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麻酔文献レビュー2010年9月② [anesthesiology]

Anesthesia Literature Review

Anesthesiology 2010年9月号より

The Role of Reputation in U.S. News & World Report's Rankings of the Top 50 American Hospitals. Ann Intern Med 2010; 152: 521-5

U.S. News & World Reportが毎年発表する、12の分野における全米トップ50病院ランキングが、市場展開の材料や医療制度改革におけるモデル例として使用されることは珍しくない。しかし、このようなランキングは、医療の質に関する客観的評価と主観的評価をごちゃまぜにして作られている。そして、世評のみによっての相対的順位決定が定量評価されたためしはない。

2009年版 U.S. News & World Report に掲載された12分野それぞれのトップ50病院の相対的順位決定において世評が果たした役割を定量評価する目的で、横断的研究を行った。無作為に抽出した250名の専門医から得た調査結果を用いて主観的評価を割り出した。U.S. News & World Reportのランキングにおいて設定されている主観的項目および客観的項目を用いて、病院の優劣を示す点数を分野ごとに算出した(U.S. News & World Reportが算出している点数と同一)。

専門医による主観的評価点数が30点以上であったのは、トップ50病院のうちわずか4%を占めるに過ぎなかった。総合ランキングについては、専門医による主観的評価点数による平均ランキングとU.S. News & World Reportのランキングが一致した(第一位の病院については100%、トップ5病院については97%、トップ10病院については91%、トップ20病院については89%で一致)。分野別ランキングについても、同様の傾向が認められた。リスク調整後死亡率、患者安全指標、看護師:患者比といった他の要素については、トップ50病院の中における差は認められなかった。

解説
現在、「成果報酬型支払制度(P4P)」を導入しようとする機運が高まっている。この支払制度を実施するには、病院の質に関する客観的情報が必要である。ニュース媒体などで病院ランキングが発表されるが、このようなランキングは客観的データではなく主観的な世評に基づいて作られていると考えられる。

Trends, Major Medical Complications, and Charges Associated With Surgery for Lumbar Spinal Stenosis in Older Adults. JAMA 2010; 303: 1259-65

近年、脊椎手術の件数が増加している。しかし、色々な術式の中から、ある特定の術式を選ぶ方法についての明確な診療ガイドラインは存在しない。術式によって有益性と危険性の様態は異なるため、どのような術式が実際に行われていて、合併症発生率がどれほどであるかを知ることは重要である。さらに、基礎疾患があれば合併症の危険性は増す可能性があり、術式の選択においては基礎疾患を考慮する必要があると考えられる。特に、年配者では基礎疾患を有することが多いため、このような配慮が重要である。

メディケアのデータベースを対象とした遡及的解析を行い、腰椎脊柱管狭窄症に対する手術様式、合併症および医療費の傾向を検証した。メディケア受給者に対して行われた腰椎脊柱管狭窄症の手術(2007年1~11月に行われた32152件)を、除圧のみの手術、簡単な脊椎固定術(例;一または二椎間の手術、前方または後方のどちらかの固定術)または複雑な脊椎固定術(例;三椎間以上の手術、前方および後方固定術の同時実施)のいずれかに分類した。

手術実施率と簡単な脊椎固定術は2002年から2007年のあいだにわずかに低下していたが、複雑な脊椎固定術の実施率は15倍に増加していた。致死的合併症の発生率は、年齢、手術侵襲度および基礎疾患の重症度が増すほど高かった。年齢、基礎疾患、脊椎手術の既往およびその他の特性について調整したところ、複雑な脊椎固定術の致死的合併症発生率のオッズ比は、除圧のみの手術と比較し2.95倍であった(95%CI, 2.50-3.49)。30日以内の再入院率は、複雑な脊椎固定術群では13.0%であったが、除圧のみの群では7.8%であった(調整オッズ比, 1.94; 95%CI, 1.74-2.17)。

解説
2002年から2007年にかけてのメディケア請求の遡及的解析を行ったところ、65歳以上の患者に対する脊柱管狭窄症の実施率は比較的一定して推移していることが明らかになった。しかし、複雑な術式による脊椎固定術の占める割合は大幅に上昇した。複雑な手術を受ける患者は、除圧のみの手術を受ける患者と比べ、致死的合併症が発生するリスクが高いことが分かった。したがって、侵襲の大きい脊椎手術を行う際は、脊椎病変だけでなく患者の年齢と基礎疾患を考慮して手術の可否を決定すべきである。
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麻酔文献レビュー2010年9月① [anesthesiology]

Anesthesia Literature Review

Anesthesiology 2010年9月号より

Submaximal Cardiopulmonary Exercise Testing Predicts Complications and Hospital Length of Stay in Patients Undergoing Major Elective Surgery. Ann Surg. 2010 Mar;251(3):535-41.

現行の非心臓手術周術期リスク分類の方法は、術後合併症の発生を正確に予測するには精度が不足している可能性がある。さらに、リスク分類の手法が主観的であるとも言える。一方、運動負荷による心肺機能試験は非侵襲的かつ客観的な評価法であり、心肺機能の予備力とともに嫌気性代謝閾値(AT;有機的エネルギー産生に無機的代謝によるエネルギー産生が加わる直前の運動強度)も分かる。ATは死亡率を予測する精度の高い指標である。

本研究は、前向き単一施設コホート研究である。客観的非侵襲的方法である心肺予備能評価法と、術前聞き取り調査に基づく予備運動能評価法とを比較し、術後合併症リスク評価の精度を検討した。運動予備能が低い(7METs未満)と自己申告した患者(連続171名)について、運動負荷による心肺機能試験とVeterans Activity Score Index質問票による調査を実施した。術後第7日に合併症発生率を評価した。

二つ以上の合併症が発生した患者は、合併症がないか一つのみの患者と比べ、ATが低かった(9.1 vs 11.9; P=0.001)。ATの境界値を10.1mL/kg/minとしてリスク評価をした場合の合併症予測についての感度、特異度および正確度はいずれも高かった(それぞれ88%、79%およびAUC=0.85)。AT以外の合併症発生の独立予測因子は、Veterans Activity Score Indexと緊急再手術であった。運動負荷による心肺機能試験実施中に、重大な合併症が発生した症例は報告されなかった。

解説
術後合併症の予測は往々にして困難である。本論文の著者は、運動負荷による心肺機能試験は、聞き取りによる主観的な運動評価と比べ、予測精度が高いことを明らかにした。本研究のデータから、中~高リスク患者においては術前の運動負荷試験による合併症リスク評価が有用である可能性があると言えよう。

Effect of a 19-Item Surgical Safety Checklist During Urgent Operations in A Global Patient Population. Ann Surg. 2010 May;251(5):976-80.

WHOが打ち出した19項目で構成される手術安全チェックリストを導入すると、合併症および死亡症例が有意に低下することが明らかにされている。しかし、緊急手術のときのこのようなチェックリストを使用すると、業務の進行に差し障りが生じ、治療が遅れる可能性がある。

そこで、WHOチェックリスト導入の影響を評価するため、世界各地に所在する8か所の病院において、導入前後の比較を行うため前向き研究を行った。緊急非心臓手術を受ける16歳以上の患者1750名を連続的に登録し、WHO手術安全チェックリスト導入前(842名)および導入後(908名)の臨床経過および転帰についてのデータを比較した。

合併症発生率、死亡率および概算出血量はいずれもチェックリスト導入後の方が有意に低下した。注目すべき点として、6つの安全確認項目の遵守度が、チェックリスト導入によって18.6%から50.7%へと向上したことが挙げられる(P<0.0001)。

解説
手術直前に簡便なチェックリストを用いると合併症が減ることを示すデータが次々と報告されている。本論文の著者らは、19項目で構成されるチェックリストを世界各地の病院において導入し、緊急手術症例における合併症発生率と死亡率が格段に低下したことを明らかにした。このチェックリストには、アレルギーの有無、手術部位、気道確保困難の可能性などについての簡単な質問が含まれている。あらゆる病院において、緊急手術を行う際にはこのようなチェックリストを用いるべきである。
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CRPが高いほどARDSの転帰は良い~考察② [critical care]

Plasma C-Reactive Protein Levels Are Associated With Improved Outcome in ARDS

CHEST 2009年8月号より

CRPは様々なメカニズムによって好中球機能を阻害する可能性がある。その一つに、CRPによるp38 MAPキナーゼ活性の阻害を介した経路がある。この機序によって、遊走刺激に呼応するのに必要な好中球信号伝達タンパクが減少する。他にも、ホスファチジルイノシトール3キナーゼ活性とCRPとの相互作用や、好中球の呼吸バーストがCRPによって抑制される機序などが指摘されている。さらに、in vitroで、ヒトCRPがヒト血清中における好中球遊走を阻害することも確認されている。一方、CRPには内皮やサーファクタントの機能を変化させる機能があることが指摘されているものの、CRPが肺傷害を引き起こしたり増悪させたりすることを示した研究はほとんどない。

Heuertzらは、ウサギ肺傷害モデルを用いた研究で、人工的な刺激を与えて血清中CRP濃度を上昇させると、好中球遊走が阻害され肺胞の炎症が改善することを明らかにした。同じグループの別の研究では、ウサギCRPが過剰発現するように遺伝子導入したマウスを用いた実験が行われ、このマウスでは肺傷害が生じても好中球の集積と肺胞からのタンパク漏出が軽度に止まることが示された。外からCRPを投与されたマウスの実験でも、同様の結果が得られている。Abernathyらは、ウサギ肺を用いた実験を行い、CRPが好中球刺激による血管透過性の亢進を抑制する作用を発揮することを明らかにした。

以上のように、基礎研究および動物モデル研究のどちらともで、CRPが増えると肺傷害が緩和される可能性があることを支持するデータが示されている。我々が実施した臨床研究では、ARDS患者においてCRPが保護的作用をもたらすという、一見奇異な知見が得られた。ここで紹介した実験データは、本研究が示す結果を裏付けるものと考えられる。以上に挙げた諸研究において、CRPを上昇させるために講じた手段はまちまちであったが、CRPに肺傷害抑制作用があるという結果においてはいずれも一致している。

我々は、本研究にいくつかの問題点があることを認めるに吝かではない。本研究のデザインが孕む限界を踏まえると、免疫抑制患者、ARDS危険因子のない患者、または本研究で取り上げることのできなかったARDS危険因子のある患者などの、本研究で対象となった集団とは異なる集団に、この結果を敷衍することは困難である。また、CRP測定を一時点のみでしか行うことができなかったため、CRP値の経時的変化を評価することはできなかった。他の複数の研究では、CRP値が経時的に低下しないことが、死亡率の上昇と相関する重要な指標であることが示されている。さらに、肺における炎症の程度を測定する手段をとらなかったため、循環血液中のCRPと肺の炎症の関係を評価することはできなかった。とは言え、CRP値と転帰とのあいだの相関は、いずれの解析方法においても有意で確固としたものであった。

本研究の対象コホートの登録条件に合致する患者であっても、ARDS発症後48時間以内の血液検体採取に間に合わず登録することができない症例もあった。このため選択バイアスが生じた可能性がある。残念ながら、臨床研究にはこのような問題が付きものである。特に、ARDSのような急性疾患の研究では、事実上全例で研究参加の同意を代理人から取得しなければならず、対象患者が発生する時間は昼夜を問わないし、登録可能なタイミングは短く設定されているので、選択バイアスが生じやすい。本研究では選択バイアスの影響を解決するため、研究に参加していない者による詳細な解析を行うとともに、多変量モデルを用いて特定の因子について調整し、得られた結果を広く敷衍することができるように努めた。それでも、選択バイアスが生じた可能性を否定することはできない。したがって、他の患者集団においても同様の結果が得られなければ、決定的な結論を導くことはできない。

まとめ

CRPは全身性炎症のマーカとして広く受け入れられてきたが、本研究で得られた知見によれば、ARDS患者ではCRP値が高いほど死亡率が低く、臓器不全が軽度で、人工呼吸期間も短い。我々が今回の研究で示した結果は、先行する基礎研究および動物モデル研究の知見とも平仄が合い、CRPに臓器保護作用がある可能性を示唆するものである。ただし無論のこと、他の患者群でも同様の結果が得られることを確認し、機序を明らかにすべくさらに研究を重ねる必要がある。本研究で得られた知見には広範囲にわたる意義がある。臨床分野では、CRP測定はたいていの施設で可能なため、予後を判定する手頃な指標として用いることができるかもしれない。研究分野では、CRPの役割が今後の研究テーマとなり得ると考えられる。CRPについての研究がさらに進めば、ヒトの疾患におけるCRPの役割についての常識を転換する必要が生ずるかもしれない。

教訓 動物実験では、人工的な刺激を与えて血清中CRP濃度を上昇させると、好中球遊走が阻害され肺胞の炎症が改善することが示されています。好中球刺激による血管透過性の亢進が、CRPによって抑制されることも明らかになっています。
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CRPが高いほどARDSの転帰は良い~考察① [critical care]

Plasma C-Reactive Protein Levels Are Associated With Improved Outcome in ARDS

CHEST 2009年8月号より

考察

ARDS発症後早期の患者のうち、60日以上生存群では血漿CRP値が有意に高いことが明らかになった。この知見に加え、CRP値が高いほど、60日後死亡率が低く、臓器不全が少なく、人工呼吸器使用日数が短いという相関があることが分かった。

この研究の強みは、特徴がはっきりした前向きコホートを構築したことにある。ARDSの定義には、真に決定版と言えるものがない中で、広く用いられている米国-欧州合意協議会によるARDS の定義を適用したことによって、誤った診断によるバイアスが生ずるのを抑制することができた。血漿中CRP濃度の測定をARDS発症後早期の一時点一回限りとしたため標本数が少なくなってしまったが、だからこそ、治療方針や経過中の合併症によるバイアスの影響を抑えることができた。

CRPは炎症性マーカでありリスク評価に有用であると長らく考えられてきたが、本研究で得られた知見は、この捉え方とは矛盾する。周知の通り、CRPが冠動脈疾患の予後を予測するのに威力を発揮するということで耳目を集めたのは最近のことである。しかし、CRP上昇と冠動脈疾患の転帰不良とのあいだに強固な相関があることを示した研究がある一方で、それを否定する研究も報告されており、この件については未だに賛否両論が繰り広げられているのである。敗血症のような急性疾患や、その他の重症疾患についての研究では、CRPが高いほど転帰が不良であることが明らかにされている。だが、我々の管見の及ぶ限りでは、ARDSまたはALI患者におけるCRP値の意義を評価した研究はほぼ絶無に等しい。敗血症および敗血症性ショック患者を対象とした研究が行われ、CRPと転帰の相関が検証されている。対象症例のうちARDSを併発している症例が相当数を占めていたが、CRP値と転帰とのあいだにこれといった相関は認められていない。歴史を繙いてみると、バイオマーカとしてのCRPの有用性を明らかにすることを目的とした初期の研究は、その多くが敗血症新生児を対象として行われた。この手の研究のうち先鞭を付けたものの一つでは、敗血症新生児においてCRPが高いほど転帰が良好であるとされている。別の研究では、CRPが経時的に低下しない場合は転帰が不良であることが示されている。本研究では、第9および第10十分位に属するCRPが最も高い2群と、第1および第2十分位に属するCRPが最も低い2群との比較で、死亡率に最大の差が認められた。興味深い結果である。つまり、CRP値が予後と相関するのは、このようにCRPが極度に高かったり低かったりする場合に限られる、という別の解釈も成り立つ可能性がある。

CRP値と肺傷害の程度との関わりについての臨床データは不足しているが、CRPに肺を保護する作用があるかもしれないということは、生物学的に十分ありうる話である。よく知られているように、ARDS患者の肺には好中球が集積する。この好中球が、肺傷害を引き起こすにあたり中心的な役割を果たすと考えられている。まず、走化性因子の働きにより好中球が肺に集まり、次いで、活性化された好中球が様々な傷害物質を放出し、肺傷害が惹起される。そして、肺に集まった好中球は、アポトーシスの遅延により寿命が延長する。こうしてALI/ARDSの原因となる傷害がとめどなく繰り広げられることになるのである。確かにCRPは好中球遊走に関わる重要な作用を発揮するが、単に走化性因子としてのみ働くのではなく、その作用の全体像はもっと複雑である。20年以上前にBuchtaらは、CRPが低濃度では好中球の遊走を刺激し、高濃度では遊走を抑制することを明らかにした。さらに、遊走以外の好中球に特徴的な機能も、高濃度のCRPによって阻害されることも分かった。以上のデータは、CRPは高濃度であれば保護作用をもたらすという我々が得た知見を裏付けるものであると考えられる。しかも、CRP上昇が転帰悪化と相関するという他の研究で示された結果と齟齬することもない。というのも、このような研究の対象患者のCRP値は、我々の研究対象となった重症患者で認められたよりもかなり低かったからである。

教訓 CRP値が予後と相関するのはCRPが極度に高かったり低かったりする場合に限られるかもしれません。CRPは、低濃度では好中球の遊走を刺激し、高濃度では遊走を抑制することが明らかにされています。

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CRPが高いほどARDSの転帰は良い~結果② [critical care]

Plasma C-Reactive Protein Levels Are Associated With Improved Outcome in ARDS

CHEST 2009年8月号より

コルチコステロイド投与とCRP値

術後患者などを対象とした多くの研究で、コルチコステロイドを投与するとCRP値に影響が及ぶことが示されている。このことを踏まえ、コルチコステロイド投与が交絡因子として作用しているかどうかを評価した。コルチコステロイド投与群では、CRP値が有意に低く(中央値, ステロイド投与群96.0 mg/L [IQR, 103.0] vs ステロイド非投与群180.0 mg/L [IQR, 169.0], p =0.006)、死亡率は有意に高い(60% vs 38%,; p =0.003)という結果が得られた。しかし、重症度と敗血症性ショックの有無によって調整すると、有意差は消失した(調整ハザード比, 1.84; 95% CI, 0.95 to 3.56; p =0.07)。さらに、主要解析の対象からステロイドを投与された患者(n=30)を除外しても、CRP値と生存率のあいだの正の相関は有意であった (調整HR, 0.58; 95% CI, 0.41 to0.82; p =0.002)。

急性肝不全とCRP値

本研究の対象患者のうち、急性肝不全患者はわずか4名であったが、他の患者に比べCRP値が有意に低く (中央値, 45.5 mg/L[IQR, 54.0] vs 中央値: 158.5 mg/L [IQR, 165.0],p =0.02) 、死亡率は有意に高かった(それぞれ100% vs 40%,; p=0.01)。急性肝不全の有無について調整を行った後もなお、CRP値とARDS死亡率とのあいだには有意な相関が認められた(Table3)。また、急性肝不全患者を除外しても、CRP値が高いほど生存率が良好であるという相関は有意であった (調整ハザード比, 0.70; 95% CI, 0.53 -0.93; p= 0.01)。

2次転帰

CRP値が高値の患者は低値の患者に比べ全期間を通じて臓器障害が少なかった(Fig4)。混合効果モデルを用いた解析で、この差は有意であることが示された (p=0.001)。一般化線形モデルを用いた解析では、CRP値が高いほど人工呼吸器非装着日数が延長する有意な相関が認められた(p=0.02)。

教訓 CRP値が高値の患者は低値の患者に比べ全期間を通じて臓器障害が少なく、CRP値が高いほど人工呼吸器非装着日数が延長することが分かりました。
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CRPが高いほどARDSの転帰は良い~結果① [critical care]

Plasma C-Reactive Protein Levels Are Associated With Improved Outcome in ARDS

CHEST 2009年8月号より

結果

対象患者とCRP値

研究期間中に、ARDSの危険因子があり除外診断基準に合致しない患者1427人をコホートに登録した。そして、このコホートを対象に、ARDS発症の有無について追跡調査を行った。ARDSを発症した患者は418名であった。ARDS発症から48時間以内に登録できなかった症例もあった。その主な理由は、代理人からの同意取得の遅延や研究実施施設外におけるARDS発症であった。計177名から血液検体を採取し、この177名が本研究の被験者となった。入院からARDS発症までの日数の中央値は1日であり四分位範囲(IQR)は2日であった。

Table 2に掲げた人口統計学的因子、慢性疾患、病因および生理学的因子と、APACHEⅢの各項目について、除外基準に当てはまり研究対象から除外された患者と本研究被験者との比較を行った。死亡率は、除外患者と被験者の間で同等であった (40% vs 40%, p =0.99)。人口統計学的因子ならびに生理学的特性に関しても差はなかった(Table 1に全結果を提示)。被験者群の方が除外患者群より肺炎の罹患率が有意に高く(75% vs 61%, p =0.004)、外傷症例の占める割合が有意に低く(4% vs 10%, p =0.02)、コルチコステロイドを投与された患者の割合が有意に多かった(16% vs 8%, p =0.01)。研究の初期段階でコホート登録要件を変更し、コルチコステロイドがすでに投与されている患者を除外しないことにした。

基準時点における対象患者の特性をTable 1に示した。この表のデータは、主要評価項目であるARDS発症60日後生存または死亡によって分けて記載されている。生存者は非生存者にくらべ有意に若く、APACHEⅢスコアで判定される重症度が有意に低かったが、それ以外の項目については両群間に差異はなかった。全死亡率は40%であった。対象患者のCRP血中濃度中央値は155mg/L(IQR, 160 mg/L)であった。

肺炎患者のCRPは、肺炎のなかった患者のCRP値と比べ有意に低値であった(中央値, 137.5 mg/L[IQR, 162.0] vs 中央値, 181.5 mg/L [IQR, 121.0],p =0.01)。しかし、死亡率については、CRP値の高低による有意差は認められなかった(肺炎患者40% vs 肺炎のなかった患者38%, p =0.86)。外傷患者と非外傷患者のあいだで、CRPおよび死亡率に有意差は認められなかった。ただし、この研究では外傷患者の数が少なかった点に留意が必要である。

ARDSの転帰とCRP値

主要評価項目である60日後生存の有無によって患者を区分したところ、CRP値はARDS生存者の方がARDS非生存者に比べ有意に高かった(中央値, 176.5 mg/L [IQR, 173.0] vs 中央値, 133.5 mg/L [IQR, 161.0], p =0.02)(Fig. 1)。CRP値によって患者を分類したところ、CRPが低い区分に該当する患者ほど死亡率が低いという結果が得られ、この相関は統計学的にも有意であった(p=0.02)。以上をFigure 2に図示した。

CRP値による各分類群の60日以上生存可能性をKaplan–Meier曲線で示した(Figure3)。ログランク検定による比較を行ったところ、CRP値が高いほど生存期間が有意に長いことが解った (p=0.005) 。

未調整Cox比例ハザードモデルでは、対数変換したCRP値が大きいほど、60日後死亡ハザードが低いことが明らかになった (ハザード比, 0.8; 95%信頼区間[CI], 0.65-0.98; p =0.03)。共変量調整後のCoxモデルを用いた最終解析結果をTable3に示した。共変量を調整してもなお、CRP値が高いほど死亡ハザード比が低いという相関が認められた。CRPを連続変数として扱わず、CRP値のカットポイントを226 mg/Lとして区分した場合にも、同様の相関が認められた。CRP値がカットポイント以上であると、60日後死亡ハザードが低いという結果が得られた (調整ハザード比, 0.50; 95% CI, 0.26 to 0.98; p =0.04)。統計学的手法によらずこの相関が一貫して認められることを示すため、Cox比例ハザードモデルと同様にロジスティク回帰モデルを構築し、主要評価項目についての解析を再度行った。この解析でも、対数変換したCRP値が高いほど死亡率が低いという有意な相関が認められた(オッズ比, 0.65; 95% CI, 0.42 to 1.00;p=0.05)。いずれのモデルもROC曲線(receiver operating characteristic curve)下面積は同等であった ([ロジスティク解析]c統計値=0.84; 95% CI, 0.73 to 0.94; [Cox比例ハザードモデル]c統計値 =0.79; 95% CI, 0.66 to 0.88)。

教訓 ARDS生存者の方がARDS非生存者に比べCRPが有意に高く、CRPが高いほどARDS患者の生存期間は長いことが分かりました。
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CRPが高いほどARDSの転帰は良い~方法 [critical care]

Plasma C-Reactive Protein Levels Are Associated With Improved Outcome in ARDS

CHEST 2009年8月号より

C反応性蛋白(CRP)は血漿中に存在する21-キロダルトンのタンパクであり、肝で産生される。肺炎患者の血中から抽出されたのが始まりで、急性期の反応性タンパクとして最初に発見されたものである。感染刺激により血漿中のCRPは急速かつ大幅に上昇する。このため、CRPは全身炎症を検出する重要な生物学的指標として長きにわたり捉えられてきた。敗血症、肺炎、虫垂炎、冠動脈疾患、脳卒中、糖尿病、リウマチ等、数多の疾患で予後評価や診断にCRP測定が有用であることが示されている。大半の疾患で、CRPが高いほど転帰が不良であるとされてきた。

ARDSとは、肺傷害または肺以外の臓器傷害に呼応して肺に発生した炎症によって引き起こされる状態の一つである。近年、血漿中のメディエータや炎症マーカの役割と、ARDSの病型および転帰とこれらのメディエータやマーカとの関わりを解明すべく、数多くの研究が行われてきた。しかし、ARDS以外の疾患におけるCRPによる予後予測についての論文の多さとは裏腹に、ALI/ARDS患者におけるCRPの子細については殆ど解っていない。さらにいえば、in vitro実験や動物モデル研究では、CRPが好中球の走化性を抑制したり、血管透過性を調節したりするという働きを持つことが示されており、ARDS患者においてはこのような作用が保護的な好ましいものとして発揮される可能性がある。

以上を踏まえ、ARDSにおいてCRPが果たす臨床的な意味合いを詳しく評価すべく、早期ARDS患者における血漿CRP濃度の特徴を調べることにした。教育および研究を目的とした大規模医療機関のICUにおいて前向き観測研究を行った。

方法

研究デザインと被験者登録

本研究は、現在も進行中のARDSに関する分子疫学研究の一部として行われた。1999年9月から2005年5月までの期間にマサチューセッツ総合病院ICUに収容された成人患者のうち、何らかのARDS危険因子があり、かつ、除外診断基準には該当しない患者を、ARDS発症危険症例前向きコホートに登録した。危険因子ならびに除外診断は従前のものを使用した。書面による同意を患者もしくは代理人から得た。米国―欧州合意協議会の基準に準拠しARDSと診断された患者が対象となった。本研究はマサチューセッツ総合病院の被験者委員会の承認を受けた。

データ収集

人口統計学的データおよびAPACHEⅢスコアの算出に必要なデータを調査開始前に収集した。すべての患者について、ARDS発症の有無を毎日評価した。患者がICUを退室するまでもしくはICU在室28日目のいずれかの時点までデータ記録をした。主要評価項目である60日後死亡率を求めるため追跡調査を行った。2次評価項目はBrussels基準によって算出した毎日の multiple organ dysfunction score(MODSスコア)と機械的人工呼吸器非装着日数とした。

検体収集と測定

ARDS診断基準を完全に満たした時点から48時間以内に採取した血液から得たEDTA添加血漿検体を-80℃で保存し検査を実施した。高感度免疫学的測定法(Hitachi 917 analyzer; Roche Diagnostics; Indianapolis, IN) によってCRP濃度を測定した。測定方法は検査機器製造会社の定めた手順に従った。

教訓 ARDSにおけるCRPと転帰との関係はよく分かっていません。CRPが好中球の走化性を抑制したり、血管透過性を調節したりするという働きを持つことが明らかにされています。ARDS患者においてはこのような作用が保護的な好ましいものとして発揮される可能性があります。
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輸液動態学~まとめ [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

結論と将来展望

輸液動態学を利用すれば、あらゆる種類の輸液製剤の動態を解析することができる。シミュレーションを行い、体内における分布様態を予測し比較することも可能である。これまで、輸液動態学は研究手法の一つに過ぎず、様々な状況における晶質液の挙動を明らかにしようとする少数の研究者が扱ってきたに過ぎなかった。輸液動態学は、ある作用を定量化する手段である。その作用自体の存在が昔から周知のものであるとしても、定量化ということに意義がある。

30分間の輸液を行うと、終了時には30%から約50%程度の血漿量増大が認められる。この30分間という時間は、晶質液がVcからVtへと分布するのに必要な時間である。これが、現在までに得られたもっとも興味深い知見の一つである。このように、分布に時間がかかる現象は、意識のある状態のときと比べ全身麻酔中の方が顕著にあらわれる。脊髄クモ膜下麻酔、硬膜外麻酔および全身麻酔開始直後には、麻酔維持中よりもこの現象がさらに際立って発現する。つまり、血漿から間質への水分分布が停止することさえあるかもしれないのである。この作用の強弱は、動脈圧低下の程度によって左右される。また、輸液投与による血漿増大効果は、この作用によってかさ上げされる。

麻酔および手術によって、晶質液の排泄過程に二つの変化が生ずる。その一つは、一時的ではあるが高度のClrの低下である。このときClrは、膠質液のClと同程度になる。そのため、血漿量が大幅に増大しても尿中排泄はほとんど増加しない。このように麻酔および手術中はClrが大きく低下するため、健康被験者における晶質液の動態を手術患者にも当てはめるのは間違っている。

もう一つの変化も、浮腫形成を促進する。これは、Clrの変化の場合とは異なり、血漿量増大にはつながらない。この変化によって、投与した晶質液の一部が排泄され得なくなる。水分が機能的分画であるVcとVt以外の分画に貯留し、二つの機能的分画のあいだを水分が自由に移動することができなくなるためであると考えられる。このような第三の非機能的分画に水分が分布すれば、浮腫が形成されなかなか消失しなくなる可能性がある。アドレナリン受容体に作用する薬剤を使用することによってこの現象が起こらないようにする試みが、現時点では最前線の研究課題として取り組まれている。そうした研究では、非機能的分画への水分分布を輸液動態学の手法によって定量化することが、必要不可欠な手段になっている。

輸液動態解析には、一人の健康被験者または患者につき25-40回もの正確なヘモグロビン濃度測定が必要である。これが臨床応用する際の障壁の一つである。だが、従来通りの採血によって侵襲的にヘモグロビン濃度を測定する方法に代わり、非侵襲的にヘモグロビン濃度を測定することができれば、煩雑な実験手順が簡便化するであろう。

もう一つの問題は、術中に様々な程度に血漿希釈を引き起こし、それを保った場合の転帰を調査した研究が行われていないことである。このような研究を行えば、広く一般の利益になるであろうし、麻酔科医にとっては、非侵襲的ヘモグロビン濃度モニタリング、輸液動態モデルおよび輸液ポンプの組み合わせで構成されるフィードバック回路による術中輸液管理の可能性が拓かれることになる。
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輸液動態学~臨床④ [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

イソフルランと「非機能的」水分分画

イソフルラン麻酔下のヒツジに0.9%食塩水を投与すると、輸液動態モデルから予測される排泄パターンと尿中排泄実測値とのあいだに、顕著な乖離が認められる。水分が非機能的分画(この分画には「サードスペース」という言葉が当てられることもある)に分布するせいで、このような乖離が生ずるものと解釈されている。水分の処理に異常を来すのは、人工呼吸のせいではなく、イソフルラン自体によるものである。

ヒトでも麻酔中にはこれと同様の事象が、軽度ではあるが認められる。甲状腺手術中の非機能的分画への水分分布速度は2.0-2.2mL/minである。使用する麻酔薬がプロポフォールであれイソフルランであれ、最終的には輸液量の20-23%が非機能的水分分画に分布する。このうちおよそ25%は不感蒸泄によって失われる水分量に当たると考えられる。

非機能的分画へ水分が分布するということは、投与された輸液量の一部分が排泄され得ないことを意味する。この水分が永久に排泄されないというわけではないが、少なくとも、非機能的分画への水分分布が観察されているその時においては、この水分が排泄されることはない。大腸直腸手術後一週間は、周術期に投与した晶質液の25-50%に当たる体重増加が認められる。非機能的分画への水分分布がこの体重増加の原因であると考えられる。

他の動態モデル

「輸液動態」という用語は、血漿希釈率を繰り返し計測し、(できれば)尿中排泄を計量し、そういったデータを基に水分の分布と排泄を数学的に解析する手法を指して使用されるべきである。水分の移動を解明することを目的としたモデルは、他にも数多く編み出されてきた。その多くは、質量保存の法則に立脚し、微小血管に関する変数および生理的変数については、ラット、イヌおよびヒトの研究で得られた固定値が使われている。Gyengeらが構築した全身モデルでは、0.9%食塩水を6分間でボーラス投与すると、88%が血漿内にとどまると予測される。この血中残存率の予測値は、輸液動態モデルで算出される値と一致している(fig. 6A)。Gyengeらのモデルでは、輸液負荷中および出血中における、一部の微小血管パラメータや尿中排泄の予測値を算出することも可能である。尿中排泄は血漿量増加率によって主に規定されるが、報告されているクリアランスは大半の輸液動態研究で示されている値よりも大きい。

イヌのデータを基にWolfが作り上げたモデルを用いると、0.9%食塩水投与中のVcからVtへのやや緩慢な水分移動を予測するのに役立つ。輸液動態で予測されるのと同様に、高張食塩水を投与した場合には分布速度が速くなることがこのモデルでも示されている。このように分布速度が上昇するのは、血管拡張により毛細血管濾過能が亢進するからである。

数理モデルを用いて麻酔および術中の水分移動の解析が行われることは稀である。しかし、Tataraらは生体インピーダンス法を活用し、手術時間が3時間を超えると傷害組織に浮腫が形成され、6時間を超えると間質浮腫の危険性が生ずることを示した。

教訓 。甲状腺手術中の非機能的分画への水分分布速度は2.0-2.2mL/minです。数理モデルを用いた解析では、手術時間が3時間を超えると傷害組織に浮腫が形成され、6時間を超えると間質浮腫の危険性が生ずるとされています。
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輸液動態学~臨床③ [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

ブドウ糖溶液

2.5%ブドウ糖溶液および5%ブドウ糖溶液を投与すると、酢酸リンゲル液と同程度に血漿量が増加する。しかし、5%ブドウ糖溶液投与後の血漿量増加作用は長くは続かない。なぜなら、ブドウ糖と共に投与された水分は、尿として排泄されるだけでなく細胞内へ取り込まれることによってVcからVtへと移動するからである。

腹腔鏡下胆嚢摘出術中に2.5%ブドウ糖溶液を投与した場合、ブドウ糖と水分のクリアランスは平時のおよそ1/3まで低下する。子宮全摘術後第1日の水分クリアランスは正常か、もしくは上昇するが(Cl=130mL/min)、ブドウ糖クリアランスは術中と同程度に低下したままである。

糖尿病患者では、2.5%ブドウ糖溶液の水分クリアランスは正常値(平均99mL/min)を示す。だが、腎機能低下患者のデータは得られていない。

高張液

ヒトでは生理的食塩水(0.9%食塩水)は乳酸リンゲル液や酢酸リンゲル液よりも血漿増量効果が10%ほど強力である。排泄が遅いことがその理由である。生理的食塩水と比べ、高張(7.5%)食塩水は4倍、6%デキストラン高張食塩水(HSD)は7倍の血漿増量効果を誇る。各製剤の血漿増量強度は、30分間で血漿量を20%増加させるのに必要な投与量によって評価されている。

高張食塩水は細胞内から瞬時に水を引き出す。そして、投与した高張食塩水とそれによって細胞内から引き出された水分は、15分で細胞外水分分画に分布する。クリアランスはナトリウム利尿の程度によって主に規定される。

ヒツジにはHSDの分布相があるが、ヒトにはない。HSDおよび生理的食塩水の血漿増量効果の差が、投与時間と密接に関連していることをFigure 8に示した。この図は、研究によってHSDの血漿増量効果がばらついていることの理由を説明するのに役立つだけでない。このコンピュータシミュレーションから、HSDは長時間投与にも適していることが窺われる。ただし、現状ではHSDはボーラス投与するように推奨されている。投与時間が延長するほど血漿増量効果の差が大きくなる理由は、人体がデキストランと余剰ナトリウムを排泄するのは容易ならざることであるという事実から理解されよう。

膠質液

6%デキストラン70や5%アルブミンなどの膠質液は、予測血漿量と同等の大きさを持つ単一体内水分分画を増大させる。

帝王切開に対する脊髄クモ膜下麻酔の際に、3%デキストラン70を投与するとVcからVtへと緩徐に分布する。デキストランの作用のせいでこのようなゆっくりした分布が認められるものと考えられる。だが、3%デキストランのClrは、酢酸リンゲル液のClrと同等に小さい(8-16mL/min)。

ハイドロキシエチルスターチ130/0.4を腹腔鏡下胆嚢摘出術中に投与し、その4時間後に酢酸リンゲル液を投与すると、酢酸リンゲル液の消失速度は大幅に上昇する。Clrも上昇するが、血管内からの消失速度よりは上昇幅は小さい。この研究から分かることは、膠質液が先行投与されている場合、術後に酢酸リンゲル液を投与しても血漿増量効果はほとんど期待できず、むしろ組織の浮腫形成を促進したり、尿中排泄を増やしたりするだけであるということである。

教訓 生理的食塩水は乳酸リンゲル液や酢酸リンゲル液よりも排泄が遅いため、血漿増量効果が10%ほど強力です。生理的食塩水と比べ、高張(7.5%)食塩水は4倍、6%デキストラン高張食塩水(HSD)は7倍の血漿増量効果を示します。膠質液が先行投与されている場合、術後に酢酸リンゲル液を投与しても血漿増量効果はほとんど期待できず、むしろ組織の浮腫形成を促進するおそれがあります。
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輸液動態学~臨床② [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

ストレスと麻酔の影響による水分貯留

術前にストレスがあると晶質液のクリアランスはやや低下すると考えられる。脊髄クモ膜下麻酔開始直後の平均Clは40-60mL/minであり、これを大きく下回る値も報告されている。麻酔開始前のCl低下には、術前の絶飲食による脱水も関与している可能性がある。

麻酔を導入するとClはさらに低下する。健康被験者を対象とした実験で、イソフルラン麻酔を3時間行ったところ、手術を行わなくても麻酔の影響だけで0.9%食塩水のClが50%も低下することが分かった。クリアランスが低下するのと共に、血中レニンおよびアルドステロン濃度の大幅な上昇が認められた。以上から、術中の晶質液クリアランス低下の原因の全てではないにせよ一部は麻酔であると言える。

ヒツジを用いた実験で、カテコラミンによって0.9%食塩水の動態が変化することが示されている。イソプロレナリンを投与しβ受容体を刺激すると、輸液による血漿増加率が上昇し、クリアランスが低下する。一方、フェニレフリンを投与しα受容体を刺激するとβ受容体刺激のときと反対の作用があらわれる。

麻酔中の分布遅延

脊髄クモ膜下麻酔、硬膜外麻酔または全身麻酔を開始すると、輸液による血漿増加率が速やかに上昇し、分布クリアランス(Cld)が約半分に低下する。

麻酔によって血管が拡張し、血管内静水圧が低下することが、このような現象が発生する機序であると考えられている。したがって、麻酔導入後のCld低下と動脈圧低下とのあいだに相関関係があるというのも頷ける話である。輸液量もCldの変化に関わる重要な要素である。平均的な患者では、5mL/kgをボーラス投与した後に脊髄クモ膜下麻酔を行う場合、麻酔開始前からすでにCldがやや低下している。これはつまり、VcとVtのあいだの希釈率の差とは逆行して水分移動が起こるということである。20mL/kgを緩徐に投与する場合、平均動脈圧が60%低下すれば、分布は停止すると考えられる(Cld=0;血漿中から間質へ水分が移動しない)。一方、輸液量が15mL/kgのときであれば、わずか20%の平均動脈圧低下でも分布が止まる(fig. 9)。

長時間手術では、Cldはごくわずかしか低下しない。おそらくその理由は、手術が長引くにつれ、投与した輸液が血漿中にそれ以上とどまらないように、間質浸透圧が水を間質へ移動させるように作用するからである。健康被験者にイソフルラン麻酔を行い0.9%食塩水を投与した場合のCldは、同量の輸液を意識がある状態で投与した場合のCldと比べ、わずか25%しか低下しない。

麻酔導入中のVcは小さい

ClおよびCldはVcおよびVtと比べ、生理的条件による変動が非常に大きい。しかし一方では、脊髄クモ膜下麻酔、硬膜外麻酔あるいは全身麻酔中における輸液動態解析で算出されるVcは平時より50%も低下するという、紛らわしい知見も報告されている。現時点では、以上のような事象をきれいに説明する理路は得られていない。ただ、Vcが麻酔によって小さくなるという計算結果が導かれるのは、血漿希釈率が大幅に上昇するためである。心血管系のいずれの部位においても希釈率が同じであるとすれば、算出される血漿増大量は投与した輸液量を上回ってしまう。したがって、麻酔開始直後には動脈系の低血圧のため、投与された輸液が分布するのは血流豊富で血液通過時間が短い血管床と体内水分中心分画とをあわせた小さな分画である、という推測が成り立つ。麻酔を導入すると、まず低血圧に陥り、その数分後に高度の血漿希釈が起こる、という周知の事象がその裏付けである。

教訓 術中の晶質液クリアランス低下の一因は麻酔です。β受容体を刺激すると、生食による血漿増加率が上昇し、クリアランスが低下します。反対に、α受容体を刺激すると血漿増加率は低下しクリアランスが上昇します。
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輸液動態学~臨床① [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

臨床と深い関わりのある主要結果

分布相

乳酸リンゲル液や酢酸リンゲル液などの等張または概ね等張の晶質液の分布相は、25-30分で完了する。

通常、投与量の20-25%が血管内に残ると言われているが、実際の等張晶質液投与による血漿増大量はこれより大きい。血中残存率には大きなばらつきがあることが複数の研究で明らかにされている。血管内容量正常の健康被験者に酢酸リンゲル液2Lを30分で投与したところ、投与終了時に投与量の50%が血中に残っていた。別の研究では、1.1Lを10分で投与したとき、および2Lを20分で投与したときの血中残存率は65-70%であった。そして、全身麻酔下TUR-Pの術中に酢酸リンゲル液を持続投与した場合の、血中残存率の平均は60%であった。

投与された輸液製剤の血中残存率は、投与速度が遅いほど高く、投与時間が長いほど低くなる。経験的には、30分の急速輸液終了時における血漿増大量は、VcとVtの間の水分分布が極めて短時間で完了するとした場合に予測されるよりも50-75%ほど大きい。

健康被験者および手術患者における水分分布の様態をFigure 6に示した。リンゲル液が比較的ゆっくりと分布するということが分かる。この点は臨床的に重要である。なぜなら、投与を中止しない限り、従来考えられてきたよりも実は晶質液が好ましい血漿増量剤であることを意味するからである。加えてこの図から、急速ボーラス投与よりも緩徐に投与する方が血漿増量には効果的であることも分かる。

術中の排泄クリアランスは低い

等張晶質液の排泄クリアランス(Cl)は、患者に意識があるか、麻酔がかかっているかによって大きく左右される。体内水分量の多寡、ストレスや外傷の有無などの要因によっても、排泄クリアランスは変化する。

健康被験者のクリアランスは60-110mL/minであり、排泄速度が極めて速いと考えられるため、1分画動態モデルが適している。意識のある健康被験者におけるクリアランスのばらつきは、輸液投与前の体内水分量の差に起因すると思われる。輸液を繰り返すと、排泄効率がやや上昇するのが正常な反応である。一方、出血があると、血管内容量を晶質液で直ちに是正しても、クリアランスが25-50%低下する。出血量が増えるほど低下幅も大きくなる。

甲状腺、腹腔鏡および開腹術中の排泄クリアランスはさらに低い(table 2)。この場合、腎クリアランス(Clr)はわずか5-20mL/minにまで低下する。言い換えると、手術中に投与した輸液製剤のうち2時間以内に排泄されるのは投与量の5-15%に過ぎないのである。健康被験者では40-75%が2時間以内に排泄される。異なる2種類の膠質液(6%デキストラン70および5%アルブミン)を健康被験者に投与した場合の半減期はそれぞれ2.5時間であることが分かっている。晶質液を術中に投与した場合の半減期(2Vc/Clという式から求められる)は、この2.5時間よりもかなり長い。晶質液の方が半減期が長いのは、主として内分泌系の変化の違いによるものと考えられる。また、血管拡張によるヘモグロビン濃度のドリフトも関与している可能性がある。

クリアランスが低ければ血漿増加率が上昇する。そして、意識のある健康被験者ではすぐに排泄されて問題にならないような輸液量であっても、クリアランスが低ければ投与された輸液製剤が間質浮腫を形成する危険性が浮上する。したがって、尿量を監視しても輸液量過多を判断する役には立たないと言える。排泄クリアランスが低ければ、血管内容量が明らかに過剰である状況でも、尿による排泄はほとんど増えないからである。

排泄クリアランスが極度に低下した状態は長くは続かない。腹腔鏡下胆嚢摘出術を受けた患者では、手術後わずか4時間でクリアランスが手術前日と同等のレベルに回復するとされている。だが、外傷(大腿骨骨折など)の手術症例のクリアランスについて年齢と性別をマッチングさせた対照群と比較したところ、手術翌日になってもクリアランスは対照群のわずか半分程度にとどまるという結果が得られている

教訓 等張晶質液の分布相は、25-30分で完了します。晶質液投与量の20-25%が血管内に残ると言われていますが、実際の等張晶質液投与による血漿増大量はこれを上回ります。健康被験者では輸液量の40-75%が2時間以内に排泄されますが、手術中に投与した輸液製剤のうち2時間以内に排泄されるのは投与量の5-15%に過ぎません。
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輸液動態学~理論④ [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

結果の表し方

以上のような解析を行った結果は、被験者一人一人のパラメータ予測値の平均値(table 2)として表すこともできるし、得られたパラメータ予測値と血漿増大量のノモグラムまたはプロット図として表すこともできる(fig. 5)。

Appendix 2に示した微分方程式を用いれば、有用な情報をもたらす数多くの予測が可能である。

1. 2分画モデルではVtの増大分をプロットして知ることができる。他の方法ではこのようにVt増加量を知ることは不可能である(fig. 5A)。

2. 投与された輸液製剤の分布様態を計算して解析することができる。これは、投与後の経過時間を問わず可能である。この際、排泄速度はCl (vc-Vc)/Vcという式から求める。増大後のVcおよびVtの容量は、VcとVtの容量増大割合(つまり希釈率)と、希釈前のそれぞれの容量との積で表される(fig. 4)。分布と排泄の様態はコンピュータによって得られたプロット図によって示すこともできる(figs. 6および7)。

3. 今までに一度も行っていない輸液法の転帰を予測するにはシミュレーションが有効であろう(fig. 8)。その前提として、異なるいくつかの輸液量および輸液速度において得られるパラメータが、どれも同じような血漿希釈曲線を示す必要がある(線型モデル)。

この点において、今までに最も詳しく評価が行われているのは2.5%ブドウ糖溶液である。その中の一編の研究では、6人の健康被験者に対し、2.5%ブドウ糖溶液10mL/kgおよび15mL/kgを30分で、15mL/kgおよび25mL/kgを60分で投与した。計24回の輸液実験における、血漿希釈シミュレーションのバイアス(残差の中央値)は平均-0.009希釈率であった。この誤差の三分の二は、反跳性高血糖を血糖動態によって予測することができなかったことによって生じた。したがって、真の誤差(絶対残差の中央値)は0.026希釈率となる。

4. シミュレーションは実験設計の参考にするために行われる。例えば、2種類の輸液製剤について同時に血漿増大量を測定することは現実には不可能である。だが、輸液動態解析を行えば可能である。2種類の輸液製剤のうちどちらかに「内因性」効果があるか否かを検証する際に、輸液速度をどう設定するかは重大な問題である。膠質液やショック患者に対する人工血液の研究でも、同じような問題が立ちはだかっている。

教訓 酢酸リンゲル液の排泄クリアランス(table 2)は、健康被験者で60-110mL/min、開腹術21mL/min、ラパコレ7mL/min、甲状腺手術10mL/min、正常妊娠36mL/min、子癇前症125mL/minです。
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輸液動態学~理論③ [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

モデルの選択

1分画モデルと2分画モデルのどちらを適用すべきかを決定するには、F検定などの統計学的検定が役立つことがある(appendix 2)。そして、モデル予測尿量と実測尿量が一致するようにするのも有用である。

最も望ましい状況は、同じモデルから得られたパラメータ予測値を比較できる場合である。幸い、大半の手術患者では2分画モデルが適している。反対に、健康被験者では2分画モデルが適していることが多いものの、そうではない被験者もいるのでパラメータ予測値の比較が困難である。しかし、我々が2003年以降に発表したすべての論文の結果は、いずれも単一の同じモデルに従って導かれたものである。単一の同じモデルを用いるにあたり、2分画モデルを簡易化する手順をとる場合があった。

Drobinらが開発した変法では、容量増大の割合ではなく絶対値が用いられる。Vt分画が存在することは考慮にいれつつも、その大きさは評価対象ではない。そして、尿量が非常に多く通常であれば1分画モデルが適しているような場合であっても、ほぼすべての実験において2分画モデルによる解析が行われる。

検体採取が短時間(3時間未満)しか行われないときには、従来式の2分画モデルを別の方法で単純化して解析が行われることが多い。Vtを非常に大きい固定値(体重に近いぐらいの値)に設定すれば、VtからVcへの水分移動を無視することができる。この場合、Cl=Clrという仮定の有無に関わらず、短時間手術であってもVcおよびCldの予測値の信頼性は高い。

ノイズの多いデータに対処するため、全実験で1分画モデルのみを用いたり、全被験者のデータを一堂に集めて解析を一緒に行ったりする手法がとられている(fig. 3)。

同じ方法で簡便化したモデルの枠組みの中でしか、パラメータ予測値を比較することはできない。

輸液動態モデルの応用

前述の二つの基本的な輸液動態モデルを発展させ、特定の問題を解明することを目的とした方法が色々と開発されている。その例が、集団輸液動態や輸液代謝回転動態である。

麻酔導入が輸液動態に及ぼす影響の研究では、実験途中の急激な生理的変化を勘定に入れたモデルが用いられる。そして、同一患者における生理的変化前後の動態が比較されるのである。

また、高張液を投与する場合は、モデルをわずかに変更することで浸透圧の高い水分の移動を考慮した解析を行うことができる(appendix 4)。このような用途のため、3分画モデルが作成されている。

溶質は水分を間質へと分布させるよう促す力を発揮する。その例が、ブドウ糖溶液である。ブドウ糖溶液を投与した場合は、細胞に取り込まれたブドウ糖が浸透圧により水を細胞内に引き込むことを踏まえ、ブドウ糖の動態解析と水分の動態解析を併せて行う。すると細胞の容量変化をモデル化することができる。細胞内に引き込まれた水分はVtに由来するため、ブドウ糖のクリアランスおよび発汗量が正常である限り、Vtの増大を把握することは困難である。

「サードスペース」なるものの存在については疑義が呈されている。しかし、零次反応定数Cl0のコンピュータ予測値を用いれば、2つの機能的水分分画(VcおよびVt)から第3の非機能的水分分画への不可逆的な水分喪失の量を求めることができる。非機能的水分分画への水分喪失は、傷害組織、腹腔内および消化管内に貯留した水分量と発汗量に当たる可能性がある。「サードスペース」への水分喪失を勘定に入れて解析を行う場合は、ヘモグロビン濃度および尿量データの正確さがとりわけ厳しく要求される。

カテコラミン投与中の輸液療法ではヘモグロビン濃度基準値が安定しない(ドリフトする)ことがある。この場合Cl0の予測値を求めておけば、ヘモグロビン濃度のドリフトを踏まえた解析を行うことができる。

ヒツジに7.5%食塩水を投与して行った実験では、血清ナトリウム濃度の上昇を指標にした輸液動態モデルが用いられた。

ナトリウムを含有しない輸液製剤(マンニトールなど)を投与した場合は、血清ナトリウム濃度の低下を1分画モデルで解析するのが適している。ナトリウム利尿の影響についての補正を行って得られたVの大きさは、細胞外水分分画の大きさと近似する。

血漿タンパクの毛細血管からの漏出を評価することも可能である。血漿タンパクは間質へ移動するが、ヘモグロビンは血管内に止まる。血漿中のタンパクとヘモグロビンの希釈度合いの差から、漏出した血漿タンパクの総量が分かる(fig. 4)。この漏出血漿タンパクの総量は容量増大分と血漿タンパク濃度の積によって算出され、重量(または単位時間あたりの重量)で表される。漏出タンパク量は、質量保存の法則に基づき計算して求めることもできるが、この方法ではシミュレーションを行うことはできない。

教訓 大半の手術患者では2分画モデルが適しています。高張液が対象のときは3分画モデルが用いられることがあります。ナトリウムフリーの輸液製剤を投与した場合は、血清ナトリウム濃度の低下を1分画モデルで解析します。
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輸液動態学~理論② [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

生理学との相関

2分画動態モデルは、Vcは血漿量、Vtは間質水分に相当するものと想定して設計されている。そして、容量増大分が各体内水分分画に分布することによって、それぞれの分画の静水圧と膠質浸透圧が変化する。Cldは、体内の各部位における血流の差および毛細血管透過性の差を反映しているものと考えられている。投与された輸液は腎臓によって排泄されるので、近似曲線を描いて得たClの予測値は、腎クリアランス(Clr)と一致するはずである。しかし、この予測値は生理学的変数を直接測定した得た値ではなく、むしろ、投与された輸液を体が実際にどうやって処理しているのかという、機能の動向を指し示す指標である。

Vcの容量は3-4Lである。この値は、血漿量の予測値および実測値とほぼ同等である。Vcを動脈血ヘモグロビン濃度から算出した場合、静脈血ヘモグロビン濃度から算出したときよりもわずかに大きくなる。

体重70-80kgの成人男性におけるVtの容量は6-8Lであり、間質水分分画の予測容量よりも小さい。臭素などの標識イオンを用いて水分分画の容量を測定する場合と異なり、輸液動態学では体内水分分画のうち増大したり減少したりする分画のみを扱う。すなわち、体内分画によっては(骨など)輸液動態学を当てはめることができない。また、容量が極めて増大しやすい組織もあれば、たくさんの輸液を投与しなければ増大しない組織もある。したがって、Vtは大量輸液を行ったときには上記の値より大きくなる可能性があるが、通常の輸液速度および輸液量では上記の値と変わらない。一般的に、Vt予測値の精度はVcの場合よりも劣っている。

1分画モデル

血漿の希釈-時間特性は、2分画モデルで典型的に認められるような二相性の指数関数曲線を呈しないこともある。投与した輸液が単一分画にのみ分布すると仮定するならば、近似曲線を用いる方が実態をよく反映する可能性がある(appendix 2)。健康被験者にデキストラン70などの膠質液を投与した場合には、単一分画に分布すると仮定したこのモデルが当てはまる。1分画モデルは、排泄が迅速であるならば晶質液にも適している。健康被験者では排泄が速いので1分画モデルが当てはまる。このモデルが立脚する理論は、Cl/Cld比が大きいほど、輸液が投与されてから排泄されるまでにその投与された輸液がVtに分布する時間が短くなり、そして、Vcと一部増大したVtは中間的な大きさの単一水分分画を併せて形成するというものである(fig. 3)。

解析を成功させるための条件

輸液動態解析を行う場合、輸液製剤の一番よい投与方法は30分間の急速静注である。晶質液であれば、20-25mL/kgを投与すべきである。投与量が少ないとノイズの多いデータになってしまう。血液検体採取は、3時間にわたって繰り返し行う(場合によっては4時間)。ヘモグロビン濃度の測定には高い精度が要求される。変動係数1%程度の精度であることが重要である。血液ガス分析器によるヘモグロビン濃度測定では、この精度に達することはないことがほとんどである。検体間の変動をできる限り抑えるには、正確な検体採取と精度の高い測定法を徹底するべきである。

2分画モデルでは用いるデータの質が高くなければならない。なぜなら、4つのパラメータ(Vc、Vt、ClおよびCld)を評価するからである。排泄速度が遅ければ、水分がVtに分布したのか、モデルで想定されたシステム外へと排泄されたのか(これはClに当たる)を判別するのが難しくなる。そのため、尿量を測定して算出される腎クリアランスをClと見なすことがある(appendix 2)。この場合は、最小二乗法で評価すべきパラメータは3つ(Vc、Vt、およびCld)に減るので、より安定したモデルで解析を行うことができる。この手法は、検体採取が3時間未満しか行われなかったときにも有用であることが多い。

1分画モデルでは、評価するパラメータが2つだけなので(VおよびCl)、2分画モデルより堅牢なモデルである。晶質液を投与した場合は、3時間以内に投与前のヘモグロビン濃度へと戻るはずである(fig. 3A)。一方、膠質液であれば、排泄相が晶質液よりもずっと長い。

データ採取中は、生理的変化が極力起こらないようにしなければならない。例を挙げると、体位変換や、全身麻酔の終了によってもヘモグロビン濃度は変化する。利尿を来したり、アドレナリン受容体の活性を変化させたりする薬剤をデータ採取開始後に使用すると、結果に影響が及ぶ。

出血量が分かる場合は計算に入れる(appendix 3)。

教訓 輸液動態解析を行う場合、晶質液であれば、20-25mL/kgを30分で投与します。血液検体採取は、3~4時間にわたって繰り返し行い、ヘモグロビン濃度を正確に測定します。血液ガス分析器によるヘモグロビン濃度測定は精度が低いので適しません。
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輸液動態学~理論① [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

輸液動態学とは、薬物動態学の論理を輸液に当てはめて、輸液の分布と排泄の様子を解析したり模擬的に再現したりする手法である。

輸液動態学を活用すれば、物性パラメータ値の異なる各種輸液製剤の体内での動態を調べたり、シミュレーションによって目標血漿増加量に到達するのに必要な輸液速度を比較したりすることができる。輸液の分布および排泄がストレス、血管内容量低下、麻酔および手術侵襲などによって変化する様態が、輸液動態学を応用することによって定量的に示されている。

理論的背景

基本原則

薬物動態学で行われるのと同様に輸液動態学においても、投与した物質の予測分布様式を反映する理論モデルを構築する必要がある。その際、対象となる物質の投与中や投与後に血液検体を採取し、その濃度を測定する方法がとられる。往々にして、検体採取は何度も繰り返される。そして、濃度の実測値と、モデルをあらわす微分方程式から算出された値を、非線形最小二乗法によって比較し、モデルに採用するパラメータの最適値を予測する。

薬物動態学における以上のような基本的な手法を、輸液療法に当てはめるのは困難である。なぜなら、輸液製剤と血漿は、ともに主成分が水だからである。したがって、輸液製剤の血漿中濃度を通常の方法では表すことができない。しかし、全血中の水分量は、ヘモグロビンなどの固形成分の希釈率に反映される。したがって、ヘモグロビンの希釈率が、輸液製剤の「濃度」の指標となり得ると考えられる。

希釈の程度を算出する際、希釈によって低下したヘモグロビン濃度を分母としなければ、ヘモグロビンと水分量の変化の正確な比を求めることはできない。つまり、希釈によって低下したヘモグロビン濃度を分母としてヘモグロビンの希釈率を算出すれば[(希釈前Hgb-希釈後Hgb)/希釈後Hgb]、水分量増加の程度が分かるのである(fig. 1)。そして、この比を(1-Hct)で割れば、血漿希釈の程度を求めることができる(appendix 1)。血漿量は間質水分量と平衡して変化する体内水分である。

2分画モデル(two-volume model)

輸液動態学における基本的モデルでは水分が分布する区画が二つあるものと想定する(fig. 2)。このモデルは、麻酔中、術中、脱水時および血管内容量低下時における晶質液の動態に当てはめることができる。

輸液製剤を速度Roで投与すると、体内水分中心分画の容量がVcが増大しvc になる。排泄速度は、増大した容量の割合(vc-Vc)/Vcと、排泄クリアランスClの積であらわされる。

何もしていなくても起こる体内水分の喪失(不感蒸泄や尿など)は、零次反応定数Cloであらわされる。これは被験者の体の大きさによって異なるが、0.3-0.5mL/minに設定する。排泄クリアランスの合計は、Cl+Cloとなる。vcがVcに近づくと、この排泄クリアランスの合計はCloに近づく。尿量を測定する場合は、Cloの予測値を得ることができ、こうして得たCloは輸液動態予測体系の対象外となる体内水分の全て(もしあれば。このような水分がない場合もある。)と不可避的な体内水分の喪失の合計をあらわす。

投与された水分は、次に体内水分末梢分画Vtに分布し、Vtはvtに増大する。VcとVtの間の移動速度は、それぞれの希釈率の差と、分布クリアランスCldをかけたものであらわされる。水分は自由に移動し組織とは結合しないので、VcからVt、VtからVcのどちらの方向への移動についてもCld同じ値を示す(appendix 2)。

輸液動態には、薬物動態とは異なる点がいくつかある。例えば、vcとvtという分布容積を考える上で、輸液投与量を無視することはできない。そして、vcとvtの大きさは実験中変化し続ける(table 1)。実際、病人ではvcやvtが大きくなることが治療効果を上げるのである。

以上のような違いは、今までにも強調されてきたが、説明に非定型的な記号が用いられたため混乱も生んでいる。今日では、コンパートメントモデルで使用されるのと類似した記号を用いることになっている。以下に相同するパラメータを示す:Vc=V1、Vt=V2、Cld=ktおよびClo=kb

教訓 薬物動態の考え方を輸液に当てはめ、投与した輸液の体内での挙動を解析するのが輸液動態です。


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