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外傷とトラネキサム酸~考察② [critical care]

Effects of tranexamic acid on death, vascular occlusive events, and blood transfusion in trauma patients with significant haemorrhage (CRASH-2): a randomised, placebo-controlled trial

The Lancet 2010年7月3日号より

トラネキサム酸は受傷8時間後までに初回分を投与し、引き続き8時間の持続投与を行った。受傷後早期かつ短期間の投与にしたのは、出血死は大半が受傷当日に発生するという事実と、トラネキサム酸が出血量減少に寄与するという推測による。一般的に、受傷翌日以降は出血死のリスクは低くなるが、血管閉塞による合併症のリスクは受傷翌日以降も変わらない。したがって、トラネキサム酸が受傷後早期の出血リスク低減に寄与し、血管閉塞による合併症のリスク増大にはつながらないように、投与を受傷後早期のみに限ることにした。血管閉塞による致死的合併症および非致死的合併症はいずれもトラネキサム酸によって増えないことが本試験では示され、我々の採用したトラネキサム酸投与法が安全であることが確認された。受傷からトラネキサム酸投与開始までの時間の差によっては、トラネキサム酸の全死因死亡率に対する影響はそれほど大きく変わらないという結果が本研究では得られたが、投与開始は早ければ早いほど効果が大きい可能性があるという意見もある。しかし、投与開始を早くしても効果の大きさは変わらないとしても、外傷による出血死の大半が受傷後数時間以内に発生するのは事実なので、できる限り早く治療を開始するためにあらゆる努力をはらうべきである。

本研究ではトラネキサム酸の投与量を設定するに当たり、初回投与量2.5mg/kg~100mg/kg、その後1~12時間の持続投与0.25mg/kg/hr~4mg/kg/hrを行う手術患者を対象とした研究を参考にした。トラネキサム酸の投与量と出血量および輸血量を調べた研究によれば、高用量と低用量とのあいだで有意差はないことが明らかになった。心臓手術症例を対象としたトラネキサム酸の研究では、初回投与10mg/kg、その後の持続投与1mg/kg/hrとしたところ、線溶を抑制するのに十分な血漿濃度が得られ、それ以上投与量を増やしても止血効果が増強するわけではないということが明らかにされている。救急の現場では、決まった一定の量を投与することにしておくのが実用的である。重症外傷患者ではたいていの場合、体重がよく分からないからである。したがって、本研究では線溶を抑制し止血効果を得られ、体重の多い患者(>100kg)においてもちゃんと効果が得られ、なおかつ体重の少ない患者(<50kg)においても安全であると考えられる一定量(1g)を初回投与量とした。過去に行われた手術患者を対象とした諸研究でも体重の少ない患者に体重あたりに換算すると同程度の量のトラネキサム酸が投与され、有害事象は認められていない。トラネキサム酸の投与量をもっと増やせば治療効果もその分大きくなるという可能性はあるが、その点については今後の課題であり、さらに研究を重ねて検証する必要がある。

トラネキサム酸を投与すると外傷による出血死のリスクが低減するという知見が得られたことにより、外傷以外の状況における死亡や重大な後遺症につながりかねない出血にもトラネキサム酸が効果を発揮する可能性が示唆されよう。外傷性脳傷害では頭蓋内出血が伴うことが多く、入院後に発生または悪化する場合もある。外傷による頭蓋内出血は、死亡や後遺症のリスク増大につながる。頭蓋内出血によるリスク増大には部位は関係なく、出血部位の大きさが転帰と強く相関する。他に傷害のない外傷性脳傷害の頭蓋内出血がトラネキサム酸によって減るのであれば、転帰の改善に寄与する可能性がある。トラネキサム酸が頭蓋内出血に及ぼす影響を評価する研究を実施する必要がある。

出血がある場合は、それが外傷に起因するものではなくても、トラネキサム酸が役に立つ可能性がある。分娩後出血は母体死亡の主因であり、毎年およそ10万人が分娩後出血で死んでいる。トラネキサム酸が分娩後出血を減らすという報告はあるものの、現在までに行われたいずれの試験も質が劣悪で、意義のある重大なエンドポイントを設定してトラネキサム酸の効果を評価した大規模試験は一編もない。現在、分娩後出血患者においてトラネキサム酸が死亡および子宮全摘リスクに及ぼす影響を評価する大規模試験が進行中である。

まとめ

トラネキサム酸はいろいろな状況で使用される薬剤である。出血を呈する外傷患者にトラネキサム酸を投与すると安全に死亡リスクを低減することができることが、本研究によって明らかになった。あらゆる国や地域において、外傷患者の診療を行うすべての医師が、トラネキサム酸を使用できるようにしなければならない。そして、WHOの必須医薬品リスト(List of Essential Medicines)へのトラネキサム酸の収載を検討すべきである。本研究で得られた結果を踏まえ、出血を呈する外傷患者にはトラネキサム酸の使用を考慮すべきである。

教訓 トラネキサム酸の至適投与量は、今後の検討課題です。
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