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正しい周術期輸液~適切な製剤・量・タイミングが大切 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

A Rational Approach to Perioperative Fluid Management

周術期における血管内皮表面層の保護
内皮表面のglycocalyxが減少すると血小板凝集、白血球接着、内皮細胞の透過性亢進が起こり、その結果、組織浮腫が生ずる。虚血再灌流傷害、プロテアーゼ、TNFα、酸化LDLおよび心房性ナトリウム利尿ペプチドには、glycocalyxを分解するはたらきがある。手術中は、手術ストレスによって炎症性メディエイターが放出され、輸液管理法によっては医原性の急性hypervolemiaによって心房性ナトリウム利尿ペプチドが増加する。外傷や手術が引き起こす炎症反応によるglycocalyxの傷害を制御するのは困難である。しかし、適切な輸液管理によってnormovolemiaを保ち少しでもglycocalyxの傷害を防ぐことは、容易ではないが麻酔科医の腕にかかっていると言えよう。内皮表面層の機能を維持するには、hypervolemiaを避けるだけでなく、最低限の血漿タンパク濃度が保たれている必要がある。

晶質液 vs 膠質液:的外れの議論の終焉
初期蘇生輸液において晶質液と膠質液を比較した最近の研究から、晶質液 vs 膠質液論争の問題点が浮かび上がっている。つまり、これらの研究ではそれぞれの製剤の本来の適応、禁忌、副作用などが考慮されていないのである。大手術時に乳酸リンゲル液のみを投与していると、術後24時間にわたり三角筋の平均組織酸素分圧が24%低下するが、ここにハイドロキシエチルスターチを追加投与すると三角筋酸素分圧は59%上昇する。晶質液の主な適応は不感蒸泄と尿で失われた水分の補充である。一方、膠質液の主な適応は急性出血またはタンパクを多く含んだ水分の間質への移動(タイプ2の水分移動)による血漿喪失の補充である。出血時の輸液療法では、はじめの1000mLまでの出血分は三倍から四倍量の等張晶質液で補充するという方法が未だに推奨され、臨床の現場で広く実施されているが、この方法には理論的裏付けはない。出血時に等張晶質液主体の輸液管理を行うと、タイプ1の間質への水分移動が増加する。輸液療法では投与する輸液製剤の量と種類の両者が転帰に関与する。すなわち、製剤の正しい選択、適切な投与量、正しい投与のタイミングのすべてが揃わないと輸液によって招かれざる有害作用が発生するのである。周術期の輸液管理においては、晶質液 vs 膠質液という対立軸で考えるのではなく、晶質液 and 膠質液という観点に立ち、間質への水分移動を最小限に抑止するために、いつ、何を、どれだけ投与するかということを熟慮しなければならない。

タイプ1の水分移動を最小化するには(晶質液)
晶質液を出血の補充に用いるとタイプ1の水分移動が増えるため、尿量と不感蒸泄で失われた水分の補充にのみ晶質液を用い、急性出血の補充には等張膠質液を用いる。

タイプ2の水分移動を最小化するには(晶質液とタンパク)
タイプ2の水分移動の制御の鍵は、内皮表面層の保全である。周術期に内皮表面層が傷害される要因は、外科的侵襲による炎症性メディエイターの放出と過剰輸液による心房性ナトリウム利尿ペプチドの放出である。したがって、適切な輸液療法だけでは間質浮腫を防ぐことはできない。手術侵襲が大きいほど、glycocalyx傷害の程度も甚大になる。外科的侵襲による炎症反応を制御するために麻酔科医ができることの一つに、硬膜外麻酔や脊髄クモ膜下麻酔がある。単回投与では効果が限定されるため、術中術後のストレス反応をある程度緩和するには局所麻酔薬を用いた持続鎮痛を術後48-72時間実施するとよいかもしれない。しかし、硬膜外麻酔や脊髄クモ膜下麻酔よりも輸液管理の方が内皮機能の維持には重要である。出血に備えて輸液をボーラス投与したり、normovolemiaの患者の血管内容量を最大化するためにことさらに多量の輸液を行ったりする方法は、現時点での輸液管理に関する知見の到達水準に追いついていないと言える。炎症、虚血、敗血症、hypervolemiaに陥るとglycocalyxが傷害されるため、そのことを念頭に輸液管理を行わなければならない。このような場面でも多くの麻酔科医は晶質液主体の輸液管理を行っているのが現状であろう。血管壁バリア機能が低下している状態では、タンパクを多く含んだ水分が血管外へ移動する。したがって、この場合には膠質液を投与し血管内の膠質浸透圧を維持しなければならない。膠質液投与によって循環血液量を維持すれば、血管壁バリア機能が相当低下していても間質への水分移動を減少させることができる。タイプ2の水分移動による血管内hypovolemiaが起こっているときに晶質液を投与していると、間質への水分移動がより増加し状況が悪化する。

合理的な周術期輸液管理法
周術期輸液の目標は、重要臓器の血流を維持しながら、創傷治癒を妨げないこと=間質浮腫を起こさないことである。したがって、いつ、何を、どれだけ投与するかということが重要である。循環血中からの血漿成分の喪失は等張膠質液で補充すべきである。出血による喪失分は時機を逸することなく補充しなければならない。輸液療法は以下の二つの構成要素に分けられる。
  ①不感蒸泄と尿による水分喪失の補充 
  ②間質への水分移動および急性出血による循環血液中からの血漿喪失の補充

①と②を実施する上で知っておくべきポイントは、
  1. 通常の術前絶飲食では、細胞外液はほとんど減らない。
  2. 腹部大手術における不感蒸泄は、0.5-1.0ml/kg/hr程度である。
  3. サードスペースは存在しない。

まとめ
いわゆる「サードスペース」は存在しない。晶質液の過剰投与によって、水分とタンパクが間質へ移動する。術前にnormovolemiaの患者に輸液負荷をしたり、不感蒸泄やサードスペースへの喪失分としてルーチーンで多量の輸液を投与したりするのは、適切な輸液管理法とは言えない。制限輸液法によって転帰が改善したという結果が複数報告されているが、これらの研究における制限輸液法群では、詳細に検討してみると、実際に喪失された分に見合った量の適切な輸液が行われている傾向が強い。したがって、厳密には制限輸液と言うよりは適切な輸液管理と表現されるべきである。適切な輸液管理によって患者の予後が改善する可能性がある。

参考記事
輸液動態学  
敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 周術期輸液にあたっては、晶質液と膠質液のそれぞれの投与スペースを考えて、適量適時投与しなければなりません。

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