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術後疼痛管理を洗練する④ [anesthesiology]

Improving Postoperative Pain Management: What Are the Unresolved Issues?

Anesthesiology 2010年1月号より

ゲノム薬理(遺伝薬理)は、疼痛管理の改善を目的とした研究分野において今後の展開が期待され関心が集まっている領域である。例えばJanickiらは、急性痛患者および慢性痛患者におけるμオピオイド受容体遺伝子の機能多型には関連が認められると報告している。この対立遺伝子があっても急性痛管理に要するオピオイド使用量は変化しないが、慢性痛患者で大量のオピオイドを要する患者ではこの対立遺伝子が発現している頻度が低かった。Chouらは、下腹部手術後のモルヒネ必要量の個人差とμオピオイド受容体の遺伝子多型とのあいだに関連が認められたと報告している。したがって、μオピオイド受容体の遺伝子多型が、術後痛の程度とオピオイド必要量の多寡の個人差に関与していると考えられている。また、人種とμオピオイド受容体遺伝子型が、疼痛知覚と術後オピオイド使用量の個人差に独立した有意な影響を及ぼすことが、Tanらによって近頃明らかにされた。遺伝的要因は、NSAIDsおよびCOX-2阻害薬による鎮痛効果の個人差にも関与している可能性が指摘されている。以上のような遺伝多型を同定することができれば、オピオイドおよび非オピオイド鎮痛薬のいずれについても、患者一人一人にあわせた最適な投与量を決定するのに役立つであろう。

急性痛管理の今後の研究において重要な課題となると目されているのは、鎮痛薬に対する患者の反応に、代謝系因子、加齢および性別が及ぼす影響に関する事柄である。現代社会では高齢化が急速に進行しているが、そのわりには術後期におけるオピオイドおよび非オピオイド鎮痛薬に対する反応に加齢が与える影響を詳細に吟味した臨床研究は驚くほど少ない。同様に、術後急性痛管理における性差について調査した良質な比較対照試験もほとんど存在しない。その理由は、男性と女性で手術手技や術式が異なることによる影響が懸念されるため、比較が難しいからである。

「先行鎮痛」(「予防鎮痛」とは異なる)の概念は、入念な再検討を要する。鎮痛開始時期テーマにした無作為化研究(鎮痛開始が、手術侵襲の加わる前か後かで比較)で得られた知見は、錯綜しているからである。等量の鎮痛薬を、手術侵襲が加わる前または後に投与して比較した研究では、いわゆる先行鎮痛の効果は証明されていない。もちろん、手術開始前にプラセボを投与するよりは鎮痛薬を投与する方が有効ではあるが、鎮痛薬を術前から投与する場合と、術後のみに投与する場合とを直接比較した良質の研究は無きに等しい。Sunらは、COX-2阻害薬であるセレコキシブを術前および術後に投与しても、術後のみに投与する場合と効果は変わらないことを報告している。ともかく、術後直ちに効果的な鎮痛を実現し、退院後も創部からの侵害入力がなくなるまで有効な「予防的」鎮痛法を続けることが重要である。ただし、術式別の最適な退院後疼痛管理実施期間についての情報はまだ足りないのが実状である。また、この疼痛管理実施期間は、患者一人一人の疼痛反応特性にあわせて調整しなければならない。

まとめ

急性痛の背景にある病態生理の解明は長足の進歩を遂げてきた。エビデンスに立脚した術式ごとの多角的鎮痛法を、患者一人一人の特性に応じて調節しながら実施し、術後疼痛管理の質を向上させることが臨床医にとっての今後の課題である。術後患者管理に関わるさまざまな職種(麻酔科医、外科医、看護婦、理学療法士など)の医療従事者が協同し、昨今の迅速な回復を目指す潮流のなかで洗練された周術期疼痛管理を一貫して行うことが、何よりも重要である。このような協同的な取り組みを行うと、回復が促進され、入院期間が短縮し、術後合併症発生率が低下するため、術後経過が短縮することが明らかにされている。疼痛管理に関するメタ分析や体系的レビューをただ単に繰り返すのではなく、術式ごとの前向き無作為化臨床試験を行い、術後の多角的鎮痛法におけるいろいろな鎮痛薬の組合せを評価するという骨の折れる本来の仕事に立ち返ることが、臨床研究者には求められている。

教訓 preemptive analgesiaの効果は証明されていません。セレコキシブを術前および術後に投与しても、術後のみに投与する場合と効果は変わらないことが明らかにされています。
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