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外傷とトラネキサム酸~考察① [critical care]

Effects of tranexamic acid on death, vascular occlusive events, and blood transfusion in trauma patients with significant haemorrhage (CRASH-2): a randomised, placebo-controlled trial

The Lancet 2010年7月3日号より

考察

臨床的に問題となるような出血を呈するか、もしくはそのリスクがある外傷患者にトラネキサム酸を投与すると出血死のリスクが減少し、しかも血管閉塞による致死的または非致死的合併症の有意なリスク増大は認められないという結果が得られた。全死因死亡率もトラネキサム酸投与により有意に低下することが分かった。

本試験の患者登録基準は、検査所見ではなく臨床所見から構成されている。低血圧や頻脈が認められ速やかな対処を要する出血が現に存在すると判断されるか、出血はあるが代償機転がはたらきバイタルサインは見た目安定していたり、一旦止血されたものの輸液蘇生後に再出血するおそれがあると考えられたりする患者を本研究の対象とした。外傷による出血という場面では臨床所見を登録基準とするのが理に適っている。外傷症例では、出血の有無を診断するのに、輸液をはじめとする治療の影響を考慮しつつ、色々な臨床徴候を評価する必要があるからだ。このように臨床所見を登録基準としたことに加え、異なる様々な医療施設に収容された多数の患者が対象となったことで、広く敷衍することができる結果が得られたと考えられる。

本研究には強みも弱点もある。しっかりした無作為化を行い、担当医が割り当て薬剤を知ることがないようにした。基準時点における予後予測因子がバランスよく両群に配分されるようにした。本研究ではITT解析を行ったのだが、ほぼ全ての患者の追跡を行うことができたため脱落患者のデータに関して推定データ補完法を用いる必要がなかった。主要エンドポイントの全死因死亡率は、トラネキサム酸によって低下することが分かった。この低下は、統計学的に有意であるとともに臨床的にも意義がある。外傷による出血は時に診断が困難であるため、対象患者の一部は無作為化割り当て時点までの経過中に出血していなかったかもしれない。このような誤診があったとすれば、この試験の検出力は低下し、トラネキサム酸が出血による死亡率に及ぼす効果を示し難くなる。それにもかかわらず、本研究ではトラネキサム酸投与によって出血死が有意に減ることを示すことができた。トラネキサム酸を使用しても血管閉塞による致死的ではない合併症のリスクは増大しないことが分かったが、この解析結果の精度は低いため、トラネキサム酸によって血管閉塞による合併症リスク増大の可能性を否定することはできない。臨床試験における転帰評価においては、診断の感度が低くても擬陽性がほとんどなければ(特異度が高ければ)、得られた相対危険度にはバイアスがないものとみなされる。したがって、血管閉塞による非致死的合併症の診断は特異度が高くなければならないと考え、臨床的に明白な診断根拠がある場合のみ記録することにした。そのため、血管閉塞による非致死的合併症の実際の発生頻度はもっと高かったかもしれない。その代わり、本研究で得られた相対危険度にはバイアスの影響がないと考えられる。

本研究の弱点の一つは、外傷で出血を呈する患者の死亡リスクをトラネキサム酸が低下させる機序の解明につながる知見がほとんど得られていないことである。重症外傷患者では、受傷後早期に凝固能異常が発生することが珍しくない。凝固能異常は外傷症例の死亡率を押し上げる主因の一つである。最近の研究では、外傷患者における凝固能異常の一部として線溶亢進が認められることが多いとされている。このため、トラネキサム酸のような抗線溶薬が効果を発揮する可能性があると考えられる。トラネキサム酸を静注すると、ただちに抗線溶効果が得られる(4時間以内)。抗線溶薬には期待が持てそうではあるが、本研究では抗線溶活性を測定していないので、トラネキサム酸によって出血死のリスクが低下したのが、線溶を抑制したことによるものなのか、それ以外の機序によるものなのかという問題について結論を得ることはできない。出血を呈する外傷患者におけるトラネキサム酸の作用機序については、さらに研究を重ねて解明する必要がある。外傷患者では出血量を測定するのは困難である。出血量の大半は受傷現場で発生し、病院到着後は胸腔内、腹腔内、骨盤腔内、軟部組織内などの出血のように、目に見えない出血であることが多く測定が難しい。本研究では、外傷患者にトラネキサム酸を投与しても、輸血実施率や輸血量は減らないという結果が得られた。この知見は、外傷患者において輸血の要否を判断する際に出血量を正確に予測することが困難であることを反映している。輸血実施率や輸血量に差が認められなかったもう一つの理由として考えられるのは、トラネキサム酸は初回投与後に8時間かけて持続投与したが、輸血の要否判断は入院直後に行われるという事情である。また、トラネキサム酸群では偽薬群よりも死亡者数が少なかったため、トラネキサム酸によって生存者が増えた分に応じて輸血が行われる機会も増えたという可能性もある(競合リスク)。

教訓 本研究では抗線溶活性を測定していないので、トラネキサム酸によって出血死のリスクが低下したのが、線溶を抑制したことによるものなのか、それ以外の機序によるものなのかは分かりません。
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