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脳死後の重症急性心不全にGIK [critical care]

Critical Care Medicine 2008年10月号より

Effect of glucose-insulin-potassium in severe acute heart failure after brain death .

心不全に対する内科的治療の手段は現在までに格段の進歩を遂げているとはいうものの、依然として難治性心不全に対する治療の最終手段は心移植である。残念ながら深刻なドナー不足のため、実際に心移植が行われる症例は非常に限られている。移植待機リストに登録された患者の管理法は改善されてきているが、それでも2005年のデータによれば、待機期間中の死亡率は15%であり、2年以上の待機を余儀なくされている登録患者が42%にものぼっていた。過去10年間に心臓ドナー数は徐々に減少し、また、ドナー1名あたりの使用可能心臓数は1996年に0.45個であったのが、2005年には0.29個に低下した。したがって、移植可能臓器判定基準を拡大することによって移植臓器数を増加させることができる可能性がある。適応基準ぎりぎりの移植心(marginal donor hearts)とは、年齢55歳以上、冠動脈疾患、左室肥大、左室駆出率低下、多量の強心薬使用のいずれかに当てはまる場合である。脳死はそれ自体が心不全を引き起こすことがある。ドナー心臓を提供することができる可能性がある場合には、脳死によって心筋障害が発生していて移植後には機能が回復する見込みのある心筋量(冬眠心筋の割合)を評価するためドブタミンの使用が勧められている。しかし、ドブタミンには動脈圧低下、心拍数上昇、不整脈、心筋酸素需要の増大、心筋酸素需給バランスの障害などいろいろな有害作用がある。1960年代以降、心筋梗塞後の収縮能改善にブドウ糖-インスリン-カリウム(GIK)療法が有用であるとされている。本研究では、心臓を提供できる可能性のある脳死ドナーのうち左室収縮力が低下している者にGIK投与を行い、その効果をドブタミンと比較した。

Pitié-Salpêtrière病院(パリ)のICUに入室した脳死患者のうち慢性心疾患のない患者全員を対象とした(2004年10月から2006年9月までの2年間)。前負荷の評価には中心静脈圧ではなく動脈圧の呼吸性変動を用いた。呼吸性変動が13%以上のときは膠質液500mL(Gelofusin, B.Braun)を30分かけて投与した。この適応によるボーラス投与を2回以上要した症例はなかった。輸液負荷後、または必要があると判断された場合は、平均動脈圧60~100mmHgおよび尿量>1.5mL/kg/hrを目標にノルエピネフリン投与を開始した。心エコー評価実施前にはノルエピネフリン以外の強心薬は使用しなかった。尿崩症と診断された場合はデスモプレシン1mcgを静注した。ドナー心においては甲状腺ホルモン(triiodothyronine)投与は無効であるため、同剤の投与は行わなかった。
血行動態が安定している状態(脳死判定確定の1時間以上後、15分間以上輸液負荷またはノルエピネフリン投与量変更なし)でTEE(経食道心エコー)による心機能の評価を開始した。この時点(T0)でEF 30%以上の患者は除外した。EF 30%未満の患者にはドブタミン10mcg/kg/minを30分間投与し、TEEによる評価を行った(T1)。ドブタミン投与終了30分後(T2)、GIK投与開始120分後(T3)にもTEEによる評価を行った(T1からT2までの30分間はドブタミンウォッシュアウト時間)。GIKの組成は、ブドウ糖30%、インスリン60 IU/L(Actrapid HM)、カリウムイオン85mmol/Lであり、1.5mL/kg/hrを中心静脈カテーテルから2時間にわたって投与した。T0においてトロポニンIを、T2およびT3においてカリウムおよびブドウ糖の血清濃度を測定した。

連続135例の脳死症例が対象候補となった。6名が慢性心疾患の既往のため除外された。EF 30%以上の患者が117名、EF 30%未満の患者は12名であり最終的な研究対象候補となった。ドブタミン、GIK投与後にEFは有意に上昇した。ドブタミン投与後は心拍数が有意に増加したがGIK投与後には有意な心拍数の変化は認められなかった。平均動脈圧はドブタミン投与により有意に低下したが、GIKでは低下しなかった。収縮期血圧およびノルエピネフリン投与量についてはドブタミン群、GIK群とも投与中に有意な変化は認められなかった。EF上昇率についてドブタミン群とGIK群のあいだに有意差は認められなかった(基準時点からの上昇率85±69% vs. 52±29%)。一方、心拍数、平均動脈圧および拡張期圧の基準時点からの変化率については二群間に有意差を認めた。GIK投与開始120分後、血糖値は有意に上昇したが(138.6±27mg/dL vs 279±111.6mg/dL, P<0.05)、血清K濃度については有意な変化を認めなかった(3.6±0.5 vs 3.9±0.7mmol/L)。ドブタミン投与後にEF>40%となった脳死患者は7名(58%)、GIK投与後にEF>40%となった脳死患者は4名(30%)であった(有意差なし)。ドブタミン投与後もEF<40%であった患者は全員、GIK投与後も<40%のままであった。対象となった脳死患者12名中、4名の心臓が移植可能と判断された。1名は適合患者がなく、2名は血縁者が移植に同意しなかったため、結局1名の心臓のみが移植された。このドナーは特に既往のない56歳男性で、脳動脈瘤破裂のため脳死に陥った患者であった。この患者のEFはドブタミン投与後に19%から43%に増加、GIK投与後に20%から34%に増加した。移植から1年後、移植心の機能は正常であった。

脳死後の心収縮力低下はドブタミンと同程度にGIKによっても改善され、しかもドブタミンのような有害作用の発現がないことが本研究で明らかになった。脳死は局所的または全体的な心筋障害を引き起こすことがある。脳死患者の10-15%にEF30%未満の重度の収縮力低下が認められることがTEEを用いた研究で示されている。この機序はまだよく分かっていないが、神経ホルモンによる直接的な心筋傷害、遊離トリヨードサイロニン(T3)減少による代謝低下、高度な内皮障害、冠動脈血流の低下などの関与が指摘されている。脳死後収縮能障害発生の原因の一部は、冬眠心筋である。冬眠心筋は心筋を保護するための適応メカニズムであると考えられてきた。冬眠心筋が発生することによって、心筋酸素需要が減少し、心筋壊死を来すことなく虚血心筋の代謝バランスをなんとか保つことができるのである。このことを背景に、心筋viabilityの評価や、適応基準ぎりぎりの移植心の評価にドブタミン負荷心エコーの有用性が提唱されてきたのである。収縮能が低下している部位においてドブタミン少量投与による収縮力改善が認められれば、その部分の心筋組織はviableであることを示す。しかし、ドブタミンには動脈圧低下、心拍数上昇、催不整脈性などの有害作用があり、かえって心筋酸素需要を増す可能性がある。冬眠心筋にドブタミンを投与し、陽性変時作用と陽性変力作用を同時に与えると、心筋虚血という代償によって心筋収縮力が短期的には改善するが、いずれは頻脈と不安定な血行動態によって心筋壊死が増悪する。本研究では、収縮力が低下した部分のviabilityを評価するのにGIKがドブタミンと同程度に有効であることが分かった。したがって、負荷心エコーに使用する薬剤としてGIKが選択肢となりうる。さらに、ドブタミンと異なりGIKは頻脈や冠灌流低下を起こさないため心筋酸素需給バランスを障害しなかったと考えられる。GIKが虚血心筋に与える効果は、不全心の代謝を補助するとともに、心臓へのエネルギー供給を脂肪酸酸化から得る方式から、より効率的にエネルギーを獲得することが出来るブドウ糖および乳酸の酸化から得る方式に切り替えることを通じて得られる。高濃度GIKを少量投与するだけ(glu 30%、インスリン60 IU/L(Actrapid HM)、K 85mmol/L @1.5mL/kg/hr)で動脈血遊離脂肪酸は減少する。その結果、解糖によるATP産生量が増加し、カルシウムイオンのホメオスタシスとグリコーゲン蓄積量が回復する。GIK療法はST上昇型心筋梗塞の死亡率を低下させる効果はないが、心筋のviabilityの評価や左室不全の治療における有効性は示されている。冬眠心筋のスクリーニング検査によって、移植適応となる移植心の数が増える可能性がある。GIKを用いたスクリーニング検査では、ドブタミンを用いた検査と比較し副作用が少ない。本研究にはいくつかの問題点がある。第一に、無作為化割り当てを行わないクロスオーバー試験であることが挙げられる。GIKは投与開始から効果発現までの時間がよく分かっていない。ただし効果はGIK48時間投与から2日経過しても残存し、収縮機能を改善することが報告されている。一方、ドブタミンの半減期は2分であり、30分も経てばドブタミンの効果は消失すると考えられる。このように作用時間が異なり、GIKの場合は効果の持ち越しがあることから、この2剤の比較において無作為化は馴染まない。第二の問題点として、左室機能の評価にEFを採用したが、これは前負荷によって変化する可能性がある。しかし、今回の研究では心エコーによる評価に先立ちhypovolemiaの是正に細心の注意を払った。EFは心室機能、前負荷および後負荷のいずれかに異常が生じた際に心臓がどれだけ追随できるかを総合的に評価するのに有用な指標であると考えられているし、日常臨床でも容易に測定が可能な指標である。第三の問題点は、対象患者数が少なかったことである。GIKが機能不全に陥った移植心の機能補助に有効であるかどうか、また、適応基準ぎりぎりのドナー心の判定に有用であるかどうか、そしてさらには移植心不足の打開に役立つかどうかということについては、さらに大規模な研究を行い判断しなければならない。

まとめ
GIKは、脳死後の重篤な心収縮障害の評価と改善に有用であり、かつドブタミンのような副作用(特に頻脈)を起こさない安価な薬剤である。

教訓 フランスでは、生前にドナーとなることを拒否する意思を敢えて表示していなければ、臓器提供の意思ありと自動的にみなされます。それでも移植臓器が不足しているようです。Pitié-Salpêtrière病院は欧州最大規模の病院です。歴史を繙くと、Charcot-Marie-Tooth病のCharcot、Freud、Babinski、Lacanなど錚々たる先生方がこの病院に勤務していたことがあるそうです。シラク前大統領はここでペースメーカ植え込み手術を受けました。ダイアナ妃はこの病院で亡くなりました。
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