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周術期脳血管障害とβ遮断薬③ [anesthesiology]

Perioperative Strokes and [beta]-Blockade

Anesthesiology 2009年11月号より

投与開始時期

Figure 3を見ると分かるように、周術期におけるβ遮断薬投与の開始時期は、脳血管障害のリスクを左右する中心的な要因である。手術数時間前にβ遮断薬の投与を開始した患者では、投与量が多いと低血圧や徐脈のリスクが増大すると考えられる。手術数時間前の投与では、β遮断薬投与に対する患者の反応をしっかりと監視することはできないため、図らずも過量投与してしまう危険性がある。β遮断薬を投与すると、交感神経遮断作用は投与後間もなく発現するが、抗炎症作用は長期投与しなければ得られない。Manganoらが明らかにしている通り、アテノロールの主効能は術後数ヶ月後にようやく認められる。手術数時間前にβ遮断薬を投与しその効果を検討した研究では、手術の一週間以上前から投与した場合よりも術後脳血管障害の発生率が高いことが示されている。手術の数週間前からβ遮断薬を投与した研究2編は同じ研究グループによって実施され、いずれもビソプロロールが用いられていたということに注目しなければならない。米国では冠動脈疾患の確定診断がついている患者にビソプロロールが投与されることはほとんどないが、前述の二研究で行われたのと同じ少量ビソプロロール投与によって、他の施設でも同様の結果が得られるのかどうかは関心の持たれるところである。内科領域、特に心不全患者を対象とした大半の研究では、β遮断薬の漸増投与が行われている。言い換えると、比較的少量からβ遮断薬の投与を開始し、血圧や脈拍を観察しながら徐々に増量するのが普通である。この方法は、心不全患者でも安全かつ有効に実施できることが明らかにされている。β遮断薬を長期投与されている患者では、突如中止すると心臓関連事故のリスクが増大するため、周術期も投与を継続すべきであるということを忘れてはならない。

β遮断薬の投与量

周術期β遮断薬の投与開始時期の問題と浅からぬ関連があるのが、投与量の件である。POISE試験では、他のβ遮断薬に関する研究と異なり、β遮断薬群に無作為割り当てされた患者は、手術当日に400mgのコハク酸メトプロロール徐放剤を投与された。その内訳は、手術2-4時間前に100mg、手術後6時間以内に100mg、それから12~18時間後までに200mgである。β遮断薬を大量に投与すると、出血などで低血圧に陥った際の心拍数上昇が抑制される。内科領域では、少量から投与を開始し、ゆっくりと増やす方法が推奨されている。例えば、心不全患者では12.5-25mg/日から投与を開始し、2週間はこの量を維持する。高血圧患者では、25-100mg/日から開始し、一週間間隔で増量する。手術を予定されている高齢の高リスク患者では何らかの(無症状の)左室機能低下を伴っている可能性がある場合が多いため、このような投与方法を考慮する必要がある。DECREASEⅣ研究では、初回にビソプロロール2.5mgが投与された。この量は概ねメトプロロール50mgに相当する。POISE試験におけるメトプロロールの初回投与量は、通常の周術期β遮断薬投与量の2-8倍であり、たいていの他の試験ではメトプロロール投与量は50-100mg/日である。DECREASEⅡ試験ではビソプロロール2.5mg一日一回投与から開始し、この投与量で対象患者の約75%において目標心拍数である60-65bpmを達成することができたことは特筆すべき点である。この試験では安全性を考慮し、収縮期血圧が100mmHgを下回ったり、安静時心拍数が50bpmに至らなかったりする症例ではβ遮断薬の投与は中止された。POISE試験でも同じような中止基準が採用された(収縮期血圧100mmHg未満または心拍数45bpm未満)。

β遮断薬長期投与と脳血管障害

POISE試験で得られた結果を踏まえると、β遮断薬を長期投与している場合の(術後)脳血管障害リスクはどうなるのか、という疑問が生ずる。最近の文献では、β遮断薬を今後も高血圧治療の第一選択薬とすべきなのか、他の薬剤を選択すべきなのか、という課題が示されている。β遮断薬を高血圧治療の第一選択薬として使用する場合の有用性については、Wiysongeらが体系的に評価し、コクランレビューに掲載されている。このWiysongeらのレビューでは、成人高血圧患者におけるβ遮断薬の有効性と安全性が、罹患率および死亡率に関わるエンドポイントに及ぼす影響が評価された。プラセボと比較し、β遮断薬を投与した場合は、脳血管障害のリスクが有意に低下することが明らかになった(OR 0.80, 95%CI 0.66-0.96)。しかし、他の降圧薬と比較するとβ遮断薬は脳血管障害のリスクが高いという結果が得られた;カルシウムチャネル阻害薬(RR 1.24, 95%CI 1.11-1.40)、レニン-アンギオテンシン系阻害薬 (RR 1.30, 95% CI 1.11-1.53)。以上の結果から、β遮断薬は高血圧治療の第一選択薬とすべきではない。

しかし、高血圧患者で得られた知見を、周術期のβ遮断薬使用に当てはめることはできない。心血管系合併症のリスクを有する患者に対し周術期にβ遮断薬の投与を開始する際は、血圧低下よりも心拍数低下に主眼が置かれる。β遮断薬を長期内服している患者が非心臓手術を受ける場合にも、術後脳血管障害のリスクが上昇するかどうかを調べてみるとおもしろいだろう。

術後脳血管障害について、van Lierらは非心臓手術を受けた患者186,779名について研究を行った。開頭手術、頸動脈手術もしくは頭部and/or頸動脈外傷の患者が対象となった。全部で34名(0.02%)が、術後30日以内に脳血管障害を発症した。脳血管障害発生群も、非発生群も、β遮断薬を長期投与されていた患者は多かった(29% vs 29%; P=1.0)。β遮断薬非使用患者と比較した場合の、β遮断薬使用患者における周術期脳血管障害の調整オッズ比は0.4 (95% CI 0.1-1.5)であった。心血管系作働薬使用の有無および心臓危険因子の有無について分類したサブグループ解析でも同じような結果が得られた。以上の結果から、β遮断薬を長期内服している患者では非心臓手術後の脳血管障害のリスクは上昇しないと言える。つまり、DECREASE研究で行われたように、手術前に十分な期間をおいてβ遮断薬の投与を開始し、期待する効果が得られるまで慎重に漸増するのは、よい方法であるということである。

教訓 β遮断薬を長期投与されている患者では、周術期も投与を継続しなければなりません。周術期にβ遮断薬を予防投与する場合は、手術のかなり前から少量を投与しはじめ、期待する効果が得られるまで慎重に漸増します。
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