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意識と麻酔⑦ [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

意識と情報統合

麻酔中および睡眠中の実験で得られた所見(Fig. 2および3)は例外なく、意識が消失すると皮質間結合が破綻し皮質の統合性が失われたり、皮質活動様式のレパートリーがなくなり伝達されるべき情報が存在しなくなったりすることを裏付けている(Fig. 2)。一体どうしてこんなことが起こるのであろうか?筋道の通った理由が最新の理論を援用して示されている。その理論によると、情報とその統合こそが意識の根本的要素である。従来、選択肢の中から不確実なものを除去して残ったものが情報であるとされてきた。コイン投げをして表か裏のどちらかがでるか、というときの情報は1ビットである。サイコロを投げたときに出る目の情報は約2.6ビット(log26≒2.6)である。しかし、意識のある状態において何らかの体験をする場合、たとえそれが真の闇を知覚することであっても、その情報量は膨大なはずである。なぜなら、実際の体験以外の他の無数の体験が可能かもしれないからである(どんな映画でもいいから最初から最後までの場面を思い浮かべてみてみれば分かる)。何らかの体験をするということは、目が一兆もあるサイコロを投げて出た目の数を認識するのと似ている(Fig. 2)。一方、体験の一つ一つは統合されていて、独立した別々の構成要素に分割することはできない。例えば、健常な脳を持つ者であれば、視野の左半分を右半分と別個に認識することはできないし、視覚的に捉えた形を色と無関係に認識することはできない。言い換えると、体験をサイコロになぞらえるとすれば、それはいくつものサイコロを一度に投げるようなものである。そして、サイコロを振って出た数を組み合わせてみても、これと同じことにはならない。

たとえ話はこれぐらいにする。以上の理論によれば、意識レベルとは、取り得る異なる状態(システムがとりうる状態の時間的、空間的パターン)のレパートリー(情報)によって決まる。そして、この情報をその系全体と別個に取り出すことはできない(統合)。統合された情報の単位をφと呼ぶ。この単位を用いると、ある系の一つ一つの部分が独立して生み出す情報は言うに及ばず、その系が取り得るいくつもの状態のうち一つの特定の状態になったときに生起する情報も定量化することができる。実際には、小規模のシミュレーション系でしかφを厳密に測定することはできない。しかし、脳波データ、安静時機能的結合解析またはTMS誘発反応などを利用して、統合情報量を評価する予測測定法を考案することができるのではないかと思われる。そうすれば、情報統合の破綻と情報量の喪失の両者を評価することのできる意識モニタの開発につながるであろう。この場合、情報統合の破綻とは機能的結合または有効な結合の喪失であり、情報量の低下とは脳が単調な(ステレオタイプな)反応しか示さないことである。

以上の理論は、麻酔とも関わりがあり興趣をそそられる。例えば、この理論によって、なぜ視床皮質系が意識の生起にとって重要であり、そしてこの部分が麻酔の標的部位の本丸であるのはどうしてなのかが分かる。部位ごとの機能特化(皮質の各部分および各部分のニューロン群が司る機能はそれぞれ精緻に特化されている)と特化した機能の統合(皮質間結合および皮質-視床-皮質結合による統合)という二つの事象をまとめ上げるのが視床皮質系の役割である。したがって視床皮質系は、多数の異なる状態を取り得るダイナミックな単一の独立体として機能を発揮することができると都合がよいのである。翻って、脳の他の部分、例えば小脳は、小規模で半独立的な機能単位によって構成されている。そして、基底核を通って並行する神経回路は、十分には統合されていない。こうした神経回路が障害されても意識を失うことにならないのは、はじめから回路同士がきちんと統合されていないからであると考えられる。上述の理論によれば、個別の運動反応や局所的な自動運動を意識がある徴候として捉えてはならないし、反対に、運動反応の欠如を意識消失の確定的徴候として捉えるべきではないと言える。最後に、以上のような理論的展望によれば、意識というのは悉無律(all-or-none)のような性質を持つものではなく、段階を持つものである。意識の段階とは、つまり、ある系が取り得る異なる状態のレパートリーに応じて意識レベルが決定されるということである。意識には段階があるという考えは、鎮静中に意識がおよぶ範囲(意識野)が縮小したり、意識が朦朧としたりするという現象とも一致する。一方、麻酔薬を大量に投与して意識が急激に途絶するのは、神経が取り得る状態がレパートリーとしてまとまって保持されている状況が非線形的に破綻するためであろう。

教訓 意識が消失すると皮質間結合が破綻し皮質の統合性が失われたり、皮質活動様式のレパートリーが縮小し伝達されるべき情報がなくなったりします。意識レベルは、情報(システムがとりうる状態の時間的、空間的パターンのレパートリー)によって決まります。情報をシステムと切り離して取り出すことはできません(統合)。
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