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免疫能正常のICU患者におけるCMV感染症~考察② [critical care]

Prevalence and mortality associated with cytomegalovirus infection in nonimmunosuppressed patients in the intensive care unit

Critical Care Medicine 2009年8月号より

活動性サイトメガロウイルス感染症が発生すると、そうでない場合と比べ、全死因死亡率は2倍になる。瞠目すべきことに、対象患者群が異なっても死亡率解析の結果の違いはごくわずかであり、研究デザインが異なっても点推定の結果は一貫していた。その上、免疫抑制患者でも、サイトメガロウイルス感染症を発症するとそうでない場合と比べ、本研究での結果と同程度に死亡率が高いことが分かっている。いくつもの研究で、非免疫抑制状態のICU患者における活動性サイトメガロウイルス感染症が、院内感染発生率の上昇、人工呼吸期間の延長、入院期間の延長、ICU滞在期間の延長と関連していることが報告されているが、これらは即ち、サイトメガロウイルスが死亡率の上昇と関連する可能性を示唆している。さらに、サイトメガロウイルスは、第X因子とトロンビンの生成や、vWFおよびPAI-1(プラスミノーゲン活性化抑制因子)の分泌を変化させ、凝固能亢進と炎症の増強を招く。こうした凝固能と炎症を促進させる作用によって、重症患者の生存転帰が一層脅かされるのではないかと考えられる。死亡率に関連する可能性のある要素としてはもう一つ、輸血によるサイトメガロウイルス感染または再活性化が挙げられる。白血球除去製剤を使用していた研究と、使用しなかった研究のあいだに、サイトメガロウイルス感染症発生率の差は認められないという結果を我々は得た。最近の研究では、輸血は重症患者死亡率の独立した予測因子であることが示されている。輸血による死亡率上昇には、活動性サイトメガロウイルス感染症の発生が原因として幾分か関わっているのではないかと思われる。サイトメガロウイルス感染症が、単に重症度の一指標に過ぎないのか、それともICU患者における死亡の具体的な原因なのか、という因果関係の解明は、今後の研究課題である。

本研究にはいくつかの問題点がある。研究によって対象患者に大きなばらつきが認められた。一般的にICUには様々な重症患者が入室するので、ばらつきが出ることは当初から予想はされていた。ICUの種別の違い(外科系と内科系外科系混合)および時期の違い(ICUにおける治療法の経時的変化)に関わらずサイトメガロウイルス感染症発生率がほぼ一定であったことが判明したことから、我々の得た知見には一定の価値を見出すことができるものと考えられる。また、本研究では遡及的研究も対象としたので、それが問題となった可能性もある。しかし、感度分析では、前向き研究と遡及的研究とで同等の結果が得られた。最後に、出版バイアスについては二つの方法で検討しバイアスは検出されなかったが、出版バイアスがまったくないと完全に言い切れるわけではない。

非免疫抑制状態のICU患者における活動性サイトメガロウイルス感染症の発生に強く関与していると考えられる因子は、既往感染(サイトメガロウイルスIgG抗体陽性)、ICU滞在期間延長(5日以上)、重症敗血症/敗血症性ショックそして高い重症度である。

このメタ分析で得られた知見を踏まえると、適切な検出力を備えた前向きコホート試験(活動性サイトメガロウイルス感染症の発生による死亡率の絶対増加10%を検出力80%で検出するとすれば、各群300名の患者が必要)を実施し、以下の二群のICU患者を評価することに意義があろう:サイトメガロウイルス抗体陽性で活動性サイトメガロウイルス感染症のある患者 vs サイトメガロウイルス抗体陽性で活動性サイトメガロウイルス感染症のない患者。手術実施の有無について層別化した上で無作為化を行えば、外科系患者と内科系患者を均等に振り分けることができる。試験対象選択基準としては、a) サイトメガロウイルス抗体陽性、b) APACHEⅡスコア20点以上、c) ICU滞在期間5日以上、といった条件を設定するのが適当であろう。サイトメガロウイルスPCR検査は、ICU退室まで週2回行う(ICU入室後5日目から開始)。このような試験の結果、人口統計学的背景、基準時点の背景因子および重症度が同等であるにも関わらず、活動性サイトメガロウイルス感染症によって28日後死亡率や院内死亡率が有為に高くなることが示されれば、次は介入試験の出番である。または、前向きコホート試験を行わず、即、介入試験を行ってもよい。無作為化二重盲検介入試験の利点は、抗ウイルス薬の投与によって生存転帰が改善する(または改善しない)ことを証明できることである。しかし、抗サイトメガロウイルス薬(ガンシクロビルやホスカルネットなど)の予防投与についての無作為化介入試験は、現時点では行うべきではないと我々は考えている。なぜなら、抗ウイルス薬による副作用や薬剤相互作用による有害作用が発現する可能性は言うに及ばず、大多数の患者には何ら益がもたらされないからである(サイトメガロウイルス抗体陽性患者の三分の二は、活動性サイトメガロウイルス感染症を発症しない)。ICU患者の中でどんな特性を持った患者群が、活動性サイトメガロウイルス感染症を発症するリスクがもっとも高いのかを突き止めれば、より的確な介入研究を設計することができる。

今回のメタ分析で得られた知見のなかでも注目すべきは、重症敗血症患者ではサイトメガロウイルス再活性化のリスクが非常に高いことである。したがって、この相関関係について評価する別の方法として、上記と同様の手法を採りつつ、通常2000名ほどの患者を対象とする大規模重症敗血症試験の利点を利用する手もある。こういう試験は無作為化二重盲検試験で、普通は重症度についてよく均衡がとれている。現行の疫学データが当てはまるとすれば、敗血症試験の患者のうち三分の二がサイトメガロウイルス抗体陽性である。このサイトメガロウイルス抗体陽性患者1300名のうち32%(本研究で得られた発生率)に活動性サイトメガロウイルス感染症が発症するとすれば、400名の活動性サイトメガロウイルス感染症患者と、900名の対照患者が得られることになる。これだけの標本数があれば、死亡率と活動性サイトメガロウイルス感染症との推定される相関関係を、十分すぎるぐらい十分な検出力で確かめることができるであろう。

本研究で我々が得た知見を踏まえると、サイトメガロウイルス抗体陽性、長期ICU滞在、高い重症度のいずれかにあてはまる患者を対象とした前向きコホート試験が、非免疫抑制状態患者のうち、活動性サイトメガロウイルス感染症発症リスクが最も高いのがどんな特性を持つ患者なのかを同定するとともに、活動性サイトメガロウイルス感染症が死亡率に与える影響を明らかにする絶好の機会となることが大いに示唆される。

教訓 非免疫抑制状態のICU患者における活動性サイトメガロウイルス感染症の発生に強く関与していると考えられる因子は、既往感染(サイトメガロウイルスIgG抗体陽性)、ICU滞在期間延長(5日以上)、重症敗血症/敗血症性ショックそして高い重症度です。

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免疫能正常のICU患者におけるCMV感染症~考察① [critical care]

Prevalence and mortality associated with cytomegalovirus infection in nonimmunosuppressed patients in the intensive care unit

Critical Care Medicine 2009年8月号より

考察

サイトメガロウイルス感染症は、免疫抑制患者において発生率が高いことが知られている。だが、非免疫抑制状態の重症患者では、ルーチーンでの診断検査は行われていない。本研究で得られた知見によれば、非免疫抑制患者でもサイトメガロウイルス感染症の発生は珍しくはなく、ICU死亡率の上昇にもつながる可能性がある。

予想に違わず、活動性サイトメガロウイルス感染症の発生率は、PCR検査やpp65抗原検査のような精度の高い検査で診断を行った場合(20%)の方が、ウイルス培養によって診断した場合(12%)よりも高かった。重症患者における活動性サイトメガロウイルス感染症の発症には、過去のサイトメガロウイルス感染(=IgG抗体陽性)が深く関与している。IgG抗体の保有状況について記されていない研究では、活動性サイトメガロウイルス感染症の発生率は7%で、IgG抗体陽性の患者のみを対象とした研究では、発生率は31%であった。IgG抗体陽性率についての記載がない研究では、抗体陽性の患者も陰性の患者も一括して対象にしているため、陰性の患者(サイトメガロウイルスの既往感染のない患者)では発生率は7%を下回るものと考えられる。IgG抗体陽性患者において、活動性サイトメガロウイルス感染症発生率が陰性患者よりも高いのは、このウイルスには、潜伏感染の後に体内で再活性化するというよく知られた現象が起こるからである。

サイトメガロウイルスIgG抗体陽性患者において、サイトメガロウイルス感染症の診断にPCR検査/抗原検査を用いると、活動性サイトメガロウイルス感染症の発生率は36%に上昇する。この数字は、Limayeらが最近発表した前向き研究の中で報告されている33%という発生率と近い。免疫能が正常でサイトメガロウイルス抗体陽性のICU入室患者3人のうち1人に、サイトメガロウイルスの再活性化が見られるとしたら、それは驚愕に値することなのであろうか?その答えはおそらく否である。サイトメガロウイルス感染症の発生率がこんなに高いという結果が得られる理由は、数々の臨床研究および前臨床試験で得られたエビデンスからうかがい知ることができる。動物を用いた細菌感染モデルでは、サイトメガロウイルスの再活性化と、このウイルスによって直接的に引き起こされる疾患の発生が観察されている。ICU患者には輸血が行われることが珍しくないが、輸血製剤からサイトメガロウイルスに感染したり、同種輸血による刺激のせいで再活性化したりする可能性があることが指摘されている。また、非免疫抑制患者におけるサイトメガロウイルス感染症を300例近く集めた研究も発表されている。

大半の研究では、サイトメガロウイルスの定量PCR検査の結果は報告されていない。Limayeらは、ウイルス血症の程度と、入院期間の長期化または入院30日目までの死亡リスクとのあいだには直接的な相関関係があることを明らかにした。同様に、先行する別の研究でも、サイトメガロウイルス症候群and/orサイトメガロウイルス病を発症する患者は、そうでない患者よりも血中サイトメガロウイルス量が多い傾向があることが示されている。血中サイトメガロウイルス量は、臨床領域ではサイトメガロウイルス病の経過を判断する目的で用いられ、抗ウイルス療法開始の決定や治療効果の判定の指標とされている。今回我々が行った系統的レビューの対象の中では、唯一Papazianらだけが、病理組織検査によるサイトメガロウイルス肺炎の診断を行い、免疫能が正常なICU患者におけるサイトメガロウイルスによる重要臓器感染症の発生率を明確に示していた。

ICU入室後5日目までにサイトメガロウイルスの検査を行った研究では、サイトメガロウイルス感染症の発生率は1%であったが、5日目以降に検査を行った研究では21%であるという面白い知見が得られた。サイトメガロウイルス感染症の発生に時間がかかるのは、このウイルスの生物学的特徴のせいである。ウイルスによる疾患が発生するのに必要な時間は、ウイルス増殖の1サイクルの初めから終わりまでによって規定される。潜伏期から再活性化の過程に入る際には、増殖サイクルの時間が延長するのである。このことがICU滞在期間が長いとサイトメガロウイルス感染症発生率が高くなることと関連しているのだが、同様に、重症度が高いほどサイトメガロウイルス感染症発生率が高いことにも、増殖サイクルの延長が関連しているものと考えられる。重症敗血症/敗血症性ショック患者および重症度スコアの高い患者では、サイトメガロウイルス感染症発生率が有意に高かった(それぞれ32%、32%)。重症敗血症や、重症度の高い患者の方が、活動性サイトメガロウイルス感染症にかかりやすいのは何故であろう。非免疫抑制状態の重症患者におけるサイトメガロウイルス再活性化には、少なくとも三つの生物学的背景が関与している。この三つは単独または複合的に作用するものと見られている : 1)重症敗血症患者は、いわゆる「免疫麻痺」あるいは「代償性抗炎症反応症候群(CARS)」に陥ることがある。 2)細菌性敗血症そのものが、TNFα産生や細菌によるエンドトキシン放出により、潜伏感染しているサイトメガロウイルスを再活性化することがある。 3)外因性に投与されたカテコラミンによってサイトメガロウイルスが刺激され再活性化する。 サイトメガロウイルス感染症の発生率は、外科系ICU(23%)が内科系外科系混合ICU(8%)を上回った。これも、前述の三つの要因で説明が可能であろう。なぜなら、外科系ICU患者は、手術が直に作用してサイトカインが放出されたり、バクテリアルトランスロケーションが起こりエンドトキシンに曝露されたり、術中管理の一貫としてよく行われるカテコラミン投与や輸血によってウイルスが活性化されたり、といった状況に見舞われるからである。人工呼吸実施の有無でサイトメガロウイルス感染症発生率の差が認められなかったのは、報告バイアスによるものと考えられる。というのも、いろいろな背景因子を有する患者を対象とした複数の研究では、多数の人工呼吸患者を対象に含んでいるにも関わらず、人工呼吸患者のみについてのサイトメガロウイルス感染症発生率を報告していないからである。あるいは、人工呼吸はサイトメガロウイルスの再活性化には何らの影響も及ぼさないのかもしれない。サイトメガロウイルス感染症は、それ自体が免疫麻痺を惹起することがあるのは確かであり、免疫麻痺が起これば、敗血症による免疫麻痺が助長されたり、二次感染のおそれが大きくなったりする。

教訓 
非免疫抑制状態の重症患者におけるサイトメガロウイルス再活性化に関わる三つの生物学的背景:
1)重症敗血症患者は、いわゆる「免疫麻痺」あるいは「代償性抗炎症反応症候群(CARS)」に陥ることがある。
2)細菌性敗血症そのものが、TNFα産生や細菌によるエンドトキシン放出により、潜伏感染しているサイトメガロウイルスを再活性化することがある。
3)外因性に投与されたカテコラミンによってサイトメガロウイルスが刺激され再活性化する。
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免疫能正常のICU患者におけるCMV感染症~結果 [critical care]

Prevalence and mortality associated with cytomegalovirus infection in nonimmunosuppressed patients in the intensive care unit

Critical Care Medicine 2009年8月号より

結果

13編の論文を得た。対象患者数は総計1258名であった(Table 1)。9編は前向きコホート研究で、4編は遡及的研究であった。文献検索の流れをQUOROMフローチャートに則って示した(Fig. 1)。

過去のCMV感染によってCMVが再活性化した症例の割合と診断法
ICUに収容された非免疫抑制患者のうち、活動性CMV感染症を発症した割合は全体で17%であった(95% CI, 11%-24%; P<0.0001; Q=87.07; I2=86%; n=1258)(Fig. 2a)。ウイルス培養によって活動性CMV感染症の診断を行った研究のみを解析したところ、発症率は12%であった(95% CI, 6%-22%; P<0.0001; Q=18.10; I2=83%; n=447)(Fig. 2b)。PCR検査または抗原検査によってCMV感染症の診断を行った研究のみを解析したところ、活動性CMV感染症発症率は20%であった(95% CI, 13%-31%; P<0.0001; Q=50.74; I2=84%; n=811)(Fig. 2b)。PCR検査と抗原検査とではCMV感染症発生率に差は認められなかった:PCR検査(19% [95% CI, 10%-32%]; n=549); pp65抗原検査(17% [95% CI, 8%-31%]; n=393)。

サイトメガロウイルスIgG抗体(訳注;過去の感染または現在の感染の指標。間隔を置いて4倍以上の上昇があれば現在の感染。ただし初感染か再感染かは分からない。)が元々陽性であったか陰性であったかによってCMV再活性化の可能性が異なることを踏まえ、区別して分析した。基準時点におけるサイトメガロウイルスIgG抗体のスクリーニングを行わなかったり、抗体に関するデータが収集されていなかったり、IgG抗体陽性率が報告されていなかったりした研究(つまり、抗体陽性の患者も陰性の患者も区別されずに行われた研究)では、活動性CMV感染症の発生率は全体で7%であった(95% CI, 3%-14%; P<0.0001; Q=21.67; I2=82%; n=681)。基準時点におけるサイトメガロウイルスIgG抗体のスクリーニングが行われたり、抗体に関するデータが収集されていたり、IgG抗体陽性率が報告されていたりした研究では、活動性CMV感染症の発生率は全体で31%であった(95% CI, 22%-42%; P<0.0001; Q=26.40; I2=73%; n=398)。(Fig. 3a)。

サイトメガロウイルスIgG抗体陽性患者についてウイルス培養でCMV感染症の診断を行った研究のみについて解析したところ、活動性CMV感染症発生率は22%に上昇した(95% CI, 7%-51%; P=0.06; Q=5.66; I2=82%; n=98)。サイトメガロウイルスIgG抗体陽性患者についてPCR検査もしくは抗原検査でCMV感染症の診断を行った研究のみについて解析したところ、活動性CMV感染症発生率は36%に上昇した(95% CI, 26%-47%; P=0.01; Q=13.06; I2=62%; n=300)。

ICU種別およびICU滞在期間による活動性CMV感染症発生率の違い
内科系外科系混合ICUにおける活動性CMV感染症発生率は8%であった(95% CI, 3%-18%; P<0.01; Q=42.61; I2=88%; n=683)。外科系ICUのみの解析では発生率は23%であった(95% CI, 15%-34%; P<0.001; Q=40.38; I2=85%; n=575)。内科系ICUのみについての解析は、研究の数が足りず行うことができなかった。ICU入室5日後までにCMV感染のスクリーニング(早期スクリーニング)を行った研究では、活動性CMV感染症発生率は1%であった(95% CI, 0%-4%; P=0.009; Q=0.03; I2=0%; n=216)。一方、5日後以降の晩期にスクリーニングを行った研究では、活動性CMV感染症発生率は21%であった(95% CI, 15%-29%; P<0.0001; Q=63.75; I2=84%; n=1042)(Fig. 3b)。サイトメガロウイルスIgG抗体陽性患者についてICU入室5日後以降にPCR検査もしくは抗原検査でCMV感染症の診断を行った研究のみについて解析したところ、活動性CMV感染症発生率は36%に上昇した(95% CI, 26%-47%; P=0.01; Q=13.06; I2=62%; n=300)(Fig. 4)。

重症度による活動性CMV感染症発生率の違い
昨今行われている重症敗血症の研究で採用されている定義に倣い、以下に当てはまる場合を、重症度が高い症例とした。:APACHEスコア20点以上、SAPS40点以上またはSOFAスコア10点以上。重症度が高い症例の活動性CMV感染症発生率は32%であった(95% CI, 23%-42%; P=0.001; Q=5.03; I2=40%; n=225)。重症度が低い場合の発生率は13%であった(95% CI, 6%-27%; P<0.0001; Q=15.89; I2=87%; n=361)(Fig. 5a)。重症敗血症and/or敗血症性ショック患者のみを対象とした研究では、活動性CMV感染症発生率は32%であった(95% CI, 22%-45%; P=0.008; Q=0.01; I2=0%; n=59)。一方、重症敗血症を発症した患者もそうでない患者も合わせて対象とした研究では、活動性CMV感染症発生率は15%であった(95% CI, 9%-22%; P<0.0001; Q=70.20; I2=86%; n=1199)(Fig. 5b)。人工呼吸患者のみを対象とした研究では、活動性CMV感染症発生率は12%であり(95% CI, 6%-22%; P<0.001; Q=4.98; I2=59%; n=347)、人工呼吸実施の有無を問わずに対象を設定した研究では、発生率は17%であった(95% CI, 10%-27%; P<0.0001; Q=62.55; I2=87%; n=812)。

活動性CMV感染症患者の全死因死亡率
活動性CMV感染症の認められた患者の死亡率は、CMV感染症を発症しなかった患者の死亡率の1.93倍であった(95% CI, 1.29-2.88; P=0.01; Q=8.38; I2=16.5%; n=633)(Fig. 6)。

感度分析
CMV感染症発生率および全死因死亡率について研究デザインごとの解析を行った。前向き研究における活動性CMV感染症発生率は17%(95% CI, 10%-28%; P<0.0001; Q=49.21; I2=84%; n=694)、遡及的研究では16%であった(95% CI, 8%-29%; P<0.0001; Q=31.38; I2=90%; n=564)。前向き研究では、感染群の全死因死亡率は非感染群の1.58倍(95% CI, 0.97-2.58; P=0.069; Q=7.05; I2=29%; n=454)遡及的研究では2.88倍であった(95% CI, 1.42-5.82; P=0.003; Q=0.08; I2=0%; n=179)。2001年以降は、世界的に活性化プロテインC(ドロトレコギンα;XigrisⓇ)および少量ステロイド投与が広く行われるようになった。このような治療法の変化が、我々の行った解析の交絡因子となった可能性がある。したがって、対象論文を二つの年代区分に分けて解析を行った:2001年以前は、CMV感染症発生率は15%(95% CI, 7%-28%; P<0.0001; Q=23.60; I2=83%; n=401)、2001年以降は18%(95% CI, 11%-29%; P<0.0001; Q=58.13; I2=88%; n=857)であった。2001年以前の感染群の死亡オッズ比は1.61(95% CI, 0.77-3.39; P=0.20; Q=1.97; I2=49%; n=149)、2001年以降は2.08(95% CI, 1.29-3.34; P=0.003; Q=5.85; I2=14%; n=484)であった。

白血球除去輸血製剤を使用すればCMV感染症発生率が低下するものと考えられるため、これも交絡因子となった可能性がある。そこで、白血球除去製剤のみを使用した研究について感度分析を行ったところ、活動性CMV感染症発生率は19%(95% CI, 8%-37%; P=0.002; Q=6.03; I2=66%; n=286)であった。白血球除去製剤の使用についての記載がなかった研究では、活動性CMV感染症発生率は16%(95% CI, 10%-25%; P<0.0001; Q=77.9; I2=88%; n=972)であった。

出版バイアス
CMV感染症と死亡率の解析について出版バイアスに関する検定を行ったところ、Eggerの回帰法(y切片の値=-2.27、SE=1.24、p=0.13)でも、BeggとMazumdarの検定法(Kendallの順位相関係数=-0.43、p=0.23)でも、バイアスは認められなかった。CMV感染症発生率の解析についても、Eggerの回帰法(y切片の値=-2.92、SE=1.44、p=0.07)、Begg&Mazumdarの検定法(Kendallの順位相関係数=-0.27、p=0.24)のどちらにおいても、出版バイアスは認められなかった。

教訓 免疫能が正常なICU入室患者で活動性CMV感染症の認められた場合の死亡率は、CMV感染症を発症しなかったICU患者の死亡率の1.93倍でした。


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免疫能正常のICU患者におけるCMV感染症~方法 [critical care]

Prevalence and mortality associated with cytomegalovirus infection in nonimmunosuppressed patients in the intensive care unit

Critical Care Medicine 2009年8月号より

サイトメガロウイルス(CMV)には、通常、幼少期に感染し、その後も潜伏感染が続き、成人人口の三分の二以上では、生涯にわたり何ら症状が顕性化することはない。ヒト宿主の免疫機能が低下すると、特にT細胞の働きが低下すると、潜伏感染しているCMVが再活性化し、種々の病態を呈する。

実質臓器移植後、造血幹細胞移植後、固形癌、血液悪性腫瘍などの免疫抑制患者において日和見ウイルス感染として最も頻度が高いのがサイトメガロウイルス感染症である。CMV感染によって直接的に引き起こされる病態には、CMV症候群(CMV syndrome; 発熱、倦怠感および血球減少)とCMV病(CMV disease; CMV症候群 and/or CMV感染による臓器症状)がある。CMV感染によって間接的に引き起こされる病態としては、同種移植片拒絶反応、動脈硬化症および免疫状態の更なる悪化による他の日和見感染症の発症(細菌や真菌による敗血症)が挙げられる。

再活性化によるCMV感染症の発症には、長期入院、長期間のICU在室、重症敗血症、敗血症性ショックなどによる一時的な免疫抑制状態が関与することがある。動物実験では、細菌感染による敗血症を発症した個体は、CMVの再活性化が起こりやすいことが明らかにされている。ヒトを対象とした複数の観測研究やコホート研究でも、ICUに収容されている免疫抑制患者ではCMV再活性化や新規の感染が認められることが報告されている。

本研究では、文献の系統的レビューおよびメタ分析を行い、入室前には正常な免疫能を有していたと考えられるICU患者における活動性CMV感染症の発生率および死亡率を評価した。

方法

文献検索
データベース(MEDLINE、Embase、Cochrane Library)を用いて、2008年10月までに発表された論文を対象に、言語による制限を行わず系統的に検索を行った。米国FDAの発表や臨床試験関連サイト(www.clinicalstudyresults.orgおよびwww.clinicaltrialresults.org)といった本研究の目的と関連のあるウェブサイトも検索した。用いたキーワードは以下の通りである:cytomegalovirus, herpes virus, intensive care, critical care, ventilator, sepsis, trauma, critically ill, nonimmunosuppressedおよびimmunocompetent。

選別
選択基準 免疫抑制状態ではないICU患者を対象として、CMV感染症の発生率を系統的に評価することを目的とした研究を選択した。
除外基準 免疫抑制患者 and/or ICUに収容されていない患者のみが対象とされている研究は除外した。

データ抽出
以下の項目のデータを収集した:著者、発行年、研究デザイン、対象患者の性別・平均年齢、標本数、ICUの種別、ICU滞在期間、重症度スコア、人工呼吸実施の有無、重症敗血症もしくは敗血症性ショックの有無、基準時点におけるCMV抗体保有状況、CMV感染症の診断手法、生存状況。本論文の著者二人のあいだで、判断が分かれるときは、当該対象論文を詳読した上で食い違いを解決し合意に達した。

症例定義
以下のいずれかの方法のうち一つ以上でCMVが検出された場合を、活動性CMV感染症と定義した:ウイルス培養、PCR法またはCMV抗原(pp65抗原)検査。免疫抑制患者において従来用いられている定義、つまりCMV症候群およびCMV病、については、非免疫抑制患者を対象とした研究では大半で記載されていなかった。したがって、CMV症候群およびCMV病に関しては本研究では評価対象としなかった。「非免疫抑制」という用語は、免疫抑制作用のある薬剤を使用しておらず、かつ、ICU入室時に免疫抑制を来すような疾患がないことを指す。

教訓 免疫機能(特にT細胞の機能)が低下すると潜伏感染しているCMVが再活性化することがあり、直接的にはCMV症候群やCMV病、間接的には同種移植片拒絶反応、動脈硬化症および免疫状態の更なる悪化による他の日和見感染症の発症(細菌や真菌による敗血症)につながります。


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新型インフルエンザによるICU入室~考察 [critical care]

Critical Care Services and 2009 H1N1 Influenza in Australia and New Zealand

NEJM(www.nejm.org) 2009年10月8日

考察

このコホート研究では、2009年の南半球における冬期に、オーストラリアまたはニュージーランドに所在するICUに入室した2009 H1N1インフルエンザウイルス感染確定症例全例を対象とした。722名の感染患者を特定し、冬期における人口あたりのICU入室発生率を割り出し、人口100万人あたり28.7名という結果を得た。2009年冬期におけるA型インフルエンザによるICU入室数は、近年の冬期におけるウイルス性肺臓炎によるICU入室数の15倍にのぼった。本研究では、ICUベッドの使用状況と患者の転帰についてのデータを得ることができた。2009 H1N1インフルエンザによるICUベッド使用数は、人口100万人あたり350 bed-daysと概算された。乳児(0歳~1歳)および25歳~64歳の成人が特にICU入室のリスクが高いことが分かった。妊婦、BMI>35の成人および両国の先住民族もリスクが高いことが明らかになった。本論文報告時点に入手可能なデータを基にしたICU入室例の入院中死亡率の見積値は、16%を超えていた。

先行する諸報告では、2009 H1N1インフルエンザによる重症のウイルス性肺臓炎は、通常の季節性インフルエンザで見られるよりも若い年齢層に発生することが強調され、また、妊婦は重症化のリスクが高いことが指摘されている。我々が今回得た知見も、同様であった。年齢別ICU入室発生率は、乳児と25-64歳の成人で最も高かった。ICU入室例発生率は年齢層によって異なり65歳以上では低いのだが、死亡リスクは年齢が長ずるほど大きくなることが分かった。2009 H1N1インフルエンザによるICU入室例に占める妊婦、慢性肺疾患患者、BMI>35の患者、もしくはオーストラリアおよびニュージーランドの先住民族の占める割合は、それぞれが一般人口に占める割合よりも高かった。そして、本研究の対象患者のうち三分の一は、妊娠や基礎疾患のいずれにも当てはまらない若年成人または中年成人であった。

オーストラリアおよびニュージーランドでは、人口100万人あたりのICUベッド数は75床である。先進各国におけるICUベッド数には非常に大きなばらつきがある。2009年パンデミックA型インフルエンザ(H1N1)ウイルス感染による集中治療需要の急増への各国の対応能力は、現行のICUベッド数と、需要増に対する供給拡大もしくはインフルエンザ以外による集中治療利用制限がどの程度可能かによって左右される。

今回我々が得たデータによれば、各地域におけるインフルエンザによるICU入室患者数が最も多くなるのは、当該地域におけるインフルエンザ確定例のICU入室第一例発生からおよそ4~6週間後であり、その後数週にわたりその状態が続く。現行の勧告では、2009 H1N1インフルエンザ患者には隔離が必要とされている。多くの患者を隔離して管理しなければならず、最適なケアを提供するために病院間で移送する必要もあることを踏まえると、集中治療領域の医療資源にのしかかる負担は増えるばかりであろう。

本研究における入院中死亡例の割合は、季節性のA型インフルエンザによるICU入室例の死亡率を上回るものではない。季節性のA型インフルエンザによるICU入室患者は大部分が高齢者で基礎疾患を有している。2009 H1N1インフルエンザによるICU入室例では、高齢、基礎疾患がある、気管挿管し人工呼吸がおこなわれている、といった三因子が独立して死亡と関連していた。しかし、今回の対象コホートには若年患者が多かったため、死亡例の大半は若年者であった。

我々がここに示したデータから何らかの演繹を行うには、いくつかの問題点がある。第一に、北半球のインフルエンザ対策に資するのに間に合うべく論文を仕上げるため、病院の転帰データを利用したが、この病院データにはバイアスが混入している可能性がある。第二に、我々が得たデータは、パンデミックの先駆けの時期にオーストラリアおよびニュージーランドで収集された。今後に来る大流行に際しては、時機を得た有効なワクチン導入、ウイルスの変異、抗ウイルス薬に対する耐性の発生などの諸事情により様相が異なる可能性がある。第三に、前年までの冬期におけるウイルス性肺炎によるICU入室例データは、発端コホート研究で得られたものではなく、オーストラリア-ニュージーランドデータベースから収集した。したがって、2009年冬期について本研究で得たデータと直接比較することはできない。第四に、2009 H1N1インフルエンザによるICU入室患者の確認が完全ではなかった可能性があり、登録されなかった症例が少数ながら存在していた可能性は否定できない。最後に、診断検査が偽陰性であった症例があったとすれば、2009 H1N1インフルエンザによるICU入室患者数を真の値より低く見積もったことになる。A型インフルエンザの確定診断例856名のうち、97名はインフルエンザウイルス亜型が確定されなかった。この中にも2009 H1N1インフルエンザウイルス検査が偽陰性を示した患者がいたかもしれない。以上のような問題点があるものの、オーストラリアおよびニュージーランドにおける2009 H1N1インフルエンザによる冬期のICU入室率およびICUベッド利用率が分かれば、これから2009年の冬期に突入する国々が集中治療需要増の予測を行い対策を立てるにあたり参考にすることができるだろう。

教訓 新型インフルエンザによるICU入室患者数が最も多くなるのは、当該地域における新型インフルエンザ確定例のICU入室第一例発生からおよそ4~6週間後で、その後数週にわたりその状態が続きます。
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新型インフルエンザによるICU入室~結果 [critical care]

Critical Care Services and 2009 H1N1 Influenza in Australia and New Zealand

NEJM(www.nejm.org) 2009年10月8日

結果

2009年6月1日から8月31日にかけてICUに入室したA型インフルエンザ感染患者は856名であった。このうち722名(84.3%)は、2009年パンデミックA型インフルエンザ(H1N1)ウイルス感染確定例であった(Fig. 1)。2009H1N1インフルエンザウイルスの診断は、717名がPCR法、5名が血清検査で確定された。2009H1N1インフルエンザと診断された722名のうち、オーストラリアのICUに入室したのは626名、ニュージーランドのICUに入室したのは96名であった。オーストラリアまたはニュージーランドにおける6月1日から8月31日の期間のウイルス性肺臓炎によるICU入室患者数は、2005年が57名、2006年が33名、2007年が69名、2008年が69名であった(平均57名)。2009年冬期に季節性A型インフルエンザ(H1N1)ウイルス感染と確定したICU入室患者数は、37名であった。オーストラリアおよびニュージーランドの人口はあわせて25,180,770名と推計されているので、2009年冬期における2009H1N1インフルエンザによるICU入室例発生率は住民100万人あたり28.7名(95% CI, 26.5-30.8)となる。

ICU入室患者数とICU入室例発生率は、年齢区分によって大きなばらつきが見られた(Fig. 2)。年齢別のICU入室例発生率が最も高かったのは乳児(0歳-1歳)であったが(Fig. 2A)、ICU入室患者数が最も多かったのは25歳-49歳の患者群であった(Fig. 2B)。その他の人口統計学的データ、危険因子およびインフルエンザ症候群の様態についてのデータをTable 1に掲載した。

オーストラリアおよびニュージーランドでは、妊婦は一般人口の約1%を占めている。2009H1N1インフルエンザによるICU入室患者722名のうち66名(9.1%)が妊婦であった。BMIが判明した成人患者601名のうち、172名(28.6%)はBMI>35であった。2003年にオーストラリアで行われた抽出調査では、BMI>35の成人は5.3%を占めた。一般人口における喘息または慢性肺疾患患者の割合は13%前後と推測される。本研究の、2009H1N1インフルエンザ患者722名のうち15名については呼吸器基礎疾患のデータが得られなかったが、残り707名のうち231名(32.7%)に、喘息またはその他の慢性肺疾患があった。本研究では、先住民族が占める割合が一般人口に占める割合よりも多かった。アボリジニおよびトレス海峡島民はオーストラリアの人口の2.5%を占めるが、本研究でのオーストラリアにおける2009H1N1インフルエンザによるICU入室例のうち9.7%を占めた。マオリはニュージーランドの人口の13.6%を占めるが、本研究でのニュージーランドにおける2009H1N1インフルエンザによるICU入室例のうち25.0%を占めた。全体では、危険因子のない患者が229名(31.7%)を占めた。全患者のうち約半数(48.8%)に、2009H1N1インフルエンザウイルス感染に伴うARDSまたはウイルス性肺臓炎が認められ、20.3%が細菌性肺炎(細菌性肺炎によるものと考えられる片側または両側の非対称性の浸潤影が認められ、細菌感染が確定または疑われる)の合併を臨床的に診断された。

706名についてICUにおける人工呼吸実施の有無についてのデータを得ることができた。このうち、456名(64.6%)に中央値8日間(四分位範囲4-16日)の人工呼吸管理が行われた。人工呼吸実施日数は総計5249日で、人口100万人あたり208日(95% CI, 203-214)であった。人工呼吸が行われた456名のうち、53名(11.6%)には人工呼吸に次いでECMOが行われた。ECMO実施例は、人口100万人あたり2.1名(95%CI, 1.5-2.7)であった。その他の治療法の実施状況について得られたデータは、Supplementary Appendixに掲載した(NEJM.orgで入手可能)。

2009年9月7日時点で、722名のうち114名(15.8%)がまだ入院中で、そのうち37名(5.1%)が依然としてICUに収容されていた。この時点でまだ退院していなかった以上114名およびデータが得られなかった33名(ICUでの治療期間が不明な患者3名、入院による治療期間が不明な患者30名)を除くと、ICUでの治療期間の中央値は7.4日(四分位範囲3.0-16.0)(Fig. 3)、入院治療期間の中央値は12.3日(四分位範囲6.4-22.1)であった。

オーストラリアおよびニュージーランド両国全体において、および両国のいずれの地域においても、人口100万人あたりのICU入室患者数および人口100万人あたりのICUベッド使用数は期間中に大きな変化を見せた(Fig. 4)。2009H1N1インフルエンザ患者によるICUベッド使用状況は、総計8815 ICU bed-daysで、人口100万あたり350 bed-days(95%CI, 342-357)であった。オーストラリアおよびニュージーランド全体における100万人あたりのICUベッド使用数最大値は7.4床で、2009年7月27日からの一週間の期間にこの最高値が記録された。オーストラリアの各州またはニュージーランドの各地方における人口100万人あたりベッド使用数最大値の分布は、6.3床から10.6床であった(Fig. 4)。3ヶ月にわたる研究期間中に、2009H1N1インフルエンザ患者によって占められたICU bed-daysは全体の5.2%を占めた。オーストラリアの各州またはニュージーランドの各地方における2009H1N1インフルエンザ患者によるICUベッド占拠率の最高値の分布は、8.9%から19.0%であった。

2009年9月7日時点で、計608名の患者(84.2%)が退院していた。このうち103名(16.9%)が死亡退院、505名(83.1%)が生存退院であった。死亡退院および生存退院の患者について多変量ロジスティック回帰分析を行ったところ、入院中死亡に関連する以下の三つの独立因子が同定された:ICU入室時にすでに気管挿管され人工呼吸が行われている(入院中死亡のOR, 5.51; 95%CI, 3.05-9.94; P<0.001)、何らかの基礎疾患(本研究での定義による)がある(OR, 2.56; 95%CI, 1.52-4.30; P<0.001)、年齢が高い(年齢が1歳増すごとのOR, 1.02; 95%CI, 1.01-1.04; P=0.002)。モデルとデータはよく適合した(Hosmer-Lemeshow検定でP=0.79)。

教訓 新型インフルエンザによるICU入室患者の入院中死亡に関連する独立因子は、 ICU入室時にすでに気管挿管され人工呼吸が行われている(オッズ比5.51)、基礎疾患(16歳以上ではAPACHEⅢスコア[0~299点であらわされ、点数が高い方が重症]の基礎疾患部門の評価で定義されている状態について、16歳未満では早産、免疫不全、繊維嚢胞症、先天性心疾患、神経筋疾患または慢性神経疾患)(オッズ比2.56)、年齢上昇(1歳につきオッズ比1.02)の三つでした。

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新型インフルエンザによるICU入室~方法 [critical care]

Critical Care Services and 2009 H1N1 Influenza in Australia and New Zealand

NEJM(www.nejm.org) 2009年10月8日

2009年パンデミックA型インフルエンザ(H1N1)ウイルス感染は、北半球における2008年~2009年にかけてのインフルエンザ流行期が終焉を迎える頃にメキシコで発生した。2009年9月6日の時点で、検査で確認された2009H1N1インフルエンザ症例は277,607例で、そのうち死亡例は少なくとも3205例であることがWHOから発表された。オーストラリアおよびニュージーランドでは、2009年6月から8月にかけ、パンデミック(世界的流行)に南半球における冬が重なるという事態に見舞われた。この期間のオーストラリアおよびニュージーランドにおける2009H1N1インフルエンザウイルス感染の発生率は、同時期の米国における発生率の8倍であった。2009H1N1インフルエンザウイルスの流行により、オーストラリアおよびニュージーランドでは病院が提供する医療、特に集中治療部門の需要が大幅に増加した。

北半球の夏期における2009H1N1インフルエンザの重症例の報告数は少なく、冬期に突入してからの集中治療への需要増大を正確に見積もるには不十分である。安全かつ有効なワクチンがうまく配備されれば症例数を抑えることができるであろうが、北半球の冬期における2009H1N1インフルエンザの影響を妥当に予測するには、今のところオーストラリアおよびニュージーランドの人口集団を対象としたデータが役立つと考えられる。また、重症化する危険性の高い症例を同定するのにも、このデータは有用であろう。

本論文では、2009年冬期(南半球)にオーストラリアおよびニュージーランドで発生した2009H1N1インフルエンザ感染確定患者全員についてのICU入室発生率、人口統計学的背景因子、治療法、集中治療関連医療資源の利用状況および転帰を報告する。

方法
オーストラリアおよびニュージーランドに所在するICU全187か所において発端コホート研究を行った。この187か所のICUは、両国に所在するICU(成人、小児、成人小児混合)を全て網羅している。ICUベッド数は総計1879床、そのうち1499床に人工呼吸器が設置されている。各ICUで所属施設の倫理委員会の承認を得た。各患者からの書面による同意はいずれの施設でも不要とされた。

2009年6月1日から2009年8月31日にICUへ入室した2009年パンデミックA型インフルエンザ(H1N1)ウイルス感染確定例全例を対象とした。2009H1N1インフルエンザの診断は、PCR法または血清検査で確定した。2009年パンデミックA型インフルエンザ(H1N1)ウイルスもしくは季節性インフルエンザウイルス亜型(以前から存在するH1N1株[Aソ連型]およびH3N2株)の確定にはPCR法を用いた。PCR検査は、当初は各地方の専門検査施設で行われていたが、流行が広がってからは地元の検査施設で行われた。いずれの検査施設も、その検査精度についてはオーストラリア国立臨床検査機関協会またはニュージーランド国際認定機関の認定を受けている。また、一ヶ所の専門検査施設では、赤血球凝集抑制試験で2009N1H1インフルエンザウイルスの特異抗体を検出することによって、2009N1H1インフルエンザウイルスの診断確定が行われた。オーストラリアおよびニュージーランド、そして両国の地域ごとの人口データは、オーストラリア統計局およびニュージーランド統計局から得た。

対象患者について以下のデータを収集した:年齢、人種または先住民族を含む民族(患者自身または近親者の申告に基づく。18歳未満の患者では親または保護者の申告に基づく。)、性別、妊娠、出産から28日以内、基礎疾患(16歳以上ではAPACHEⅢスコア[0~299点であらわされ、点数が高い方が重症]の基礎疾患部門の評価で定義されている状態について、16歳未満では早産、免疫不全、繊維嚢胞症、先天性心疾患、神経筋疾患または慢性神経疾患)、喘息またはその他のCOPD、糖尿病、体重および身長の実測値または予測値、初発症状出現日時、インフルエンザ症候群発症の有無および様態(ウイルス性肺臓炎またはARDS、細菌性肺炎の併発、喘息またはCOPDによる閉塞性障害の増悪、経過中に併発した疾患)、ICU入室時の気道確保の種類(気管挿管、気管切開、フェイスマスク、その他何らかの人工的なエアウェイ使用の有無)。

患者を以下の年齢区分によって分類した:0-1歳、5-24歳、25-49歳、50-64歳、65歳以上。人工呼吸もしくはECMO実施の有無については毎日記録した。ICU入室期間および入院期間、オーストラリア、ニュージーランドおよび両国の地域ごとのICUベッド使用率を算出した。ICUにおける転帰と、2009年9月7日時点で患者が退院しているか、もしくは依然入院中またはICU入室中か否かについて記録した。本年のデータと、去年までのデータを比較するため、オーストラリア・ニュージーランド集中治療(ANZIC)学会の成人患者データベースから2004年から2008年冬期にICUに入室したウイルス性肺臓炎症例の患者数を入手した。このデータベースでは、ウイルス性肺臓炎の原因については分類されていないため、A型インフルエンザ以外のウイルスによるウイルス性肺臓炎の患者を含んでいる可能性がある。2009H1N1インフルエンザでICU入室を要するほど重症化する危険性が高い患者群を同定するため、各評価項目について、オーストラリアおよびニュージーランドの一般人口に占める割合と、2009H1N1インフルエンザICU入室例において同じ項目に当てはまる患者の割合を比較した。

データ管理
電子化された症例報告書を用いてデータを収集した。メルボルン(オーストラリア)に所在するモナシュ大学ANZIC研究センターを研究とりまとめ施設とした。オーストラリアおよびニュージーランド両国において2009H1N1インフルエンザウイルス感染症例については報告義務を課し、各州または各地域の衛生局で診断を確定した。さらに、確実に感染例が報告されているかどうかを確認するため、研究期間終了時(2009年8月31日)に一例も報告のなかったICU83施設に直接問い合わせた。あるICUから他のICUへ移送された患者については、ICU入室例としては一例と数えた。逸失データについては、仮定データの使用は一切行なわず、割合はデータのそろっている患者について算出しパーセントであらわした。

教訓 オーストラリアおよびニュージーランドでは、新型インフルエンザのパンデミックに南半球における冬が重なるという事態に6月から8月にかけて見舞われました。この期間のオーストラリアおよびニュージーランドにおける2009H1N1インフルエンザウイルス感染の発生率は、同時期の米国における発生率の8倍でした。2009H1N1インフルエンザウイルスの流行によって、集中治療部門の需要が大幅に増加しました。

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重症患者の経静脈栄養~まとめ [critical care]

Parenteral Nutrition in the Critically Ill Patient

NEJM 2009年9月10日号より

有害作用
中心静脈栄養を行うと、機械的、代謝性および感染性合併症が発生することがある。経静脈栄養が正しく行われなかったり、現行の標準的診療レベルに達していなかったりすると、合併症発生頻度が相当上昇する。気胸、出血、血栓形成は、中心静脈カテーテル挿入による合併症である。カテーテル関連感染およびカテーテルとは無関係の感染が合併することは珍しくない。高血糖が認められる場合、内頸静脈または大腿静脈に中心静脈カテーテルを留置した場合、経静脈栄養専用ではない接続器具を用いた場合には、感染が発生しやすい。

栄養過剰(ブドウ糖、脂質または熱量投与量が多すぎること)や再栄養症候群(refeeding syndrome;低栄養状態の患者に急速に大量のブドウ糖を投与すると発生する代謝性合併症)が起こると、様々な代謝性合併症が認められる(Fig. 1)。炭水化物の代謝が活発になると、サイアミン(Vit. B1)必要量が増えるため、サイアミン欠乏症の症状および徴候が増悪することがある。インスリンにはナトリウム再吸収促進作用がある。栄養療法によってナトリウムと水分の投与量が増えると、インスリンの働きと相俟って細胞外液が急速に増えることがある。その結果、血中の電解質濃度が低下すると、不整脈が発生する可能性がある。以上の作用の結果、まれではあるが、特に元々心機能が低下している患者では、心不全に陥ることがある。その他の代謝性合併症には、高二酸化炭素血症、脂肪肝、神経筋機能障害および免疫能低下などがある(Fig. 1)。

未解明の分野
重症患者における、経静脈栄養開始の最適なタイミングおよび異なる投与熱量による効果の違いは、未だに明らかにされていない大きな問題点である。7日以上の期間にわたり最小限の栄養投与もしくは全く栄養を投与しない場合の臨床作用に関する前向き試験のデータは無きに等しい。経腸栄養を十分に実施することができない患者に経静脈栄養を併用して、熱量およびタンパク(アミノ酸)摂取量を目標量に到達させるやり方に、臨床的有用性があるのかどうかはまだ不明である。さらに、昔からある大豆油から作られた脂肪乳剤と、それ以外の脂肪乳剤(例;魚油、オリーブオイル+大豆油、中鎖トリグリセリド+大豆油、以上の油の混合物)の臨床的有効性の違いも分かっていない。

現在手に入るデータによれば、ICU患者では、グルタミン必要量が体内産生量を凌駕している場合があることが示されている。複数の臨床試験で、グルタミン強化経静脈栄養を行うと、タンパク同化作用、免疫機能増強、院内感染発生率の低下といった効果があることが明らかにされている。しかし、ICUにおける経静脈栄養にルーチーンでグルタミンを添加すべきか否かという問題については、臨床診療ガイドラインによって意見が分かれている。

ICU患者における最適な目標血糖値は、依然として解明されていない課題であり、また、経静脈栄養が行われている患者に特化した血糖値研究はまだ行われていない。ICU患者の各サブグループについて、各種ビタミンおよびミネラルの、生化学的かつ臨床的に最適な投与量についても臨床試験を実施して明らかにする必要がある。

ガイドライン
カナダ、ヨーロッパ、および米国の専門学会が作成した包括的な臨床診療ガイドラインが公表されている。今年これまでに刊行されたガイドラインでは、経腸栄養が不可能な場合は、7日以内(一編)もしくは3日以内(一編)に経静脈栄養を開始すべきであるとされている。ICU入室の時点でタンパク熱量栄養不良を呈する患者に対しては、米国臨床診療ガイドラインでは、経静脈栄養を遅滞なく開始すべきであるとされている。

症例要旨の推奨治療法
冒頭に掲げた症例要旨の患者の入院までの経過は、経口摂取不良、大幅な体重減少そして骨格筋および脂肪の喪失である。そして入院後は、大手術および炎症による異化亢進、糖尿および胃腸からの栄養素喪失により、さらに栄養状態が悪化する危険性の大きい状態に陥った。小腸を大量切除しているので、経腸栄養のみでこの患者の栄養必要量を完全にまかなうことが可能とは考えがたい。

したがってこの症例では中心静脈栄養を行うべきであると考えられる。この患者は再栄養症候群(refeeding syndrome)を発症する危険性があるので、経静脈栄養開始時の水分投与量は1Lとし、ブドウ糖投与量はほどほど(100g/dayぐらい)にとどめ、その他の成分については必要量を投与する。また、血中のマグネシウムとリンが低下しているため補充し、サイアミンも加える。上部消化管が機能し、血行動態が改善し安定したら、様子を見ながら経腸栄養を開始する。このような症例では、栄養に関する問題の取り扱いについては場数を踏んだベテランの栄養サポートチームにお任せするのがよかろう。

参照:重症患者の栄養ガイドライン

教訓 栄養をたくさんまたは急に投与すると代謝性合併症が発生する危険があります。今年これまでに刊行されたガイドラインでは、経腸栄養が不可能な場合は、7日以内もしくは3日以内に経静脈栄養を開始すべきであるとされています。ICU入室の時点でタンパク熱量栄養不良を呈する患者に対しては、米国臨床診療ガイドラインでは、経静脈栄養を遅滞なく開始すべきであるとされています。

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重症患者の経静脈栄養~適応② [critical care]

Parenteral Nutrition in the Critically Ill Patient

NEJM 2009年9月10日号より

成人ICU患者は臨床状態が日々変化するため、往々にして必要熱量(カロリー)には相当大きなばらつきが認められる。重症患者における最適なカロリー必要量については、厳密な無作為化臨床試験が行われておらずデータが不足している。したがってどれほどのカロリーを重症患者が要するのかは不明である。安静時エネルギー消費量は、間接熱量計で測定することができる。また、標準予測式を用いれば簡単に予測値を得ることができる。中でも最も広く用いられているのはHarris-Benedict式であり、年齢、性別、体重および身長を代入して安静時エネルギー消費量を予測する(Table 3)。最新の臨床診療ガイドラインでは、大半のICU患者において妥当なエネルギー投与目標量は、安静時エネルギー消費量実測値または予測値の1.0~1.2倍にあたるエネルギー量と概ね等しいとされている。体重1kgあたり20-25kcalのエネルギー量を総投与カロリー目標量とする方法も、大半の成人ICU患者で適用可能である。

中心静脈栄養で投与する主要栄養素成分は、アミノ酸、脂質およびブドウ糖である(Table 1)。肝機能および腎機能が正常な患者では、アミノ酸の一般的な推奨投与量は、1.2-1.5g/kg/dayである。ただし、特定の状況下ではもっと多量のアミノ酸(2.0-2.5g/kg/day)を投与することを推奨しているガイドラインもある(Table 3)。脂肪乳剤の推奨最大投与量は約1.0-1.3g/kg/dayである。通常は脂肪乳剤は、単独で投与されるが、薬剤部に設置されている特別な調合器を用いれば他の成分と混合して同じ輸液バッグに充填することも可能である。

中心静脈栄養を行う場合、当初は非タンパク(アミノ酸)熱量の60-70%をブドウ糖で、30-40%を脂肪乳剤でまかなうのが妥当であるとされている(Table 3)。筆者は、中心静脈栄養開始日にはブドウ糖投与目標量のおよそ半分を投与し、その製剤がなければその後2-3日かけて目標量に達するようにしている。

最近の研究では、ICUでは比較的厳格に血糖値を管理すると、臨床的転帰が改善することが示されている。しかし、最適な血糖上限値および下限値については、まだ議論が続いている。NICE-SUGAR試験(NCT00220987)では、ICU患者における適切な血糖目標値は180mg/dLであるという結果が得られたが、外科系ICUの患者についてはまだ不明な点も残っている。中等度の高血糖が見られる場合は、ブドウ糖投与量を減らすか、またはレギュラーインスリンを投与することによって血糖値を望ましい値まで下げることができる。インスリンを栄養製剤の輸液バッグに混入するのではなく、別経路で持続静注すると投与量を柔軟に調節することができるので、ICUで著しい高血糖を治療するときはこの方法を採るべきである。

重症患者における微量元素およびビタミンの静脈内投与必要量は明らかではない。したがって通常は、標準的な静注用ビタミン・ミネラル混合製剤が使用される(Table 1)。

ICUで中心静脈栄養を行う際は、複数の項目についてのルーチーン評価によるモニタリングを行う(Supplementary AppendixのTable 1)。代謝の状態を確認するため血糖値を一日数回測定する。電解質(ナトリウム、カリウム、塩素、マグネシウム、リン)および腎機能は、一日一回評価する。血中トリグリセリド値は、基準値を測定し、以降は週一回測定する。特に、脂質異常症、膵炎、肝疾患または腎疾患のある患者では、静脈内投与した脂質の処理効率を評価するためトリグリセリド値の検査を怠らないようにする。肝機能は、少なくとも週に2-3回評価する。人工呼吸中の患者では、動脈血pHをモニタする。場合によっては、亜鉛、銅、セレン、ビタミンC、サイアミン、ビタミンB6、ビタミンB12、25-ヒドロキシビタミンDの血中濃度を測定する。経静脈栄養の処方内容およびモニタリングについて、経験豊富な栄養サポートチームに意見を求めることによって、合併症やコストを減らすことができたり、中心静脈栄養法の不適切な実施を防ぐことができたりする可能性がある。

標準的な中心静脈栄養法の一日あたりのコスト見積額は、添加製剤(例;微量栄養素補給剤)の有無や内容によって異なるが、約60~90米ドルである。栄養サポートチームに関わる医療従事者によるモニタリングおよび薬剤師による調剤に関わる人件費は、一日当たり約20米ドルである。輸液路、看護、その他にもさらにコストを要する。

参照:重症患者の栄養ガイドライン

教訓 重症患者における最適なカロリー必要量については、まだよく分かっていません。少なめから控えめに始めるのがよさそうです。
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重症患者の経静脈栄養~適応① [critical care]

Parenteral Nutrition in the Critically Ill Patient

NEJM 2009年9月10日号より

臨床適応
定期的な栄養状態の評価は、ICUにおける決まり切ったケアの一つとして位置づけられるべきである(Supplementary AppendixのTable 1)。その目的は、ICU入室以前から存在する低栄養状態または低栄養に陥るリスクを明らかにすることである。栄養評価には、患者の病歴(特に食習慣の経緯と体重の変化)から得られるデータに基づく臨床的判断、既往歴、理学的所見、生化学検査が含まれる(Supplementary AppendixのTable 1および本編のTable 2)。重症患者では、炎症、感染、輸液量過多に起因するアルブミンやプレアルブミンといったタンパクの血中濃度低下が起こることが多いので、これらの値はタンパクに関する栄養状態の生体マーカとしては有用とは言えない。

ICUにおける経腸栄養の適切な実施法は、従来から議論の的となっている。経静脈栄養と比較し経腸栄養は安価であり、腸粘膜構造や腸の吸収およびバリア機能を維持するのに有利である(動物実験ではっきりと証明されている)。さらに、感染性合併症、機械的合併症(カテーテルの閉塞など)および代謝性合併症も少ない。しかし、消化管機能が低下し経腸栄養を行えない患者では、経腸栄養に固執すると、栄養投与量が不足し低栄養を招くおそれがある。経静脈栄養の有効性に関する見解のばらつきがあることを考慮すると、実際に行われている経静脈栄養のやり方には施設間、米国内の地域間、国際間で大きな差異があることがうかがわれる。小児の経静脈栄養の方法については、本論文で扱う範疇を超えた特有の留意点があるため、入院栄養療法に関する小児ガイドラインを参照されたい。

広く認められてはいるものの根拠に基づいているとは言い難いのだが、重症患者における経静脈栄養の適応として、大腸切除を伴うまたは伴わない大量小腸切除と、排液多量の近位小腸瘻または小腸穿孔が挙げられる。重症の下痢または嘔吐、著明な腹部膨満、腸閉塞、重症消化管出血もしくは不安定な血行動態を呈する場合は、経腸栄養が禁忌であるか、または順調に行うことができない可能性がある。以上のような状態が3~7日間以上続くと見込まれるときは、一般的には経静脈栄養の適応があると判断してよい。

経静脈栄養の禁忌として広く認められているのは(上記と同じく根拠に基づいているわけではないが)、経腸栄養の経路があり消化管機能が良好な場合、経静脈栄養の実施期間が5-7日間を超えそうにない場合、経静脈栄養に要する輸液量を投与することができない場合、ひどい高血糖、重篤な電解質異常などがある場合、のいずれかに経静脈栄養を開始しようとする時点で当てはまるか、静脈カテーテル留置のリスクがかなり高い場合である。

経静脈栄養は、末梢静脈または中心静脈カテーテルを用いて行われる。しかし、末梢静脈路を用いて経静脈栄養を行うときは、静脈炎の危険性があるため、高濃度製剤を投与することはできない。したがって、必要な栄養を投与するには大量の輸液をせざるを得ない。腎、肝または心機能低下のため輸液量を制限しなければならないときには、大量の輸液は不可である。したがって、末梢静脈路を用いた経静脈栄養は、一般的にはICU患者では適応とならない。中心静脈カテーテルを用いれば高濃度の栄養製剤を投与することができるので、ICU患者では普通はこの方が適している。

経静脈栄養を安全に成功させるには、静脈カテーテルの正しい留置および管理が不可欠である。多くの病院では、経静脈栄養用カテーテルの留置を専門に行う部門が設置されている。一般的に、経静脈栄養のために留置したカテーテルは、採血や薬剤投与など他の用途に用いてはならない。カテーテルおよびカテーテル刺入部位は決められた方法に従い管理し、適切な無菌操作とドレッシング法を実施する。

経静脈栄養製剤の調剤は、相応の訓練を受けた薬剤師によって無菌環境下で行われる。最近では、コンピュータによる経静脈栄養処方ガイドが広く使用されるようになっている。このガイドを用いれば、適切な組成の製剤を確実に処方することができる。経静脈栄養製剤は、生化学的変性や細菌汚染の危険性があるため、24時間ごとに新しく調整し冷暗所に保存する。投与前には製剤を室温に戻してもよい。投与する際は、輸液ポンプを用いて投与速度を調節する。微粒子や細菌を除去する目的で、輸液ラインの途中にフィルタを装着することがある。

参照:重症患者の栄養ガイドライン

教訓 経静脈栄養の禁忌として広く認められているのは、経腸栄養の経路があり消化管機能が良好な場合、経静脈栄養の実施期間が5-7日間を超えそうにない場合、経静脈栄養に要する輸液量を投与することができない場合、ひどい高血糖や重篤な電解質異常などがある場合、のいずれかに当てはまるか、もしくは、中心静脈カテーテル留置のリスクが高い場合です。

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重症患者の経静脈栄養~エビデンス [critical care]

Parenteral Nutrition in the Critically Ill Patient

NEJM 2009年9月10日号より

臨床的根拠
重症患者に対する経静脈栄養の有効性を検討した研究のうち、良質の無作為化比較対照試験はほぼ皆無である。対象患者数が少なかったり、重症疾患の定義がはっきりしなかったり、無作為化の手法が不適切であったり、ITT解析を行っていなかったりといった問題点がある研究が大半を占めている。また、大半の古い研究で投与されている経静脈栄養製剤中のブドウ糖およびカロリーは、現在の基準では多すぎる。ICU患者の罹患率および死亡率にブドウ糖が及ぼす影響は入り組んではいるものの、大多数の研究者は血糖値が180mg/dLを超えると、死亡率および合併症発生率が上昇するという一致した見解を示している。

以上のような問題はあるとはいえ、諸研究が指し示すところによると、経腸栄養が不可能で経静脈栄養を行う場合には、中等度から高度のタンパク熱量栄養不良にしておく方が有益であるようだ。しかし、消化管が機能していて経腸栄養を適切に行うことができるICU患者では、経静栄養よりも経腸栄養に軍配が上がることが、非常に多くのデータで示されている。

重症患者を対象として経腸栄養と経静脈栄養をITT解析で比較した良質な研究についてのメタ分析(各試験の対象患者数は200名未満)では、経腸栄養群の方が有意に死亡率が低いことが明らかにされている(OR, 0.51; 95%CI, 0.27-0.97; P=0.04)。経腸栄養による死亡率低下効果の大きさは、開始時期が早期(ICU入室後または受傷後24時間以内)であるか否かによって左右された。経静脈栄養群では感染率が有意に高かった。成人重症患者を対象とした無作為化臨床試験13編についての体系的総説でも、経静脈栄養群と比べ経腸栄養群では感染性合併症発生率が有意に低いことが示されている(OR, 0.64; 95%CI, 0.47-0.87; P=0.004)。しかし、この研究では死亡率については有意差は認められなかった(OR, 1.08; 95%CI, 0.70-1.65; P=0.70)。

ここ数年、集中治療領域では、厳格な血糖管理、低カロリー栄養および代替基質の使用といった栄養療法における変化の潮流がある。それを踏まえると、現在実際に行われている栄養療法について、しっかりした試験を行う必要がある。

参照:重症患者の栄養ガイドライン

教訓 経腸栄養が不可能で経静脈栄養を行う場合には、中等度から高度のタンパク熱量栄養不良にしておく方が転帰が良くなるようです。消化管が機能していて経腸栄養を適切に行うことができるICU患者では、経静栄養よりも経腸栄養に軍配が上がります。
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重症患者の経静脈栄養~病態生理 [critical care]

Parenteral Nutrition in the Critically Ill Patient

NEJM 2009年9月10日号より

症例要旨
2型糖尿病のある67歳女性。腸間膜虚血のため小腸大量切除および右半結腸切除が行われた。空腸瘻と結腸瘻が作成された。外科系ICUで重度のSIRSが認められ敗血症が疑われた。輸液負荷、昇圧薬投与、人工呼吸、広域スペクトラムの抗菌薬投与、インスリン持続静注が行われた。

NGチューブを用いて少量の経管栄養が開始された。だが、昇圧薬の投与量が増し、腹部膨満が顕著になり、胃内残量が増え嘔吐も認められたため、経管栄養は中止された。病院の栄養管理室に、栄養療法についてコンサルトした。患者家族からの聞き取りで、患者はここ6ヶ月間のあいだに普段と比べて約15%体重が減り、食べるとお腹が痛くなるため経口摂取量が低下していたということが分かった。患者の術前体重は51kgであり、これは理想体重の90%に当たった。診察したところ、骨格筋量および脂肪量の中等度減少が認められた。血液検査を行ったところ、低マグネシウム血症と低リン血症があり、肝機能および腎機能は正常であった。中心静脈栄養をすべきであると判断された。

臨床的問題
低栄養、つまり必須微量栄養素の減少と除脂肪体重の低下は、重症患者では珍しくない。重症患者の20~40%にタンパク熱量栄養不良の所見が認められる。入院期間が長引くほど、低栄養の発生頻度は上昇する。

入院前もしくは入院中にタンパク熱量栄養不良に陥ると、入院患者の罹患率および死亡率が上昇することが明らかにされている。栄養素の適切な摂取は、細胞および臓器の機能を良好に保ち、創傷治癒を促すのに不可欠である。タンパク熱量栄養不良は、筋力低下、院内感染の増加、創傷治癒障害、ICU患者の回復遷延などを招く。しかし、低栄養と臨床的転帰が不良であることの関係は複雑である。なぜなら、低栄養自体が栄養状態を悪化させる合併症を引き起こすことがあり、栄養療法が困難な患者ほど重症で死亡率や合併症発生率のリスクが高いからである。したがって、重症患者における低栄養による代償の真相を正確に評価することはできないのだ。

病態生理と治療効果
ICU患者に見られる低栄養の病態生理には、数々の要素が関わっている。重症疾患には、異化ホルモンとサイトカインの増加がつきものである。具体的には、インスリン拮抗ホルモン(例;コルチゾル、カテコラミン、グルカゴン)の血中濃度上昇、炎症性サイトカイン(例;IL-1、IL-6、IL-8、TNF-α)の血中および組織中濃度上昇、末梢組織の内因性タンパク同化ホルモン(例;インスリン、インスリン様成長因子1)に対する抵抗性が認められる。以上のような内分泌環境が出来する結果、グリコーゲン分解および糖新生が活発になり、骨格筋の喪失や脂肪分解の進行が起こり、この二つの現象が共に作用することによって、ブドウ糖、アミノ酸および遊離脂肪酸といった細胞および臓器機能と創傷治癒に必要な物質が内因性に供給される。生憎なことに、基質の血漿中濃度が上昇しても、末梢組織における利用可能率が低下していたり(インスリン抵抗性やリポタンパクリパーゼの阻害などが原因)、ある種の基質ではその血中濃度が代謝必要量を下回っていたりする。

重症患者は往々にしてICU入室前から自発的な食餌摂取量が減少している。その原因は、食欲不振、胃腸症状、抑鬱、不安およびその他の内科的外科的原因である。さらに、重症患者では、診断または治療手技を行うために経口摂取が制限されている場合もある。また、下痢、嘔吐、多尿、創部、ドレーン、腎代替療法などの原因により、摂取した栄養が多量に失われるような状態に陥ることも珍しくない。ベッド上安静、身体活動の減少、人工呼吸中の筋弛緩薬の使用によって、骨格筋量が減少し、タンパク同化反応が阻害される。ICU患者に投与される頻用薬自体が、骨格筋の喪失を招いたり(コルチコステロイド)、内臓血流を減少させたり(昇圧薬)、電解質・微量元素・水溶性ビタミンの尿による排泄を増やしたり(利尿薬)する。感染、手術侵襲、その他の侵襲は、熱量消費を増やし、タンパクおよび微量元素の必要量を増やす。

栄養療法を実施する必要のある重症患者の大半(85-90%)では、胃または腸に留置したチューブを用いて経腸栄養を実施することができる。経腸栄養から経口摂取に移行する場合は栄養補助製剤を用いる。しかし、重症患者のうち約10-15%では経腸栄養は禁忌である。完全静脈栄養では、水分、ブドウ糖、アミノ酸、脂肪乳剤、電解質、各種ビタミンおよび微量元素が経静脈的に投与される(Table 1)。インスリンなど特定の薬剤も一緒に投与することがある。経静脈栄養による治療効果を高めるには、熱量(主にブドウ糖と脂質から得る)、必須および非必須アミノ酸、必須脂肪酸、各種ビタミン、微量元素および電解質を満遍なく投与する必要がある。以上の構成成分は、細胞および臓器の重要機能、免疫、組織修復、タンパク合成および骨格筋・心筋・呼吸筋の量を維持するのに使われる。

参照:重症患者の栄養ガイドライン

教訓 重症患者では、グリコーゲン分解および糖新生が活発化し、骨格筋の喪失や脂肪分解が進行します。その結果、ブドウ糖、アミノ酸および遊離脂肪酸といった、細胞および臓器機能と創傷治癒に必要な物質が内因性に供給されます。ただし、末梢組織における利用可能率が低下していたり(インスリン抵抗性やリポタンパクリパーゼの阻害などが原因)、ある種の基質ではその血中濃度が代謝必要量を下回っていたりします。
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帝王切開:フェニレフリンvs エフェドリン~考察② [anesthesiology]

Placental Transfer and Fetal Metabolic Effects of Phenylephrine and Ephedrine during Spinal Anesthesia for Cesarean Delivery

Anesthesiology 2009年9月号より

フェニレフリンと比べエフェドリンの方が胎盤通過性が高いのは、分子構造の違いに起因しているものと考えられる。エフェドリンもフェニレフリンもフェニルエチルアミンと構造の似た誘導体である。だが、フェニレフリンと異なり、エフェドリンは芳香環が水酸基で置換されていない。さらに、エフェドリンではエチル側鎖がαメチル基に置換されているが、フェニレフリンはそうではない。そんなわけでエフェドリンはフェニレフリンよりも脂溶性が高く、だから胎盤通過性が高いのであろう。また、エフェドリンは血液脳関門を通過し、中枢刺激作用と食欲抑制作用を発揮する。本研究でエフェドリンの臍帯静脈血/母体動脈血(UV/MA)比が1を超えていたのは、着目すべき点である。つまり、エフェドリンが急速に胎盤を通過しただけでなく、大半の患者において臍帯静脈血中のエフェドリン濃度が母体動脈血中のエフェドリン濃度よりもはるかに高かったのである。これは、イオン捕捉によって引き起こされる現象であると考えられる。エフェドリンはアルカリ性薬物(pKa 9.6)で、胎児体内の低いpH環境に曝されるとプロトン化(イオン化)が優勢になり、するとイオン捕捉が起こる。同じことが局所麻酔薬でも認められる。エフェドリンが代謝に与える作用によって胎児pHが低下すると、エフェドリンのイオン捕捉がより強調される可能性がある。

エフェドリンが胎児の代謝を亢進させるのは、フェニレフリンと異なり強いβ刺激作用があるからである。イソプロテレノール母胎投与後のヒツジ胎仔および帝王切開前の妊婦にテルブタリンを投与した場合のヒト新生児においてβ刺激作用が確認されている。エフェドリンを投与すると、その間接的作用としてシナプス前ニューロンからノルエピネフリンが放出される。これが、エフェドリン群の臍帯血中ノルエピネフリン濃度が高かった原因であろう。また、本研究ではエフェドリン群の方が母体動脈血中のブドウ糖、エピネフリンおよびノルエピネフリン濃度が高いという結果も得られた。

フェニレフリン:エフェドリンの力価比は、Saravananらの報告によれば80:1であり、本研究ではこれをもとに薬剤の調整濃度を決めた。しかし、エフェドリン群の方がフェニレフリン群よりも調整した昇圧薬の使用容積が少なく、実際の力価は80:1よりも低いものと推察された。エフェドリン群の方が低血圧の発生頻度が高く、フェニレフリンのレスキュー使用回数も多かったが、収縮期血圧最低値には差は認められなかった。ただし、収縮期血圧最高値はエフェドリン群の方が高かった。以上のようにまとまりのない結果は、エフェドリンとフェニレフリンという作用発現速度や作用持続時間が異なる薬物の力価の比較が難しいことを物語っている。

今回の研究および最近の臨床研究では、フェニレフリンなどのα作動薬と比べエフェドリンは胎児アシドーシスを惹起する傾向が強いことが示されている。だが、これが臨床的転帰の悪化につながるのかどうかは、はっきりしていない。本研究を含む大多数の比較研究では、低リスクの予定症例が対象とされているので、麻酔の手法に関連するわずかな差異が新生児の転帰にあからさまな影響を及ぼす可能性は低い。胎児の酸素需給バランスを悪化させる要素がある場合には、エフェドリンが胎児の代謝に与える作用が前景化するかもしれないが、我々が以前に行った緊急帝王切開を対象とした研究では、エフェドリンによる転帰の悪化は認められていない。大規模遡及的研究であるEPIPAGE studyの二次解析では、妊娠32週未満の帝王切開を脊髄クモ膜下麻酔または全身麻酔で実施した場合について、在胎週数、母体・妊娠・分娩・新生児の特性および治療内容といった交絡因子について調整し新生児死亡率を比較したところ、脊髄クモ膜下麻酔の方が死亡率が高いという結果が得られている(調整オッズ比1.7, 95%信頼区間1.1-2.6)。この知見の詳しい機序は不明だが、高度低血圧または低血圧持続や、エフェドリンの多量投与が関与している可能性がある。今までに得られた色々な知見を裏付けるには、さらに詳しい研究、できれば前向き試験を実施する必要がある。

教訓 フェニレフリンと比べエフェドリンの方が胎盤通過性が高いのは、分子構造の違いのためエフェドリンの方が脂溶性が高いからだと考えられます。胎児体内のpHは低いので、胎盤を通過したエフェドリンはion trappingのため血中濃度が高くなります。これが、母体よりも胎児の方がエフェドリン血中濃度が高くなる原因のようです。


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帝王切開:フェニレフリンvs エフェドリン~考察① [anesthesiology]

Placental Transfer and Fetal Metabolic Effects of Phenylephrine and Ephedrine during Spinal Anesthesia for Cesarean Delivery

Anesthesiology 2009年9月号より

考察

臍帯静脈血/母体動脈血(UV/MA)比はエフェドリンの方がフェニレフリンよりもかなり高いことが本研究で示され、エフェドリンの方がフェニレフリンよりも胎盤を通過しやすいことが分かった。さらに、臍帯動脈血/臍帯静脈血(UA/UV)比もエフェドリンの方が大きいという結果が得られたことから、フェニレフリンと比べエフェドリンは胎児体内で代謝されたり、もしくは再分布したりする割合が小さいと考えられる。先行諸研究では、フェニレフリンと比べエフェドリンを使用した場合の方が、胎児pHおよびBEが低いという結果が得られているが、本研究でもそれと同様の所見が確認された。また、エフェドリンを使用すると、臍帯動脈血および臍帯静脈血の乳酸、ブドウ糖、エピネフリンおよびノルエピネフリン濃度と臍帯静脈血PCO2がフェニレフリンを使用したときよりも高いことが明らかになった。エフェドリンが胎児にアシドーシスを引き起こしやすい傾向があるのは、エフェドリンが胎盤を通過し、胎児体内で代謝を活性化するためであるという仮説を、以上の知見は裏付けている。

産科領域における昇圧薬についての研究は、黎明期には大半が子宮胎盤血流に及ぼす影響の違いに着目して行われていた。その一環として行われた複数の動物実験では、α作動薬と比較しエフェドリンの方が胎盤血流を良好に保つことができるという結果が得られている。これを受け、子宮胎盤血流が多い方が胎児への酸素供給量も多くなるので、産科麻酔の臨床ではエフェドリンを昇圧薬として用いることが勧められてきた。しかし、最近ではエフェドリンを用いると実は胎児pHおよびBEがα作動薬よりも低くなるという臨床的知見が得られていることから、産科麻酔ではエフェドリン、という古き教えが再検討されはじめている。今回の研究で得られた結果と、これまでに得られたデータを考え合わせると、胎児の酸素需要を考慮することもまた重要であることが分かる。つまり、胎児の酸塩基平衡をもっとも大きく左右する短期的因子は、おそらく胎児の酸素需給バランスなのである。エフェドリンはフェニレフリンよりも酸素供給の点では有利なのかもしれないが、胎盤を通過しやすく、胎児体内で作用して酸素需要を増やすという不利な作用によって利点が打ち消されてしまうものと考えられる。現在までに蓄積されたデータを基に胎児の酸素需給バランス全体に与える影響を考えると、エフェドリンかフェニレフリンかと言ったらフェニレフリンを選択すべきであると我々は確信している。

今回の研究では、臍帯静脈血PO2はフェニレフリン群の方がエフェドリン群よりも低かった。この結果は、我々が以前に行った研究で得られた結果と同じである。このような観測結果が得られた機序は不明であるが、考えられる原因として、フェニレフリンの方が子宮胎盤血流を担う血管を収縮させる作用が強いことを反映していることが挙げられる。ヒツジを用いた複数の実験では、子宮血流には大きなばらつきがある一方で、胎児の酸素取り込み量は比較的一定であることが示されている。つまり、子宮胎盤血流が低下すると、胎児の酸素摂取効率が上昇するわけである。ヒトでも同様の機構が働いているとすれば、フェニレフリン投与によって子宮胎盤血流が減少すると、一定量の子宮胎盤血流あたりの胎児酸素摂取量が増え、その結果、子宮静脈血PO2が低下するものと考えられる。すると、ヒトの胎盤では子宮静脈血と臍帯静脈血が平衡するため、臍帯静脈血PO2も低下する。日常臨床の状況では、フェニレフリンが子宮胎盤血流に及ぼす作用はいずれも、有害な影響として現れることはない。なぜなら、通常使用量の範囲内でフェニレフリンを使用しても、胎児にアシドーシスが見られることはないからである。このことを裏付けるように、正常な生理的条件下では、子宮血流量は胎児酸素需要を満たす量、つまり安全閾値を凌駕していて、子宮血流がある程度変動しても胎児への酸素供給が維持されるようになっていることが動物実験で明らかにされている。しかし、急性または慢性の子宮胎盤循環不全が存在する場合には、こんなふうにうまくいかない可能性がある。したがって、胎児の状態が悪いことが臨床的に示されているときに、大量のフェニレフリンを使用する際は慎重を期すべきであろう。ただし、緊急帝王切開においてエフェドリンとフェニレフリンを比較した最近の研究では、中等量のフェニレフリン(娩出前の中央値, 100mcg: 範囲0-1200mcg)を用いても胎児に有害な影響は認められていない。

教訓 エフェドリンの方がフェニレフリンよりも胎盤を通過しやすく、また、胎児体内で代謝されたりもしくは再分布したりしにくいようです。エフェドリンはフェニレフリンよりも酸素供給の点では有利だと考えられますが、胎盤を通過しやすく、胎児体内で作用して酸素需要を増やすという不利な作用によって利点が打ち消されてしまう可能性があります。胎児の酸塩基平衡をもっとも大きく左右する短期的因子は、胎児の酸素需給バランスです。胎児の酸素需給バランス全体に与える影響を考えると、エフェドリンかフェニレフリンかと言ったらフェニレフリンを選択する方がよさそうです。
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帝王切開:フェニレフリンvs エフェドリン~結果 [anesthesiology]

Placental Transfer and Fetal Metabolic Effects of Phenylephrine and Ephedrine during Spinal Anesthesia for Cesarean Delivery

Anesthesiology 2009年9月号より

結果

104名すべてについて調査を完遂することができた。各表に示すごとく両群とも、いずれかの検査を行うのに血液検体量が不足する症例があった。各群一人ずつについては、ひどいシバリングによるアーチファクトのため血行動態データを正確に記録することができなかったため、血行動態の解析対象から外した。

患者の背景因子については両群間に差は認められなかった(table 1)。血液ガス分析の結果をtable 2に示した。臍帯動脈と臍帯静脈のpHおよびBEは、フェニレフリン群よりエフェドリン群の方が低かった。臍帯動脈PCO2と臍帯静脈PO2は、フェニレフリン群よりもエフェドリン群の方が高かった。

乳酸、ブドウ糖、エピネフリン、ノルエピネフリン、フェニレフリンおよびエフェドリンの血漿中濃度をtable 3に示した。エフェドリン群の母体動脈血16検体および臍帯静脈3検体とフェニレフリン群の母体動脈血7検体において、血漿エピネフリン濃度が検出限界(20pg/mL)を下回った。データ解析にあたって、これらの検体のエピネフリン濃度を19pg/mLと仮定した。臍帯動脈血および臍帯静脈血の血漿乳酸、ブドウ糖、エピネフリンおよびノルエピネフリン濃度は、フェニレフリン群よりもエフェドリン群の方が高かった。母体動脈血の血漿ブドウ糖、エピネフリンおよびノルエピネフリン濃度も、フェニレフリン群よりもエフェドリン群の方が高かった。血漿フェニレフリンおよびエフェドリン濃度の臍帯静脈血/母体動脈血(UV/MA)比と臍帯動脈血/臍帯静脈血(UA/UV)比をfigure 1に示した。エフェドリン群とフェニレフリン群を比較すると、UV/MA比(中央値1.13 vs 0.17, P<0.001)、UA/UV比(0.83 vs 0.71, P=0.001)ともにエフェドリン群の方が有意に大きかった。

出生体重およびApgarスコアは両群同等であった。フェニレフリン群では、1分後Apgarスコアが6点の児が1名存在したが、この児以外の1分後Apgarスコアおよび全出生児の5分後Apgarスコアは7点以上であった。

血行動態、昇圧薬の使用および吐き気・嘔吐の発生頻度をtable 4にまとめた。エフェドリン群の方が昇圧薬の投与量が少なかったが、低血圧および吐き気・嘔吐の発生頻度が高く、フェニレフリンのレスキュー使用の回数が多かった。収縮期血圧の最高値はエフェドリン群の方が高かったが、フェニレフリン群の方が心拍数の最小値が低く、徐脈の発生頻度が高かった。アトロピンを要したり、酸素投与が必要になったりした患者は皆無であった。

教訓 エフェドリンの方が胎児アシドーシスを招きやすいようです。

フェニレフリン
臍帯動脈 pH 7.33 BE -1.9
臍帯静脈 pH 7.34 BE -1.6
エフェドリン
臍帯動脈 pH 7.25 BE -4.8
臍帯静脈 pH 7.34 BE -4.3

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帝王切開:フェニレフリンvs エフェドリン~方法 [anesthesiology]

Placental Transfer and Fetal Metabolic Effects of Phenylephrine and Ephedrine during Spinal Anesthesia for Cesarean Delivery

Anesthesiology 2009年9月号より

方法

脊髄クモ膜下麻酔下の帝王切開術を予定された満期単胎妊娠のASA PS1-2の女性104名を対象とした。除外基準は、高血圧(収縮期血圧>140mmHgまたは拡張期血圧>90mmHg)、心血管系または脳血管疾患、胎児の異常、脊髄クモ膜下麻酔の禁忌および陣痛発来の徴候とした。

前投薬として、ファモチジンとクエン酸ナトリウムを内服させた。手術室入室後、標準的な非侵襲的モニタリングを開始した。患者を仰臥位としベッドを左に傾け、1-2分おきに血圧を測定した。三回連続して測定値が安定し差が10%以内になるまで測定を続けた。血圧と心拍数の基準値は、三回の平均値とした。

前腕に局所麻酔を行い16ゲージの静脈路を確保し、太い口径の輸液セットを用い温めた乳酸リンゲル液1Lのバッグにつないだ。手術室入室までは輸液は行わなかった。脊髄クモ膜下麻酔は右側臥位で実施した。リドカインによる浸潤麻酔後、25Gペンシルポイント針をL3/4またはL4/5と考えられる椎間から刺入し、0.5%高比重ブピバカイン2.0mL(10mg)とフェンタニル15mcgをクモ膜下腔に投与した。患者を仰臥位に戻しベッドを左に傾斜させた。薬剤投与1分後から、1分間隔で血圧を測定した。血行動態データは5秒間隔でコンピュータに取り込んだ。

患者を無作為にフェニレフリン100mcg/mLまたはエフェドリン8mg/mLに割り当て持続投与を行った。患者管理またはデータ収集のいずれにも関わらない者が薬剤を準備した。いずれの薬剤も、全く同じシリンジに用意された。シリンジ中の昇圧薬の濃度は、過去に発表されたデータを基に、両薬剤が同等の効力を発揮するように決定されたものである。いずれの昇圧薬も、細径延長チューブを経て静脈路の三方活栓に接続し、シリンジポンプを用いて投与した。収縮期血圧が基準値とほぼ等しくなるように、過去に我々が発表した方法に従い投与速度を調節した。クモ膜下腔に薬剤を投与すると同時に、急速輸液(最大2L)を開始した。輸液バッグはオペ台から1.5mの高さに設置しクレンメを全開にし、昇圧薬の投与を60mL/hrで開始した。収縮期血圧が基準値の120%を上回らない限り、2分間にわたり昇圧薬を投与した。その後、子宮切開時(=実験終了時)まで1分間隔で血圧を測定し、収縮期血圧が基準値以下であれば昇圧薬の投与を続け、基準値を上回ったら中止した。二回以上連続して低血圧(収縮期血圧が基準値の80%未満)が観測されたら、「レスキュー」としてフェニレフリン100mcgを静注した。高血圧(収縮期血圧が基準値の120%を上回る)が発生したら記録した。

クモ膜下腔薬剤投与の5分後に、ピンプリック法で麻酔高を確認し、術野の消毒を開始した。手術開始および終了時刻、吐き気・嘔吐の有無を記録した。動脈血酸素飽和度が95%未満でない限り、酸素投与は行わなかった。徐脈(心拍数<50bpm)が見られたら昇圧薬の投与を中止した。徐脈に低血圧を伴う場合はアトロピン0.6mgを静注した。

児娩出時に、母体から動脈血5~10mLを橈骨動脈から採血した(MA)。娩出直後に臍帯動脈(UA)および臍帯静脈(UV)から採血した。以上の血液検体について、以下の測定を行った:(1)血液ガス分析; (2)乳酸およびブドウ糖; (3)エピネフリンおよびノルエピネフリン; (4)フェニレフリンおよびエフェドリン

娩出1分後および5分後のApgarスコアを小児科専門医が評価した。

教訓 予定帝王切開を脊髄クモ膜下麻酔で行い、フェニレフリン100mcg/mLまたはエフェドリン8mg/mLを60mL/hrで投与して比較しました。
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帝王切開:フェニレフリンvs エフェドリン~はじめに [anesthesiology]

Placental Transfer and Fetal Metabolic Effects of Phenylephrine and Ephedrine during Spinal Anesthesia for Cesarean Delivery

Anesthesiology 2009年9月号より

帝王切開では区域麻酔が選択されるのが通例である。全身麻酔では、胃内容物の誤嚥や気道確保困難などのおそれがあるが、区域麻酔ではそういったリスクを避けることができるからである。一般に、区域麻酔の方が全身麻酔よりも妊婦には安全であると考えられている。しかし、胎児に対しても同じ事が言えるかどうかは、意見が分かれるところである。特に、脊髄クモ膜下麻酔については否定的見解も多く見られる。例えば、全身麻酔よりも脊髄クモ膜下麻酔の方が、胎児に代謝性アシドーシスが発生させる危険性が高いことを示した研究が数編発表されている。また、最近の大規模遡及的研究では、帝王切開で出生した妊娠32週未満の新生児死亡率は、全身麻酔よりも脊髄クモ膜下麻酔で行った場合の方が高いという結果が報告されている。以上のような観測結果がもたらされる背景機序は不明であるが、新しいデータによれば、区域麻酔による低血圧を予防するためにエフェドリンが広く用いられていることが強く関与している可能性が窺われる。産科領域では昔から、昇圧薬としてエフェドリンが推奨されてきた。だが、エフェドリンには胎児のpHおよびbase excessを低下させる傾向があり、特にフェニレフリンやメタラミノールなどの他の昇圧薬と比較した場合にその傾向が顕著であるという報告が相次いでいるのが現況である。

エフェドリンが胎児のアシドーシスを引き起こす理由はよく分かっていない。エフェドリンが推奨されてきたもともとの理由は、α刺激薬と比較し子宮胎盤循環を担う血管をあまり収縮させないことが動物およびin vitro実験で示されているためである。昇圧薬が胎児に与える直接作用の可能性については、ほとんど顧慮されてこなかった。しかし最近では、エフェドリンによって酸塩基平衡の変化が引き起こされるのは、エフェドリンが胎盤を通過し胎児のβ受容体を刺激し、胎児の代謝が亢進するためではないかという意見が提示されている。とは言え、各種昇圧薬の胎盤通過性の比較についてのデータはほとんど存在せず、前述の仮説を裏付ける情報もないと言ってよい。そこで我々は、無作為化二重盲検試験を計画し、予定帝王切開術における脊髄クモ膜下麻酔中の血圧維持にエフェドリンもしくはフェニレフリンを使用し、各々の胎盤通過性と母体および新生児の代謝を反映する数々のマーカを比較した。

教訓 産科麻酔では昇圧薬としてエフェドリンが推奨されてきましたが、エフェドリンには胎児のpHおよびbase excessを低下させる傾向があることが分かってきました。特にフェニレフリンやメタラミノールなどの他の昇圧薬と比較した場合にその傾向が顕著であるという報告が相次いでいます。


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成人先天性心疾患患者の麻酔~術後管理 [anesthesiology]

Anesthesia for Noncardiac Surgery in Adults with Congenital Heart Disease

Anesthesiology 2009年8月号より

術後管理

重症先天性心疾患患者もしくはリスクの高い手術を受ける先天性心疾患患者の術後管理は、可能であれば成人先天性心疾患患者の受け入れに慣れている集中治療室で行うべきである。術後管理における主な問題点は、これまでに述べてきたものと同様であり、出血、不整脈および血栓塞栓性合併症などである。肺高血圧症がある場合は、シルデナフィル内服やNO吸入などが有用であると考えられる。

まとめ

成人先天性心疾患患者の数は急速に増えており、こうした患者が非心臓手術を受ける機会が今後は多くなるであろう。先天性心疾患の循環器系の解剖および生理は複雑で、各疾患の特徴や麻酔管理上の注意点を熟知する必要がある。中等度から重症の先天性心疾患のある成人の非心臓手術はリスクが高い。特に、心機能低下例、肺高血圧症、鬱血性心不全、チアノーゼが認められる場合は、リスクが非常に高いので、成人先天性心疾患センターに収容し、麻酔科医、循環器科医、外科医および集中治療医が協力して管理に当たらなければならない。成人先天性心疾患の周術期管理についてのガイドラインは、今のところ存在しない。この問題点の多い患者群に対する最適な麻酔管理法を確立するには、大規模な臨床試験を行う必要がある。

教訓 術後管理における主な問題点は、出血、不整脈および血栓塞栓性合併症などです。肺高血圧症がある場合は、バイアグラ内服やNO吸入などが有用でしょう。

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成人先天性心疾患患者の麻酔~術中管理③ [anesthesiology]

Anesthesia for Noncardiac Surgery in Adults with Congenital Heart Disease

Anesthesiology 2009年8月号より

麻酔薬
成人先天性心疾患患者に麻酔薬を使用した際の血行動態に生ずる変化については、ほとんど研究が行われていない。大半の静脈麻酔薬は、心筋収縮力を抑制し、体血管抵抗を低下させる。したがって、麻酔導入時には、これらの作用により組織への酸素運搬量が減少する可能性がある。一方、エトミデートであれば、他の心機能低下症例に使用した場合と同じく、先天性心疾患でも血行動態は安定しているという報告がある。先天性心疾患患者ではケタミンが有用である可能性があるが、詳細は明らかにされていない。先天性心疾患のない成人においては、ケタミンは肺血管抵抗を上昇させるという報告がある。だが、先天性心疾患があり高度の肺高血圧症を呈する小児にセボフルラン麻酔を行う際にケタミンを併用すると、肺血管抵抗の上昇を招くことなく、体血管抵抗および心室機能が維持されるという意見もある。静脈麻酔薬と同じく、吸入麻酔薬についても、患者の生理と、目標とする肺血流および体血流のバランスを勘案して使用する薬剤を選択するべきである。

心内および体肺シャント
シャントがあると麻酔管理に重大な影響が及ぶ。心内シャントのある患者では、すべての静脈路から細心の注意を払い空気を除去し、空気塞栓症のリスクを低減しなければならない。心内または体肺シャントのある患者では、換気方法、体位、薬剤、出血の影響を考えながら、肺血流と体血流のバランスを適切に維持しなければならない(figs. 1 & 2)。チアノーゼ性先天性心疾患の患者では、気道内圧が高いと、静脈灌流が妨げられ、肺血管抵抗が上昇し、右左シャントが増える。大きいASDのある患者では、浅麻酔や交感神経刺激によって体血管抵抗が上昇し、左右シャントが増え、体循環への心拍出量が減る。Glenn手術後またはFontan循環の患者では、Trendelenburg体位(頭低位)にすると、中心静脈(上大静脈)圧が上昇し、脳血流量が低下する可能性がある。体肺シャント(BTシャントなど)のある患者では、血圧が低下すると、肺血流量も減少し、動脈血酸素飽和度が低下する。以上は、成人先天性心疾患患者の非心臓手術の管理を行うにあたって知っておかなければならない複雑な生理の、ほんの一端である。

単心室
麻酔科医にとって単心室の解剖と生理は、Eisenmenger症候群と並んで、先天性心疾患のなかでも最も管理が難しい。Fontan手術が最初に報告されたのは1971年のことである。この術式は、当初は三尖弁閉鎖症の患者に行われていた。現在では、適応が拡大され、あらゆる種類の単心室症に対して行われている。Fontan手術がはじめて報告されてからというもの、少なくとも10通りの変法手術が行われてきた。いずれの術式も、右室をバイパスし、上下両大静脈から肺動脈へと非拍動性の血流が圧差によって受動的に供給される。したがって、いかなる要因の結果であれ、肺血管抵抗が上昇すると、肺血流量が減り動脈血酸素飽和度が低下する。Fontan循環の患者には往々にして、心臓合併症および心臓以外の合併症が認められる。たとえば、上室性不整脈、拘束性肺障害、血栓塞栓症、肝機能障害などである。Fontan術後の患者では、凝固能亢進、凝固能低下のどちらもが認められ得る。どちらにせよ、術中出血量のリスクが高くなる。Fontan循環の患者では、動脈血酸素飽和度を90~95%以上に維持しなければならない。動脈血酸素飽和度が90%を下回る場合は、静脈側副血行路、動静脈奇形もしくはシャント遺残などの有無を評価しなければならない。

教訓 心内シャントのある患者では、すべての静脈路から空気を除去し、空気塞栓症のリスクを低減しなければなりません。心内または体肺シャントのある患者では、換気方法、体位、薬剤、出血の影響を考えながら、肺血流と体血流のバランスを適切に維持します。体肺シャント(BTシャントなど)のある患者では、血圧が低下すると、肺血流量も減少し、動脈血酸素飽和度が低下します。

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成人先天性心疾患患者の麻酔~術中管理② [anesthesiology]

Anesthesia for Noncardiac Surgery in Adults with Congenital Heart Disease

Anesthesiology 2009年8月号より

麻酔法
非心臓手術を受ける先天性心疾患患者の麻酔法については、エビデンスに基づいた推奨事項は存在しない。先天性心疾患において認められる異常は多彩であり、いずれの疾患についても適用できる単一の麻酔管理法を掲げるのは不可能である。しかし、術中管理の最大の目標は、動脈血酸素飽和度の低下を防ぎ、体血流量と肺血流量のバランスを保ち、さらにヘマトクリットを適正化することによって組織への酸素運搬を向上させることである。各疾患についての管理法の概要をtable 2に示した。

Table 2 各疾患の麻酔管理の要点

ASD
解剖・生理 左右シャント
問題点 小~中程度の大きさの欠損では無症状のことが多い、心房細動(特に40歳以降で根治術を行った場合)、奇異性塞栓、大きい欠損があると不整脈、運動耐容能低下、まれに肺高血圧を来す(5%未満)
麻酔管理の要点 静脈路から空気を除去する

VSD
解剖・生理 左右シャント、他の心奇形を合併することがある
問題点 
  根治術未実施:大きい欠損は肺高血圧症のリスク(2歳までに50%がなる)、小~中欠損は心内膜炎、肺動脈弁下狭窄、大動脈弁下狭窄、大動脈弁逆流のリスク、右心不全
  根治術後:完全房室ブロック(まれ)、肺高血圧症の持続、不整脈
麻酔管理の要点 
  根治術未実施:左右シャントの管理、右左シャントがある場合は肺血流量を保つ、術後肺炎のリスクが高い
  根治術後:ペースメーカの管理

大動脈縮窄症
解剖・生理 左室の圧負荷と肥大、大動脈の枝から側副血行路、大動脈二尖弁の合併(50-80%)、内皮障害(瀰漫性の大動脈血管壁病変)
問題点 上肢と下肢で血圧に差がある、胸部手術では大出血の危険性、左室肥大と左室拡張障害、高血圧、大動脈瘤、冠動脈が未発達、脳動脈瘤(10%)
麻酔管理の要点 鎖骨下動脈の血管形成が行われていると左上肢の血圧は当てにならない、術後高血圧、頻脈や低血圧を避ける

大動脈弁狭窄症
解剖・生理 左室の圧負荷と肥大
問題点 
  根治術未実施:肺水腫、肺高血圧、心筋虚血、失神、狭窄後拡張
  根治術後:大動脈弁逆流、左室拡張障害
麻酔管理の要点 根治術未実施:頻脈や低血圧を避ける、心筋酸素需要を増やす要因を避ける

修正大血管転位
解剖・生理 左室は肺へ血液を送り、右室が体心室として機能する
問題点 
  根治術未実施:完全房室ブロック、不整脈、解剖学的右室不全、大動脈弁逆流
  根治術後:未実施の場合と同じ
麻酔管理の要点 ペースメーカの管理、体外式ペースメーカの準備、不整脈の治療、心不全の治療

ファロー四徴症
解剖・生理 肺動脈弁狭窄、右室肥大、大動脈騎乗、VSD、チアノーゼ
問題点 
  根治術未実施:まれ(根治術を行わなければ25歳までに死亡)、右左シャント、チアノーゼ 
  姑息術後(BTシャント):左室容量負荷、シャントが小さければチアノーゼ、肺高血圧
  根治術後:洞および房室結節機能障害、不整脈、上行大動脈瘤、肺動脈弁逆流または狭窄の遺残、VSDの遺残、左室機能障害、肺高血圧症の持続、右心不全
麻酔管理の要点
  根治術未実施:頻脈、血管内容量低下、心収縮力増強を避ける
  姑息術後:肺血流量を保つ、体血圧を保つ
  根治術後:不整脈の診断と治療、ペースメーカの管理、体外式ペースメーカの準備

D型大血管転位
解剖・生理 肺動脈は左室から出る、大動脈は右室から出る。VSD, ASD, PDA, 肺動脈弁狭窄、大動脈縮窄症などを合併することがある、冠動脈の解剖異常
問題点 
  根治術未実施:VSD, ASDまたはPDAを合併している
  根治術後(SenningまたはMustard):心房性不整脈、洞結節機能障害(40歳までに50%がペースメーカを要する)、体心室の機能低下、心房または心室レベルでのシャント遺残
  根治術後(動脈スイッチ):心筋虚血、上行大動脈瘤
麻酔管理の要点 
  根治術未実施:肺血流量を維持する 
  Senning/Mustard後:不整脈の管理、心不全の管理 
  動脈スイッチ後:綿密な術前評価(心機能の評価および冠動脈検査)

単心室
解剖・生理 両房室弁が単一の心室に付いている
問題点 
  根治術未実施(まれ):不整脈、鬱血性心不全、両方向性シャント、チアノーゼ、肺高血圧
  根治術後(BTシャント、GlennシャントまたはFontan):不整脈、心不全、肝機能障害、血栓塞栓症、拘束性肺障害
麻酔管理の要点 
  根治術未実施:不整脈の治療、肺血流量の維持
  根治術後:不整脈の治療、肺血管抵抗を低くする、前負荷を保つ、凝固因子の補充

教訓 先天性心疾患患者の術中管理の最大目標は、動脈血酸素飽和度の低下を防ぎ、体血流量と肺血流量のバランスを保ち、さらにヘマトクリットを適正化することによって組織への酸素運搬を向上させることです。
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