皮質の統合性が失われたり、皮質活動様式のレパートリーがなくなり伝達されるべき情報が存在しなくなったりすることを裏付けている(Fig. 2)。一体どうしてこんなことが起こるのであろうか?筋道の通った理由が最新の理論を援用して示されている。その理論によると、情報とその統合こそが意識の根本的要素である。従来、選択肢の中から不確実なものを除去して残ったものが情報であるとされてきた。コイン投げをして表か裏のどちらかがでるか、というときの情報は1ビットである。サイコロを投げたときに出る目の情報は約2.6ビット(log26≒2.6)である。しかし、意識のある状態において何らかの体験をする場合、たとえそれが真の闇を知覚することであっても、その情報量は膨大なはずである。なぜなら、実際の体験以外の他の無数の体験が可能かもしれないからである(どんな映画でもいいから最初から最後までの場面を思い浮かべてみてみれば分かる)。何らかの体験をするということは、目が一兆もあるサイコロを投げて出た目の数を認識するのと似ている(Fig. 2)。一方、体験の一つ一つは統合されていて、独立した別々の構成要素に分割することはできない。例えば、健常な脳を持つ者であれば、視野の左半分を右半分と別個に認識することはできないし、視覚的に捉えた形を色と無関係に認識することはできない。言い換えると、体験をサイコロになぞらえるとすれば、それはいくつものサイコロを一度に投げるようなものである。そして、サイコロを振って出た数を組み合わせてみても、これと同じことにはならない。

たとえ話はこれぐらいにする。以上の理論によれば、意識レベルとは、取り得る異なる状態(システムがとりうる状態の時間的、空間的パターン)のレパートリー(情報)によって決まる。そして、この情報をその系全体と別個に取り出すことはできない(統合)。統合された情報の単位をφと呼ぶ。この単位を用いると、ある系の一つ一つの部分が独立して生み出す情報は言うに及ばず、その系が取り得るいくつもの状態のうち一つの特定の状態になったときに生起する情報も定量化することができる。実際には、小規模のシミュレーション系でしかφを厳密に測定することはできない。しかし、脳波データ、安静時機能的結合解析またはTMS誘発反応などを利用して、統合情報量を評価する予測測定法を考案することができるのではないかと思われる。そうすれば、情報統合の破綻と情報量の喪失の両者を評価することのできる意識モニタの開発につながるであろう。この場合、情報統合の破綻とは機能的結合または有効な結合の喪失であり、情報量の低下とは脳が単調な(ステレオタイプな)反応しか示さないことである。

以上の理論は、麻酔とも関わりがあり興趣をそそられる。例えば、この理論によって、なぜ視床皮質系が意識の生起にとって重要であり、そしてこの部分が麻酔の標的部位の本丸であるのはどうしてなのかが分かる。部位ごとの機能特化(皮質の各部分および各部分のニューロン群が司る機能はそれぞれ精緻に特化されている)と特化した機能の統合(皮質間結合および皮質-視床-皮質結合による統合)という二つの事象をまとめ上げるのが視床皮質系の役割である。したがって視床皮質系は、多数の異なる状態を取り得るダイナミックな単一の独立体として機能を発揮することができると都合がよいのである。翻って、脳の他の部分、例えば小脳は、小規模で半独立的な機能単位によって構成されている。そして、基底核を通って並行する神経回路は、十分には統合されていない。こうした神経回路が障害されても意識を失うことにならないのは、はじめから回路同士がきちんと統合されていないからであると考えられる。上述の理論によれば、個別の運動反応や局所的な自動運動を意識がある徴候として捉えてはならないし、反対に、運動反応の欠如を意識消失の確定的徴候として捉えるべきではないと言える。最後に、以上のような理論的展望によれば、意識というのは悉無律(all-or-none)のような性質を持つものではなく、段階を持つものである。意識の段階とは、つまり、ある系が取り得る異なる状態のレパートリーに応じて意識レベルが決定されるということである。意識には段階があるという考えは、鎮静中に意識がおよぶ範囲(意識野)が縮小したり、意識が朦朧としたりするという現象とも一致する。一方、麻酔薬を大量に投与して意識が急激に途絶するのは、神経が取り得る状態がレパートリーとしてまとまって保持されている状況が非線形的に破綻するためであろう。

教訓 意識が消失すると皮質間結合が破綻し皮質の統合性が失われたり、皮質活動様式のレパートリーが縮小し伝達されるべき情報がなくなったりします。意識レベルは、情報(システムがとりうる状態の時間的、空間的パターンのレパートリー)によって決まります。情報をシステムと切り離して取り出すことはできません(統合)。
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意識と麻酔⑥ [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

皮質の情報処理能力の破綻

さてここで、麻酔が情報処理にどのように影響をおよぼすのかを考えてみよう。これは、大雑把に言うと、処理方法の種類の数として捉えられる。視床皮質系における発火パターンのレパートリーが縮減すると、たとえ脳全体としての統合性が保たれていたとしても、ニューロン活動による情報処理は貧弱になる。前述の通り、麻酔によって意識を消失させるのに十分な量の麻酔薬を投与すると、脳波ではバーストサプレッションが観察される。この脳波パターンでは、ほぼ平坦な脳波の中に、数秒ごとに短くほぼ周期的なバーストが認められる。これは、いずれの測定部位でも同じon-offパターンの脳波である。このような脳全体に出現する単調なバーストサプレッションパターンの脳波は、視覚、聴覚および機械的刺激によっても誘発することができる(Fig. 4)。したがって、深麻酔で意識を消失した状態においても、視床皮質系は依然として活動していることがある。それどころか、過興奮状態のことさえあり、脳全体として統合された反応を示すこともある。しかし、このような状態で発生する反応のレパートリーは貧弱で、紋切り型のバーストサプレッションパターンに限られる。このとき、情報処理能力は喪失されていて、脳はたった二つの状態(onかoffか)をとることしかできない器官に堕してしまうのである。ニューロン活動が活発でその同調性が十分であっても意識を消失するもう一つの例として、全身痙攣を伴う癲癇発作がある。この場合、視床皮質系の大部分では、非常に同調性の高い激しい活動が起こっているが、その活動パターンは単調である。

睡眠にちょっと似たもの

健康な人間が自然に意識を消失するのは、睡眠のときだけである。夜の早い時間に徐波睡眠中(眠りについてから30~60分後の最も深い眠りの最中)の被験者を起こすと、睡眠中に途切れ途切れの思考に似た体験があったと報告する場合があるが、何も体験の記憶がないことがほとんどである。麻酔は自然な睡眠とは同一ではないが、麻酔中も睡眠時と同じく脳の覚醒系が抑制されている。また、麻酔中と同様に、徐波睡眠中には皮質ニューロンおよび視床ニューロンは双安定化し、脱分極と過分極の間をゆっくり(1Hz以下)振動するようになる。動物の麻酔実験で得られた知見と同じく(Fig. 3)、徐波睡眠中のヒトを対象とした研究でも、皮質ニューロンが双安定化すると脳が情報を統合する機能が破綻する(Fig. 5および6)。覚醒時に前運動野皮質およびその他の領域の皮質に経頭蓋磁気刺激(TMS)を与えると、長い反応(300ms)が認められる。その一つに、脳の特定の領域が代わる代わる次々に活動する反応がある。このとき活動が起こる部位は、刺激を与える部位に対応して決まる。ノンレム睡眠の初期には、覚醒時と異なりTMSのパルス刺激によって短い(<150ms)局所反応が生ずる。これは、統合能が失われていることを示し、おそらく局所的に過分極状態が出現することがこの反応の原因である。皮質間結合の主要ハブの上に覆い被さるように位置する頭頂葉内側にTMSのパルス刺激を与えると、平時に発生する徐波と酷似した、単調で振幅の大きい徐波が出現する。つまり、活動様式のレパートリーがなく、伝達されるべき情報がない状態であることを示している。この反応は、皮質間結合の活動と、脳全体の過分極化とが同時に起こるため生ずるものと考えられている。

教訓 視床皮質系における発火パターンのレパートリーが縮減すると、たとえ脳全体としての統合性が保たれていたとしても、ニューロン活動による情報処理能は低下します。発火パターンのレパートリー縮減の具体例はバーストサプレッションです。

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意識と麻酔⑤ [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

皮質の統合性の破綻

前述の後頭部領域のニューロンが抑制されなければ意識が消失しないというわけではない。特定部位のニューロン抑制が問題なのではなく、ニューロン活動の変化の機能的側面、特に、ニューロンの変化によって脳が情報を統合する機能に影響が及ぶか及ばないか、ということが意識消失作用の有無には重要である。

脳による大規模な情報統合のはじめの段階を考えてみよう。この段階においては、大雑把に言うと、異なる皮質領域が効率的に連携する必要がある。麻酔によって意識がなくなるとき、脳波上では、左右の前頭皮質間および前頭部と後頭部の間におけるγ波(20-80Hz)のコヒーレンスが落ち込む。動物に麻酔薬を投与したときにも、視覚刺激がある場合と安静時のどちらの場合でも、前頭-後頭領域間のγ波コヒーレンスが抑制される。この作用は徐々に出現するものであり、近距離よりも長距離のコヒーレンスに対する影響の方が大きい。麻酔薬は、長距離の皮質-皮質間統合を担う部位に作用して、皮質の統合性を攪乱するものと考えられる。後頭葉皮質の接合ハブ、一部の視床核、そしておそらく前障が、そのような作用部位に当たる。また、麻酔薬はニューロンの応答速度を低下させるので、離れた部位の同期が妨げられることになる。

皮質においてフィードバックを伴う相互作用が行われなければ、非常に深刻な事態となり得る。ラットに麻酔薬を投与し無反応の状態にすると、情報伝達経路のうち、まずフィードバック系が阻害される(Fig. 3)。また、視覚応答における遅発相(>100ms)も抑制される。これもおそらくフィードバック系が阻害されるからである。しかし、早期に発生するフィードフォワード相は阻害されない。視床皮質系は、とりわけ麻酔薬の影響を受けやすいと考えられている。視床皮質系はそれだけで完結した小さな世界(small-world)を形成する組織であることがその理由である。大抵のsmall-worldネットワークでは、比較的数少ない長距離の伝達経路によってネットワーク内の接続が実現されている。このようなネットワークではハブを利用することによって、最小の架線で最大の接続が実現されている。このため、麻酔薬により少数の長距離伝達路が途絶するだけで、ある一つの大きな系が切断されることになるのである。実際、コンピュータシミュレーションでは、大量の麻酔薬を投与すると急速な相転移が起こることが示されている。急速な相転移は、ネットワークの統合性が破綻していることを示す現象である。

教訓 意識消失作用の有無には、ニューロンの変化によって脳が情報を統合する機能に影響が及ぶか及ばないか、ということが重要です。ニューロンが抑制されているかいないか、ではなく、ニューロン活動の変化の機能的側面に着目しなければならないということです。


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意識と麻酔④ [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

麻酔が大脳皮質におよぼす作用

麻酔薬を投与して意識を消失させる際、大脳皮質の中に、他の部分よりも重要な役割を果たしている特定の部位があるのであろうか?入力された刺激の最初の中継点である一次感覚皮質領域の誘発電位は、麻酔中、深睡眠時もしくは植物状態であっても覚醒時と変わらないことが多い。同様に、一次感覚皮質領域の活動は、知覚経験とは結びついていないことが多い。前頭皮質もまた、麻酔による意識消失において重要な役割を果たしているわけではないようである。なぜなら、麻酔薬によって前頭皮質におよぼす作用が異なるからである。例えば、同じ程度の鎮静を来す投与量では、プロポフォールとチオペンタールはともに後頭皮質の活動を抑制するが、前頭皮質を抑制するのはプロポフォールのみである。さらに、前頭皮質が広範囲に障害されても、それだけでは意識消失には陥らないことが分かっている。

麻酔による意識消失には、多くの場合、頭頂葉内側皮質、後帯状皮質および楔前部の活動抑制が伴う(Fig. 1)。この三つの部分はいずれも、植物状態の患者でも抑制されている。だが、植物状態から回復する症例ではこの部位がはじめに活動を再開する。さらに、癲癇発作で意識レベルが低下した場合や睡眠中における同部位のニューロン活動は、覚醒時とは異なる。以上のような脳中心部の皮質は、脳における情報中継の主要司令部の付近に合目的的に配置されているのである。また、こういった皮質は安静時に特に活発にはたらくデフォルトネットワークの一部でもある。そして、体内環境や自我機能の一部を全体的に監視する働きも担っていると考えられている。だが、レム睡眠中に鮮明な夢を見ているときには、これらの皮質の活動は抑制されている。笑気などのある種の麻酔薬は、中等量投与すると後部内側皮質をかなり選択的に抑制する。後部内側皮質が抑制され始めると、被験者は、意識を失うというよりは、離人感や体外離脱体験を伴う夢見心地の状態になる。興味深い知見である。

多くの麻酔薬は、内側皮質核を抑制するだけではない。下頭頂皮質の中心部を占め、多角的な情報統合を担う側頭-頭頂-後頭接合部の活動が抑制されたり、情報の入出力系のいずれかの部分が切断されたりもする (Fig. 1)。この場合、同部位が障害された症例や麻酔症例のデータがどちらも参考になる。側頭-頭頂-後頭接合部が両側とも障害された患者では、知覚経験があることを示す徴候は認められないが、無目的な目まぐるしい自発的運動が認められる。この状態を多動性無言症と言う。以上から、麻酔によって意識消失が起こる際の、あらゆる麻酔薬に共通する決定的な作用標的は、側頭-頭頂-後頭接合部と、おそらく内側皮質核とを含む後頭部の領域である可能性が高いと考えられる。

教訓 麻酔による意識消失には、多くの場合、頭頂葉内側皮質、後帯状皮質および楔前部の活動抑制が伴います。あらゆる麻酔薬に共通する決定的な作用標的は、側頭-頭頂-後頭接合部と、内側皮質核とを含む後頭部の領域である可能性が高いと考えられています。
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意識と麻酔③ [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

視床―スイッチか?読み取り装置か?

あらゆる麻酔薬に共通する代表的な局所作用は、意識消失の瞬間またはその直前における視床の代謝および血流の低下である(Fig. 1)。これはつまり、視床が意識のスイッチとして働いている可能性があることを意味している。実際に、視床に何らかの操作を加える実験が何種類も行われており、そうした実験では視床がスイッチのような働きをすることが示されている。例えば、GABA作動薬(麻酔薬と似た作用がある)をラットの視床核に注入すると、ラットはすぐに眠ってしまう。このとき脳波は徐波化する。反対に、セボフルランをラットに投与し麻酔状態にしてから視床髄板内核に少量のニコチンを注入すると、ラットは覚醒する。ヒトでは、視床正中核が障害されると植物状態に陥る。逆に、植物状態から回復する場合、その前兆として、視床と帯状回皮質とのあいだの機能的連携の復元が認められる。同様に、重い意識障害のある患者の視床中心核に電気刺激を与えると、従命動作が見られるようになる。

しかし、あらゆる麻酔薬が必ずしも視床の活動を低下させるわけではない。ケタミンは脳全体の代謝を亢進させる。特に視床における代謝を亢進させる作用が強い。他の麻酔薬の中には、意識を失わないほどの、鎮静を来す程度の投与量でも視床の活動を大幅に減少させるものもある。例えば、セボフルランを投与され、覚醒し応答も可能だが鎮静されている状態になった患者では、視床の代謝が23%低下する。実際のところ、麻酔薬が視床に及ぼす作用は、その大半が間接的なものである可能性がある。麻酔中の視床の自発的発火は、大部分が皮質ニューロンからのフィードバックによって引き起こされている。皮質ニューロンのうち、麻酔薬に対する感受性が高い大脳皮質第Ⅴ層の細胞からのフィードバックの影響が特に大きい。大脳皮質第Ⅴ層の細胞は、多くが視床とともに脳幹の覚醒中枢へも投射している。したがって、皮質の活動が低下すると視床の活動と覚醒度が低下するのである。動物実験では、麻酔薬を投与したときに視床の代謝および電気的活動にあらわれる作用は、皮質を除去すると消失することが明らかにされている。反対に、視床を焼灼した場合には、皮質は活発な脳波を示し続ける。つまり、視床は皮質が活動を行うための唯一の仲立ちであるわけではなく、また、唯一どころか最重要でさえもないと考えられている。脳に電極を埋め込まれた患者が、改めて手術を受け脳深部に刺激装置を設置されると、皮質脳波は劇的に変化しそれとともに患者は即座に意識を失う。しかし、その10分後までは視床の脳波はほとんど変化を示さない。一方、てんかん患者のレム睡眠中(通常、夢を見ている)における皮質脳波は、覚醒しているときと見紛うように活発であるが、視床脳波はノンレム睡眠時のような徐波を呈する。したがって、麻酔薬が視床におよぼす作用は、視床が皮質全体の活動を読み取っていることを示すものであり、視床が意識のスイッチであることを意味するものではないと考えられる。そして、視床の活動は、意識の有無の指標としては適切であるとは言えない。

さりながら、視床をまるで没却してしまうのは軽率である。皮質領域における効率的な情報伝達を可能とするには、視床が中継機能を果たす必要がある。視床に障害があると、皮質の活動に問題がなくても、情報がうまく伝達できなくなることがある。麻酔中には、視床の活動低下によって皮質との機能的連携が障害されることが神経画像解析で明らかにされている。カルビンジン陽性細胞によって、大脳皮質の多くの領域では閾値下脱分極が引き起こされる。カルビンジン陽性細胞は、視床髄板内核の一部に多く存在し、皮質表層全体に投射する。視床髄板内核の細胞は、高周波数の発火が可能である。このため、コヒーレント振動によるバイアス電流が生じ、皮質-皮質の長距離相互作用が可能となる。つまり、視床が活動していなかったり障害されたりしていても、皮質が活動していることはあり得るが、視床の活動がなければ意識は生起しないと考えられる。

教訓 視床は皮質全体の活動を読み取っているようです。視床は意識のスイッチではなさそうですが、視床の活動がなければ意識は生起しないと考えられています。
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意識と麻酔② [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

麻酔中の患者:意識がないのか?反応しないだけなのか?

軽い鎮静をもたらす程度の量の麻酔薬を投与すると、患者は酔っぱらったときと同じような状態に陥る。すなわち、鎮痛、健忘、時間感覚の変容、離人感・非現実感および強い眠けが生ずる。投与量がもう少し増えると、患者は命令に従って動くことができなくなり、意識が消失したと判断される。このような行動上の変化に基づく意識消失の定義は、麻酔とともに160年以上前に登場した。この定義は便利ではあるが、欠陥がある。例えば、無反応状態は、意識が消失しなくても生ずる。我々が夢を見ているとき、生き生きとした体験を知覚するが、脳幹による抑制のため筋肉が弛緩するので、反応を示すことはない。同様に、麻酔中には筋弛緩薬を投与して望ましくない体動を防ぐが、筋弛緩薬によって意識を消失させることはできない。

ある種の麻酔薬は、脳において行動の遂行決定を担う部分に作用し、反応しようという意思が生ずるのを妨げるようである。脳全体を抑制する麻酔薬にはこれは当てはまらないが、ケタミンのような解離性麻酔薬ではこうした作用が問題になることがあるかもしれない。ケタミンを少量投与すると、離人感・非現実感、体外離脱体験、健忘および命令を遂行しようとする意欲の喪失などの状態が引き起こされる。投与量を増やすと、開眼しながらも夢うつつのような無表情で凝視するという特異な状態が出現する。神経画像データでは、このとき局所的な複雑な様式の代謝性変化が発生していることが示されている。例えば、前帯状皮質および大脳基底核における、行動遂行に関わる神経回路の不活性化などである(Fig. 1)。ケタミンを投与したときの、開眼しているのに反応しない状態は、両側の前帯状皮質が障害されたときに起こる無動無言症の症状と似ている。前帯状皮質の障害による無動無言症の患者は、質問を理解することはできるが、応答することができない。実際に、前頭葉に巨大な病変がある女性が、臨床的には無反応であると判断される状態でありながら、テニスを楽しんだり、自室の中を歩き回ったりすることを想像するよう指示されたときの皮質の活動パターンは、健常者と全く同じであったことが報告されている。したがって、臨床的に無反応であることが、必ずしも意識が消失していることを意味するわけではないのである。

意識消失を来す閾値に近い量を投与すると、ワーキングメモリの働きを阻害する麻酔薬もある。この場合、患者は命令されても何をすべきかを即座に忘れてしまうため、従命動作を行うことができない。意識消失を来すよりもずっと少ない投与量では、このような麻酔薬は高度の健忘を引き起こす。筋弛緩薬投与前に上肢にターニケットを巻き駆血する実験を行ったところ(上肢以外の全身に筋弛緩作用が及び動かない状態でありながら、手だけは動くようにするため)、全身麻酔下の患者は時として手の動きで意思疎通を図ることができることが分かった。だが、術後この患者に尋ねてみたところ、術中に覚醒していた瞬間は一度もないとのことであった。つまり、逆行性健忘は意識消失の証拠とはならないのである。

従命動作消失と平坦脳波出現(脳の電気的活動が消失していることを示す。脳死診断基準の一つでもある。)との間のいずれかの麻酔深度において、意識が消失するはずである。したがって、脳の機能をモニタリングすることによって麻酔中の意識状態評価の精度が向上する可能性がある。このようなモニタの一つであるBISは、前頭部における脳波を記録し、得られた複雑な信号を変換して患者の麻酔深度を単純な一つの値として数字で表すものである。これによって意識レベルの持続的なモニタリングが可能となる。このような機器を利用すれば、麻酔薬投与量の指標を得ることになり、術中覚醒の発生を防ぐことにもつながる可能性がある。しかし、BISをはじめとする麻酔深度モニタは、意識があるのかないのかを単純明快に示すほどの性能は持ち合わせてはいない。特に、意識がある状態とない状態の境界領域における精度は劣っている。前述の上肢のみを駆血する手法を用いた研究では、BISで意識が消失していると判断される値が表示されていても、対象患者は術中に覚醒し反応を示すことができた。意識が生起する背景にある神経の情報処理過程を検出するには脳波では感度が不足しているのかもしれないし、我々はまだ依然として探究すべき課題を十分に見いだしていないのかもしれない。

教訓 反応が見られないからといって意識が消失しているた判断するのは早計です。また、逆行性健忘は意識消失の裏付けにはなりません。
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意識と麻酔① [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

脳の中で意識がどうやって生起するのか。これは、まだ解明されていない問題である。我々はこの課題をおよそ二世紀にわたって未解決のまま閑却してきたが、それでも何の問題もなく手術中に意識を消すため全身麻酔を日常的に行ってきた。術中に一時的に意識が戻ったり、最初から最後まで覚醒した状態で手術が行われたりする症例が、1000-2000例につき1例ほど発生する。困ったことである。意識状態を評価する手段が限られていることが、術中覚醒が発生する一因である。しかし、麻酔薬が意識消失状態をもたらしたり、麻酔薬を投与しても時として意識消失状態に至らなかったりする機序に関する一般原則の解明につながる進歩は、着実に積み重ねられている。

麻酔薬の細胞に対する作用

麻酔薬の細胞および分子薬理については先行する詳細な諸論文に譲る。全身麻酔薬は二つに大別される:麻酔導入に用いられる静脈麻酔薬と、吸入麻酔薬である。静脈麻酔薬は鎮静薬や麻薬とともに投与されることが多く、吸入麻酔薬は通常、麻酔維持に用いられる(Table 1)。麻酔薬は、脳および脊髄の特定部分に存在する、シナプス伝達や膜電位の調節に関わるイオンチャネルとの相互作用によって麻酔作用を発揮すると考えられている。麻酔薬の作用標的となるイオンチャネルの感受性は、麻酔薬の種類によって異なる(Table 1)。

麻酔薬は、抑制を強化するか興奮を抑制するかのどちらかによってニューロンを過分極させ、神経活動を変化させる。そして、覚醒時の脳において典型的に見られる持続的発火が、二相性のバーストサプレッションパターンへと変化する。バーストサプレッションは、ノンレム睡眠のときにも認められる脳波の様式である。麻酔薬濃度が中等度のとき、ニューロンは振動し始める。その頻度は1秒に約1回で、脱分極と過分極とのあいだで膜電位レベルが振動する。脱分極側の状態は、覚醒して脱分極が維持されている状態と類似している。過分極側のときは、シナプスの活動が完全に停止していて、この状態は0.1秒以上続く。その後ニューロンは、再び脱分極状態に戻る。麻酔薬の量が増えるにしたがい、脱分極状態の時間が短くなり、過分極状態の時間がどんどん長くなる。ニューロンの発火パターンが以上のように変化する様は、脳波によって観察することができる。覚醒時の低振幅高周波数パターン(覚醒時脳波)から、深いノンレム睡眠時に見られる徐波パターンへと変化し、最終的にはバーストサプレッションパターンの脳波が出現する。

教訓 術中覚醒は1000~2000例に1例発生します。麻酔中の脳波ではバーストサプレッションが認められます。
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乳酸を指標とする初期治療の効果~考察② [critical care]

Early Lactate-Guided Therapy in Intensive Care Unit Patients

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年9月15日号より

Riversらが行ったEGDT研究では、EGDTによって死亡率が低下することが示された。しかし、これは単一病院の救急部という限定的な場面において行われた研究であるため、他の状況や異なる患者群にもEGDTという治療手法が通用するかどうかという点について、疑問の声が上がるようになってきている。Riversらの研究は救急部という特殊な環境で行われたため、本研究よりも中心静脈圧および中心静脈血酸素飽和度が低い患者が対象とされ、また、より早い段階で初期治療が開始された。研究を実施した状況の違いが、Riversの研究と本研究とのあいだに認められる治療強度の差(つまり輸液量の差)となってあらわれたものと考えられる。とは言え、Riversらの研究と同様に、本研究でも乳酸値を繰り返し測定しそれを指標として治療を進めた群の方が対照群よりも治療期間中の輸液量が多かった。ただし、それに引き続く観測期間中における輸液量は、対照群よりも乳酸値測定群の方が少ない傾向が認められた。したがって、本研究はEGDT研究の結果を追認するものと言うことができる。そして、救急部で早々に全身状態が安定したとしても、ICU入室後も乳酸値が高止まりしているのであれば、適切な初期治療を行うことが極めて重要であることが明らかになった。さらに、本研究によってEGDTの考え方を他の患者群にも敷衍することができた。というのも、本研究の対象患者のうち重症敗血症または敗血症性ショックの患者はわずか40%を占めるにすぎなかったからである。

予め設定したいずれのサブグループにおいても、乳酸値を指標とした治療の有効性がほぼ一貫して認められた。ただし、議論の余地はあるものの、敗血症以外の症例より敗血症症例で、敗血症性ショック症例より重症敗血症症例で、その効果はより顕著であった可能性がある。乳酸値測定群が対照群と比べ死亡率において遜色なかったのは、中枢神経疾患症例のみであった(外傷性脳傷害、脳血管障害もしくは脳腫瘍)。中枢神経疾患患者に血管拡張薬を投与すると、脳血流の最適化という治療目標の達成が妨げられるおそれがある。そして、高リスク患者における血行動態の最適化についての先行研究で得られた知見と同じく、乳酸値を指標とした治療は、臓器不全が発症する以前にICUに収容された場合の方が有効性は高いと考えられた。サブグループ解析の結果、他の色々な状況に敷衍したり、仮説を構築したりするのに役立つ情報が得られたかもしれないが、統計学的検出力が小さいことをはじめとして本研究には明らかにいくつかの問題点があることを踏まえると、結果の解釈には慎重を期さねばならない。

本研究で用いた手法には、考慮すべき点がいくつかある。特に、治療プロトコルの割り当てを治療担当者が知った上で研究が行われたことは大きな問題点として挙げられる。本研究のような研究は、治療担当者たちに治療法を知らさずに行うことは不可能である。このような事情によりバイアスが生ずる危険性がつきまとうことが、第一の問題点である。しかし、対象となる治療法の他に同時に行われた治療を監視した結果、両群間に有意差は認められなかった。また、当初8時間の治療期間終了以後および一般病棟への転棟時には、治療担当者が割り当てられた治療法を知ることは事実上ないようにした。第二に、対照群の治療エンドポイントを、国際的ガイドラインにおいて周知されているものとしたことが問題点として挙げられる。対照群におけるこの治療エンドポイントの達成度は、乳酸値測定群とほぼ匹敵していた。つまり、対照群の治療強度が乳酸値測定群よりも劣っていたわけではないと考えられる。さらに、対照群の死亡率は、本研究開始の直前に行われたパイロット研究における死亡率と同等であった。しかし、中心静脈血酸素飽和度のモニタリングは乳酸値群では必須としたが、対照群では任意としたことを考慮すると、中心静脈血酸素飽和度データの有無が、観測された転帰の差を生じせしめた一因であるという可能性を否定することはできない。第三に、本研究のデザインに関わる重大な問題点として、観測された両群間の治療効果の差は、臨床的転帰の改善を生み出す原因であることを裏付ける決定的な裏付けにはなり得ず、単に一つの手がかりを示すに過ぎない。その上、乳酸値を目標とした治療法によってもたらされる効果は、設定した複数の治療エンドポイントおよびそれを達成するための各種対応策の総体として顕現するものであり、したがって、本研究の治療アルゴリズムで用いた一つ一つの対応策の有効性を解釈することは困難である。例えば、輸液が有効か無効かを評価する方法は、いずれが最もすぐれているかという問題や、輸液療法を適切なエンドポイントは何かという問題については、百家争鳴の状況であるが、本研究では中心静脈圧を輸液の指標とした。というのも、ICU入室後間もない時期における評価を行う多施設研究では、中心静脈圧を用いることが最も現実的で適当だからである。また、世界中の多くのICUにおいて中心静脈圧を輸液の指標とするのが一般的であると考えられる。したがって、本研究で中心静脈圧を輸液の指標としたことは、得られた結果を他の状況に敷衍することを可能とする一つの材料となるであろう。

まとめ

ICU入室時の血中乳酸濃度が3.0mEq/L以上の患者に対し、現行の初期治療ガイドラインで推奨されている治療を行うとともに、当初から乳酸値のモニタリングを開始し、乳酸値が2時間ごとに20%以上低下することを目標にした治療を行ったところ、ICU在室期間が有意に短縮した。予め設定した危険因子について調整して解析を行ったところ、ICU死亡率および院内死亡率も有意に低下するという結果が得られ、その他の主要な二次エンドポイントについても同様であった。本研究の結果から、早期に乳酸値のモニタリングを開始すると臨床的有用性が得られると考えられた。

教訓 乳酸値を指標とした治療の有効性はいずれのサブグループにおいてもほぼ一貫して認められました。敗血症以外の疾患より敗血症で、敗血症性ショックより重症敗血症で、その効果がより顕著であった可能性があります。乳酸値測定群が対照群と比べ死亡率において遜色なかったのは、中枢神経疾患症例のみでした。
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乳酸を指標とする初期治療の効果~考察① [critical care]

Early Lactate-Guided Therapy in Intensive Care Unit Patients

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年9月15日号より

考察

我々は多施設オープンラベル無作為化比較対照研究を行い、ICU入室から8時間後までのあいだに乳酸値をモニタリングし、2時間につき乳酸値を20%以上低下させることを目標とした治療の有効性を検証した。そして、予め設定した危険因子および一般的に受け入れられている危険因子について調整したところ、ICU滞在期間、ICU死亡率および院内死亡率が、乳酸値低下を目標とする治療法によって有意に低下するという結果が得られた。

本研究の主要転帰に関する未調整解析と調整後解析には、統計学的有意差の乖離が認められた。このような乖離が生じた原因は、逸失データの取り扱いによる対象データの違いや、年齢またはAPCHEⅡスコアの分布範囲の端に属する患者における割り当てられた治療法が示す効果のばらつきのせいではないと考えられる。そうではなく、広く知られている死亡率予測因子を危険因子として設定し、この危険因子について調整したことによって、乳酸値低下を目標とする治療法本来の効果をより明確に評価することができたため、未調整解析と調整後解析の結果に乖離が生じたのであろう。このように、事前に決定した共変量についての調整を行うことによって、治療法の特性に合った解析が可能となり、また、解析の際に生ずるノイズが減少する。本研究は、当初、死亡率に関する15%の差を検出することができるように設計された。したがって、統計学的検出力に優れた研究であったと言える(つまり、治療効果が実際にある場合、それが小さくても検出可能)。さらに、院内死亡率は乳酸値測定群の方が低く、その絶対差は9.6%であった。同様に、その他の重要な臨床転帰についても、乳酸値低下を目標とする治療法による相当な改善(短期臓器不全の減少、早期の人工呼吸器離脱、早期のICU退室)が認められた。

乳酸値を測定するだけでは転帰を改善することはできない。乳酸値を測定しモニタリングすることと並び、得られた値に応じた治療計画も重要である。治療アルゴリズムの有効性を検証する研究において例外なく当てはまるのと同様に、本研究で認められた効果は、個別の治療目標と治療構成要素のすべてが組み合わさって得られた結果である。治療期間中における両群の治療法についての主な差違は、乳酸値測定群の方が、輸液量が多く、血管拡張薬を投与された患者の割合が多かったことである。目標指向型輸液療法は広く推奨されているが、重症患者における血管拡張薬の使用の是非については賛否両論がある。とは言うものの、重症患者に対する血管拡張薬投与の有効性を指摘する論文も複数発表されている。例えば、敗血症性ショックで輸液負荷を行われた患者にニトログリセリンを投与すると、途絶していた微小循環が再開し、シャントが消失することが示されている。重症心不全による心原性ショックの患者を対象とした研究でも、ニトログリセリン投与によって微小循環が改善するという結果が得られている。また、BuwaldaおよびInceは、血管拡張薬を投与すると、微小循環が改善する上に、組織血流および酸素摂取率が向上することを明らかにしている。

乳酸値測定群において用いた治療アルゴリズムは、対照群よりも積極的な治療を行うように設計されている。しかし、乳酸値測定群では対照群と比べ乳酸値が速やかに低下するわけではないという驚くべき結果が得られた。このような観測結果が得られたことから、血行動態管理の指標として乳酸値を用いる方法に対する反論が示されても仕方ないかもしれない。つまり、高乳酸血症は組織血流の低下を十分に反映するわけではなく、重症疾患における高乳酸血症の発生機序が複雑であることが如実にあらわされているとも言えるのだ。一方、本研究では、乳酸値の警告サインとしての有用性が浮き彫りにされた。対照群の患者の治療にあたった担当医は、従来通りの治療法で血行動態パラメータが安定している状況で、実際は患者の状態が改善していなかったり、もしくはむしろ悪化していたりしていても、十分その状況を把握できていなかったかもしれない。そして、乳酸値測定群では乳酸値をモニタリングすることができたおかげで、乳酸値がすでに十分に低下したことが確認された患者においてはそれ以上の積極的な治療を控えることにつながった可能性がある。このように、初期治療において乳酸値を指標にすることによって、患者一人一人の病態に合わせて誂えた治療が可能となったと考えられる。

教訓 乳酸値低下を目標とする治療法によって、ICU滞在期間、ICU死亡率および院内死亡率が、有意に低下するという結果が得られました。重症患者における血管拡張薬の使用の是非については賛否両論がありますが、血管拡張薬を投与すると微小循環が改善する上に、組織血流および酸素摂取率が向上するという利点があります。
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乳酸を指標とする初期治療の効果~結果 [critical care]

Early Lactate-Guided Therapy in Intensive Care Unit Patients

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年9月15日号より

結果

患者の登録状況はオンライン補遺中のFigure E1に示した。348名の患者を対象にITT解析を行った。対照群に177名、乳酸値測定群に171名が無作為に割り当てられた。18名において重大なプロトコル違反が発生した(Table E1)。この18名もITT解析の対象とした。Table 1に基準時点における患者特性をまとめた。8時間の治療期間中に16名が死亡した(対照群10名 vs 乳酸値測定群6名)。登録から8~72時間後のあいだに、さらに52名が死亡した(対照群27名 vs 乳酸値測定群25名)。72名はICUを退室し病棟へ収容された(対照群38名 vs 乳酸値測定群41名)。登録72時間後において、201名が依然ICUに在室していた(対照群102名 vs 乳酸値測定群99名)。

治療エンドポイント

従来から広く用いられている標準的な急性期治療目標を満たした患者の割合は、いずれの時点においても両群で同等であった(6時間後の心拍数を除く。対照群の方が6時間後における心拍数目標値を満たした患者の割合が多かった)(Table E2)。2時間で20%以上の乳酸値低下という目標が設定されたのは乳酸値測定群のみであったが、この目標を達成した患者の割合は対照群、乳酸値測定群ともに同等であった。

治療期間およびそれに引き続く観測期間中の、平均乳酸値は両群同等であった(Table 2)。pH、BE、炭酸水素イオン濃度、平均動脈圧、心拍数、中心静脈圧およびヘモグロビン濃度についても、両群同等であった(Table E3)。

治療薬

乳酸値測定群の治療期間中の輸液量は、対照群と比べ有意に多かった(Table 3)。さらに、血管拡張薬を投与された患者の割合は、乳酸値測定群の方が多かった(Table 3、Table E4)。赤血球製剤の投与量は両群同等であった。昇圧薬および強心薬の投与を要した患者の割合は両群同等であった。

人工呼吸(対照群86% vs 乳酸値測定群84%, P=0.76、そのうち非侵襲的人工呼吸は2% vs 2%)、抗菌薬投与(67% vs 61%, P=0.27)、副腎皮質ステロイド投与(45% vs 40%, P=0.38)、ICU入室後の手術(9% vs 6%, P=0.36)、鎮痛薬投与(フェンタニルまたはモルヒネ;58% vs 50%, P=0.13)、鎮静薬投与(ミダゾラム、ロラゼパムまたはプロポフォール;71% vs 71%, P=0.91)、低体温療法(10% vs 6%, P=0.20)およびPCI (1% vs 1%, P=0.96)が行われた患者の割合は、両群同等であった。

観測期間中に血管拡張薬が投与された患者の割合は、乳酸値測定群の方が対照群より多かった(Table 3)。観測期間の輸液量は、乳酸値測定群の方が対照群より少ない傾向が認められた。

死亡率

対照群の患者のうち43.5% (77/177)は生存退院に至らなかった。一方、乳酸値測定群の患者の内33.9% (58/171)は入院中に死亡した(P=0.067, Table 4, Figure 2)。予め決めておいた基準時点における危険因子の有無によって調整したところ、乳酸値を低下させるように設計した治療プロトコルを実施することによって、入院中死亡リスクが有意に低下することが分かった(ハザード比, 0.61; 信頼区間, 0.43-0.87; Table 4, Table E5)。

臓器不全、強心薬、昇圧薬、腎代替療法および入院期間

観測期間における臓器不全の発生(SOFAスコアで評価)は、乳酸値測定群の患者の方が少なかった(Table 5)。乳酸値測定群の方が、人工呼吸(ハザード比,0.72; 95%CI, 0.54-0.98; Figure 3A)および強心薬(ハザード比,0.65; 95%CI, 0.42-1.00; Figure 3B)からの離脱が迅速であった。さらに注目すべきは、乳酸値測定群の患者の方が早期にICUを退室することができた点である(ハザード比,0.65; 95%CI, 0.50-0.85; Figure 4)

昇圧薬投与終了までに要した時間については有意差は認められなかった(ハザード比,0.84; 95%CI, 0.61-1.15; Figure 3C)。腎代替療法についても同様であった(ハザード比,0.56; 95%CI, 0.22-1.43; Figure 3D)。

サブグループ解析および探索的解析

事前に設定したサブグループおよび事後に設定したサブグループについての解析結果をFigure 5に示した。未調整および調整後の主要転帰に関する統計学的有意差を検討するため、2種類の探索的事後解析を実施した。予め作成した院内死亡率についての多変量モデルに相互作用項として年齢またはAPACHEⅡスコアを加えたところ、いずれの場合も変化は認められなかった(年齢×割り当て群 [P=0.74]およびAPACHEⅡスコア×割り当て群[P=0.85])。次に、共変量(開始時点におけるAPACHEⅡスコアおよびSOFAスコア)のデータが逸失した6名の患者を除外して解析したところ、効果量およびP値は当初の解析と同等であった。

教訓 乳酸値を指標とした群の方が、輸液量が多く、血管拡張薬が投与された患者が多かったのですが、乳酸値低下目標を達成した患者の割合は両群同等でした。調整後死亡率は乳酸群の方が有意に低いという結果が得られました。
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乳酸を指標とする初期治療の効果~方法 [critical care]

Early Lactate-Guided Therapy in Intensive Care Unit Patients

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年9月15日号より

方法

対象患者

オランダに所在する4か所の混合ICU(大学病院が1施設、大学関連病院が3施設)において2006年2月から2008年3月にかけて患者を募った。ICU入室時に血中乳酸濃度が3.0mEq/L以上の患者全員を登録候補とした。肝不全(プロトロンビン時間>15秒またはINR 1.5以上で、肝性脳症によるなんらかの症状がある)、肝臓手術後、18歳未満、中心静脈カテーテル留置の禁忌、てんかん(ICU入室直前またはICU入室中に大発作が出現)、好気性代謝が行われているにも関わらず高乳酸血症を来す明らかな原因病態(担当医の判断による)もしくはDNRのいずれかに該当する場合を除外した。

研究設計

本研究は多施設オープンラベル無作為化対照試験であり、独立したデータ安全性監視委員会(DSMB)の監督下に行われた。研究に参加した全施設の倫理委員会によって研究プロトコルは承認された。対象患者の疾患特性が、急性の重症疾患であることから、研究参加の承諾を事後的に取得してもよいこととした。オランダでは、研究参加の同意取得以前に、研究手順が全て終了するか、または患者が死亡した場合は、得られたデータを全て患者の承諾なしに使用してもよいことになっている。

研究開始時点は、ICU入室直後の第一回目の乳酸値測定時とした。乳酸値を2時間につき少なくとも20%低下させる群または通常治療群のいずれかに患者を無作為に割り当て、初回乳酸値測定に引き続く8時間(治療期間)にわたり該当する治療法を行った。治療担当者には乳酸値は知らされなかった(初回値を除く)。その後、退院または死亡のいずれか先行する時点まで患者を追跡した(観測期間)。無作為化に当たり、施設および敗血症の有無によって層別化しブロックサイズ8例のブロック無作為化を行った。研究参加医師には、無作為化におけるブロックサイズは知らされなかった。

治療法

患者は、集中治療専門医が常駐するclosed ICUに収容され、割り当てられた治療法が行われた。両治療群とも、治療担当医が主治医としての責任を負い治療に当たった。Polonenらの研究に倣い、割り当てた治療法の実施期間を8時間に設定した。この8時間の治療が終了した後は、両群とも標準的な治療を行い、乳酸値の測定は割り当て群に関係なく担当医の判断によって実施された。

対照群では、最近のガイドラインで示されている標準的な急性期治療エンドポイントを満たすように血行動態の管理が行われた(Figure 1A)。具体的なエンドポイントの内容は、心拍数100bpm未満、平均動脈圧60mmHg以上、中心静脈圧8-12mmHg(人工呼吸中であれば12-15mmHg)、輸液負荷試験中の安全限界を見極めるのに中心静脈圧を連続的に測定し8-12mmHgを超えない、尿量0.5mL/kg/hr以上、動脈血酸素飽和度92%以上、ヘモグロビン濃度7.0g/dL以上(心筋虚血症例では10g/dL以上)とした。中心静脈血酸素飽和度および末梢循環の臨床的評価(皮膚触診や毛細血管再充満時間の測定など)は、指導医の判断によって随時行った。本研究で特に重要な点は、対照群の患者については治療期間中の乳酸値測定を不可としたことである。

乳酸値測定群(治療群)では、血中乳酸濃度を2時間ごとに測定した。対照群と同じように治療エンドポイントを設定した(Figure 1A)。治療群ではさらに付け加えて、乳酸値が2時間ごとに少なくとも20%低下するよう治療を行った(2編の先行研究で得られた知見に基づいて、目標とする乳酸値低下幅を最低20%に設定した)。乳酸値低下に関するエンドポイントを達成するための治療方針概要をFigure 1Bに示した。光ファイバプローブ(CeVOX; Pulsion Medical Systems AG, Munich, Germany)を用いて中心静脈血酸素飽和度を連続的に測定した。このプローブは、中心静脈カテーテルのルーメンから留置した。PinskyおよびVincentの提唱に従い、中心静脈血酸素飽和度を指標にして酸素需給バランスを維持した。中心静脈血酸素飽和度測定に用いたプローブは、8時間の治療期間が完了した時点で抜去した。中心静脈血酸素飽和度が70%以上でありながら乳酸値が2時間で20%以上低下しない場合には、血管拡張薬を投与し微小循環の改善を試みた (Figure 1B)。血管拡張薬投与開始に先立ち、輸液に対する反応を評価し、必要であれば輸液を行った。

データ収集

研究開始時、8、24、48および72時間後の各時点において、APACHEⅡスコアおよびSOFAスコア算出に必要な生化学データおよび臨床データを収集した。APACHEⅡスコアおよびSOFAスコアは、基準時点の情報として記録するとともに、8時間の治療期間後の転帰を評価するために用いた。研究開始時、8、24、48および72時間後の各時点において血中乳酸濃度、中心静脈圧、心拍数、平均動脈圧および尿量を記録した。中心静脈血酸素飽和度は、治療期間中においてのみ測定した。乳酸値の測定には動脈血検体を用いた。測定は検査部で行うか、そうでない場合は血ガス分析器(ABL 700; Radiometer, Copenhagen, Denmark)または携帯型乳酸測定器(Accutrend; Roche Diagnostics, Manheim, Germany)を用いて測定した。乳酸値測定群の患者については、血ガス分析器または携帯型測定器を用いて乳酸測定を行い、乳酸値低下を目標とした治療を迅速に開始することができるようにした。対照群の患者については、血液検体は検査部へ送り乳酸値を測定した。しかしその結果は治療担当者には知らされず、カルテにも記載しなかった。採血後、直ちに検査部へ検体を送った。試験管内で解糖が進み乳酸濃度が上昇し検査値に誤差が生ずるのを防ぐため、検査部で検体を受領した後、迅速に乳酸値測定を行った。輸液、強心薬、昇圧薬、血管拡張薬および血液製剤については、治療期間中は2時間ごと、治療期間終了後は、研究開始9~24時間後、25~48時間後および49~72時間後の各時点の使用状況を記録した。その他の治療内容(抗菌薬、副腎皮質ステロイド、手術など)については、研究開始0~8時間後、9~24時間後、25~48時間後および49~72時間後の各時点の実施状況を記録した。研究開始72時間後までに患者が退院した場合は、バイタルサイン、検査値および治療の実施内容の記録は行わなかった。研究開始から28日後までの人工呼吸期間(気管挿管による人工呼吸および非侵襲的人工呼吸)、腎代替療法(方式を問わない)および昇圧薬・強心薬投与についての情報を記録した。生存状況の追跡は、退院時までとした。

教訓 ICU入室時に乳酸値が高い(3.0mEq/L以上)患者を対象としました。EGDT+2時間で20%以上の乳酸値低下治療を行った群と、EGDTのみの群を比較しました。
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乳酸を指標とする初期治療の効果~はじめに [critical care]

Early Lactate-Guided Therapy in Intensive Care Unit Patients

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年9月15日号より

1843年にSchereは、血中乳酸濃度が高いと合併症発生率および死亡率が高いことを報告した。以後、この相関は広く知られるようになった。単回測定の乳酸値が高かったり、治療を行っても乳酸値がなかなか低下しなかったりすることは、予後不良であることを示す強力な予測因子であることが数多くの研究で示されている。乳酸値の予後予測因子としての威力は、重症患者となるに至った原因疾患の種類や、ショックまたは臓器不全の有無とは関係なく独立したものであることが明らかにされている。このことは一考に値する。

乳酸値が強力な予測因子であることが分かってから長い時間が経っているが、乳酸値の高い患者や乳酸値が低下しない患者に対して、どのような手段が有効なのかはまるで分かっていない。以前に行われた研究では、重症患者にジクロロ酢酸を投与し乳酸の代謝を改善すると、乳酸値は低下するが転帰は改善しないという結果が得られている。つまり、乳酸値が高かったり、なかなか下がらなかったりすると転帰が不良である原因は高乳酸血症そのものなのではなく、乳酸値上昇を引き起こす要因が関与している可能性が高いと考えられる。

動物実験および臨床研究のいずれにおいても、組織低酸素症が乳酸値上昇の原因であることが強調されている。乳酸値上昇を引き起こすほどの組織低酸素症では、酸素消費量が酸素供給量に応じて変化する。こうした先行研究の知見を踏まえ、乳酸値が高かったり、なかなか下がらなかったりする患者に対する治療方針として、酸素運搬量増加and/or酸素消費量減少により組織の酸素需要量と酸素供給量の均衡を維持することが有効である可能性がある。しかし、酸素需給バランスの破綻による嫌気性代謝とは異なる他の機序によっても血中乳酸値は上昇することがある。また、酸素消費量を低下させる方法はあまり効果的ではないと考えられる。文献的には、乳酸値低下を目標とした治療の有効性は、観測研究と酸素運搬量の最適化を企図する目標指向型治療の効果を検討した研究において、間接的に裏付けられているに過ぎない。後者の目標指向型治療はRiversらが行った画期的な研究である。この研究では、重症敗血症で乳酸値が高い患者に対し、血行動態と酸素運搬量の改善を目指す目標指向型早期治療を行うことによって転帰が改善することが示された。乳酸値の正常化を目指した治療戦略の有効性の検証を主な目的とした無作為化比較対照試験は、今までに単一施設研究が一編あるのみである。この研究では、乳酸値正常化を目指した治療によって合併症発生率が低下するという結果が得られたが、心臓手術後の患者のみが対象であるため、この結果をそのまま重症患者一般に敷衍するわけにはいかない。

今回の多施設研究の主目的は、ICU入室時に乳酸値が高い(3.0mEq/L以上)患者において、乳酸値を繰り返し測定し2時間以内に乳酸値が20%以上低下するように管理した場合に、乳酸値のモニタリングを行わなかった場合と比べて利点が得られるかどうかを検証することである。もう一つの目的は、臓器不全の発生状況、人工呼吸期間、強心薬・昇圧薬の使用状況、腎代替療法の実施状況およびICU滞在期間に乳酸値モニタリングが及ぼす影響を検証することである。

教訓 ジクロロ酢酸を投与し乳酸の代謝を改善しても、乳酸値は低下するが転帰は改善しないという結果が得られています。
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集中治療文献レビュー2010年9月② [critical care]

Anesthesia Literature Review

Anesthesiology 2010年9月号より

Conventional and chest-compression-only cardiopulmonary resuscitation by bystanders for children who have out-of-hospital cardiac arrests: a prospective, nationwide, population-based cohort study. Lancet 2010; 375: 1347-54

成人の突発的心停止症例では、胸骨圧迫と人工呼吸を組み合わせた従来の心肺蘇生(CPR)と、胸骨圧迫のみのCPRのどちらを行っても生存率は同等である。小児心停止症例では、大半の症例において呼吸停止が先行する。したがって、小児心停止には胸骨圧迫のみのCPRよりも従来通りのCPRの方が有効であると考えられている。

本研究は、日本において全国規模で地域集団を対象に行われた前向き観測研究である。小児の院外心停止症例を対象として、神経学的転帰について従来型CPRと胸骨圧迫のみCPRとの比較が行われた。2年にわたり5170名の小児(17歳以下)心停止症例のデータが収集された。

大多数の症例が、非心原性心停止であった(71%)。心原性心停止は残りの29%を占めた。全体の52%には、居合わせた者によるCPRが行われなかった。全体の30%に対し、居合わせた者によって従来型CPRが行われ、17%に対しては胸骨圧迫のみのCPRが行われた。対象症例全体では、一ヶ月後生存率は9.2%、一ヶ月後に神経学的転帰良好であったのは3.2%であった。居合わせた者によってCPRが行われなかった群の転帰が最も不良であった。小児の非心原性心停止症例には、従来型CPRが有効であることが分かった。

解説
この意義深い研究は、胸骨圧迫と人工呼吸を組み合わせて行う従来型CPRが、非心原性と推測される小児院外心停止症例に対する標準的治療であることを改めて堅固に裏付けている。また、胸骨圧迫は、たとえ訓練を受けていない者が行う場合であっても、蘇生の試みを何もしないよりは、はるかに有益であることが痛感される。

Activated protein C and hospital mortality in septic shock: A propensity-matched analysis. Crit Care Med 2010; 38: 1101-7

敗血症の脅威は世界的に増大しつつあり、現行の治療法について、さらに研究を重ねる必要がある。重症敗血症に対する遺伝子組み換えヒト活性化プロテインC (APC)の治療効果を検討する目的で行われた二編の大規模臨床試験は、相反する結果を示すに至った。

臨床の現場におけるAPCの安全性と有効性をさらに詳しく検討するため、2年の歳月を費やし404ヶ所の病院に収容された患者を対象として遡及的コホート研究が行われた。ICU入室後2日以内に抗菌薬と昇圧薬の投与を開始された敗血症患者を対象とした。このうち1576名にAPCが投与されていた。APCが投与されなかった対症例対照として1576名を抽出した。

患者の分布に偏りがあったため、いくつかのサブ解析が行われた。患者および病院に関わる特性および治療法の違いを組み入れた多変量モデルを用いた。APCが投与されなかった患者と比較し、APCが投与された患者では、院内死亡率の相対危険度が17%低かった。治療法および病院についての共変量を考慮した対照コホートを設定して行った二次解析では、死亡率の絶対差は5.9%であった。APC投与による有害事象は、消化管出血(6.8%)、輸血(0.3%)、出血性脳血管障害(0.25%)などであった。

解説
この遡及的研究では、傾向スコアを用いた症例対照による解析が行われた。入院後2日以内にAPCの投与を開始すると、敗血症性ショック患者の院内死亡率が低下することが明らかになった。APCの投与を早期に始めると、敗血症性ショック患者の転帰が本当に改善するのかどうかは、改めて前向き研究を行わなければはっきりとはしない。

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集中治療文献レビュー2010年9月① [critical care]

Anesthesia Literature Review

Anesthesiology 2010年9月号より

Prophylactic intravenous magnesium sulfate for treatment of aneurysmal subarachnoid hemorrhage: A randomized, placebo-controlled, clinical study. Crit Care Med 2010; 38: 1284-90

脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血の死亡率は50%にものぼる。死因の大半は、遅発性脳虚血および脳血管攣縮である。動物の虚血性脳傷害モデルを用いた実験では、マグネシウムを投与すると神経保護作用が得られることが明らかにされている。

前向き無作為化偽薬比較対照試験を行い、硫酸マグネシウムの静注により血清マグネシウム濃度を高く保ち、脳動脈瘤破裂後の脳虚血抑制効果が得られるかどうかを検証した。脳神経外科ICUに入室した患者(110名)を硫酸マグネシウム静注群(16mmolボーラス投与の後、8mmol/hr持続静注)または対照群に無作為に割り当てた。遅発性脳虚血の有無は、頭部CTを繰り返し撮影し評価した。

脳血管攣縮の徴候のなかった場合と比較し、脳血管攣縮の徴候があった場合の方が、マグネシウム投与による遅発性脳梗塞抑制効果が高かった(マグネシウム群28%、対照群58%)。

解説
本研究で、硫酸マグネシウム持続静注の効果と安全性が示された。血漿マグネシウム濃度の目標値を2.0-2.5mMとしてマグネシウムを投与したところ、遅発性脳梗塞の発生を抑制することができた。この方法は、クモ膜下出血に対する治療法の一つとして有望である。

Early vs Late Tracheotomy for Prevention of Pneumonia in Mechanically Ventilated Adult ICU Patients: A Randomized Controlled Trial. JAMA 2010; 303: 1483-9

人工呼吸管理が長期に及ぶ患者に対しては、気管切開が行われることが多い。しかし、その最適な実施時期は、考え方によって大きな隔たりがある。気管切開の実施時期によって、人工呼吸器離脱開始までの日数、有害事象(VAPを含む)の発生率、そして総医療費が変化する可能性がある。

本研究は多施設無作為化比較対照試験であり、早期(気管挿管から6-8日後)気管切開と晩期(気管挿管から13-15日後)気管切開の有益性を比較検討した。研究対象候補として登録後48時間のうちに、呼吸状態が悪化し、SOFAスコアが変化しないか悪化し、肺炎が発生しなかった患者(600名)を、早期気管切開群または晩期気管切開群に無作為に割り当てた。

気管切開術の大多数は、経皮的に行われた。VAP発生率は両群同等であった(早期群14% vs. 晩期群21%; P=0.07)。28日目における二次エンドポイントについても同様で、人工呼吸器非使用日数(早期群11日 vs. 晩期群6日)、人工呼吸器離脱成功患者の占める割合(早期群77% vs. 晩期群68%)、ICU退室率(早期群48% vs. 晩期群39%)および生存率(早期群74% vs. 晩期群68%)はいずれも両群同等であった。

解説
本研究では、人工呼吸管理が行われるICU患者では人工呼吸開始後第8日以前に気管切開を行っても、第15日目頃に行った場合を凌駕する有益性は得られないという結果が示された。院内肺炎および長期転帰についても有意差は認められなかった。したがって、気管切開は第13-15日目以前には行うべきではないと考えられる。

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