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周術期の禁煙~創傷・骨の治癒② [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

禁煙が創傷治癒・骨治癒リスクに及ぼす影響

周術期の禁煙によって創傷関連合併症が減ることが、最近のエビデンスで明らかにされている。Mollerらは、THRまたはTKRを予定された喫煙者を、対照群と介入群に無作為に割り当て評価した。介入群の患者には、カウンセリングを行い、手術の6-8週間前からニコチン補充療法を実施した。介入群の64%が禁煙に成功し(対照群で禁煙したのは8%にとどまった)、23%が喫煙本数を減らした。介入群の創傷関連合併症相対リスクは、大幅に低下し(83%減)。Sorensenらは、鋏切生検を受ける健康被験者を対象に、生検2週間後まで創感染の発生について観測した。対象者は、生涯一度も喫煙したことがない、現在も喫煙中、および禁煙中のいずれかに該当した。喫煙者では創感染率は12%であったが、非喫煙者では2%であった。4週間以内の禁煙(この研究における禁煙期間では最短)でも、創感染率は生涯一度も禁煙したことがない場合と同等であった。同グループが行った別の研究では、結腸直腸手術を予定された患者が、対照群と介入群に無作為に割り当てられた。介入群では、手術の約2週間前から禁煙指導を行った。対照群には何もしなかった。この二群の比較では、術後の創傷関連合併症発生率に差は認められなかった。この結果は、一筋縄では解釈することができない。その理由は以下の3点である:(1)対象患者数が少ない(各群30人ほど) (2)術前に禁煙を実施したと自己申告した患者の割合にはっきりした差がなかった (3)対照群の患者の多くが術後に減煙していた。Kuriらが頭頚部手術を受けた患者について行った観測研究では、長期間の禁煙によって創傷関連合併症発生率が低下することが分かった。対象患者数が少ないので、短期間の禁煙でも同様に有効であるのかどうかは、この研究で明らかにすることはできなかった。結局のところ、創傷関連合併症発生率を低下させるのに必要な術前禁煙期間は、はっきりしないのが現状である。ニコチンや一酸化炭素などのタバコ煙成分による急性薬理作用がリスク増大に関わっている比重が大きいほど、禁煙による効果が現れるまでの期間が短いはずである。しかし、免疫機能とか内皮機能の関与によって創傷関連合併症発生率が上昇しているのであれば、十分な効果を得るには長期間の禁煙を要する。言うまでもなく、術後も喫煙習慣を続けていれば創傷関連合併症のリスクを増やすことになる。

禁煙が骨治癒におよぼす影響については、情報が極めて少ない。脊椎固定術動物モデルを用いた実験では、手術の一週間前からニコチン投与を中止したところ、中止しない場合よりも骨癒合不全発生率が低下した。脊椎固定術を受けた患者を対象とした遡及的観測研究を行ったGlassmanらは、生涯一度も喫煙したことがない患者と比べ、術後までずっと喫煙し続けた患者では骨癒合不全率が二倍であると報告している。術後に禁煙した患者の骨癒合不全率は、生涯一度も喫煙したことがない患者の骨癒合不全率に近かった。術前禁煙を単変量として扱うと(つまり、術後の喫煙の有無を問わないと)、骨癒合不全率と術前禁煙には相関は認められなかったが、術前に禁煙した患者は、術後も禁煙を続ける傾向が強かった。脊椎固定術後の骨癒合には何週間もかかるので、術前禁煙よりも術後禁煙の方が転帰を大きく左右するのであろう。

ニコチン補充療法による創傷治癒リスク

周術期にニコチン補充療法を実施するとそれ自体が、創傷関連合併症のリスクを増大させるのではないかという懸念が示されている。前節で述べたとおり、ニコチンが創傷関連合併症の病因であるのかどうかは不明である。前節で紹介した動物実験で用いられている量のニコチンを投与したときの血漿ニコチン濃度は、ニコチン補充療法で得られる血漿ニコチン濃度よりはるかに高い。したがって、動物実験の結果は、ニコチン補充療法の臨床的な影響をうかがい知るのに役立つ情報とは言えない。ヒトを対象とした実験についての報告が二編あり、そちらは参考になる。Fulcherらは、標準化寒冷負荷試験を行い微小血管の反応を調べた。対象は慢性喫煙者で、禁煙前、ニコチンパッチ併用による禁煙2日後および7日後に測定を行った。ニコチン補充療法併用の禁煙後の測定では、微小血管の反応は禁煙前より改善していて、それどころか、対照群(非喫煙者)と同等の結果が得られた。この結果から、ニコチン以外のタバコ煙成分が喫煙による微小血管機能の変化の原因であるか、もしくは、ニコチン補充療法で体内に取り込まれるニコチン量では微小血管機能が変化しないと考えられる。Sorensenらの研究(既述)では、禁煙によって健康被験者の創感染が減ることを明らかにされている。と同時に、ニコチンパッチを用いたニコチン補充療法によって禁煙を行った群と、ニコチン補充療法を行わずに禁煙を行った群とを比較し、創感染率に差がないことも報告している。したがって、現在手に入るだけの限られた情報によれば、ニコチン補充療法を行っても創傷関連合併症は増加しないと言える。ただし、さらにエビデンスを積み重ねる必要がある。喫煙者にとっては、ニコチン補充療法なしには術後も禁煙を続けることは非常に困難である。したがって、ニコチン補充療法は、禁煙を容易にするという点で、高濃度ニコチンやその他のタバコ煙成分に曝露される機会を減らすのに確かに役立つ。

教訓 長期間の禁煙によって創傷関連合併症発生率が低下します。しかし、創傷関連合併症発生率を低下させるのに必要な術前禁煙期間は、はっきりしません。ニコチン補充療法を行っても創傷関連合併症は増加しません。
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