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溺死最新情報2009~病態生理:神経① [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

神経系に対する影響

溺水被害者の多くは、脳低酸素症による意識消失に陥る。意識レベルの評価(GCS)を繰り返し行わなければならない。ConnらおよびModellらは、救急部到着時に意識清明であった溺水者は、溺水による肺の障害が治療によって改善すれば、神経学的後遺症を残すことなく生存することを明らかにしている。救急部到着時に意識レベルがやや低下している患者(覚醒はしているが昏迷状態で、疼痛に対して払いのけるような目的を持った動作ができる)の場合は、90%~100%が神経学的後遺症なく回復する。一方、昏睡状態で救急部に運び込まれた患者の転帰は不良である。完全に回復するのは44%~55%で、10%~23%には高度の神経学的後遺症が残る。小児溺水例では、重い神経学的後遺症が認められることが多い。救急部到着時に昏睡であった患者のうち約34%は死亡する。救急部到着時に昏睡であった小児のうち、生存し脳機能が正常なのは44%、死亡が39%、生存するが重い脳障害を残す例が17%を占める。成人の溺水者では加齢により心臓に問題が生じていることがあるが、小児の心臓は健康そのものなので、かなり長い時間低酸素血症に陥っていてもCPRが成功し、結果的に、生存はするが脳障害が残ってしまうのである。

溺水小児の脳を「蘇生」する方法が模索されてきたが、どれも概して見込みはないことが明らかにされている。溺水重症小児計75名を対象とした3編の研究によれば、輸液制限、頭蓋内圧(ICP)モニタリング、頭蓋内圧亢進に対するマンニトール投与、過換気、筋弛緩薬投与、副腎皮質ステロイド、低体温療法などの積極的な脳蘇生を試みたものの、神経学的後遺症なく生存したのは12名(16%)に過ぎなかった。残りは死亡または植物状態での生存であり、軽度から中等度の知的障害が残った生存者が1名であった。

Connらは、低体温療法、バルビツレート昏睡、筋弛緩薬、過換気および輸液制限を組み合わせた治療法によって、小児溺水患者の神経学的転帰の改善を図った。この方法は「HYPER療法」と命名されている。当初は、溺水例のうち特定の患者群では、この治療法により正常機能での回復を遂げる患者数が有意に増えるかに思われた。しかし、Modellらが同じような患者を対象とした研究では、HYPER療法を行わなくても同等の結果が得られることが示された。Connらの研究に引き続き、同じ施設のBohnらが再検討のために行った研究でも、HYPER療法の有用性を確認するには至らなかった。

他の研究グループの報告でも、脳を保護する効果のある治療法を複数組み合わせても、ほとんど効果は期待できないとされている。Allmanらは、1979年4月から1984年9月までの期間に、66名の小児を対象に研究を実施した。全員にCPRが行われ、救急部到着時のGCSは3点であった。PICU入室時に再度GCSを評価した。16名(24%)が後遺症なく生存した。17名(26%)は植物状態、33名(50%)が死亡した。PICU入室時にGCSが3点であった患者のうち、神経学的後遺症なく生存した例は皆無であった。55名に対し、ICPモニタリング下に頭蓋内圧の厳格な管理が行われた。だが、適正な頭蓋内圧および脳潅流圧の維持にも関わらず、ICPモニタリングが行われた患者のうち8名(14%)のみが後遺症なく生存し、12名(21%)が植物状態、35名が死亡した。以上から、小児溺水患者に対し、救急部で積極的な蘇生を行うのはよしとされるが、脳蘇生の各手段については厳密な前向き評価を行い、その有効性を証明する必要がある。

溺水被害者における高張食塩水の効果についてのデータはまだないが、動物実験では脳損傷(全脳虚血および部分的低温傷害)後の頭蓋内圧亢進を抑制する作用があることが示されている。出血モデルの蘇生における高張液と等張/低張液の効果の差を評価する動物実験や、脳傷害を伴わない血液希釈が起こった場合の高張液の効果を評価する動物実験では、全てというわけではないがその一部において、高張液が投与された動物(ウサギ、イヌ、ブタ)の方が頭蓋内圧が低いという結果が得られている。脳に部分的低温傷害を作成した動物モデルを用いた実験では、高張乳酸ナトリウム液(500mOsm/L)投与群の方が、通常の乳酸リンゲル液(270mOsm/L)投与群よりも、脳血流量が多く、頭蓋内圧が低いという結果が得られている。以上のような実験は、溺水モデルではまだ行われていない。

教訓 高張食塩水は見込み薄かもしれません。重症外傷性脳損傷症例に病院到着前からhypertonic salineを投与し、その効果を検証する研究が行われていました。しかし、1000症例以上が蓄積された段階で中間解析を行ったところ、生食と比べ転帰を改善する効果が認められなかったので、今年5月に研究は中止されました。hypertonic salineには、頭部外傷や出血性ショックに対しては、生食を上回る効果を期待できないとのことです。



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溺死最新情報2009~病態生理:循環器・腎 [anesthesiology]

Drowning: Update 2009

Anesthesiology 2009年6月号より

心血管系および腎機能の変化

淡水、海水問わず、溺水の実験では、いろいろな心電図変化が観察されている。しかし、酸素化がよくなれば、心電図変化はたいてい消失するので、治療が必要になるようなことは稀である。淡水誤嚥後に心室細動で死亡することはほとんどないが、相当大量の水を誤嚥したときには不整脈による死亡もあり得る。イヌ気管内に22mL/kgの生理的食塩水または淡水を注入して作成した溺水モデルの実験では、15頭中9頭に二段脈、15頭中6頭にT波増高が認められた。Karchは、6mL/kgの溺水もしくは海水のいずれかを気管内に注入し、29分後には心臓の病理学的変化が生ずることを明らかにした。光学顕微鏡では、正常な横紋が壊れている部分が巣状に認められ、場合によっては介在板も破壊され、単球の過好酸性が見られた。電子顕微鏡では、膨脹し透亮性の上昇したミトコンドリアを持つ収縮した単球が認められた。単球内の核は円形になりクロマチンが凝集していた。以上の変化は、対照動物では認められなかった。このような変化の臨床的な意義は不明であるが、溺水後の心臓の変化の研究を深める上で、興味深い所見である。

水没や溺水が発生したときに致死的不整脈が発生すると、事態が悪化すると考えられてきた。また、溺死事故のなかには、QT延長症候群が関わっているものが存在するという指摘もある。しかし、QT延長症候群であると診断された患者であっても、診断以降他の機会に心電図をとると正常所見を示すことがあるので、溺水にQT延長症候群が関わっていることを証明するのはほぼ不可能である。剖検検体の分子生物学的解析により、異常が発見されることもある。しかし、溺水被害者に通常行われる法医解剖では、分子生物学的検討を行うことはほとんどない。Lunettaらは、溺死者63名の遺伝子異常を検索したが、QT延長症候群に関わる遺伝子変異(KCNQ1およびKCNH2)は一例も見つからなかった。予期せぬ突然の水死が発生すれば、QT延長症候群の関与を考慮すべきではある。しかし、QT延長症候群は稀な疾患であり、家族歴、心電図所見、剖検における遺伝子変異の確認がなければ、その関与を突き止めることは困難である。

溺水で腎機能が障害されることはまずない。だが、アルブミン尿、円柱尿、ヘモグロビン尿、乏尿、急性尿細管壊死および無尿が見られることもある。溺水による腎障害の病因については、筋損傷によるミオグロビン尿、乳酸アシドーシス、低酸素血症、腎血流低下、溶血によるヘモグロビン尿などの関与が指摘されている。以上はそうそう発生する病態ではないが、いずれも腎機能を低下させるおそれがあるため、このような徴候が認められる場合には、適切に治療を行わなければならない。

教訓 溺水では大量の水を誤嚥していない限り、心臓や腎に直接的に大きな影響が及ぶことはありません。

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