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21世紀の耐性菌 前編 [critical care]

Antibiotic-Resistant Bugs in the 21st Century — A Clinical Super-Challenge

NEJM 2009年1月29日号より

1942年3月のこと。米国コネチカット州ニュウヘイブンの病院で33歳の女性が死の床に就いていた。当時としては最先端の医療を駆使した努力も空しく、この女性の血流感染を駆逐することは適わなかった。そこで医師たちは、ペニシリンという名のついた発見されたばかりの物質を苦心の末わずかばかり手に入れ、おそるおそる患者に注射した。この新しい物質を何度か繰り返し投与したところ、血中から連鎖球菌は消え去り患者はすっかり元気に回復した。そしてこの女性は90歳までの長寿を得た。この患者の目をみはるような回復の66年後には、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE; vancomycin-reistant Enterococcus faecium)による心内膜炎になった70歳男性の症例がサンフランシスコから報告された。VREに有効とされる強力な抗菌薬を連日投与したが、血中からVREを根絶することはできず、この患者は菌血症のため死亡した。現代人は過去から連なる輪を一巡し、抗菌薬が登場するより前の時代と同じように細菌感染に怯えなければならない状況に置かれてしまった。多剤耐性細菌に感染した患者には、ばっちり効く切り札となるような薬はないのである。

様々な手術、移植、癌に対する化学療法、重症患者管理、HIV感染患者の治療などが行われる現代の医療は、ちゃんと効く抗菌薬抜きには成り立たない。細菌は進化の覇者である。人間は、大いなる適応を遂げたいくつかの細菌から、深刻な挑戦状を突きつけられている。グラム陽性菌の中では、メチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)とE. faeciumが治療上最大の課題である(表参照)。ブドウ球菌がMRSAへと進化する過程は、細菌が手強い多剤耐性菌へと遺伝的適応を遂げる様を示す好例である。ペニシリンに次いでメチシリンが登場してから、ブドウ球菌は瞬く間にβラクタム剤に対する耐性を獲得した。2003年には、米国の病院で分離されたブドウ球菌のうち50%以上がMRSAであるという状況に至った。

そして次に、MRSAはグリコペプチドに対する耐性を獲得し、バンコマイシンに対する感受性を鈍化させることに成功した。この場合、MRSAの細胞壁が厚くなっているのが特徴である。このようなバンコマイシン(またはグリコペプチド)低感受性のMRSAをVISA(またはGISA)と呼ぶ。臨床検査でVISAを検出するのは困難であるが、VISA感染例ではグリコペプチド投与が奏功しないため、それと分かる。そんなことから、バンコマイシンの耐性限界値が変更され、VISAのスクリーニング検査実施の必要性が指摘されるようになった。そしてその後、重症MRSA感染症の治療におけるバンコマイシンの有効性についてさまざまな議論が噴出した。

次いで、バンコマイシン高度耐性MRSA株(バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌またはVRSA)が出現した。バンコマイシン耐性は、元々は腸球菌で発見されたvanA遺伝子の獲得によって生ずる。幸い、VRSA検出例は12例しかなく(ほぼ全例がミシガン州で検出されている)、少なくとも今のところは伝播は限定的である。医療機関で検出される他のMRSA株と同様に、VRSAはクリンダマイシン、アミノグリコシド、ST合剤、リファンピシンおよびフルオロキノロンなどの多くの抗菌薬に耐性である。

MRSAは最近では、院内だけでなく院外で発生する感染の起因菌としても重要な位置を占めるようになっている。今や、米国の救急外来で遭遇する皮膚・軟部組織感染症のうち最多を占めるのが市中MRSA感染である。市中感染を起こすMRSA株は、クモ咬刺症に似た重症感染を惹起したり、重篤な壊死性筋膜炎や肺炎の原因になったりする。市中MRSA株の多くが、Panton-Valentine型ロイコシジンという白血球破壊毒素や細胞毒性ペプチドを産生する。その上、このようなMRSAは強い生命力を獲得していることさえある。米国における市中MRSA感染ではUSA300という単一株が分離されることが最も多い。この株は一般的にはクリンダマイシン、フルオロキノロン、ST合剤、テトラサイクリン、リファンピシンなどの経口抗菌薬に対する感受性があるが、多剤耐性菌も出現しつつある。

腸球菌はMRSAと比べれば毒性が弱いが、昔から臨床上の問題となっている。その原因は、ペニシリンやバンコマイシンに対する「抵抗性」(tolerance; 抗菌薬を投与しても殺菌力は発揮されないが静菌的には作用する)があるためである。腸球菌は感染性心内膜炎の起因菌として三番目に多い細菌であり、1940年代後半にペニシリン抵抗性腸球菌が転帰を悪化させることが明らかにされた。そのため、腸球菌による心内膜炎に対するペニシリンとアミノグリコシドの併用が標準的治療法として同時期に確立された。しかし、その後アミノグリコシド系のすべての薬剤に対して高度耐性を示す腸球菌が増加してきている。このような腸球菌に対しては、細胞壁に作用する抗菌薬とアミノグリコシドを併用しても相乗効果や殺菌力の増強を期待できず、腸球菌による心内膜炎でもアミノグリコシドが全く効かない症例が実際に見られるのが現状である。

E. faecium感染の増加は、腸球菌の耐性化よりも深刻な問題である。今や、米国の集中治療部で分離されるE. faeciumの大半はバンコマイシンおよびアンピシリン耐性菌である(米国で分離されるE. faeciumの90%以上がVRE、ほぼ100%がアンピシリン耐性)。さらには、新しい抗菌薬に対する耐性を獲得したE. faeciumまでもが出現しつつある。VREによる心内膜炎に対する有効な治療法は確立されていない。また、VRE心内膜炎治療の適応のある薬剤でFDAが認可しているものは今のところ存在しない。多剤耐性E. faeciumの出現には、単一遺伝子系統のE. faeciumが世界中で大勢を占めたことが関わっている。この遺伝子系統に属するE. faeciumは、病院環境のなかで生き延びやすいように変異する遺伝的決定要素を獲得し、一部は事実上全ての抗菌薬に対する耐性を持つに至ったのである。(つづく)

教訓 米国の病院で分離されたブドウ球菌のうち50%以上がMRSA、E. faeciumの90%以上がVREだそうです。
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