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ALI/ARDS肺の応力と歪み~方法 [critical care]

Lung Stress and Strain during Mechanical Ventilation for Acute Respiratory Distress Syndrome

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2008年8月15日号より

人工呼吸による肺傷害の原因は、肺実質に作用する過大な圧負荷(圧損傷;barotorauma)または過大な容量(=一回換気量)負荷(容量損傷;volutrauma)、肺の虚脱部位と開存部位が接する部分で発生する剪断応力(shear stress→atelectrauma)、細胞の炎症反応(biotrauma)などである。肺にかけられた外力が作用するのは、細胞外マトリックスに埋め込まれた繊維網(エラスチンとコラーゲン)から成る骨格である。繊維網の一つは肺門から、もう一つは臓側胸膜からのびている。この二つは肺胞の周りに達して絡み合う。エラスチン繊維によって肺の弾性収縮力が生じる。コラーゲン繊維には弾性がないため安静呼吸時には折りたたまれていて、全肺気量まで肺が拡張したときには完全に拡げられた状態になる。つまりコラーゲンは肺の限界長を規定している。肺の細胞は、細胞外マトリックスに固定されているので、外力が直接作用することはない。しかし、細胞の形状が細胞骨格を介して大きく変化すると炎症反応のカスケードが惹起される。繊維網に外力がかかると、全肺気量を上限として肺は拡張することができる(コラーゲンが完全に延ばされた状態)。それ以上の力が加わると肺は破れる。しかし、肺が破れる限界まで至らなくても、肺の細胞が非生理的に無理に伸張されると肺全体に炎症が発生することがある。

生体工学で言う応力(stress)と歪み(ひずみ、strain)は、体内の微小構造における物理現象を指す。外力が作用すると、それに抵抗してつり合いを保とうとする内力が生ずる。この内力を「応力」と言い、単位面積あたりの力の大きさで表される。応力による形状の変化を「歪み(ひずみ)」と呼ぶ。応力と歪みの間には以下の公式が成り立つ。

応力=k×歪み (式1)

肺では、応力は経肺圧(肺内外圧差とも言う。transpulmonary pressure=気道内圧-胸腔内圧)であり、歪みは機能的残気量(FRC)に対する容量変化(ΔV)の比に当たる(ΔV/FRC)。FRCを基準値とするのは、このとき気道内圧は大気圧と等しくなり、肺骨格の繊維が伸ばされていない自然な状態に落ち着き、歪みを生み出す「エンジン」である呼吸筋が弛緩しているからである。応力-歪み関係が線形を保つ範囲内の圧および容量で換気が行われている場合は、以下の式が成り立つ。

ΔPL(応力)=ELspec(特異的肺エラスタンス)×ΔV/FRC(歪み) (式2)

FRCはPEEPがかかっている場合は呼気終末肺容量とは等しくない。PEEPがかかっているときは、PEEPによって確保されている容量はΔVの一部と考えなければならないので、分母ではなく分子に加える。この式から、応力と歪みが比例関係にあることが分かる。定数である特異的肺エラスタンスは、肺容量がFRCの2倍になったとき(つまりΔV=FRCのとき)の経肺圧に等しい。特異的肺エラスタンスは、気体に晒されたときの肺実質の固有弾性である。

人工呼吸器による肺傷害(VILI)には応力と歪みの大きさが深く関わっているが、臨床では測定されることはない。そこで我々は、臨床的に用いられる指標であるプラトー圧と一回換気量(理想体重から割り出した一回換気量VT IBW)がどれぐらい正確に応力と歪みを反映するのかを確かめようと思い至ったわけである。本研究では、ALI/ARDS症例とALI/ARDSでない対照症例において肺全体の呼気終末応力の平均値を測定し、応力-歪み関係(特異的肺エラスタンス)を求めた。プラトー圧とVT IBWから応力と歪みが予測できないという結果が本研究で得られれば、応力と歪みを測定することによって各患者に適したより安全な人工呼吸管理を誂えることができると言えよう。

方法
方法の詳細についてはオンライン付録に掲載されている。本研究は2005年3月から2007年5月にかけて行われた。対象患者(Table 1)は、対照群とALI/ARDS群から成り、それぞれを2群に分け、全部で4群に分けた。第1群:肺および腹部手術以外の予定手術後の患者19名。第2群:内科系疾患によりICUに入室した患者11名。第3群:ALI患者26名。第4群:ARDS患者24名。

研究設計
仰臥位、麻酔下(筋弛緩あり)で実験を行った。コンピュータで制御された一連のプロトコル(Figure 1)を実施した。まず、FRCとPEEP 5cmH2Oにおける呼気終末肺容量を測定した。その後、肺容量がFRCと等しい状態において、FRCと等量の空気がはいったスーパーシリンジを用いて肺を拡張させ、特異的肺エラスタンスを直接測定した。そして、PEEP5cmH2Oおよび15cmH2Oで一回換気量を6、8、10、12mL/kgに順次増やし人工呼吸を40回行った。PEEP値は無作為な順番で設定した(5cmH2Oが先になることも15cmH2O先になることもある)。VT IBW/PEEPの各組み合わせによる換気後、肺を大気圧に開放し肺を虚脱させ呼気終末肺容量のレベルに戻した(解放容量、ΔV)。

測定
流速、気道内圧(Paw)、食道内圧(Pes)を記録した。吸気時閉塞試験を行い食道カテーテルが正確な位置にあることを確認した。食道内圧の変動は胸腔内圧の変動を拾っているものと見なした。圧の変化をトレースして、患者一人一人の各人工呼吸器設定下における「平均的」な一回の呼吸サイクルを抽出した(Figure 2)。ヘリウム希釈法によって肺容量を測定した。

計算
経肺圧変化(ΔPL)は以下の式から算出した。

ΔPL=(気道プラトー圧-食道プラトー圧)-(大気圧[0cm H2O]-大気圧における食道内圧)

肺全体の平均歪みは以下の式から算出した。

歪み(strain)=ΔV/FRC

圧容量曲線およびΔV/ΔPL曲線はPEEP試験の結果から得た。圧容量曲線がべき乗式 y=y0+a×(xのb乗)にのるような、定数aとbを求めた。曲線の形状を、上向きに凹(b>1.1)、下向きに凹(b<0.9)、線形(b=0.9~1.1)の三つに分けた。リクルートメント効果が歪みに与える影響についてはオンライン付録に掲載した。特異的肺エラスタンスは式2から求めた。FRCレベルにある肺を、スーパーシリンジを用いてFRCと等量分膨らませ、このときのΔPLを測定し、特異的肺エラスタンスを得た。PEEP試験中に、各患者における応力-歪み関係の直線を求め、その傾きを算出した。(つづく)

教訓 
ΔPL(応力)=ELspec(特異的肺エラスタンス)×ΔV/FRC(歪み)
これがこの論文で一番大事な式です。

コメント(2) 

コメント 2

wei

ありがとうございます
by wei (2009-10-26 23:36) 

vril

礼には及びません
by vril (2009-10-27 01:22) 

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