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全身麻酔と睡眠と昏睡~麻酔による意識消失の機序② [anesthesiology]

General Anesthesia, Sleep, and Coma

NEJM 2010年12月30日号より

睡眠に関わる神経回路を知ると、前脳基底部、脳幹および視床下部の作用による意識消失の機序のヒントが得られる。覚醒時には、視床下部に存在する腹外側視索前野核がノルアドレナリンによって阻害される。これには、青斑核が関与している。つまり、上行性覚醒系がGABAAやガラニンを介して腹外側視索前野核の働きによって抑制されるのを阻害すると、覚醒状態が維持されるのである。アデノシンは、脳において催眠作用を発揮する主な物質の一つである。覚醒中にATPが分解されてアデノシンが生成され蓄積する。腹外側視索前野核にアデノシンが結合すると、この部位が賦活化される。アデノシンの結合と、青斑核の抑制は、腹外側視索前野核の活性化をもたらす。腹外側視索前野核が活発に活動すると、上行性覚醒系が阻害され、non-REM睡眠が起こる。鎮静薬のデクスメデトミジンはアドレナリンα2受容体作動薬であり、青斑核からのノルアドレナリンの放出を抑制する。その結果、腹外側視索前野核が活性化され上行性覚醒系が阻害されて、鎮静作用が発揮される(Fig. 2B)。デクスメデトミジンによる鎮静時の脳波は、non-REM睡眠時の脳波と非常によく似ている。プロポフォールによる意識消失にも、覚醒を促進する神経伝達物質であるヒスタミンの視床下部結節乳頭核から大脳皮質への放出が、GABAAを介して阻害されることが一役かっている。

REM睡眠中の脳波パターンが活発なのは、外背側被蓋核と脚橋被蓋核から内側橋網様体と視床、そして前脳基底部から皮質への強力なコリン作動性入力が生ずることが一因である。合成オピオイドのフェンタニルに鎮静作用があるのは、内側橋網様体のアセチルコリンが減るからである。一方、モルヒネが鎮静作用を来すのは、外背側被蓋核、内側橋網様体および前脳基底部のニューロンが抑制されるからである(Fig. 2C)。オピオイドによる意識消失には、さらに、中脳水道周囲灰白質、吻側延髄腹側部、脊髄およびおそらく末梢組織のオピオイド受容体にオピオイドが結合し中枢神経への侵害刺激の伝達が抑制されることが寄与している。オピオイドは、皮質よりもむしろ主として侵害刺激の伝達経路に作用し、覚醒状態に変化を及ぼし認知機能にも部分的に変化をもたらす。つい最近までオピオイドの大量投与が主流であった心臓手術の麻酔において、術中覚醒の発生頻度が高かったのはこのような事情が関与している。

プロポフォールによる意識消失は、コリンエステラーゼ阻害薬のフィゾスチグミンの投与によって拮抗されることが臨床研究で明らかにされている。画像、分子、神経生理などの手法を用いた各研究の成果を総合すると、プロポフォールには、皮質および皮質下領域に存在する錐体神経細胞の、介在ニューロンによるGABAAを介した抑制の増強という作用があり、これが意識消失の一因であると考えられる。フィゾスチグミンは、皮質全体のコリン作動活性を増強することによって、このプロポフォールの作用を拮抗する(Fig. 2A)。フィゾスチグミンは、覚醒時譫妄(全身麻酔からの覚醒時に見られる意識障害)の標準的治療薬である。

全身麻酔時の脳波やいろいろな特徴は、睡眠とは全般的に異なる(Fig. 1)。REM睡眠中の非常に活発な皮質活動は、前脳基底部-視床-皮質および脚橋被蓋核/外背側被蓋核-視床-皮質のコリン性投射によって生起されている。以下に述べるように、全身麻酔のときに見られる逆説的興奮は、視床線条体投射路のGABAによる脱抑制が生ずるためであるのかもしれない。REM睡眠時に骨格筋の緊張が低下する原因の一つは、橋延髄ネットワークにおけるコリン作動活性の増強により、脊髄のα運動ニューロンがグリシンによって抑制されることにある。一方、逆説的興奮の際には、筋緊張は正常である。

徐波睡眠のときの脳波と全身麻酔維持期第2相のときの脳波は似ている(Fig. 1)。この麻酔深度は、手術を行うのに十分である。徐波睡眠中には、疼痛知覚能が大幅に低下する。この段階の睡眠中でも覚醒することは可能であるが、他の段階の睡眠中よりも強い刺激を加えないと起きない。視床が単一スパイクモード(tonic mode)からバーストモードへと切り替わると徐波睡眠が出現することが明らかにされている。単一スパイクモードは視床を介して体感覚情報を伝達するのに適しているが、バーストモードは体感覚情報の伝達を抑制する。全身麻酔維持期第2相は薬物によって、徐波睡眠中は内因性の睡眠回路によって、皮質活動が著しく低下しているのである。

教訓 フィゾスチグミンは、皮質全体のコリン作動活性を増強し、プロポフォールによる意識消失を拮抗します。フィゾスチグミンは、覚醒時譫妄(全身麻酔からの覚醒時に見られる意識障害)の標準的治療薬です。
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