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麻酔科医と薬物依存~臨床像と法的問題 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年11月号より

Addiction and Substance Abuse in Anesthesiology.

臨床像
薬物依存に陥った医師を治療する際に最大の障壁となるのは、否認である。薬物依存に陥った医師は、自分が薬物依存という問題を抱えているという意識が薄く、自発的に治療を求めることは稀である。否認は教育や訓練で少なくなるものではなく、医師や教育レベルが高く仕事が出来る人々は薬物依存になっても、実に巧妙な否認をしてみせることがある。医師が患者になると、他人が何を言っても論破したり、どんな問題も自分で何とかできると思いこんだりして、薬物乱用が薬物依存につながるとか、薬物依存は自律性の喪失を意味するといった事実を受け入れられない。否認は依存患者となった医師だけに認められるわけではない。同僚、友人、親類および関係者も往々にして薬物依存医師をかばう口実を述べたり、薬物依存で十分に働けなくなった医師に然るべき対処を講じようとしなかったりする。同僚が薬物依存になったという問題を受け止めるのは辛いことではあるが、「不確実だから」といって調査を開始しないことは問題を否認していることになる。
行動様式
麻酔科医が薬物依存になった場合、勤務中の方が薬物を手に入れやすいため、周りの目には熱心に働いているように見える可能性がある。また、気分変調が激しくなり、短気、怒り、多幸感、抑うつが認められることが多い。通常、本人が薬物依存により問題が生じていることを認識することは困難である。したがって、周囲の人々(家族、友人、同僚など)が薬物依存とその対処法を良く理解しなければならない。早めに気づき対処することによって、薬物依存になった麻酔科医と、その麻酔科医が関わる患者に害が及ぶことを未然に防ぐことができる。しかし早期発見は難しいことが多い。麻酔科医が薬物依存に陥った場合の典型的な症状を以下に示す。
・家族、友人から距離をおく。遊びに行かなくなる。
・気分変調が激しくなる。抑うつと多幸感を行き来する。
・怒ったり、気が短くなったり、攻撃的になる。
・休みの日でも病院に出てくる。
・当直や待機をすすんで余分に受け持つようになる。
・食事交代や休憩を断る。
・頻繁にトイレ休憩をする。
・担当症例に見合わないような多量の麻薬を処方するようになる。
・体重が減り、皮膚が蒼白になる。

フェンタニルやスフェンタニルなどの短時間作用性オピオイドは、使用し始めてから二、三ヶ月で薬物依存の症状が明らかになる。薬物依存の麻酔科医は、自分に使用している薬を実際は患者に使用していないのに、麻酔記録上は使用しているかのように記録する。記録上は麻薬主体の麻酔であっても、実際は吸入麻酔薬とβ遮断薬で維持していたりする。麻酔中に他の麻酔科医と交代して休憩するときは、麻薬のシリンジに、生食のみか、リドカインとエスモロールを混合してつめておいたりする。薬物依存に陥ると、シリンジ内に残された薬を探してゴミ箱をあさったり、保管庫から持ち出したりすることに非常に熟達するようになる。いろいろな安全策を講じても、麻酔科医は容易に隙をつくことができるし、挙げ句の果てにはガラスアンプル内の薬物を抜き取り他の液体を代わりに注入しておき、しかもアンプルをカットした形跡を残さないというような高度な技まで身につけることもある。薬物依存の麻酔科医が用いる薬物は半減期が短いため、すぐに耐性が形成される。退薬症状を紛らわせるために、一回にフェンタニル1000mcgを静注することも稀ではない。薬物依存の麻酔科医の麻酔記録を調べてみると、往々にして金曜日の麻薬処方量が他の曜日よりも多い。

法律の問題
更正プログラム
薬物依存になった医師およびその所属施設は、医師免許委員会などに報告するとともに、医師免許の取り扱いについて法律専門家と相談しなければならない。医師免許委員会は、対象医師の免許を一時停止または抹消することがある。これに従わない場合は刑法上の罪に問われることがある。免許の一時停止または取り消しの代わりに、場合によっては薬物依存を治療し臨床医として復帰するための更正プログラムが適用されることもある。更正プログラムへの参加は「任意」であるが、登録しなければほぼ確実に医師免許委員会の判断が仰がれることになる。ABA(the American Board of Anesthesiology)は薬物依存医師の麻酔科専門医資格維持の条件として、医師免許委員会による臨床復帰の許可と、当該医師が更正プログラムに忠実に従っていることの二点を挙げている。各州の医学会が提供する更正プログラムでは、報告義務を課すとともに、治療方針や法的対処の相談に応じている。また、グループ治療の後援や、自助グループ、治療施設、法的相談窓口、尿検査プログラムなどの紹介も行っている。
情報の秘匿
グループ治療に参加すると自分の薬物依存および薬物乱用にまつわる経験について腹蔵なく話すことを求められる。そのため参加者である医師は、他の参加者などから自分についての情報が漏洩し、医師としての将来に悪影響があるのではないかと憂慮することが多い。現在の法制度では、グループ治療に参加した医師の個人情報はほとんど保護されないため、この件に関する法整備を進めることによって薬物依存医師がグループ治療に参加しやすくなる可能性がある。
報告義務
薬物依存に陥った医師がいることを報告しないと、その医師の所属施設または関係者が懲戒処分の対象となる可能性がある。薬物依存医師を治療している医師には、当該医師が受け持ち患者に危害を与える危険性がない場合に限り報告義務が課されない。
アメリカ障害者法
薬物依存者にはアメリカ障害者法の保護はほとんど与えられない。このような社会状況下で麻酔科医が薬物依存から回復し職場に復帰した場合は、薬物依存が再発すれば大きな危険が伴うことを十分理解して受け入れなければならない。薬物依存医師の再発症例では初発症状が死亡であることが非常に多い。本来、障害があるとは、個人がそれぞれの職業の一部または全部を全うできなくなることであると定義されるのではなかろうか。薬物依存から回復し、職場に復帰してきた麻酔科医は、まさに障害があると言える状態で働くわけであるが、障害者法による保護の対象ではない。(つづく)

教訓 薬物依存になるとあの手この手でヤクを手に入れようとします。麻酔科医の使う薬は短期間で依存が形成されます。あやしいと思ったらすぐに調査を開始して下さい。

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