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アプロチニンvsトラネキサム酸&アミノカプロン酸 [anesthesiology]

NEJM 2008年5月29日号より

A Comparison of Aprotinin and Lysine Analogues in High-Risk Cardiac Surgery

CABG再手術、弁膜症手術、CABGと弁膜症手術の合併手術などの高リスク心臓手術は、初回CABGよりも死亡、大量出血、腎不全、血栓性合併症の発生リスクが高い。心臓手術における出血量と輸血必要量を減らす目的でセリンプロテアーゼ阻害薬のアプロチニンとリジン類似薬のトラネキサム酸とアミノカプロン酸が用いられてきた。三剤ともプラセボと比較し輸血必要量を減少させることが臨床研究で明らかにされている。しかし三剤のうちいずれが最も有用であるのかという点については、様々な議論のあるところであった。4時間の心臓手術において用いられるアプロチニンの価格は1400ドル以上であるが、アミノカプロン酸であれば4ドル未満で済む。アプロチニンの使用により心血管系および脳血管合併症と腎不全の発生率と短期および長期死亡率が上昇するという報告もある。本研究では高リスク心臓手術の術後大量出血を予防するのにアプロチニンがトラネキサム酸およびアミノカプロン酸よりも有効であるか否かを無作為化試験で検証した。また、アプロチニンとリジン類似薬二剤の致死的術後合併症低減効果の優劣についても併せて評価した。

BART(Blood Conservation Using Antifibrinolytics in a Randomized Trial) studyは心臓手術で広く用いられている三種の抗線溶薬を比較検討した、多施設盲検無作為化比較対照試験である。平均死亡率がCABGのみの初回手術の少なくとも2倍以上であり、再手術率が5%以上の人工心肺を使用する高リスク心臓手術を受ける患者を対象とした。2002年8月から2007年10月にかけてカナダ国内に所在する19ヶ所の心臓手術実施施設から19歳以上の患者を収集した。CABGのみの初回手術、MVRまたはAVRのみの手術、稀な手術(心移植、LVAD装着術、先天性心疾患の手術)は除外した。患者は無作為にアプロチニン、トラネキサム酸、アミノカプロン酸のいずれかに割り当てられた。アプロチニン群では、中心静脈カテーテル留置および麻酔導入の後にアプロチニン4万KIUを10分間かけて試験投与し、アナフィラキシー反応が観られなければ初回投与量の残りの分(196万KIU)を投与した。初回投与終了後、維持量として50万KIU/hrを手術終了まで投与した。人工心肺回路からは200万KIUを追加投与した。アミノカプロン酸群では、中心静脈カテーテル留置および麻酔導入の後にアミノカプロン酸200mgを10分間かけて試験投与し、アナフィラキシー反応が観られなければ初回投与量の残りの分(9800mg)を投与した。初回投与終了後、維持量として2000mg/hrを手術終了まで投与した。人工心肺回路からは追加しなかった。トラネキサム酸群では、生食250mLにトラネキサム酸30mg/kgを溶解したものを初回投与分として用意した。中心静脈カテーテル留置および麻酔導入の後に初回投与分のうち5mLを10分間かけて試験投与し、アナフィラキシー反応が観られなければ残りを投与した。初回投与終了後、維持量として16mg/kg/hrを手術終了まで投与した。人工心肺回路からは2mg/kgを追加投与した。主要転帰は術後大量出血(術後8時間に胸腔ドレーンから1.5L以上の出血がある場合)または大量輸血(術後24時間に赤血球製剤10単位以上投与)とした。プロタミン投与後24時間以内の出血または心タンポナーデによる再手術と、調査対象期間である30日間に発生した出血死も主要転帰に含んだ。二次転帰は院内死亡、術後30日までの全死因死亡および重篤な有害事象(心筋梗塞、脳血管障害、腎不全、呼吸不全、心原性ショック)とした。腎不全の基準は透析を一度でも実施した場合、クレアチニン値が術前値の二倍以上に上昇またはクレアチニン値1.7mg/dL以上の場合とした。呼吸不全は挿管下人工呼吸を48時間以上実施した場合とした。心原性ショックは血管収縮薬と強心薬を投与した場合、IABPまたはVADを使用した場合とした。三次転帰はICU死亡、退院時死亡、血液製剤使用量および入院期間とした。入院期間は手術日から退院日までの日数(手術日を1日目として数える)とした。

2331名がITT解析の対象となった。781名がアプロチニン群、770名がトラネキサム酸群、780名がアミノカプロン酸群に割り当てられた。アプロチニン群の1名については生死以外の転帰についてのデータが得られなかった。本研究は2163名の患者が集積された時点で行われた中間解析の結果、アプロチニン群の死亡率が他の二群と比較し相当高いことが分かったため2007年10月16日に当初計画より早期に中止されることになった。2330名中261名(11.2%)が大量出血の定義を満たし、内訳はアプロチニン群74名(9.5%)、トラネキサム酸群93名(12.1%)、アミノカプロン酸群94名(12.1%)であった(アプロチニン群の他二群に対する相対危険度0.79; 95%CI, 0.59-1.05)。2331名中108名(4.6%)が無作為化割当後30日以内に死亡した。全死因30日死亡率は、アプロチニン群6.0%、トラネキサム酸群3.9%(相対危険度1.55 ; 95%CI, 0.99-2.42)、アミノカプロン酸群4.0%(相対危険度1.52 ; 95%CI, 0.98-2.36)であった。トラネキサム酸群とアミノカプロン酸群をあわせると全死因死亡率は3.9%でありこれに対するアプロチニン群の死亡相対危険度は1.53(95%CI, 1.06-2.22)であった。心臓関連死はアプロチニン群が25名(3.2%)、トラネキサム酸群10名(1.3%)(相対危険度2.47; 95%CI, 1.19-5.10)、アミノカプロン酸群13名(1.7%)(相対危険度1.93; 95%CI, 0.99-3.47)であった。アプロチニン群と他二群をあわせた群とで比較してもアプロチニン群では死亡率が高く相対危険度は2.19であった(95%CI, 1.25-3.84)。他の死因による死亡率は三群とも同等であった。心筋梗塞、脳血管障害、腎障害、腎不全の発生率、他の臓器不全の発生率も同等であった。2330名中1439名(61.8%)が少なくとも1単位の赤血球製剤を投与された。内訳はアプロチニン群780名中419名(53.7%)、トラネキサム酸群770命中506名(65.7%)、アミノカプロン酸群780命中514名(65.9%)であった。アプロチニン群の赤血球輸血相対危険度は対トラネキサム酸群では0.82、対アミノカプロン酸群では0.81であった。アプロチニン群における他の血液製剤(血小板以外)の投与量はトラネキサム酸群とは同等、アミノカプロン酸群よりは少なかった。アプロチニン群のICU滞在日数中央値は1.2日、トラネキサム酸群1.5日(P=0.16)、アミノカプロン酸群1.8日(P=0.22)であった。アプロチニン群の入院期間中央値は8.0日、トラネキサム酸群8.5日(P=0.22)、アミノカプロン酸群8.0日(P=0.17)であった。

高リスク心臓手術患者にアプロチニンを投与すると、トラネキサム酸またはアミノカプロン酸を投与した場合と比較し死亡率が2%ポイント上昇する(約4%から6%へ上昇)。この死亡率の上昇を死亡発生必要数になおすと50名となる。死亡した108名のうち心原性ショック、右心不全、うっ血性心不全、心筋梗塞で死亡した患者数はアプロチニン群が他の二群より有意に多く、2倍にのぼった。過去に行われた観測研究ではアプロチニンと腎障害または腎不全の関係が指摘されているが、今回の研究ではアプロチニン群においてクレアチニン値が術前の2倍以上に上昇した患者の割合が多かったものの腎不全発生リスクの上昇や腎代替療法実施率についての有意差は認められなかったが、透析施行例が少なかったため十分に評価ができなかった可能性がある。Brownらのメタ分析ではアプロチニン大量投与で腎不全の相対危険度が有意ではないが上昇するという結果が得られている。今回の研究でもアプロチニン群においてクレアチニン値上昇のリスクが有意に高かった。アプロチニンは止血効果においては他の二剤よりも優れている可能性があるが、今回の調査では再手術率および胸腔ドレーンからの大量出血の二項目のみはアプロチニン投与によって改善する可能性があると考えられたが、主要転帰の他の二項目(大量輸血および出血死)については他の二剤と同等であった。したがって、アプロチニンは大量出血の発生を抑制するとは言い難く、大量出血患者の救命率を向上する効果も認められない。今回の対象患者は高リスク心臓手術症例に限ったため、以上の結果が他のアプロチニン適応例においても当てはまるかどうかは不明である。ただし、サブグループ解析では65歳未満や基礎疾患のない患者群でもアプロチニン使用によって死亡率が上昇するという結果が得られている。アプロチニンは高リスク心臓手術患者において大量出血を抑制する可能性はあるとは言うものの、リジン類似薬と比較し死亡率を上昇させる強い傾向が認められた。

教訓 アプロチニンはトラネキサム酸&アミノカプロン酸よりも死亡率を上昇させる上に高価で、踏んだり蹴ったりな薬です。

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