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外科系ICUにおける血液検査ガイドラインの導入 [critical care]

Critical Care Medicine 2008年11月号より

Effect of laboratory testing guidelines on the utilization of tests and order entries in a surgical intensive care unit .

ICUでは血液検査が乱用されている。不必要な血液検査の実施は、医療費用の増大や血液喪失につながり、場合によっては誤診断や誤治療に結びつく。また、ICUでは医師の指示なく検査が行われることがある。しかし、ICUにおける検査オーダ方法を変化させることは難しい。なぜなら、重症患者には頻繁に検査を行うほどよいという漠然とした考えが広まっていたり、動脈または中心静脈カテーテルなどが留置されているため採血が容易であったり、いろいろな職種の人間が関わるICUのような環境では日常業務を変更することが困難であったりするからである。我々は、外科系ICUにおける検査実施ガイドラインを作成した。その目標は、a) 検査実施を決定する過程を明確にする。b) 不必要な検査を減らす。c) 医師が検査指示を決められたとおり出す。 今回の研究では以下のような仮説を検証した。1. ICUにおける検査オーダの新しいガイドラインを導入することによって、医師の指示に基づいた検査実施が促される。 2. 研究終了後も、1に挙げた効果は持続する。 3. 検査実施数が減少しても合併症は増えない。 4. 検査実施数が減ると輸血量も減る。

方法
本研究は、Massachusetts General Hospital(MGH)の外科系ICUで行われた。この外科系ICUはベッド数20床で、外傷、血管外科、胸部外科、一般外科の患者を収容している。一年間の入室患者数は(2005-2007)、1100~1200名である。
本ガイドライン導入以前は、当院ではICUスタッフ医師または副科医師の判断で検査指示が出されていた。検査はすべて電子カルテシステム(POEシステム;provider order entry system)を用いてオーダすることにはなっていたが、多くの検査は指示なく実施されていた。新しいガイドラインの作成には、MEDLINEから得た文献を利用し、関係者の合意を得た。概要は以下の通りである。 ・毎日実施する検査項目(ルーチーン検査)は、血算、Na/K、Pco2、Mg、P、BUN/Cr、血糖とする。 ・動脈血ガス分析、凝固系検査はルーチーン検査ではない。 ・心筋傷害のマーカは、初回がCPK-MBとトロポニンT、8時間後と16時間後にトロポニンTのみ実施。 ・各患者の検査計画については回診時に話し合って決定する。 ・すべての検査はPOE上でオーダする。緊急時には看護師が医師の指示なく検体血液を採取、提出してもよいこが、その場合は事後的に医師がオーダ入力を行う。
新しいガイドラインは、ICU関係者(医師、看護師およびその他)、外科医および研修医に周知され、ICU関係者にはガイドラインが印刷されたラミネートカードが配布された。
本ガイドラインは2006年5月1日から導入され、データ収集も同日から開始した。2005年11月1日から2006年10月31日までにMGHの外科系ICUに入室した患者全員を登録した。2005年11月1日から2006年4月30日に入室した群(「対照群」)のデータは遡及的に収集した。2006年5月1日から2006年10月31日に入室した群(「介入群」)のデータは前向きに収集した。介入の長期的効果を評価するため、ガイドライン導入一年後まで検査実施数についてのデータを収集した。検査実施数とPOE上のオーダ数、ASA PSおよび転帰は病院データベースを用いて調査した。死亡例および48時間以内のICU再入室例についてはカルテを閲覧した。
主要評価項目
・検査実施数:全検査および特定の検査(血算、生化、動脈血ガス分析、凝固系検査、心筋酵素)
・POEでオーダされた検査の数
副評価項目
安全性
異常値出現率、輸血実施率、ICU滞在期間、人工呼吸器装着期間、ICU退室48時間後生存率、48時間以内のICU再入室、死亡例および48時間以内のICU再入室例の事後解析(項目:48時間以内の再挿管、不整脈、心筋梗塞、出血)
有効性
赤血球輸血量

結果
主要評価項目
対照群に558名、介入群に559名が登録された。対照群の51名、介入群の41名がそれぞれの研究期間中に2回入室したが、あわせて1回の入室として報告した。入室時における背景因子およびHgb以外の検査値について二群間に有意差を認めなかった。Hgbは対照群10.8±1.8g/dL、介入群11.1±2.0g/dLであった。
ガイドライン導入以前の6ヶ月間(対照群)に実施された検査数は64305件、オーダ入力数は20940件であった。ガイドライン導入後6ヶ月間(介入群)に実施された検査数は40877件、オーダ入力数は35472件であった。全体で、実施数は37%減少、入力数は38%増加した。実施数と入力数の比は、0.32から0.89に上昇した(p<0.001)。この傾向はガイドライン導入1年後の調査でも維持されていることが確認された。調査対象とした特定の検査についても同様の傾向が認められた。血糖、動脈血ガス分析、生化、凝固系検査および心筋酵素の検査実施数はそれぞれ51.4%、43.9%、37.6%、30.5%、23.2%減少した。患者一人につき一日あたりに実施された検査数は、20.7件から16.4件に減少した(p<0.001)。
副評価項目
検査実施数の減少によって生理的異常の新規発生数が増加するか否かを評価するため、検査異常値と血液製剤使用率を対照群と介入群のあいだで比較した。異常値発生率および異常値の平均値に有意差は認められなかった。また、異常値のばらつきについても有意差はなかった。したがって検査実施数の減少が、異常値発生数の増加にはつながらなかったと結論づけられる。両群間で血液製剤使用単位数の有意差は認められなかった。生存率、人工呼吸器装着日数、ICU滞在期間、ICU再入室率についても有意差はなかった。死亡例および48時間以内のICU再入室例についての解析でも、ガイドライン導入により合併症発生の増加は示されなかった。赤血球製剤使用単位数は、介入群が633単位、対照群は744単位であり、一人あたり単位数はそれぞれ2.8±2.5単位、3.3±3.6単位(p=0.08)であった。検査実施数と赤血球製剤使用単位数の相関を調べてみると、両群とも検査実施平均100回ごとに赤血球製剤1単位が使用されていた。

考察
ICUにおいて検査実施を絞り込もうとする介入は成功しない場合がある。なぜなら、どれが不必要な検査なのかを決めるのが難しく、他職種の関係者が出入りし状況が短期的にめまぐるしく変化するため新しい取り組みを導入しそれを持続させるのも難しいためである。今回の取り組みでは、我々は実施してはならない検査を敢えて設定しなかった。むしろ、ルーチーンに実施すべき検査が何であり、その他の検査についてはどのように実施を決定するのか(回診、ICUレジデントへの報告、入室時指示の再確認、指示出しの徹底)ということに重点を置いた。そしてさらに、単純な介入を繰り返し行い、関係するすべての医師に研究の進捗状況を報告した。このような方法はICUで新しい治療法を導入するのに有用であることが知られている。新しいガイドライン導入後、検査実施数が37%減少し、医師による検査指示入力数は38%増加した。これらの変化は一ヶ月で現れ、研究期間中のみならず導入から1年経過しても維持されていた。適切な指示入力は患者の安全性や検査報告の正確性の向上および会計に欠かせない。介入群では、ガイドライン遵守率が非常に高く約90%に達した。ICU専門医が検査を絞り込むのを躊躇する主な理由は、検査を減らすと患者のモニタリングが十分にできず、合併症が増えるのではないかという懸念である。今回の調査では、各患者の異常値のばらつきにガイドライン導入前後で変化が認められなかった。また、患者一人あたりの異常値発生数についてもガイドライン導入前後で変化は認められなかった。したがって、検査実施数が減少しても、即時対応が必要な生理的異常の検出効率は変わらないと考えられる。検査実施数減少による凝固能異常の発生数増加の有無を確かめるため、血液製剤使用量を比較したが、むしろガイドライン導入後の方が赤血球製剤およびFFPの使用量が減少していた。本ガイドラインの安全性を検証するため、転帰について解析した。死亡率、ICU滞在期間、人工呼吸器装着期間について有意な変化は認められなかったが、今回のような介入によってこれらの転帰項目が影響を与える可能性はもともと低い。死亡例および48時間以内再入室例についての解析でも、再挿管率、不整脈、心筋梗塞、急性出血などについてガイドライン導入前後で変化は認められなかった。以上の結果は、本ガイドラインが安全に導入できることを裏付けるものではあるが、解釈には注意が必要である。たとえば、ガイドライン導入後の方が有意ではないが再挿管率が高かった(10例vs15例; p=0.3)が、この傾向が長期間継続すれば有意な差としてあらわれてくる可能性がある。また、心筋梗塞や腹腔内出血などが定期的な検査の減少によって見逃されやすくなる可能性も否定できない。とはいえ今回の結果は、頻繁な検査に頼り切るのではなく、臨床的な注意深い監視がICUにおける有害事象防止の基本であるという原則を強調するものである。今回の研究では、赤血球製剤投与率には有意な変化を認めなかったが、患者一人あたりの投与量(2.8±2.5単位vs 3.3±3.6単位,p=0.08)には有意ではないが減少傾向を認めた。また、検査実施数に対する赤血球製剤使用量の比はガイドライン導入前後で変化を認めなかった。急性出血症例を除外してもこの傾向は認められた。研究期間中に輸血閾値についての大きな変化はなかった。したがって、今回の結果から、採血による失血量が増えるほど輸血量が増えると言える。本研究の問題点は、前後比較試験であること、異なる複数のデータベースから患者情報を収集したこと、ICU退室日に追加実施された検査は調査対象外としたことである。

教訓 検査を減らすと赤血球輸血量を減らせる可能性があるそうです。医師がオーダしなくても検査ができるようにしてあるところがpracticalです。
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