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周術期脳血管障害とβ遮断薬② [anesthesiology]

Perioperative Strokes and [beta]-Blockade

Anesthesiology 2009年11月号より

周術期のβ遮断薬

内科領域ではβ遮断薬は広く用いられ、冠動脈疾患の確定診断がついている患者では心筋酸素受給バランスを改善する効果があることが証明されている。以前は心不全やASOの患者にはβ遮断薬は禁忌とされていたが、現在ではむしろ推奨されている。内科領域でβ遮断薬の使用が勧められているのと同じく、冠動脈疾患の確定診断がついている患者が血管手術を受ける場合にはβ遮断薬の使用が望ましいとされている。だが、一般外科領域では周術期のβ遮断薬投与の是非については甲論乙駁が続いている。

複数の無作為化対照試験では、周術期β遮断薬投与が心臓に関して好ましい効果を上げることが示されている。Manganoらが実施した200名の高リスク患者を対象としたプラセボ対照試験では、アテノロール(50mgまたは100mg)を手術開始30分前に静注し、退院まで最長7日間経口投与させたが、入院中の心臓死もしくは心筋梗塞のリスクは低下しないという結果が得られている。だが、48時間ホルター心電図の結果では心筋虚血の発生率が50%低下することが明らかになった。そして、β遮断薬投与群では脳血管障害の発生率が有意ではないが上昇することも分かった(4% vs 1%, P=0.21)。DECREASE(Dutch Echocardiographic Cardiac Risk Evaluation Applying Stress Echocardiography)研究では、非心臓手術におけるβ遮断薬の有用性が確認されている。ドブタミン負荷心エコーが陽性の冠動脈疾患患者112名のうち、血管手術の30日以上前からビソプロロール(5mgまたは10mg)を内服する群に無作為に割り当てられた患者は、標準治療群に割り当てられた患者と比べ周術期心臓死および心筋梗塞発生率が90%も低い(3.4% vs 34%)という結果が得られている。

以上よりも新しい研究では、β遮断薬の効果については一定した結果は得られていない(fig. 1)。MaVS(Metoprolol after Vascular Surgery)試験では、496名の患者を無作為にメトプロロール群またはプラセボ群に割り当てた。手術2時間前にメトプロロールまたはプラセボを投与し、退院までもしくは5日後まで継続した。30日後および6ヶ月後の天気に有意差は認められなかった。MaVS試験における脳血管障害の発生率は、プラセボ群1.6%、β遮断薬群2.0%であった。POBBLE (Perioperative βBlockade)試験では、血管手術を受ける103名をメトプロロール群またはプラセボ群に無作為に割り当て、当該薬を術前24時間以内に開始し、術後は7日間継続した。30日後の心血管系転帰には有意差は認められなかった。30日目までにメトプロロール群では32%、プラセボ群では34%の患者に心血管系合併症が発生した(調整相対危険度 0.87, 95%CI 0.48-1.55)。一方、脳血管障害はメトプロロール群53名のうち2名に発生し、プラセボ群では46名中一例も発生しなかった。DIPOM (Diabetic Postoperative Mortality and Morbidity)試験では、非心臓大手術の前夜にβ遮断薬の投与が開始された。この試験でもやはり、β遮断薬を使用しても30日後心臓関連転帰の改善は認められず、脳血管障害の発生率はプラセボ群より有意ではないが高い(0.4% vs 0%)という結果が得られている。

今までに行われたβ遮断薬に関する臨床試験で得られた結果は一定しないので、大規模無作為化試験が待望されていた。そこで行われた画期的な研究がPOISE試験である。この研究では8351名の対象患者が、コハク酸メトプロロール徐放剤群またはプラセボ群に無作為に割り当てられた。主要転帰である心臓死、非致死的心筋梗塞および非致死的心停止の発生率はメトプロロール徐放剤群の方が低かった(5.8% vs 6.9%, ハザード比0.84, 95%CI 0.70-0.99, P=0.04)。しかし、心臓に関してはこのような良い効果を得ることができる反面、メトプロロール群では全死因死亡率および脳血管障害発生率が高いことが分かった。メトプロロール群では脳血管障害の発生率が1.0%と、プラセボ群の0.5%より有意に高かった(P=0.005)。脳血管障害と関連があったのは、周術期低血圧、出血、心房細動および脳血管障害またはTIAの既往であった。

先頃終了したDECREASE Ⅳ試験は、対象患者1066名の無作為2×2要因計画研究で、周術期β遮断薬(ビソプロロール2.5mgを術前34日前[中央値]から開始)and/or スタチンを投与する群と、何も投与しない群とが比較された。β遮断薬投与群では、非致死的心筋梗塞および心臓死が67%減少した(P=0.002)。脳血管障害発生率は、β遮断薬投与群では0.8%、非投与群では0.6%であった。

周術期のβ遮断薬投与と脳血管障害

POISE試験でβ遮断薬の使用により周術期脳血管障害のリスクが上昇するという結果が得られたことを受け、周術期のβ遮断薬投与の安全性について強い懸念が示されている。脳血管疾患、周術期低血圧および出血があり、メトプロロール群に無作為化割り当てされた患者では虚血性脳血管障害の発生率が上昇することが明らかにされた。Lancetに掲載されたPOISE試験の論文中で示されたメタ分析でも、β遮断薬によって虚血性脳血管障害のリスクが増大することが示されている。このメタ分析では、周術期β遮断薬投与によって非致死的周術期脳血管障害のリスクが2.19倍(95%CI 1.06-4.50)に上昇するという結果が得られている。ただし、このメタ分析ではDECREASE ⅠおよびⅣ研究は対象にされていない。

Bangaloreらは周術期β遮断薬について、12306名の患者を対象としたメタ分析を行った。その結果はPOISE試験で得られた知見を追認するものであり、β遮断薬を投与すると、非致死的脳血管障害のリスク上昇(OR 2.01, 1.27-3.68、NNH293)と引き替えに、非致死的心筋梗塞のリスク低減(OR 0.65, 95%CI 0.54-0.79、NNT63)という効果が得られることが明らかにされた。Bangaloreらはこの論文の中で、現時点までに蓄積されたエビデンスを踏まえると、周術期の臨床的転帰を改善する目的で非心臓手術を受ける患者にβ遮断薬を投与するのは望ましくないという結論を示している。ここで留意しなければならないのは、以上のメタ分析では投与量、投与開始時期、使用製剤の違いの影響についてはあまり顧慮されていない点である。DECREASEⅠおよびⅣ研究の結果もあわせてメタ分析を行っても、やはりβ遮断薬による周術期脳血管障害のリスク上昇という結果は揺るがないであろう。しかし、figure 2に示すように、少量ビソプロロールを使用した無作為化研究では、メトプロロールを使用した研究(OR 2.07, 95% CI 1.27-3.39)と異なり、β遮断薬の使用と周術期脳血管障害発生のあいだには何ら相関関係は認められていない(OR 1.06, 95%CI 0.32-3.56)。ところが、どちらのβ遮断薬を用いても心臓保護作用は同じように十分得られる;ビソプロロールのORは0.40 (95%CI 0.20-0.81)、メトプロロールのORは0.74 (95% CI 0.61-0.89) (figure 1)。β遮断薬の種類によって脳血管障害のリスクに差が生ずるのか、それとも他の要素による影響なのかという大きな疑問がここで浮かび上がってくる。つまり、周術期のβ遮断薬投与を巡っては、開始時期、投与量、β遮断薬中止の影響、治療目的など、考慮しなければならない問題点がいくつも存在するのである。

教訓 POISE試験のβ遮断薬投与群において、周術期脳血管障害の発生と関連のあった因子は、周術期低血圧、出血、心房細動および脳血管障害またはTIAの既往でした。
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