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全身麻酔と睡眠と昏睡~麻酔による意識消失の機序③ [anesthesiology]

General Anesthesia, Sleep, and Coma

NEJM 2010年12月30日号より

視床中心と覚醒の制御

視床中心には、正常な覚醒状態を制御する上で欠かせない役割がある。視床中心には脳幹と前脳基底部からの上行性経路および前頭皮質からの下行性経路が集まり、意識が清明なときに前脳の覚醒状態を制御し秩序のある行動を維持するのに寄与している。視床中心が直接的に傷害されたり、広範な脳障害により視床中心への求心路が大々的に遮断されたりすると、前脳の機能統合および意識の高度障害が出現する。植物状態に近い重篤な意識障害患者の視床中心に電気刺激を与えると、認知機能および移動能が向上し経口摂取もうまくできるようになるという報告がある。同様に、全身麻酔によって意識を消失しているときに、視床中心へコリン作動薬を直接投与すると、意識が戻ることが明らかにされている。

全身麻酔中に見られる前述の現象の一部には、視床中心部の働きが関与していると考えられている(Fig. 3)。ほぼすべての麻酔薬が、少量投与によって逆説的興奮を引き起こす原因として、神経回路メカニズムの関与が示唆されている。神経回路メカニズムとは、植物状態に近い重篤な意識障害患者にゾルピデム(GABAA1アゴニスト)を投与すると逆説的覚醒が起こる機序として考えられている説である。ゾルピデムを投与すると、前脳のネットワークに強力なダウンレギュレーションがはたらき、脳傷害による障害が打ち消され、脳の機能が大幅に改善する。健常者では淡蒼球内節から視床中心へと単発火性の抑制性入力が発射される。この抑制性入力は、線条体による淡蒼球の抑制によって拮抗される。GABAA1受容体がたくさんある淡蒼球内節にゾルピデム(商品名マイスリー)が結合すると、視床への単発火性抑制性入力が減り、視床皮質回路および視床線条体回路が活性化し、その結果覚醒に至る(Fig. 3A)。GABAAを阻害する麻酔薬を使用したときに見られる逆説的興奮は、この二つの回路においてこうした現象が発生するせいであると考えられている。内視鏡検査中の逆説的興奮やICU入室中の譫妄についても、この仮説が当てはまる可能性がある。いずれの状況でもGABAAアゴニストであるベンゾジアゼピンが投与されることが多いからである。逆説的興奮のときに目的のない動作が見られるのは、基底核メカニズムが関与しているためだと考えられる。

ヒトを対象とした画像を用いた研究で、プロポフォールによる意識消失には皮質-基底核-視床回路が関与している可能性が明らかにされている。前頭優位パターンに脳波が変化するときにも、この回路のはたらきが関与している可能性がある(Fig. 3B)。全身麻酔中および睡眠中には、皮質の下方出力層に存在する錐体細胞の持続的な過分極によってδ波とα波が出現する。錐体細胞の持続的な過分極は、交感神経の興奮を伝える入力がなくなったり(睡眠中)、阻害されたり(全身麻酔中)して生ずる。前脳にこのような変化が生ずるのは、皮質から線条体への入力量が不十分だと、視床中心が抑制されるためなのかもしれない(Fig. 3A)。理論モデルでは、逆説的興奮を引き起こすよりもたくさんの量のプロポフォールを投与すると、プロポフォールの視床皮質回路に対する作用により、視床と前脳のあいだに位相関係のあるα波が出現することが示されている。

バーストサプレッションは、視床から強力な同期性発火が皮質へ投射されるものの、大部分の皮質では何の反応も起こらない状態であると考えられている(Fig. 1)。全身麻酔維持期第2相よりも麻酔深度が深くなるとバーストサプレッションが出現する。徐波睡眠中に視床がバーストモードになるのと類似している。麻酔深度が深くなるほど、バーストサプレッションにおけるバーストとバーストの間隔は長くなる。このことから、全身麻酔維持期第2相や徐波睡眠中と比べ、バーストサプレッションが見られるときにはよりたくさんの領域の皮質が不活発であると考えられる。この仮説を裏付けるように、低酸素性脳障害、人為的低体温、大田原症候群などによる昏睡でもバーストサプレッションが認められることが報告されている。睡眠中にはバーストサプレッションは出現しないことは、睡眠と全身麻酔が異なることを示す重要な電気生理学的特徴である。

教訓 重篤な意識障害患者にベンゾジアゼピンを投与すると逆説的覚醒が起こります。この現象が起こる機序が、正常患者にベンゾジアゼピンを投与したときの逆説的興奮にも関わっていると考えられています。
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