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帝王切開の脊椎麻酔:ブピバカイン量とフェニレフリン有無による血行動態の比較 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年11月号より

Continuous Invasive Blood Pressure and Cardiac Output Monitoring during Cesarean Delivery: A Randomized, Double-blind Comparison of Low-dose versus High-dose Spinal Anesthesia with Intravenous Phenylephrine or Placebo Infusion.

帝王切開時のクモ膜下ブロック後には、低血圧が頻繁に起こる。クモ膜下ブロックに使用する局所麻酔薬を減らすと低血圧発生頻度が低下するという報告がある。帝王切開時のクモ膜下ブロックによる低血圧に関する今までの研究には、侵襲的血行動態モニタリングを用いたものはなく、1分毎程度の血圧測定で循環動態を評価しているものがほとんどであった。本研究では脊椎麻酔に用いるブピバカインの投与量の違いおよび予防的フェニレフリン投与の有無による血行動態の変化を、侵襲的血行動態モニタリングによって比較した。

Rikshospitalet University Hospital(ノルウェー、オスロ)で2005年8月から2007年4月までの期間に帝王切開術を予定された健康な単胎正期産妊婦を対象とした。高血圧、子癇前症、循環器または脳血管疾患、身長>180cmおよび<160cm、BMI>32の患者は除外した。80名を無作為に四群のうちいずれかに割り当てた。本研究は前向き二重盲検無作為化比較対照試験で、等比重ブピバカイン10mg(B10)と7mg(B7)、0.25mcg/kg/minの予防的フェニレフリン投与(Phenyl)と偽薬(Placebo)を比較し循環動態変化の差異を検討した。

グループ1 (B10/Phenyl) : 等比重ブピバカイン10mg+スフェンタニル4mcg+生食 計3mLを脊椎麻酔に使用。フェニレフリン0.25mcg/kg/minを静脈内投与。
グループ2 (B10/Placebo) : 等比重ブピバカイン10mg+スフェンタニル4mcg+生食 計3mLを脊椎麻酔に使用。偽薬を静脈内投与。
グループ3 (B7/Phenyl) : 等比重ブピバカイン7mg+スフェンタニル4mcg+生食 計3mLを脊椎麻酔に使用。フェニレフリン0.25mcg/kg/minを静脈内投与。
グループ4 (B7/Placebo) : 等比重ブピバカイン7mg+スフェンタニル4mcg+生食 計3mLを脊椎麻酔に使用。偽薬を静脈内投与。

一次転帰は収縮期血圧と心拍出量、二次転帰はSVR、平均動脈圧、拡張期血圧、一回拍出量、心拍数、運動麻痺持続時間、悪心、臍帯血pHおよびBEとした。脊椎麻酔に使用する薬剤は10mLのシリンジに充填された。フェニレフリンまたは偽薬は50mLのシリンジに充填された。いずれも担当麻酔科医はその内容を知らされなかった。前腕に18Gの末梢静脈ライン、橈骨動脈に20Gの動脈圧ラインを留置した。血行動態はLiDCOplusを用いて持続的に監視した。LiDCOplusは低侵襲の持続的血行動態モニタで、連続的動脈圧波形解析システム(PulseCO)に、単時点リチウム希釈校正システム(LiDCO)による心拍出量実測定を組み合わせた装置である。LiDCOによる心拍出量測定は、0.3mmolの塩化リチウムを末梢静脈路から投与し、動脈圧ラインに接続されたリチウムイオン感受性電極がリチウムを検出することによって行われる。この程度の量の塩化リチウムは妊婦にも胎児にも薬理学的影響を及ぼさない。LiDCOplusを用いると、動脈圧の連続測定と、一拍ごとの心拍出量、一回拍出量およびSVRの測定が可能である。

患者を右側臥位にしてL2/3より脊椎硬膜外麻酔(CSE)を実施した。脊椎麻酔の薬剤投与後に硬膜外カテーテルを頭側に4cm挿入した。その後、患者を仰臥位とし、右腰部に三角枕を当て、ベッドを左に15°傾けた。T8以上までの冷感消失が認められない場合は硬膜外カテーテルから3%クロロプロカイン8mLを投与した。脊椎麻酔終了時から0.9%食塩水750mLを急速静脈内投与した。同時にフェニレフリンまたは偽薬をシリンジポンプで投与し(0.25mcg/kg/min)、20分後に終了した。収縮期血圧が120mmHgを上回る場合はシリンジポンプからの薬剤投与は中止した。収縮期血圧<90mmHgを低血圧と定義し、この場合はフェニレフリン30mcgをボーラス投与した。低血圧に加え徐脈(HR<55bpm)が認められる場合はエフェドリン5mgを投与した。分娩後はオキシトシン5単位を静脈内ボーラス投与した。

グループ1~4の患者特性および基準時点における循環動態諸指標は同等であった。グループ3 (B7/Phenyl)は、他の3群と比較し循環動態の変化が有意に小さく、グループ2 (B10/Placebo)との差が最も大きかった。4群とも脊椎麻酔後に心拍出量が顕著に増加し、グループ2 (B10/Placebo)では基準時点と比べ59.7%増加、グループ3 (B7/Phenyl)では32.8%増加した。収縮期血圧は全群とも脊椎麻酔後に低下し、グループ2 (B10/Placebo)では基準時点より32.1%低下、グループ3 (B7/Phenyl)では16.8%低下した。グループ3 (B7/Phenyl)と比較したときのグループ2 (B10/Placebo)の収縮期血圧20%低下の相対危険度は2.5、30%低下の相対危険度は3.7であった。低血圧に対しフェニレフリンまたはエフェドリンをボーラス投与された患者数については群間に有意差を認めなかった。フェニレフリン群(グループ1と3)と偽薬群(グループ2と4)を比較したところ、フェニレフリン群の方が有意に心拍出量(P=0.009)と心拍数(P=0.004)が低かったが、収縮期血圧には有意差は認めなかった。高用量ブピバカイン群(グループ1と2)と低用量ブピバカイン群(グループ3と4)の比較では、高用量群の方が収縮期血圧の低下幅が有意に大きかったが(P=0.009)、心拍出量については有意差を認めなかった。低用量群と比較したときの高用量群の収縮期血圧20%低下の相対危険度は1.6、30%低下の相対危険度は2.1であった。臍帯動脈血のBEは高用量ブピバカイン群の方が低用量群よりも有意に低かったが、pHについては有意差を認めなかった。脊椎麻酔による感覚遮断域の有意差は認められなかった。低用量群の運動神経遮断時間は99分、高用量群では140分であった(P<0.0001)。高用量群(40名)のうち1名、低用量群(40名)のうち3名に3%クロロプロカイン硬膜外投与を行った。全身麻酔に移行した症例はなかった。59名(73.8%)に軽度から中等度の掻痒、9名(11.3%)に重度の掻痒が認められた。担当麻酔科医が使用したブピバカインの量(7mgまたは10mg)を正しく言い当てられた症例は80例中22例、フェニレフリンと偽薬の別を正答した症例は80例中24例であった。

今回の研究で、脊椎麻酔に使用するブピバカインの量を10mgから7mgに減量すると血行動態の変動を抑えられることが明らかになった。また、少量フェニレフリン投与(0.25mcg/kg/min)にも同様の効果があることが分かった。脊椎麻酔実施直後に、全例においてSVRの大幅な低下と心拍出量の増加が認められ、フェニレフリン使用群ではブピバカイン投与3分後に最高値を示した。今回は、侵襲的モニタリングを適用することによって脊椎麻酔後の血行動態を詳しく知ることができた。帝王切開に対する脊椎麻酔時にSVRと心拍出量がこれほど大きく変動することは予測はされていたが、実際に示されたのは今回が初めてである。心疾患を合併する妊婦に区域麻酔を実施する場合は、このような血行動態の変化が有害である可能性があるため対策が必要である。低血圧による悪心の発生頻度はブピバカイン10mg群の方が7mg群より有意に高かった(RR=2.4)。麻酔高を上げる必要があった患者の割合はブピバカイン7mgの方が多かった。脊椎麻酔のブピバカイン使用量を減らす場合は、硬膜外を併用する方が望ましいと考えられる。帝王切開時の予防的フェニレフリン投与の有効性と安全性については微に入り細にわたって研究が行われてきた。今回の研究ではNgan Keeらが実施した無作為化比較対照試験で採用された投与量より少ない量のフェニレフリンを用いた。Ngan Keeらの研究では低血圧発生率は1.9%と相当低かったものの、47%に反応性の高血圧が認められた。我々の研究では反応性高血圧を示した症例は皆無であった。フェニレフリン群は偽薬群よりも心拍数と心拍出量が有意に低かった。一回拍出量については群間に有意差は認められなかった。フェニレフリンはα1作動薬で、SVRを上昇させ血圧を上昇させる。また、フェニレフリンには直接的な強心作用もある。今回少量のフェニレフリン投与でも心拍出量低下が認められたことを考慮すると、高用量のフェニレフリン投与によって血圧を基準値程度に維持することの妥当性には疑問を呈さざるを得ない。10%-20%の血圧低下を許容し、ブピバカイン投与量を減量することによってフェニレフリン投与量を少量にとどめる方が、帝王切開時の血行動態の良好な管理には適していると考えられる。

教訓 CSのCSEではspinalのマーカインは少なめにしてください。予防的にフェニレフリンを少量使うと血行動態が安定します。PIH患者のCSのspinalにLiDCOplusを使用して血行動態を評価した論文の記事は9/11/08に掲載しました。ご一読ください。
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