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正しい周術期輸液管理~間質へのfluid shift [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

A Rational Approach to Perioperative Fluid Management

周術期輸液管理のメカニクス
周術期輸液の目的は、尿や不感蒸泄のような常態的な水分喪失と、外傷や手術に特有な水分喪失(主に出血)の補充である。尿や不感蒸泄は細胞外液(血管内と間質の両方)が喪失されるものであり、通常は血管内膠質浸透圧の低下にはつながらない。後者の水分喪失は主に血管内からの水分喪失であり、血液のすべての成分が失われる。尿や不感蒸泄で失われた水分は、膠質成分を含まない電解質液の消化管からの吸収で補充される。絶食中であれば、晶質液の経静脈投与によって補充される。晶質液は静脈内に投与されると、80%が間質へ分布し、20%が血管内に残る。急激な出血の際には、理論的には等量の全血製剤を投与するのが最も理に適っている。しかし、このような方法は輸血による感染や不適合輸血、費用、血液供給システムなどの問題があり実際的ではない。輸液による血液希釈はその代わりとなる方法である。血液を希釈すると血液の変形性および流動性(rheology)が向上する。したがって、通常は年齢や基礎疾患を考慮の上、ヘモグロビン濃度がある程度低下した時点で赤血球製剤を投与する。

間質浮腫:昔ながらの輸液管理の代償?
大手術では晶質液主体の輸液療法が主流である。しかしこれには生理学的な裏付けがあるわけではない。人工膠質液には凝固能異常、アナフィラキシー、急性腎不全、掻痒などの副作用がある。ヒトアルブミン製剤は価格が高いため、血管内容量補正に用いるには適切な輸液製剤であるとは考えられていない。そのため、急性出血に対し出血量の三倍から四倍の晶質液投与が推奨されている教科書が多い。腹部大手術では、術中に不感蒸泄やサードスペースへの水分喪失などを補充するため多量の(~15mL/kg/hr)晶質液が投与されることも多い。過剰な水分は腎臓の排泄機能によって調節されるため、循環動態を維持するのに過剰輸液を行っても問題はないと信じられている。腹部大手術における不感蒸泄量は一般に過大評価されていて、腸管が完全に露出されていてもせいぜい1mL/kg/hrぐらいでしかない。また、術前絶飲食による影響は無視しうる程度であることが分かっている。最近では絶飲時間は短縮化してきているし、術前の浣腸の必要性も疑問視されているため、手術室入室時の血管内容量はほぼ正常範囲内であると考えてよい。また、血管内容量が多少低下しているからといって昇圧薬ではなく輸液で対応すると、体内水分コンパートメントのバランスが崩れてしまう。麻酔導入前に輸液負荷によって血管内容量を増加させる方法は現在も広く行われているが、有効性は疑問視されている。晶質液はすべて細胞外コンパートメントに分布し、20%しか血管内に残らない。したがって、術中の晶質液が増えるほど術後体重が増える。等張膠質液もすべてが血管内に残るわけではなく、最大60%が間質へ逃げる。したがって、hypovolemiaになる前ではなく、なったそのときに輸液をするほうが理に適っている。実際、出血速度と同じ程度の速度で等張膠質液を投与し血管内容量を一定に保つと、膠質液は90%以上が血管内に残る。一方、normovolemiaの患者に等張膠質液を投与すると数分以内に血管内から間質へ移動してしまう。つまり、膠質液の血管内容量増加効果の大小は、患者の血管内容量の多寡によって決定されるということである。晶質液は一定以上投与すると、全部が間質へ移動する。したがって、normovolemiaの患者に「予防的に」晶質液をボーラス投与しても低血圧の頻度や程度を低下させる効果は得られない。

間質への水分移動:美女と野獣
間質への水分移動は二つに分類される。タイプ1は生理学的な水分移動である。これは水分と電解質のみが間質へ移動するもので、血管壁バリア機能が正常でも常に起こっていて場合によっては移動する水分量が異常に増える(例;大量の等張晶質液が投与された場合)。タイプ2は病的な水分移動である。血漿と同程度のタンパク濃度の水分が、機能障害をきたした血管壁バリアを通じて間質へ移動する。この現象は常に起こっているわけではない。このタイプの水分移動には二つの医原性要因が関わっている。第一に手術である。手術による機械的ストレス、エンドトキシン曝露、虚血再灌流障害、炎症などのために血管のタンパク透過性が亢進するのが原因である。第二が麻酔である。輸液負荷でhypervolemiaに陥るとタンパクと水分の病的移動が起こる。原因が手術であれ麻酔であれその背景には、血管内皮細胞表面のglycocalyx(糖衣構造;糖鎖が林立した層)の変化が存在する。

内皮細胞のglycocalyx:間質への門
正常な血管内皮細胞はglycocalyxで覆われている。これは内皮細胞膜に結合したプロテオグリカンと糖タンパクから成る層である。内皮細胞表面は、glycocalyxとそれに結合した血漿タンパクと血漿水分の層で覆われており、厚さは1μm以上である。この層と血管内皮細胞が血管壁の二重バリアを形成し、血管内から血管外への水分漏出が無制限に起こらないようになっている。この二重バリアがあるおかげで、血管透過性が保たれ白血球や血小板の接着が抑制されるため、炎症や組織の浮腫が防がれる。この内皮細胞表面の層に捉えられている血漿(約700-1000mL)は循環血液としては機能していない。

スターリングの法則と内皮細胞glycocalyx
スターリングの法則に則ると、血管内に水分を保持するには血管内と血管外の膠質浸透圧に差がある必要がある。しかし、採取血管を用いた実験では血管内外の膠質浸透圧を等しくしても血管壁バリア機能は正常に働くという結果が得られている。内皮細胞表面の層自体に膠質浸透圧勾配があることが血管壁バリア機能の基本的要件であると考えられている。毛細血管壁を通じた水分移動は血管内と組織の静水圧と膠質浸透圧の差に依存しているわけではない。内皮細胞表面層の存在を踏まえると、スターリングの法則には修正が必要である。つまり、血管内外の膠質浸透圧の代わりに、内皮細胞表面層内と内皮細胞表面層直下の膠質浸透圧を変数としなければならない。内皮細胞表面層つまり血管壁バリアが傷害されると、スターリングの法則が成り立ち、毛細血管内外の静水圧と膠質浸透圧が平衡するように水分が移動する。周術期には内皮細胞glycocalyxを維持しタイプ2の間質への水分移動が起こらないようにしなければならない。(つづく)

参考記事
輸液動態学 
敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 間質へのfluid shiftには二つのタイプがあります。血管壁は、内皮細胞とその表面を覆うglycocalyx層から成る二重のバリア構造になっています。glycocalyxが壊れると病的なfluid shiftが発生します。

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