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全身麻酔と睡眠と昏睡~はじめに [anesthesiology]

General Anesthesia, Sleep, and Coma

NEJM 2010年12月30日号より

米国では一日におよそ六万人もの患者が全身麻酔下の手術を受けている。全身麻酔とは、薬剤によって出現する特異的な行動上および生理学的な可逆性変化である。具体的には、意識消失、健忘、無痛および無動となり、自律神経系、循環器系、呼吸器系および体温調節機構の安定がもたらされる。全身麻酔中には特徴的な脳波パターンが生ずる。代表的な変化は、麻酔が深くなるにつれて低周波数高振幅の脳波が優勢になることである(Fig. 1)。麻酔薬が、どのような機序で全身麻酔に特徴的な行動上の変化をもたらし維持するのかという問題の解明は、医学および脳科学における重大な課題である。全身麻酔と、睡眠や昏睡との関係を探索すれば、大きなヒントが得られると考えられる。

人間は生涯の約三分の一を睡眠に費やす。睡眠は、視床下部、脳幹および前脳基底部に存在する核によって自発的に生起される覚醒度の低下である。健康を維持するのに睡眠は不可欠である。健常人の睡眠では、REM睡眠とnon-REM睡眠という二つの状態が約90分ごとに繰り返される。REM睡眠中には、素早い眼球運動、夢、不規則な呼吸と心拍、ペニス/クリトリスの勃起、気道および骨格筋の緊張低下が見られる。REM睡眠時の脳波は、活発な高周波数低振幅パターンを呈する(Fig. 1)。一方、non-REM睡眠中は、脳波は低周波数高振幅の特徴的な三つのパターンを示し、筋電図上は漸増漸減(waxing & waning)現象が認められ、体温および心拍数は低下する。

昏睡とは、極端な反応低下の状態を指す。多くの場合、脳傷害の結果生ずる。昏睡患者は、目を閉じて横たわり、強い刺激が加わっても覚醒して反応することはない。顔をしかめたり、四肢を動かしたり、疼痛刺激に対し毎回変化のない定型的な逃避行動を示したりすることはあっても、疼痛部位を認識した上での反応やはっきりとした目的を持った逃避行動が見られることはない。昏睡が深くなるにつれ、疼痛刺激を加えても反応が鈍くなったり消失したりすることもある。昏睡患者の脳波パターンは脳傷害の程度によって異なるが、ほとんどの場合は全身麻酔のときと同じような低周波数高振幅の脳波が認められる(Fig. 1)。つまり、全身麻酔とは薬物による可逆的昏睡なのである。だが、麻酔科医は患者に不安が生ずるのを避けるため全身麻酔を「睡眠」のようなものと表現している。麻酔科医は専門的な文脈においても麻酔薬による意識消失に「睡眠」という語を、不適切にも当てている。

本レビューでは全身麻酔の臨床的特徴および神経生理学的特徴を紹介し、静脈麻酔薬によって生ずる意識消失の神経学的機序を中心に、全身麻酔と睡眠及び昏睡との関連について検討する。

教訓 全身麻酔中の代表的な脳波変化は、麻酔が深くなるにつれて低周波数高振幅の脳波が優勢になることです。全身麻酔とは薬物による可逆的昏睡と言えます。睡眠にたとえるのは間違っています。
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