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敗血症患者の代謝性アシドーシス~考察 [critical care]

Metabolic acidosis in patients with severe sepsis and septic shock: A longitudinal quantitative study

Critical Care Medicine 2009年10月号より

考察

重症敗血症および敗血症性ショック患者における代謝性アシドーシスの詳細を、定量的評価法によって明らかにした。重症敗血症および敗血症性ショック患者がICU入室時に呈する代謝性アシドーシスの様態は複雑で、主として無機イオン差とSIGが代謝性アシドーシスの形成に関与し、低アルブミン血症の関わりは少ない。死亡群は生存群よりも代謝性アシドーシスの程度が重篤で、その原因は無機イオン差の低下である。無機イオン差低下の主因は、生存群よりも高度の高塩素血症であった。研究期間中に、生存群では測定されない陰イオンと乳酸が除去され代謝性アシドーシスが是正されていったが、死亡群ではうまくこの機転がはたらかず、代謝性アシドーシスが是正されなかった。予後の予測という観点から捉えると、死亡率の予測因子であったのは、ICU入室時のAPACHEⅡスコアおよび血清クレアチニン濃度に加え、酸塩基平衡の指標のなかではICU入室時の無機イオン差のみであった。

ICU入室時のSBEから評価した代謝性アシドーシスの程度やその進行具合は、臨床的転帰と相関することが明らかにされている。SBEの変化は直接的にSIDの変化と結びつく。弱酸の総濃度とSBEは、酸塩基平衡を評価する様々な方法において広く用いられている重要な変数である。したがって、本研究では代謝性アシドーシスの程度を数値化した指標としてSBEを扱った。そして前述の通り、SIG、無機イオン差、乳酸値、アルブミンおよびリン酸塩の値の変動が、SBEの変化を決定するものとして解析を行った。

代謝性アシドーシスの各原因物質の臨床的意義については、乳酸を除き一致した見解は文献上示されていない。ICU患者を対象とした複数の研究では、高クロール性アシドーシスが生存率を有意に低下させるという結果が得られるには至っていないものの、高塩素血症は低血圧、腎機能障害および血漿サイトカイン濃度の上昇などを招来することが知られている。本研究では、ICU入室時の高塩素血症が院内死亡率の上昇と相関し、SIGおよび乳酸値がICU経過中に低下すると生存率が上昇するという結果が得られた。重症敗血症および敗血症性ショック患者におけるICU入室時の高塩素血症の一因は、ICU入室に先立つ生理的食塩水の投与であろう。しかし、入室前の生理的食塩水の投与だけでは、死亡群の方が高塩素血症の程度が重篤であることの説明はつかない。なぜなら、死亡群と生存群とで、生理的食塩水の投与量は同等であったからである。理由の一つは腎機能に関係している可能性がある。死亡群は入室時にすでに腎機能が低下していたからである。腎機能が低下していたので、等量の生理的食塩水を投与されても、腎機能が正常の場合より高塩素血症の程度が著しくなったのであろう。Kellumらは、エンドトキシン血症動物モデルを用い、輸液による塩素投与や腎機能障害による塩素排泄能の低下とは無関係に、内因性に高塩素血症が発生することを示した。その理由として、間質または細胞内から血管内へ塩素が移動する可能性が指摘されている。本研究の対象患者では、死亡群において塩素の移動がより顕著であったものと考えられる。その原因は、強い炎症と血管透過性の亢進であろう。ただし、今回の研究手法では、この仮説を正面から検証することはできない。

尿のSIDについては群間または群内に有意差を認めなかった。しかし、死亡群の方が全経過を通じて尿SIDが低いという予想に反する傾向が認められた。質量保存の概念を当てはめれば、Gattinoniらが指摘しているように、血漿SIDが低いのを代償する機転が正常に働けば、尿SIDは高くなるはずである。得られた結果と予想とに齟齬が生じたのは、死亡群では腎機能障害のため正常な代償機転が働かなかったからであると考えられる。

研究期間中に生存群の代謝性アシドーシスが日を追うごとに改善したのは、SIGと乳酸のみの変化に負うものであろう。というのも、生存群も死亡群も血中塩素濃度が高値のまま推移したからである。実際、生存群では研究最終日における唯一のアシドーシス要因が高塩素血症であり、およそ5mEq/LのSBE低下に寄与していた。SIGと乳酸の改善は、末梢組織潅流の向上、細胞機能の改善もしくは腎および肝による陰イオン除去能の回復によってもたらされたものであると考えられる。

本研究には二、三の問題点がある。第一に、救急部搬送時点つまり輸液開始に先立って敗血症患者を掬い上げ、研究を開始することができなかったことである。もしこれが実行できていたならば、ICU入室直後からの高塩素血症の成因に有効な回答を得ることができたかもしれない。しかし、ICU入室時に診断をつけることは、治療および予後追跡の点で重大な意味を持つ。第二に、実務上の理由でICU入室5日目までしかデータを収集していないことが挙げられる。とはいえ、本研究でも、Riversらが行ったEGDT(early goal-directed therapy)の研究でも、BE値は5日目までに正常値に復することが分かっている。最後に、標本数が少なかったため、多変量解析による決定的な結論を導くことができなかったという問題がある。だが、本研究は探索型臨床研究であり、ここで得られた結果は目新しい臨床的および生理的仮説を提示しさらなる研究の糧となるのである。

まとめ

重症敗血症および敗血症性ショック患者は、複雑な背景を持つ代謝性アシドーシスを呈する。その主な成因は、ICU入室時における無機イオン差の減少(最大の原因は高塩素血症)であり、死亡群では生存群より無機イオン差の減少幅が大きかった。研究期間中に、生存群では日を追うごとにアシドーシスが改善したが、その主な原因は、測定されない陰イオンと乳酸の排泄が進んだことである。死亡群では代謝性アシドーシスの改善は認められなかった。

教訓 重症敗血症および敗血症性ショック患者では、主として無機イオン差とSIGが代謝性アシドーシスの形成に関与しています。死亡群は生存群よりも代謝性アシドーシスの程度が重篤でした。その原因は無機イオン差の低下です。無機イオン差低下の主因は、生存群よりも高度の高塩素血症でした。生存群では測定されない陰イオンと乳酸が除去され代謝性アシドーシスが是正されていきましたが、死亡群ではこの機転がはたらかず、代謝性アシドーシスが是正されませんでした。
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