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周術期の禁煙~呼吸器① [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

呼吸器系に対する傷害と回復の機序

喫煙は呼吸器疾患の重大な原因である。喫煙者の約15%にCOPDの症状が認められる。また、喫煙者の50%に気道閉塞を伴わない慢性気管支炎が見られる。明かな症状がなくても、喫煙者の肺には形態や免疫機能の変化が生ずる。喫煙による傷害の機序は複雑である。喫煙者の肺は炎症状態にある。マクロファージや好中球などの炎症細胞の数が増え、機能が変化する。非喫煙者と比べると、喫煙者の肺胞マクロファージの機能は低下している。マクロファージの代謝は低下し、炎症性メディエイタ放出量が減るので、感染が起こっても十分な反応が発現しなくなる。気道上皮の構造と機能も変化するが、喫煙そのものによる影響と、慢性気管支炎などの喫煙が引き起こす疾患による影響とを見分けることは困難である。粘液産生および輸送に対する影響の全貌は分かりにくい。その理由の一つは、粘液産生および輸送をパラメータ化して評価することが困難なことである。一般的に、喫煙によって、杯細胞の過形成やの他の上皮構造の異常が認められるようになり、粘液の量や成分が変化し、粘液線毛クリアランスが低下する。そして、平滑筋の増加や線維化などの気道壁の構造変化が生じる。その結果、喫煙者では非喫煙者と比べ、1秒量の加齢に伴う低下が顕著になる。特に目立ったCOPDが認められない喫煙者であっても、気管支収縮作用のある物質を吸入したときの気道反応性は非喫煙者よりも増している。この変化は、ムスカリン受容体作働薬のメタコリンでは見られるが、ヒスタミンでは見られない。しかし、特段の呼吸器疾患のない健康な喫煙者では、カプサイシンやクエン酸のエアロゾルのような刺激物質を吸っても、非喫煙者と比べ、咳がおこりにくい。したがって、喫煙者は、咳を起こす感覚神経から放出される神経ペプチドの減少や、それ以外の機構によって、刺激物(タバコ煙を含む)の吸入に馴化しているものと考えられる。ヒトと違い動物は、タバコ煙に暴露されると、例外なく咳が起こりやすくなり、気道反応性が増加するという結果が得られている。

慢性的な喫煙習慣のある人が禁煙したときに、肺が喫煙の影響から脱する過程は単純ではない。喫煙関連疾患の重症度(COPDの有無など)によってその過程は異なるが、誰にでも共通して見られる事象もいくつかある。禁煙すると、数週間以内に咳や喘鳴は軽減する。一秒量の低下速度は緩徐になる。無症状の喫煙者が禁煙すると、杯細胞過形成および粘液産生量が減少し、粘液線毛クリアランスが改善する。慢性気管支炎やCOPDをすでに発症している喫煙者であっても、禁煙すれば、少なくとも中枢気道では以上のような改善が得られる。肺胞マクロファージ数に代表される炎症マーカは、禁煙に伴い低下する。しかし、線維化、肺胞の破壊、平滑筋過形成などの炎症性変化は、いつまでも残る。ムスカリン受容体作動薬に対する気道過敏性は、禁煙によって普通は解消する。禁煙による以上のような変化は、喫煙者と長期禁煙者を比較した横断的研究で明らかにされたものなので、少なくとも数ヶ月以上禁煙しなければ得られない効果である。禁煙についての縦断的研究は数少なく、特に禁煙後最初の2、3日とか数週間以内の変化についての情報はほとんど存在しない。禁煙後数週間以内の粘液産生量を定量評価した研究はないが、巷間伝えるところによれば、この時期には粘液産生が増えるとされている。禁煙後数ヶ月後までは風邪症状や咳がおさまらない可能性があると指摘されている。粘液線毛クリアランスの改善には、少なくとも一週間の禁煙が必要である。肺の炎症は禁煙によって改善するとしても、数ヶ月はかかる。

周術期肺合併症リスク

数々の研究で行われた単変量解析では、喫煙習慣の有無は、周術期肺合併症の危険因子であるという一貫した結果が得られている。つまり、他の危険因子が関与していないのであれば、喫煙者の方が非喫煙者よりも周術期肺合併症を発症しやすい。周術期肺合併症とは、呼吸不全、予定外のICU入室、肺炎、麻酔導入中の気道関連有害事象(咳、喉頭痙攣など)、術後呼吸療法や吸入療法が必要となる病態、そして、以上それぞれの複合発生(気管支攣縮+気道分泌物の増加)である。周術期有害転帰の定義が標準化されていないため、各研究で定義が異なり、その解釈には困難が伴う。特に、非常に主観的な転帰が設定されている場合は、他の研究と一緒に総合的に評価するのが難しい。例えば、臨床医が喫煙は周術期合併症のリスクであろうという予断を持っているとすれば、呼吸療法や吸入療法を指示する傾向が強くなる。研究の中には、呼吸療法や吸入療法の実施自体を周術期肺合併症として定義しているものがある。

肺疾患や呼吸機能などの因子も組み入れた多変量解析では、例外もあるが大多数の観測研究で、喫煙習慣は周術期肺合併症の独立した危険因子であるという結果が示されている。喫煙習慣の有無は肺疾患の重症度に影響を与えるので、喫煙そのものによるリスクと、喫煙関連肺疾患によるリスクとを切り離すことは難しい。だが、タバコの副流煙に曝露されている小児では、周術期肺合併症のリスクが高いことが分かっている。このことはつまり、タバコ曝露が比較的軽度であっても、臨床的な影響を及ぼすことを示唆している。

タバコによる周術期肺合併症リスクの増大には、いくつかの機序が関わっている。粘液産生量が増えることだけでも、肺合併症の危険因子になると考えられる。喫煙者の気道は「被刺激性が高い」という臨床的な印象があるが、これを裏付ける研究がある一方で、否定する研究も存在する。刺激性化学物質に対する上気道の反射感度は、喫煙者では亢進している。デスフルランには気道刺激性があり、気道抵抗が上昇し、咳が起きやすくなるが、喫煙者ではこの反応が強く現れる。しかし、気管挿管後に気道抵抗を測定すると、喫煙者と非喫煙者のあいだに差は認められない。ただ、喫煙者に気管支拡張薬を投与しても、十分な反応が見られない。イソフルラン麻酔からの覚醒時における気管挿管患者の咳の強さや頻度は、喫煙の有無には左右されない。麻酔中は、非喫煙者と比べ喫煙者では、感染に対する肺の防御能がより低下する。全身麻酔中の気管支粘液輸送は、喫煙者の方が非喫煙者より緩慢になる。麻酔が長時間に及ぶと、喫煙の有無を問わず、肺に集積するマクロファージが増加し、殺菌能は低下するのだが、この変化は喫煙者においてより顕著に認められる。

教訓 単変量解析の全ておよび多変量解析の大半で、喫煙習慣の有無が周術期肺合併症の危険因子であるという結果が得られています。タバコの副流煙に曝露されている小児では、周術期肺合併症のリスクが高いことが分かっています。
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