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声門下持続吸引による気管粘膜損傷 [critical care]

Potential Mucosal Injury Related to Continuous Aspiration of Subglottic Secretion Device

Anesthesiology 2007年10月号より

気管チューブのカフ上部に貯留した口腔咽頭分泌物のたれ込みは、人工呼吸器関連肺炎(VAP)の一因である。声門下分泌物持続吸引(CASS ; continuous aspiration of subglottic secretion)装置が登場し、VAP発生リスクを低下させることができるのではないかと考えられてきた。特に、気管挿管が長期化すると予測されるような症例においてはその有用性が期待されている。しかし、利点が見込まれる一方で、この装置が使用される機会が増えるにつれ、有害事象があることも分かってきた。我々は、CASS装置の使用によるものと考えられる気管損傷症例を2例経験したのでここに報告する。

症例1
元来健康な36歳男性。自動車横転事故による多発骨折、脾損傷、ショック、低体温のため入院。救急外来でCASS装置付き気管チューブであるMallinkrodt Hi-Lo EvacⓇを用いて気管挿管した。ICUに入室後、製造会社の定めるガイドライン通りにCASS装置を使用した。吸引圧調節が可能な壁配管の低圧吸引を用いて-20cmH2Oより弱い圧で吸引を行った。入院35日目に気管切開が行われた。その際、気管切開部に隣接して直線上に気管粘膜が「ふやけて」いるのを執刀医が発見した。その後、気管支鏡検査を行ったところ気管食道瘻があることが分かり、バリウム食道造影でも確認された。瘻孔と気管損傷は元々気管チューブのカフがあった場所の直上の気管背側から発し、輪状軟骨の高さまで伸びていることが内視鏡で明らかになった。修復手術中に、CASS気管チューブの吸引ポート開口部の場所と一致すると思われる場所に気管食道瘻の気管側があることが確認された。その後患者は人工呼吸器から離脱し5ヶ月後にリハビリ施設へ転院した。

症例2
元来健康な48歳女性。家屋火災から避難するため転落し、気道熱傷と骨折のため入院。Mallinkrodt Hi-Lo EvacⓇを用いて気管挿管した。製造会社の定めるガイドライン通りにCASS装置を使用した。吸引圧調節が可能な壁配管の低圧吸引を用いて-20cmH2Oより弱い圧で吸引を行った。人工呼吸器の離脱に複数回失敗したため、入院22日目に気管切開を実施した。瘻孔を伴う重篤な気管粘膜損傷が、気管切開部1.5cm上の気管後壁から頭側へ2-3cm伸びているのが見つかった。執刀医は瘻孔の気管側が気管チューブのカフがあった場所の直上にあると考えた。執刀医と話し合った結果、気管粘膜損傷はCASS気管チューブの吸引ポート部位近辺に限局しているという結論に達した。入院30日目に気管食道瘻の根治術が行われ、入院44日目にリハビリ施設へ転院した。

考察
口腔咽頭、喉頭および気管は気道確保器具との接触により損傷する危険性がある。気道損傷の危険因子として広く知られているものには、カフ圧、気管チューブの径、気管挿管気管および患者の体動がある。Donnellyらは、気管損傷は気管挿管後1時間以内に発生することが多く、気管挿管が長期化するとより大きく深い潰瘍が形成されると報告している。気道確保器具による気管損傷と、その結果形成された潰瘍が、気管食道瘻へと進展すると考えて間違いはない。

現在市販されているCASS気管チューブの吸引ポート(fig. 1)は気管損傷発生の原因となり得る。BerraらはCASSの有効性についてのヒツジを使った研究中に、CASS吸引ポートの部位に気管粘膜損傷が見つかったと報告している。今回の2症例でも、同じような場所に気管食道瘻が形成されていたため、ヒトにおける吸引ポートと損傷部位の解剖学的関係を調査してみた。気管食道瘻を呈した今回の2症例についてすでに撮影されていたCT画像を見直してみたところ、吸引ポートに気管粘膜が引き込まれて気管損傷が発生する可能性が考えられた。そこで、吸引ポートと喉頭粘膜の解剖学的関係をさらに詳細に評価することにした。EvacⓇを用いて気管挿管された肺塞栓を疑われる患者が、肺のCT血管造影を行うことになり、ついでに頸部の高分解能CTを撮影した(fig. 2)。得られた画像から、気管背側の粘膜が気管チューブの吸引ポート開口部に陥入し、カフが非対称性に膨らんでいることが分かった(fig. 2Aと2B)。この患者では臨床的に明らかとなるような気管損傷は発生しなかったが、吸引ポートへの気管粘膜陥入部位と食道内の経口胃管が近接しているという特徴が認められた。この気管チューブ-粘膜の位置関係を再構成CT画像でさらに詳しく調べた(fig. 3)。ここには画像を示していないが、EvacⓇ気管チューブを用いていた他の複数の患者でも、気管粘膜が吸引ポートに陥入している所見が認められた。

生前に気道確保器具を使用された41名の剖検検体を評価したところ、粘膜の潰瘍形成が認められた部位は、喉頭蓋12%、声門背側51%および気管チューブカフの高さ15%であった。今回示した2症例では、粘膜損傷部位は気管チューブカフ直上の気管後壁にあり、輪状軟骨のレベルまで頭側へ伸びていた。このような部位、形状の気管粘膜損傷は、気道損傷としては一般的ではなく、吸引ポートの位置が関係していると考えられる。損傷が直線上に伸びているのは、患者の体位変換や気管チューブ位置の調節などで気管チューブが移動するのに伴い、吸引口も頭側-尾側方向へずれたためであろう。

CASS気管チューブには普通の気管チューブにはない特徴がいくつかある。その中でも最も重要なのは、カフ直上のチューブ後壁(背側)に吸引ポートが開口していることである(fig. 1)。製造会社は、この吸引ポートを調節吸引装置に接続し-20cmH2Oより弱い圧で吸引することにより、カフ上部に口腔咽頭内からたれ込んできた分泌物がたまるのを防ぐことができるとしている。CASS気管チューブのその他の構造的特徴も、気管粘膜損傷の原因となっている可能性がある。吸引ルーメンを確保するためチューブ径が若干大きいため、それが気道損傷リスク増大に関係している可能性がある。長期間気管挿管された重症熱傷患者において粘膜損傷が発生し気管無名動脈瘻が続発した症例を報告したSiobalらは、Hi-Lo EvacⓇの硬さにその原因を求めている。そして、CASS気管チューブは他の気管チューブと比較し有意に硬いことを明らかにしている。気管チューブが硬いほど、チューブと気道が接する部位に加わる圧が高くなり、気道損傷のリスクが増大する可能性があることは想像に難くない。

Hi-Lo EvacⓇのカフは高容量低圧カフなので、カフを膨らませば吸引ポートと気管粘膜を遠ざけることができるのではないかと推測される。しかし、我々の観察結果によれば、このカフは中の空気が均一に分布しないため非対称的な形状を呈していた(fig. 2Cと2D)。その結果、ポート開口部が気管粘膜に近づくのを防ぐことができず、気管粘膜に吸引圧が作用したのであろう。CASS気管チューブが普通のチューブより硬いため、チューブ背側にかかる圧が不均一になり、それでカフが非対称性に膨らんでしまうのであろう。

今回我々が得た画像から、CASS気管チューブの吸引ポート開口部に気管粘膜が陥入することが分かり、この気管チューブに設計上の欠陥がある可能性が明らかになった。長時間の吸引や、体内で気管チューブがずれたために吸引ポート開口部がさながら「チーズおろし器」のように気管粘膜に作用し剪断力が加わったことによって気管粘膜損傷が発生した可能性もある。CT画像上でCASS吸引ポートに粘膜がはまり込んでいる所見が得られたからといって、気管食道瘻の原因を特定したことにはならないが、これを粘膜損傷の一因であると考えるのは妥当である。気管食道瘻のリスクとVAPのリスクは比較考量されるべきである。また、EvacⓇ気管チューブには、分泌物貯溜や細菌定着による損傷から粘膜を守る効果があるかもしれない。チューブの設計を洗練したり、持続ではなく間欠的に吸引することにしたりすれば、VAP予防効果を得ながら粘膜損傷リスクを低減することができる可能性がある。

教訓 Hi-Lo Evacを使って声門下吸引をしていると、吸引口に気管粘膜が引き込まれて潰瘍ができ、気管食道瘻を作ることがあるので注意が必要です。

コメント(2) 

コメント 2

ほし

当院ではEvacは採用されていませんが、以前勤めていた病院ではよく使われていました。このカフ上吸引は持続なんでしょうか?最後の考察にもありますが間欠的だったら多少マシなのかもしれないなと思ったのですが。たれ込みが多いと見込まれない患者の場合は間欠でも十分なんじゃないかと思うのですがどうでしょう。
by ほし (2009-04-04 16:47) 

vril

この症例報告では、添付文書に従って「持続」吸引を実施したようです。ご指摘の通り、持続的に陰圧をかけると気管損傷の可能性が高くなりそうですね。私も、間欠的に吸引をした方がよさそうな気がします。

ちなみに当院では、以前はEvacを使用していたこともありますが、現在ではたれ込みが大きな問題となりそうな症例(VAPが懸念されるような症例)ではおよそ一週間以内に気管切開を実施してしまうので、Evacは採用していません。
by vril (2009-04-06 07:28) 

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