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意識と麻酔⑥ [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

皮質の情報処理能力の破綻

さてここで、麻酔が情報処理にどのように影響をおよぼすのかを考えてみよう。これは、大雑把に言うと、処理方法の種類の数として捉えられる。視床皮質系における発火パターンのレパートリーが縮減すると、たとえ脳全体としての統合性が保たれていたとしても、ニューロン活動による情報処理は貧弱になる。前述の通り、麻酔によって意識を消失させるのに十分な量の麻酔薬を投与すると、脳波ではバーストサプレッションが観察される。この脳波パターンでは、ほぼ平坦な脳波の中に、数秒ごとに短くほぼ周期的なバーストが認められる。これは、いずれの測定部位でも同じon-offパターンの脳波である。このような脳全体に出現する単調なバーストサプレッションパターンの脳波は、視覚、聴覚および機械的刺激によっても誘発することができる(Fig. 4)。したがって、深麻酔で意識を消失した状態においても、視床皮質系は依然として活動していることがある。それどころか、過興奮状態のことさえあり、脳全体として統合された反応を示すこともある。しかし、このような状態で発生する反応のレパートリーは貧弱で、紋切り型のバーストサプレッションパターンに限られる。このとき、情報処理能力は喪失されていて、脳はたった二つの状態(onかoffか)をとることしかできない器官に堕してしまうのである。ニューロン活動が活発でその同調性が十分であっても意識を消失するもう一つの例として、全身痙攣を伴う癲癇発作がある。この場合、視床皮質系の大部分では、非常に同調性の高い激しい活動が起こっているが、その活動パターンは単調である。

睡眠にちょっと似たもの

健康な人間が自然に意識を消失するのは、睡眠のときだけである。夜の早い時間に徐波睡眠中(眠りについてから30~60分後の最も深い眠りの最中)の被験者を起こすと、睡眠中に途切れ途切れの思考に似た体験があったと報告する場合があるが、何も体験の記憶がないことがほとんどである。麻酔は自然な睡眠とは同一ではないが、麻酔中も睡眠時と同じく脳の覚醒系が抑制されている。また、麻酔中と同様に、徐波睡眠中には皮質ニューロンおよび視床ニューロンは双安定化し、脱分極と過分極の間をゆっくり(1Hz以下)振動するようになる。動物の麻酔実験で得られた知見と同じく(Fig. 3)、徐波睡眠中のヒトを対象とした研究でも、皮質ニューロンが双安定化すると脳が情報を統合する機能が破綻する(Fig. 5および6)。覚醒時に前運動野皮質およびその他の領域の皮質に経頭蓋磁気刺激(TMS)を与えると、長い反応(300ms)が認められる。その一つに、脳の特定の領域が代わる代わる次々に活動する反応がある。このとき活動が起こる部位は、刺激を与える部位に対応して決まる。ノンレム睡眠の初期には、覚醒時と異なりTMSのパルス刺激によって短い(<150ms)局所反応が生ずる。これは、統合能が失われていることを示し、おそらく局所的に過分極状態が出現することがこの反応の原因である。皮質間結合の主要ハブの上に覆い被さるように位置する頭頂葉内側にTMSのパルス刺激を与えると、平時に発生する徐波と酷似した、単調で振幅の大きい徐波が出現する。つまり、活動様式のレパートリーがなく、伝達されるべき情報がない状態であることを示している。この反応は、皮質間結合の活動と、脳全体の過分極化とが同時に起こるため生ずるものと考えられている。

教訓 視床皮質系における発火パターンのレパートリーが縮減すると、たとえ脳全体としての統合性が保たれていたとしても、ニューロン活動による情報処理能は低下します。発火パターンのレパートリー縮減の具体例はバーストサプレッションです。

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