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術中低血圧と一年後死亡率~考察② [anesthesiology]

Intraoperative Hypotension and 1-Year Mortality after Noncardiac Surgery

Anesthesiology 2009年12月号より

第四の問題点は、健康な患者ほど非侵襲的に血圧が測定され、病んでいる患者ほど侵襲的血圧モニタリングが行われる傾向があることである。つまり、重症患者ほどIOHが検出されやすいというバイアスが生ずるのである。通常このような研究では低血圧の有無という二分法で論じられるのだが、重症例ほどIOHが検出されやすいというバイアスを最小限に食い止めるため、IOHの定義を閾値以下の血圧であった時間(分)とした。

不安を緩和する目的で術前に投与した鎮静薬が、基準時点の血圧に影響を及ぼしかねないため、術前評価外来で測定した血圧も基準血圧の算出に用いた。このため、鎮静薬による血圧低下作用の影響を小さくすることができた。さらに、IOHの定義として血圧の絶対値を用いた場合(絶対値を使用するときは基準時点の血圧や鎮静薬の影響を考慮する必要がない)の解析結果と、相対値を用いた場合の解析結果は同等であった。

問題点の最後に、死因が判明しなかった患者が存在したことが挙げられる(26名)。退院後に死亡した場合、住民登録システムを調べれば死亡日は分かる。しかし、死因はこのシステムでは分からない上に、かかりつけ医に問い合わせても死因が判明しない症例があった。理論的には、死因不明の患者26名は、IOHとは関係のない原因(例;交通事故)で死亡したものと考えてもよい。この26名を除外すれば、IOHが1年後死亡率に与える影響を、増やす方もしくは減らす方へと変化させる可能性があり、選択バイアスが生ずることになる。したがって、死因不明の26名は解析から除外しなかった。また、死因は死亡数を変えるわけではないので、IOHと全死因死亡率の相関には影響を与えることはない。

麻酔領域の文献で報告されているIOHの定義として一般的なのは、収縮期血圧80mmHg未満、平均血圧50-60mmHg未満または収縮期血圧か平均血圧の基準時点からの20-25%以上の低下である。確かに本研究でも、これぐらいの血圧低下があると、統計学的には有意ではなかったものの死亡ハザード比が上昇する傾向が認められた(fig. 2)。教科書では、収縮期血圧か平均血圧が基準値より20-25%以上低下することが低血圧の定義だが、基準時点の収縮期血圧または平均血圧から40%低下という、それよりはるかに大幅な低下があってはじめて死亡ハザード比が上昇する傾向が見られた。今のところ、IOHと1年後死亡率の相関について言及した研究は本論文の他にはMonkらによる一編しか発表されていない。それによると、収縮期血圧(5分間隔で測定)80mmHg未満の時間が1分延長するごとに非心臓大手術後1年以内死亡の相対危険度が3.6%ずつ増加すると報告されている(95%信頼区間0.6-6.6%)。驚くべきは、この研究では平均血圧55mmHg未満をIOHの定義とした場合についても検討されたのだが、この定義ではIOHと1年後死亡率のあいだに相関は認められていない。Monkらの得た結果と、本研究で示された結果が食い違うのは、対象患者が異なったからであろう(非心臓大手術 vs 一般外科および血管外科手術)。1年後死亡率については、Monkらと我々の結果は同等であったが(5.5% vs 5.2%)、30日後死亡率は本研究の方が高かった(1.3% vs 0.7%)。しかし、30日後死亡率のこの差は、分割表を用いた検定およびカイ二乗検定では有意ではないという結果が得られた(本研究:死亡23名、生存1682名、Monkらの研究:死亡7名、生存1057名;P=0.09)。とは言え、IOHによって術後1年以内の死亡率が上昇することを、統計学的に有意で臨床的にも意味のある差として示すのに必要な標本数が、本研究およびMonkらの研究における標本数より相当大きいことには変わりない。たとえば、低血圧持続時間が1分延長するごとに死亡の相対危険度が1%上昇することを明らかにすることに臨床的意義があると考えるとすると、必要な標本数はおよそ83000名である(死亡率5%、検出力0.80、危険率αを0.05とした場合)。低血圧持続時間が1分延長するごとに死亡の相対危険度が2%上昇することを明らかにするのであれば、必要な標本数は21000名に減る。多施設研究であってもこのように膨大な標本数を用意するのは、不可能ではないにしても容易ならざることであり、まずは症例対照研究を行うのが無難であろう。

まとめ

本研究では、IOHと1年後死亡率との因果関係を全体としては明らかにすることはできなかった。しかし、CART分析の結果から、高齢患者ではIOHと1年後死亡率の相関が、血圧閾値と低血圧持続時間によって決まることが明らかになった。つまり、血圧が低いほど、短い時間しか保たないということである。この結果は、IOHと有害転帰の相関を考える場合、閾値として設定する血圧が絶対血圧であろうが相対血圧であろうが、閾値そのものと同じように持続時間も重要であるという臨床知を裏付けるものである。さらに、患者および手術の特性、とりわけ年齢および術式も、IOHと有害転帰の関係に強い影響を与える。以上より、本研究では許容可能な最低術中血圧の単一値を特定することはできなかったし、IOHが周術期有害転帰に及ぼす影響についての議論に方向性を与えることはできなかった。しかし、この研究は、IOHと周術期有害転帰の相関を検討する際の新しい方法の紹介という役割を果たした。この方法は、日常臨床によく当てはまっていて、我々の臨床知をよりよく反映している。

教訓 この研究では、術中低血圧と1年後死亡率との因果関係は明らかにはなりませんでしたが、血圧閾値だけでなく低血圧持続時間も重要な要素であることが示されました。特に高齢者では、低血圧が長く続くと転帰が悪化するようです。
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