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2008年を振り返って 第1回(全5回) [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年12月号より

2008 in Review: Advancing Medicine in Anesthesiology

このレビューに掲載した論文は、皆さんが日常の臨床業務に変化をもたらす契機となったり、現在広まっているやり方の理論的背景をより深く理解する一助となったり、将来への展望を拓くのに役立つものであると考えています。皆さんは麻酔科医としてお忙しい毎日をお過ごしのことと拝察いたしますが、本レビューをお読みになることで新しい重要な知見を得ていただければ幸甚です。

Nuttall GA, Brown MJ, Stombaugh JW, Michon PB, Hathaway MF, Lindeen KC, Hanson AC, Schroeder DR, Oliver WC, Holmes DR, Rihal CS: Time and cardiac risk of surgery after bare-metal stent percutaneous coronary intervention. Anesthesiology 2008; 109:588-95; and Rabbitts JA, Nuttall GA, Brown MJ, Hanson AC, Oliver WC, Holmes DR, Rihal CS: Cardiac risk of noncardiac surgery after percutaneous coronary intervention with drug-eluting stents. Anesthesiology 2008; 109:596-604

薬剤溶出性ステント(DES)を留置された患者が抗血小板薬を通常より早期に中止すると死亡リスクが大幅に上昇する。ここに挙げた二編は、ベアメタルステント(BMS)またはDES留置後の非心臓手術実施までの期間と術後主要心臓合併症の発生率の関わりを調査した現在のところ最大規模の遡及的研究である。BMS留置後患者については、15年間に起こった非心臓手術周術期の有害事象899例が調査対象となった。BMS留置から非心臓手術実施までの期間と術後主要心臓合併症の発生率とのあいだには有意な相関が認められた(PCI後30日以内10.5%、PCI後90日以降2.8%)。一方、DESの場合には留置後の期間が長くなっても合併症発生率はそれほど低下しなかった。DESではPCI後90日以内に非心臓手術が行われた520名では術後主要心臓合併症の発生率は6.4%、365日以降では3.3%であった。BMS、DESのどちらであっても主要心臓合併症の発生率が高いのは緊急手術周術期であり、意外なことに抗血小板薬を服用していても術中・術後の出血量は増加しなかった。ただし、出血性合併症の総数は少なかった。PCI後の非心臓手術実施のタイミング、抗血小板薬中止の要否、ステント血栓症の短期および長期リスクについて議論が交わされてきたが、この二編の論文がその答えをある程度示している。両論文掲載時のEditorialで指摘されている通り、冠動脈ステント術後の手術に関する問題は、適切な待機期間がどれほどかという問題に集約されている。

参照:
BMS留置後の予定手術までの待機期間
DES留置後の予定手術までの待機期間


Monk TG, Weldon BC, Garvan CW, Dede DE, van der Aa MT, Heilman KM, Gravenstein JS: Predictors of cognitive dysfunction after major noncardiac surgery. Anesthesiology 2008; 108:18-30

術後認知機能障害(POCD)については、特に心臓手術後の発生例についての報告が多く研究が進んでいるが、高齢者ほど頻度が高い。上に挙げたMonkらの論文では、非心臓手術後のPOCDにも観測対象が広げられ、死亡率および合併症についての評価が行われている。主に腹部、胸部または整形外科手術を受けた患者1064名を対象に、退院時および退院3ヶ月後に神経心理学的検査が実施された。退院時に対象患者の三分の一近くにPOCDが認められるという驚くべき結果が得られた。若年(18-39歳)、中年(40-59歳)、高齢(60歳以上)のいずれの年齢層でも退院時にPOCDを呈する患者の割合は三分の一程度であった。しかし、三ヶ月後の時点では、高齢者群では13%にPOCDが認められたのに対し、若年者群および中年者群ではその約半分の6%で認められたに過ぎなかった。退院時にPOCDを呈した群ではそうでなかった群と比較しその後三ヶ月間に死亡する例が多く、退院時および三ヶ月後ともにPOCDを呈した患者は手術から一年後までに死亡する例が多かった。本論文の知見から、どの年齢層においても術後早期にPOCDが発生しうることを認識し、高齢者でPOCDが遷延する理由を明らかにする必要性が浮き彫りにされた。高齢者における術後認知機能の低下と死亡率の関連について示した論文は他にもあるが、それを前向き研究で明らかにした劈頭を飾る一編が本論文である。手術の大規模化および手術患者の高齢化が全世界的に進む現在、POCDの根本原因を明らかにし、その予防および治療法を確立することは麻酔科領域の進歩に欠かせない最重要課題である。


Iribarren JL, Jimenez JJ, Hernández D, Brouard M, Riverol D, Lorente L, de La Llana R, Nassar I, Perez R, Martinez R, Mora ML: Postoperative bleeding in cardiac surgery: The role of tranexamic acid in patients homozygous for the 5G polymorphism of the plasminogen activator inhibitor-1 gene. Anesthesiology 2008; 108:596-602

術中出血量を減少させる方法として、抗線溶薬の心臓手術中の使用についての研究が行われてきた。しかし、その結果は一定していないため、周術期の抗線溶薬の有用性に疑問が呈されている。抗線溶薬の効果が認められたり認められなかったりする理由として、プラスミノゲン活性化因子阻害物質1(プラスミノゲンアクチベータインヒビター1, PAI-1; プラスミノゲンをプラスミンに変換し線溶を阻害する酵素)の遺伝子多型が関与している可能性が示唆されている。PAI-1の遺伝子多型としてしられているもののうち、4G対立遺伝子はPAI-1の増加、5G対立遺伝子はPAI-1の減少と関連している。したがって4G対立遺伝子保有者は出血しがたいため抗線溶薬の効果があまり発揮されず、5G対立遺伝子保有者は出血しやすいため抗線溶薬の効果を期待することができると推測される。本論文では抗線溶薬の出血量減少効果の検証を行い、抗線溶薬の効果の個人差を対立遺伝子の違いにあることをうまく説明している。著者らは心臓手術を受ける成人患者50名のPAI-1遺伝子型を特定した上で、無作為にトラネキサム酸または偽薬に割り当てた。評価項目は術後24時間の出血量と輸血量であった。トラネキサム酸は偽薬と比較し5Gホモ接合体患者では有意に出血量を減少させたが、4Gホモ接合体患者では出血量減少効果は認められなかった。4G/5Gヘテロ接合体患者ではその中間の結果であった。PAI-1活性が強い順に並べると、4G/4G > 4G/5G > 5G/5Gである。この研究は、基礎分野(遺伝領域)の研究成果を臨床研究(心臓手術における出血量)に応用する橋渡し研究(translational research)の好例である。トラネキサム酸で出血量が減少する患者と、減少しない患者がいるのは、PAI-1の遺伝子多型が少なくとも部分的には関与していることが明らかにされたわけである。

参照:アプロチニンvsトラネキサム酸&アミノカプロン酸

教訓 BMS後の予定手術までの待機期間は90日です。DESでは1年です。術後認知機能障害はいずれの年齢層でも三分の一程度に発生します。しかし、遷延するのは高齢者層に多いそうです。抗線溶薬の効果は遺伝子型によって左右されます。



コメント(2) 

コメント 2

爺医

「2008年をふりかえって」は、よくまとめられていて、役に立ちます。
いつもありがとうございます!!
by 爺医 (2008-12-15 09:18) 

vril

爺医さんコメントありがとうございます。礼にはおよびません。私は元ネタをinterpretしているだけで、「述べて作らず」(by孔子)ですから。

「2008年を振り返って」は5回シリーズです。明日以降もお楽しみに。
by vril (2008-12-15 12:02) 

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