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脳死後の重症急性心不全にGIK [critical care]

Critical Care Medicine 2008年10月号より

Effect of glucose-insulin-potassium in severe acute heart failure after brain death .

心不全に対する内科的治療の手段は現在までに格段の進歩を遂げているとはいうものの、依然として難治性心不全に対する治療の最終手段は心移植である。残念ながら深刻なドナー不足のため、実際に心移植が行われる症例は非常に限られている。移植待機リストに登録された患者の管理法は改善されてきているが、それでも2005年のデータによれば、待機期間中の死亡率は15%であり、2年以上の待機を余儀なくされている登録患者が42%にものぼっていた。過去10年間に心臓ドナー数は徐々に減少し、また、ドナー1名あたりの使用可能心臓数は1996年に0.45個であったのが、2005年には0.29個に低下した。したがって、移植可能臓器判定基準を拡大することによって移植臓器数を増加させることができる可能性がある。適応基準ぎりぎりの移植心(marginal donor hearts)とは、年齢55歳以上、冠動脈疾患、左室肥大、左室駆出率低下、多量の強心薬使用のいずれかに当てはまる場合である。脳死はそれ自体が心不全を引き起こすことがある。ドナー心臓を提供することができる可能性がある場合には、脳死によって心筋障害が発生していて移植後には機能が回復する見込みのある心筋量(冬眠心筋の割合)を評価するためドブタミンの使用が勧められている。しかし、ドブタミンには動脈圧低下、心拍数上昇、不整脈、心筋酸素需要の増大、心筋酸素需給バランスの障害などいろいろな有害作用がある。1960年代以降、心筋梗塞後の収縮能改善にブドウ糖-インスリン-カリウム(GIK)療法が有用であるとされている。本研究では、心臓を提供できる可能性のある脳死ドナーのうち左室収縮力が低下している者にGIK投与を行い、その効果をドブタミンと比較した。

Pitié-Salpêtrière病院(パリ)のICUに入室した脳死患者のうち慢性心疾患のない患者全員を対象とした(2004年10月から2006年9月までの2年間)。前負荷の評価には中心静脈圧ではなく動脈圧の呼吸性変動を用いた。呼吸性変動が13%以上のときは膠質液500mL(Gelofusin, B.Braun)を30分かけて投与した。この適応によるボーラス投与を2回以上要した症例はなかった。輸液負荷後、または必要があると判断された場合は、平均動脈圧60~100mmHgおよび尿量>1.5mL/kg/hrを目標にノルエピネフリン投与を開始した。心エコー評価実施前にはノルエピネフリン以外の強心薬は使用しなかった。尿崩症と診断された場合はデスモプレシン1mcgを静注した。ドナー心においては甲状腺ホルモン(triiodothyronine)投与は無効であるため、同剤の投与は行わなかった。
血行動態が安定している状態(脳死判定確定の1時間以上後、15分間以上輸液負荷またはノルエピネフリン投与量変更なし)でTEE(経食道心エコー)による心機能の評価を開始した。この時点(T0)でEF 30%以上の患者は除外した。EF 30%未満の患者にはドブタミン10mcg/kg/minを30分間投与し、TEEによる評価を行った(T1)。ドブタミン投与終了30分後(T2)、GIK投与開始120分後(T3)にもTEEによる評価を行った(T1からT2までの30分間はドブタミンウォッシュアウト時間)。GIKの組成は、ブドウ糖30%、インスリン60 IU/L(Actrapid HM)、カリウムイオン85mmol/Lであり、1.5mL/kg/hrを中心静脈カテーテルから2時間にわたって投与した。T0においてトロポニンIを、T2およびT3においてカリウムおよびブドウ糖の血清濃度を測定した。

連続135例の脳死症例が対象候補となった。6名が慢性心疾患の既往のため除外された。EF 30%以上の患者が117名、EF 30%未満の患者は12名であり最終的な研究対象候補となった。ドブタミン、GIK投与後にEFは有意に上昇した。ドブタミン投与後は心拍数が有意に増加したがGIK投与後には有意な心拍数の変化は認められなかった。平均動脈圧はドブタミン投与により有意に低下したが、GIKでは低下しなかった。収縮期血圧およびノルエピネフリン投与量についてはドブタミン群、GIK群とも投与中に有意な変化は認められなかった。EF上昇率についてドブタミン群とGIK群のあいだに有意差は認められなかった(基準時点からの上昇率85±69% vs. 52±29%)。一方、心拍数、平均動脈圧および拡張期圧の基準時点からの変化率については二群間に有意差を認めた。GIK投与開始120分後、血糖値は有意に上昇したが(138.6±27mg/dL vs 279±111.6mg/dL, P<0.05)、血清K濃度については有意な変化を認めなかった(3.6±0.5 vs 3.9±0.7mmol/L)。ドブタミン投与後にEF>40%となった脳死患者は7名(58%)、GIK投与後にEF>40%となった脳死患者は4名(30%)であった(有意差なし)。ドブタミン投与後もEF<40%であった患者は全員、GIK投与後も<40%のままであった。対象となった脳死患者12名中、4名の心臓が移植可能と判断された。1名は適合患者がなく、2名は血縁者が移植に同意しなかったため、結局1名の心臓のみが移植された。このドナーは特に既往のない56歳男性で、脳動脈瘤破裂のため脳死に陥った患者であった。この患者のEFはドブタミン投与後に19%から43%に増加、GIK投与後に20%から34%に増加した。移植から1年後、移植心の機能は正常であった。

脳死後の心収縮力低下はドブタミンと同程度にGIKによっても改善され、しかもドブタミンのような有害作用の発現がないことが本研究で明らかになった。脳死は局所的または全体的な心筋障害を引き起こすことがある。脳死患者の10-15%にEF30%未満の重度の収縮力低下が認められることがTEEを用いた研究で示されている。この機序はまだよく分かっていないが、神経ホルモンによる直接的な心筋傷害、遊離トリヨードサイロニン(T3)減少による代謝低下、高度な内皮障害、冠動脈血流の低下などの関与が指摘されている。脳死後収縮能障害発生の原因の一部は、冬眠心筋である。冬眠心筋は心筋を保護するための適応メカニズムであると考えられてきた。冬眠心筋が発生することによって、心筋酸素需要が減少し、心筋壊死を来すことなく虚血心筋の代謝バランスをなんとか保つことができるのである。このことを背景に、心筋viabilityの評価や、適応基準ぎりぎりの移植心の評価にドブタミン負荷心エコーの有用性が提唱されてきたのである。収縮能が低下している部位においてドブタミン少量投与による収縮力改善が認められれば、その部分の心筋組織はviableであることを示す。しかし、ドブタミンには動脈圧低下、心拍数上昇、催不整脈性などの有害作用があり、かえって心筋酸素需要を増す可能性がある。冬眠心筋にドブタミンを投与し、陽性変時作用と陽性変力作用を同時に与えると、心筋虚血という代償によって心筋収縮力が短期的には改善するが、いずれは頻脈と不安定な血行動態によって心筋壊死が増悪する。本研究では、収縮力が低下した部分のviabilityを評価するのにGIKがドブタミンと同程度に有効であることが分かった。したがって、負荷心エコーに使用する薬剤としてGIKが選択肢となりうる。さらに、ドブタミンと異なりGIKは頻脈や冠灌流低下を起こさないため心筋酸素需給バランスを障害しなかったと考えられる。GIKが虚血心筋に与える効果は、不全心の代謝を補助するとともに、心臓へのエネルギー供給を脂肪酸酸化から得る方式から、より効率的にエネルギーを獲得することが出来るブドウ糖および乳酸の酸化から得る方式に切り替えることを通じて得られる。高濃度GIKを少量投与するだけ(glu 30%、インスリン60 IU/L(Actrapid HM)、K 85mmol/L @1.5mL/kg/hr)で動脈血遊離脂肪酸は減少する。その結果、解糖によるATP産生量が増加し、カルシウムイオンのホメオスタシスとグリコーゲン蓄積量が回復する。GIK療法はST上昇型心筋梗塞の死亡率を低下させる効果はないが、心筋のviabilityの評価や左室不全の治療における有効性は示されている。冬眠心筋のスクリーニング検査によって、移植適応となる移植心の数が増える可能性がある。GIKを用いたスクリーニング検査では、ドブタミンを用いた検査と比較し副作用が少ない。本研究にはいくつかの問題点がある。第一に、無作為化割り当てを行わないクロスオーバー試験であることが挙げられる。GIKは投与開始から効果発現までの時間がよく分かっていない。ただし効果はGIK48時間投与から2日経過しても残存し、収縮機能を改善することが報告されている。一方、ドブタミンの半減期は2分であり、30分も経てばドブタミンの効果は消失すると考えられる。このように作用時間が異なり、GIKの場合は効果の持ち越しがあることから、この2剤の比較において無作為化は馴染まない。第二の問題点として、左室機能の評価にEFを採用したが、これは前負荷によって変化する可能性がある。しかし、今回の研究では心エコーによる評価に先立ちhypovolemiaの是正に細心の注意を払った。EFは心室機能、前負荷および後負荷のいずれかに異常が生じた際に心臓がどれだけ追随できるかを総合的に評価するのに有用な指標であると考えられているし、日常臨床でも容易に測定が可能な指標である。第三の問題点は、対象患者数が少なかったことである。GIKが機能不全に陥った移植心の機能補助に有効であるかどうか、また、適応基準ぎりぎりのドナー心の判定に有用であるかどうか、そしてさらには移植心不足の打開に役立つかどうかということについては、さらに大規模な研究を行い判断しなければならない。

まとめ
GIKは、脳死後の重篤な心収縮障害の評価と改善に有用であり、かつドブタミンのような副作用(特に頻脈)を起こさない安価な薬剤である。

教訓 フランスでは、生前にドナーとなることを拒否する意思を敢えて表示していなければ、臓器提供の意思ありと自動的にみなされます。それでも移植臓器が不足しているようです。Pitié-Salpêtrière病院は欧州最大規模の病院です。歴史を繙くと、Charcot-Marie-Tooth病のCharcot、Freud、Babinski、Lacanなど錚々たる先生方がこの病院に勤務していたことがあるそうです。シラク前大統領はここでペースメーカ植え込み手術を受けました。ダイアナ妃はこの病院で亡くなりました。
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カンジダ血流感染患者の死亡予測因子 [critical care]

Critical Care Medicine 2008年11月号より

Treatment-related risk factors for hospital mortality in Candida bloodstream infections .

カンジダ血流感染は院内感染の原因として珍しくない。カンジダ血流感染症例に対する抗真菌薬の投与が遅れると死亡率が上昇することが知られている。カンジダ血流感染の死亡率が高いことを踏まえ、二つの目的を持って遡及的コホート研究を実施した。目的の一つは、治療の内容がカンジダ感染症例の病院死亡率およびICU死亡率を左右するか否かの検証である。もう一つの目的は、死亡率に影響を与える治療法の実施数が増えると死亡率が上昇するか否かの検証である。

方法
本研究はミズーリ州セントルイスに所在するBarnes-Jewish病院(大学関連教育病院)で行われた。2004年1月から2006年5月までの間に血液培養でカンジダが検出された患者全員を対象とした。抗真菌薬投与前に死亡した症例は除外した。カンジダが検出された全入院患者を入院コホートとし、ICU患者をサブグループ(ICUコホート)として調査を行った。治療関連因子は初回抗菌薬選択および投与量の妥当性、投与開始時期、および中心静脈カテーテルの有無とした。基準時点はカンジダが検出されたときの血液培養検体採取時とした。基準時点の患者特性として収集する項目は、年齢、性別、人種、特定の状況の有無(心不全、COPD、糖尿病、HIV、悪性腫瘍、腎代替療法を要するESRD、臓器または骨髄移植、最近の手術、好中球減少)とした。白血球数、平均動脈圧、血清クレアチニン値、急性腎不全・急性肺傷害・カンジダ以外の感染の有無についても記録した。血液培養検体採取後24時間のデータからAPACHEⅡスコアを算出した。治療関連因子として調査したのは、血液培養陽性に先立つ人工呼吸実施および人工呼吸器装着期間、中心静脈カテーテル使用および血液培養陽性判明後のカテーテル抜去、尿道カテーテル使用、経静脈栄養実施、コルチコステロイドおよび昇圧薬の投与である。抗菌薬投与については、使用された抗真菌薬の種類(感受性のある薬剤であるか否か)、投与量(十分な抗菌作用が得られる量が投与されているか否か)、初回投与時期(カンジダが検出された血液培養検体の採取からの時間)について調査した。フルコナゾール至適投与量は、Candida albicans、Candida tropicalisおよびCandida parapsilosisには6mg/kg/day(Ccr<50mL/minの場合3mg/kg/day)、Candida glabrataには12mg/kg/day(Ccr<50mL/minの場合6mg/kg/day)とした。Candida kruseiにはフルコナゾールは無効とした。カスポファンギン(caspofungin)の至適投与量はローディング量として70mg、二回目以降は50mg/dayとした。当院の検査室では培養結果は検体提出から48時間以内に判明するため、抗真菌薬の投与時期として、検体採取24時間以内と48時間以内の二つに分けてデータを収集した。中心静脈カテーテルの抜去は、血液培養でCandida陽性であることが判明してから24時間以内の抜去を指すこととした。最近の手術は、血液培養が陽性であったときの入院期間中または培養陽性に先立つ30日以内に手術が実施された場合とした。

結果
カンジダ血流感染患者288名が評価対象となった。このうち43名は抗真菌薬を投与されなかったため除外した(死亡率93%)。残りの245名を病院コホートとし、そのうち111名(45.3%)はICUコホートとした。
培養結果と抗真菌薬治療の内容
病院コホート
C. albicansもっとも多く、142名(58.0%)から検出された。続いて、C. parapsilosis(38名、15.5%)、C. glabrata(35名、14.3%)、C.tropicalis(18名、7.3%)、C. krusei(7名、2.9%)であった。中心静脈カテーテルが留置されていたのは217名で、そのうち176名(81.1%)において培養陽性判明後にカテーテルが抜去された。C. albicans 感染例のうち24例(16.9%)、C. glabrata感染例のうち13例(37.1%)、C. parapsilosis感染例のうち3例(7.9%)、C. tropicalis感染例のうち1例(5.6%)では初回フルコナゾール投与量が不足していた。C.albicansとC. glabrata感染例を比較すると、C. glabrata感染例の方が投与量不足症例の割合が有意に高かった(p=0.008)。感受性のない薬剤が選択されていた症例はなかった。中心静脈カテーテルが抜去された症例では、3名(1.7%)にその後もカンジダ血症が認められたが、抜去されなかった症例では9名(22.0%)にその後もカンジダ血症が認められた(p<0.001)。培養陽性判明から48時間以内に抗真菌薬が投与された患者は全体の59%であった。48時間後以降に抗真菌薬の初回投与が行われた症例では、48時間以内の投与症例と比較し投与量が不足していることが有意に多かった(23例[23.0%] vs 18例[12.4%]; p=0.029)。入院中に72名(29.4%)が死亡した。菌種による死亡率の差は認められなかった。死亡例では、心不全、急性腎不全または急性肺傷害のある患者が多く、平均動脈圧が低く、APACHEⅡスコアおよび血清クレアチニン値が高く、昇圧薬もしくはコルチコステロイド投与例が多かった。また、死亡例では初回フルコナゾール投与量不足していた症例、培養陽性判明後も中心静脈カテーテルが留置され続けた症例および培養結果判明後48時間後以降に抗菌薬投与が開始された症例が多かった。治療関連因子の数(0~3)によって患者を分類したところ、数が増えるほど死亡率が上昇する有意な相関が認められた。
ICUコホート
C. albicansがもっとも多く、68名(61.3%)から検出された。続いて、C. parapsilosis(16名、14.4%)、C. glabrata(14名、12.6%)、C. tropicalis(7名、6.3%)、C. krusei(3名、2.7%)であった。中心静脈カテーテルが留置されていたのは103名で、そのうち81名(78.6%)において培養陽性判明後にカテーテルが抜去された。C. albicans 感染例のうち11例 (16.2%) 、C. glabrata感染例のうち4例(28.6%)、C. parapsilosis感染例のうち1例(6.3%)では初回フルコナゾール投与量が不足していた。それぞれの菌の投与不足症例の割合については有意差は認められなかった。感受性のない薬剤が選択されていた症例はなかった。フルコナゾール以外の抗真菌薬については投与量不足の症例はなかった。培養陽性判明から48時間以内に抗真菌薬が投与された患者は全体の58%であった。ICUコホートにおいては抗真菌薬投与開始時期とフルコナゾール投与量の適否のあいだに有意な相関は認められなかった(9例[19.1%] vs 7例[10.9%]; p=0.224)。入院中に40名(36.0%)が死亡した。死亡例では、急性肺傷害のある患者が多く、平均動脈圧が低く、APACHEⅡスコアが高く、昇圧薬投与例が多かった。また、死亡例では初回フルコナゾール投与量不足していた症例および培養陽性判明後も中心静脈カテーテルが留置され続けた症例が多かった。治療関連因子の数(0~3)によって患者を分類したところ、数が増えるほど死亡率が上昇する有意な相関が認められた。
多変量解析
病院コホートでは、コルチコステロイド投与、APACHEⅡスコア、フルコナゾール投与量不足、中心静脈の継続使用が病院死亡の独立した危険因子であった。ICUコホートでは、フルコナゾール投与量不足、中心静脈カテーテルの継続使用、APACHEⅡスコアが病院死亡の独立した危険因子であった。

考察
病院コホート、ICUコホートともに、フルコナゾール投与量不足と中心静脈カテーテルを抜去しないことがカンジダ血流感染症例の病院死亡の独立した危険因子であることが多変量解析で明かになった。また、治療関連危険因子の数が増えるほど死亡率が高くなることも分かった。さらに、病院コホートでは、培養陽性判明48時間後以降に抗真菌薬投与が開始された症例では、そうでない症例と比べフルコナゾール投与量不足である場合が多いことが明るみにでた。過去に行われた研究では、対象微生物に感受性のない抗菌薬の使用によって病院死亡率が上昇することが示されている。カンジダ血流感染においては、高リスク群の患者には予防的に抗真菌薬を投与するという方法も提唱されている。しかしこの方法ではカンジダ血症の発生数は減らせても、死亡率を低下させるほどの効果はないことが高リスク外科症例を含むメタ分析で明らかにされている。Non-albicansカンジダ属、つまりフルコナゾール耐性菌感染の危険因子を調査した研究では、抗真菌薬投与の既往が危険因子として挙げられている。コルチコステロイド投与はカンジダ血流感染の危険因子であることが明らかにされているが、死亡率の予測因子ではない。Morrelらは、カンジダ血流感染患者157名を調査し、抗真菌薬治療開始が遅れると30日後死亡率が上昇すると報告している。Gareyらもフルコナゾール投与例についての多施設研究を行い、同様の結果を得ている。以上から、カンジダ血流感染の治療には、十分量の適切な抗真菌薬を早期に投与することが転帰を改善するためには重要であることが分かる。
今回の研究は、カンジダ血流感染の治療においてフルコナゾール投与量が不足すると死亡率が上昇することを初めて示した研究である。フルコナゾールを投与する場合は、感染部位に適切な量が到達するように適切な投与量を設定しなければならない。
本研究の問題点は、単一施設における研究であったこと、当施設では抗真菌薬の感受性検査をルーチーンには行っていないためフルコナゾール投与量はガイドラインに従って決定したこと、陽性培養の検体採取から24時間以内に抗真菌薬治療を開始した症例が15%しか存在しなかったこと、抗真菌薬治療を受けなかった患者を除外したこと、多変量解析を行ったもののそのほかの予測外の因子が病院死亡率に寄与していた可能性があること、投与開始の時期を分類するのに、他の研究とは異なる48時間を閾値として用いたこと、遡及的研究であることである。

まとめ
カンジダ血流感染患者では、培養陽性判明後も中心静脈カテーテルを継続使用することと、フルコナゾール投与量不足が病院死亡率の危険因子である。また、治療関連危険因子(初回抗菌薬選択および投与量の妥当性、投与開始時期、および中心静脈カテーテルの有無)の数が増えるほど病院死亡率が上昇する。カンジダ血流感染症例では適切な抗真菌治療と中心静脈カテーテル抜去が重要である。

教訓 深部真菌感染症の治療では、CVCをさっさと抜き、早期に適切な抗真菌薬を十分量投与しなければなりません。ICUコホートでは、病院死亡の調整オッズ比は、CVCを抜かないと6.21、FLCZ投与量不足だと9.22です。

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妊婦のICU入室: 胎児の転帰 [critical care]

Critical Care Medicine 2008年10月号より

Fetal outcomes of critically ill pregnant women admitted to the intensive care unit for nonobstetric causes .

妊婦のうちICUに入室するのはわずか0.1-0.9%に過ぎない。妊婦の集中治療で問題となるのは、妊娠による生理的変化、胎児の存在および妊娠に特有な重症合併症発生の可能性の三点である。妊婦のICU入室例については、妊婦自身の死亡率の報告は多いが胎児についてはあまり詳しく研究されていない。また、胎児死亡、流産、胎児合併症についての評価も行われてこなかった。我々は、1995年1月から2005年12月のあいだにMayoクリニックの4つのICU(内科系、外科系、外傷、内科外科混合)に産科以外の適応で産前に入室した妊婦を対象とした遡及的コホート研究を行い、胎児の転帰を調査した。

方法
Mayoクリニックでは妊娠可能年齢の女性がICUに入室する際には全例で妊娠反応(血清hCG定性検査)を確認している。したがって、ICU入室例で妊娠を見逃した可能性は非常に低いと考えられる。妊婦について収集したデータは、ICU入室時の妊娠週数、妊婦検診実施の有無、既往妊娠・分娩歴、既往歴、産科合併症、ICU入室理由、ICU入室当日のAPACHEⅢスコア、ICUにおける治療法、輸血、検査結果である。新生児について収集したデータは、出生児の妊娠週数、Apgarスコア(1分値および5分値)、出生児体重である。胎児喪失(胎児死亡および自然流産)を主要転帰とした。胎児の副次転帰はNICU入室およびNICU在室期間とした。妊婦の主要転帰は全死因院内死亡、副次転帰はICU在室期間、入院期間および人工呼吸実施期間とした。

結果
調査期間中にMayoクリニックでは22689件の出産があった。14歳から55歳までの女性10654名がICUに入室した。産科疾患によるICU入室患者は153名であり、そのうち2名は死亡した。死因は、一名が重症肺高血圧症に合併した敗血症性ショックであり、もう一名は複雑先天精神疾患に合併した肺塞栓であった。ICU入室妊婦153名のAPACHEⅢスコア中央値から算出される予測死亡率は0.6%であった。106名(69%)は分娩前入室例であり、このうち13名は産科適応での入室で、19名(17.9%)は予期せぬ妊娠例であった。分娩前入室群は分娩後入室群よりも妊娠週数が有意に少なく(25.2wk vs 36wk, P<0.001)、APACHEⅢスコアが有意に高かったが、予測死亡率には有意差は認められなかった。分娩後入室群の96%は妊婦検診を適切に受けていたが、分娩前入室群では予期せぬ妊娠例を除くと65%しか妊婦検診を受けていなかった。
産科以外の適応で分娩前に入室した93例について解析を行った。ICU入室理由として最も多かったのは呼吸器疾患(22%)で、全体の半数には何らかの既往歴があった。高血圧がもっとも頻度の高い既往歴であった。32%が早産で、30%が帝王切開術を受けた。分娩前入室群のうち、27%にSIRS(全身性炎症反応症候群)、16%にショックが認められた。14%の患者に昇圧薬が使用され、22%に人工呼吸が実施された。輸血は22%の患者に行われた。ICU入室中に93名のうち32名が胎児を失った(流産18名、胎児死亡14名)。死亡した胎児のうち、先天異常が認められた例はなかった。生存分娩例のうち49%は未熟児で10名がNICUに入室した。NICU入室例の在室期間中央値は34日であった。
34名は妊娠初期にICUに入室した。そのうち65%が流産に至った。生存した胎児は、その後全員出生し、NICU入室例はなかった。妊娠中期のICU入室は21名であった。このうち43%が胎児を失い、新生児3名はNICUに入室した。妊娠後期のICU入室は38名で、この群では1名のみが胎児を失い、新生児7名がNICUに入室した(このうち1名死亡)。
単変量解析で明らかになった胎児喪失の母体危険因子は、妊婦検診を受けていない、SIRS、ARDS、ショック、DIC、輸血および昇圧薬の使用、妊娠週数が少ない、母体の平均動脈圧が低い、白血球数上昇、クレアチニン値上昇であった。多変量解析で明らかになった胎児喪失の独立した母体危険因子は、モデル1(母体要因のみの解析)では、ショック(OR 4)および妊娠週数(1週早くなるごとにOR1.1)であった。モデル2(母体要因およびICUでの治療の解析)では、ショック(OR 6.85)、輸血(OR 7.24)、妊娠週数(1週早くなるごとにOR1.2)であった。

考察
Mayoクリニックでは10年間に妊婦のICU入室を153例経験した。ショック、妊娠週数が少ない、輸血が胎児喪失の危険因子であることが明らかになった。産科以外の適応による分娩前のICU入室は93例であった。このコホートのAPACHEⅢスコアによる予測死亡率は低かったが、このうち2名の妊婦が死亡した。APACHEスコアやSAPSは妊娠中の重症患者にはうまく適合しないという意見がある一方で、妊娠中の患者でも有用であるという報告もある。今回の研究では新生児の死亡率は低かった(1例のみ)。しかし、胎児喪失および未熟児出産例は非常に多かった。胎児喪失32例とNICU入室10例を合わせると、産科以外の適応による分娩前のICU入室例の半数を占めた。妊娠中は母体には生理的変化が生ずる。妊娠中はただでさえhyperdynamicかつ代謝亢進状態であるので、この上ショックに陥ると母体に臓器障害が発生するリスクが上昇するとともに胎児も死亡の危険に曝される。ショックになった母体では、脳や心臓などの重要臓器への血流が優先される。したがって子宮血流は減る。今回の研究でショックに陥った妊婦の胎児の転帰が不良であったのはこのことが原因であると考えられる。輸血が胎児喪失の危険因子であることには、出血性ショックおよび貧血が内在的に関与している。健康な妊婦は満期に達すると1000mLの急性出血が起こっても耐えることが可能で、血行動態の有意な変化もヘモグロビン低下も生ずることはない。しかしそれより以前では1000mLもの急性出血には耐えられない可能性がある。本研究の対象患者におけるショック症例の大部分は出血性ではなく敗血症性であった。また、ショックの有無について調整を行っても輸血は依然、胎児喪失の危険因子であることが分かった。輸血による副作用発生例はなかった。しかし、輸血は臨床的に有意な免疫修飾(TRIM; transfusion-related immunomodulation)を引き起こし、感染およびその他の合併症が発生することがある。今回の研究では、輸血による免疫修飾が胎児転帰に関与していることを示す根拠は得られないが、この件は今後の研究課題となるであろう。輸血による胎児転帰悪化には、ショックや輸血による血管収縮のため胎盤血流が減少したことが関与している可能性がある。胎児喪失は妊娠全体の12-15%に認められる一般的な産科合併症である。大部分は妊娠初期に発生する。したがって、本研究で妊娠初期に胎児喪失が多かったことは驚くには当たらない。重症疾患でICUに入室した妊婦を対象とした多施設研究では、妊娠週数25週未満では胎児死亡率は75%以上であったと報告されている。また、母体外傷症例を対象とした研究でも妊娠初期の受傷では胎児死亡率が高いことが明らかにされている。妊娠初期の重症疾患症例で胎児死亡が多い理由は、妊娠初期の胎児は母体の全身状態悪化による変化に耐えられないことと、妊娠初期には流産や早産を防ぐ有効な治療法がないことである。本研究の問題点は、遡及的観測研究であること、対象患者の多くを白人が占めていること、当施設は産科患者がそれほど多くないこと、生存出生例の追跡調査をしていないこと、および、単一施設における研究であるため一般化はできないことである。

まとめ
ICUに入室した妊婦においては、ショックと輸血は胎児喪失の危険因子である。妊娠初期であることも危険因子であることが再確認された。予期せぬ妊娠が妊婦のICU入室例のうち17.9%と相当高い割合を占めていた。妊娠可能年齢の女性がICUに入室した場合は、全例で妊娠反応検査を行うべきであると考える。

教訓 妊娠初期にショックに陥ったり輸血を要するような状態に陥ると、胎児が死亡するかNICUに入室する可能性は50%程度です。予期せぬ妊娠は結構多いので、気をつけて下さい。

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ICUに入室したESRD患者の転帰 [critical care]

Critical Care Medicine 2008年10月号より

End-stage renal disease patients on renal replacement therapy in the intensive care unit: Short- and long-term outcome .

ESRD(末期腎不全)患者は今後10年間で2倍に増えると予測されている。スウェーデンで行われた2005年の調査では、維持透析または腎移植を受けた患者が100万人あたり約815名存在することが明らかになった。1991年と比較し2005年には維持透析患者が2倍以上に増加した(1099名→2591名)。また、ESRD患者の平均年齢も過去10年のあいだに上昇した。オーストラリアの調査では年間に維持透析患者のうち2%がICUに入室することが判明している。また、最近行われたスウェーデンにおける全国調査ではICUで腎代替療法(RRT)を受ける患者の約10%がESRD患者であることが明らかにされている。ICUにおけるESRD患者の実態についてのデータは数少ない。UKで行われた大規模データベース研究によると、ICU入室患者のうち1.3%が入室以前から維持透析を受けていたことが分かった。今まで行われたICUに入室したESRD患者についての研究では、主に短期死亡率の調査しか行われていない。本研究では、ICUに入室しRRTを要したESRD患者245名のコホートについて短期および長期転帰を調査した。また、ICU入室歴の有無によってESRD患者の死亡率を比較した。

スウェーデン国民全員に付与されるスウェーデン国民登録番号を利用して該当患者を収集した。1965年以降、スウェーデンではNational Board of Health and Welfare(厚生省)が入院患者一人一人についてのデータの収集を開始した。1969年当時はスウェーデン国民の60%がこのデータベースに登録されていたが、1983年以降は国民全員が登録されている。ICUに入室した成人患者で急性腎不全のためRRTを要した症例を全国から集めた。該当する患者を収容したのは全部で37施設であり、そのうち32施設が適切なデータ(ICU入室日、RRT開始日、RRTの方法)を記録・保存していた。1995年から2004年までに発生した対象患者は2642名であった。SRAU(The Swedish Registry for Active Treatment of Uremia;1991年創設。慢性腎疾患のため維持透析を開始または腎移植を行った症例のデータを全国的に収集するシステム。)のデータからこのうち252名が、ICU入室より前から慢性腎疾患に罹患していることが判明した。7名についてはデータベースの記録が不十分であったため除外したため、本研究の対象は最終的に245名となった。

短期死亡率
90日死亡率(女性43%、男性41%)は高齢(>70歳、67%)、糖尿病(49%)、心不全(57%)の患者ほど高かった。年齢による調整後の糖尿病と心不全の90日死亡率オッズ比(OR)はそれぞれ1.9、2.0であった。SRAUにおける腎不全の原因腎疾患が「その他」(薬剤性腎障害、Moschowitz症候群、腎腫瘍など)の場合は90日死亡率(20%)のORは0.1であった。持続的RRTの90日死亡率は43%、間欠的血液透析では40%で、有意差は認められなかった。
長期死亡率
ICU入室後一年間は死亡率が高く、二年目からは低くなった。長期死亡率は、ICU入室歴のあるESRD患者の方が、入室歴のないESRD患者より有意に高かった。ICU入室歴のないESRD患者と比較したときのICU ESRD患者の一年目の死亡ORは2.86、二年目以降は1.95であった。ICU入室歴のあるESRD患者の長期死亡率は、一般人口と比較すると25倍であった。年齢調整後でも心不全は、ICU入室90日後も生存していたESRD患者の死亡の有意な危険因子であり、ORは2.88であった。

ICUに入室したESRD患者の90日死亡率の予測因子は年齢、糖尿病および心不全であることが分かった。SRAUにおける腎不全の原因腎疾患が「その他」または多発性嚢胞腎の患者は、糖尿病や腎硬化症の患者より死亡率が低かった。また、腎移植、内分泌疾患、分類不能の腎疾患のためICUに入室した患者は、感染や循環または呼吸不全、緊急手術後に入室した患者より死亡率が低かった。今回の対象コホート(ICU ESRD)のうち90日後も生存していた患者について、ICU入室歴のないESRD患者と比較したところ、前者の方が長期死亡率が高かった。ESRD罹患期間は短期死亡率には影響しないことが分かった。SRAUのデータによると、維持透析患者の年間全死亡率は28.1%である。ICUに入室すると、これよりもさらに死亡率が高くなることが本研究で明らかになった。Kaplan-Meier曲線では、ICU ESRD患者の5年後生存率は20%未満であり、直腸癌や心不全の5生率よりも低く、ICUに入室した血液悪性疾患患者の5生率と同等である。スウェーデンで過去に行われた調査では、RRTを要するARF患者の90日死亡率は50%であった。今回の研究では、ICUに入室しRRTを要したESRD患者の90日死亡率は42%であり、腎疾患の既往のないARF患者の死亡率よりも低かった。これと同様の結果は他の研究でも報告されている。ESRDがありICUに入室しRRTを実施される症例では、ICU入室の原因となった急性疾患の重症度が、ARF患者の重症度よりも軽いと考えられる。ESRD患者は全身状態がそれほど悪くなくてもICU入室適応となりやすい。実際、ICU入室時の主診断が腎疾患の場合、他疾患と比べICU死亡率が非常に低いことが分かっている。ESRD患者が入院する理由として最も一般的なのは、シャント感染および心血管系疾患である。ICU患者の死亡率は当初は高く、徐々に低下し入室24ヶ月後には一般人口と大差なくなることが分かっている。しかし、今回の研究ではESRD患者では5年後まで死亡率は高止まりしていた。

教訓 ESRD患者では、高齢、糖尿病、心不全がICU死亡の危険因子です。スウェーデンは国民総背番号制なので大規模調査が容易です。

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外科系ICUにおける血液検査ガイドラインの導入 [critical care]

Critical Care Medicine 2008年11月号より

Effect of laboratory testing guidelines on the utilization of tests and order entries in a surgical intensive care unit .

ICUでは血液検査が乱用されている。不必要な血液検査の実施は、医療費用の増大や血液喪失につながり、場合によっては誤診断や誤治療に結びつく。また、ICUでは医師の指示なく検査が行われることがある。しかし、ICUにおける検査オーダ方法を変化させることは難しい。なぜなら、重症患者には頻繁に検査を行うほどよいという漠然とした考えが広まっていたり、動脈または中心静脈カテーテルなどが留置されているため採血が容易であったり、いろいろな職種の人間が関わるICUのような環境では日常業務を変更することが困難であったりするからである。我々は、外科系ICUにおける検査実施ガイドラインを作成した。その目標は、a) 検査実施を決定する過程を明確にする。b) 不必要な検査を減らす。c) 医師が検査指示を決められたとおり出す。 今回の研究では以下のような仮説を検証した。1. ICUにおける検査オーダの新しいガイドラインを導入することによって、医師の指示に基づいた検査実施が促される。 2. 研究終了後も、1に挙げた効果は持続する。 3. 検査実施数が減少しても合併症は増えない。 4. 検査実施数が減ると輸血量も減る。

方法
本研究は、Massachusetts General Hospital(MGH)の外科系ICUで行われた。この外科系ICUはベッド数20床で、外傷、血管外科、胸部外科、一般外科の患者を収容している。一年間の入室患者数は(2005-2007)、1100~1200名である。
本ガイドライン導入以前は、当院ではICUスタッフ医師または副科医師の判断で検査指示が出されていた。検査はすべて電子カルテシステム(POEシステム;provider order entry system)を用いてオーダすることにはなっていたが、多くの検査は指示なく実施されていた。新しいガイドラインの作成には、MEDLINEから得た文献を利用し、関係者の合意を得た。概要は以下の通りである。 ・毎日実施する検査項目(ルーチーン検査)は、血算、Na/K、Pco2、Mg、P、BUN/Cr、血糖とする。 ・動脈血ガス分析、凝固系検査はルーチーン検査ではない。 ・心筋傷害のマーカは、初回がCPK-MBとトロポニンT、8時間後と16時間後にトロポニンTのみ実施。 ・各患者の検査計画については回診時に話し合って決定する。 ・すべての検査はPOE上でオーダする。緊急時には看護師が医師の指示なく検体血液を採取、提出してもよいこが、その場合は事後的に医師がオーダ入力を行う。
新しいガイドラインは、ICU関係者(医師、看護師およびその他)、外科医および研修医に周知され、ICU関係者にはガイドラインが印刷されたラミネートカードが配布された。
本ガイドラインは2006年5月1日から導入され、データ収集も同日から開始した。2005年11月1日から2006年10月31日までにMGHの外科系ICUに入室した患者全員を登録した。2005年11月1日から2006年4月30日に入室した群(「対照群」)のデータは遡及的に収集した。2006年5月1日から2006年10月31日に入室した群(「介入群」)のデータは前向きに収集した。介入の長期的効果を評価するため、ガイドライン導入一年後まで検査実施数についてのデータを収集した。検査実施数とPOE上のオーダ数、ASA PSおよび転帰は病院データベースを用いて調査した。死亡例および48時間以内のICU再入室例についてはカルテを閲覧した。
主要評価項目
・検査実施数:全検査および特定の検査(血算、生化、動脈血ガス分析、凝固系検査、心筋酵素)
・POEでオーダされた検査の数
副評価項目
安全性
異常値出現率、輸血実施率、ICU滞在期間、人工呼吸器装着期間、ICU退室48時間後生存率、48時間以内のICU再入室、死亡例および48時間以内のICU再入室例の事後解析(項目:48時間以内の再挿管、不整脈、心筋梗塞、出血)
有効性
赤血球輸血量

結果
主要評価項目
対照群に558名、介入群に559名が登録された。対照群の51名、介入群の41名がそれぞれの研究期間中に2回入室したが、あわせて1回の入室として報告した。入室時における背景因子およびHgb以外の検査値について二群間に有意差を認めなかった。Hgbは対照群10.8±1.8g/dL、介入群11.1±2.0g/dLであった。
ガイドライン導入以前の6ヶ月間(対照群)に実施された検査数は64305件、オーダ入力数は20940件であった。ガイドライン導入後6ヶ月間(介入群)に実施された検査数は40877件、オーダ入力数は35472件であった。全体で、実施数は37%減少、入力数は38%増加した。実施数と入力数の比は、0.32から0.89に上昇した(p<0.001)。この傾向はガイドライン導入1年後の調査でも維持されていることが確認された。調査対象とした特定の検査についても同様の傾向が認められた。血糖、動脈血ガス分析、生化、凝固系検査および心筋酵素の検査実施数はそれぞれ51.4%、43.9%、37.6%、30.5%、23.2%減少した。患者一人につき一日あたりに実施された検査数は、20.7件から16.4件に減少した(p<0.001)。
副評価項目
検査実施数の減少によって生理的異常の新規発生数が増加するか否かを評価するため、検査異常値と血液製剤使用率を対照群と介入群のあいだで比較した。異常値発生率および異常値の平均値に有意差は認められなかった。また、異常値のばらつきについても有意差はなかった。したがって検査実施数の減少が、異常値発生数の増加にはつながらなかったと結論づけられる。両群間で血液製剤使用単位数の有意差は認められなかった。生存率、人工呼吸器装着日数、ICU滞在期間、ICU再入室率についても有意差はなかった。死亡例および48時間以内のICU再入室例についての解析でも、ガイドライン導入により合併症発生の増加は示されなかった。赤血球製剤使用単位数は、介入群が633単位、対照群は744単位であり、一人あたり単位数はそれぞれ2.8±2.5単位、3.3±3.6単位(p=0.08)であった。検査実施数と赤血球製剤使用単位数の相関を調べてみると、両群とも検査実施平均100回ごとに赤血球製剤1単位が使用されていた。

考察
ICUにおいて検査実施を絞り込もうとする介入は成功しない場合がある。なぜなら、どれが不必要な検査なのかを決めるのが難しく、他職種の関係者が出入りし状況が短期的にめまぐるしく変化するため新しい取り組みを導入しそれを持続させるのも難しいためである。今回の取り組みでは、我々は実施してはならない検査を敢えて設定しなかった。むしろ、ルーチーンに実施すべき検査が何であり、その他の検査についてはどのように実施を決定するのか(回診、ICUレジデントへの報告、入室時指示の再確認、指示出しの徹底)ということに重点を置いた。そしてさらに、単純な介入を繰り返し行い、関係するすべての医師に研究の進捗状況を報告した。このような方法はICUで新しい治療法を導入するのに有用であることが知られている。新しいガイドライン導入後、検査実施数が37%減少し、医師による検査指示入力数は38%増加した。これらの変化は一ヶ月で現れ、研究期間中のみならず導入から1年経過しても維持されていた。適切な指示入力は患者の安全性や検査報告の正確性の向上および会計に欠かせない。介入群では、ガイドライン遵守率が非常に高く約90%に達した。ICU専門医が検査を絞り込むのを躊躇する主な理由は、検査を減らすと患者のモニタリングが十分にできず、合併症が増えるのではないかという懸念である。今回の調査では、各患者の異常値のばらつきにガイドライン導入前後で変化が認められなかった。また、患者一人あたりの異常値発生数についてもガイドライン導入前後で変化は認められなかった。したがって、検査実施数が減少しても、即時対応が必要な生理的異常の検出効率は変わらないと考えられる。検査実施数減少による凝固能異常の発生数増加の有無を確かめるため、血液製剤使用量を比較したが、むしろガイドライン導入後の方が赤血球製剤およびFFPの使用量が減少していた。本ガイドラインの安全性を検証するため、転帰について解析した。死亡率、ICU滞在期間、人工呼吸器装着期間について有意な変化は認められなかったが、今回のような介入によってこれらの転帰項目が影響を与える可能性はもともと低い。死亡例および48時間以内再入室例についての解析でも、再挿管率、不整脈、心筋梗塞、急性出血などについてガイドライン導入前後で変化は認められなかった。以上の結果は、本ガイドラインが安全に導入できることを裏付けるものではあるが、解釈には注意が必要である。たとえば、ガイドライン導入後の方が有意ではないが再挿管率が高かった(10例vs15例; p=0.3)が、この傾向が長期間継続すれば有意な差としてあらわれてくる可能性がある。また、心筋梗塞や腹腔内出血などが定期的な検査の減少によって見逃されやすくなる可能性も否定できない。とはいえ今回の結果は、頻繁な検査に頼り切るのではなく、臨床的な注意深い監視がICUにおける有害事象防止の基本であるという原則を強調するものである。今回の研究では、赤血球製剤投与率には有意な変化を認めなかったが、患者一人あたりの投与量(2.8±2.5単位vs 3.3±3.6単位,p=0.08)には有意ではないが減少傾向を認めた。また、検査実施数に対する赤血球製剤使用量の比はガイドライン導入前後で変化を認めなかった。急性出血症例を除外してもこの傾向は認められた。研究期間中に輸血閾値についての大きな変化はなかった。したがって、今回の結果から、採血による失血量が増えるほど輸血量が増えると言える。本研究の問題点は、前後比較試験であること、異なる複数のデータベースから患者情報を収集したこと、ICU退室日に追加実施された検査は調査対象外としたことである。

教訓 検査を減らすと赤血球輸血量を減らせる可能性があるそうです。医師がオーダしなくても検査ができるようにしてあるところがpracticalです。
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鎌状赤血球症の肺合併症~血管閉塞/急性胸部症候群 [critical care]

NEJM 2008年11月20日号より

Pulmonary Complications of Sickle Cell Disease

両親のそれぞれから一つずつ計二つの変異βグロビン遺伝子を受け継ぐと鎌状赤血球症が発症する。この遺伝子によりヘモグロビンAはβグロビン鎖の第6コドンがGAG(グルタミン酸)→GTG(バリン)に変異し、ヘモグロビンSと呼ばれる異常ヘモグロビンになる。常染色体劣性遺伝疾患のうち世界でもっとも多く見られるのが鎌状赤血球症である。米国の黒人のうち約8%は鎌状赤血球のヘテロ接合体であり、600人に1人がホモ接合体で鎌状赤血球症を発症している。サハラ以南アフリカでは地域によっては、人口の40-60%がヘテロ接合体で、その地域の新生児の1-4%が鎌状赤血球症であると推定されている。ヘモグロビンSは脱酸素化すると重合する。重合したヘモグロビンSによって赤血球は固くなり変形し、赤血球細胞膜には構造的障害が発生する。その結果、赤血球の変形性と流動性が低下し微小血管の血流が滞り、溶血や血管閉塞による症状が発生する。ヘモグロビンSの重合の程度は鎌状赤血球症の重症度を決定する最大の要因である。ヘモグロビンSの重合度は、ヘモグロビンの脱酸素化の程度と時間および細胞内のヘモグロビンS濃度によって決定される。赤血球内に胎児ヘモグロビンがあるとヘモグロビンS濃度が低下するため重合が阻害される。鎌状赤血球症には多種多様な合併症がある。主な急性合併症として、血管閉塞性疼痛発作と急性胸部症候群の二つが挙げられる。また、成人鎌状赤血球症患者では高血圧、肺高血圧症、血管内皮障害、血管内膜および血管平滑筋の増殖などを呈する進行性の血管病変が生ずる可能性がある。最終的には、慢性腎不全、脳血管障害、無血管性骨壊死、肺高血圧症などの慢性的な臓器障害に発展する。臨床的に重要なのは肺合併症、つまり急性胸部症候群と肺高血圧症であり、鎌状赤血球症患者の死因の多くをこれらが占めている。血管閉塞の機序や慢性的な血管内溶血の影響についての理解が進み、様々な臨床像を示す鎌状赤血球症の病態が明らかにされてきた。本論文では、鎌状赤血球症の全体像を新たに整理して示し、血管閉塞による合併症だけでなく血管内溶血による内皮細胞および血管機能に対する悪影響の結果生ずる合併症について述べる。

鎌状赤血球症の表現型
鎌状赤血球症患者全員にGAG→GTGの遺伝子変異が認められるが、合併症の重症度や、合併症発症リスクおよび発症年齢には大きなばらつきがある。たとえば、血管閉塞性疼痛発作および急性胸部症候群の検査所見上の主要危険因子は、白血球数がいつも高いことと、ヘモグロビン濃度が高いことである。一方、胆石症、下肢皮膚潰瘍、持続勃起症および肺高血圧症の危険性が高いのは、普段のヘモグロビン濃度が低く、血管内溶血が主体の場合である。後者の合併症は他の溶血性疾患でも認められ、肺高血圧症はサラセミアでも珍しくはない。しかし、サラセミアでは急性胸部症候群は発生しない。持続勃起症と下肢皮膚潰瘍は他の溶血性疾患でも認められるが、鎌状赤血球症での発症率よりは頻度が低い。鎌状赤血球症の臨床像は、血管閉塞と溶血性貧血という二大機序によって引き起こされる二つの重複する表現型から構成されると考えると理解しやすい。

血管閉塞
血管閉塞性発作は、繰り返し発生する痛みを伴う発作である。赤血球と白血球が微小血管内で捕捉され血流が途絶え、臓器が虚血に陥るのが発作の原因である。鎌状赤血球症マウスモデルの後毛細血管細静脈では、低酸素症または炎症性物質(TNFαやLPSなど)によって血管内皮、白血球および赤血球が相互作用によって接着し血管閉塞を起こすことが示されている。このモデルでは、虚血と再灌流が繰り返されることと血管内溶血によって酸化ストレスおよび炎症性ストレスが発生することが明らかにされている。重合したヘモグロビンSを多く含んだ、固く変形した赤血球による前毛細血管細動脈の閉塞も微小循環閉塞に関与していると考えられている。骨髄および骨膜の虚血と再灌流は細胞傷害、梗塞、組織壊死、浮腫、炎症を引き起こす。その結果、激しい疼痛と炎症が発生し、発熱と白血球数増加を伴うことが多い。時には骨髄壊死に至り、壊死した骨髄の脂肪や細胞成分による肺塞栓が起こることがある。疫学的調査によれば、血管閉塞性発作の頻度と重症度が増すのは、ヘモグロビンS濃度が高く胎児ヘモグロビン濃度が低く、非発作時の白血球数およびヘモグロビン濃度が高い場合である。つまり赤血球による血管閉塞の程度を主に決定するのは、重合ヘモグロビンS、炎症の存在および過粘稠である。

急性胸部症候群
急性胸部症候群は鎌状赤血球症でよく認められるタイプの肺傷害である。重症化すればARDSになる。急性胸部症候群とは、鎌状赤血球患者において新規の肺浸潤影(無気肺ではなくconsolidation)が少なくとも一つの肺区域全体に認められる場合を言う。胸部X線写真上の異常所見に加え、通常は胸痛、発熱、頻脈、喘鳴または咳嗽が認められる。鎌状赤血球症患者の入院理由として二番目に多いのが急性胸部症候群である。また、ICU入室理由の第一位、若年鎌状赤血球症患者の死因の第一位は急性胸部症候群である。

急性胸部症候群の原因
呼吸器感染、骨髄脂肪の塞栓および肺血管の鎌状赤血球による閉塞の三つの原因が指摘されている。これらにより肺傷害と肺塞栓が発生する。
呼吸器感染
急性胸部症候群の発症原因としてもっとも多いのは市中肺炎である。通常であれば軽い上気道感染で済むような感染が、鎌状赤血球症では重い感染に進展することがある。鎌状赤血球症患者538名の急性胸部症候群671例を対象とした調査では、入院した患者の54%から痰培およびBAL培養で起因菌が検出された。大多数が非定型細菌またはウイルスであった。鎌状赤血球症では脾臓の食細胞機能が正常であることが稀であるにもかかわらず、莢膜形成細菌が検出されたのは全症例の10%以下であった。
脂肪塞栓
急性胸部症候群の発生原因として二番目に多いのは脂肪塞栓症候群である。複数の骨、特に骨盤と大腿骨に激しい血管閉塞性疼痛発作が起きると、骨髄に梗塞と浮腫が生ずる。その結果、骨髄は壊死し、脂肪、細胞、および骨成分が放出され血流に乗り肺まで到達し、急性肺高血圧症、肺の炎症そして低酸素血症に陥る。ホスホリパーゼA2が骨髄のリン脂質を遊離脂肪酸に変換し、炎症反応と肺傷害を起こすと考えられている。オレイン酸静注によるARDSマウスモデルでも同じような現象が認められる。オイルレッドO染色で肺胞マクロファージに脂質沈着が認められれば、脂肪塞栓症候群と診断される。急性胸部症候群では16%以上の症例で肺胞マクロファージに脂質沈着が見られる。誘発痰に脂質の蓄積したマクロファージ(泡沫細胞)が検出される場合、つまり脂肪塞栓の所見がある場合はそうでない場合と比較し、胸部以外の疼痛や神経学的症状が認められることが多く、血小板数が低くアミノトランスフェラーゼ値が高い。急性胸部症候群は全身性の脂肪塞栓症候群の一部として現れることもある。多臓器不全、ARDS、肺動脈圧の急激な上昇、肝障害、意識障害、血小板数の著減、てんかん、凝固能低下(まれ)を呈する場合は全身性の脂肪塞栓症候群を疑う。
肺梗塞
肺梗塞が急性胸部症候群の原因となることもある。

急性胸部症候群の臨床像
成人鎌状赤血球症患者では、急性胸部症候群は上肢、下肢または胸部の強い疼痛が出始めてから24-72時間後に発生することが多い。全身性の強い炎症反応が起こり、最高体温の平均値は38.9℃、平均白血球数は23000/mm3に達する。非発作時のヘモグロビン濃度が高いことは、急性胸部症候群の主な危険因子ではあるが、血管閉塞性疼痛発作で入院した患者ではヘモグロビン濃度が急激に低下し(平均0.78g/dL低下)、急性胸部症候群発症に先立ち溶血のマーカが上昇する。血小板数も急性胸部症候群発症前に低下することがあり、血小板数20万/mm3以下は重症の急性胸部症候群の独立した危険因子であり、神経学的合併症発生の危険性が高く、人工呼吸管理を要する可能性も高い。成人で、特に合併症のない血管閉塞性疼痛発作が起こった場合の平均入院期間は3-4日間であるが、急性胸部症候群では10.5日間である。本症候群患者の13%が人工呼吸管理を要する。人工呼吸が行われた症例では死亡率は19%だが、急性胸部症候群全体では死亡率は約30%である。急速輸血または急速交換輸血を行うと若年患者では速やかな改善が得られる。鎌状赤血球症には喘息が合併することが多い。急性胸部症候群患者の13%以上、9歳までの小児患者では最高53%に閉塞性障害が見られる。しかし、非発作時の小児鎌状赤血球症患者で、健常児と比較し喘息の発生率が高いという決定的な証拠はまだ得られていない。非発作時の鎌状赤血球症患者に認められる呼吸機能の異常は、拘束性障害と拡散障害である。呼吸機能障害は、年齢が進むほど悪化し、肺動脈圧もそれにつれて上昇する。(つづく)

教訓 鎌状赤血球症の主な急性合併症には、血管閉塞性疼痛発作と急性胸部症候群があります。急性胸部症候群はICU入室理由の第一位、若年鎌状赤血球症患者の死因の第一位です。重症化するとARDSになります。


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鎌状赤血球症の肺合併症~溶血 [critical care]

NEJM 2008年11月20日号より

Pulmonary Complications of Sickle Cell Disease

溶血、血管内皮障害、血管障害
ヘモグロビンの分解
酸化ストレスまたは機械的ストレスによって赤血球内から血漿中へ放出されたヘモグロビンは、複雑な機序によって除去され解毒される。二量体となったヘモグロビンはハプトグロビンと結合する。ヘモグロビンとハプトグロビンの複合体はヘモグロビンスカベンジャープロテインCD163によって認識される抗原決定基(ネオエピトープ)を提示する。CD163が作用するとマクロファージや単球はヘモグロビンを取り込む。するとIL10が活性化され、ヘムオキシゲナーゼ1とビリベルジン還元酵素の発現が誘導される。この二つの酵素はヘムを分解し、強力な抗増殖・抗酸化・抗炎症作用のシグナルを伝達する。また、遊離ヘム、鉄、酸素による酸化および炎症反応によってもヘムオキシゲナーゼ1とビリベルジン還元酵素が活性化され、ハプトグロビンがヘモグロビンに結合しヘムを介した脂質の過酸化が抑制され、ビリベルジン還元酵素はその還元作用によりNADPHを産生し、グルタチオンを還元する。また、ヘムオキシゲナーゼ1の作用によって産生された一酸化炭素とビリベルジンは血管傷害を抑制する。鎌状赤血球症における血管傷害の新しい治療法として、ハプトグロビン投与、一酸化炭素および一酸化炭素放出化合物の吸入、ヘムオキシゲナーゼの遺伝子または薬物を利用した誘導などが動物実験で研究されている。

溶血
一酸化窒素に対する影響
鎌状赤血球症では、非発作時でもヘモグロビンおよびヘム除去能が最大限に発揮されているが、それでも除去能が追いつかない状態にある。血漿中の遊離ヘモグロビンや、水酸化ラジカルおよび過酸化ラジカルなどの活性酸素は、強力な一酸化窒素スカベンジャーである。一酸化窒素は通常は血管内皮が産生しており、血管を拡張させ、血小板機能および凝固系活性化を抑制し、NF-κB依存性接着分子(ICAM1、VCAM1、セレクチン)の発現を抑制し、ラジカル-ラジカルスカベンジングにより過酸化物質を減少させる。一酸化窒素は血中ではヘモグロビンと反応しメトヘモグロビンと硝酸塩を生成する。この反応は迅速に起こるため、一酸化窒素の血中での半減期は非常に短い。一酸化窒素の血管拡張作用が発揮されるのは、正常ではヘモグロビンの大部分が赤血球内に存在しているからである。血液が血管内を流れることによって血管内皮に沿って細胞の存在しない帯域が形成される。赤血球周囲にあるこの無細胞ゾーンおよび赤血球周囲の非撹拌血液層(血流に乗らない血液)が存在することによって、一酸化窒素の赤血球内への拡散が制御されている。しかし、溶血しヘモグロビンが血漿中に放出されると、このバリアが突破され、遊離ヘモグロビンが一酸化窒素の作用を強力に阻害する。その結果、内皮細胞障害および一酸化炭素抵抗性が臨床的に顕在化する。
アルギニンに対する影響
溶血によってヘモグロビンの他に赤血球アルギナーゼ1が血漿中に放出される。アルギナーゼは血漿中のアルギニンを代謝しオルニチンに変えるため、一酸化窒素合成に必要な基質が減少する。これが鎌状赤血球症で一酸化窒素の作用が低下する一因である。鎌状赤血球症患者ではアルギナーゼ1の血中濃度および活性が、健常対照群と比較し有意に上昇しているという報告がある。一酸化窒素の作用低下は、重症肺高血圧症や死亡につながる。
凝固能亢進
溶血性疾患では一酸化窒素およびアルギニンが慢性的に不足する。その結果、凝固能が亢進する。一酸化窒素には血小板活性化を阻害する強力な働きがある。鎌状赤血球症では一酸化窒素と、その基質であるアルギニンが減少するため、血小板が活性化されやすい状態が形成されている。血小板が活性化されると、血小板内でアルギナーゼ発現が亢進するため、アルギニンが一層減少する。溶血は遊離ヘモグロビンを放出するだけでなく、組織因子を活性化する作用のあるフォスファチジルセリンを含んだ小胞が赤血球内で形成されるという影響を及ぼす。機能的無脾症のある鎌状赤血球症患者や、脾摘を受けたサラセミア患者では、血漿中のヘモグロビン濃度が上昇し、赤血球内のフォスファチジルセリンを含んだ小胞が増加する。これが鎌状赤血球症やサラセミアにおいて凝固能が亢進し、無脾症に陥るとさらに病態が悪化する原因であると考えられている。鎌状赤血球症マウスモデルやマラリアマウスモデルでは、一酸化窒素や内皮依存性血管拡張薬による血管拡張作用が減弱し、肺高血圧症および右心不全が発生することが確認されている。(つづく)

教訓 溶血はNOを減少させます。その結果内皮傷害、肺高血圧、凝固能亢進などが起こります。


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鎌状赤血球症の肺合併症~肺高血圧症 [critical care]

NEJM 2008年11月20日号より

Pulmonary Complications of Sickle Cell Disease

鎌状赤血球症における肺高血圧症
鎌状赤血球症における肺高血圧症の最大の危険因子は溶血性貧血の重症度である。溶血性貧血の重症度は、非発作時のヘモグロビン濃度、LDH値、間接ビリルビン値および網赤血球数から判断する。鎌状赤血球症以外の溶血性貧血疾患(サラセミア、発作性夜間ヘモグロビン尿症、遺伝性球状赤血球症、遺伝性有口赤血球症、ピルビン酸キナーゼ欠損症、自己免疫性溶血性貧血、G6PD欠損症、不安定ヘモグロビン症、顕微鏡的溶血性貧血など)でも肺高血圧症が合併することがある。
心エコー
成人鎌状赤血球症患者の20%に境界域~軽度の肺高血圧症(肺動脈収縮期圧>35mmHg)、10%に中等度~重度の肺高血圧症(肺動脈収縮期圧>45mmHg)が認められる。特発性または遺伝性肺高血圧症と違い、鎌状赤血球症では境界域~軽度の肺高血圧症でも死亡リスクが著しく高い。肺動脈圧上昇の度合いを、血管傷害の程度を反映する死亡の危険因子の一つと捉えればよいのか、それとも右心不全の進行または急性右心不全を引き起こす直接的な死因の本態と捉えればよいのかはまだ分かっていない。小児患者における境界域肺高血圧症の病態的意義は解明されていない。成人鎌状赤血球症患者では、ドップラー心エコー検査による肺高血圧症のスクリーニングを行うべきである。鎌状赤血球症患者は痩せているので心エコーによる三尖弁逆流の描出は容易である。三尖弁逆流のジェット流速が2.5m/secであると肺動脈収縮期圧は約35mmHgである。通常は三尖弁逆流のジェット流速が3.0m/sec以上である場合を肺高血圧症とするが、鎌状赤血球症では2.5-2.9m/secでも死亡リスクが上昇する。国立衛生研究所(NIH)の追跡調査では、三尖弁逆流のジェット流速が2.5-2.9m/secであると、それ未満である場合と比べ死亡率比が4.4(95%CI, 1.6-12.2; P<0.001)であり、3.0m/sec以上であると死亡率比が10.6(95%CI, 3.3-33.6; P<0.001)であるという結果が得られている。
脳性ナトリウム利尿ペプチド
肺高血圧症のスクリーニング検査には、脳性ナトリウム利尿ペプチドのN末端断片の血中濃度を測定する方法もある。脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)は、心臓が圧または容量によって伸展されると心筋細胞から放出される物質である。特発性であれ鎌状赤血球症に合併するものであれ肺高血圧症では、BNP値は肺血管抵抗の程度および死亡危険性とよく相関する。鎌状赤血球症患者の約30%においてBNP値上昇(>160ng/mL)が認められ、BNPが上昇していない患者群と比較し死亡リスクが有意に高い(2.87倍)という結果がNIH肺高血圧症スクリーニング研究で報告されている。血管閉塞性発作や急性胸部症候群が起こると、肺動脈圧は急激に上昇する。急性胸部症候群で入院した84名を対象とした研究では、5名(13%)で右心不全が認められたことが明らかにされている。右心不全の5例すべてで人工呼吸管理が行われ、4名は死亡した。以上から、急性胸部症候群では急性肺高血圧症と右心不全が合併することが分かる。
心臓カテーテル検査
血行動態に影響を及ぼすほどの肺高血圧(心エコーで三尖弁逆流のジェット流速が3.0m/sec以上)があれば、確定診断のため右心カテーテル検査を行わなければならない。鎌状赤血球症の肺高血圧症例の右心カテーテル検査では門脈肺高血圧症に類似したhyperdynamic な血行動態が認められる。肺高血圧症を合併した鎌状赤血球症患者の平均肺動脈圧は約40mmHg、肺血管抵抗は約250dyn・sec・cm-5である。肺血管抵抗が比較的低いのは、貧血のため心拍出量が増えているからである。心エコーで三尖弁逆流のジェット流速が3.0m/sec以上であり右心カテーテル検査を行った患者のうち約60%が肺高血圧症の確定診断に至り、残り40%では左室拡張能低下(左室拡張終期圧>15mmHg)と診断される。肺高血圧に拡張能低下を伴うと死亡リスクが極めて高くなる。
肺高血圧のその他の機序
鎌状赤血球症における肺高血圧症の成因には、血管内溶血以外の様々な機序が関与している。鉄過剰症、C型肝炎、肝結節性再生性過形成などがあると肝機能障害のため門脈肺高血圧症が発生する可能性がある。鎌状赤血球症に合併することの多い慢性腎不全も肺高血圧症発症の危険因子の一つである。肺血管内の血栓および肺塞栓が臨床的に、または剖検で認められることも多い。慢性血栓塞栓性肺高血圧症は、鎌状赤血球症患者の5%に発生する。急性胸部症候群を繰り返す症例で肺高血圧症が多いことを示すデータはない。

まとめ
成人鎌状赤血球症患者の死因として多いのは肺合併症(急性胸部症候群と肺高血圧症)である。急性胸部症候群で死亡する症例では、急激な肺動脈圧上昇と右心不全が認められることが多い。急性胸部症候群と肺高血圧症に対し現在行われている治療法は、根拠に乏しかったり、専門家の意見に基づいているだけのものであったりするので、無作為化臨床試験によるエビデンスの確立が望まれる。

教訓 溶血がひどいとNOが減って肺高血圧症になります。鎌状赤血球症患者が肺高血圧症になると死亡リスクが上昇します。
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外傷後脳虚血を脳血流量から診断できるか? [critical care]

Critical Care Medicine 2008年11月号より

Cerebral blood flow thresholds for cerebral ischemia in traumatic brain injury. A systematic review .

外傷後脳虚血(PTCI)は致死的外傷性脳損傷症例の90%で認められる。したがって外傷性脳損傷の治療にあたっては、脳の酸素化と血流の測定が重要である。脳灌流圧は脳血流の主な指標であるため、脳灌流圧の目標値を設けて外傷性脳損傷の治療を行うべきであるという意見がある。しかし、脳灌流圧の最適な目標値は未だ明らかにされていないし、おそらく最適な目標値は患者によって異なる上に、同じ患者であっても経過によって変化するものと考えられる。故に、PTCIを診断するには脳血流量の直接測定が必要である。我々の管見の及ぶところでは、外傷性脳損傷における脳血流量閾値の設定についての方法論的妥当性がこれまでに検討されたことはない。今回、成人外傷性脳損傷における脳血流量閾値について文献を渉猟しその根拠を検証した。

Medline(1966年1月-2007年6月)、Embase(1982年1月-2007年6月)およびCochrane Library(1993年1月-2007年6月)から文献を検索した。検索キーワードは、brain ischemia, cerebral ischemia, brain blood flow, head injuryおよびhead traumaとした。検索の結果得られた文献のうち、成人外傷性脳損傷患者を対象として脳血流量閾値について評価が行われ、追跡評価にCTまたはMRIが用いられ梗塞域が診断されているものを本研究の対象とした。

キーワード検索で得られた253編の文献のうち、53編が成人外傷性脳損傷患者における脳血流量を主なテーマとする文献であった。このうち31編は脳血流量測定の診断性能についての評価が行っていいなかったため除外した。残り22編のうち20編は過去の文献で使用されている脳血流量閾値を用いて脳血流量測定の診断性能を評価していたため除外した。それらの多くで、動物実験(サルまたはブタ)または頚動脈手術中の脳虚血の研究から得られた値である18-20mL/100mL/minを脳血流量閾値として採用されていた。最終的に残った2編でのみ、PTCIが発生する脳血流閾値が検討されていた。このうち1編では、脳室の大きさから判断した脳萎縮の程度に基づいてPTCIの診断が行われていたため除外した。本研究の対象となった1編は、重症外傷性脳損傷(GCS 8点以下)連続14症例を対象としたコホート研究であった。脳血流量は受傷後72時間以内(平均46時間後)にPETで測定され、基準診断法は受傷3-18ヶ月後(平均239日後)のMRIであった。評価対象となった検査法(PETによる脳血流量測定)と対照とされた標準的検査法(追跡MRI検査)は独立して盲検化され、画像上の病変部位および健常部位のボクセルの比較が行われた。非可逆的な脳虚血性障害(脳梗塞)が発生する脳血流量閾値は15mL/100mL/minであるという結果が得られた。この閾値の感度は43%、特異度は95%であった。この研究における対象患者では、テント上の予測梗塞域は全体の4.3%であるとPETで診断されたが、陽性的中率はわずか27%であり、陰性的中率は96%であった。

過去62年間に発表された文献を検索し、PTCI診断の脳血流量閾値について体系的レビューを行った。PTCI診断における脳血流量測定の診断性能について評価した文献が22編得られたが、脳血流量閾値の妥当な値を検討・評価していたのはそのうち2編のみであった。残りの20編では、1970年代から1980年代初頭にかけて行われた動物実験やヒトの頚動脈内膜剥離術中の急性虚血性脳血管障害の研究から得られた値が脳血流量閾値として採用されていた。動物実験の結果をヒトに当てはめたり、脳血管障害の研究結果を外傷症例に当てはめたりするのは適切とは言い難い。虚血でも外傷でも、炎症性変化など一部の病態生理的機序は共通しているが、それでも両者の差異は歴然としている。急性虚血性脳血管障害では、脳血流低下が続くことにより神経死が起こる。外傷性脳損傷では機械的外力による脳血管および脳組織の剪断および断裂の結果、脳実質が破壊される。この結果、分子レベルおよび細胞レベルの反応のカスケードが惹起され「二次的」虚血性障害が発生する。外傷性脳損傷後は、外傷そのものまたは鎮静薬の使用により脳代謝が低下していることが多い。したがって、脳血流量が低下しても問題がないのかもしれない。だが、外傷により興奮性アミノ酸が放出され興奮毒性が発揮されると、脳代謝が増加し正常な脳血流量でも代謝需要に追いつかなくなる可能性がある。どちらの状況が発生するかによって、脳組織が生き残るのに足る脳血流量閾値は変化する。ここが虚血性脳血管障害と外傷性脳損傷の違いである。もう一つの違いは、脳血管障害では虚血は局在しているが、外傷性脳損傷後の脳障害は瀰漫性に発生することである。以上から、虚血性脳血管障害における脳血流量の閾値をそのまま外傷性脳損傷にも当てはめることは、極めて妥当性に欠けるのである。付け加えると、急性虚血性脳血管障害における脳血流閾値自体、薄弱な根拠に基づいて導かれたものなのである。脳血流量の閾値を検討した研究が2編しか発表されていないという事実から、脳血流閾値の設定やその診断性能の解釈の重要性が十分に認識されていないことが分かった。検査の感度や特異度は適切な閾値が設定によって決定される。したがって、診断性能についての研究では異なる閾値による感度と特異度をプロットした曲線を示すことによって、より多くの情報を提供することができる。また、評価対象とした検査法を標準的検査法と比較することが、診断性能についての研究では重要である。今回の研究で検索の結果得られた文献では、標準的検査法との比較が行われていたのは1編のみであった。本レビューの対象となった1編の研究の対象患者数は14名であった。評価対象は患者ではなくボクセルであったので、この研究の検出力の評価は困難である。この研究では、脳梗塞が発生する脳血流領域値は15mL/100mL/minであるという結果が得られた。感度は低く(0.43)、特異度は高かった(0.95)。つまり、この閾値を脳血流量が下回った脳組織は脳梗塞に陥る可能性が非常に高いと言えるが、脳血流量がこの閾値を上回っていても脳梗塞になる脳組織もかなりあることを意味している。したがって、この脳血流閾値を採用するとPTCIを見逃す可能性がある。PTCIは非常に複雑な現象であり、脳血流量が単独のPTCI診断法として用いられることは今後もないであろう。PTCIの成因として指摘されている全脳虚血の持続、一時的な全脳虚血および局所的虚血の持続の診断には、脳血流量および脳の酸素代謝測定を迅速かつ頻繁に行う必要がある。また、血流や代謝の局所的異常を正確に検出できなければならない。現時点では、PTCIの診断に脳血流量測定のみを用いることは推奨されない。

教訓 外傷性脳損傷は、脳血流量だけでなく、いろいろな情勢を勘案して管理しなければなりません。

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食道内圧を指標としたALI/ARDSの人工呼吸管理~緒言と方法 [critical care]

NEJM 2008年11月13日号より

Mechanical Ventilation Guided by Esophageal Pressure in Acute Lung Injury

近年、人工呼吸管理の進歩によりARDS患者の生存率が以前よりは向上してきてはいるが、それでも死亡率は依然として許容しがたいほど高い。低一回換気量による人工呼吸管理がARDS症例の管理に有用であることは明白であるが、PEEPの適切な設定法についてはまだ明らかにされていない。理想的な人工呼吸とは、十分に適切な肺内外圧差(transpulmonary pressure=気道内圧-胸腔内圧)を生じさせ、酸素化を維持するとともに断続的な肺胞虚脱や過膨張を最小限にとどめるような換気である。しかし、重症患者では腹腔内圧および胸腔内圧の個人差が大きい。したがって一定の決められたPEEPを用いると、患者間で肺内外圧差に大きなばらつきが生ずる可能性がある。我々は、食道バルーンカテーテルを用いて胸腔内圧を概測した。この方法は健康なヒトや動物を対象とした実験ではその確からしさが証明されているが、集中治療を受ける患者においては詳細な研究が行われたことはない。我々は、各患者の肺および胸壁メカニクスに応じてPEEPを調整する筋道があると考えた。概測胸腔内圧が高い患者に従来の換気方式による人工呼吸を行うと、十分な肺胞の開存が得られず低酸素血症に陥る可能性がある。そのような場合、PEEP値を上げ、肺内外圧差を適切に維持することによって過膨張を防ぎつつ肺胞の開存と酸素化を改善することができる可能性がある。翻って、胸腔内圧が低い患者の場合には低いPEEP値によって肺内外圧差を上げないようにすれば、過膨張を防ぐとともに高いPEEPによる血行動態に対する悪影響を抑えることができるであろう。今回、ALI(急性肺傷害)またはARDS(急性呼吸窮迫症候群)の患者を対象とした無作為化比較対照パイロット研究の結果を報告する。本研究では、食道内圧測定に基づいた人工呼吸管理と、ARDSNet推奨の人工呼吸管理を比較し、肺内外圧差(訳注;肺内外圧差はかなり大雑把に言うと肺胞内圧のことです)を陽圧にするようにPEEPを調節することによって酸素化が改善するという仮説を検証した。

方法
対象患者
Beth Israel Medical Center (Boston, MA)の内科系および外科系ICUで研究を実施した。アメリカ-欧州合意会議のALIまたはARDS診断基準を満たした患者を対象とした。食道疾患、気管支胸膜瘻、臓器移植後の患者は除外した。

測定および実験プロトコル
体位は仰臥位、30°の頭高位とした。気道内圧、一回換気量、吸気流量を記録した。食道バルーンカテーテルを切歯から60cmのところまで挿入し胃内圧を測定した後に、カテーテルを40cmのところまで引き戻して食道内圧を測定した。腹部を軽く圧迫すると圧が同時に変化することをもってカテーテル先端が胃内にあることを確認した。約三分の一の患者ではカテーテルを胃内に到達させることができなかったため、cardiac artifactと換気サイクルに伴う圧の変動によってカテーテルが食道内にあることを確認した。呼気二酸化炭素分圧を測定し生理的死腔の算出に用いた。以上の初期測定の後に、患者を対照群または食道内圧準拠群に無作為に割り当てた。すべての患者に深い鎮静または筋弛緩下でリクルートメント手技(気道内圧40cmH2O×30秒)を実施した。ただし、40cmH2Oの気道内圧では肺内外圧差が大きくなりすぎる症例では、肺内外圧差が<25cmH2Oを保つようにより低い圧でリクルートメントを行った。リクルートメント手技の後に割り当てられた人工呼吸管理を開始した。

食道内圧準拠群の患者は、食道内圧初回測定値に基づいて人工呼吸器を設定した。一回換気量は6mL/kg(予測体重)とした。予測体重は、男性は50+0.91×(身長cm-152.4)kg、女性は45.5+0.91×(身長cm-152.4)kgの計算式で算出した。PaO2およびFIO2に応じた呼気終末の肺内外圧差の目標値(0-10cmH2O)が得られるようにとなるようにPEEP値を設定した。また、吸気終末の肺内外圧差が25cmH2O未満となるように一回換気量を調節することにしたが、実際に行われた例はほとんどなく、またこの目的のために一回換気量を減らした症例は皆無であった。

対照群ではARDSNetが報告した低一回換気量の人工呼吸管理が行われた。この管理法では、一回換気量を6mL/kgとし、PEEPは患者のPaO2およびFIO2に応じて一意的に決定される。

両群とも人工呼吸管理の目標は、PaO2 55-120mmHgまたはSpO2 88-98%、動脈血pH7.30-7.45、PaCO2 40-60mmHgとした。人工呼吸器設定を頻繁に変更しなくてもよいように、PaO2目標値をARDSNet55-80mmHg)よりも広くとった。人工呼吸器を以上のように設定し、5分後、24時間後、48時間後、72時間後に前述の項目の測定を行った。臨床的に有意な変化が患者に認められた際には人工呼吸器設定を変更し、同様に測定を行った。人工呼吸以外の治療は、割当群を関知しない集中治療医が実施した。血行動態管理、鎮静、人工呼吸器離脱およびその他の人工呼吸に関連する一般的治療・手技はプロトコルに基づいて行われた。主要評価項目は、無作為化割当72時間後のP/F比(PaO2/FIO2)とした。副次評価項目は、肺メカニクスとガス交換の指標(呼吸器系コンプライアンス、生理的死腔/一回換気量比[VD/VT])と患者転帰(28日後における人工呼吸器非装着日数、ICU滞在期間、割当後28および180日以内の死亡)とした。(つづく)

教訓 食道内圧を胸腔内圧と見なすには以下のような条件を仮定しなければなりません。①食道が心臓などに圧迫されていない ②食道周囲の圧が胸腔内圧と同じ ③胸腔内圧が全体的に均一 ④食道内外圧差がゼロ 
この研究では三分の一の症例でカテーテルを胃内まで到達させることができませんでした。


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