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横紋筋融解症と急性腎傷害~治療と予防① [critical care]

Rhabdomyolysis and Acute Kidney Injury

NEJM 2009年7月2日号より

急性腎傷害を合併する横紋筋融解症の患者では、損傷筋肉に水が貯留するため、血管内容量低下の徴候が見られる。したがって、管理の要諦(Table 3)は、早期に積極的な輸液管理を行うことである。横紋筋融解の程度にもよるが、多くの場合、10L/day以上の輸液を要する。地震などの災害で圧迫などにより長時間にわたり損傷を受けたときに発生する挫滅症候群における、適切な輸液量についての無作為化試験は行われていない。しかし、すべてとは言わないまでも大多数の報告では、急性腎傷害を発症した患者では、発症しなかった患者と比べ、治療開始時期が遅いことが明らかにされている(Table 4)。つまり、挫滅症候群の患者では、早期に積極的な輸液管理を行うことが不可欠なのである。

血管内容量の充足が必要なことは明らかであるが、用いるべき輸液製剤の種類については意見が分かれている。尿をアルカリ化することができるという利点を買い、炭酸水素ナトリウム製剤の投与を推奨しているのが、BywatersおよびBeallをはじめとする一派である。一方、これに異を唱え、生食または0.45%食塩水の方がよいとする一派もいる。アルカリ化には、横紋筋融解の動物モデルを用いた実験結果に基づき、三つの利点があると考えられている。第一に、尿が酸性だと、Tamm-Horsfallタンパク-ミオグロビン複合体の塊ができやすい。第二に、アルカリ化によってミオグロビンの酸化還元反応や脂質過酸化が阻害されるので、尿細管傷害を防ぐことができる。第三に、単離灌流腎を用いた実験では酸性の灌流液を用いたときにのみ、メトヘモグロビンによって血管収縮が起こることが明らかにされている。アルカリ化による主な、そしておそらく唯一の欠点は、イオン化カルシウムが低下することである。イオン化カルシウムが減少すると、横紋筋融解発症初期の低カルシウム血症が、一層ひどくなる可能性がある。

単なる血管内容量の補充だけでなく、輸液によってアルカリ化をも図ることのメリットは十分に確立されているわけではない。たいていの比較研究は、標本数が少ない上に、いくつかの治療法を組み合わせて(例;アルカリ化+マンニトール)いるので、単独かつ特定の治療法の有効性を評価することは適わない(Table 4)。ある研究では、炭酸水素塩+マンニトールで治療した患者と、生食のみを投与された患者を比較したところ、腎臓に関連する転帰は同等であるという結果が得られている。しかし、この研究の対象患者の血清CKピーク値は5000U/L未満で、筋損傷の程度は軽度であったと考えられるので、治療効果を見いだすのが難しい研究設定であった。外傷患者を対象とした、もっとも規模の大きい研究では(2083名)、対象患者のうち85%に横紋筋融解症が認められた。対象患者すべてについての解析では、炭酸水素塩+マンニトールを投与しても、腎不全、透析、死亡のいずれをも減らすことはできないという結果が得られた。ただし、CKピーク値が30,000U/Lを超える患者では、炭酸水素塩+マンニトールが有効である可能性が示された。ドキシラミン(抗ヒスタミン薬。日本では販売されていない。)中毒による横紋筋融解症患者28名を対象とし、乳酸リンゲル液群か生食群に無作為に割り当て比較する前向き無作為化試験が行われた。積極的な血管内容量補充を12時間行っても尿のpHが6.5未満のときは、両群とも炭酸水素ナトリウムが投与された。CKピーク値は10,000U/L未満であり、急性腎傷害に陥った患者は皆無であった。生食を大量投与すればそれだけで代謝性アシドーシスを招いてしまう。塩素イオン濃度が比較的高い輸液製剤を投与すると、血清炭酸水素塩が希釈され、高クロール性代謝性アシドーシスが起こり、血清pHが0.3も低下することが分かっている。したがって、横紋筋融解症患者、特に代謝性アシドーシスを随伴している患者では、生食と炭酸水素塩を併用して血管内容量を補充するのは理に適っている(Table 3)。炭酸水素ナトリウムを用いる場合は、尿pH、血清炭酸水素イオン、カルシウム、カリウムを測定しなければならない。治療開始から4~6時間経っても尿のpHが上昇しなかったり、低カルシウム血症の症状が出現したりする場合は、アルカリ化を中止し、生食による輸液を継続する。

Table 3:横紋筋融解症による急性腎傷害の治療と予防

・細胞外液量、中心静脈圧、尿量の評価
・血清CKの測定。その他の筋酵素(ミオグロビン、アルドラーゼ、LDH、ALT、AST)の測定を行っても、診断や治療の役に立つ情報はあまり得られない。
・血漿および尿中のクレアチニン、カリウムおよびナトリウムを測定する。BUN、総カルシウム、イオン化カルシウム、マグネシウム、リン、尿酸およびアルブミンも測定する。酸塩基平衡、CBC、凝固系の評価を行う。
・尿試験紙検査および尿沈渣検査を行う。
・生理的食塩水をおよそ400mL/hr程度(全身状態および重症度に応じて200~1000mL/hr)で投与し、血管内容量の低下を是正する。輸液は速やかに開始し、臨床経過または中心静脈圧を厳重に監視する。
・尿量の目標は約3mL/kg/hr (200mL/hr)である。
・血清カリウム濃度を頻回測定する。
・低カルシウム血症は、症状(例;テタニー、痙攣)が現れるか、重篤な高カリウム血症が生じた場合にのみ補正する。
・横紋筋融解症の原因を検索する。
・尿pHを測定する。尿pHが6.5未満のときは、生理的食塩水を1L投与したら、次は5%ブドウ糖液または0.45%食塩水に重炭酸塩10mmolを加えたものを1L投与する。これを交互に繰り返す。カリウムや乳酸塩を含む輸液製剤の使用は避ける。
・マンニトールの投与を考慮する(一日200gまで。積算量は800gまで)。血漿浸透圧を測定し、浸透圧ギャップを計算する。利尿(>20mL/hr)が得られなければマンニトールの投与は中止する。
・ミオグロビン尿が消失する(尿が赤茶色でなくなるか、尿試験紙検査で潜血が陰性になる)までは、十分な輸液を行う。
・治療抵抗性の高カリウム血症(>6.5mmol/L)で心電図異常が見られたり、血清カリウム濃度が急速に上昇したり、乏尿(<0.5mL/kg/hrが12時間以上続く)、無尿、血管内容量過多、治療抵抗性の代謝性アシドーシス(pH<7.1)が認められる場合は、腎代替療法の実施を考慮する。
☆挫滅症候群(地震、建物の倒壊)では、被害者の救助に先立ち、ただちに積極的な輸液を開始する。

教訓 横紋筋融解症による急性腎傷害の治療では、輸液と尿のアルカリ化がポイントです。

コメント(2) 

コメント 2

まま

腎傷害ではなく腎障害ですよ。
by まま (2011-10-20 10:01) 

vril

コメントをいただき、ありがとうございます。AKIには定訳はなく、急性腎障害と称されることが多いものの、急性腎不全、急性腎傷害という語も当てはめられています。例えば、日本透析医学会透析医学用語集(平成19年)ではAKIの訳語は急性腎不全とされていますし、INTENSIVIST2009年3月号のAKI特集では一貫して急性腎傷害という訳語が使用されています。例えばbrainを日本語では「脳」と言うように、医学以外を含むどんな領域においてもすっかり定着した訳語がある場合と異なり、定訳のない語についてはいろいろな訳語が流通するのは不可避なのではないでしょうか?

私が急性腎「傷」害という語を選ぶ理由は、injuryの語感を表現するには「傷」害がふさわしいこと、障害ではdisorderやdysfunctionとの区別がつきにくいことの二つです。また、ALI(acute lung injury)は急性肺傷害という訳語が使用されることが多く(麻酔科学用語集では急性肺損傷)、肺と腎臓でinjuryに対する訳語を変えることには違和感をおぼえるからです。AKIやALIがあらわす病態について、dysfunctionやdisorderではなくinjuryを使用しているのは、機能の異常という結果としての現象だけでなく、組織に「傷」害が起こり機能に異常(障害)が起こったという病態生理の過程を念頭に置いているからなのかもしれませんし、単にdysfunctionやdisorderとするとdiseaseと間違えてしまうからなのかもしれません。どういう理由でinjuryという語が選ばれたのかは私には分かりかねますが、日本語に訳す場合には、原語においてその語を選んだという主体的意思を尊重することがAKIという概念全体を尊重することにつながると思うので、今後も「傷」害という言葉を使用します。もちろん、医学の全分野において統一的な訳語が決定されれば、それに従うつもりですが、過去の記事を遡ってまで変更するつもりはありません。
by vril (2011-10-21 11:03) 

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