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外傷後脳虚血を脳血流量から診断できるか? [critical care]

Critical Care Medicine 2008年11月号より

Cerebral blood flow thresholds for cerebral ischemia in traumatic brain injury. A systematic review .

外傷後脳虚血(PTCI)は致死的外傷性脳損傷症例の90%で認められる。したがって外傷性脳損傷の治療にあたっては、脳の酸素化と血流の測定が重要である。脳灌流圧は脳血流の主な指標であるため、脳灌流圧の目標値を設けて外傷性脳損傷の治療を行うべきであるという意見がある。しかし、脳灌流圧の最適な目標値は未だ明らかにされていないし、おそらく最適な目標値は患者によって異なる上に、同じ患者であっても経過によって変化するものと考えられる。故に、PTCIを診断するには脳血流量の直接測定が必要である。我々の管見の及ぶところでは、外傷性脳損傷における脳血流量閾値の設定についての方法論的妥当性がこれまでに検討されたことはない。今回、成人外傷性脳損傷における脳血流量閾値について文献を渉猟しその根拠を検証した。

Medline(1966年1月-2007年6月)、Embase(1982年1月-2007年6月)およびCochrane Library(1993年1月-2007年6月)から文献を検索した。検索キーワードは、brain ischemia, cerebral ischemia, brain blood flow, head injuryおよびhead traumaとした。検索の結果得られた文献のうち、成人外傷性脳損傷患者を対象として脳血流量閾値について評価が行われ、追跡評価にCTまたはMRIが用いられ梗塞域が診断されているものを本研究の対象とした。

キーワード検索で得られた253編の文献のうち、53編が成人外傷性脳損傷患者における脳血流量を主なテーマとする文献であった。このうち31編は脳血流量測定の診断性能についての評価が行っていいなかったため除外した。残り22編のうち20編は過去の文献で使用されている脳血流量閾値を用いて脳血流量測定の診断性能を評価していたため除外した。それらの多くで、動物実験(サルまたはブタ)または頚動脈手術中の脳虚血の研究から得られた値である18-20mL/100mL/minを脳血流量閾値として採用されていた。最終的に残った2編でのみ、PTCIが発生する脳血流閾値が検討されていた。このうち1編では、脳室の大きさから判断した脳萎縮の程度に基づいてPTCIの診断が行われていたため除外した。本研究の対象となった1編は、重症外傷性脳損傷(GCS 8点以下)連続14症例を対象としたコホート研究であった。脳血流量は受傷後72時間以内(平均46時間後)にPETで測定され、基準診断法は受傷3-18ヶ月後(平均239日後)のMRIであった。評価対象となった検査法(PETによる脳血流量測定)と対照とされた標準的検査法(追跡MRI検査)は独立して盲検化され、画像上の病変部位および健常部位のボクセルの比較が行われた。非可逆的な脳虚血性障害(脳梗塞)が発生する脳血流量閾値は15mL/100mL/minであるという結果が得られた。この閾値の感度は43%、特異度は95%であった。この研究における対象患者では、テント上の予測梗塞域は全体の4.3%であるとPETで診断されたが、陽性的中率はわずか27%であり、陰性的中率は96%であった。

過去62年間に発表された文献を検索し、PTCI診断の脳血流量閾値について体系的レビューを行った。PTCI診断における脳血流量測定の診断性能について評価した文献が22編得られたが、脳血流量閾値の妥当な値を検討・評価していたのはそのうち2編のみであった。残りの20編では、1970年代から1980年代初頭にかけて行われた動物実験やヒトの頚動脈内膜剥離術中の急性虚血性脳血管障害の研究から得られた値が脳血流量閾値として採用されていた。動物実験の結果をヒトに当てはめたり、脳血管障害の研究結果を外傷症例に当てはめたりするのは適切とは言い難い。虚血でも外傷でも、炎症性変化など一部の病態生理的機序は共通しているが、それでも両者の差異は歴然としている。急性虚血性脳血管障害では、脳血流低下が続くことにより神経死が起こる。外傷性脳損傷では機械的外力による脳血管および脳組織の剪断および断裂の結果、脳実質が破壊される。この結果、分子レベルおよび細胞レベルの反応のカスケードが惹起され「二次的」虚血性障害が発生する。外傷性脳損傷後は、外傷そのものまたは鎮静薬の使用により脳代謝が低下していることが多い。したがって、脳血流量が低下しても問題がないのかもしれない。だが、外傷により興奮性アミノ酸が放出され興奮毒性が発揮されると、脳代謝が増加し正常な脳血流量でも代謝需要に追いつかなくなる可能性がある。どちらの状況が発生するかによって、脳組織が生き残るのに足る脳血流量閾値は変化する。ここが虚血性脳血管障害と外傷性脳損傷の違いである。もう一つの違いは、脳血管障害では虚血は局在しているが、外傷性脳損傷後の脳障害は瀰漫性に発生することである。以上から、虚血性脳血管障害における脳血流量の閾値をそのまま外傷性脳損傷にも当てはめることは、極めて妥当性に欠けるのである。付け加えると、急性虚血性脳血管障害における脳血流閾値自体、薄弱な根拠に基づいて導かれたものなのである。脳血流量の閾値を検討した研究が2編しか発表されていないという事実から、脳血流閾値の設定やその診断性能の解釈の重要性が十分に認識されていないことが分かった。検査の感度や特異度は適切な閾値が設定によって決定される。したがって、診断性能についての研究では異なる閾値による感度と特異度をプロットした曲線を示すことによって、より多くの情報を提供することができる。また、評価対象とした検査法を標準的検査法と比較することが、診断性能についての研究では重要である。今回の研究で検索の結果得られた文献では、標準的検査法との比較が行われていたのは1編のみであった。本レビューの対象となった1編の研究の対象患者数は14名であった。評価対象は患者ではなくボクセルであったので、この研究の検出力の評価は困難である。この研究では、脳梗塞が発生する脳血流領域値は15mL/100mL/minであるという結果が得られた。感度は低く(0.43)、特異度は高かった(0.95)。つまり、この閾値を脳血流量が下回った脳組織は脳梗塞に陥る可能性が非常に高いと言えるが、脳血流量がこの閾値を上回っていても脳梗塞になる脳組織もかなりあることを意味している。したがって、この脳血流閾値を採用するとPTCIを見逃す可能性がある。PTCIは非常に複雑な現象であり、脳血流量が単独のPTCI診断法として用いられることは今後もないであろう。PTCIの成因として指摘されている全脳虚血の持続、一時的な全脳虚血および局所的虚血の持続の診断には、脳血流量および脳の酸素代謝測定を迅速かつ頻繁に行う必要がある。また、血流や代謝の局所的異常を正確に検出できなければならない。現時点では、PTCIの診断に脳血流量測定のみを用いることは推奨されない。

教訓 外傷性脳損傷は、脳血流量だけでなく、いろいろな情勢を勘案して管理しなければなりません。

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