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脳出血に第Ⅶ因子は効果なし [critical care]

NEJM 2008年5月15日号より

Efficacy and Safety of Recombinant Activated Factor VII for Acute Intracerebral Hemorrhage

脳出血患者のうち約40%は発症から30日以内に死亡し、生存者の大多数には重い後遺症が残る。脳出血発症後には70%の患者において血腫の増大が認められ、血腫増大は死亡および後遺症重症化の独立した予測因子である。転帰不良のその他の予測因子は年齢、発症時の出血量、GCS、脳室内出血およびテント下出血である。脳出血の決定的な治療法は存在しない。発症後の血腫増大は予後に関わる重大な現象であり、治療目標とするにふさわしいと考えられる。活性化第Ⅶ因子は組織損傷部位および血管破綻部位に局所的に作用し、血小板を活性化するのに最低限必要な程度の少量のトロンビンを生成する。遺伝子組み換え活性化第Ⅶ因子(rFⅦa)を投与すると、血小板表面に存在する第Ⅹ因子が直接的に活性化され、トロンビンが放出され凝固促進作用が発揮される。脳出血の症状発現から4時間以内にrFⅦaを投与すると脳出血の増大が制御され90日後の生存率および機能的転帰が改善するという研究結果を、我々は過去に発表した。本研究(FAST trial)では、rFⅦa 20μg/kgおよび80μg/kgを投与し脳出血後の死亡および重度障害の発生率を調査した。

The Factor Seven for Acute Hemorrhagic Stroke(FAST) trialは2005年5月から2007年2月にかけて22ヶ国122施設で実施された多施設無作為化二重盲検偽薬対照比較試験である。症状発現から3時間以内にCT画像で特発性脳出血と診断された18歳以上の患者が登録候補となった。GCS5点以下、24時間以内に血腫除去が予定されている、続発性脳出血(外傷、AVMなど)、抗凝固療法中、血小板減少症、凝固能障害、敗血症、DIC、妊娠、元々障害がある、発症前30日以内に血栓塞栓症発症(脳梗塞、狭心症、DVT、跛行、脳梗塞、心筋梗塞)のいずれかに当てはまる患者は除外した。患者は偽薬、20μg/kgまたは80μg/kgのrFⅦa(NovoSeven, Novo Nordisk)の三群のいずれかに無作為に割り当てられた。割り当てられた薬剤は、基準時点CT撮影後1時間以内かつ症状発現から4時間以内に投与された。体重は予測体重とした。およそ24時間後および72時間後にCTを撮影し、脳出血量、脳室内出血および脳浮腫について評価し二次転帰項目とした。登録時、薬剤投与1時間後および24時間後、入院2、3、15日目および発症90日後に臨床評価を行った。主要転帰は90日後のmodified Rankin Scaleの点数(0点が身体機能障害なし、6点が死亡)とした。二次転帰は90日後のBarthel index(100点日常生活自立、0点全介護)、extended GCS、NIHSS(National Institute of Health Stroke Scale)スコア、EuroQol scaleおよび改定ハミルトン鬱病評価尺度とした。退院時までに発生した有害事象と90日後までに発生した重篤な有害事象をすべて記録した。

8886名の脳出血患者のスクリーニングを行い、841名が登録され無作為化割当の対象となり、821名に割当薬剤が投与された。対象患者の平均年齢は65歳で62%が男性であった。rFⅦa を投与された二群では偽薬群と比較し、脳室内出血合併頻度、左室肥大、GCS6-8点の昏睡症例の占める割合が高かった。78%に深部灰白質を含む出血、22%に脳葉出血が認められた。発症時の脳出血量は平均23.2mLで群間差はなかった。症状発現からCT撮影までの平均時間は103±39分、CT撮影から薬剤投与までは51±17分であった。症状発現から2時間以内に治療が開始された患者は17名、3時間以内であったのは72名であり、群間差は認められなかった。出血量の平均増加量は偽薬群26%、rFⅦa80μg/kg群11%で、偽薬群と比べrFⅦa80μg/kg群では出血増加量が3.8mL少なかった(P=0.009)。rFⅦa20μg/kg群の出血平均増加量は偽薬群より2.6mL少なかった(P=0.08)。事後分析ではrFⅦa80μg/kg群と偽薬群を比較した出血増加量の絶対減少量は、脳出血治療が3時間以内に開始された群(-4.5mL)および2時間以内の群(-5.6mL)ではさらに大きかった。24時間後の脳室内出血の量は、偽薬群では2倍に増えていたのに対し、rFⅦa80μg/kg群では増えていなかったが、有意差はなかった。脳内出血および脳室内出血の合計増加量は偽薬群ではrFⅦa80μg/kg群より7mL少なかった(P=0.06)。しかし、72時間後における病変部位(脳出血、脳室内出血、浮腫)の総体積は三群とも同等であった。浮腫についても三群間に有意差は認められなかった。三群の3ヶ月後死亡率は約20%であった。主要転帰項目は三群同等であった。modified Rankin ScaleおよびBarthel indexも同等であった。NIHSSスコアはrFⅦa80μg/kg群が偽薬群より有意に低かったが、差は僅少であった。若年患者で出血量が少なく症状発現後早期に治療が開始されたサブグループではrFⅦa80μg/kg投与によって偽薬と比較し予後が改善するという仮説を事後解析で検証した。70歳未満で発症時脳出血量60mL以下のサブグループ、脳室内出血5mL以下のサブグループおよび症状発現から治療開始までが2.5時間以下のサブグループ(以上で対象患者の19%を占める)では、90日後転帰不良についてのrFⅦa80μg/kgの調整オッズ比は0.28であった。血栓塞栓症による重篤な有害事象の発生率は、三群で同等であった。rFⅦa80μg/kg群では偽薬群と比べ、動脈血栓塞栓症発生頻度が有意に高かった(9% vs 4%, P=0.04)。急性脳梗塞発生率は偽薬群2.2%、rFⅦa20μg/kg群3.3%、rFⅦa80μg/kg群4.7%であった。

今回の研究では、脳出血発症後4時間以内にrFⅦaを投与すると、血腫増大量は有意に減少するが90日後生存率および機能的転帰は改善されないという結果が得られた。この結果は我々が以前に行ったrFⅦaのphase 2b試験で得られた結果(死亡率38%低下)とは相反する。その理由として、無作為化の結果が不均衡であったこと、rFⅦa治療群で動脈血栓塞栓症が多かったこと、高齢患者も対象としたこと、偽薬群の転帰が以前の試験における偽薬群の転帰より相当良かったことなどが考えられる。phase 2b試験ではrFⅦaの止血効果が投与量依存性であることが確認されたが、120μg/kg以上では動脈血栓塞栓症発生リスクが上昇することが明らかにされた。そのため今回のFAST trialでは血栓塞栓症リスクを抑え止血効果が十分に得られる最適投与量として80μg/kgを採用した。本研究でも20μg/kg群と比較し80μg/kgの方が止血効果が優れていることが確認された。また、発症後早期の投与であるほど出血増加量が少ないという結果が得られたことから、rFⅦaは早期に投与する方が臨床的効果が大きいと考えられる。rFⅦa80μg/kg群では偽薬群と比べ、動脈血栓塞栓症発生頻度が有意に高かったが、事後解析では、血栓塞栓症発生の有意なリスク因子は年齢と抗血小板薬服用の既往であり、rFⅦa投与の有無ではないことが明らかになった。したがって、rFⅦa投与によって転帰が改善されなかった原因をrFⅦaによる合併症に求めるのは誤っていると考えられる。今回の研究における無作為化割当には不均衡が認められた。脳出血の重大な予後予測因子である脳室内出血の頻度はrFⅦa80μg/kg群が41%、偽薬群では29%であった。基準時点における病変部位(脳出血、脳室内出血、浮腫)の総体積も、rFⅦa80μg/kg群の方が偽薬群よりも大きかった(有意差なし)。これがphase 2bの結果に反し72時間後病変部位体積に有意差が認められなかった一因ではないかと推測される。無作為化割当の結果が不均衡であったことは、rFⅦaによる治療効果が認められなかったことの一因ではあろうが、しかし、その影響は軽微なものに過ぎないと考えられる。

脳出血に対するrFⅦa投与によって血腫増大は抑制されるが死亡率や重篤な機能障害の発生率は低下しない。

教訓 脳出血にはrFⅦaはあまり効かないようです。重症鈍的外傷を対象としたrFⅦaの第3相試験も死亡率改善効果を示す可能性が低いということで2008年6月に途中で中止されたそうです。術中出血に関してもrFⅦaは望み薄なのでしょうか。
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