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重症患者の凝固能低下~血小板の異常① [critical care]

Coagulopathy in Critically Ill Patients Part 1: Platelet Disorders

CHEST 2009年12月号より

冠動脈、脳血管および静脈血栓は、成人ICU患者を死に至らしめる主な原因の一部である。しかし、臨床医の多くは、凝固能亢進よりも出血を重視し警戒しているものである。その理由は、観血的処置や抗凝固療法開始後に出血性合併症が起これば自責の念を感じるからかもしれないし、あるいはただ単に、血栓が形成されても体外からは見えないが、出血は一目瞭然であることが多いからなのかもしれない。幸いにも、ヒトには以下の三つの止血機構が備わっているので、臨床的に有意な出血は起こりがたい:破綻していない正常な血管壁、血小板および可溶性凝固因子。この三つのうち二つまでが相当の機能障害に陥らない限り、重篤な出血は稀にしか発生しない。本論文では、重症患者における凝固能低下の原因として最も多い血小板数低下の原因と治療について詳述する。また、血小板数正常で血小板機能が低下する病態についても簡単に触れる。

血小板の異常
血管内皮の表面が破綻すると、まず血小板が防御機能を発揮する。内皮下層が露出すると、組織因子、コラーゲンおよびvWFが動員され、フィブリノゲンおよびvWFを介した血小板凝集が促進される。すると血小板はただちに形状を変化させ、脱顆粒が起こり、血小板表面にリン脂質が発現する。このリン脂質は少量のトロンビンを生成し、血液凝固を促す。したがって、血小板数もしくは血小板機能が低下すると、止血に重大な問題が生ずるのである。

血小板減少症
ICUで遭遇する凝固能に関わる問題のうち、最も頻度が高いのが血小板数低下である。定義や調査対象患者、ICU滞在期間にもよるが、ICU患者の15~60%に血小板減少症が認められる。血小板減少症を呈するICU入室患者の半数が、すでに血小板減少症のある状態でICUに入室し、残り半数は入室後間もなく血小板減少症に陥った症例である。血小板減少症の発生頻度が最も高いのは、重症敗血症患者である。外科系患者および外傷患者では、内科系患者より血小板減少症の発生率が高い。血液浄化が行われている症例でも血小板減少症が発生することが多い。

教訓 ICU患者の15~60%に血小板減少症が認められます。発生頻度が最も高いのは、重症敗血症患者です。
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敗血症と高二酸化炭素血症とアシドーシス⑨ [critical care]

Hypercapnia and Acidosis in Sepsis: A Double-edged Sword?

Anesthesiology 2010年2月号より

まとめ

高二酸化炭素血症は肺保護戦略における重要な構成要素の一つである。しかし、非特異的炎症性傷害モデルの実験でHCAが概ねよい作用をもたらすことが示されているのとは対照的に、生体における本物の細菌感染ではHCAは多岐にわたる複雑な作用をもたらす。高二酸化炭素血症and/orアシドーシスは、多彩な、そしておそらく相反する影響を、細胞性および液性免疫応答に及ぼす。ざっくり言うと、HCAは免疫応答を抑制すると考えられている。しかし、HCAの持つ多彩な作用が総合的にどのような影響として現れるのかは、感染部位や、高二酸化炭素血症によるアシドーシスが緩衝されているか否かによって左右される。動物モデルを用いた実験で、腹膜炎および初期もしくは完成した肺炎を原因とする敗血症によって発生する肺傷害から肺を保護する作用をHCAが発揮する可能性があることが示されている。一方、抗菌薬が投与されず遷延した細菌感染による敗血症におけるHCAの作用は、感染部位によって異なる。つまり、遷延した肺炎では、HCAによる免疫抑制作用が前面にあらわれ、肺傷害が増悪する。適切な抗菌薬治療を行えば、このような悪影響は発現しない。反対に、腹腔内感染による敗血症の遷延例における肺傷害は、HCAによって緩和される。繰り返しになるが、感染源が大きな意味を持つということである。HCAを緩衝すると、敗血症を軽減する作用はほとんど得られず、肺炎による肺傷害を悪化させてしまう。

臨床症例に近い動物モデルを用いた実験で得られた以上の所見から、敗血症、特に腹腔内感染による敗血症と、初期および完成した肺炎による敗血症における、高二酸化炭素血症の安全性が確認された。しかし、遷延した肺炎では、高二酸化炭素血症による免疫抑制作用が憂慮される。ALI/ARDS患者では、低一回換気量の人工呼吸による高二酸化炭素血症には、何の問題もないとされているが、敗血症症例では注意を要する。肺炎遷延例において高二酸化炭素血症がもたらす有害作用は、適切な抗菌薬治療を行うことによって消し去ることができるという点に注目されたい。つまり、高二酸化炭素血症を呈するALI/ARDS症例で敗血症が疑われる場合は、empiricな抗菌薬投与を早めに開始することを積極的に検討すべきである。それでも、選択した抗菌薬が起因菌を十分にカバーできなかったり、耐性菌感染であったりすれば、empiricに抗菌薬を投与したとしても憂慮を払拭することはできない。肺炎遷延例において敗血症に伴う肺傷害が、高二酸化炭素血症によって重症化するという知見は、COPDの感染による急性増悪をはじめとする敗血症以外の患者群においても当てはまるかもしれない。高二酸化炭素血症によるアシドーシスを緩衝してpHを正常化しても、何ら有効性は得られず、かえって肺炎による肺傷害を増悪する可能性がある。

教訓 動物モデルを用いた実験で、腹膜炎および初期もしくは完成した肺炎を原因とする敗血症によって発生する肺傷害から肺を保護する作用をHCAが発揮する可能性があることが示されています。一方、抗菌薬が投与されず遷延した肺炎では、HCAによる免疫抑制作用が前面にあらわれ、肺傷害が増悪します。適切な抗菌薬治療を行えば、このような悪影響を防ぐことができます。反対に、腹腔内感染による敗血症の遷延例における肺傷害は、HCAによって緩和されます。
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敗血症と高二酸化炭素血症とアシドーシス⑧ [critical care]

Hypercapnia and Acidosis in Sepsis: A Double-edged Sword?

Anesthesiology 2010年2月号より

敗血症における高二酸化炭素血症の緩衝

敗血症における高二酸化炭素血症の作用は、高二酸化炭素血症もしくはアシドーシスそのもの働きによってもたらされると考えられている。前述の通り、HCAが免疫応答に及ぼす影響は、主にアシドーシスの働きによってもたらされるものであり、高二酸化炭素血症そのものの関与は小さい。しかし、この場合、アシドーシスの成因が代謝性ではなく高二酸化炭素血症性であるという点が重要なのである。pHの変化に関係なく、高二酸化炭素血症が直接的な作用を及ぼす可能性がある。その具体的な例として、二酸化炭素がタンパクの遊離アミノ基と結合してカルバミン酸塩ができると、ある種のタンパクの挙動や活性が変化することが挙げられる。例えば、ヘモグロビンである。二酸化炭素とヘモグロビンが結合してカルバミノ化合物ができると、ヘモグロビンの酸素親和性が変化する。敗血症において、HCAの作用を修飾する目的でHCAを緩衝するとどのような影響があらわれるかということも、重要な問題である。

肺炎に起因する敗血症
緩衝された高二酸化炭素血症、即ち、pHが正常で高二酸化炭素血症がある状態は、肺内に細菌を注入して作成した肺炎モデルの肺傷害を増悪させるという報告がある。酸性もしくはアルカリ性製剤を投与して緩衝を図ると、投与した製剤自体による影響によって実験の解釈が難しくなる。これを除外するために、動物を高二酸化炭素環境に曝露した後に、腎臓による緩衝作用でpHが正常化するのを待って上記の実験は行われた。pH正常化後、対象動物の肺内に大腸菌が注入され、6時間後までの肺傷害の程度が対照群(normocapnia群)と比較された。動脈血酸素分圧、肺コンプライアンス、炎症性サイトカインの肺内濃度などを測定し肺傷害の重症度を評価した。その結果、緩衝された高二酸化炭素血症のある群の方が、normocapniaの対照群と比較し、肺傷害が有意に重症であることが分かった。緩衝された高二酸化炭素血症があっても、好中球の貪食能が低下したり肺内の細菌量が増加したりすることはない、という興味深い結果も得られた。以上の知見は、細菌性肺炎による肺傷害の発生初期においてHCAが保護作用を示すことと、鮮やかな対比をなすものである。完成した肺炎や遷延した肺炎において、緩衝された高二酸化炭素血症がもたらす影響は、まだ分かっていない。

腹腔内感染に起因する敗血症
腹膜炎に起因する敗血症において、緩衝された高二酸化炭素血症はHCAとは異なる作用を発揮する。このことを示した研究でも、動物を高二酸化炭素環境に曝露した後に、腎臓による緩衝作用でpHが正常化するのを待って実験が行われた。pH正常化後、盲腸結紮・穿刺(CLP)を行い、6時間にわたって血行動態の変化と肺傷害が観察された。CLPによって発生した敗血症初期の血行動態悪化を、緩衝された高二酸化炭素血症が抑制することが分かった。ショックを緩和する効果の大きさは、HCAを上回らないまでも匹敵していた。しかし、緩衝された高二酸化炭素血症には、腹膜炎に起因する敗血症による肺傷害に対する抑制作用はなかった。緩衝された高二酸化炭素血症は、肺内もしくは血中の細菌量を増やすことはなく、動脈血二酸化炭素分圧が正常な場合と比べ肺傷害を悪化させることもないことが確認された。

教訓 HCAが免疫応答に及ぼす影響は、主にアシドーシスによってもたらされます。、高二酸化炭素血症そのものの関与はあまりないのですが、代謝性ではなく高二酸化炭素血症性のアシドーシスであるという点が重要です。HCAを緩衝してpH正常の高二酸化炭素血症にすると、肺炎による敗血症もしくは腹膜炎による敗血症に伴う肺傷害に対する保護作用がなくなります。一方、腹膜炎による敗血症では、pH正常の高二酸化炭素血症があると血行動態の悪化が抑制されます。
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敗血症と高二酸化炭素血症とアシドーシス⑦ [critical care]

Hypercapnia and Acidosis in Sepsis: A Double-edged Sword?

Anesthesiology 2010年2月号より

腹腔内感染による敗血症と高二酸化炭素血症

腹腔内感染による敗血症の初期
盲腸結紮・穿刺(CLP)による腹膜炎発生から3時間後までの敗血症早期における、敗血症性ショックおよび肺傷害の重症度はHCAによって低下することが明らかにされている。HCA群では動脈血二酸化炭素分圧が正常の群と比べ、低血圧になりにくく、中心静脈血酸素飽和度が維持され、血清乳酸濃度の上昇幅が小さかった。この実験経過中に、中心静脈圧は変化していないので、輸液量の差が低血圧の程度の差に影響を及ぼした可能性は低い。HCAによって、動脈血二酸化炭素分圧が正常の場合と比べ、肺胞気-動脈血酸素分圧較差が縮小し、肺血管透過性が低下することから、肺傷害の程度が軽くなる。HCAは肺胞への好中球浸潤を抑制するが、BALF中のIL-6やTNF-α濃度は動脈血二酸化炭素分圧が正常の場合と変わらない。肺内および血液中の細菌量はHCAによっては変化しないことが明らかになっているが、腹水中の細菌量についてもHCA群とnormocapnia群とのあいだに差は認められない。

完成した腹腔内感染による敗血症
Wangらは糞便性腹膜炎ヒツジモデルを用い、腹膜炎がすっかり成立した状態でHCAにすると、血行動態がドブタミンを投与したのと同じように改善することを示した。この実験では、全身麻酔下で侵襲的モニタリングおよび人工呼吸を行いながらメスのヒツジを用いて糞便性腹膜炎モデルが作成された。腹腔内に便を漏出させてから2時間後、HCA群、ドブタミン群もしくは対照群にヒツジを無作為に割り当て、死亡するまで経過を観察した。HCA群とドブタミン群では対照群と比べ、心拍数、心係数および酸素運搬量が増加し、乳酸濃度が低かった。肺の乾湿重量比、肺胞気-動脈血酸素分圧較差およびシャント率などの肺傷害の指標について比較したところ、ドブタミン群では対照群と有意差はなかったが、HCA群では対照群よりも肺傷害の程度が軽いことが分かった。しかし、HCAには対照群よりも生存時間を延長させるほどの効果は認められなかった。

腹腔内感染による敗血症の遷延例
肺炎による敗血症の遷延例と異なり、腹腔内感染による敗血症の遷延例では、高二酸化炭素環境に曝露されると肺傷害が軽減される。長時間の高二酸化炭素血症によって、二酸化炭素分圧が正常の場合よりも組織レベルでの肺傷害が緩和される。だが、おもしろいことに、高二酸化炭素血症にしても、肺胞の好中球浸潤や、肺内IL-6またはTNF-α濃度は低下しない。さらに、肺以外の感染による敗血症の遷延例の生存率は、HCAによっては変化しない。また、肺、血中、腹腔内のいずれにおいても、HCAには細菌量を変化させる作用はないことが確認された。

腹腔内感染による敗血症における腹腔内高二酸化炭素症
気腹によって二酸化炭素を腹腔内に直接投与すると有効であることを示す論文が続々と発表されている。つまり、腹腔内感染による敗血症においてHCAが安全で有用であることが、さらに強力に裏付けられているということである。開腹エンドトキシン血症モデルを用いた実験で、二酸化炭素気腹群はヘリウム気腹群よりも生存率が高いという結果が得られている。腹腔内に二酸化炭素を注入してから、開腹しエンドトキシンを撒布すると、二酸化炭素を注入しなかった場合よりも生存率が改善する。また、マウスおよびウサギを用いた盲腸結紮・穿刺による腹膜炎モデルの実験でも、二酸化炭素気腹によって生存率が上昇することが明らかにされている(fig. 5)。腹腔内二酸化炭素注入による以上のような保護作用は、HCAによるIL-10を介したTNF-αのダウンレギュレーションなどの免疫修飾作用によってもたらされると考えられている。ここで留意すべきなのは、以上のような効果は、腹腔内に限局したアシドーシスの作用によって得られるものであり、アシドーシスによる全身的な影響を通じて発揮されるものではないということである。

教訓 腹膜炎で敗血症になった場合は、肺炎による敗血症と異なり、遷延例でもHCAによって肺傷害の程度が緩和されます。二酸化炭素気腹で腹腔内を高二酸化炭素状態にすると腹膜炎による敗血症の生存率が上昇するという動物実験の結果が報告されています。
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敗血症と高二酸化炭素血症とアシドーシス⑥ [critical care]

Hypercapnia and Acidosis in Sepsis: A Double-edged Sword?

Anesthesiology 2010年2月号より

呼吸器感染症に起因する敗血症における高二酸化炭素血症性アシドーシス

肺炎初期
肺炎初期における高二酸化炭素血症の影響は、肺傷害の程度によって左右されると考えられている。HCAは、中等度の大腸菌肺炎によって生じつつある肺傷害を進展もしくは抑制することはない。しかし、肺内に大量の大腸菌を注入して作成した重症肺炎モデルでは、動脈血二酸化炭素分圧が正常の個体と比べ高二酸化炭素血症の個体の方が肺傷害の程度が軽いという結果が得られている。肺炎による肺傷害が完成するまでの過程におけるHCAの保護的効果は、HCAが好中球機能に与える影響とは無関係であるという興味深い報告がある。HCAは肺炎初期において肺内の細菌を増やすことはないという点が重要である。つまり、HCAによって殺菌能が低下したり、細菌増殖が促進されたりするのではないかという懸念が遠のいたということである。

完成した肺炎
完成した細菌性肺炎の臨床例を相当正確に模したモデルを用いた実験でも、HCAによって肺傷害の程度が緩和されることが明らかにされている。大腸菌肺傷害モデルにおいて、大腸菌注入から数時間後にHCAにすると肺傷害の程度が軽減される。ここで重要な点は、適切な抗菌薬治療が行われているとHCAの保護作用がより大きく発揮されるものの(fig. 3A)、抗菌薬を投与していなくてもHCAには肺炎による肺傷害を軽減する作用があることである(fig. 3B)。実験動物の肺をHCAもしくはnormocapniaに曝露したところ、肺内の細菌量に差はないという結果が示されている。つまり、HCAによって細菌増殖が促進されることを裏付けるエビデンスはない。以上の知見から、肺炎初期と同じく完成した肺炎であってもHCAは安全に実施することができると考えられる。

遷延した肺炎
一方、同じ大腸菌肺炎でも遷延した場合には、高二酸化炭素血症によって肺傷害が悪化することが分かっている。動物の肺内に大腸菌を注入して肺炎モデルを作成し、高二酸化炭素環境に48時間曝露する個体とnormocapniaの個体を比較したところ、高二酸化炭素環境曝露群の方が肺コンプライアンス低下、組織学的傷害の増強、肺胞好中球浸潤の増加の程度が甚だしく、肺へのダメージが強くなることが分かった(figs. 4A&B)。とりわけ憂慮すべき点は、高二酸化炭素環境に長時間曝露されていると、細菌増殖が促進されることである。高二酸化炭素環境曝露群の個体の方が肺内の細菌量が多かったことが、その裏付けである(fig. 4C)。以上のような事象が引き起こされる機序には、好中球機能の低下が関与しているものと考えられる。なぜなら、高二酸化炭素環境曝露群のラットの好中球は、貪食能が低下していることが明らかにされているからである(fig. 4D)。実際の臨床例では、適切な抗菌薬治療が行われれば、HCAにしていても肺傷害や細菌増殖はnormocapniaの場合と同程度になり、高二酸化炭素血症による有害作用をなくすことができる。

遷延した肺炎においてHCAが悪影響を及ぼす一因は、好中球貪食能の低下である。反対に、まだ遷延していない急性期の肺炎では、HCAは好中球機能をそれほど低下させないようである。そして、遷延した肺炎でも適切な抗菌薬治療さえ行えば、HCAの悪影響を抑止することができる。しかし、ここまで紹介した知見を踏まえると、肺炎のある重症患者を高二酸化炭素血症に長時間曝露するのは、安全性に問題があるのではないかと思われる。

教訓 肺炎初期や肺炎が完成した症例では、HCAは肺傷害に対する保護作用を発揮する可能性があります。しかし、肺炎が遷延してしまうとHCAは肺傷害を増悪させます。ただし、適切な抗菌薬治療を行えばこの悪影響を防ぐことができます。
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敗血症と高二酸化炭素血症とアシドーシス⑤ [critical care]

Hypercapnia and Acidosis in Sepsis: A Double-edged Sword?

Anesthesiology 2010年2月号より

細菌による組織傷害に高二酸化炭素血症性アシドーシスが及ぼす影響

細菌感染によって肺およびその他の臓器が傷害される機序は複雑で、宿主の反応、菌体外毒素・エンドトキシン・その他の細胞壁成分による傷害、細菌の拡散と組織侵入による直接的な傷害などが関与している。敗血症に対する宿主の反応は、免疫能の発揮そのものであるとともに、臓器傷害の原因としても作用する。さらに、感染プロセスの段階によって、組織傷害が生ずる様々な過程の態様は異なる可能性がある。

HCAと宿主の反応
感染の過程における高二酸化炭素血症の影響の一部は、宿主免疫応答の変化を通じてもたらされる。すでに述べたとおり、HCAは有効な殺菌に必要な様々な事象を広範囲に抑制する。細菌感染におけるHCAの中心的作用は、細胞免疫に対する影響である。中でも特に食細胞および免疫応答の統合に対する影響が大きい。好中球とマクロファージによる貪食作用は、侵入してきた細菌を撃破するのに必要な宿主反応を発揮するために不可欠である。しかし、細胞毒性物質という兵器の貯蔵庫である好中球は、細胞外へ侵攻し宿主の組織に打撃を与えることがある。これが肺傷害発生の原因となる。敗血症以外の原因による肺傷害モデルで示されているHCAの肺保護作用は、少なくとも部分的には、好中球の集簇and/or好中球機能の阻害を通じて発揮されるものと考えられている。以上の知見は、好中球減少動物モデルではALIが重症化しない、とか、好中球減少症患者において好中球数が増加してくるとALIが悪化するといった過去に報告された観察結果とも合致する。細菌感染による敗血症がある場合には、HCAによって好中球機能が低下すると、敗血症が重症化したり転帰が悪化したりする有害作用を招くおそれがある。

細菌感染初期vs 感染遷延
細菌による傷害に対するHCAの影響は、感染の時期によって良い作用であったり悪い作用であったりする。つまり、感染の初期なのか、感染が完全に成立または遷延化してしまっているのかによってHCAによる影響の有様が異なるのである。細菌性肺炎の初期には、宿主の炎症反応が活発である。このときHCAによる抗炎症作用が発揮されると、宿主の炎症反応が緩和され、組織の傷害が抑制される可能性がある。エンドトキシンによる傷害がHCAによって軽減されることもすでに明らかにされている。したがって、細菌感染初期にはHCAによって肺およびその他の臓器傷害が軽減されるものと考えられる(Fig. 2)。反対に、感染が成立または遷延した例においては、組織への細菌の直接的な侵入および蔓延の方が重要なポイントとなる。HCAが招く免疫抑制作用、特にその中でも好中球機能の抑制によって、宿主が発揮する殺菌能が減弱するおそれがある。つまり、大量の細菌が跋扈し感染による傷害がすでに起こっている状況では、HCAによる免疫抑制作用のせいで組織障害が拡大するかもしれない。重症症例では、我々の前に現れる時点ですでに感染が成立していることが多い。また、重症患者は肺保護戦略が実施されるなかで長期にわたり高二酸化炭素血症に晒されることが珍しくない。以上を踏まえると、HCAが前述のような有害作用をもたらす可能性は、臨床に大きな影を投げかけることになる(fig. 2)。

教訓 細菌性肺炎の初期には、HCAによる抗炎症作用が発揮されると、宿主の炎症反応が緩和され、組織の傷害が抑制される可能性があります。肺炎がすでにすっかり成立したり遷延したりしている時期には、HCAによる細胞性免疫抑制作用のせいで組織障害が拡大するかもしれません。


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敗血症と高二酸化炭素血症とアシドーシス④ [critical care]

Hypercapnia and Acidosis in Sepsis: A Double-edged Sword?

Anesthesiology 2010年2月号より

食細胞の細胞内pH調節

免疫機能のみならずその他の細胞機能(増殖、分化、アポトーシス、遊走、細胞骨格形成および細胞容量の保持)が正常に発揮されるには、細胞内pHが生理的正常範囲内(6.8-7.3)に維持されていなければならない。免疫細胞の細胞内pH調節には二つの主な輸送系が関与している。すなわち、Na/H交換系と細胞膜空胞型H+-ATPaseである。好中球の細胞内pHは好中球が活性化に伴い低下する。まわりのpHが正常であれば、好中球の細胞内pHは速やかに正常値に戻る。ときには、正常値以上に達することもある。HCAのときのように、周囲環境のpHが低下し二酸化炭素分圧が上昇すると、好中球の細胞質pHはただちに低下する。代謝性アシドーシスの影響についての研究では、細胞内に酸が増えると好中球の運動能、遊走能および走化性が低下するという結果が得られている。したがって、HCAは以上のような機序で、敗血症の原因となる感染部位への好中球およびマクロファージの集簇を妨げると考えられている。さらに、二酸化炭素による好中球細胞内pHの低下をアセタゾラミドで阻害しpHの変化を緩衝すると、好中球機能の低下は起こらないことが明らかにされている。

食細胞の遊走、走化および接着

好中球の血管内における遊走、毛細血管への接着および傷害部位への遊走と集簇は、免疫反応における重要な段階である。すでに詳しく解明されているいくつかの過程(細胞骨格の再構築、エンドサイトーシス[細胞外の物質を細胞内へ取り込む]およびエキソサイトーシス[細胞内の物質を細胞外へ排出する]による細胞膜修復、巣状接着のインテグリンによる剥脱と再接着および細胞容量の調節)によって細胞の遊走能の良否が左右される。好中球が内皮と結合し血管外へ遊走するときに必要なケモカイン、セレクチンおよび細胞間接着分子の発現を、HCAが阻害することが明らかにされている。好中球の傷害部位への走化性および遊走をHCAが阻害する作用はin vivoでも確認されている。肺内へエンドトキシンを注入したときに、HCAがあると肺への好中球浸潤が抑制されることが分かっている。

食細胞の活性

マクロファージと好中球は細菌を貪食し、ファゴソーム(食胞)内に取り込む。次にファゴソームはエンドソームおよびリソソームと融合する。エンドソームとリソソームの中には細菌を消化するのに役立つ酵素が含まれている。高二酸化炭素血症性であれ代謝性であれ、アシドーシスがあると好中球とマクロファージの貪食能が低下する。HCAはマクロファージのサイトカイン産生量を減少させることが知られている。代謝性アシドーシスがあるとマクロファージの貪食能は弱くなり、細菌の取り込み速度が遅くなり、細胞内殺菌能が低下することが示されている。HCAもin vitroで好中球の貪食能を直接的に妨げることが明らかにされている。この作用はアシドーシスによる影響であり、アシドーシスを是正すれば、好中球の貪食能は回復する。

フリーラジカルによる殺菌

免疫反応が活発になると好中球とマクロファージは、スーパーオキサイド、過酸化水素および次亜塩素酸などのフリーラジカルを大量に産生する。この現象は「呼吸バースト」と呼ばれる。呼吸バーストによる爆発的なフリーラジカルの増加が、食細胞の殺菌作用の中心的な機序である。食細胞の中に含まれているNADPH酸化酵素(細菌が侵入するとスーパーオキサイドを産生する)は、pHの変化に非常に敏感で、最適pHは7.0-7.5である。細胞質pHが低下すると細胞内酵素の働きは妨げられ、フリーラジカルの産生量が減る。マクロファージのスーパーオキサイド放出量は、細胞内pHが6.8未満になるとpHの低下と比例するように減少する。活性化されていない好中球および大腸菌またはホルボールエステルで活性化された好中球による、スーパーオキサイドをはじめとする活性酸素の生成はHCAによって妨げられる。一方、低二酸化炭素性アルカローシスは、好中球の活性酸素生成を促進する。好中球による活性酸素生成が二酸化炭素によって変化するのは、pHの変化によるものと考えられている。なぜなら、アセタゾラミドを投与して二酸化炭素によるpHの変化を抑えると、好中球の活性酸素生成量にも変化が見られないからである。マクロファージのスーパーオキサイド産生量も、HCAによって低下することが明らかにされている。

好中球の細胞死の機序

好中球の一生は短い。循環血液中へ出てから48時間以内に死滅する。その死は予めプログラムされた細胞死、つまりアポトーシスである。貪食機能を発揮した好中球にとって、アポトーシスは正常かつ斯くあるべき運命である。しかし、その死が壊死であれば、組織を傷害する有害な酵素を含めた細胞内物質を流出させてしまうことになる。好中球は、貪食中に細胞内が酸性に傾くと、壊死しやすくなる。したがって、HCAは好中球がアポトーシスによる細胞死を遂げるよりも壊死する可能性を高くすると考えられる。

獲得免疫応答

アシドーシスが獲得免疫応答に及ぼす影響については、主にガンに関しての研究が進んでいる。その理由は、腫瘍微小環境の特徴が、血管に乏しいこと、組織低酸素そしてアシドーシスだからである。敗血症と同じようなこの状況では、アシドーシスによって腫瘍細胞に対する宿主免疫応答が妨害され、腫瘍の成長と進展が促進される可能性がある。ヒトのリンフォカイン活性化キラー細胞(LAK細胞)およびナチュラルキラー細胞(NK細胞)の細胞毒性活性は、アシドーシス環境では低下する。代謝性アシドーシスがあると、様々な系統の腫瘍細胞に対する細胞傷害性T細胞の破壊能が減弱し、IL-2活性化リンパ球の増殖も阻害される。反対に、細胞外マトリックスが酸性だとIL-2活性化リンパ球の運動性が増す。また、細胞外が高度のアシドーシス(pH 6.5)のときには、樹状細胞の抗原提示能が増強する。代謝性アシドーシスによる以上の相反する作用が、総体として獲得免疫応答にどのような影響を及ぼすのかは不明である。しかし、マウスを用いた実験ではHCAによって腫瘍が全身に進展することが示されていることから、HCAによる細胞免疫抑制の可能性に強い懸念が抱かれる。

教訓 HCAは好中球がアポトーシスによる細胞死を遂げるよりも壊死する可能性を高くするようです。LAK細胞およびNK細胞の細胞毒性活性は、アシドーシス環境では低下します。HCAによって細胞免疫が抑制される可能性があります。
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敗血症と高二酸化炭素血症とアシドーシス③ [critical care]

Hypercapnia and Acidosis in Sepsis: A Double-edged Sword?

Anesthesiology 2010年2月号より


サイトカインおよびケモカインの産生

HCAは、サイトカインと免疫エフェクター細胞との信号伝達を妨げて、免疫反応の協調を攪乱する。HCAは好中球とマクロファージによる、TNF-α、IL-1β、IL-8、IL-6などの炎症促進性サイトカインの産生を抑制する。また、エンドトキシン刺激によるマクロファージのTNF-αおよびIL-1β放出量がHCAによって減少することがin vitro実験で確認されている。高二酸化炭素分圧環境で培養された腹膜マクロファージが、エンドトキシン刺激によるTNF-αおよびIL-1β放出を抑制することも明らかにされている。30分以上の二酸化炭素曝露によって、TNF放出に関わるシグナル伝達が正常であってもTNF-α阻害は認められ、二酸化炭素曝露を中止してもこの作用はなくならないという報告がある。HCAがサイトカイン産生に及ぼすこのような作用は残存するようである。腹腔内マクロファージは高二酸化炭素環境に曝露されると、その後最長3日間はTNF-α産生能が低下したままであることが分かっている。サイトカインおよびケモカイン産生阻害の機序は、少なくとも部分的にはNF-κB(炎症、細胞傷害およびその修復における重要な転写制御因子)の阻害を介したものだと考えられている。

補体の活性化

補体系は自然免疫応答において必須の作用をもたらす。活性化された補体は病原体を標的にして、貪食または溶菌作用を発揮する。高二酸化炭素血症性であれ代謝性であれ、アシドーシスは補体系を活性化させると考えられている。EmeisらはHCAと、乳酸または塩酸投与により惹起したアシドーシスのいずれもがC3およびC5を活性化することを示した。この現象は、アシドーシス事態の直接的作用であるとされている。HCAを介する補体の活性化が、殺菌能が向上して利点をもたらすのか、補体の減少または活性化した補体成分の非特異的作用による欠点をもたらすのかは解明されていない。

細胞性免疫応答

好中球とマクロファージは、細菌感染における自然免疫応答の重要なエフェクターである。好中球は、体中のどこであっても感染部位があれば、血液中からすぐさまその場所へ遊走する。細菌と接触した好中球は、ただちに貪食作用を発揮する。好中球細胞質内の顆粒には、エラスターゼ、プロテアーゼ、NADPH酸化酵素(スーパーオキサイドと過酸化水素を生成する)、MPO (次亜塩素酸を生成する)などのいろいろな分解酵素が含まれている。この顆粒は、細菌の貪食でできた食胞と素早く融合し、食胞を溶かして崩壊に導く。好中球の感染部位への遊走能が低下すると、転帰が悪化する。

組織マクロファージとその元となる血中の単球は感染発生時に、外来抗原の提示とケモカインの分泌という、リンパ球系が協調的に活性化するのに必要な非常に重要な役割を果たす。マクロファージは、エンドトキシンまたは補体成分などの分子や細菌によって活性化される。単球もマクロファージも、同じような機序で病原体を貪食し死滅させるが、そのスピードは好中球よりは緩慢である。

HCAは複数の機序を介して自然免疫における細胞性応答に影響を及ぼすと考えられている。HCAは免疫エフェクター細胞間のサイトカイン信号伝達を妨げることを通じて、細胞性免疫応答を間接的に弱体化する。病原体に対して協調した反応を起こすには、サイトカインの信号伝達が必要である。細胞性免疫応答に対するHCAの直接的な作用は以下の通りである。(1) 食細胞の遊走能、走化性および接着能の低下。(2) 食細胞の貪食作用の低下。(3) 酸化性物質を介した殺菌能の低下。(4) 好中球細胞死の機序の変化。 以上の作用は、少なくとも部分的には食細胞の細胞内pH調節機能がHCAによって毀損されるためであると考えられている。

教訓 HCAによって、好中球やマクロファージの貪食能が低下します。
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敗血症と高二酸化炭素血症とアシドーシス② [critical care]

Hypercapnia and Acidosis in Sepsis: A Double-edged Sword?

Anesthesiology 2010年2月号より

高二酸化炭素血症性アシドーシスが細菌増殖に及ぼす影響

高二酸化炭素血症性アシドーシスが及ぼす影響は、高二酸化炭素血症とアシドーシスのそれぞれによる影響が組み合わさったものとしてあらわれる。大腸菌(通性嫌気性菌)は二酸化炭素分圧0.005atmの環境で最も活発に増殖する。大腸菌が通常存在する腸内の二酸化炭素分圧も大体0.05atmである。二酸化炭素分圧0.2atm程度では、大腸菌の好気性増殖は妨げられないが、0.6atmを超えると好気性増殖が抑制される。二酸化炭素分圧350atmの環境に20分間曝露されると、大腸菌のコロニー数は半減する。高濃度二酸化炭素による好気性増殖抑制作用は二酸化炭素による直接的な影響で発揮されるものであるが、詳しい機序は不明である。二酸化炭素は他の多くの科の細菌の好気性増殖に対しても、同じような作用を及ぼすようであるが、細菌の種類によって二酸化炭素に対する感受性は異なる。酵母は二酸化炭素による好気性増殖抑制作用に強い耐性を示すが、グラム陽性菌はそれほどでもなく、グラム陰性菌では抑制作用が最も強くあらわれる。しかし、二酸化炭素による細菌増殖抑制作用を示した諸研究では、ヒトの生理的範囲内を大幅に逸脱した非常に高い二酸化炭素分圧で実験が行われていることに留意すべきである。

Puginらは、臨床で見受けられる程度の代謝性アシドーシスが細菌増殖を直接的に促進することをin vitro研究で明らかにした。肺上皮細胞を培養し、人工呼吸を模した周期的な伸展刺激を加えたところ、乳酸アシドーシスが発生し、大腸菌の増殖が著しく活発になることが分かった。これは水素イオンの直接的な影響による現象である。というのも、培地に塩酸を直接添加しpH7.2程度の酸性環境をつくると、大腸菌の増殖が促進されることが知られているからである。人工呼吸器関連肺炎(VAP)の患者から検出されるグラム陽性菌およびグラム陰性菌の中には、酸性培地の方が活発に増殖するものがある(E. coli, Proteus mirabilis, Serratia rubidaea, Klebsiella pneumonia, Enterococcus faecalis, Pseudomonas aeruginosaなど)(fig. 1)。一方、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌ではこの現象は見られず、アルカリ性環境で最も活発に増殖するという興味深い結果が得られている(fig. 1)。

臨床で高二酸化炭素血症を許容する場合に出来する程度のHCAが、細菌増殖に及ぼす影響は解明されていないが、アシドーシスと高二酸化炭素血症のそれぞれの作用が組み合わさった影響があらわれるものと考えられる。ただし、二酸化炭素による細菌増殖抑制作用は、臨床的にはあり得ないほどの高い二酸化炭素分圧での実験で示されているに過ぎない。さらに、アシドーシスの成因(呼吸性か、代謝性か)によっても細菌増殖に及ぶ影響が異なる可能性がある。とは言え、臨床で遭遇する程度の代謝性アシドーシスで細菌増殖が促進されるという知見は、懸念すべき事柄である。

高二酸化炭素血症性アシドーシスが免疫反応に及ぼす影響

サイトカインおよびケモカインの信号伝達、好中球およびマクロファージの機能、補体活性化そして獲得免疫応答など、宿主の多様な免疫反応をHCAは修飾する。HCAが免疫反応に及ぼす影響は、高二酸化炭素血症そのものというよりはアシドーシスによる作用が主として現れたものであると考えられている。しかし、アシドーシスの種類、つまり、代謝性ではなく呼吸性のアシドーシスであるということに重要な意味があるとされている。それを裏付ける例として、HCAは好中球機能を抑制することがin vitro研究で示されているが、代謝性アシドーシスは好中球機能を抑制するという報告がある一方で、活性化するというデータも発表されている。このように相反する知見が示されているのは、研究手法の相違のせいであろう。たとえば、強酸培地で細胞を培養した研究では、細胞に傷害が生じた可能性がある。また、in vivoで血中に塩酸を投与すると、直接的な傷害が生ずるとともに、炎症性反応が惹起されることが明らかにされている。以上の理由から本レビューでは、HCAの影響について調べた研究と、代謝性アシドーシスに関する研究でも他に類を見ない重要な洞察が示されていて、高張の強酸でアシドーシスが生起されていない研究を対象に論ずることとする。

教訓 臨床で遭遇する程度の代謝性アシドーシスで、細菌増殖が促進される可能性があります。

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敗血症と高二酸化炭素血症とアシドーシス① [critical care]

Hypercapnia and Acidosis in Sepsis: A Double-edged Sword?

Anesthesiology 2010年2月号より

ARDSは重症疾患である。年間数千もの人を死に至らしめ、重病人を相当数増やし、ただでさえ膨大な額にのぼる医療費をさらに押し上げる大きな要因となっている。ガス交換を維持し救命するためには人工呼吸が必要である。しかし、人工呼吸を行うと、まだ機能が温存されていて一回換気量がすべてのしかかる一部の肺組織が繰り返し過膨張させられると、肺の障害を新たに引き起こしたり、悪化させたりするおそれがある。人工呼吸が急性肺傷害(ALI)を引き起こす機序の解明は、飛躍的に進んできた。なかでも、肺胞の伸展を防ぐ設定で人工呼吸を行うとALI/ARDSの生存率が改善する、というのが重要な知見である。この「保護的」な人工呼吸法では、一回換気量と気道内圧を下げることが主眼に置かれる。多くの場合、ある程度の高二酸化炭素血症を伴う(PaCO2>45mmHg)。これ「高二酸化炭素血症の許容(permissive hypercapnia)」と言い、重症喘息患者の肺傷害を軽減できるという報告に端を発する考え方である。肺の伸展を抑えることによって生存率が改善することがはっきりしたため、臨床の現場でも高二酸化炭素血症についての概念が大きく変わった。つまり、回避から許容へと変化したのである。肺の伸展を抑えることの効果が認識されるに従い、高二酸化炭素血症の許容が広がりを見せた。高二酸化炭素血症急性期にはアシドーシスが発生する。これを高二酸化炭素血症性アシドーシス(HCA)と呼ぶ。急性期を過ぎると、時間が経つにつれ腎臓の緩衝作用がはたらきHCAは代償される。臨床研究で得られたエビデンスによれば、HCAは安全であり有害作用もないことが示されている。さらに、ARDSnetが行った一回換気量に関する研究では、高一回換気量群のうち、無作為化割り当ての時点でHCAを呈していた患者はHCAのなかった患者より生存率が高いという結果が得られている。こうして、高二酸化炭素血症は、重症患者に対する現代の人工呼吸法における鍵となる概念の一つとなったのである。

以上に挙げた臨床研究の進展と軌を一にし、実験研究でもエビデンスが蓄積されている。人工呼吸回路の吸気側蛇管に二酸化炭素を吹送しHCAを誘起すると、一回換気量の多寡とは関係なく、様々な臨床状況を模した肺傷害モデルにおいて直接的な肺保護作用を得ることができる可能性があることが示されている。HCAによって軽減されることが示されているのは、フリーラジカル、肺の虚血再潅流、全身の虚血再潅流、肺内エンドトキシン投与および肺の過伸展によって生じたALIである。HCAがもたらす肺保護作用は、二酸化炭素による抗炎症作用(好中球の機能を減弱させる)、酸化性物質(オキシダント)による組織障害の緩和、そしてTNF-α、IL-1、IL-8などの炎症促進性サイトカインの減少といったはたらきが寄与しているものと考えられている。HCAの人為的な誘発が重症患者に対し治療効果あげるかどうかは、よく分かっていない。

重症患者における高二酸化炭素血症と敗血症

重症敗血症は、その原因が肺の感染であれ全身性の感染であれ、多臓器不全を伴い、重症患者の死因の第一位を占めている。米国における敗血症に起因する重症疾患の発生率は、10万人年あたり150例である。重症敗血症患者のうちおよそ40%にARDSが発症し、敗血症に起因するARDSの発生率は10万人年あたり45-63例と推計されている。さらに、敗血症以外の重症患者でも感染が合併することが多く、44%以上に感染が発生することが明らかにされている。ICUで発生する院内感染の三分の二を、肺炎および下部気道感染症が占めている。敗血症からARDSが続発すると、死亡率は非常に高くなる。

最近になり、敗血症の全経過中における高二酸化炭素血症and/orアシドーシスの安全性について疑義が呈されるようになってきた。HCAによる強力な抗炎症作用は、敗血症以外の原因による肺もしくはその他の臓器障害モデルで示されたものである。感染に対する有効な宿主反応が機能するためには、免疫能が正常でなければならない。高二酸化炭素血症and/orアシドーシスは複数の機序を介して、宿主と細菌の相互作用を変化させる可能性がある。HCAは微生物を殺すことにつながる多くの事象を広く根本から抑制するため、細菌の広がりと増殖を助けることになり、宿主にとって有害となる可能性がある。さらに、HCAは細胞膜伸展による細胞傷害や肺胞上皮の傷害の修復を妨げることが最近になって明らかにされ、HCAによって肺から血流への細菌の侵入を防ぐ障壁が弱体化される可能性に一段と憂慮が投げかけられる事態になっている。

教訓 HCAは細菌の広がりと増殖を助けたり、肺から血流への細菌の侵入を防ぐ障壁を弱体化させる可能性があります。
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大量輸血の新展開⑧ [critical care]

Massive Transfusion New Insights

CHEST 2009年12月号より

晶質液の投与制限

出血性ショックを呈する外傷患者の初期治療では、止血を最優先しなければならない。急速輸液は止血の次に重要ではあるが、現在の止血志向型治療においては、晶質液の大量投与は回避しなければならない。出血性ショックが制御されていない患者において、晶質液を大量投与すると、出血量が余計に増え、死亡率も上昇するとされている。

EAST(the Eastern Association for the Surgery of Trauma)診療ガイドラインにおける外傷患者の病院前急速輸液についての項では、病院到着までは輸液量を制限することが推奨されている。このエビデンス準拠ガイドラインの推奨事項は以下の通りである:(1) 体幹部貫通創の患者に対しては、病院到着までは輸液を行ってはならない。;(2) 活動性出血があることがはっきりするまでは、急速輸液を行ってはならない。;(3) 病院到着までは(受傷機転や搬送時間に関わらず)、橈骨動脈の拍動触知の可否を指標に輸液製剤の少量(250mL)ボーラス投与を行う。患者の状態に関わらず規定量を投与したり、持続投与したりすることは避ける。 戦傷者に対する急速輸液の統一アルゴリズムでも、上記の制限輸液スタンスの多くが取り入れられている。ただし、外傷性脳損傷は例外である。脳血流のためには、平均動脈圧を適切に維持することが必須であることがその理由である。

活動性出血のある患者において、出血の制御が確認されるまでは血圧の回復を後回しにしたり、血圧を低めにして管理(人為的低血圧管理)にしたりする考え方がある。この考え方の裏付けとなっている数多くの前臨床試験では、出血性ショックが制御されていない患者に大量輸液を行うと、出血量が増え生存率が低下することが明らかにされている。このような研究で得られたデータからは、現に進行中の出血を伴っている可能性のある外傷患者では、低血圧管理が有効である可能性が強く示唆されている。

体幹部貫通創を負い病院到着前の収縮期血圧が90mmHgであった患者に対し、急速輸液を即座に行う場合と、しばらくしてから行う場合とを比較した無作為化前向き研究が行われた。全死亡率は34%であった。即座に急速輸液を行った群の方が、死亡率が有意に高く(38% vs 30%; p=0.04)、入院期間が長く、術後合併症発生率も高かった。しかしこの研究は、体幹部外傷のみの患者が対象であり、また、病院外救急医療が単一の集中システムで運営され、外傷患者は全て1ヶ所の外傷センターへ搬送され、大半の症例は一時間以内に手術室へ入室するような迅速な対処が可能な都市で行われたものである。したがって、鈍的外傷、頭部外傷、複数箇所の貫通創の症例や、搬送時間が長い状況にはこの研究結果は適用できないであろう。そして、輸血を優先し晶質液の投与を控える方法が広まっている現代に、この研究結果を当てはめることは困難である。

出血性ショックの患者110名を2通りの急速輸液法(収縮期血圧>100mmHg もしくは70mmHgを目標に、止血が確認されるまで急速輸液を行う)のいずれかに無作為に割り当てる単一施設研究が行われた。低血圧管理を行っても死亡率は低下しないことが明らかになった(生存率は両群とも92.7%)。しかし、この研究には以下のような複数の問題点が存在していた:低血圧群では平均収縮期血圧が目標値に達していなかった(低血圧群100mmHg、対照群114mmHg);標本数が少ない;鈍的外傷(49%)と貫通外傷(51%)の患者が混在している;活動性出血が長時間続いた(2.97±1.75時間 vs 2.57±1.46時間;p=0.20)。

以上に挙げた臨床研究にはいろいろな問題点があるとはいえ、低血圧輸液療法(晶質液の投与量を極力少なくすることに特に留意する)は、外傷患者の病院到着まで、および、病院到着後の出血制御確認までの治療において広く受け入れられるようになってきている。なぜなら、大量急速輸液を行うと、出血量が余計に増え、凝固能障害が悪化することが憂慮されるからである。ショック患者の治療ガイドラインでは、出血の制御が確認されるまでは、低血圧(目標収縮期血圧>90mmHg、目標心拍数<130mmHg)とし、大量輸液を避ける治療法が推奨されている。

Table 3を見ると、FFP/PRBC比が高い群の患者では、晶質液の時間投与量が有意に少ない(高FFP/PRBC比群0.5L/hr、低FFP/PRBC比群1.8L/hr)。このデータからも、晶質液投与量を減らすのが重要なことが分かる。大量出血患者の輸液療法において優先すべきなのが、重要臓器への血流維持(血液希釈を起こし一次血栓が破綻するリスクがある)なのか、出血が制御されるまでは輸液量を制限すること(止血が確立するまでに時間がかかれば細胞レベルでのショックが不可逆性となるリスクがある)なのか、というテーマについては議論が繰り広げられている最中である。この点については、さrに臨床試験を重ね、知見を深める必要がある。

出血制御後の輸血

出血の制御が十分確認されたら、輸血を極力避けなければならない。外傷患者に対する輸血ガイドラインが発表されている。このガイドラインは、急性期の治療が成功した重症患者に対する赤血球濃厚液の標準的投与法を示したものであり、不必要な輸血による有害事象を避けることを目的にしている。その対象は、急性出血が制御され、初期治療が完了し、ICUに収容され安定した状態にあり、進行中の出血がないことが確認されている症例である(Fig. 5)。本ガイドラインで示されている赤血球濃厚液輸血の基準はヘモグロビン<7g/dL(ヘマトクリット<21%)である。

まとめ

出血患者に対し赤血球濃厚液およびその他の血液製剤を輸血する際は、急性期の蘇生治療中も回復期も、注意深く監視をしなければならない。現在のところ、輸血以外の方法で重症出血性ショックを治療することはできない。止血重視大量輸血法や遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子(rFⅦa)を取り入れた新しいプロトコルは、大量輸血による凝固能障害を軽減することができるとともに、生存率の改善も望めるという報告もある。この方法を実行すると、急性大量出血の治療において大量の血液製剤を使用することになる。止血機能に重点を置く輸血法によって本当に生存率改善効果が得られるか否かについては、前向き多施設研究を行い検証する必要がある。出血の制御が確認された後は、輸血を極力避けるよう最大限の努力を払わなければならない。


教訓 晶質液の大量急速輸液を行うと、出血量が余計に増え、凝固能障害が悪化するおそれがあります。ショック患者の治療ガイドラインでは、出血の制御が確認されるまでは、低血圧(目標収縮期血圧>90mmHg、目標心拍数<130mmHg)とし、大量輸液を避ける治療法が推奨されています。
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大量輸血の新展開⑦ [critical care]

Massive Transfusion New Insights

CHEST 2009年12月号より

大量輸血に伴う凝固能障害に対する遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子(rFⅦa)の有用性

止血の第一段階は、血小板凝集である。分子レベルでは、活性化血小板の表面で凝固因子の相互作用が発生する。組織因子と活性型第Ⅶ因子の複合体は、正常な止血過程を活性化する生理的因子である。遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子は、組織因子の結合促進、活性化血小板との結合促進および組織因子とは関係のない第X因子活性化、といった複数の作用を介して止血に貢献する。第Ⅶ因子には、第Ⅷ因子・第IX因子・vWFの各インヒビターの影響を受けずに作用を発揮するという利点もある。

大出血と激しい組織損傷を呈する外傷患者では、受傷後早期から著明な凝固能障害を来たし、成分輸血製剤の投与だけでは凝固能を是正することができないことがある。容量過負荷のリスクを避けつつ凝固能障害を迅速に補正したい場合には、FFPよりも遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子の方が有用である可能性がある。大量輸血に伴う止血機能異常に対する遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子の有効性については、依然として賛否両論があり、血栓性合併症の発生が憂慮され、静脈血栓塞栓症のリスクが増大する可能性があることが指摘されている。

外傷患者の出血を制御するのに遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子が有効かつ安全な補助製剤として作用するかどうかを評価する、無作為化プラセボ対照二重盲検試験が行われた。鈍的外傷患者(n=143)と貫通性外傷患者(n=134)が同時並行で対象とされた。大量出血を伴う外傷患者を、rFⅦa群またはプラセボ群に無作為に割り当てた。標準的な治療を行った上で、割り当て試験薬を、初回は8単位目の赤血球濃厚液投与直後、二回目および三回目は初回の1時間後および3時間後に投与した。rFⅦaはそれぞれ、200mcg/kg、100mcg/kg、100mcg/kgを投与した。鈍的外傷患者では、rFⅦaの使用によって赤血球濃厚液投与量が有意に減少し(2.6単位減; p=0.02)、大量輸血(赤血球濃厚液20単位以上)を要する症例も有意に減った(14% vs 33%; p=0.03)。貫通性外傷でも赤血球濃厚液使用量の減少(1.0単位減;p=0.10)、大量輸血症例の減少(7% vs 19%; p=0.08)、死亡率低下、重篤な合併症の発生数減少といった、有意ではないが同様の傾向が認められた。血栓塞栓症の発生については有意差は認められなかった。rFⅦaの投与により、鈍的外傷患者に対する赤血球濃厚液投与量は有意に減少したが、死亡率には有意差は生じなかった。rFⅦaはこの研究で採用された投与量であれば、外傷患者に対し安全に使用することができる。

上記研究の対象となった外傷患者のうち、凝固能障害を呈した患者群についてのサブグループ解析では、rFⅦaを使用すると、血液製剤(RCC、FFP、PC)の投与量が有意に減少し、大量輸血を要する症例も有意に減る(29% vs 6%; p<0.01)ことが分かった。rFⅦaを凝固能障害のある外傷患者に投与すると、多臓器不全and/or ARDSが有意に減り(3% vs 20%; p=0.004)、一方、血栓塞栓症の発生率は同等であった(3% vs 4%; p=1.00)。以上から著者らは、凝固能障害のある外傷患者では、受傷後早期からrFⅦaを投与すると、その効能をとりわけ大いに得ることができると結んでいる。

別の研究では、戦傷者の大量輸血症例を対象に、早期(赤血球濃厚液投与量が8単位に達するより前)または晩期(8単位投与以降)にrFⅦaを投与し、その有効性が比較された。早期rFⅦa投与群の方が、血液必要量が有意に少なく(20.6単位 vs 25.7単位)、貯蔵赤血球濃厚液使用量も有意に少なかった(16.7単位 vs 21.7単位)。早期投与群および晩期投与群の死亡率(33.3% vs 34.2%)、ARDS(5.9% vs 6.8%)、感染(5.9% vs 9.1%)、血栓塞栓症(0% vs 2.3%)については有意差は認められなかった。この研究では、大量輸血を要する外傷患者に対しrFⅦaを早期に投与すると、赤血球濃厚液使用量が20%減少するということが分かった。しかし、大量輸血中の外傷患者におけるrFⅦaの薬力学は、個人差が非常に大きいことが指摘されており、大量出血の治療にrFⅦaを使用する際には、もっと早い段階でもっと少ない量を投与すべきだという意見もある。rFⅦaの有効性を確立するには、さらに臨床試験を重ねる必要がある。

分娩後大量出血や、その他の原因による大量出血で、標準的な治療を行っても出血の制御が困難な症例では、rFⅦaが有効である可能性があることが数多くの文献で指摘されている。しかし、その大半は、二、三編の比較対照なしの研究に依拠した意見である。rFⅦaの使用に関する臨床ガイドラインが登場してきてはいるが、危機的出血症例におけるrFⅦaの投与時期、最適投与量、有効性および安全性をもっと正確に評価することのできるしっかりした臨床試験を行いエビデンスを揃える必要がある。

参考記事:脳出血に第Ⅶ因子は効果なし 

教訓 容量過負荷のリスクを避けつつ凝固能障害を迅速に補正したい場合には、FFPよりも遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子の方が有用かもしれません。大量輸血に伴う止血機能異常に対する遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子の有効性については、依然として賛否両論があり、血栓性合併症の発生が憂慮され、静脈血栓塞栓症のリスクが増大する可能性があることが指摘されています。重症鈍的外傷を対象としたrFⅦaの第3相試験は死亡率改善効果を示す可能性が低いということで2008年6月に途中で中止されました。
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大量輸血の新展開⑥ [critical care]

Massive Transfusion New Insights

CHEST 2009年12月号より

大量輸血プロトコル

大規模外傷センターでは重症出血性ショックの治療にあたり、各施設で定めた大量輸血プロトコルが発動されるのが長年の慣例となっている。以前は、大量輸血プロトコルで払い出されるのは赤血球濃厚液のみであり、FFPや血小板製剤などの成分製剤が必要なときはその都度依頼しなければならなかった。また、希釈性または消費性凝固能障害および血小板数低下が検査結果で確認されるまでは、FFPや血小板製剤を投与すべきではないとされていた。現在の大量輸血プロトコルでは、凝固能障害と血小板減少の予防に重点が置かれている。

現在、大量輸血時には赤血球濃厚液、新鮮凍結血漿および血小板濃厚液を1:1:1の比率で投与する成分輸血法が全血輸血に近い生理的な組成であるとして推奨されている。この方法(hemostatic resuscitation[止血重視輸血法]と呼ばれている)では、凝固能障害を早急に是正することが最優先される。凝固能障害の是正により出血が早く制御されれば、生存率が改善するであろうという考えに基づいた方法である。

「外傷大量出血プロトコル」(RCC 10単位+FFP 4単位+PC 2単位からなる規定の初回セットが即座に払い出され、以降は中止指示が出されるまでRCC 6単位+FFP 4単位+PC 2単位の規定セットが次々に払い出される。)という制度が運用されている施設において、プロトコル導入前に大量輸血(24時間で赤血球濃厚液を10単位以上投与)が実施された患者コホートとの比較が行われた。多変量回帰分析の結果、外傷大量出血プロトコル運用開始後は死亡率が74%低下し(p=0.001)、血液製剤の総使用量も有意に減少したことが明らかになった。また、多臓器不全、感染性合併症および人工呼吸器使用日数の減少と、腹部コンパートメント症候群(ACS)の激減という効果も認められた。

大量輸血を要し凝固能障害が認められ早急に出血を制御しなければ死亡に至ると考えられる場合に、止血機能を改善するために「輸血パッケージ」(RCC 5単位+FFP 5単位+PC 2単位)を払い出す制度を導入している施設がある。この施設からの報告によると、彼らの定義である「不適切な輸血療法」が行われている症例が10%以上を占め、生存例は死亡例よりも血小板数が多かった。そこで、この施設では凝固能障害の診断と治療の指標とするために、凝固線溶系の検査機器(TEG;Hemoscope Corp; Niles, IL)が使用されるようになった。その結果、不適切な輸血療法が行われる症例は3%未満に減少した。腹部大動脈瘤破裂の緊急手術中に輸血パッケージが使用された症例では使用されなかった症例より、術後輸血量が少なく、30日後生存率が高かった(66% vs 44%)。TEGの使用によって、97%の精度で外科的要因による術後出血を同定することができた。大量輸血が行われた外傷患者の10%では大出血の原因が線溶亢進であり、45%は凝固能亢進状態であることが、TEGの所見から明らかにされた。「輸血パッケージ」の導入とTEGの使用という先進的な取り組みによって輸血療法の質が向上し、大量輸血患者の生存率が有意に上昇した。さらに、早期からバランスのとれた輸血療法を行うことによって、大量出血患者の止血機能が維持されることがTEGの所見から確認された。

教訓 大量輸血が行われた外傷患者の10%では線溶亢進であり、45%は凝固能亢進状態であることや、早期からバランスのとれた輸血療法を行うことによって、大量出血患者の止血機能が維持されることがTEGの所見から明らかにされています。
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大量輸血の新展開⑤ [critical care]

Massive Transfusion New Insights

CHEST 2009年12月号より

以上で触れた各研究を引き合いに甲論乙駁が大いに繰り広げられているが、止血機能維持に留意した大量輸血法については、以下のような合意が形成されつつある:

・早急に出血を制御し、消費性の凝固能障害および血小板減少を予防し、血液製剤が必要となる状況を極力避ける。
・等張晶質液の投与を制限し、希釈性の凝固能障害および血小板減少を避ける。
・出血が完全に制御できるまでは人為的低血圧(収縮期血圧80-100mmHg)とする。
・PRBCs/FFP/PCを1:1:1の比率で投与する。
・検査を頻繁に行う(乳酸、電解質など)。

止血機能の維持を意識した大量輸血を行うと外傷患者の転帰が改善するというデータが続々と集積されているが、輸血(RCC, FFP, PC)には有害事象が伴う可能性があることに留意しなければならない。血球成分にせよ血漿製剤にせよ、輸血を行うとALI/ARDSのリスクが上昇することが複数の研究で明らかにされている。輸血関連急性肺傷害(TRALI)は、正しく診断されなかったり、適切に報告されなかったりする症例が多いにも関わらず、今や輸血に関連する死亡の主因を占めている。

フィブリノゲンは止血過程の重要な因子であり、血小板を凝集させるとともに、強固なフィブリン網を形成するという役割を担っている。現在のところ、FFPと血小板製剤の投与によって凝固能を適切に維持する方法が採られている。クリオプレシピテート(本剤には第Ⅷ因子、フィブリノゲン、フィブロネクチン、vWFおよび第XⅢ因子が含有される)投与の判断は、血清フィブリノゲン濃度を測定しその結果に基づいて下されるのが通例である。たいていの場合、フィブリノゲン値<100mg/dLであるとクリオプレシピテートの投与が開始される。クリオプレシピテート10単位は血漿100mL中にフィブリノゲン2.5gを含み、FFPと比べるとフィブリノゲン量に比し容量が少ない。現時点では、大量輸血を要する外傷患者においてフィブリノゲン濃度を正常値に維持することによって有効性が得られるかどうかは不明である。欧州で先頃行われた研究では、加熱フィブリノゲン製剤が有効であるという結果が報告されている。

大量輸血の際には、凝固能検査を行うことが重要である。その場で繰り返しタイミング良く迅速に凝固能検査が行えれば理想的である。従来検査室で行われている凝固能検査には、検査結果が報告されるまでに時間がかかり、凝固能低下を十分に把握することができないという難点がある。ROTEM(rotational thromboelastometry;全血凝固線溶分析装置)やmodified TEG(thromboelastography;抗凝固剤と血小板刺激剤を用いたTEG)が、凝固能管理の指標として通常の検査よりも優れているという報告が蓄積されつつある。

教訓 現代の大量輸血では、比較的低血圧にすること、晶質液の投与量を制限すること、全血に近い組成の成分輸血を行うことが推奨されています。ベッドサイドでの凝固能検査の活用が今後の課題です。
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大量輸血の新展開④ [critical care]

Massive Transfusion New Insights

CHEST 2009年12月号より

Gonzalezらの研究 :大量輸血(第一病日に濃厚赤血球液を10単位以上使用)を要した外傷患者97名を対象とした単一施設研究。生存率は70%であった。赤血球濃厚液を6単位投与するまではFFPは投与しないというプロトコルに従って治療が行われた。ICU入室までの平均輸血量は、赤血球濃厚液12単位、FFP5単位であった。ICU入室後24時間の平均輸血量は、FFP13単位、血小板36単位(6単位×6)、クリオプレシピテート40単位(10単位×4)、赤血球濃厚液10単位であった。凝固能障害の程度(ICU入室時のINR)が、生存率と相関していた(p=0.02; ROC, 0.71)。アシドーシスと低体温は迅速に是正されたが、凝固能障害の治療は困難を極めた。晶質液の大量投与と輸血量不足が凝固能低下を助長させたものと考えられた。著者らはこの研究で得られた知見を踏まえ、大量輸血プロトコルを変更し、治療開始後早期から赤血球濃厚液とFFPを1:1の比率で投与するよう改めた。

Holcombらの研究 :米国に所在する主だったレベル1外傷センター(外科の指導医あるいはチーフレジデントが病院内に24時間常駐し、各科専門医に24時間コンサルトできる体制が整備されている)16施設における、現行の大量輸血法と大量輸血(24時間で赤血球濃厚液を10単位以上投与)を要した外傷患者466名の記録を後ろ向きに検討した研究。生存率は41%から74%と施設によってばらつきがあった。平均FFP/PRBC比は0.32から0.87、平均PC/PRBC比は0.10から1.06であった。FFP/PRBC比、PC/PRBC比およびISSが30日後死亡率の独立予測因子であった。FFP/PRBC比が1.2を超えた場合は、超えなかった場合より30日後生存率が高かった(61% vs 53%; p<0.01)。PC/PRBC比についても同様に1.2を超えると30日生存率が上昇した(70% vs 44%; p<0.01)。統計モデルから、FFP/PRBC最適比は1:1であるという結果が得られた。この研究では、レベル1外傷センターで従来実施されている大量輸血法は施設によって大きく異なり、大量輸血後の生存率も施設間で大幅なばらつきがあるということが明らかにされた。

Scaleaらの研究 :ICU入室後24時間に赤血球濃厚液を投与された患者365名を対象とした2年間にわたる単一施設研究。250名の患者に、赤血球濃厚液とともにFFPが投与された。入室後24時間の平均輸血量は、赤血球濃厚液7±8単位、新鮮凍結血漿5±5単位であった。大量輸血(24時間で赤血球濃厚液を10単位以上投与)を要した患者は81名にとどまった。この81名のうち、PRBC/FFP比が1:1であったのは51名であった。大量輸血群についてのロジスティック回帰分析を行ったところ、PRBC:FFP=1:1で投与しても死亡率は減らないという結果が得られた(OR, 1.49; 95%CI, 0.63-3.53; p=0.37)。著者らは、非戦闘地域における外傷患者ではFFPを早い段階から投与する方法について再考を要すとしている。しかし、この研究には大量輸血を要する患者の標本数が少ないという問題がある。

Duchesneらの研究 :都会のレベル1外傷センターに収容され緊急手術が行われた外傷症例全例を対象とした4年にわたる後ろ向き単一施設研究。大量輸血(24時間で赤血球濃厚液を10単位以上投与)を要した135名の患者について検討。135名全員にFFPが投与されていた。単変量解析では、大量輸血が行われた患者のうちFFP/PRBC比が1:1であった場合と、1:4の場合では死亡率に有意差が認められた(26% vs 87.5%; p=0.0001)。大量輸血症例についての多変量解析では、FFP/PRBC比が1:4であると1:1の場合と比較し、一貫して死亡リスクが上昇することが判明した(相対危険度18.88; 95%CI, 6.32-56.36; p=0.001)。大量輸血が行われた患者でが、FFP/PRBC比が1:4の場合は1:1の場合より死亡率が高い傾向が認められた(21.2% vs 11.8%; p=0.06)。大量輸血を要する患者においてはFFP/PRBCを1:1に近づけると生存率向上に寄与すると結論づけられている。

Maegeleらの研究 :ドイツ外傷外科学会の外傷登録制度を用いた多施設後ろ向き研究。この制度では2002年以降のFFP使用例が登録されている。本研究は、2002年から2006年にかけて登録された100施設17,935名の患者を対象とした。重症外傷(ISS>16)で大量輸血(24時間で赤血球濃厚液を10単位以上投与)が行われた患者713名が、PRBCs/FFP比に応じて三群に分けられた。FFP投与量が赤血球濃厚液投与量に比して多いほど、急性期死亡率(6~24時間以内の死亡)と30日後死亡率が有意に低いことが明らかになった(Fig. 3)。

Sperryらの研究 :鈍的外傷により出血性ショックに至り受傷後12時間以内に8単位以上の赤血球濃厚液を投与された成人患者415名の臨床転帰を評価する目的で行われた多施設前向きコホート研究で得られたデータを用いた再調査研究。FFP/PRBC比が高い(>1:1.5; n=102)患者群は、FFP/PRBC比が低い(<1:1.5; n=313)患者群よりも24時間後時点における赤血球輸血量が有意に少なかった(16±9単位 vs 22±17単位; p=0.001)。粗死亡率には有意差は認められなかった(高FFP/PRBC比 28%; 低FFP/PRBC比 35%; p=0.202)。Cox比例ハザード回帰分析を行い重大な交絡因子について調整したところ、高FFP/PRBC比の輸血療法を実施すると死亡リスクが52%低下することが明らかになった(ハザード比, 0.48; 95%CI, 0.3-0.8; p=0.002)(Fig. 4)。高FFP/PRBC比の輸血療法を行っても、臓器不全または院内感染のリスクは上昇しないが、ARDSのリスクは2倍に増えることが分かった(ハザード比1.93; 95%CI, 1.23-3.02; p=0.004)。以上の結果から、FFP/PRBC比<1:1.5に起因する死亡リスクは受傷後早期に影響し、おそらく凝固能障害が進行し出血を制御できないことにより死に至るものと考えられる。この研究結果からも、大量輸血時の最適なFFP/PRBC比を検証する前向き試験の実施が妥当であることが支持されよう。

教訓 ベトナム戦争では戦傷者に対する乳酸リンゲル液大量投与が広まり、現在進行中のイラクやアフガニスタンにおける軍事行動ではRCC:FFP:PC=1:1:1の大量輸血法が広まっています。
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大量輸血の新展開③ [critical care]

Massive Transfusion New Insights

CHEST 2009年12月号より

大量輸血と蘇生に関する近年の進歩

止血機能の維持
近時発表された研究の著者らは揃って、重症外傷患者の大多数は、病院到着時つまり治療開始前にすでに凝固能障害に陥っていること、そして、従来の大量輸血法では凝固能障害の是正に必要な治療を行っていることにはならないことを指摘している。出血は外傷による死亡の主因であり、凝固能障害は出血を助長する。そのため、外傷患者に対する大量輸血では「止血機能の維持(hemostatic resuscitation)」が不可欠であるという声が大きくなっている。凝固能障害を是正するのに有効なのは、体温の正常化、出血の制御、そして必要に応じたFFP・血小板およびクリオプレシピテートの投与である。重症外傷患者の凝固能障害を避けるもしくは是正する最善の方法は、全血と同程度以上に凝固因子や血小板を含む組成の輸血療法を行うことであるという意見が示されている。重症外傷で出血がまさに進行している状況において血液凝固を図る製剤(FFP、血小板、クリオプレシピテート)をどのように投与すれば最も効果を得られるか、という点について検討する無作為化比較対照試験を行うのは困難であるし、今までにもそれに類する研究は発表されていない。

出血中の希釈性凝固能障害を模した薬力学モデルを用いた研究では、外傷患者における希釈性凝固能障害を是正または予防するには全血と同等の組成の輸血療法を行う必要があることが明らかにされている。この薬力学モデルによると、凝固因子や血小板が激減し出血がどうにも止まらなくなってしまったら、赤血球濃厚液1単位につき、1~1.5単位のFFPを投与しなければ状況を打開することはできない。血漿中凝固因子濃度が正常値の50%未満になるより前にFFPの投与を開始し、その投与量を赤血球濃厚液(PRBC)と1:1の比率となるようにすれば、それ以上の希釈を防ぐことができるとされている。

Borgmanらは、米軍野戦病院において大量輸血(24時間以内に赤血球濃厚液10単位以上を投与)が行われた患者246名について後ろ向き研究を行い、FFP/PRBC比と死亡率の関係を検討した(Fig. 2)。いずれの投与比率群においても、ISS中央値は18点であった。FFP/PRBC低(1:8)、中(1:2.5)、高(1:1.4)の全死亡率はそれぞれ、65%、34%、19%であった(p<0.001)。出血による死亡率はそれぞれ、92.5%、78%、37%であった(p<0.001)。ロジスティック回帰分析を実施したところ、FFP/PRBC比と生存率のあいだに独立した相関関係があることが明らかになった(OR, 8.6; 95%CI, 2.1-35.2)。戦傷により大量輸血を要した患者においては、高いFFP/PRBC比(1:1.4)で輸血療法を行うと、出血死が減少し生存率が上昇した。この結果から、外傷により凝固能が低下している患者に対する大量輸血プロトコルでは、例外なくFFP/PRBC 1:1で輸血を実施することを銘記すべきであると結論づけられている。この研究における三つの患者コホートには、FFP/PRBC比以外にも以下のような有意な相違点があったことに注目したい。高FFP/PRBC群では他の群に比べ、遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子(rFⅦa)が投与された症例が多く、等張晶質液総投与量が少なく、クリオプレシピテートおよび血小板製剤の投与量が多かった(Table 3)。

この研究以降にも、野戦病院で重症外傷(爆破による負傷、銃傷、血管損傷)の治療が行われた患者16名を対象とした同様の研究が行われている(PRBC 23±18単位、FFP 16±12単位、クリオプレシピテート11±14単位、血小板製剤13±9単位)。負傷直後の出血性ショックの治療は全例で成功した。止血機能の維持を企図した治療(rFⅦa投与とヘパリン使用制限を含む)がすべての患者に行われた。rFⅦa投与例を含め、グラフト血栓症が発生した症例は皆無であった。ここで行われた血液製剤の大量投与、等張晶質液投与量削減、そしてrFⅦaの投与という止血機能維持療法は、転帰を有意に改善することが明らかにされた、重症出血性ショック患者の新しい治療法を具現化したものである。また、戦地では血液製剤の備蓄量が少ないため、戦傷者に対しては新鮮全血が必要になることもある。大出血症例に対する大量輸血における新鮮全血の効能については、貯蔵された成分製剤を用いた標準的な方法との比較評価が進行中である。

止血機能維持に留意した大量輸血法は、当初は戦傷者に対して行われていた。しかし、非戦闘地域における外傷患者においても広まりつつあり、現在ではこの治療法の概念は、その他の様々な原因で大量出血を来たし大量輸血を要する状況に陥った患者にも適用されるようになってきた。非戦闘地域における外傷患者を対象とした複数の臨床試験でも、止血機能維持を主眼においた治療法が取り上げられている。

教訓 大量出血症例では希釈性凝固能障害が発生すると、出血の制御が困難になります。凝固因子が正常値の50%未満に減少するより前にFFPの投与を開始し、その投与量を赤血球濃厚液(PRBC)と1:1の比率となるようにすれば、それ以上の希釈を防ぐことができることが数学的モデルを用いた研究で明らかにされています。イラクの野戦病院における戦傷者の治療でも、このことは裏付けられています。
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大量輸血の新展開② [critical care]

Massive Transfusion New Insights

CHEST 2009年12月号より

大量輸血の転帰

出血性ショックの治療法が大幅な進歩を遂げているにも関わらず、戦闘要員、非戦闘員のいずれの外傷においても早期死亡の原因の第一は未だに出血である。世界中の母体死亡原因の第1位は、分娩後大量出血である。さらに、出血および大量輸血は予定および緊急大手術患者の死亡率上昇にも関わっている。

大量輸血を要した患者はどのような転帰に至るのであろう。患者全般についての大量輸血に関するデータはほとんどないのが現状である。様々な原因(外傷46%、消化管出血21%、AAA破裂14%)により大量輸血(濃厚赤血球液投与量が10単位を超える)が行われた患者を対象とした単一施設研究では、43名に対し合計で赤血球濃厚液824単位、新鮮凍結血漿457単位および血小板370単位が投与されたことが報告されている。この施設では当該年間の血液製剤総使用量の16%が大量輸血を要した43名に投与されていた。全生存率は60%であった。患者の44%に重篤な凝固能障害が発生し(死亡率74%)、13名(31%)に高度の血小板減少症(血小板数<5万)が認められた。

大量輸血を要する外傷患者の死亡率は高く、19%から84%である。しかし、最近の研究で示されているデータによればこの患者群の死亡率は有意に低下し、近年では30%程度になっている(Table 2)。出血性ショックの重症度と赤血球濃厚液総投与量とが、死亡と直接的に関連している。

外傷患者の8% (5645名中479名)に赤血球濃厚液が投与され、その総投与量は5219単位、死亡率は27%であったというデータが単一施設研究で報告されている。赤血球濃厚液の大半(62%)は、外傷治療開始から24時間後までに投与されていた。大量輸血(>10単位の赤血球濃厚液を投与)を要した患者は全体のわずか3%(147名)に過ぎなかったが、この患者群に投与された赤血球濃厚液の合計量は、全赤血球濃厚液使用量の71%を占めた。大量輸血が行われなかった患者群と比べ大量輸血群の死亡率は有意に高く、39%であった。また、大量輸血群の患者のうち90%に新鮮凍結血漿、71%に血小板製剤が投与されていた。

大量輸血が無益な治療法で医療費の無駄遣いであるとは言えないだろうか?はじめの24時間に50単位を超える大量輸血が行われた外傷患者を対象とした後ろ向き単一施設研究1編における全死亡率は57%であった。この研究では、初日に75単位をこえる血液製剤を投与された患者と、51~75単位が投与された患者とでは、死亡率に有意差を認めないという興味深い結果が得られた。多重ロジスティック回帰分析では、死亡と関連する独立危険因子が一つだけ(BE< -12mmol/L)明らかになった(OR, 5.5; 95%CI, 1.44-20.95; p=0.013)。同様に、Comoらの研究でも大量輸血が無益となる明瞭な閾値は確認されていない。

大量出血、大量輸血と凝固能障害

多量の出血が続き大量輸血を要する症例では、決まって早々にひどい凝固能障害が出現する。病院到着時にはすでに凝固能が低下しているので赤血球濃厚液を投与すると、希釈性および消費性の凝固能障害のため、一段と凝固能が悪化する。最近の研究では、外傷による急性凝固能障害は全身の血流低下を伴い、凝固能低下と線溶亢進がその特徴であることが示されている。晶質液と赤血球濃厚液をいずれも大量に投与し、その他の血液製剤は使用しない方法が従来行われてきたが、これでは凝固能障害が一層低下してしまう。

大量輸血の標準目標としてこれまで受け入れられてきたのは、等張晶質液と血漿成分をほとんど含まない赤血球濃厚液を投与し、循環血液量と組織への酸素供給を適正に維持するというものである。しかし、この方法を実際に行うと、希釈性凝固能障害を招来する。そこへ低体温、アシドーシス、ショックによる肝機能低下、組織傷害によるDIC、広範な負傷による凝固因子および血小板消費量の増加といった状況が襲いかかると、凝固能障害はさらに進行し悪化の一途をたどる。したがって、現代の大量輸血プロトコルでは、止血能低下に起因する微小血管出血を食い止めるために、時機を逸することなく血漿および血小板製剤を投与するという重大目標が付け加えられている。

アシドーシス、低体温および凝固能障害がなす死の三つ巴

出血が制御不能になれば、低体温、凝固能障害およびアシドーシスは必発である。この三徴はいずれも危機的な異常であり、それぞれが他の二つの増悪を誘う。血を止め、三徴を正常化しなければ、急速に患者を死に至らしめる螺旋状サイクルに陥ることになる。この「血塗られた魔のサイクル」をFigure 1に図示した。大量輸血患者の生存率を向上させる試みとして、迅速かつ確実な出血の制御、より洗練された輸血療法、凝固能障害および止血機能障害に対する積極的な攻勢などの数多くの対策が講じられている。

教訓 晶質液と赤血球濃厚液をいずれも大量に投与して大量出血の管理を行うのは、希釈性凝固能障害を招く(助長する)のでよくありません。アシドーシス、低体温および凝固能障害は死の三徴です。
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大量輸血の新展開① [critical care]

Massive Transfusion New Insights

CHEST 2009年12月号より

大量輸血については多くの定義が文献で示されている(Table 1)。一般的には、一人の患者に赤血球濃厚液(PRBC)を10単位以上もしくは24時間以内に循環血液量を超える量の輸血製剤を投与した場合が大量輸血に当たる(訳注;米国では1単位の血液製剤は全血450mLから製造される)。他にも時々刻々と移り変わる状況にあわせた大量輸血の定義も提唱されており、特に各施設における大量輸血プロトコル開始条件としてはこちらが用いられていることが多い。

疫学

理由が何であれ出血性ショックが発生すれば、大量輸血が必要性となる可能性がある。大半の施設では、大量輸血の理由として最も多いのは外傷である。続いて多いのは、消化管出血や予定もしくは緊急の複雑な手術(腹部大動脈瘤、肝移植など)による大量出血の治療である。大出血を来す他の原因には、心血管手術、子宮外妊娠、産科出血、分娩後出血などが挙げられる。米国、イングランド、オーストラリアおよびデンマークにおける血液製剤使用に関する調査によると、このうち2ヶ国では50単位以上の赤血球製剤使用症例についてのデータが収集されていた。一回の出血エピソードにつき50単位以上の赤血球製剤が使用された症例の出血原因は、オーストラリアでは大半が多発外傷であったが、デンマークでは消化管出血であった。

大量出血を要する患者を早めに同定することは、非常に重要である。血液製剤の供給に限りのある地域では、とりわけこの点に留意しなければならない。外傷領域では、大量輸血を要する危険因子が数多くの研究で明らかにされている。イラクの野戦病院2施設で行われた後ろ向き研究では、大量輸血が実施された患者247名に赤血球濃厚液17.9単位、新鮮凍結血漿2.0単位が投与されたのに対し、大量輸血が実施されなかった患者311名には赤血球濃厚液1.1単位、全血0.2単位が投与されたことが分かった(p<0.001)。大量輸血が行われた患者群の方が死亡率が有意に高かった(39% vs 1%)。大量輸血実施の独立予測因子は以下の通りであった:ヘモグロビン11g/dL以下、PT-INR>1.5および貫通創。イラクの野戦病院1施設における別の研究でも、大量輸血が行われた患者は、行われなかった患者と比べ死亡率が有意に高く(29% vs 7%)、負傷の程度が重篤であったことが示されている。この研究で明らかにされた大量輸血の独立危険因子は、心拍数>105bpm、収縮期血圧<110mmHg、pH<7.25およびヘマトクリット<32%である。

大量輸血の必要性を予測するための点数化診断基準がいくつか発表されているが、いずれも検査データ、外傷重症度スコア(ISS)、複雑な計算を要する。新しく提唱されたもっと簡便な点数化の方法(assessment of blood consumption[ABC] score; 以下の四つの項目を点数化したもの:貫通創、低血圧、頻脈および超音波検査による腹腔内出血の有無)は、非戦闘地域における大量輸血必要症例を正確に予測(感度75%、特異度86%)できることが明らかにされている。

治療の目的

急性出血および出血性ショックの治療にあたって最優先しなければならないことは、止血である。次に、といっても同時進行で取り組むのではあるが、輸血である。出血性ショックの治療の眼目は、循環血液量を速やかかつ適切に回復し、組織への酸素運搬を最大化することである。そして、輸血製剤および血液製剤投与の目標は、患者血液の凝固能、酸素運搬能、膠質浸透圧および生化学的組成を安全域に維持することである。つまり、赤血球濃厚液以外の血液製剤を投与し、希釈性凝固能障害や希釈性血小板減少症を防ぐ必要がある。

教訓 大量輸血予測の簡単なスコアリングシステムとして、assessment of blood consumption[ABC] scoreがあります。貫通創、低血圧、頻脈および超音波検査による腹腔内出血の有無の4因子について点数化したものです。非戦闘地域における大量輸血必要症例を正確に予測できることが明らかにされています。
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CDトキシンのモノクローナル抗体~考察 [critical care]

Treatment with Monoclonal Antibodies against Clostridium difficile Toxins

NEJM 2010年1月21日号より

考察

クロストリジウム・ディフィシル感染に対し、メトロニダゾールまたはバンコマイシンに加え、完全ヒトモノクローナル抗体を投与するとその経過が改善することが本研究で明らかにされた。クロストリジウム・ディフィシルトキシンAおよびトキシンBのそれぞれに対する2種のモノクローナル抗体(CDA1およびCDB1)を一度投与するだけで、標準的な抗菌薬治療が行われているクロストリジウム・ディフィシル感染患者の感染再発率が低下する。本研究では主要評価項目を再感染率とし、副次評価項目において初感染時のモノクローナル抗体の治療効果を検討した。下痢が消失するまでの日数、初感染時の入院日数、初感染時の下痢の重症度については、モノクローナル抗体群とプラセボ群のあいだに差は認められなかった。CDA1とCDB1は完全ヒト抗体であり、いずれも外因性抗原を標的として作用する。研究期間中に免疫原性を呈した患者は皆無であった。

今回実施した第2相試験で得られた知見は、さらに大規模な研究を行い改めて検討する必要がある。先行する諸研究と同じく本研究でも、抗トキシン抗体の血中濃度がクロストリジウム・ディフィシル感染予防効果と比例していることが分かった。また、動物モデルを用いた研究で得られたデータと同様に、トキシンAとトキシンBに対する抗体を混合投与しても中和抗体としての効果が維持されることが本研究でも確認された。クロストリジウム・ディフィシル感染ハムスターモデルを用いた最近の研究では、トキシンBが病原性を担っていて、トキシンAは病原性には関与していない可能性があることが示されているが、ヒトのクロストリジウム・ディフィシル感染では、トキシンAとBに対する高親和性抗体を両方とも投与する治療法が有効であると考えられる。本研究におけるCDA1およびCDB1の投与量は、動物モデルで効果を得るのに要した投与量とヒトにおける薬力学データに基づいて決定した。

モノクローナル抗体投与群における感染再発例はいずれも、研究登録時点にはすでに入院していた症例であった。登録時にすでに入院していた患者は、登録時にはまだ入院していなかった患者(外来患者)と比べ、高齢で基礎疾患の重症度が高かった。この二つの要素は、再発リスクの上昇と関連していることが明らかにされている。CDA1-CDB1治療を行ったにもかかわらずクロストリジウム・ディフィシル感染が再発した7名の患者における抗トキシン抗体の血中濃度は、モノクローナル抗体治療を行い感染再発が見られなかった患者の抗トキシン抗体血中濃度と比べ、低かったわけではない。モノクローナル抗体を投与しトキシン中和抗体の血中濃度が高くなったにも関わらず、クロストリジウム・ディフィシル感染が再発した理由は不明であるが、おそらく局所またはその他全身性の宿主免疫機構の失調が関与しているものと考えられる。また、中和抗体の血中濃度が高くても、腸粘膜における濃度が必ずしも十分なレベルに達しているとは言えない。CDA1-CDB1の投与量をもっと増やせばもっと転帰を改善することができるかもしれないが、本研究では72%もの再発率低下という大きな効果量が得られているので、今回と同じ投与量で今後の研究も行えばよい。

抗菌薬治療とともに、ヒトモノクローナル抗体CDA1およびCDB1を混合投与したところ、クロストリジウム・ディフィシル感染の再発率が有意に低下した。この治療法はモノクローナル抗体の静注を一回行うだけなので、患者が薬を内服することができるかできないかに左右されないという利点もある。全世界的なクロストリジウム・ディフィシル感染の増加と重症化という状況を鑑みると、クロストリジウム・ディフィシル感染の重症化を防ぎ、医療負担を軽減する手段として、モノクローナル抗体を用いたこの新しい治療法の研究をさらに進めることが望まれる。

関連記事:クロストリジウム・ディフィシル~再発例の治療

教訓 クロストリジウム・ディフィシルトキシンAとBに対するモノクローナル抗体を投与したところ、再発率が72%低下します。ただし、最初の感染時の重症度はプラセボと変わりません。
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