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敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い~はじめに [critical care]

Fluid resuscitation in septic shock: A positive fluid balance and elevated central venous pressure are associated with increased mortality

Critical Care Medicine 2011年2月号より

敗血症性ショックは極めて複雑な病態を呈する。敗血症を起こす引き金となった感染、それに対する宿主の反応、そして医学的介入の三者が織りなす相互作用の結果、生理機能が乱調に陥る。敗血症性ショックで見られる分子レベルでの事象について胸躍るような新しい発見が相次いでいるものの、治療の基本についてはまだまだ研究が進んでいない部分が残されている。輸液、抗菌薬、感染源の制御、昇圧薬、強心薬および人工呼吸は、敗血症性ショックの早期管理における重要な根本要素である。現時点における敗血症性ショックの死亡率はおよそ40%にものぼる有様であるのに、輸液負荷における投与量は大抵が勘に頼って決められているという驚くべき事実がある。輸液量が少なすぎれば組織低灌流が発生し、臓器機能が一層低下することになる。一方、輸液量が多すぎても、それ相応のリスクが伴う。2006年に発表された敗血症性患者を対象としたヨーロッパからの報告によれば、水分出納がプラスになると死亡率が上昇する。また、急性肺傷害患者を対象とした大規模無作為化研究では、水分出納がプラスになると人工呼吸期間が延長し、死亡率が上昇する傾向が認められることが明らかにされている。2008年のSurviving Sepsisガイドラインでは、中心静脈圧が8-12mmHgに達するまで輸液を行い、心室充満不良/人工呼吸中の場合は目標値を12-15mmHgに上方修正することと、とされている。しかし、輸液速度を落としたり、積極的な輸液を止めたりするタイミングについては、何ら勧告はない。

我々は、敗血症性ショック患者に対する輸液療法にはまだ不明な点があることを踏まえ、VASST研究(VAsopressin in Septic Shock Trial)の対象患者778名について遡及的調査を行った。対象は全員が敗血症性ショック患者であり、ノルアドレナリンを少なくとも5mcg/min投与された。年齢、重症度による調整を行った上で、治療開始当初12時間およびその後の4日間の水分出納がプラスであると28日後死亡率が上昇するかどうかを検討した。大半の担当医は、輸液量を決定する際に患者の中心静脈圧をある程度参考にしていた。したがって、中心静脈圧が治療開始当初12時間およびその後の4日間の水分出納と相関しているかどうかについても検討した。年齢および重症度についての調整を行った後に、中心静脈圧の値によって患者を以下のように層別化した。具体的には、Surviving Sepsisガイドラインに従い、中心静脈圧が推奨値の範囲内である群(8-12mmHg)、8mmHg未満の群、12mmHgを超える群の三つに分け、ガイドライン通りの8-12mmHgの群が他の群より生存率が高いかどうかを解析した。

参考記事
輸液動態学 
正しい周術期輸液  
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 ALIでは制限輸液(I&Oバランスがゼロ~ややマイナス)の方が大量輸液よりも人工呼吸期間が短縮することが明らかにされています(Comparison of Two Fluid-Management Strategies in Acute Lung Injury)。Surviving Sepsis Campaignでは、CVP8~12mmHgを目標とした積極的な輸液が推奨されています。本研究では、この輸液療法によって本当に転帰が改善するのかどうかが検証されました。
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お休み [misc]

もうすぐ集中治療医学会(横浜)が開催されますね。
何かと慌ただしい年度末でもあり、今週はお休みします。

先日、犬の散歩に出かけたところ、梅の開花がすすみ、鈴なりの木蓮の花芽がぷっくりとふくらみ、桜のつぼみもうっすら色づいていました。風も冷たくなく、春がやって来ているのがひしひしと感じられます。山岳アジトでの活動(スキー)もそろそろ終わりかと思うと名残惜しい気持ちです。

来週には更新を再開する予定です。
それでは、ごきげんよう。

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術後血糖管理~勧告 [critical care]

Glycemic Control in the Intensive Care Unit and during the Postoperative Period

Anesthesiology 2011年2月号より

重症患者および術後患者の血糖管理についての勧告

世界中の専門家が結集し、周術期患者および重症患者を対象にした血糖管理についての公式勧告が練られた。この勧告のまとめをここに紹介する。

ICUにおける血糖目標値

(1) 成人ICU患者では高度高血糖(180mg/dL以上)に陥らないようにしなければならない。広く一般的に適用可能な上限値は現時点では確定していない。
(2) 緊急時には厳格血糖管理を行ってはならない。
(3) ICU患者においては、血糖値の変動が大きくならないようにしなければならない。
(4) ICUにおける血糖値管理に用いる薬剤は、インスリンの経静脈投与のみとする。

周術期における血糖値管理

(1) 術後のインスリン抵抗性を抑止するよう努める。具体的には、低体温および出血を避け、禁忌でなければ手術2時間前までに炭水化物50-100gを含む飲料を摂取させる。
(2) 心臓血管手術または複雑な手術の術後、緊急手術中および肥満患者においては180mg/dL以上の高血糖を避ける。
(3) 術中の血糖値管理は、インスリンの持続静注で行う。また、30-60分ごとに血糖値を測定する。

低血糖

(1) 高度の低血糖は血糖値40mg/dL未満の場合と定義されている。低血糖は遅滞なく検出し、臨床徴候が認められなくても直ちに是正しなければならない。
(2) ICU患者において低血糖が疑われる場合、毛細血管から採取した検体よりも、動脈血または静脈血検体で血糖値を測定する方が信頼性の高い値を得ることができる。毛細血管から採取した検体では、血糖値を過大評価してしまうことが多い。

炭水化物投与量

(1) 重症患者では、輸液製剤のブドウ糖濃度を濃すぎないようにすれば高血糖の発生頻度を低下させることができると考えられる。
(2) 食事再開後はシリンジポンプによるインスリン持続静注を中止してもよい。食事を再開したら、少なくとも毎食前の一日三回は血糖値を測定しなければならない。
(3) ICU患者における一日のエネルギー投与量は、国際基準に従い約25kcal/kg/dayとする。しかし、炭水化物投与量の最適値は、疾患の種類、重症度および発症からの経過日数によって決定しなければならない。

血糖値測定

血糖値の測定は、検査室の測定器または血液ガス分析器で行う。検体採取部位として望ましい順番は以下の通りである:動脈、静脈、毛細血管。測定器の性能を知った上で誤差があるかもしれないことを考慮して血糖値を解釈する。

アルゴリズムとプロトコル

血糖値管理は標準プロトコルに基づいて行うべきである。インスリン持続静注のための投与経路は統一する。正式なプロトコルを作成する際は、そのときの状況に逐次追随するように設計し(直近の血糖値によってインスリン投与量を決定する)、シリンジポンプによる短時間作用性インスリンの持続静注によって血糖調節を行うことを明記し(少なくとも推奨し)、低血糖が発生した場合の対処法と監視手順を提示しなければならない。その他、炭水化物の術前投与や、コンピュータ補助血糖調節プロトコルなどを盛り込んでも良い。血糖管理プロトコルの導入に先立ち、スタッフの教育を行い、仕事量が増えることについての理解を求める必要がある。

まとめ

重症患者において高血糖の放置が有害であることは、言を俟たない。重症患者の血糖値を細かく調節すべきであることは、多くのデータによって裏付けられている。しかし、強化インスリン療法による厳格血糖管理という枠組みについては見直すべきである。なぜなら、複数の大規模無作為化比較対照試験が行われているものの、一貫した結果は得られておらず、厳格血糖管理による効果が認められないという報告や、むしろ死亡率が上昇するという結果も示されているからである。したがって、厳格血糖管理は、実施部門、対象患者、スタッフの教育などをいかに工夫しても、日常臨床の定番とはなり得ない。低血糖のリスクが極めて低く、血糖値変動も少ない血糖管理法の新規開発が望まれる。コンピュータ補助血糖管理アルゴリズムの発展や医師や看護スタッフ教育の成果を活かすには、血糖値測定機器の性能や血糖値測定法の向上に一層の努力を傾注すべきである。以上の課題が達成されるまでは、各施設においてハード、ソフト両面の利用可能な資源を踏まえた独自のプロトコルを作成し導入すべきである。

教訓 ICU患者および大手術後の患者では血糖値を180mg/dL以下に制御すべきです。低血糖(<40mg/dL)には迅速に対応しなければなりません。
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術後血糖管理~未解決の問題点 [critical care]

Glycemic Control in the Intensive Care Unit and during the Postoperative Period

Anesthesiology 2011年2月号より

重症患者と術後患者における血糖管理:未解決の問題点

インスリン強化療法についての前向き試験で相反する結果が得られていることから、多彩な議論が繰り広げられ、様々な見通しが語られてきた。強化インスリン療法が転帰におよぼす影響は、実際の血糖値つまり血糖管理の質をはじめとする様々な要素によって左右される。採血部位や血糖測定器械によっては、得られた血糖値に狂いが生ずることがある。特に、血管収縮、低血圧、ショック、虚血および浮腫がある場合には測定誤差が生じやすい。動脈血検体を用い検査室の測定器(または血液ガス分析器)で測定した血糖値が最も正確である。患者の状態によって、ICUにおける血糖管理の効果は大きかったり小さかったりする。基礎疾患、ICU入室理由および糖尿病既往の有無なども、強化インスリン療法の効果に影響をおよぼす。

前向き研究の対象患者の一部および遡及的研究で、低血糖の発生頻度が高かったり血糖値の変動が大きかったりすると、死亡率が上昇することが明らかにされている。しかし、ICU患者における低血糖の発生と転帰不良とのあいだの因果関係ははっきりと確認されているわけではない。インスリン持続静注だけでなく、重症度を反映するその他の要素(人工呼吸、血液浄化、敗血症、カテコラミン投与など)も重症患者における低血糖発生原因である。重症患者では血糖値の変動が大きいと転帰が不良であるという明白な相関関係が観測研究では示されている。

周知の通り、たくさんの未解決の問題が残されている。血糖目標の最適値、インスリン強化療法の効果が高い患者群、安全で確実な血糖管理のための要件などが、その代表である。血糖値持続監視装置とコンピュータ制御自動インスリン注入器の組み合わせのような技術の進歩により、血糖管理の質と安全性は改善する見込みがある。このような技術革新が現場に導入されるまでは、現在の実地診療に即した指針に沿って血糖管理を行わなければならない。これまでの臨床試験では明確なエビデンスが確立されるには至っていないが、糖尿病入院患者および重症患者/術後患者の治療指針についての専門家による公式勧告が発表されている。

教訓 血管収縮、低血圧、ショック、虚血および浮腫がある場合には血糖値の測定誤差が生じやすいので注意が必要です。
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術後血糖管理~臨床研究 [critical care]

Glycemic Control in the Intensive Care Unit and during the Postoperative Period

Anesthesiology 2011年2月号より

血糖管理:臨床観測研究

色々なタイプの重症疾患患者を対象とした新旧様々な観測研究では、ICU入室時の高血糖は、死亡及び重症合併症の独立予測因子であることが一貫して示されている。急性心筋梗塞、脳血管障害および脳出血において、この相関関係が最も顕著に認められる。大規模な重症患者コホートを対象とした遡及的研究では、血糖値を144mg/dL未満になるように管理すると経過が良好であるという結果が得られている。さらに、この研究では平均血糖値が144mg/dL未満であった患者は、そうでなかった患者よりも転帰が良好であることが明らかにされている。

心臓手術後の血糖値が180mg/dL以上であると、深部胸骨創感染も死亡率も有意に上昇することが分かっている。糖尿病患者300名を対象として最近行われた前後比較研究では、血糖管理を術中から術後第3日まで行うと、生存率が改善するという結果が得られた。反対に、心臓手術後の血糖管理が芳しくないと転帰が悪化することが明らかにされている。

脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血の患者を対象としてThieleらが実施した前後比較試験では、厳格血糖管理プロトコル(血糖値を120mg/dL未満になるように管理する方法)を導入したところ、院内死亡率は対照群と同等であるという結果が得られた。厳格血糖管理を行った群では低血糖の発生リスクが高かった。低血糖は、死亡率上昇につながる独立予測因子である。つまり、この研究のような患者群では厳格血糖管理による転帰の改善を目指して注意深く血糖値を管理しても、その効果は低血糖という有害事象によって打ち消されてしまう可能性がある。

血糖管理:臨床介入研究

ICUにおける血糖管理

ICUにおける血糖管理についての大規模無作為化比較対照試験の嚆矢となった研究では、外科系ICU患者1548名(主に心臓手術後の患者)が強化インスリン療法(IIT; 目標血糖値80~110mg/dL)もしくは従来の血糖管理法(目標血糖値180~200mg/dL)に無作為に割り当てられた。そして、強化インスリン療法によってICU死亡率が8%から4.6%へと低下し、院内死亡率も10.9%から7.2%へと低下するという結果が得られた。この効果は、ICU在室日数が5日以上の患者群ではより顕著に認められた。さらに、強化インスリン療法によって、全身感染、急性腎不全、輸血および多発神経炎の発生率、人工呼吸期間、ICU在室期間が改善することが分かった。これに続きルーベン(ベルギー)の同グループが内科系ICU患者を対象として同じ方法と目的の研究を行った。対象患者数は1200名であったが、厳格血糖管理群と対照群とのあいだに院内死亡率の有意差は認められなかった。ただし、入院期間が長期におよぶ患者においては厳格血糖管理に有効性があるという結果が得られた。ルーベン研究の外的妥当性の評価と目標血糖値の最適値の検討のため、インスリン強化療法による厳格血糖管理についての大規模前向き試験や多施設試験が相次いで行われた。いずれの研究においても、異なる二つの目標血糖値が比較された。この後続する諸研究は、先行研究と似てはいるが全く同じではない(table 1)。いずれの研究も、インスリン強化療法群では目標血糖値は先行研究と同じく80~110mg/dLに設定された。しかし、対照群の目標血糖値は先行研究と異なった。Glucontrol研究およびNICE-SUGAR研究では対照群の目標血糖値は140~180mg/dLであったが、ルーベン研究、VISEP研究およびその他二編の大規模単一施設研究では、180~200mg/dLが目標値とされた。

NICE-SUGAR研究では、強化インスリン療法を実施すると90日後死亡率が上昇するという結果が得られたが、前述のその他の研究では二群間に転帰についての有意差は認められなかった。予想に違わずインスリン強化療法群では低血糖発生頻度が対照群の4~6倍にのぼった(インスリン強化療法に割り当てられた患者の5~25%に低血糖が発生)。このように低血糖の発生頻度が高いことが、インスリン強化療法導入にあたって最も憂慮される問題点であるとともに、医療従事者の仕事量を増やす主因となる。VISEP研究およびGlucontrol研究では、低血糖(血糖値40mg/dL未満)を一度でも起こした患者の死亡率は、一度も起こさなかった患者よりも高いという結果が得られている。一方、両ルーベン研究(van den Bergheらの二編の研究)では、低血糖を起こした患者と起こさなかった患者とで転帰を比較しても有意差は認められていない。だからといって、低血糖が遷延して、ブドウ糖をエネルギー源としている組織へのブドウ糖供給が低下した場合に、転帰が悪化したり危機的状況が発生したりする可能性が否定されたわけではない。重症患者における低血糖の影響を正しく理解するには、さらに研究を重ねる必要がある。

周術期の血糖管理

周術期におけるインスリン強化療法についての前向き無作為化比較対照試験は、ICUを舞台にした研究よりも数が少ない。2007年に発表された無作為化比較対照試験では、CABGを受けた糖尿病患者73名と非糖尿病患者371名が対象となった。これは術中の血糖管理のみに特化した研究で、厳格血糖管理群(目標血糖値90~110mg/dL)と従来管理群(目標血糖値180mg/dL未満)とが比較された。術後の血糖値は両群とも同等に目標値を達成していた。術中という極めて短期間の血糖管理では術後転帰を改善する効果はないということが明らかになった。心臓手術においては、周術期の血糖管理によって術後転帰が改善することが遡及的研究で判明しているものの、前向き研究では確認されていない。

Subramanianらは末梢血管バイパス術患者を対象として前向き非盲検無作為化試験を行い、周術期インスリン持続静注が術後合併症発生率および死亡率におよぼす影響を検討した。手術当日の血糖値は、インスリン持続静注群(目標血糖値100~150mg/dL)の方がインスリン間欠ボーラス群(目標血糖値150mg/dL未満)よりも低かった。インスリン持続静注群の方が間欠ボーラス群よりも、術後心血管系有害事象の発生率が有意に低かった(3.5% vs 12.3%; P=0.013)。

2009年にLipshutzとGropperは、周術期血糖管理のエビデンスについての総説を発表した。この総説では、周術期血糖値は150mg/dL未満に管理すべきであり、周術期における実地診療で定番的に厳格血糖管理を行うことには賛成できない、とされている。

教訓 術中という極めて短期間の血糖管理では術後転帰を改善する効果はないようです。
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術後血糖管理~ストレス性高血糖 [critical care]

Glycemic Control in the Intensive Care Unit and during the Postoperative Period

Anesthesiology 2011年2月号より

ストレス性高血糖の発生機序

2型糖尿病とストレス性高血糖の発生機序には類似点があるものの、根本的には異なる。糖尿病では、インスリン抵抗性と膵β細胞からのインスリン分泌低下の組み合わせによって高血糖が起こる。ストレス性高血糖は、インスリン拮抗ホルモン(カテコラミン、成長ホルモン、コルチゾールなど)とサイトカインのあいだに複雑な相互作用が発生し、その結果、肝におけるブドウ糖生成量が過剰となるとともに末梢組織のインスリン抵抗性が上昇することが原因である(fig.1)。この非常に複雑な相互作用は、経過と共に大きく変化する。

肝からの放出されるブドウ糖は、主に糖新生によって作られ、一部はグリコーゲン分解によって生成される。糖新生を刺激する作用は、エピネフリンやコルチゾールよりもグルカゴンの方が強い。グリコーゲン分解は主にカテコラミンによって刺激されて起こり、エピネフリンやコルチゾールの作用がある限りグリコーゲンは分解され続ける。TNFαはグルカゴン生成を刺激する作用を介して糖新生を促進する可能性がある。末梢組織のインスリン抵抗性が増大すると、骨格筋および脂肪細胞がブドウ糖を吸収することができなくなる。GLUT4のインスリン信号伝達およびダウンレギュレーションが変化すると、このような現象が起こる。インスリンが肝臓のブドウ糖生成を抑制する作用が低下することを中枢組織のインスリン抵抗性と呼び習わす。ストレス下では、末梢組織のインスリン抵抗性と異なり、中枢組織のインスリン抵抗性にはあまり変化は生じない(fig.1)。

周術期にはブドウ糖再吸収が増加したり腎におけるブドウ糖排泄が低下したりすることが分かっていて、これが高血糖の一因であると考えられている。しかし、術後高血糖のもっとも大きな誘因は手術侵襲そのものである。手術侵襲によってサイトカインやインスリン拮抗ホルモンが引き金となってインスリン抵抗性が増大し、血糖値が上昇する。インスリン抵抗性増大の程度は、手術侵襲の規模や続いた時間の長さに左右される。術前および術中にすでにインスリン抵抗性が存在すると、糖尿病の有無や程度に関わらず、心臓手術および腹部大手術後の合併症発生リスクが上昇することが知られている。腹部大手術を受ける非糖尿病患者では、術前にブドウ糖を投与すると血糖値が低下しインスリン抵抗性が減弱することが明らかにされている。反対に、術後にブドウ糖を含む輸液製剤を投与すると、ブドウ糖非含有晶質液を使用した場合よりも血糖値が高くなる。糖尿病患者では、周術期におけるインスリン抵抗性の程度は、術前血糖管理の良否によって決まることが分かっている。術中にインスリン抵抗性を減弱させれば、大手術後の合併症発生率が低下する可能性がある。したがって、術前のブドウ糖投与(可能であれば炭水化物の経口投与、無理ならブドウ糖含有製剤の経静脈投与)を行い、大手術後当日はブドウ糖含有製剤の輸液を行わないという方法が望ましい。糖尿病患者では、術前にヘモグロビンA1cの測定を行い、血糖値管理の具合とインスリン抵抗性の評価を行うべきである。低体温、多量の出血、長時間の術前絶食および長期のベッド上安静を回避すると、周術期のインスリン抵抗性増強を防ぐ上で相乗効果を得ることができる。

麻酔中にブドウ糖代謝に影響を与える薬剤は、吸入麻酔薬のみであると考えられている。Tanakaらが報告した2009年の研究では、イソフルレンにはインスリン分泌を低下させる作用があり、そのためブドウ糖の体内利用状況に変化が生ずるという結果が得られている。

教訓 周術期のインスリン抵抗性増強を防ぐには、低体温、多量の出血、長時間の術前絶食および長期のベッド上安静を回避しなければなりません。イソフルレンにはインスリン分泌を低下させる作用があります。
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術後血糖管理~血糖値の調節 [critical care]

Glycemic Control in the Intensive Care Unit and during the Postoperative Period

Anesthesiology 2011年2月号より

重症疾患患者や術後患者は、いわゆる「ストレス性高血糖」に陥ることがある。ストレス性高血糖とは、糖尿病の既往のない患者が重症疾患や手術により一時的に高血糖になることである。いずれの場合にも、ストレス性高血糖が転帰の悪化につながることが多くの研究で明らかにされている。2001年には、術後重症患者を対象として強化インスリン療法による厳格血糖管理(血糖値80mg/dL~110mg/dLとする管理法)の効果を検証する大規模無作為化比較対照試験が行われ、死亡率および合併症発生率が低下するという結果が得られた。しかし、別の施設のICUで行われた同様の後続研究では、強化インスリン療法の効果は確認されなかった。

このように強化インスリン療法は甲論乙駁といった様相を呈しており、一体どのようにICU在室中や術後期の血糖を管理すればいいのか?という、臨床に深く関わる課題が浮かび上がっている。本稿では、血糖値の生理的調節、高血糖の害およびストレス性高血糖の発生機序と影響についてこれまでに蓄積されてきた知見、そして観測研究や介入研究で得られている臨床データについての概要を紹介する。さらに、日常診療と関わりのある未解明の問題や仮説についても論ずる。重症患者および術後患者における血糖管理についての新しい指針も紹介する。

血糖値の生理的調節

血糖値は以下の二つの機序によって厳密に調節されている:(1) 内分泌系による調節。即ち、血糖値を低下させるインスリンと、その逆の作用を持つホルモン(グルカゴン、エピネフリンおよびコルチゾールなど)との均衡によって血糖値が調節される機序。(2) 自律神経系による調節。即ち、各臓器のブドウ糖センサーから出力される情報によって血糖値が調節される機序。

以上の内分泌系および神経系のシグナルによって、ブドウ糖の生成や細胞内取り込みといったブドウ糖動態が制御され、炭水化物の代謝に変化が生ずる。ブドウ糖の細胞膜通過を修飾する最も重要な機序が、グルコース輸送担体(GLUTs)の移行である。グルコース輸送担体のうち、インスリンを介さないブドウ糖取り込みに関与するのがGLUT1である(fig.1)。GLUT2にはブドウ糖の肝細胞膜通過を調節するはたらきがある。GLUT4は、インスリン反応性GLUTの首魁であり、脂肪組織、心筋および骨格筋におけるインスリンを介したブドウ糖取り込みを調節する。セラミドなどの一部の脂質は、GLUT4遺伝子の読み込みやグルコース輸送担体の細胞膜移行を阻害する。これは、インスリン抵抗性が発生する機序の一つである。将来的にはこの機序を標的とした、新しい治療法が登場するであろう。

高血糖の害

重症疾患ではエネルギー基質として望ましいのはブドウ糖であるため、ストレス性高血糖はエネルギーを組織に適切に供給するための有益な反応であるとこれまでは考えられてきた。しかし、ストレス下では、インスリンを介さずにブドウ糖を取り込む組織ではブドウ糖が著しく過剰になってしまう。このようにブドウ糖が過度に蓄積するのは、炎症促進性メディエイタ、血糖値を上昇させるはたらきのあるホルモンおよび低酸素症によって、GLUT1のダウンレギュレーションが阻害されるからである。細胞内のブドウ糖濃度が高いと、いろいろな悪影響が生ずることが分かっている。ミトコンドリアタンパクの障害が起こったり、糖代謝の主な経路が解糖系から副代謝経路(ペントースリン酸経路、ヘキソサミン生合成経路およびポリオール代謝経路)へと転換するため活性酸素の生成量が増えたりする。ブドウ糖濃度が高すぎることによる悪影響は多岐にわたる。たとえば、炎症の増悪、補体活性の低下、自然免疫の抑制、内皮および肝臓のミトコンドリア機能の低下、虚血プレコンディショニング効果の消失およびタンパク質糖鎖付加などである。

教訓 GLUT1はインスリンを介さないブドウ糖取り込みに関与します。炎症促進性メディエイタ、インスリン拮抗ホルモンおよび低酸素症によって、GLUT1のダウンレギュレーションは阻害されます。
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ペースメーカ/ICD患者の周術期管理~術後管理 [anesthesiology]

Practice Advisory for the Perioperative Management of Patients with Cardiac Implantable Electronic Devices: Pacemakers and Implantable Cardioverter-Defibrillators: An Updated Report by the American Society of Anesthesiologists Task Force on Perioperative Management of Patients with Cardiac Implantable Electronic Devices

Anesthesiology 2011年2月号より

Ⅳ. 術後管理

CIED患者の術後管理の要点は、CIEDの点検を行い元通りに作動させることである。観測研究一編および症例報告一編で、術後ペースメーカ点検の結果、ペーシングモードを変更したり、パラメータを変更したりしなければならなくなることがあると報告されている。パラメータ変更の中には、ペーシング閾値上昇による心室ペーシング出力の増大も含む。また、ペースメーカが安全モードに自動変更(リセット)されていることが術後点検で判明した症例もあり、モノポーラ電気メスによる電磁妨害がその原因であると報告されている。観測研究では、ICDの術後点検で交換指標が表示される例があることが明らかになり、原因は術中の電磁妨害である可能性が指摘されている。さらに、ペースメーカおよびICDのいずれにおいても心房リードに対する電磁妨害が発生した例が判明しており、また、ペースメーカ患者において心室リードに対する電磁妨害が発生した例があることも明らかになっている。ただし、いずれの場合も患者に大きな問題は生じていない。

術後管理についての勧告

術直後は心拍数および心調律を持続的に監視しなければならない。バックアップのペーシングや、除細動/カルディオバージョン装置が、間髪入れず使用できるように常に用意しておくべきである。

術後点検およびCIED機能の復旧は、CIED患者の術後管理における根本要素である。術後はまず、点検を行いCIEDの作動状況の評価を行う。点検の結果CIEDの設定が不適切であることが判明したら、再プログラミングし適切な設定に変更する。ICDについては、あらゆる抗頻拍機能を復旧しなければならない。循環器科やペースメーカ/ICD部門へのコンサルトが必要なこともある。

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ペースメーカ/ICD患者の周術期管理~術中管理③ [anesthesiology]

Practice Advisory for the Perioperative Management of Patients with Cardiac Implantable Electronic Devices: Pacemakers and Implantable Cardioverter-Defibrillators: An Updated Report by the American Society of Anesthesiologists Task Force on Perioperative Management of Patients with Cardiac Implantable Electronic Devices

Anesthesiology 2011年2月号より

放射線治療

CIED患者が放射線治療を受けるに当たっての、特異的な管理手法を検討した文献はほとんどない。

放射線治療による電磁妨害防止についての勧告

本特別委員会は、放射線治療はCIED患者にも安全に行うことができると考える。CIED装置は放射線照射野外に位置するようにしなければならない。したがって、場合によっては放射線治療開始に先立ちジェネレータを外科的に移動させなければならないことがある。大半のCIED製造会社は、放射線照射中および照射終了時には、ジェネレータ作動確認の実施を推奨している。放射線治療に伴い、ペーシング不全やペースメーカ制御不能(runaway pacemaker)などの問題が発生する可能性がある。

電気痙攣療法

電気痙攣療法に伴う電磁妨害やCIEDの永久的作動不良についての臨床研究は行われていない。一編の症例報告では、電気痙攣療法に先立ち患者のICDを停止した2症例が紹介されているが、電気痙攣療法の実施が、その後ICD機能に及ぼした影響の有無については述べられていない。しかし、この研究の著者は、CIED患者に対して電気痙攣療法を行う際には重大な心リスクがある可能性を示唆している。電気痙攣療法を行うと、一時的な心電図変化(P波増高、QRS波形の変化、ST-T変化など)が生じるほか、もともと心疾患がある患者では循環器合併症(不整脈や心筋虚血など)が起こる可能性がある。電気痙攣療法には生理的ストレスがつきものである。例えば、当初は頻脈と血圧上昇が起こり、続いて徐脈と血圧低下が見られる。このため、心機能が低下している患者に電気痙攣療法を行うと、術後長時間(数時間から数日)にわたって心不全に陥ることがある。

電気痙攣療法による電磁妨害防止についての勧告

電気痙攣療法を行うと心筋や神経系に影響が及び短期間または長期間続くことがあるが、本特別委員会はCIED患者に電気痙攣療法を行っても、CIEDが故障したり作動不良に陥ったりすることはないと考える。CIED患者に電気痙攣療法を行う際には、電気痙攣療法を指示した医師および担当の循環器科医と、初回およびそれ以降の電気痙攣療法の実施要領について相談する。CIED患者に対する電気痙攣療法の実施に先立ち、全例でCIEDの総合点検を行わなければならない。電気痙攣療法の最中にはICDの作動を停止させるべきである。一方で、電気痙攣療法による血行動態の変化に起因する心室性不整脈を治療する準備を整えておかなければならない。ペースメーカ依存患者では、電気痙攣療法中に心拍数および心調律を維持するため一時的ペーシングを要することがある。また、筋電位抑制が発生するのを避けるためCIEDを非同期モードにしなければならないこともある。

緊急除細動/カルディオバージョン

CIED患者では、周術期に緊急除細動または緊急カルディオバージョンの実施を要する事態が起こりうる。そのような場合、ジェネレータおよびリードを通る電流を少なくすることが一番の問題になる。症例報告によれば、CIEDに関連する有害事象を防ぐためには除細動またはカルディオバージョン用パッドまたはパドルを正しい位置に装着することが重要であるとされている。

緊急除細動/カルディオバージョンについての勧告

ICDをマグネットモードにして手術を実施しているときに緊急で除細動またはカルディオバージョンを行わなければならなくなったら、実施前に電磁妨害を起こす可能性のある医療機器の使用を中止し、マグネットを除去してICDによる抗頻拍治療が可能となるようにしなければならない。そして、CIEDが適切に作動し頻拍が治るかどうかを観察する。ICDが留置されていて、術前のプログラミングによってICDが作動しないようになっている患者では、再度プログラミングを行い作動可能となるようにすることが選択肢となり得る。以上のような対処によってもICDが作動を再開しない場合には、緊急で体外式除細動またはカルディオバージョンを行う。

上記のようなICDについての注意点に留意しつつも、現行のACLSガイドラインや救急ガイドラインに従って早急に除細動/カルディオバージョンを実行することの方が優先する。ICDの故障を顧慮するよりも、可及的速やかに除細動/カルディオバージョンを行うことの方が重要である。

致死的不整脈が発生した場合には、ACLSガイドラインで定められている通りにエネルギーレベルを設定し、パドルを適切な位置に当てる。可能であれば電流がジェネレータおよびリードを通過するのを極力避けるため、以下のような対策を講ずる。(1) 除細動/カルディオバージョンのパッドまたはパドルをジェネレータからできる限り離れた位置に設置する。(2) 除細動/カルディオバージョンのパッドまたはパドルをCIEDのジェネレータおよびリードがなす軸と垂直となるように設置し、前方と後方からパッドまたはパドルがジェネレータおよびリードを挟み込むような恰好になるようにする。 CIEDの有無に関わらず、除細動/カルディオバージョンを行う際のエネルギーレベルの設定は、臨床的に適切な値とすることが必須である。また、パドルは、その状況で可能な最善の位置に設置しなければならない。

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ペースメーカ/ICD患者の周術期管理~術中管理② [anesthesiology]

Practice Advisory for the Perioperative Management of Patients with Cardiac Implantable Electronic Devices: Pacemakers and Implantable Cardioverter-Defibrillators: An Updated Report by the American Society of Anesthesiologists Task Force on Perioperative Management of Patients with Cardiac Implantable Electronic Devices

Anesthesiology 2011年2月号より

ラジオ波焼灼

ラジオ波焼灼による電磁妨害を防ぐには、ラジオ波電流(電極先端から対極板への経路)がジェネレータやリードからできる限り離れた場所を通るようにするのが最も重要である。一編の観測研究で、CIED患者に対するラジオ波焼灼12例のうち3例で、ペースメーカリード近傍でラジオ波を発生させたところリード抵抗が大幅に低下したと報告されている。症例報告では、クラスタ電極をペースメーカリードから5cm以上離してラジオ波焼灼を行ったところ特に問題なく手術を終了できたとされている。

ラジオ波焼灼による電磁妨害防止についての勧告

ラジオ波焼灼による電磁干渉を防止するには、焼灼用カテーテルがペースメーカのジェネレータやリードと直接接触しないように注意し、ラジオ波電流(電極先端から対極板への経路)をジェネレータやリードからできる限り離れた場所を通るようにする。ラジオ波焼灼症例については全例で、焼灼用カテーテルがCIEDのリードに近づかないように術中に術者と意思疎通を図る。

体外衝撃波砕石術(ESWL)

体外衝撃波砕石術の際に起こりうる電磁妨害を防止するには、(1) 体外衝撃波の焦点をジェネレータ近傍にあわせないようにする。(2) 体外衝撃波発生装置がR波をトリガーして衝撃波を発生するような機構であれば、心房ペーシングを中止する。

体外衝撃波の焦点をジェネレータから離したり、体外衝撃波砕石術中に心房ペーシングを停止したりすることが電磁妨害の防止に役立つかどうかを検討した文献はない。

体外衝撃波砕石術に伴う電磁妨害防止についての勧告

体外衝撃波砕石術中には、衝撃波がペースメーカのジェネレータの近傍に発射されないようにすべきである。R波をトリガーして衝撃波を発生する装置を使用する場合は、術前に心房ペーシングを中止する必要があるかもしれない。

MRI

CIED患者がMRI検査を受ける際の、特異的な管理手法を詳細に検討した文献はほとんどない。複数の観測研究および症例報告では、特定の条件を満たす状況で、患者の状態が良好で、モニタリングを適切に行えば、問題となるような電磁妨害の発生を見ることなくMRI検査を行うことができるとされている。しかし、その他の文献では、一般的にペースメーカ患者にはMRIは禁忌であると報告されている。

MRIによる電磁妨害防止についての勧告

CIED患者にMRIは一般的には禁忌である。MRI検査を行う必要がある場合には、指示した医師、患者のペースメーカ担当医または循環器科担当医、放射線診断医およびCIED製造会社と相談する。

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ペースメーカ/ICD患者の周術期管理~術中管理① [anesthesiology]

Practice Advisory for the Perioperative Management of Patients with Cardiac Implantable Electronic Devices: Pacemakers and Implantable Cardioverter-Defibrillators: An Updated Report by the American Society of Anesthesiologists Task Force on Perioperative Management of Patients with Cardiac Implantable Electronic Devices

Anesthesiology 2011年2月号より

Ⅲ. 術中管理

CIEDの術中管理の枢要は以下の通りである:
(1) 作動状況の監視
(2) 故障や誤作動の予防
(3) 緊急時における除細動、カルディオバージョンまたはペーシングの実施

術中モニタリング

術中は、心電図の持続監視および脈拍の監視(脈拍の触知、心音の聴診、動脈圧波形、ドプラ超音波、パルスオキシメトリ波形など)を行う。CIED患者における心電図または末梢脈拍の監視による臨床的効果を検討した比較対照試験は行われていない。しかし、ペースメーカまたは心機能に異常があることを検出するのに術中の心電図モニタリングが重要であることが症例報告で指摘されている。

術中モニタリングについての勧告

心電図および脈拍の監視はCIED患者の術中管理において重要な位置を占めている。ASAの術中管理基準で定められているのと同様に、麻酔開始から手術室退室までの間、患者の心電図は常に画面上に表示されていなければならない。患者の状態によっては術後も心電図モニタリングを継続する。全身麻酔、局所麻酔、鎮静または監視下鎮静管理(MAC)のいずれを実施するにせよ、CIED患者には全例で心電図モニタリングを実施しなければならない。脈拍の持続監視も、全身麻酔、局所麻酔、鎮静または監視下鎮静管理(MAC)のいずれであっても全例で実施する。手術に使用する機器とCIEDとの予想外の相互干渉が生じた場合には、手術を中断し干渉の原因を除去または是正することを検討する。

電磁妨害の原因の管理

電気メスやラジオ波焼灼を用いる手術、体外衝撃波砕石術、MRIまたは放射線治療の際には、CIEDに故障が生じたり、CIEDの機能が干渉されたりして、重篤な有害転帰に至る可能性がある。各手術/各検査において、電磁妨害の発生原因は特定の単独機器であることが多い。電磁妨害を起こす可能性のある各機器の管理については以下にそれぞれまとめた。

電気メス

電気メスによる電磁妨害防止は以下のように行う。
(1) メス本体と対極板の位置に気をつける。すなわち、電流がCIEDの電気刺激発生器(ジェネレータ)または導線(リード)そのものや付近を通らないようにする。
(2) 電気メスの電場がジェネレータまたはリードに近づかないようにする。
(3) できる限り低出力で間欠的かつ不規則な短時間の作動とする。
(4) 可能であればバイポーラ電気メスまたは超音波メス(ハーモニック)を使用する。

CIEDのジェネレータやリードから離れた場所を電気メスなどの電流が通るように機器を設置すると電磁妨害の発生を防ぐことができるかどうかを評価した文献はほとんどない。

症例報告二編および観測研究一編では、対極板をジェネレータおよびリードからできる限り離れた場所に貼付しても電磁妨害が起こる可能性があることが指摘されている。症例報告一編では、モノポーラ電気メスを胸骨に使用したところ、ペースメーカの作動が完全に停止したと報告されている。

電気メスをできる限り低出力で間欠的かつ不規則な短時間の使用にとどめることの有効性を検証した研究は最近は発表されていないが、過去の文献によれば、このような電気メスの使用法によって、あきらかな電磁妨害の発生を見ることなく手術を完遂することができるとされている。電気メスの一回一回の作動が短時間であってもペースメーカの作動不良が起こったという症例報告が一編発表されている。

ペースメーカ患者に対しバイポーラ電気メスまたはハーモニックスカルペルを使用すると円滑に手術を行うことができるという症例報告が複数存在する。しかし一方で、バイポーラ電気メスを使用してもメースメーカの作動不良が起こったという症例報告が一編発表されている。

電気メスによる電磁妨害の防止についての勧告

本特別委員会では、術中管理に各術式に応じた色々な工夫を講ずることによって電磁妨害の発生を抑止することができると考える。電気メス装置によるペースメーカに対する干渉のリスクを制御する方法は次の通りである。(1)電流がCIED装置そのものや付近を通らないように電気メスの部品および対極板を設置する。(2) 電気メスの電場がジェネレータやリードに接近しないようにする。作動中のメス先電極が操作中にジェネレータの上を通過しないように注意する。(3) できる限り低出力で間欠的かつ不規則な短時間の使用にとどめる。
(4) 可能であればバイポーラ電気メスまたは超音波メス(ハーモニック)を使用する。術者に以上のような注意点があることを指摘または再確認する。

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ペースメーカ/ICD患者の周術期管理~術前準備 [anesthesiology]

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Anesthesiology 2011年2月号より

Ⅱ. 術前の準備

術中に患者の安全を守り機器が正常に作動するようにするために行うべき準備は以下の通りである。
(1) 予定されている手術の実施中に電磁妨害が起こりうるかどうかを見極める。
(2) CIEDのペースメーカ機能を非同期モードに変更したり、心拍応答機能などの特殊設定を解除したりする必要があるかどうかを決定する。
(3) 抗頻脈ペーシング機能があれば停止する。
(4) 電気刺激発生器(ジェネレータ)や電極に対する電磁妨害による有害事象発生の可能性を低減するため、バイポーラ電気メスや超音波メス(ハーモニック)の使用を術者にすすめる。
(5) 一時的ペーシングや除細動器がすぐに使用できるよう準備されていることを確認する。
(6) 麻酔法がCIED機能や患者-CIED相互作用に及ぼす可能性のある影響について検討する。

以下の医療機器の使用によって電磁妨害が発生する可能性があることが数多の文献で指摘されている:
(1) 電気メス、(2) ラジオ波焼灼、(3) MRI
放射線治療中に電磁妨害が発生したとする観測研究が複数報告されているが、別の観測研究や症例報告では電磁妨害とはっきり言えるような事象は発生しないとされている。体外衝撃波砕石術中に電磁妨害が発生したとする観測研究が複数報告されているが、別の観測研究や症例報告では電磁妨害とはっきり言えるような事象は発生しないとされている。電気けいれん療法注に電磁妨害が発生したとする報告はない。心電図モニタ機器と分時換気量センサによる心拍応答機能つきCIEDとのあいだで電磁妨害が発生しペーシング心拍数が異常に上昇する可能性があることが症例報告で明らかにされている。

手術にあたりペースメーカ機能を非同期モードに変更することによって得られる臨床的効果を検討した比較対照試験は今までに行われていない。電気メスを使用する場合は非同期モードに変更すると電磁妨害による誤作動を防ぐことができるという症例報告(一編)がある。しかし、他の症例報告では非同期モードでも電磁妨害による誤作動が生じうるとされている。麻酔法がCIEDの機能に及ぼす影響を検討するに当たって参考となるような文献はない。

術前準備についての勧告

従来型ペースメーカまたはICDについては電磁妨害発生の可能性を検討すべきである。電磁妨害が発生する可能性があるならば、心拍応答機能などの特殊機能を停止し、ペースメーカ依存患者においてはCIEDの従来型ペースメーカ機能を非同期モードに変更すべきである。以上のような変更は、プログラム変更機能によるか、またはジェネレータ直上にマグネットを設置しマグネットモードにするかによって行う。しかし、本特別委員会の見解としては、ICDにルーチーンでマグネットを使用することは避けるべきである。さらに、ICDに抗頻脈ペーシング機能が搭載されている場合は、そのまま作動させておくべきである。ICD患者のうち、徐脈性不整脈のためICDのペースメーカ機能に依存している患者においては、ペースメーカ機能を前述の方法にのっとり変更する。循環器専門医またはペースメーカ外来へのコンサルトが必要な場合もある。

患者に植え込まれているCIEDがどんな機種であっても、可能であればバイポーラ電気メスまたは超音波メスを使用すべきであることを術者に提案する。術前、術中および術後のいずれの時期においても一時的ペーシングおよび除細動器が直ちに使用できるように態勢を整えなければならない。

本特別委員会は、麻酔法がCIEDの機能に影響を及ぼすことはないと考える。だが、麻酔による生理的変化(心拍数、心調律または虚血など)により、CIEDが思わぬ反応を示したり、CIED-患者相互作用に有害な影響が生じたりする可能性はある。

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ペースメーカ/ICD患者の周術期管理~術前評価 [anesthesiology]

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Anesthesiology 2011年2月号より

Ⅰ. 術前評価

CIED(植え込み型心臓用電気機器;ペースメーカや植え込み型除細動器)患者の術前評価に当たっては、以下のようなCIEDに特有の問題点に的を絞った評価を行う:(1) 患者にCIEDが植え込まれているかどうかを確認する。(2) 植え込まれている機器の種類を確認する。(3) CIEDの抗徐脈ペーシング機能に患者が依存しているかどうかを確かめる。(4) 植え込まれている機器の機能を知る。

以上のようなCIEDに特有の問題点に的を絞った術前評価の臨床的有用性を検証する比較対照試験は行われていないが、症例報告によればCIED患者の術前評価が不十分であると転帰が悪化する可能性があることが示唆されている(例;CIEDが作動しなくなり心静止に陥る)。

術前評価についての勧告

(1) 患者にCIEDが植え込まれているかどうかの確認
①既往の確認
患者の問診、カルテ閲覧、胸部X線写真・心電図またはモニタや心電図波形情報などによって患者にCIEDが植え込まれているかどうかを確認する。情報源はここに挙げた以外のものでもよい。
②理学的所見
瘢痕の有無、植え込まれている機器の触診など。

(2) 機器の種類の確認
①患者またはそれ以外から製造会社が発行したペースメーカ手帳を入手する。
②上記を入手できなければ胸部X線写真を撮影する。
③または、その他の情報源に照会する(製造会社のデータベース、ペースメーカ外来の記録、循環器科へのコンサルトなど)。

(3) 抗徐脈ペーシング機能に依存しているかどうかの確認
①問診またはカルテ記載から、失神などの徐脈による症状によってCIED植え込みの適応となったかどうかを確認する。
②房室結節のアブレーション後にペースメーカを植え込んだのか?
③CIEDがVVIモードのときプログラム可能な最小の心拍数に設定した場合に心室自己心拍が見られないか?

(4) 植え込まれている機器の機能を知る
植え込まれている機器の機能評価には、事前に総合点検を行うことが理想である。植え込まれている機器の総合点検が不可能であれば、少なくとも、ペーシング刺激が送出されペーシングによる心拍が出現するかどうかを確認する。循環器科またはCIED部門へのコンサルトを要することがある。製造会社に連絡し周術期の注意事項についての情報を得ることも考慮する。

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全身麻酔と睡眠と昏睡~ケタミン [anesthesiology]

General Anesthesia, Sleep, and Coma

NEJM 2010年12月30日号より

脳が活発な状態と意識消失

大半の鎮静薬では、意識消失に至れば脳波は徐波優勢となるが、ケタミン(NMDA受容体拮抗薬)による意識消失時には活発な脳波パターンが見られる。てんかん発作の際には、活発で特異的な脳波パターンが出現する。てんかんによって意識が消失するのは、異常な脳活動により、覚醒状態と認知機能を維持するのに必要な脳の各部位間の情報伝達が障害されることによるところが大きいと考えられている。ケタミンによる意識消失にも、てんかんのときと同じような非常に活発な脳活動が関与している可能性が高い。ケタミンはGABA作動性介在ニューロンへのNMDA受容体を介したグルタミン酸放出入力を抑制する。その結果、皮質、海馬および辺縁系に異常な興奮性活動が起こり、最終的には意識が消失する(Fig. 4)。幻覚は、脳の異常な興奮性活動によって時空間の認知とは辻褄の合わない形で情報が統合される結果生ずると考えられる。ベンゾジアゼピンを併用すると、ケタミンを使用しても幻覚を抑えることができる。これはおそらく、ベンゾジアゼピンによってGABAA受容体を介した介在ニューロンの活動が促進され、鎮静されるためである。ケタミンは、脊髄のNMDA受容体に作用し強力な抗侵害刺激作用を発揮するほか、橋からのアセチルコリンの放出を抑制するはたらきがあり、これらの作用も意識消失に一役買っている(Fig. 4)。

全身麻酔からの覚醒と昏睡からの回復

昏睡に陥っても場合によっては回復することがあるが、回復には数時間から数年を要する。一方、全身麻酔からは通常数分で覚める。とはいえ、全身麻酔からの覚醒と昏睡からの回復を比較することは有意義である(Table 1)。全身麻酔からの覚醒を示す初発徴候は、規則的な自発呼吸の出現、唾液の分泌、流涙、嚥下、えずいたり顔をしかめたりするような動作である。これは、感覚、運動および自律神経機能の回復が、脳幹において尾側から吻側へと進む順序に近い(Table 1)。口頭指示に対する反応などの、もっとあとに出現する徴候は、皮質機能の回復を反映する。昏睡からの回復程度を判断するのに用いる神経行動学的定量評価法は、全身麻酔からの回復具合を見極めるのにも適用できると考えられる。この場合、脳幹死に近い状態から植物状態に類似した状態、そして植物状態よりはわずかに意識がある状態までの評価が可能である。全身麻酔が脳機能的には脳幹死と同等であるということは、全身麻酔がいかに強烈に脳機能を抑制するかということを端的に示している。そして、だからこそ、全身麻酔後に数時間経っても完全には意識が回復しない患者が時折いたり、高齢者では術後認知機能障害が数ヶ月にもわたり残ったりすることがあるのである。睡眠と昏睡をもっとよく理解すれば、意識消失、鎮痛、健忘および筋弛緩をこれまでとは違った新しい方法でもたらす画期的な全身麻酔法の開発につながる可能性がある。

教訓 ケタミンは皮質、海馬および辺縁系を興奮させ、脊髄のNMDA受容体に作用し強力な抗侵害刺激作用を発揮するほか、橋からのアセチルコリンの放出を抑制するはたらきもあります。
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