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意識と麻酔③ [anesthesiology]

Consciousness and Anesthesia

Science. 2008 Nov 7; 322(5903): 876-880

視床―スイッチか?読み取り装置か?

あらゆる麻酔薬に共通する代表的な局所作用は、意識消失の瞬間またはその直前における視床の代謝および血流の低下である(Fig. 1)。これはつまり、視床が意識のスイッチとして働いている可能性があることを意味している。実際に、視床に何らかの操作を加える実験が何種類も行われており、そうした実験では視床がスイッチのような働きをすることが示されている。例えば、GABA作動薬(麻酔薬と似た作用がある)をラットの視床核に注入すると、ラットはすぐに眠ってしまう。このとき脳波は徐波化する。反対に、セボフルランをラットに投与し麻酔状態にしてから視床髄板内核に少量のニコチンを注入すると、ラットは覚醒する。ヒトでは、視床正中核が障害されると植物状態に陥る。逆に、植物状態から回復する場合、その前兆として、視床と帯状回皮質とのあいだの機能的連携の復元が認められる。同様に、重い意識障害のある患者の視床中心核に電気刺激を与えると、従命動作が見られるようになる。

しかし、あらゆる麻酔薬が必ずしも視床の活動を低下させるわけではない。ケタミンは脳全体の代謝を亢進させる。特に視床における代謝を亢進させる作用が強い。他の麻酔薬の中には、意識を失わないほどの、鎮静を来す程度の投与量でも視床の活動を大幅に減少させるものもある。例えば、セボフルランを投与され、覚醒し応答も可能だが鎮静されている状態になった患者では、視床の代謝が23%低下する。実際のところ、麻酔薬が視床に及ぼす作用は、その大半が間接的なものである可能性がある。麻酔中の視床の自発的発火は、大部分が皮質ニューロンからのフィードバックによって引き起こされている。皮質ニューロンのうち、麻酔薬に対する感受性が高い大脳皮質第Ⅴ層の細胞からのフィードバックの影響が特に大きい。大脳皮質第Ⅴ層の細胞は、多くが視床とともに脳幹の覚醒中枢へも投射している。したがって、皮質の活動が低下すると視床の活動と覚醒度が低下するのである。動物実験では、麻酔薬を投与したときに視床の代謝および電気的活動にあらわれる作用は、皮質を除去すると消失することが明らかにされている。反対に、視床を焼灼した場合には、皮質は活発な脳波を示し続ける。つまり、視床は皮質が活動を行うための唯一の仲立ちであるわけではなく、また、唯一どころか最重要でさえもないと考えられている。脳に電極を埋め込まれた患者が、改めて手術を受け脳深部に刺激装置を設置されると、皮質脳波は劇的に変化しそれとともに患者は即座に意識を失う。しかし、その10分後までは視床の脳波はほとんど変化を示さない。一方、てんかん患者のレム睡眠中(通常、夢を見ている)における皮質脳波は、覚醒しているときと見紛うように活発であるが、視床脳波はノンレム睡眠時のような徐波を呈する。したがって、麻酔薬が視床におよぼす作用は、視床が皮質全体の活動を読み取っていることを示すものであり、視床が意識のスイッチであることを意味するものではないと考えられる。そして、視床の活動は、意識の有無の指標としては適切であるとは言えない。

さりながら、視床をまるで没却してしまうのは軽率である。皮質領域における効率的な情報伝達を可能とするには、視床が中継機能を果たす必要がある。視床に障害があると、皮質の活動に問題がなくても、情報がうまく伝達できなくなることがある。麻酔中には、視床の活動低下によって皮質との機能的連携が障害されることが神経画像解析で明らかにされている。カルビンジン陽性細胞によって、大脳皮質の多くの領域では閾値下脱分極が引き起こされる。カルビンジン陽性細胞は、視床髄板内核の一部に多く存在し、皮質表層全体に投射する。視床髄板内核の細胞は、高周波数の発火が可能である。このため、コヒーレント振動によるバイアス電流が生じ、皮質-皮質の長距離相互作用が可能となる。つまり、視床が活動していなかったり障害されたりしていても、皮質が活動していることはあり得るが、視床の活動がなければ意識は生起しないと考えられる。

教訓 視床は皮質全体の活動を読み取っているようです。視床は意識のスイッチではなさそうですが、視床の活動がなければ意識は生起しないと考えられています。
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