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妊婦のICU入室: 胎児の転帰 [critical care]

Critical Care Medicine 2008年10月号より

Fetal outcomes of critically ill pregnant women admitted to the intensive care unit for nonobstetric causes .

妊婦のうちICUに入室するのはわずか0.1-0.9%に過ぎない。妊婦の集中治療で問題となるのは、妊娠による生理的変化、胎児の存在および妊娠に特有な重症合併症発生の可能性の三点である。妊婦のICU入室例については、妊婦自身の死亡率の報告は多いが胎児についてはあまり詳しく研究されていない。また、胎児死亡、流産、胎児合併症についての評価も行われてこなかった。我々は、1995年1月から2005年12月のあいだにMayoクリニックの4つのICU(内科系、外科系、外傷、内科外科混合)に産科以外の適応で産前に入室した妊婦を対象とした遡及的コホート研究を行い、胎児の転帰を調査した。

方法
Mayoクリニックでは妊娠可能年齢の女性がICUに入室する際には全例で妊娠反応(血清hCG定性検査)を確認している。したがって、ICU入室例で妊娠を見逃した可能性は非常に低いと考えられる。妊婦について収集したデータは、ICU入室時の妊娠週数、妊婦検診実施の有無、既往妊娠・分娩歴、既往歴、産科合併症、ICU入室理由、ICU入室当日のAPACHEⅢスコア、ICUにおける治療法、輸血、検査結果である。新生児について収集したデータは、出生児の妊娠週数、Apgarスコア(1分値および5分値)、出生児体重である。胎児喪失(胎児死亡および自然流産)を主要転帰とした。胎児の副次転帰はNICU入室およびNICU在室期間とした。妊婦の主要転帰は全死因院内死亡、副次転帰はICU在室期間、入院期間および人工呼吸実施期間とした。

結果
調査期間中にMayoクリニックでは22689件の出産があった。14歳から55歳までの女性10654名がICUに入室した。産科疾患によるICU入室患者は153名であり、そのうち2名は死亡した。死因は、一名が重症肺高血圧症に合併した敗血症性ショックであり、もう一名は複雑先天精神疾患に合併した肺塞栓であった。ICU入室妊婦153名のAPACHEⅢスコア中央値から算出される予測死亡率は0.6%であった。106名(69%)は分娩前入室例であり、このうち13名は産科適応での入室で、19名(17.9%)は予期せぬ妊娠例であった。分娩前入室群は分娩後入室群よりも妊娠週数が有意に少なく(25.2wk vs 36wk, P<0.001)、APACHEⅢスコアが有意に高かったが、予測死亡率には有意差は認められなかった。分娩後入室群の96%は妊婦検診を適切に受けていたが、分娩前入室群では予期せぬ妊娠例を除くと65%しか妊婦検診を受けていなかった。
産科以外の適応で分娩前に入室した93例について解析を行った。ICU入室理由として最も多かったのは呼吸器疾患(22%)で、全体の半数には何らかの既往歴があった。高血圧がもっとも頻度の高い既往歴であった。32%が早産で、30%が帝王切開術を受けた。分娩前入室群のうち、27%にSIRS(全身性炎症反応症候群)、16%にショックが認められた。14%の患者に昇圧薬が使用され、22%に人工呼吸が実施された。輸血は22%の患者に行われた。ICU入室中に93名のうち32名が胎児を失った(流産18名、胎児死亡14名)。死亡した胎児のうち、先天異常が認められた例はなかった。生存分娩例のうち49%は未熟児で10名がNICUに入室した。NICU入室例の在室期間中央値は34日であった。
34名は妊娠初期にICUに入室した。そのうち65%が流産に至った。生存した胎児は、その後全員出生し、NICU入室例はなかった。妊娠中期のICU入室は21名であった。このうち43%が胎児を失い、新生児3名はNICUに入室した。妊娠後期のICU入室は38名で、この群では1名のみが胎児を失い、新生児7名がNICUに入室した(このうち1名死亡)。
単変量解析で明らかになった胎児喪失の母体危険因子は、妊婦検診を受けていない、SIRS、ARDS、ショック、DIC、輸血および昇圧薬の使用、妊娠週数が少ない、母体の平均動脈圧が低い、白血球数上昇、クレアチニン値上昇であった。多変量解析で明らかになった胎児喪失の独立した母体危険因子は、モデル1(母体要因のみの解析)では、ショック(OR 4)および妊娠週数(1週早くなるごとにOR1.1)であった。モデル2(母体要因およびICUでの治療の解析)では、ショック(OR 6.85)、輸血(OR 7.24)、妊娠週数(1週早くなるごとにOR1.2)であった。

考察
Mayoクリニックでは10年間に妊婦のICU入室を153例経験した。ショック、妊娠週数が少ない、輸血が胎児喪失の危険因子であることが明らかになった。産科以外の適応による分娩前のICU入室は93例であった。このコホートのAPACHEⅢスコアによる予測死亡率は低かったが、このうち2名の妊婦が死亡した。APACHEスコアやSAPSは妊娠中の重症患者にはうまく適合しないという意見がある一方で、妊娠中の患者でも有用であるという報告もある。今回の研究では新生児の死亡率は低かった(1例のみ)。しかし、胎児喪失および未熟児出産例は非常に多かった。胎児喪失32例とNICU入室10例を合わせると、産科以外の適応による分娩前のICU入室例の半数を占めた。妊娠中は母体には生理的変化が生ずる。妊娠中はただでさえhyperdynamicかつ代謝亢進状態であるので、この上ショックに陥ると母体に臓器障害が発生するリスクが上昇するとともに胎児も死亡の危険に曝される。ショックになった母体では、脳や心臓などの重要臓器への血流が優先される。したがって子宮血流は減る。今回の研究でショックに陥った妊婦の胎児の転帰が不良であったのはこのことが原因であると考えられる。輸血が胎児喪失の危険因子であることには、出血性ショックおよび貧血が内在的に関与している。健康な妊婦は満期に達すると1000mLの急性出血が起こっても耐えることが可能で、血行動態の有意な変化もヘモグロビン低下も生ずることはない。しかしそれより以前では1000mLもの急性出血には耐えられない可能性がある。本研究の対象患者におけるショック症例の大部分は出血性ではなく敗血症性であった。また、ショックの有無について調整を行っても輸血は依然、胎児喪失の危険因子であることが分かった。輸血による副作用発生例はなかった。しかし、輸血は臨床的に有意な免疫修飾(TRIM; transfusion-related immunomodulation)を引き起こし、感染およびその他の合併症が発生することがある。今回の研究では、輸血による免疫修飾が胎児転帰に関与していることを示す根拠は得られないが、この件は今後の研究課題となるであろう。輸血による胎児転帰悪化には、ショックや輸血による血管収縮のため胎盤血流が減少したことが関与している可能性がある。胎児喪失は妊娠全体の12-15%に認められる一般的な産科合併症である。大部分は妊娠初期に発生する。したがって、本研究で妊娠初期に胎児喪失が多かったことは驚くには当たらない。重症疾患でICUに入室した妊婦を対象とした多施設研究では、妊娠週数25週未満では胎児死亡率は75%以上であったと報告されている。また、母体外傷症例を対象とした研究でも妊娠初期の受傷では胎児死亡率が高いことが明らかにされている。妊娠初期の重症疾患症例で胎児死亡が多い理由は、妊娠初期の胎児は母体の全身状態悪化による変化に耐えられないことと、妊娠初期には流産や早産を防ぐ有効な治療法がないことである。本研究の問題点は、遡及的観測研究であること、対象患者の多くを白人が占めていること、当施設は産科患者がそれほど多くないこと、生存出生例の追跡調査をしていないこと、および、単一施設における研究であるため一般化はできないことである。

まとめ
ICUに入室した妊婦においては、ショックと輸血は胎児喪失の危険因子である。妊娠初期であることも危険因子であることが再確認された。予期せぬ妊娠が妊婦のICU入室例のうち17.9%と相当高い割合を占めていた。妊娠可能年齢の女性がICUに入室した場合は、全例で妊娠反応検査を行うべきであると考える。

教訓 妊娠初期にショックに陥ったり輸血を要するような状態に陥ると、胎児が死亡するかNICUに入室する可能性は50%程度です。予期せぬ妊娠は結構多いので、気をつけて下さい。

コメント(2) 

コメント 2

ぶりぶり

Mayoかい、あたしゃミネソタにいたから知ってるよ。
あそこは寒いんだよ。冬はやることないから、子作りがしごとなんだよ。
だから予期せぬ妊娠がおおいのさ。
みんないいひとばかりで住みやすいとこだったよ。
by ぶりぶり (2008-12-24 10:56) 

vril

いつもおもしろいコメントをお寄せいただき、文字通り「有り難く」思っています。これからもよろしくお願いします。

ぶりぶり先生は、ミネソタにいらしたんですね。私のボスも二年間、ミネソタで犬を使ったおそろしい研究をしていたみたいです。ミネソタは酷寒の地だとか、人々が「ミネソタの州鳥はモスキートだ」と言うほど夏は蚊が多いといったようなことをボスから聞いたことがあります。

ほぉ~、人は寒すぎるとやることがなくて、子作りが「しごと」になってしまうものなのですか。短い夏は、出会いの季節を楽しむということでしょうか?冬はアリ、夏はキリギリスなライフスタイルってことですね。
by vril (2008-12-24 16:26) 

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