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バルプロ酸ナトリウム中毒の治療 前編 [critical care]

Life-threatening sodium valproate overdose: A comparison of two approaches to treatment

Critical Care Medicine 2009年12月号より

バルプロ酸ナトリウム(VPA; デパケンⓇ)は分子量144Daの分岐鎖カルボン酸であり、てんかんや双極性障害の治療、偏頭痛の予防に用いられる。経口投与すると速やかに吸収され、1~4時間で最高血中濃度に達する。VPAは主に肝臓でグルクロン酸抱合、βおよびω酸化を経て代謝される。代謝産物は尿中に排泄される。血中濃度の治療域は50-100mcg/mLである。治療域では、一次反応速度式に従って排泄され、分布容積は小さく(0.1-0.5L/kg)、血漿半減期は6~16時間である。しかし、過量服用した場合には半減期は30時間以上に延長することがある。VPAの血中濃度が治療域を超えると、分布容積が増大し、単一コンパートメントの薬物動態モデルには従わなくなる。VPAは治療域では血漿タンパク結合率が高い。だが、タンパク結合率は濃度依存性であり、血中濃度が非常に高いとタンパク結合率は低下し、大半が遊離型となる。

VPA中毒の臨床像は昏迷や傾眠から重度の昏睡や死亡までと幅広い。中枢神経抑制に加え、VPAは脳浮腫、高アンモニア血症および肝障害を起こすことがある。致死的VPA中毒の治療法についての比較対照試験が今までに行われたことはない。先頃、我々の施設では、2例の致死的VPA過量服用症例を経験した。1名に対しては当初72時間は対症療法のみを行い、もう1名に対してはただちに長時間透析を行い、引き続いてCVVHDを実施した。この2症例の臨床経過と生化学的変化を眺めてみると、両名に対して行われた異なる二つの治療法の顛末がかけ離れていることが鮮やかに浮かび上がる。

症例報告

症例1
鬱病の既往のある26歳女性。VPAを16g内服しICUに入室。救急部到着時のGCSは10点であった。酸素6L/min吸入下における動脈血ガス分析は、pH 7.38、PaO2 157mmHg、PaCO2 39mmHg、HCO3 22mmol/L、BE -2mEq/Lであった。血中乳酸濃度は2.6mmol/Lであった。血圧111/43mmHg、心拍数109bpm、体温37.2℃、呼吸数20回/分であった。生化学検査では、血清カリウム濃度3.3mmol/L、アルブミン24g/L、ALT 53U/Lであった。その他の腎機能、肝機能の指標は正常であった。血算は概ね正常であったが、単球数がやや上昇していた。蛍光偏光免疫法(Abbott Laboratories)で測定したICU入室時のVPA濃度は585μmol/Lであった。当初は気管挿管、人工呼吸、NGチューブからの活性炭・ラクチュロース・L-カルニチン投与、炭酸水素ナトリウム静注などの対症療法を行った。透析は実施しなかった。ICUでの生化学検査は正常範囲内であった。ICU入室から24時間までに、血漿VPA濃度が4170μmol/Lに達し、アンモニア濃度は880μmol/Lまで上昇した(Figs. 1&2)。ICU入室後第3日に至っても昏睡が続き、VPA濃度およびアンモニア濃度はそれぞれ2524μmol/L、390μmol/Lであった。脳浮腫の軽減を期待し、血清ナトリウム濃度は意図的に高めに維持したが(Fig. 3)、頭部CTでは中等度の脳浮腫が認められた。第3日に全身性強直性間代性痙攣発作が出現し、フェニトインとクロナゼパムを静注した。この発作時の血行動態には問題はなく、血液検査はすべて正常であった。この時点からCVVH(浄化量2L/hr)を開始し、17時間継続した。VPA濃度およびアンモニア濃度は、それぞれ824μmol/L、89μmol/Lまで低下した(Figs. 1&2)。その後7日間で徐々に回復が認められ人工呼吸器を離脱し、ICU入室11日後に一般病棟へ退室した。退室時のVPA濃度は25μmol/Lであった。

症例2
鬱病、てんかん、複数回にわたる自殺企図の既往のある28歳女性。VPAを16g内服し、ウォトカを服用(飲酒量不明)。1時間後に救急部受診。蛍光偏光免疫法(Abbott Laboratories)で測定したVPA濃度は3011μmol/Lであった。患者は平熱で血行動態は安定していた。血圧110/39mmHg、心拍数98bpm、呼吸数22回/分であった。動脈血ガス分析はpH 7.47、PaO2 62mmHg、PaCO2 28mmHg、HCO3 20mmol/L、BE -2mEq/Lであった。乳酸濃度は7.1mmol/Lであった。アニオンギャップは低下していたが(7mEq/L)、それ以外の腎機能、肝機能検査および電解質は正常であった。血算では、ヘモグロビンがやや低下し(112g/L)、白血球数上昇(13.9×10^9/L)、好中球増加(10.2×10^9/L)が認められた。肝機能、腎機能およびその他の血液検査はすべて正常であった。救急部受診時のGCSは15点であったが7時間後には3点まで低下していた。VPA濃度とアンモニア濃度を再測定したところ、それぞれ5555μmol/L、891μmol/Lであった。その他の血液検査はすべて正常範囲内であった。気管挿管し、ICUに入室させた。

ICU入室時、NGチューブからL-カルニチンと活性炭を投与し、GoLYTELY(PEG3350と電解質の配合剤;Schwartz Pharma, Monheim, Germany)を使用し消化管洗浄を行った。患者の状態は安定していたが、アシドーシスが認められた(pH 7.24、HCO3 15.5mmol/L、乳酸1056mmol/L)。炭酸水素ナトリウムを静注した(30分で100mmol)。血清ナトリウム濃度は145mmol/Lであった(Fig. 3)。

血液透析を開始した(透析器:Fresenius ArRt plus 4008s、フィルタ:AV 600S [PS膜])。大腿静脈に留置したダブルルーメンカテーテルを用いて透析を6時間実施した。血流量は200mL/min、ヘパリン投与量は10IU/kg/hrとした。

透析終了後、乳酸1.5mmol/L、VPA濃度1099μmol/L、アンモニア濃度66μmol/Lと低下が認められた(Figs. 1&2)。CVVHDFに切り替え、浄化量4L/hrで翌朝まで実施した。CVVHDFを中止し、上述したのと同じ設定で血液透析をさらに9時間行った。同日、人工呼吸器を離脱した。ICU入室後第3日にICUを退室した。退室時のVPA濃度は84μmol/L、アンモニア濃度は32μmol/Lであった。

教訓 VPA中毒により、脳浮腫、高アンモニア血症および肝障害が起こることがあります。致死的VPA過量服用の治療法はまだ確立されていません。
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