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意識と麻酔⑤ [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

皮質の統合性の破綻

前述の後頭部領域のニューロンが抑制されなければ意識が消失しないというわけではない。特定部位のニューロン抑制が問題なのではなく、ニューロン活動の変化の機能的側面、特に、ニューロンの変化によって脳が情報を統合する機能に影響が及ぶか及ばないか、ということが意識消失作用の有無には重要である。

脳による大規模な情報統合のはじめの段階を考えてみよう。この段階においては、大雑把に言うと、異なる皮質領域が効率的に連携する必要がある。麻酔によって意識がなくなるとき、脳波上では、左右の前頭皮質間および前頭部と後頭部の間におけるγ波(20-80Hz)のコヒーレンスが落ち込む。動物に麻酔薬を投与したときにも、視覚刺激がある場合と安静時のどちらの場合でも、前頭-後頭領域間のγ波コヒーレンスが抑制される。この作用は徐々に出現するものであり、近距離よりも長距離のコヒーレンスに対する影響の方が大きい。麻酔薬は、長距離の皮質-皮質間統合を担う部位に作用して、皮質の統合性を攪乱するものと考えられる。後頭葉皮質の接合ハブ、一部の視床核、そしておそらく前障が、そのような作用部位に当たる。また、麻酔薬はニューロンの応答速度を低下させるので、離れた部位の同期が妨げられることになる。

皮質においてフィードバックを伴う相互作用が行われなければ、非常に深刻な事態となり得る。ラットに麻酔薬を投与し無反応の状態にすると、情報伝達経路のうち、まずフィードバック系が阻害される(Fig. 3)。また、視覚応答における遅発相(>100ms)も抑制される。これもおそらくフィードバック系が阻害されるからである。しかし、早期に発生するフィードフォワード相は阻害されない。視床皮質系は、とりわけ麻酔薬の影響を受けやすいと考えられている。視床皮質系はそれだけで完結した小さな世界(small-world)を形成する組織であることがその理由である。大抵のsmall-worldネットワークでは、比較的数少ない長距離の伝達経路によってネットワーク内の接続が実現されている。このようなネットワークではハブを利用することによって、最小の架線で最大の接続が実現されている。このため、麻酔薬により少数の長距離伝達路が途絶するだけで、ある一つの大きな系が切断されることになるのである。実際、コンピュータシミュレーションでは、大量の麻酔薬を投与すると急速な相転移が起こることが示されている。急速な相転移は、ネットワークの統合性が破綻していることを示す現象である。

教訓 意識消失作用の有無には、ニューロンの変化によって脳が情報を統合する機能に影響が及ぶか及ばないか、ということが重要です。ニューロンが抑制されているかいないか、ではなく、ニューロン活動の変化の機能的側面に着目しなければならないということです。


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