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気管支鏡は腸管虚血を招く [critical care]

Ctitical Care Medecine 2008年9月号より

Bronchoscopy is associated with decreased mesenteric arterial flow .

気管支鏡検査(FOB)の重篤な合併症には出血、気管支攣縮、不整脈、気胸、肺炎があるがいずれも稀なものであり、比較的安全な手技であると考えられている。FOB後24時間以内に2.5%から16%の症例において発熱が認められる。FOB後の発熱の原因については菌血症やサイトカイン放出などいろいろな意見がある。FOBによって上気道細菌叢からの移行や粘膜損傷が起こり細菌が血中へ入り込むことがあると信じられているが、我々はそうではなくて消化管におけるバクテリアルトランスロケーション(BT)がFOB後の発熱の一因ではないかと考えた。動物実験ではFOB後にBTが発生することが証明されている。ヒトにおいてBTを直接的に証明する方法はないが、腸間膜の虚血再灌流傷害がBTの主因であることが示されているため、今回の研究ではFOBによる腸間膜血流の変化と虚血再灌流傷害マーカーの推移を調査した。

ルーチーン検査としてFOBが行われる患者を対象とした。体温が37.3℃を上回る、X線写真上肺炎像が認められる、HBV/HCV/HIV陽性、免疫抑制剤/副腎皮質ステロイド/抗菌薬使用中、不安定な循環動態、人工呼吸管理下およびFOB後24時間以内に退院または手術や検査が予定されている場合は除外した。橈骨動脈に留置したカテーテルからFOB前、FOB1時間後、4時間後、24時間後に血ガス、血液培養、酸化ストレスマーカーの血液検体を採取した。検査前夜から絶飲食とした。FOB実施直前に2%リドカイン4mg/kgをネブライザーで投与した。その他の前投薬や鎮静薬は使用しなかった。上腸間膜動脈(SMA)の血流変化はFOB前とFOB1時間後、4時間後、24時間後に本研究の仮説を関知しない単独の放射線科医がドップラー超音波で評価した。脂質過酸化反応のマーカーとして血清マロンジアデルヒドを測定した。好中球活性の間接的な指標として血清ミエロペルオキシダーゼを測定した。抗酸化能は赤血球還元型グルタチオンとカタラーゼ活性によって評価した。

47名の患者が2005年1月から2007年3月までに登録された。FOB後24時間以内に9名(19.1%)に発熱が認められ、全員が1-3日以内に自然に解熱した。血液培養で細菌が検出されたのは5名(10.6%)であった。そのうち3名にグラム陰性菌が認められた。発熱時に菌血症があったのは1名のみであった。FOB後、検査前と比較しPaO2は21.8±1.5%低下した。動脈圧が正常範囲内に維持されていても、SMA血流量は38.8±14.9%低下した。SMA血流量がFOB前の50%未満に低下したのは15名(31.2%)、50%-59%が10名(21.2%)、60%-69%が4名(8.5%)、70%以上に保たれていたのは1名(2.1%)であった。SMA血流量の低下と年齢、性別、診断名、FOB実施時間との間に相関は認められなかった。ミエロペルオキシダーゼとマロンジアデルヒド値はFOB 1時間後に最高値を示しその後時間経過と共に低下したが、4時間後でも高値であった。赤血球還元型グルタチオンとカタラーゼ活性はFOB 1時間後に最低値を示した。赤血球還元型グルタチオンはその後上昇したが4時間後、24時間後でも依然として低値であった。SMA血流量とPaO2の低下の度合いには有意な相関(r=0.71, P=0.0001)が認められた。SMA血流量の変化とミエロペルオキシダーゼ量および赤血球還元型グルタチオン量の変化にも有意な相関が認められた。

FOBによって腸間膜血流が減少し、その結果腸間膜虚血からBTが惹起される危険性があることが明らかになった。FOBによって腸間膜血流が低下する理由は不明だが、SMA血流量の低下とPaO2の低下が軌を一にしていることから、低酸素血症が関与している可能性が考えられる。低酸素血症に陥ると腸管などから重要臓器(心臓、脳など)へ血流が再分布すると考えられる。だが、低酸素血症と腸管血流量の変化のあいだには他の複数の要素が絡む複雑な機序が関与していると推測される。今回の調査では絶食下でのFOB後にSMA血流量が38.8%も低下し270mL/minとなり、この状態が4時間後まで続いたが、これが「異常な低下」であるのかどうかは判然としない。SMA血流量は運動のようなストレス下では、絶食中であれば32%、食後であれば22%低下し、激しい運動を行うと43%も低下することが知られているが、この変化によって腸管虚血が起こるわけではなく臨床的意義はないと考えられている。しかし、運動によるSMA血流量低下は運動中止後ただちに回復する。今回の調査ではFOB後少なくとも4時間にわたってSMA血流量が低下していた。SMA血流量が基準値の50%-70%まで低下した状態が3時間続くと腸管虚血に陥るという実験結果も報告されている。ヒトではSMA血流量が基準値の半分以下になると腸管虚血の危険性があるとされている。腸管虚血再灌流傷害によって腸管粘膜バリアの損傷が起こる。この過程には過酸化物とキサンチンオキシダーゼ反応が関与している。今回の研究では、脂質過酸化反応、好中球活性および内因性スカベンジャーの指標がいずれも有意な変化を示した。また、3例においてグラム陰性菌が検出された。以上からFOBによって腸管虚血再灌流傷害が発生したことが示唆される。

FOBによって腸間膜血流量が低下し、腸管虚血およびBTが惹起される危険性がある。したがってFOB後の菌血症やサイトカイン放出は少なくとも一部は腸管由来であると考えられる。ただし、FOB後の菌血症は大部分が一時的な現象であり治療を要する合併症として扱われる類のものではない。本研究の結果の臨床的意義は現時点では不明であるが、FOBを実施する際には念頭に置くべき知見である。

教訓 黒く光ってよくしなる鞭はあまり振り回さない方がいいようです。

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活性化プロテインCは急性肺傷害に効果なし [critical care]

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2008年9月15日号より

Randomized Clinical Trial of Activated Protein C for the Treatment of Acute Lung Injury

ALI(急性肺傷害)およびARDSは米国で年間20万名に発症し、死亡率は25-40%にのぼる。肺傷害に有効な治療薬はまだ見つかっていない。ALIの治療法としてはじめて有効性が確認されたのは肺保護戦略(lung-protective ventilator strategy)であり、死亡率を40%から31%へと低下させるという結果が得られている。ALIの発症には凝固能亢進と炎症反応が関わっている。肺における血管外フィブリン沈着(特に肺胞におけるヒアリン膜)はALIの特徴的な病理所見である。そして、全てのALI患者において血中プロテインC欠乏が認められ、血中プロテインCが低下しているほど死亡率が高く肺以外の臓器障害発生頻度が高いことが分かっている。ALI患者の肺胞では正常な血栓溶解機構が破綻している。血中および肺水腫液中のプラスミノーゲン活性化制御因子-1(plasminogen activator inhibitor-1, PAI-1)の増加はALI患者の死亡率上昇の予測因子である。プロテインC欠乏とPAI-1増加がALIの転帰不良を示唆することから、感染性および非感染性ALIの発症において凝固機構および血栓溶解機構が重要な役割を果たしていると考えられる。活性化プロテインC(APC)は抗凝固作用と抗炎症作用を併せ持った薬剤で、Recombinant Human Activated Protein C Worldwide Evaluation in Severe Sepsis(PROWESS) trialの結果その効果が確認され、重症敗血症の治療薬として承認されている。ALI発症に凝固能亢進と炎症反応が深く関わっていることから、APCにALI治療効果があるという仮説を検証した。本研究は無作為化二重盲検偽薬対照比較phaseⅡ臨床試験である。

8ヶ所の大学病院で収容されたALI患者を対象とした。主な除外基準はALI発症後72時間以上経過、重症敗血症、外傷や肝疾患により出血リスクが高い症例とした。対象患者は無作為にAPC群(24μg/kg/hr×96時間)または偽薬群に割り当てられた。人工呼吸は肺保護戦略に基づいて実施した。当初主要転帰は死腔率と定めたが、FDA(米国食品医薬品局)から臨床的転帰をより正確に反映する項目を主要転帰とするべきであるとの強い勧告を受け、第28日までの人工呼吸器非使用日数(ventilator-free days, VFD)とした。第28日までに死亡した症例はVFDゼロとした。二次転帰項目は60日後死亡率、臓器障害のない日数(organ failure-free days)および死腔率の変化とした。

対象患者は米国に所在する8施設において2005年1月から2007年2月にかけて収集された。38名が偽薬群、37名がAPC群に割り当てられた。基準時点においてAPC群の方が死腔率が有意に大きかったが、APACHEⅡスコア、肺傷害の原因などのその他の項目については有意差は認められなかった。初日と第3日の比較で、APC群の方が血中プロテインC増加率が偽薬群より有意に高かった (P=0.002)。VFD(両群とも中央値19日)、60日後死亡率(偽薬群5/38、APC群5/37)については有意差は認められなかった。生存者のみについての比較でも、VFDおよびorgan failure-free daysについても有意差はなかった。肺傷害スコア(LIS)と基準時点における死腔率について調整を行ってもVFDの有意差は認められなかった。APCには抗凝固作用と血栓溶解促進作用があることから、APC群では死腔率が低下すると推測した。基準時点における死腔率の差を調整して比較したところ、治療開始後4日間の死腔率の変化はAPC群の方が偽薬群より有意に大きかった(P=0.02)。しかし、PaO2:FIO2およびLISの改善については偽薬群と同等であり、治療効果は認められなかった。偽薬群で7例、APC群で9例の出血性合併症が認められた。

本研究はALIに対するAPCの治療効果を検証するために行われたが、75名の患者を登録した時点で、中間解析の結果、主要転帰および60日後死亡率に有意差が認められないという理由でThe National Heart, Lung, and Blood Instituteのデータ安全性モニタリング委員会から中止を命ぜられた(当初予定患者90名)。今回の研究の特徴は、データ安全性モニタリング委員会の指示に基づき重症敗血症とAPACHEⅡスコア25点以上の患者を除外した点である。そのため対象患者の死亡率はわずか13%であった。重症敗血症とAPACHEⅡスコア25点以上の患者を除外しなかった過去の大規模ALI研究では死亡率はおよそ25%であった。今回の死亡率はAdministration of Drotrecogin Alfa in Early Stage Sepsis(ADDRESS)臨床試験におけるAPACHEⅡスコア20点以下の患者群の死亡率と同等である。本研究の問題点の第一は、偽薬群と比べAPC群の基準時点の死腔率が有意に高かったことである。しかしその他の呼吸関連パラメータ(PaO2:FIO2、pH、LIS)については差はなかった。さらに、LISおよび死腔率の差について調整した後でも、VFDの有意差は認められなかった。第二の問題点は、対象患者が少なく十分な検出力が得られなかったことである。しかし、phaseⅡ試験の主目的はさらに規模の大きいphaseⅢを行うことの妥当性を確かめることである。当初予定の90名まであと15名分のデータを収集していたとしても、結果はほとんど変わらなかったと考えられる。今回の研究では、VFD、60日後死亡率およびorgan failure-free daysについてAPC群と偽薬群のあいだに有意差は認められなかったが、本研究のような小規模phaseⅡ試験ではタイプ2エラーが生じやすいため、本研究の結果からAPCに全く効果がないと結論づけるのは早計である。PROWESS試験では重症度の低い患者ではAPCの効果は限定的であり、APACHEⅡスコア25点以上か多臓器不全のある患者においてのみ有効性が認められたという結果が得られている。またADDRESS試験(n=2640)は重症敗血症のうち重症度の低い患者を対象として行われ、APCの有効性は認められなかった。Researching Severe Sepsis and Organ Dysfunction in Children(RESOLVE)試験(n=477)では、小児を対象としてAPCの評価が行われ、同様に有効性なしという結果が報告された。我々の行った研究は小規模ではあるが結果は以上の大規模試験で得られたものと同じであり、やはりAPCは重症度の低い患者では有効性を期待しがたく、今回の結果は死亡リスクの低いALI患者ではAPCの効果はないことを示唆するものである。APCを投与すると出血性合併症のリスクが上昇する。APC投与群の重篤な出血性合併症発生率は、PROWESS試験1.7%、ADDRESS試験1.7%であった。したがって、敗血症のないALI患者におけるAPCの有効性を検証する大規模phaseⅢ試験は行うべきではない。敗血症のないALI患者の死亡率は低いため、もしこのような患者群を対象にAPCの死亡率低減効果を検証する臨床試験を実施するとすれば間違いなく必要患者数は膨大になる。敗血症性ショック症例におけるAPCの効果についてはphaseⅢ試験であるPROWESS-SHOCKが現在進行中である。

教訓 DrotAA(Xigris)にはALIに対する劇的な効果はないようです。PROWESS-SHOCKは今年3月にはじまったばかりです。2年間で1500名の患者を対象にする予定の大規模試験で、主要エンドポイントは28日後死亡率です。
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脳出血に第Ⅶ因子は効果なし [critical care]

NEJM 2008年5月15日号より

Efficacy and Safety of Recombinant Activated Factor VII for Acute Intracerebral Hemorrhage

脳出血患者のうち約40%は発症から30日以内に死亡し、生存者の大多数には重い後遺症が残る。脳出血発症後には70%の患者において血腫の増大が認められ、血腫増大は死亡および後遺症重症化の独立した予測因子である。転帰不良のその他の予測因子は年齢、発症時の出血量、GCS、脳室内出血およびテント下出血である。脳出血の決定的な治療法は存在しない。発症後の血腫増大は予後に関わる重大な現象であり、治療目標とするにふさわしいと考えられる。活性化第Ⅶ因子は組織損傷部位および血管破綻部位に局所的に作用し、血小板を活性化するのに最低限必要な程度の少量のトロンビンを生成する。遺伝子組み換え活性化第Ⅶ因子(rFⅦa)を投与すると、血小板表面に存在する第Ⅹ因子が直接的に活性化され、トロンビンが放出され凝固促進作用が発揮される。脳出血の症状発現から4時間以内にrFⅦaを投与すると脳出血の増大が制御され90日後の生存率および機能的転帰が改善するという研究結果を、我々は過去に発表した。本研究(FAST trial)では、rFⅦa 20μg/kgおよび80μg/kgを投与し脳出血後の死亡および重度障害の発生率を調査した。

The Factor Seven for Acute Hemorrhagic Stroke(FAST) trialは2005年5月から2007年2月にかけて22ヶ国122施設で実施された多施設無作為化二重盲検偽薬対照比較試験である。症状発現から3時間以内にCT画像で特発性脳出血と診断された18歳以上の患者が登録候補となった。GCS5点以下、24時間以内に血腫除去が予定されている、続発性脳出血(外傷、AVMなど)、抗凝固療法中、血小板減少症、凝固能障害、敗血症、DIC、妊娠、元々障害がある、発症前30日以内に血栓塞栓症発症(脳梗塞、狭心症、DVT、跛行、脳梗塞、心筋梗塞)のいずれかに当てはまる患者は除外した。患者は偽薬、20μg/kgまたは80μg/kgのrFⅦa(NovoSeven, Novo Nordisk)の三群のいずれかに無作為に割り当てられた。割り当てられた薬剤は、基準時点CT撮影後1時間以内かつ症状発現から4時間以内に投与された。体重は予測体重とした。およそ24時間後および72時間後にCTを撮影し、脳出血量、脳室内出血および脳浮腫について評価し二次転帰項目とした。登録時、薬剤投与1時間後および24時間後、入院2、3、15日目および発症90日後に臨床評価を行った。主要転帰は90日後のmodified Rankin Scaleの点数(0点が身体機能障害なし、6点が死亡)とした。二次転帰は90日後のBarthel index(100点日常生活自立、0点全介護)、extended GCS、NIHSS(National Institute of Health Stroke Scale)スコア、EuroQol scaleおよび改定ハミルトン鬱病評価尺度とした。退院時までに発生した有害事象と90日後までに発生した重篤な有害事象をすべて記録した。

8886名の脳出血患者のスクリーニングを行い、841名が登録され無作為化割当の対象となり、821名に割当薬剤が投与された。対象患者の平均年齢は65歳で62%が男性であった。rFⅦa を投与された二群では偽薬群と比較し、脳室内出血合併頻度、左室肥大、GCS6-8点の昏睡症例の占める割合が高かった。78%に深部灰白質を含む出血、22%に脳葉出血が認められた。発症時の脳出血量は平均23.2mLで群間差はなかった。症状発現からCT撮影までの平均時間は103±39分、CT撮影から薬剤投与までは51±17分であった。症状発現から2時間以内に治療が開始された患者は17名、3時間以内であったのは72名であり、群間差は認められなかった。出血量の平均増加量は偽薬群26%、rFⅦa80μg/kg群11%で、偽薬群と比べrFⅦa80μg/kg群では出血増加量が3.8mL少なかった(P=0.009)。rFⅦa20μg/kg群の出血平均増加量は偽薬群より2.6mL少なかった(P=0.08)。事後分析ではrFⅦa80μg/kg群と偽薬群を比較した出血増加量の絶対減少量は、脳出血治療が3時間以内に開始された群(-4.5mL)および2時間以内の群(-5.6mL)ではさらに大きかった。24時間後の脳室内出血の量は、偽薬群では2倍に増えていたのに対し、rFⅦa80μg/kg群では増えていなかったが、有意差はなかった。脳内出血および脳室内出血の合計増加量は偽薬群ではrFⅦa80μg/kg群より7mL少なかった(P=0.06)。しかし、72時間後における病変部位(脳出血、脳室内出血、浮腫)の総体積は三群とも同等であった。浮腫についても三群間に有意差は認められなかった。三群の3ヶ月後死亡率は約20%であった。主要転帰項目は三群同等であった。modified Rankin ScaleおよびBarthel indexも同等であった。NIHSSスコアはrFⅦa80μg/kg群が偽薬群より有意に低かったが、差は僅少であった。若年患者で出血量が少なく症状発現後早期に治療が開始されたサブグループではrFⅦa80μg/kg投与によって偽薬と比較し予後が改善するという仮説を事後解析で検証した。70歳未満で発症時脳出血量60mL以下のサブグループ、脳室内出血5mL以下のサブグループおよび症状発現から治療開始までが2.5時間以下のサブグループ(以上で対象患者の19%を占める)では、90日後転帰不良についてのrFⅦa80μg/kgの調整オッズ比は0.28であった。血栓塞栓症による重篤な有害事象の発生率は、三群で同等であった。rFⅦa80μg/kg群では偽薬群と比べ、動脈血栓塞栓症発生頻度が有意に高かった(9% vs 4%, P=0.04)。急性脳梗塞発生率は偽薬群2.2%、rFⅦa20μg/kg群3.3%、rFⅦa80μg/kg群4.7%であった。

今回の研究では、脳出血発症後4時間以内にrFⅦaを投与すると、血腫増大量は有意に減少するが90日後生存率および機能的転帰は改善されないという結果が得られた。この結果は我々が以前に行ったrFⅦaのphase 2b試験で得られた結果(死亡率38%低下)とは相反する。その理由として、無作為化の結果が不均衡であったこと、rFⅦa治療群で動脈血栓塞栓症が多かったこと、高齢患者も対象としたこと、偽薬群の転帰が以前の試験における偽薬群の転帰より相当良かったことなどが考えられる。phase 2b試験ではrFⅦaの止血効果が投与量依存性であることが確認されたが、120μg/kg以上では動脈血栓塞栓症発生リスクが上昇することが明らかにされた。そのため今回のFAST trialでは血栓塞栓症リスクを抑え止血効果が十分に得られる最適投与量として80μg/kgを採用した。本研究でも20μg/kg群と比較し80μg/kgの方が止血効果が優れていることが確認された。また、発症後早期の投与であるほど出血増加量が少ないという結果が得られたことから、rFⅦaは早期に投与する方が臨床的効果が大きいと考えられる。rFⅦa80μg/kg群では偽薬群と比べ、動脈血栓塞栓症発生頻度が有意に高かったが、事後解析では、血栓塞栓症発生の有意なリスク因子は年齢と抗血小板薬服用の既往であり、rFⅦa投与の有無ではないことが明らかになった。したがって、rFⅦa投与によって転帰が改善されなかった原因をrFⅦaによる合併症に求めるのは誤っていると考えられる。今回の研究における無作為化割当には不均衡が認められた。脳出血の重大な予後予測因子である脳室内出血の頻度はrFⅦa80μg/kg群が41%、偽薬群では29%であった。基準時点における病変部位(脳出血、脳室内出血、浮腫)の総体積も、rFⅦa80μg/kg群の方が偽薬群よりも大きかった(有意差なし)。これがphase 2bの結果に反し72時間後病変部位体積に有意差が認められなかった一因ではないかと推測される。無作為化割当の結果が不均衡であったことは、rFⅦaによる治療効果が認められなかったことの一因ではあろうが、しかし、その影響は軽微なものに過ぎないと考えられる。

脳出血に対するrFⅦa投与によって血腫増大は抑制されるが死亡率や重篤な機能障害の発生率は低下しない。

教訓 脳出血にはrFⅦaはあまり効かないようです。重症鈍的外傷を対象としたrFⅦaの第3相試験も死亡率改善効果を示す可能性が低いということで2008年6月に途中で中止されたそうです。術中出血に関してもrFⅦaは望み薄なのでしょうか。
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肺炎徴候のない緑膿菌感染は死亡率が高い [critical care]

Critical Care Medicine 2008年9月号より

Increased mortality of ventilated patients with endotracheal Pseudomonas aeruginosa without clinical signs of infection .

肺炎の症状や徴候のない患者の気道に多量の病原菌が存在する可能性は、明らかにはされていない。また病原菌の量が多いほど死亡率が上昇するのかどうかも分かっていない。VAP(人工呼吸器関連肺炎)の症状および徴候のない患者を含めた全ての人工呼吸管理症例について緑膿菌の定量を行った研究が行われたことはない。本研究では新たな緑膿菌感染を起こした成人人工呼吸症例を対象とし、緑膿菌量が多いほど転帰が悪化するという仮説を検証するため、臨床症状および徴候と無関係にICUに入室し人工呼吸管理が行われている患者から気管内採痰を毎日行い、緑膿菌を目標に培養検査を実施した。緑膿菌が培養された場合は、Ⅲ型毒素分泌系の特異的物質(ExoU、ExoSおよびPcrV)分泌能についても調べた。Ⅲ型毒素、特にExoUを分泌する緑膿菌株が検出される患者は、感染がより重症で死亡率が高いことが分かっている。Ⅲ型毒素は細菌の有する分泌装置を介してマクロファージを含む宿主の細胞に直接注入され、宿主の防御機構を壊滅または失調させる。

UCSFのICUに2002年10月から2006年4月の42ヶ月間に入室した48時間以上の人工呼吸管理症例(18歳以上)について前向き調査を行った。気管内採痰を毎日実施し、培養の結果新たに緑膿菌が検出された症例を対象とした。ICU入室時に気管切開されている、長期人工呼吸器管理が行われている、気管支拡張症または嚢胞性線維症、以前に緑膿菌が検出されたことがあるもしくは気管挿管前にすでに肺炎になっている場合のいずれかに合致する患者は除外した。細菌数が100万CFU/mL以上の場合を多量、未満の場合を少量とした。人工呼吸開始2日後以降に発生した下気道感染症をVAPと定義した。VAPの診断基準は胸部X線写真上で新たなまたは進行性の浸潤影があり、かつ、以下の三項目のうち二項目以上を満たす場合とした。:(1)体温>38度または<36度 (2)白血球数>12000または<4000 (3)膿性痰があり気管内採痰で100万CFU/mL以上またはBALで1万CFU/mL以上の細菌が培養される

3.5年間に1901名の患者のスクリーニング調査を行った。216名に気管内採痰培養で緑膿菌が検出された。147名が除外され、研究の対象となった新たな緑膿菌感染患者は69名であった。そのうち27名において登録48時間以内に多量の緑膿菌が検出された。登録48時間以内に少量の緑膿菌が検出された42名のうち18名において、登録から平均4日以内に多量の緑膿菌が検出された。したがって69名中45名(65.2%)に多量の緑膿菌が認められたことになる。登録後28日目までに、多量の緑膿菌がみとめられた患者のうち21名に緑膿菌によるVAPが発症し、7名に緑膿菌とその他の菌の混合感染によるVAPが発症した。残りの17名(37.8%)は気管内採痰培養で多量の緑膿菌が検出されたにも関わらずVAP診断基準を満たさなかった。一方、少量の緑膿菌が認められた24名のうち緑膿菌以外の細菌によるVAPが発症したのは3名(12.5%)であった。対象患者69名の登録後28日死亡率は24.6%であった。死亡率が最も高かった(47.1%)のは、培養で多量の緑膿菌が検出されたにも関わらずVAPが発症しなかった17名の群であった。緑膿菌検出量が少なかった42名では死亡率は16.7%、多量の緑膿菌が検出されVAPが発症した21名では17.9%であった。登録後72時間に抗菌薬を投与されなかったのは69名中7名のみであった。多量の緑膿菌が検出された患者のうち感受性のある一剤以上の抗菌薬が投与されたのは、VAPを発症した群では46.4%、VAPを発症しなかった群では41.2%であった。多量の緑膿菌が検出されたにも関わらずVAPが発症しなかった患者では、培養で緑膿菌が検出されるに先立つ24時間以内に抗緑膿菌抗菌薬を投与された群と比べ、抗緑膿菌抗菌薬を投与されなかった群の死亡率は2倍にのぼった(29% vs 63%; P=0.32)。多量の緑膿菌が検出されVAPが発症した症例では、培養陽性以前24時間の適切な抗菌薬投与の有無と死亡率の間に相関はなかった (23% vs 15%; P>0.99)。登録時の肝硬変、敗血症、分時換気量、平均気道内圧についての調整後の多変量Cox比例ハザードモデルでは、多量の緑膿菌が検出されたにも関わらずVAPが発症しなかった群はVAPが発症した群より有意に死亡の危険性が高かった(調整ハザード比37.53; 95%CI, 3.79-371.96; P=0.002)。46名から検出された緑膿菌についてⅢ型毒素であるExoU、ExoSおよびⅢ型毒素分泌機構制御タンパクPcrVの分泌量を調査した。PcrV分泌株が最も多かったのは緑膿菌VAP患者(100%)であり、多量の緑膿菌が検出されVAPが発症しなかった患者では92.3%、少量の緑膿菌が検出された患者では68.8%であった(P=0.01)。したがって、多量の緑膿菌が検出された患者の菌株はバイオフィルムを形成するというよりも自由に動き回る傾向が強く、急激に感染を拡大するのではないかと考えられた。ExoSとExoUは各患者群で認められたがPcrVよりも分泌量が少なかった。

多量の緑膿菌が検出された症例のうち、VAP非発症群はVAP発症群と比較し死亡率が約3倍も高く、肝硬変、敗血症、分時換気量、平均気道内圧について調整すると死亡リスクはさらに高いという結果が得られた。不適切な抗菌薬投与は死亡率上昇の原因ではなかった。Ⅲ型毒素を分泌する緑膿菌は宿主の正常な免疫反応を妨害する。したがって多量の緑膿菌が検出される場合は、宿主の防御機構が適切に機能していないことを示している可能性がある。死亡症例でVAPの臨床的徴候が認められなかった理由として考えられるのは、透析や副腎皮質ステロイドで発熱が隠蔽されたこと、胸部X線写真像が輸液量や体位による影響を受けたこと、ARDS発症例では肺炎の診断が著しく困難であることなどである。広く使用されているVAP診断基準では気管内採痰で多量の緑膿菌が検出される患者の全てを感染ありとして判定することができず、また、細菌量が多い患者と少ない患者を区別することもできないことが分かった。多量の緑膿菌が肺内に存在する患者では緑膿菌により宿主の免疫が障害され死亡率が上昇すると考えられる。

教訓 人工呼吸患者では肺炎の徴候がなくても痰の中に毒性の強い緑膿菌がたくさんいることがあります。肺炎の徴候がある場合よりも死亡率が高いので、CXRがきれいだからといって油断は禁物です。

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重症敗血症における栄養管理 [critical care]

Critical Care Medicine 2008年6月号より

Current practice in nutritional support and its association with mortality in septic patients-Results from a national, prospective, multicenter study .

敗血症または敗血症性ショック患者の消化管機能は低下していることが多く、腸管粘膜透過性の亢進や蠕動低下が認められる。経腸栄養によって消化管を刺激すると、腸管機能が維持されトランスロケーションが防がれる。その結果、感染性合併症発生の抑制および入院期間の短縮などの効果が得られるとされている。実際の臨床現場では、ICUの規模や国によって栄養管理の方法は大きく異なっていて、相当数の患者において適切な栄養管理が行われていないことが明らかにされている。重症患者の栄養管理に関するガイドラインでは経静脈栄養よりも経腸栄養が望ましいと推奨されている。経腸栄養の積極的な実施によって十分な栄養管理が可能となり、かつ患者の転帰が改善するという効果が得られている。しかし、重症患者の栄養管理については、栄養投与経路が死亡率に与える影響および重症患者のうち特定の疾患サブグループについての栄養管理法についての二点について議論が続いている。SimpsonとDoigらのメタ分析では、経腸栄養が早期に開始されると、開始時期が遅れる場合と比べ死亡率が低下する(OR, 0.29; 95%CI, 0.12-0.70; P=0.006)と報告されている。しかし経静脈栄養と早期経腸栄養の比較では経腸栄養による死亡率低下効果は認められなかった(OR, 1.07; 95%CI, 0.39-2.95; P=0.89)。またPeterらのメタ分析では経腸栄養では経静脈栄養よりも合併症が減少するが、死亡率には差がないという結果が得られている。以上二編の研究では、対象患者は特定のサブグループに特化したものではない。本研究では重症敗血症または敗血症性ショック患者を対象として栄養管理法による死亡率の変化を前向きに調査した。

本研究はGerman Competence Network Sepsis(SepNet)が実施した。参加施設のICUに午前6時に収容されている患者全員について感染、SIRS、敗血症性ショックの有無を調べた。重症敗血症または敗血症性ショックのある患者については人口統計学的データ、主診断名、基礎疾患、重症度(APACHEⅡスコア、SOFAスコア)、検査、治療および栄養管理法について記録した。ICU滞在期間および入院期間、院内死亡率について三ヶ月後に追跡調査を行った。大学病院以外の病院ではベッド数200床以下、201-400床、401-600床、601床以上に分け、これに大学病院を加えた計5層についてデータを解析した。

310の病院に設置された454ヶ所のICUにおいて3877名の患者がスクリーニングされた。このうち415名が重症敗血症または敗血症性ショック患者であった。栄養管理のデータが得られたのは415名中399名であった。栄養管理法は病院の規模による有意な差異が認められた(P=0.0006)。経腸栄養と経静脈栄養の併用による栄養管理が他の層より多かったのは大学病院(37.7%)とベッド数201-400床の病院(18.8%)であった。経静脈栄養が他の層より多く行われていたのはベッド数201-400床の病院(30.7%)とベッド数600床以上の病院(30.0%)であった。全体で20.1%の患者に経腸栄養が行われていた。経静脈栄養のみで栄養管理が行われていたのは35.1%であった。経腸栄養と経静脈栄養の併用による栄養管理が行われていたのは34.6%、栄養管理が一切行われていなかったのは10.3%であった。経腸経静脈併用による栄養管理が行われた患者群では入院期間が有意に長かった(P=0.0147)。免疫強化栄養法や経静脈的グルタミンまたはセレン補充が実施された患者は比較的少数であった(それぞれ3.9%、4.3%、9.9%)。経腸栄養主体の栄養管理が忌避される因子は、人工呼吸管理の実施(OR 0.48)、消化管または腹腔内疾患(OR 0.24)、敗血症性ショック(0.31)であった。全体の院内死亡率は55.2%であった。経静脈栄養主体の栄養管理が行われていた患者の死亡率(62.3%)は、経腸経静脈併用による栄養管理(57.1%)または経腸栄養主体の栄養管理(38.9%)が行われていた患者の死亡率より有意に高かった(P=0.005)。多変量解析では、経静脈栄養は死亡の有意な独立予測因子であった(OR, 2.09; 95%CI, 1.29-3.37)。また、APACHEⅡスコア(OR, 1.05; 95%CI, 1.02-1.09)および腎機能障害(OR, 2.07; 95%CI, 1.30-3.31)も死亡の有意な独立予測因子であった。

重症敗血症または敗血症性ショック患者における栄養管理法についてのはじめてのデータが今回の研究で示された。敗血症患者では経静脈栄養が主体または併用の栄養管理が行われることが多いが、病院の規模によってその頻度は大きく異なることが分かった。人工呼吸中、消化管または腹腔内感染、膵炎、消化管癌あるいは敗血症性ショックが存在する敗血症患者では経腸栄養が行われる頻度が低く、経静脈栄養が行われると死亡率が高いことが明らかになった。欧州35ヶ国を対象とした質問票調査では、経腸栄養を主に行うという回答が33%-92%で得られ、経静脈栄養主体が19%-71%、両者併用を主体とするのは4%-52%であった。カナダでは44.6%の患者において経腸栄養主体の管理が行われ、大規模ICUおよび大学病院ほど経腸栄養実施率が高い。一方、今回の調査が行われたドイツでは600床以上の病院および大学病院から得られた患者が半数を占めたが、経静脈栄養主体の管理が行われていた症例が全体の35.1%を占めた(経腸20.1%、併用34.6%、なし10.3%)。ICUの種別(外科系、内科系、混合)やICUの規模と栄養管理法のあいだに相関は認められなかった。今回の研究で経腸栄養実施率が低かったのは、対象患者を敗血症および敗血症性ショックに限定したことが一因であると考えられる。敗血症症例における経腸栄養の推奨度は低い(グレードC/E)。このため栄養管理法がばらついているのではないかと考えられる。De Jongheらは集中治療の治療強度が高いほど経静脈栄養の実施率が低く、血管作動薬が使用されていると経静脈栄養が実施されないことを明らかにした。つまり、重症度が高いほど、栄養管理には注意が払われない傾向があるということを意味する。今回の研究では敗血症性ショック症例では経腸栄養実施率が低かったが、APACHEⅡスコアおよびSOFAスコアと経腸栄養実施率には相関は認められなかった。重症患者ではさまざまな要因により経腸栄養による十分な栄養投与が困難であることが多く、その場合は経静脈栄養が選択肢となる。しかし、経腸栄養が円滑に行えるようあらゆる努力を傾けてもなお十分な栄養を投与できない場合にのみ経静脈栄養を開始すべきであるとされている。Artinianらは内科系ICU患者を対象に経腸栄養開始時期を早期と晩期に分け、転帰を比較した。早期に経腸栄養が開始される患者は重症度が低いという傾向が認められた。そのため、栄養管理法は重症度を反映する項目であるに過ぎず、転帰に関わる因子ではないのではないかという疑問が生じてくる。しかし、解析の結果、早期経腸栄養開始によってICUおよび院内死亡率が低下し、特に重症度の高い患者群でその傾向が強いことが分かった。今回の研究では多変量解析を行い、年齢、APACHEⅡスコア、敗血症性ショック、腎機能障害、人工呼吸、インスリン投与量、血糖値について調整し栄養投与経路と死亡率の関係を解析した。その結果、経静脈栄養そのものが死亡の独立予測因子であることが分かった。最高血糖値およびインスリン投与量は、本研究では死亡との関わりを認めなかった。今回の研究の問題点は、投与カロリー、使用された栄養剤の組成、敗血症罹患前の栄養状態、栄養管理開始時期などについての詳細な情報が欠けていることである。本研究は観測研究であるため、重症敗血症または敗血症性ショック症例において経静脈栄養が本当に死亡率上昇につながるか否かについては、以上の結果からは決定的な結論を導くことはできない。今後の無作為化比較対照試験の実施が待たれる。

教訓 重症敗血症では経腸栄養を早期に開始する方が予後が改善するようです。ただし、決定的な結論を得るにはRCTを実施する必要があります。この研究では血糖値と死亡率の相関はありませんでした。

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鈍的大動脈損傷 [critical care]

NEJM 2008年10月16日号より

Blunt Aortic Injury

受傷のメカニズム
鈍的大動脈損傷は交通事故の1%未満にしか起こらないが、死亡原因としては頭部外傷に次いで多く16%を占める。80%の症例が病院到着前に死亡し、残りもほとんどが根本的な治療を行う間もなく死亡する。下行大動脈は胸壁に固定されているが、心臓およびその他の大血管は比較的可動性がある。大血管が固定されている部分と可動性のある部分の境界部分、つまり大動脈峡部が、急激な減速によって裂けるのが典型的な鈍的大動脈の受傷機転である。しかし、上行大動脈、遠位胸部下行大動脈、腹部大動脈が損傷することもある。胸部大動脈損傷の発生に強く関わる要因は、約30km/hr以上の減速、側方からの衝突およびドアの内側への約35cm以上の陥入である。側方衝突にはシートベルトやエアバッグの効果は薄い。最近の研究では鈍的大動脈損傷死亡例の40%が側方衝突による受傷であると報告されている。

病態の特徴
突然の減速による大動脈の伸展だけでなく、その他のメカニズムの関与が指摘されている。鈍的大動脈損傷と横隔膜損傷が同時に認められる場合は、腹腔内圧の急激な上昇がその原因として考えられる。大動脈の閉塞と血圧の急上昇が同時に発生する “water-hammer”効果(水撃効果)や、前胸壁と脊柱に大動脈が挟まれることによる「骨圧迫(osseous pinch)」
効果なども受傷のメカニズムとして提唱されている。多くの鈍的大動脈損傷は、これらの複合的作用の結果生じているものと考えられる。大動脈損傷は、まず内膜と中膜が裂け、次に外膜が裂けて発生する。ブタの実験では完全に大動脈壁が裂けるのに要する力の74%に当たる大きさの外力で内膜と中膜が損傷することが分かっている。

診断
鈍的大動脈損傷の診断法として最も確実なのは大動脈造影であるとされてきた。鈍的大動脈損傷のうち7.3%から44%の症例では胸部X線写真上、正常な縦隔陰影を呈する。最近ではCTが大動脈損傷診断の主流となってきている。血管造影の感度は92%であるが、胸部ヘリカルCTの感度は100%である。感度が高い上に、陰性的中率も高い。ヘリカルCTは乱用されているという指摘もあるが、一方で、鈍的大動脈損傷の28%が見過ごされているためシートベルト非着用例では約15km/hr以上、シートベルト着用例では約50km/hr以上の衝突事故では全例でヘリカルCTを撮影すべきだという意見もある。

軽微な大動脈損傷
画像診断法の進歩によって、軽微な病変も検出されるようになってきた。軽微な大動脈損傷(minimal aortic injury)は、大動脈破裂のリスクが比較的低い大動脈損傷を指す。ヘリカルCTで診断される鈍的大動脈損傷のうち10%がこれに当たる。ヘリカルCTで診断される軽微大動脈損傷のうち最大50%が血管造影では検出されないと報告されている。1cm以下の内膜損傷があり、大動脈周囲の血腫がないかごく小さいものを軽微大動脈損傷と定義した研究では、受傷後8週間までに50%の症例において仮性動脈瘤の形成を認めた。大動脈周囲血腫や仮性動脈瘤がなく内膜フラップが小さい場合は、ヘリカルCTによる経過観察が可能である。血栓、大動脈周囲血腫または仮性動脈瘤が大きい場合は、我々は血管内グラフトを用いて被覆する方法をとっている。

緊急手術か、準緊急手術か
診断がついたら直ちに治療を行う。外科的修復を速やかに行うべきであるが、大動脈損傷には多発外傷を伴うことが多いため大動脈の修復にとりかかるのが困難なこともある。他の部分に重症外傷がある場合は、β遮断薬などの降圧薬を用いて大動脈壁に加わる剪断力を低下させて手術までもたせることも可能である。鈍的大動脈損傷症例に頭部外傷、肺挫傷または不安定な循環動態を伴う症例おいてβ遮断薬と、場合によっては血管拡張薬を併用して、収縮期圧をおよそ100mmHg、心拍数を100bpm未満に維持したところ、修復手術実施までの待機中に大動脈破裂をきたした患者はいなかったという報告もある。特に他に目立った外傷がない場合は緊急手術を行う。

外科的治療
外科的修復を行うには左第四肋間から損傷部位に到達する。ダブルルーメン気管支チューブを用いて片側換気にする必要がある。損傷部位の縫合のみで修復できることもあるが、通常はグラフト置換術を行う。1970年代中盤までは鈍的大動脈損傷手術の死亡率は16%で、対麻痺の発生率は19%にのぼった。その後、大動脈遮断中に大動脈遠位に血液を灌流して脊髄を保護する方法が進化してきた。左房から大腿動脈(または下行大動脈)へ遠心ポンプを用いて血液を送り損傷部位をバイパスすることによって大動脈遮断中も遠位に血液を送ることができる。静脈-動脈バイパスによって患者を冷やすことができるため、さらなる脊髄保護作用も期待できる。技術の進歩にも関わらず、50ヶ所の外傷センターを対象とした研究で、274例の鈍的大動脈損傷について前向き調査を行ったところ、死亡率は31%、対麻痺発生率は8.7%であることが分かった。手術を受けなかった患者(病院到着時死亡例除く)の死亡率は55%であった。重症頭部外傷が併存する場合、出血によって脳損傷の転帰が悪化するためヘパリンは禁忌である。また、β遮断薬などを用いて降圧すると脳灌流圧が低下するため悪影響が懸念される。重症肺損傷がある場合も、鈍的大動脈損傷の緊急手術の実施が躊躇される可能性がある。骨盤骨折があると血栓塞栓術が行われることがあるが、開胸術を行うための体位をとると再出血する場合がある。多発外傷があり蘇生を行っているようなときは血圧が不安定でありβ遮断薬の使用は問題がある。つまり、間違いなく緊急手術の適応だと考えられるような鈍的大動脈損傷があるような患者は、手術まで漕ぎつけないことが多い。

血管内治療
過去50年間における鈍的大動脈損傷治療の進歩の最たるものは、血管内グラフト内挿術である。血管内グラフトは大腿動脈から挿入される。透視下でガイドワイヤを損傷部位まで進める。血管造影で位置を確認し損傷部位を完全に覆うようにステントグラフトを留置する。血管内グラフト内挿術には、侵襲が少ない、片側換気が不要、ヘパリン投与量が少ないまたは不要、バイパスが不要といった数多くの利点がある。鈍的大動脈損傷に対する血管内治療についての5例以上の報告は23編発表されている。全体で220名の患者のうち、死亡は15例(6.8%)であった。血管内治療と手術を比較した調査では、血管内治療の方が合併症発生率および死亡率が低く、対麻痺発生例が皆無であるという結果が得られている。現時点では血管内グラフト内挿術にはいくつかの技術的限界がある。鋭角に曲がっている部分の損傷では、大動脈壁をステントグラフトでしっかり覆うことができない。この場合、損傷部位にグラフトを設置できないだけでなく、グラフトが潰れてしまうこともある。もう一つの問題は、左鎖骨下動脈の存在である。左鎖骨下動脈起始部付近の大動脈損傷の場合は、起始部をグラフトで覆ってしまわないと損傷部位を完全に修復することはできない。左鎖骨下動脈の血流が途絶してもたいていは問題ないが、上肢または左椎骨動脈灌流域が虚血に陥ることがある。そのような場合は左総頸動脈から左鎖骨下動脈へのバイパスが必要である。左椎骨動脈が右椎骨動脈より優位である患者では、大動脈への血管内グラフト設置に先立ち左鎖骨下動脈の血行再建が必要である。現在、FDAが胸部大動脈用のグラフトとして承認しているのはTAG device(未破裂胸部大動脈瘤用)と、胸部大動脈瘤と胸部大動脈穿通性潰瘍に用いられるTalent ThoracicおよびZenith TX2の三つである。FDAに承認された、鈍的大動脈損傷に適応のある胸部大動脈グラフトはまだない。FDA承認製品の適応外使用にはいくつかの問題点がある。鈍的大動脈損傷の血管内治療には、腹部大動脈用ステントグラフトが、胸部大動脈用のグラフトよりも径が適当ということで用いられている。しかし腹部大動脈用のグラフトは長さが短いため、複数のグラフトを連ねて挿入しなければならないことが多い。さらに、腹部大動脈用のグラフトに用いられる挿入器具は胸部大動脈用のものより短いため、身長の高い患者では胸部大動脈損傷部位まで届かないことがある。若年者では大動脈弓遠位部のカーブが強いがことが多いが、このような強いカーブに適合するようなグラフトはまだ製品化されていない。血管内グラフトの耐久性が不明なことも大きな問題点である。血管内グラフトの長期的な耐久性や、大動脈損傷に対し血管内治療を行った場合の大動脈自体の状態の自然経過についてはまだよく分かっていない。現時点では、一生涯にわたって定期的な画像診断を行うことが推奨される。

まとめ
鈍的大動脈損傷の治療法は目覚ましい進歩を遂げてきた。今後は大多数の症例において血管内治療が第一選択になると思われる。製品の開発と改良はこれからも進み、良質で使いやすいステントグラフトが登場するであろう。入念な計画のもとに行えば血管内治療は、重傷または瀕死の患者をも治療対象にできる可能性があり、その上、治療法そのものに関連した死亡や対麻痺などの合併症の大幅な減少が期待できる。

教訓 大動脈損傷のこれからの治療法はステントグラフトです。
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クロストリジウム・ディフィシル~発生率&毒性 [critical care]

NEJM 2008年10月30日号より

Clostridium difficile — More Difficult Than Ever

発生頻度と重症度
米国の急性期病院では、1990年代中盤から終わり頃にかけてのクロストリジウム・ディフィシル感染の発生率は10万人あたり30-40件であった。2001年には50件まで増加した。その後も増え続け、2005年には10万人あたり84件と、1996年(10万人あたり31件)の3倍近くにまで跳ね上がった。イングランドでは、クロストリジウム・ディフィシル感染を主因とする死亡数が1999年には499名であったものが、2005年には1998名、2006年には3393名に急増している。ケベック州(カナダ)Estire地区でもクロストリジウム・ディフィシル感染発生率は1991年から2002年までは10万人当たり20件強であったが、2003年にはその約4倍(92.2件/10万人)に増加し、特に高齢者において発生増加が顕著に認められた(64歳以上では10万人あたり867件)。また、このときのクロストリジウム・ディフィシル感染症例では重症度と死亡率が高く、1703名のクロストリジウム・ディフィシル感染患者を対象とした調査では、クロストリジウム・ディフィシル感染を主因とする死亡例が117名(6.9%)存在した。

強毒株の発生
McDonaldらは米国の医療施設八ヶ所で2000年から2003年のあいだに起こったクロストリジウム・ディフィシル感染集団発生において検出されたクロストリジウム・ディフィシルを調査した。五ヶ所で検出された株のうち半数が同じ株であり、これはケベック州における集団発生のときの株と同じものであった。この株は1980年代にはじめて同定され、BI/NAP-1/027株と名付けられた。強毒性の変異株であるBI/NAP-1/027株によるクロストリジウム・ディフィシル感染集団発生には以下の三つの要素が関与していることが指摘されている:トキシンAとトキシンBの産生量増加、フルオロキノロン系抗菌薬に対する耐性およびバイナリートキシン(活性を担うAサブユニットと結合を担うBサブユニットの二つのコンポーネントからなるトキシン)の産生。トキシンA(エンテロトキシン)とトキシンB(サイトトキシン)はクロストリジウム・ディフィシルの毒性を決定する二大トキシンである。この二つの毒素を産生しないクロストリジウム・ディフィシルには病原性はない。毒素の産生にはtcdA, tcdBと三つの制御遺伝子のあわせて五つの遺伝子が関わっている。制御遺伝子の一つであるtcdCはトキシン産生を抑制する働きがあると推測されている。クロストリジウム・ディフィシル感染集団発生時に検出されたBI/NAP-1/027株ではtcdC遺伝子内の塩基配列に欠失があり、毒素産生量が通常の10倍程度に増加していた。クロストリジウム・ディフィシル毒素は、腸管上皮細胞表面に結合すると細胞内に取り込まれ、細胞間結合を崩壊させたり、細胞骨格を破壊したりして、細胞を死に至らしめる。80年代、90年代に分離されたBI/NAP-1/027株はすべてtcdC遺伝子に変異が認められた。当時のBI/NAP-1/027株と違い、最近の株ではガチフロキサシンおよびモキシフロキサシンに対する高度耐性が認められている。これは、病院でフルオロキノロン系抗菌薬が広く用いられるようになり耐性株が選択されてきた結果であると考えられる。このため、過去にクリンダマイシン耐性株による集団発生を受けクリンダマイシン使用制限の必要性が指摘されたのと同じように、フルオロキノロン系抗菌薬の使用制限によりBI/NAP-1/027株集団発生を抑止できる可能性が示唆されている。BI/NAP-1/027株の毒性を担う三番目の毒素であるバイナリートキシンは、トキシンAおよびBの産生に関わる遺伝子とは関連がない。バイナリートキシンはin vitroでは腸管毒性があることを確認されているが、生体内のクロストリジウム・ディフィシル感染における病原性についてはまだよく分かっていない。トキシンAおよびBを産生せずバイナリートキシンのみを産生するクロストリジウム・ディフィシルには病原性がない。それでも、強毒性の変異株であるBI/NAP-1/027株がバイナリートキシンを産生することに注目し、重篤な大腸炎を引き起こすトキシンAおよびBとバイナリートキシンが相乗的に作用し強い毒性を発揮するのではないかと考えられている。

感染の拡大
クロストリジウム・ディフィシル感染は高齢で衰弱した入院患者もしくは老人保健施設入所者に発生することが多かった。しかし最近、米国疾病管理予防局は感染リスクがないと従来考えられていた集団でもクロストリジウム・ディフィシル感染が発生する可能性があるとして注意を呼びかけている。医療機関に収容されたことがなく、抗菌薬を投与されたこともないようなそれまで健康であったような若年者でもクロストリジウム・ディフィシル感染リスクがある。クロストリジウム・ディフィシル感染患者との接触による小児感染例も見つかっており、ヒトからヒトへ直接伝播することも分かってきた。妊娠中に重症クロストリジウム・ディフィシル感染のため大腸切除術が行われたものの死亡した例も報告されている。若年者でも劇症型クロストリジウム・ディフィシル感染が発生することを広く知らしめることによって早期発見および治療につながると考えられる。

メトロニダゾール vs バンコマイシン
クロストリジウム・ディフィシル感染がはじめて報告されたのは1970年代後半のことである。その後間もなく、メトロニダゾールまたは経口バンコマイシン投与が本感染症治療に有効であることが明らかにされた。最近10年のあいだにクロストリジウム・ディフィシル感染の発生頻度および重症度が劇的に悪化しているが、それでもこの二剤は今でもクロストリジウム・ディフィシル感染のほぼ全例に用いられている。2000年までの調査ではメトロニダゾール、バンコマイシンの無効率はほぼ同等(それぞれ2.5%、3.5%)であった。しかし2000年以降、メトロニダゾール無効例が増加している(18.2%)。例えば、ケベック州での集団発生では感染患者の26%においてメトロニダゾールが無効であった。また、下痢が改善するまでの日数はメトロニダゾールの方がバンコマイシンより有意に長い(4.6日 vs 3.0日, P<0.01)ことが遡及的調査で示された。このためバンコマイシンの方がメトロニダゾールよりもクロストリジウム・ディフィシル感染治療に有効である可能性についての議論が続いている。最近では、重症例にはバンコマイシンを第一選択とすべきであるという意見が専門家の間では優勢である。2007年に発表された前向き無作為化比較対照試験では、172名の患者をメトロニダゾール群(250mg×4/day)とバンコマイシン群(125mg×4/day)に割り当てて比較した。軽症例では二剤は同等であったが、バンコマイシン(98%)の方がメトロニダゾール(90%)より有効率が高い傾向が認められた(P=0.36)。重症例ではバンコマイシンの方が有意に有効率が高かった(97% vs 76%, P=0.02)。最近行われた他の前向き試験でもこれと同様の結果が得られている。中等症までのクロストリジウム・ディフィシル感染の治療においては、安価であることおよびバンコマイシン耐性菌発生のおそれがないことから、現在でもメトロニダゾールが第一選択である。一方、重症例ではバンコマイシンを第一選択とすべきであろう。クロストリジウム・ディフィシル感染が重症であることを示唆する徴候は、偽膜性腸炎、白血球著増、急性腎不全および低血圧である。バンコマイシンは有効性の高い薬剤ではあるが、重症例ではイレウスや中毒性巨大結腸症のため経口投与が困難なこともある。その場合はメトロニダゾール静注(500mg×4/day)と、可能であればNG tubeまたは浣腸でバンコマイシン(500mg×4/day)を併用する。免疫グロブリン静注(400mg/kg)施行例も報告されているが、有効性は確立されていない。難治例では大腸亜全摘が適応となる場合もある。(つづく)

教訓 C. difficileには強毒株が増えているようです。重症例ではバンコマイシンの方がメトロニダゾールより有効です。

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クロストリジウム・ディフィシル~再発例の治療 [critical care]

NEJM 2008年10月30日号より

Clostridium difficile — More Difficult Than Ever

感染の再発
クロストリジウム・ディフィシル感染治療における大きな課題は、初回治療成功後の再発である。再発率はメトロニダゾールとバンコマイシンともに20%前後である(それぞれ20.2%、18.4%)。再発は典型的には、初回治療終了後約4週間で発生する。クロストリジウム・ディフィシルのバンコマイシン耐性は報告されていない。メトロニダゾール耐性は稀ではあるが存在する。初回感染とは異なる株のクロストリジウム・ディフィシルに感染して再発するものと考えられている。

宿主免疫の役割
一度再感染した患者では、また再発するリスクが高い。初回感染後の再発率は20%だが、一回再発すると二回目が起こる頻度は40%、二回以上の再発があるともう一度再燃する頻度は60%以上になる。回を重ねる毎に再度感染が起こる可能性が高まるのは、クロストリジウム・ディフィシルに対する免疫がない患者が選択されるためであると考えられている。抗菌薬を投与され、毒性のあるクロストリジウム・ディフィシルが定着しても、感染が成立するのは半数のみである。残りの半数は無症状のキャリアになる。定着後に無症状キャリアになる患者では、定着後早期にトキシンAに対するIgG抗体が増加する。感染が成立する患者ではこの現象は認められない。初回感染時に、抗トキシンA IgMが増加し引き続いてIgGが増加することがある。抗菌薬治療終了時に抗トキシンIgG量が多いと、少ない場合と比べ再発率が44分の1に低下する。

再発例の管理
・一般的注意
まず、抗菌薬の投与を中止し、腸内細菌叢の正常化を目指す。メトロニダゾールまたはバンコマイシン投与終了後に下痢が認められても、必ずしもクロストリジウム・ディフィシル再感染であるとは限らない。無症状もしくはごく軽い症状しかない患者からクロストリジウム・ディフィシル毒素が検出されたからと言って、ただちに治療を開始すべきではない。中等度以上の下痢が認められないのであれば、便の毒素検出検査を繰り返すことは推奨されない。メトロニダゾールまたはバンコマイシンを数週間以上投与しても下痢が改善しない場合は、クロストリジウム・ディフィシル以外の原因を考慮するべきである。
・抗菌薬とプロバイオティクス
クロストリジウム・ディフィシルの抗菌薬耐性は臨床的には問題視するほどのものではないため、1回目の再発時は初回治療と同一の抗菌薬を用いる。二回以上の再発例の標準的治療法は確立していない。単純な抗菌薬関連下痢症では乳酸菌やフルーツ酵母などのプロバイオティクス製剤が有効であるが、クロストリジウム・ディフィシル感染抑止効果についての研究では有効性は一定しない。抗菌薬併用療法が再発例治療に有効であったという報告がある。バンコマイシンに加えリファキシミン経口投与(400-800mg/day)を14日間実施しクロストリジウム・ディフィシル再感染治療に有効であったと報告されている。
・免疫療法
感染再発を繰り返す患者に対してはクロストリジウム・ディフィシル毒素に対する受動または能動免疫療法が行われている。半数以上の成人の血中には抗クロストリジウム・ディフィシル毒素抗体が存在するため、一般的な免疫グロブリン製剤を用いることによってトキシンAおよびBを中和することができると考えられる。したがって再発例には免疫グロブリン製剤が投与され、有効であるとの報告もあるが、無作為化比較対照試験は行われていない。標準的治療が無効であったり、大腸切除が考慮されたりするような重症例では免疫グロブリン投与に有効性が認められないという報告も多い。能動免疫療法についてはまだデータが非常に少ない。不活化クロストリジウム・ディフィシルワクチン(トキソイドAおよびB)を三名の再発患者に投与したところその後の再発は認められなかったと報告されている。免疫療法(受動および能動)は再発例の有望な治療法であることが期待されているが、前向き比較対照研究で有効性を確認する必要がある。
・Bacteriotherapy
クロストリジウム・ディフィシル感染は抗菌薬によって正常腸内細菌叢が破壊されて発生する。治療のために使用されるメトロニダゾールやバンコマイシンも腸内細菌叢を破壊する。クロストリジウム・ディフィシルのうち毒性のない株を投与することによって毒性のある株が定着、感染する余地をなくすという治療法が1987年にSealらによって提唱された。動物ではこの治療法の有効性が確認され、現在はヒトでの応用の準備が進んでいる。ヒト(通常は患者家族)の便の濾過液をNG tubeまたは大腸内視鏡から注入する方法(注便療法)も行われている。この方法が有効であったという報告もあるが、実用性の面、および気持ち悪さから一般的な治療にはなっていない。
・新しい抗菌薬
現在FDAがクロストリジウム・ディフィシルの治療薬として認可している抗菌薬はバンコマイシンのみである。他の感染症の適応として認可されている抗菌薬(ニタゾキサニド、リファキシミンなど)や、まったく認可されていない抗菌薬(ラモプラニン、difimicin)についても研究が行われている。Tolevamerは不活性ポリマーでトキシンAおよびBに結合する。第2相臨床試験では有効性があるという結果が得られたが、第3相試験ではバンコマイシンおよびメトロニダゾールより劣っているという結果であった。Tolevamerには直接的な抗菌活性はなく、定着を起こさないようにする作用があると考えられている。Tolevamerが有効であった症例では再発がバンコマイシン(23%)およびメトロニダゾール(27%)より非常に少なかった(3%, 二剤ともP<0.001)。抗菌薬関連下痢症に対する治療法としては、新しい抗菌薬にはあまり期待が持てそうにない。それよりも抗菌薬以外の有効な治療法や予防法の確立に力を傾注するほうがよい。

まとめ
クロストリジウム・ディフィシル感染は病院や老人保健施設だけでなく、外来でも珍しくなくなってきた。抗菌薬耐性、毒性の増強または芽胞形成の促進に関与する変異株の発生によって本感染症の発生率が上昇し、強毒株感染例が増えている。抗菌薬以外の治療法の開発が焦眉の急である。クロストリジウム・ディフィシル感染の大部分は医原性かつ院内感染によるものであるため、抗菌薬の注意深い選択と、できる限り抗菌薬を使用しないことが最も重要な予防法である。消毒、手洗い、およびバリアプリコーションも有効な予防法である。

治療法の提案
初回治療
 軽症~中等症 メトロニダゾール500mg×3/day(経口) 10-14日間
 重症またはメトロニダゾール無効/使用不可 バンコマイシン125mg×4/day(経口) 10-14日間
再発1回目
 軽症~中等症 メトロニダゾール500mg×3/day(経口) 10-14日間
 重症またはメトロニダゾール無効/使用不可 バンコマイシン125mg×4/day(経口) 10-14日間
再発2回目
 バンコマイシン 漸減パルス療法を行う。
  125mg×4/day(経口) 14日間
  125mg×2/day(経口) 7日間
  125mg×1/day(経口) 7日間
  125mg×1/day(経口)隔日 8日間(4回内服)
  125mg×1/day(経口)二日おき 15日間(5回内服)
再発3回目
  125mg×4/day(経口) 14日間 引き続き リファキシミン400mg×2/day 14日間
再発時のその他のオプション
  免疫グロブリン静注 400mg/kg 一日一回 二種おきに一回 2-3回投与
  注便療法


教訓 再発する例では何度も何度も再発を繰り返すことがあります。抗菌薬以外の治療法には、IVIG、ワクチン、プロバイオティクス、注便療法などがあります。

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人工呼吸器離脱と副腎不全 [critical care]

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2006年2月1日号より

Association between Adrenal Insufficiency and Ventilator Weaning

視床下部-下垂体―副腎系(HPA系)は、ストレス反応において重要な役割を占めている。侵襲が加わるとHPA系が賦活化しACTHが放出され副腎が刺激される。敗血症患者における副腎皮質ステロイド補充の安全性と効用については、未だに必ずしも明確にされていない。だが一方で、ショック状態が持続し昇圧薬を要し、人工呼吸管理が長期化するような非常に重篤な患者では、副腎皮質ステロイド補充療法が有効であるという報告が複数存在する。重症患者は相対的副腎不全状態になっているのではないかと考えられてきた。人工呼吸器離脱は、ICUにおける超重要課題である。理由は定かではないが、再挿管症例では予後が不良で院内死亡率が高いことが明らかにされている。人工呼吸器離脱試行が失敗に終わる症例について、いくつもの原因が指摘されているが、有用な臨床的指標は確立されていないのが現状である。副腎不全と人工呼吸器離脱の関係は未解明の問題である。副腎不全の早期診断および治療によって転帰が改善することが予測されていることから、我々は、副腎の予備能が低下している患者に副腎皮質ステロイドを補充することによって人工呼吸器離脱が容易になるという仮説を立て二重盲検試験を行った。

本研究は2003年5月1日から2003年12月31日にかけて三次教育病院のICU(26床)で行われた。気管挿管され72時間以上人工呼吸器管理を行った患者のうち、呼吸不全の原因が改善し人工呼吸器離脱開始が可能な者を対象とした。昇圧薬および鎮静薬は研究開始の少なくとも24時間前から中止した。入院前または入院中のステロイド投与の既往がある患者や咳反射が消失している患者は除外した。コルチゾル血中濃度は化学発光免疫測定法を用い院内の検査部で測定した。コルチゾル血中濃度が25μg/dL以上であれば副腎機能は正常であるとした。朝のコルチゾル血中濃度が25μg/dL未満の場合、高用量ACTH刺激試験を行った。cosyntropin250μgを筋注し、直後および60分後にコルチゾル血中濃度測定検体を採取した。コルチゾル血中濃度が9μg/dL以上増加した場合を正常副腎機能に分類し、それ未満の場合は副腎不全に分類した。副腎不全患者は無作為に治療群(人工呼吸器離脱中、ハイドロコルチゾン50mgを6時間おきに静注)または偽薬群(生食)に割り当てた。離脱開始基準を満たした患者は、Tピースで2時間自発呼吸をさせた。Tピース自発呼吸に問題がなければ抜管した。抜管から48時間以内に再挿管、NPPVなどの呼吸補助を必要としなかった場合を離脱成功と定義した。離脱ができなかった場合および人工呼吸期間が14日以上の場合を離脱失敗と定義した。

研究期間中に472名の人工呼吸管理患者がICUに入室し、そのうち93名が対象基準を満たした。初回の副腎機能検査後、23名は正常な副腎機能を有し、70名が副腎機能不全であった。副腎機能不全の患者は無作為に治療群(35名)または偽薬群(35名)に割り当てられた。副腎機能不全群においては、副腎皮質ステロイド群と偽薬群の間で朝のコルチゾル血中濃度は同等であった。正常副腎機能群のうち20名は人工呼吸離脱に成功し、3名が抜管はできたものの離脱には失敗した。副腎皮質ステロイド群では32名が離脱に成功し、1名はTピースの段階で脱落し、2名が抜管はできたものの離脱には失敗した。偽薬群においては、24名が離脱に成功し、2名はTピースの段階で脱落し、9名が抜管はできたものの離脱には失敗した。正常副腎機能患者と副腎皮質ステロイド群の離脱成功率は同等であった。偽薬群の離脱成功率は正常群および副腎ステロイド群と比較し有意に低かった(p=0.035)。副腎皮質ステロイド群において、新たに発生した高血糖、院内感染、消化管出血などの合併症の有意な増加は認められなかった。

本研究では、副腎機能不全患者に対し抜管前にストレス量の副腎皮質ステロイドを投与することによって、偽薬群と比較し人工呼吸離脱成功率が有意に上昇し、離脱期間が短縮することが明らかになった。抜管前の副腎機能評価に朝のコルチゾル血中濃度とACTH刺激試験を用い、副腎機能不全と抜管後転帰の相関を明らかにしたのは本研究が嚆矢である。我々が得た結果から、離脱前に副腎機能を評価することはICUの日常診療に有用であると考えられる。副腎機能不全の定義については諸説があるのが現状である。多くの教科書および最新の諸論文ではコルチゾル血中濃度が25μg/dL以上を正常としている。ACTH刺激試験は副腎機能不全を除外するのに必須の検査であり、特にコルチゾル血中濃度が25μg/dL以下の場合は重要な意味を持つ。ACTH刺激試験後のコルチゾル血中濃度上昇のカットオフ値については一致した意見は未だ得られていないが、重症患者においては9μg/dL未満の上昇は副腎機能が低下していると診断するのが通例である。朝のコルチゾル血中濃度とACTH刺激試験によって副腎機能評価の精度が高くなる。

生理的範囲内の副腎皮質ステロイド補充が効果的なのは敗血症性ショックのみならず、その他の重症疾患患者、たとえば、外傷、熱傷、副腎機能不全を伴う内科系および外科系疾患でも有用であろう。現在までのところ、ストレス量の副腎皮質ステロイド投与によってICUにおける人工呼吸離脱成功率が上昇するという報告はない。我々の研究では、正常副腎機能患者とストレス量のハイドロコルチゾンを投与された副腎機能不全患者の離脱成功率は同等であるという結果が得られた。一方、院内死亡率、ICU在室期間、入院期間についてはハイドロコルチゾン群と偽薬群の二群間に有意差は認められなかった。

近年行われている諸研究から、副腎皮質ステロイド補充療法が敗血症性ショック患者に有用であることが分かっているが、この現象の病態生理学的側面は未だ明らかになっていない。Kehらは敗血症性ショック患者における低用量ハイドロコルチゾン補充療法によって動脈圧および体血管抵抗が上昇し、強心薬投与量が低下すると報告している。人工呼吸器離脱中の呼吸仕事量増加によって、心血管系および視床下部-下垂体―副腎系に負荷がかかり、循環動態が不安定になる可能性がある。低容量ハイドロコルチゾン療法によって人工呼吸器離脱成功率が上昇するのは、おそらく血行動態が安定することが原因であろう。Annaneらは、重症敗血症患者が高率に(>75%)副腎不全に陥ることを明らかにした。我々の研究でも副腎不全患者が驚くほど多く認められ(75.3%)、今までこのような症例を見過ごしていたという問題点が浮かび上がった。CooperとStewartは、理学的所見による診断には限界があるため副腎不全診断のための検査は躊躇することなく行うべきであるとし、特に敗血症性ショックにおいては多くの症例で検査を行うことが妥当であろう、と報告している。人工呼吸離脱に通常必要とされる検査については様々な意見があり一致を見るに至っていない。Manthousらは、現在使用されている離脱指標は、呼吸不全の原因を同定するには役立つが、どの患者が離脱成功するかを予測するにはあまり有用ではないと報告している。Shirokaらは、予測呼吸仕事量基準を満たしても、48時間以内に再挿管を要する患者はかなり多いことを明らかにしている。

まとめ
重症患者の副腎不全は、朝のコルチゾル血中濃度が25μg/dL未満のとき疑うべきであり、さらにACTH刺激試験によるコルチゾル血中濃度上昇が9μg/dL未満の場合に確定診断に至る。抜管に先立ち全ての患者において副腎機能評価を行うことが望ましい。なぜならば、ストレス量の副腎皮質ステロイド補充療法によって人工呼吸器離脱成功率が上昇し、副腎不全患者でも正常副腎機能患者と同程度にまで離脱期間を短縮することができるからである。

教訓 weaningに際し、副腎不全の診断と治療が大切です。
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集中治療:自己評価>>外部評価 [critical care]

Critical Care Medicine 2008年10月号より

Practice and perception-A nationwide survey of therapy habits in sepsis .

はじめに
重症敗血症の死亡率は現在でも20%から60%に達する。ICU入室患者に厳格な血糖管理を実施すると敗血症発生頻度および死亡率が低下する。肺保護戦略に基づく人工呼吸管理によってARDSの死亡率は9%低下する。さらに死亡率を低下させる方法として、中心静脈酸素飽和度を指標の一つに含むアルゴリズムに基づく早期目標指向治療法(early goal-directed therapy)、敗血症性ショックにおける少量ハイドロコルチゾン、場合によっては活性化プロテインCなどが挙げられる。一方、アンチトロンビンや腎血流量維持目的の少量ドパミンは無効であることが大規模研究で明らかにされている。その時点で最良とされる治療法と実際の治療法とのあいだに齟齬があると死亡率および合併症発生率が上昇する可能性がある。臨床現場で行われている敗血症の治療に、最近の大規模研究の結果やガイドラインで推奨されている治療法が実際にどれぐらい反映されているのかはあまりよく分かっていない。敗血症に関する七つの推奨治療法の周知と実施の程度について、ドイツ全土のICUを対象に大規模調査を行った。対象とするICUは、所在する病院の規模を5段階に分けて各段階から均等に抽出した。各ICUの責任者から、推奨治療法をどの程度実施しているかを聞き取り、患者記録から実際に実施しているかどうかを確かめ比較した。

方法
本研究はGerman Sepsis Competence Network(SepNet)が実施した。1380ヶ所の病院のICU2075施設から対象施設を無作為に抽出した。病院はベッド数によって200以下、201-400、401-600、601以上に分類され、それぞれの階層をS1からS4とした。大学病院はS5とした。研究日(研究者訪問日)に重症敗血症または敗血症性ショックであった成人患者を対象とした。治療の差し控えや中止に当たる症例は除外した。最近の敗血症に関する研究成果やガイドラインから、臨床的に重要であると思われる7項目を選んだ。ALI/ARDSに対する低一回換気量と、血糖管理は敗血症の全経過において適用される治療法であると見なした。活性化プロテインC、少量ハイドロコルチゾン(200-300mg/24hr)、腎機能保護の目的での少量(5μg/kg/min以下)ドパミン投与を行わない、アンチトロンビン非使用の4つについては敗血症の病期と重症度によっては適用される治療法と見なした。対象ICUを外部の集中治療専門医が訪問し聞き取り調査を行った。各ICUの責任者に7項目につきどの程度採用しているかを質問した。「全例」、「大部分」、「時々」、「稀に」、「皆無」のいずれに該当するかを答えてもらった。その後、訪問日に収容されている重症敗血症または敗血症性ショック患者のカルテを閲覧した。聞き取り調査以前の24時間における最高血糖値;最大一回換気量;活性化プロテインC、ハイドロコルチゾン、ドパミン、アンチトロンビンの投与の有無と投与量を記録した。

結果
310ヶ所の病院に所在するICU 454施設(ドイツの全ICUの22%にあたる)を訪問調査した。訪問日に対象ICUに収容されていた重症敗血症もしくは敗血症性ショックの患者は415名であった。このうち49名は治療の差し控えや中止に当たる症例であった。残りの366名(214ヶ所のICUに収容)のうち、190名が重症敗血症、166名が敗血症性ショックであった。10名は敗血症性ショックが疑われたものの記録不十分であったため重症敗血症と敗血症性ショックを分けて解析する場合には対象から除外した。対象ICUの種類は、187施設(41.2%)が外科系/内科系混合ICU、85施設(18.7%)が外科系ICU、65施設(14.3%)が内科系ICUであった。一施設あたりのベッド数は、中央値で10床(四分位範囲7-12)であった。ICU責任者の専門は、55.3%が麻酔科、26.9%が内科、5.7%が外科、その他が11.2%であった。対象ICUが設置されている病院規模の分布は、S1(200床以下)が106施設(23.3%)、S2(201-400床)が151施設(33.3%)、S3(401-600床)が68施設(15.0%)、S4(601床以上)が82施設(18.1%)、大学病院(S5)が47施設(10.4%)であった。

ALI/ARDSの基準を満たし気管挿管され人工呼吸管理を行われていた患者は198名であった。このうち46名(23.2%)については記録不十分のため一回換気量が分からなかった。一回換気量が6mL/kg PBW(予測体重)以下であったのは4名(2.6%)、6-8mL/kg PBWが26名(17.1%)、8mL/kg PBWを超えていたのが122名(80.3%)であった。平均一回換気量は10±2.4mL/kg PBWであった。調査対象日の血糖値が判明したのは355名であった。平均血糖値は180±64.8mg/dLであった。22名(6.2%)は正常血糖(79.2mg/dL-109.8mg/dL)であった。低血糖(79.2mg/dL未満)は4名(1.1%)に認められた。高血糖であった患者のうち、149.4mg/dL以下が120名(33.8%)、149.4mg/dLを超えていたのが235名(66.2%)であった。207名にインスリンが投与されていた。このうち4名(1.9%)は正常血糖、2名(1.0%)が低血糖であった。43名(20.8%)が149.4mg/dL以下の高血糖、164名(79.2%)が149.4mg/dLを超えていた。聞き取り調査の対象となったICU責任者のうち79.9%が「全例」または「大部分」の症例で低一回換気量の人工呼吸を実施すると答えたが、実際に一回換気量が6mL/kg PBW以下であったのはわずか2.6%の症例であった。厳格な血糖管理についても、65.9%が「全例」または「大部分」の症例で実施すると申告したが、実際に正常血糖であったのは6.2%に過ぎなかった。

活性化プロテインCは354名中3名に投与された、少量ハイドロコルチゾンは敗血症性ショック158名のうち48名、重症敗血症176名のうち41名に投与された。アンチトロンビンが投与されなかった患者は316名(94.0%)、少量ドパミンが投与されなかったのは304名(91.8%)であった。病院規模と治療法の選択には有意な相関は認められなかった。大規模病院または大学病院のほうが、活性化プロテインCを「全例」または「大部分」の症例で投与すると申告した者が有意に多く(p<0.001)、少量ドパミンおよびアンチトロンビン非投与を「全例」または「大部分」の症例で採用すると申告した者も有意に多かった(それぞれp<0.0002, p=0.0421)。

考察
今回の調査で、大部分の患者において推奨されている治療法が行われていないにも関わらず、大多数のICU責任者は推奨治療法を広く実施していると答えているという実情が浮かび上がった。ALI/ARDS患者のうち80%の一回換気量が8mL/kg PBWを超えていた。過去の調査でも、低一回換気量があまり適用されていない実態が報告されている。Surviving Sepsis Campaignでは血糖値を149.4mg/dL以下とすることが推奨されているにも関わらず、今回の対象患者の三分の二、インスリンを投与されていた症例の80%が高血糖を呈していた。敗血症性ショックに対するハイドロコルチゾン少量投与については、68%のICU責任者が実施すると回答したが、実際には敗血症性ショック症例の30%に投与されていたに過ぎなかった。重症患者におけるステロイドによる副作用の可能性を考えると、ショックを合併していない重症敗血症のうち23%もの症例にハイドロコルチゾンが投与されていたことは憂慮すべきである。ただし、これらの患者が調査対象日以前に敗血症性ショックに対しハイドロコルチゾンを投与され、離脱中であったという可能性は否定できない。

良質なエビデンスが現場で適用されていない理由として考えられるものを以下に示す。新しいエビデンスが世に知らしめられても、それが知識として取り入れられ実際に臨床で活用されるまでにはかなりの時間がかかることが明らかにされている。今回の調査では、ICU責任者たちは、推奨されている治療法を実際に活用していると捉えていることが分かったため、単なる知識不足が原因であるとは考えにくい。新しい知見に基づき治療法を変える際の障壁としては、研究結果に対する疑念、ICUスタッフ間のコミュニケーション不良、ICUスタッフ一人一人の考え方の違い、医師の裁量が脅かされるのではないかという抵抗感、新しい治療法にかかるコストなどが挙げられている。これらが、今回の調査結果にも反映されている可能性がある。Surviving Sepsis Campaignの推奨事項の多くには賛否両論がある。敗血症性ショックに対するストロイドの使用も、根強い反対意見がある治療法であり、最近発表されたCORTICUSでは、ステロイドによる治療効果は認められないという結果が得られている。重症敗血症に対する血糖管理については、敗血症ではない術後患者を対象とした研究結果を敷衍したものであり、また、この研究自体のエビデンスの質が低いという問題がある。実際、内科系ICU患者や重症敗血症患者を対象とした同様の研究では、厳格な血糖管理による転帰の改善は認められていない。活性化プロテインCについても、市販承認の裏付けとなった研究とは異なる結果が発表されている。

今回の調査では、ICU責任者たちの認識と実情とのあいだに非常に大きな乖離があることが分かった。ホーソン効果で説明されるように、聞き取り調査のやり方が調査対象となったICU責任者の認識に影響を与えたのかもしれないし、自己評価と実際の行動を比べると自己評価の方が一貫して過大になるという人間の性によるやむを得ないものなのかもしれない。低一回換気量と血糖管理については、特に大きな乖離が認められたが、これらの治療はICUのスタッフ全体が認識を共有していないと実行が難しい。今回の調査では、推奨治療法の認識度および実行度と、病院の規模(大学病院であるか否かを含む)とのあいだに相関は認められなかった。本研究の問題点の一つは、一時点における調査であったことである。ハイドロコルチゾンやアンチトロンビンのように重症度や病期によって適応が異なったり、活性化プロテインCのように特異的な使用適応があったりするような治療法については実情を反映していない可能性がかなりある。また、ドパミンについては昇圧薬として用いられていたものが減量中であった可能性もあるし、24時間における血糖最高値をもって血糖管理全体の評価を行うのは、不十分の誹りを免れないであろう。十分妥当な努力が払われてもなお患者の状態が悪い場合には、今回のような調査によって推奨治療法実施の有無を判断するのは早計である。以上のような問題点をはらんでいるものの、ドイツ全土のICUの中から均等に対象施設を抽出し、聞き取り調査を集中治療専門医が行ったため良質なデータを収集できたということが本研究の利点である。

教訓 人間は、できていないのにできていると思いこんでしまう傾向があります。

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