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集中治療:自己評価>>外部評価 [critical care]

Critical Care Medicine 2008年10月号より

Practice and perception-A nationwide survey of therapy habits in sepsis .

はじめに
重症敗血症の死亡率は現在でも20%から60%に達する。ICU入室患者に厳格な血糖管理を実施すると敗血症発生頻度および死亡率が低下する。肺保護戦略に基づく人工呼吸管理によってARDSの死亡率は9%低下する。さらに死亡率を低下させる方法として、中心静脈酸素飽和度を指標の一つに含むアルゴリズムに基づく早期目標指向治療法(early goal-directed therapy)、敗血症性ショックにおける少量ハイドロコルチゾン、場合によっては活性化プロテインCなどが挙げられる。一方、アンチトロンビンや腎血流量維持目的の少量ドパミンは無効であることが大規模研究で明らかにされている。その時点で最良とされる治療法と実際の治療法とのあいだに齟齬があると死亡率および合併症発生率が上昇する可能性がある。臨床現場で行われている敗血症の治療に、最近の大規模研究の結果やガイドラインで推奨されている治療法が実際にどれぐらい反映されているのかはあまりよく分かっていない。敗血症に関する七つの推奨治療法の周知と実施の程度について、ドイツ全土のICUを対象に大規模調査を行った。対象とするICUは、所在する病院の規模を5段階に分けて各段階から均等に抽出した。各ICUの責任者から、推奨治療法をどの程度実施しているかを聞き取り、患者記録から実際に実施しているかどうかを確かめ比較した。

方法
本研究はGerman Sepsis Competence Network(SepNet)が実施した。1380ヶ所の病院のICU2075施設から対象施設を無作為に抽出した。病院はベッド数によって200以下、201-400、401-600、601以上に分類され、それぞれの階層をS1からS4とした。大学病院はS5とした。研究日(研究者訪問日)に重症敗血症または敗血症性ショックであった成人患者を対象とした。治療の差し控えや中止に当たる症例は除外した。最近の敗血症に関する研究成果やガイドラインから、臨床的に重要であると思われる7項目を選んだ。ALI/ARDSに対する低一回換気量と、血糖管理は敗血症の全経過において適用される治療法であると見なした。活性化プロテインC、少量ハイドロコルチゾン(200-300mg/24hr)、腎機能保護の目的での少量(5μg/kg/min以下)ドパミン投与を行わない、アンチトロンビン非使用の4つについては敗血症の病期と重症度によっては適用される治療法と見なした。対象ICUを外部の集中治療専門医が訪問し聞き取り調査を行った。各ICUの責任者に7項目につきどの程度採用しているかを質問した。「全例」、「大部分」、「時々」、「稀に」、「皆無」のいずれに該当するかを答えてもらった。その後、訪問日に収容されている重症敗血症または敗血症性ショック患者のカルテを閲覧した。聞き取り調査以前の24時間における最高血糖値;最大一回換気量;活性化プロテインC、ハイドロコルチゾン、ドパミン、アンチトロンビンの投与の有無と投与量を記録した。

結果
310ヶ所の病院に所在するICU 454施設(ドイツの全ICUの22%にあたる)を訪問調査した。訪問日に対象ICUに収容されていた重症敗血症もしくは敗血症性ショックの患者は415名であった。このうち49名は治療の差し控えや中止に当たる症例であった。残りの366名(214ヶ所のICUに収容)のうち、190名が重症敗血症、166名が敗血症性ショックであった。10名は敗血症性ショックが疑われたものの記録不十分であったため重症敗血症と敗血症性ショックを分けて解析する場合には対象から除外した。対象ICUの種類は、187施設(41.2%)が外科系/内科系混合ICU、85施設(18.7%)が外科系ICU、65施設(14.3%)が内科系ICUであった。一施設あたりのベッド数は、中央値で10床(四分位範囲7-12)であった。ICU責任者の専門は、55.3%が麻酔科、26.9%が内科、5.7%が外科、その他が11.2%であった。対象ICUが設置されている病院規模の分布は、S1(200床以下)が106施設(23.3%)、S2(201-400床)が151施設(33.3%)、S3(401-600床)が68施設(15.0%)、S4(601床以上)が82施設(18.1%)、大学病院(S5)が47施設(10.4%)であった。

ALI/ARDSの基準を満たし気管挿管され人工呼吸管理を行われていた患者は198名であった。このうち46名(23.2%)については記録不十分のため一回換気量が分からなかった。一回換気量が6mL/kg PBW(予測体重)以下であったのは4名(2.6%)、6-8mL/kg PBWが26名(17.1%)、8mL/kg PBWを超えていたのが122名(80.3%)であった。平均一回換気量は10±2.4mL/kg PBWであった。調査対象日の血糖値が判明したのは355名であった。平均血糖値は180±64.8mg/dLであった。22名(6.2%)は正常血糖(79.2mg/dL-109.8mg/dL)であった。低血糖(79.2mg/dL未満)は4名(1.1%)に認められた。高血糖であった患者のうち、149.4mg/dL以下が120名(33.8%)、149.4mg/dLを超えていたのが235名(66.2%)であった。207名にインスリンが投与されていた。このうち4名(1.9%)は正常血糖、2名(1.0%)が低血糖であった。43名(20.8%)が149.4mg/dL以下の高血糖、164名(79.2%)が149.4mg/dLを超えていた。聞き取り調査の対象となったICU責任者のうち79.9%が「全例」または「大部分」の症例で低一回換気量の人工呼吸を実施すると答えたが、実際に一回換気量が6mL/kg PBW以下であったのはわずか2.6%の症例であった。厳格な血糖管理についても、65.9%が「全例」または「大部分」の症例で実施すると申告したが、実際に正常血糖であったのは6.2%に過ぎなかった。

活性化プロテインCは354名中3名に投与された、少量ハイドロコルチゾンは敗血症性ショック158名のうち48名、重症敗血症176名のうち41名に投与された。アンチトロンビンが投与されなかった患者は316名(94.0%)、少量ドパミンが投与されなかったのは304名(91.8%)であった。病院規模と治療法の選択には有意な相関は認められなかった。大規模病院または大学病院のほうが、活性化プロテインCを「全例」または「大部分」の症例で投与すると申告した者が有意に多く(p<0.001)、少量ドパミンおよびアンチトロンビン非投与を「全例」または「大部分」の症例で採用すると申告した者も有意に多かった(それぞれp<0.0002, p=0.0421)。

考察
今回の調査で、大部分の患者において推奨されている治療法が行われていないにも関わらず、大多数のICU責任者は推奨治療法を広く実施していると答えているという実情が浮かび上がった。ALI/ARDS患者のうち80%の一回換気量が8mL/kg PBWを超えていた。過去の調査でも、低一回換気量があまり適用されていない実態が報告されている。Surviving Sepsis Campaignでは血糖値を149.4mg/dL以下とすることが推奨されているにも関わらず、今回の対象患者の三分の二、インスリンを投与されていた症例の80%が高血糖を呈していた。敗血症性ショックに対するハイドロコルチゾン少量投与については、68%のICU責任者が実施すると回答したが、実際には敗血症性ショック症例の30%に投与されていたに過ぎなかった。重症患者におけるステロイドによる副作用の可能性を考えると、ショックを合併していない重症敗血症のうち23%もの症例にハイドロコルチゾンが投与されていたことは憂慮すべきである。ただし、これらの患者が調査対象日以前に敗血症性ショックに対しハイドロコルチゾンを投与され、離脱中であったという可能性は否定できない。

良質なエビデンスが現場で適用されていない理由として考えられるものを以下に示す。新しいエビデンスが世に知らしめられても、それが知識として取り入れられ実際に臨床で活用されるまでにはかなりの時間がかかることが明らかにされている。今回の調査では、ICU責任者たちは、推奨されている治療法を実際に活用していると捉えていることが分かったため、単なる知識不足が原因であるとは考えにくい。新しい知見に基づき治療法を変える際の障壁としては、研究結果に対する疑念、ICUスタッフ間のコミュニケーション不良、ICUスタッフ一人一人の考え方の違い、医師の裁量が脅かされるのではないかという抵抗感、新しい治療法にかかるコストなどが挙げられている。これらが、今回の調査結果にも反映されている可能性がある。Surviving Sepsis Campaignの推奨事項の多くには賛否両論がある。敗血症性ショックに対するストロイドの使用も、根強い反対意見がある治療法であり、最近発表されたCORTICUSでは、ステロイドによる治療効果は認められないという結果が得られている。重症敗血症に対する血糖管理については、敗血症ではない術後患者を対象とした研究結果を敷衍したものであり、また、この研究自体のエビデンスの質が低いという問題がある。実際、内科系ICU患者や重症敗血症患者を対象とした同様の研究では、厳格な血糖管理による転帰の改善は認められていない。活性化プロテインCについても、市販承認の裏付けとなった研究とは異なる結果が発表されている。

今回の調査では、ICU責任者たちの認識と実情とのあいだに非常に大きな乖離があることが分かった。ホーソン効果で説明されるように、聞き取り調査のやり方が調査対象となったICU責任者の認識に影響を与えたのかもしれないし、自己評価と実際の行動を比べると自己評価の方が一貫して過大になるという人間の性によるやむを得ないものなのかもしれない。低一回換気量と血糖管理については、特に大きな乖離が認められたが、これらの治療はICUのスタッフ全体が認識を共有していないと実行が難しい。今回の調査では、推奨治療法の認識度および実行度と、病院の規模(大学病院であるか否かを含む)とのあいだに相関は認められなかった。本研究の問題点の一つは、一時点における調査であったことである。ハイドロコルチゾンやアンチトロンビンのように重症度や病期によって適応が異なったり、活性化プロテインCのように特異的な使用適応があったりするような治療法については実情を反映していない可能性がかなりある。また、ドパミンについては昇圧薬として用いられていたものが減量中であった可能性もあるし、24時間における血糖最高値をもって血糖管理全体の評価を行うのは、不十分の誹りを免れないであろう。十分妥当な努力が払われてもなお患者の状態が悪い場合には、今回のような調査によって推奨治療法実施の有無を判断するのは早計である。以上のような問題点をはらんでいるものの、ドイツ全土のICUの中から均等に対象施設を抽出し、聞き取り調査を集中治療専門医が行ったため良質なデータを収集できたということが本研究の利点である。

教訓 人間は、できていないのにできていると思いこんでしまう傾向があります。

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